長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

3-09.海の『まるずや』(第一稿)

 越山(くしやま)のウタキ(御嶽)で神様の話を聞いた翌日、鳥島(とぅいしま)(硫黄鳥島)の事を聞こうとサスカサたちはサミガー親方(うやかた)に会いに行った。永良部按司(いらぶあじ)になったサミガー親方だったが、仕事の引き継ぎをしなければならないと言って知名(じんにゃ)の屋敷に帰っていた。
 知名の浜に大勢の人が集まっていたので、何事かと行ってみると浜辺に市が開かれていた。近くにいたおかみさんに聞いたら、「『まるずや』さんが来たのですよ」と嬉しそうに言った。
「まるずや?」とサスカサたちは顔を見合わせた。
 よく見ると『まるずや』と書かれた旗がいくつも立っていて、沖に浮かんでいる船にも下手くそな字で『まるずや』と書いてある。
 『まるずや』の船がこんな所まで来ていたのかとサスカサたちは驚いた。
 『まるずや』さんはよく来るのですかと聞いたら、毎年、年に二回やって来ると言う。
「何でもトカラの島まで行くようで、行く時に寄って、帰りにまた寄るのですよ」と言って、おかみさんは人混みの中に入って行った。
 琉球にある『まるずや』と同じように娘たちの売り子が古着や雑貨類を売っている。朝鮮(チョソン)の綿布(めんぷ)を広げて、その上に商品が山積みにされていた。
「あっ!」と志慶真(しじま)ヌルが叫んで、店主らしい男の所に駈けて行った。
「サンタラじゃないの?」と志慶真ヌルが言った。
 男は驚いた顔で志慶真ヌルを見て、「ミナか」と聞いた。
 志慶真ヌルはうなづいた。
「ミナがどうして、こんな所にいるんだ?」
「あなたこそ、どうして、こんな所にいるのよ」
「俺は毎年、今頃になるとこの島に来ているんだよ」
「あたしはサスカサさんと一緒に中山王(ちゅうざんおう)のお船に乗って、この島に来たのよ」
「そうか。志慶真ヌルとして、サスカサさんと一緒に来たんだな」
「どうして、あたしがヌルになった事を知っているの?」
「『まるずや』にいると色々と情報が入るんだよ。サスカサさんがヌルたちを連れて奄美攻めに行ったのは聞いているけど、お前まで一緒に来ているとは知らなかった。今帰仁(なきじん)の城下の再建で忙しいと思っていたよ」
「あたしも奥方様(うなぢゃら)(マチルギ)を助けるつもりだったのよ。でも、この島にアキシノ様の子孫がいるから会って来なさいって奥方様に言われてやって来たのよ」
「アキシノ様の子孫?」
 そう言ってサンダラは首を傾げた。
「誰なの?」とサスカサが志慶真ヌルに聞いた。
「キラマ(慶良間)の島で一緒に修行をした人なのです。こんな所で再会するなんて思ってもいなかったわ」
「もしかして、胸が熱くなった人?」とタマ(東松田の若ヌル)が聞いた。
「いやだー」と言って志慶真ヌルは照れた。
 サスカサたちはサンダラを誘って、サミガー親方の作業場の近くにあるウミンチュ(漁師)たちの休憩小屋に行き、サンダラから話を聞いた。
 中山王が首里(すい)グスクを奪い取る前、サンダラはキラマの島を離れて、『三星党(みちぶしとう)』に入った。ウニタキに従って浦添(うらしい)グスクを炎上させた後、イーカチの配下になり、マチルギの護衛としてヤマトゥ(日本)にも行った。イーカチが絵師になった後はシチルーの配下になって、東方(あがりかた)の按司たちの様子を探っていた。中山王が山北王(さんほくおう)と同盟した後、ウニタキに命じられて、クユー一族を調べるために奄美大島(あまみうふしま)に行った。奄美大島から帰って、ウニタキに海の『まるずや』を提案して許され、海の『まるずや』の主人になった。三年前の事で、毎年、夏になると商品を積んだ船に乗って、トカラの宝島まで行き、冬になると帰ってきていた。
「どうして、海の『まるずや』の主人になろうとしたの?」と志慶真ヌルがサンダラに聞いた。
「俺の故郷(うまりじま)はヤンバル(琉球北部)の塩屋湾に面した村(しま)なんだけど、『まるずや』のような店があったら便利だろうなって、いつも思っていたんだ。だけど、あんな田舎に店が出せるわけないって諦めていたんだよ。奄美大島まで行った時、子供たちが粗末な着物を着ているのを見て、『まるずや』があれば安い古着が買えるのにって思ったんだ。そこでひらめいたんだよ。船に古着を積んで売り歩けばいいんだってね。お頭に相談したら、それはいい考えだって賛成してくれたんだ。『まるずや』として奄美の島々を巡れば、情報も集められるから、お前がやってみろって言ったんだよ。そして、いつも最初に故郷に寄ってから、伊是名島(いぢぃなじま)、伊平屋島(いひゃじま)、与論島(ゆんぬじま)に寄って、この島に来るんだ」
「あなたはどこかのサムレーになっているって、ずっと思っていたわ。島添大里(しましいうふざとぅ)、佐敷、平田、首里にはいないから、中グスクか越来(ぐいく)か勝連(かちりん)にいるんだろうって思っていたのよ。まさか、こんな所で会うなんて‥‥‥」
「縁があったのですよ」とタマが言った。
「この島の次は徳之島(とぅくぬしま)に行くのですね」とサスカサが聞いた。
「はい。徳之島に行きますが、その前に鳥島に寄ってから行きます」
「えっ、鳥島に行くの?」と志慶真ヌルが驚いてサスカサを見た。
「あの島には銭(じに)を持った人たちが大勢いるのです。硫黄(いおう)掘りの手間賃が銭で支払われるのですが、その銭の使い道は博奕(ばくち)しかないんです。行くと女たちが大喜びをして、気前よく買ってくれるんですよ」
「えっ、あの島に女たちがいるのですか」とナナが驚いて聞いた。
 玻名(はな)グスクの捕虜が人足(にんそく)として送られたと聞いているので、人足しかいない島だと思い込んでいた。そんな島にヌルが行ったというので、余程強いヌルなんだろうと思っていた。
「女もいますよ。子供たちもいます。守備兵もいるので、どちらかと言えば男の方が多いですけどね」
「女たちも硫黄を掘っているのですか」
「畑仕事をしている人もいますが、土が悪いので大した物は作れません。硫黄掘りをやれば飯は食えるし、銭ももらえるので、女たちもやっています」
「その女の人たちも何か悪い事をして鳥島に送られたのですか」とサスカサが聞いた。
「以前はそういう女もいたようですが、中山王が変わってからはいません。ほとんどの人は夫婦で移住してきた者たちです。一年働けば結構稼げるので、故郷に帰って、それを元手に商売を始める者も多いようです」
「島の出入りも自由なのですか」
「自由です。ただ、小舟(さぶに)であの島から出るのは難しいでしょう。西(いり)に流されたら遭難してしまいます。定期的に来る中山王の船に乗って帰るか、俺たちの船に乗って、この島に来る者もいます」
「わたしたちを鳥島に連れて行って下さい」とサスカサはサンダラに頼んだ。
「いいですよ。あの島にいるヌルのカリーはシンシンさんの弟子ですから、再会を喜ぶと思いますよ」
「えっ、あたしの弟子?」とシンシンが驚いた。
「馬天浜(ばてぃんはま)の娘で佐敷グスクに通って、ササさんとシンシンさんから剣術と武当拳(ウーダンけん)を習ったって言っていましたよ。馬天ヌル様の勧めで首里のヌルになって、三年前に鳥島に来ました」
「ああ、あの娘(こ)か」とシンシンは思い出して、「あの娘が鳥島にいたなんて驚いたわ。確か、キラマの島に行ったジニーと同期で、ヂャン師匠(張三豊)のもとで一か月の修行もしているわ」と言った。
「あたしも会った事あるかしら?」とナナがシンシンに聞いた。
「ナナが来た時はもう首里に行っていたわ。でも、久高島参詣(くだかじまさんけい)の時に会ったかもしれないわね」
 今晩、玉グスクで一緒にお酒を飲む約束をして、サンダラは浜辺に戻った。
 サンダラの後ろ姿を見送ると、「サンダラさんには奥さんがいるの?」とサスカサが志慶真ヌルに聞いた。
 志慶真ヌルは首を傾げた。
「五月に浮島(那覇)を出て、奄美の島々を巡って二月頃に帰るんでしょう。琉球にいるのは二月しかないわ。奥さんがいるわけないわよ」とナナが言った。
「それじゃあ、奥さんも一緒に来ているのかしら?」とタマが言った。
「奥さんがいても大丈夫よ。あたしのマレビト神は奥さんがいるもの」とナナが言った。
「まだ、マレビト神だって決まってないわよ」と志慶真ヌルは手を振った。
「でも、再会した時、胸が熱くなったんでしょ」とタマが聞いた。
 志慶真ヌルは胸を触ってうなづいた。
「サンダラさんはミナ姉(ねえ)のマレビト神に違いないわ」とタマは決めつけた。
 サンダラが鳥島に連れて行ってくれるので、サミガー親方に頼む必要がなくなり、サミガー親方の屋敷に行くのはやめて浜辺に戻った。
 先ほどよりも大勢のお客がいて、『まるずや』は繁盛していた。人手が足らなそうなので、サスカサたちも手伝った。
 午後には与和の浜(ゆわぬはま)に移動して店を開き、ここでも大繁盛だった。夕方、店仕舞いをして、サンダラたちを連れて玉グスクに帰った。
 サグルーたちも『まるずや』の船が奄美の島々を回っている事に驚き、ウニタキから聞いた島々の情報を調べたのがサンダラだった事に驚いた。サグルーの護衛のヤールーとサンダラはキラマの島で一緒に修行した仲で、久し振りの再会を喜んでいた。
 サンダラの配下は六人いて、他に船乗りたちがいるが、彼らは『三星党』ではなく、雇われたウミンチュだった。マギーとイシタキは男で、ナカチルー、サフー、イチナビ、クンマチは売り子の娘たちだった。
 サフーは島添大里のサムレーの娘で、女子(いなぐ)サムレーだったミナから剣術を習っていて、ミナとの再会を喜んだ。サスカサと同い年だが、サフーが島添大里グスクに通い始めた年に、サスカサはヌルになっていたので近寄りがたく、剣術の腕も雲泥の差があって一緒に稽古をしてはいなかった。三年間、島添大里グスクに通い、さらに強くなるためキラマの島で修行して、『三星党』に入った。首里の『まるずや』で売り子をした後、サンダラの配下になっていた。
 一緒にお酒を飲んで、サンダラに奥さんがいない事がわかって、ミナは喜んだ。キラマの島での思い出を懐かしそうに話していたサンダラは酔うにつれて、ミナの事をずっと見守っていたと言った。イーカチの配下だったので、東方の様子を探っていて、島添大里グスクにいるミナを陰ながら見ていたと言った。
「海の『まるずや』の主人になってからも帰って来ると必ず、ミナの姿を見に行ったんだ。今年の二月、旅から帰って島添大里グスクに行ったら、ミナがヌルの修行をしていたので驚いた。ミナがササさんたちと一緒にヤンバルに行った時も陰の護衛を務めたんだよ。その後はずっと今帰仁にいて、戦(いくさ)が終わると浮島に行って、旅の準備をして、この島に来たんだ。ミナがこの島に来ていたなんて本当に驚いたよ」
「あたしの近くまで来ても、声を掛けてくれなかったのね」
「『三星党』は陰なんだよ。表に出てはいけないんだ」
「でも、表の顔は海の『まるずや』の主人でしょ。海の『まるずや』の主人としてなら会えるはずよ。来年は塩屋湾の故郷に寄る前に志慶真村に寄って、あたしに会いに来てね」
「いや、二月に帰った時、浮島に行く前に志慶真村に寄るよ」
「必ずよ。待っているわ」
 翌朝、サンダラとミナは消えていた。
 鳥島に行く予定だったのに延期となった。
「三日は帰って来ないわね」とシンシンとナナが言った。
「あの二人はどこに行ったの?」とサスカサは聞いたが、誰も答えなかった。
 二人が帰ってくるまで、サスカサたちは『まるずや』を手伝った。
 その日の午後、ヤマトゥに行く中山王の交易船が与和の浜にやって来た。シンゴ(早田新五郎)とマグサ、ルクルジルー(早田六郎次郎)と愛洲(あいす)ジルーの船、朝鮮(チョソン)に帰る李芸(イイエ)の船と勝連(かちりん)の船も一緒だった。
 何隻もの船が近づいて来るのを知った永良部按司も知名から戻って来て、ウミンチュたちに命じて小舟を送り、サグルーたちと一緒に出迎えた。
 『まるずや』のお客も減って閑散としていて浜辺に、また人々が集まってきた。
 小舟に乗って最初に上陸したのは総責任者のクルー(手登根大親)とジクー禅師とクルシ、覚林坊と福寿坊、もう一人の坊主頭の山伏の顔を見て、サスカサたちは目を疑った。中山王の思紹(ししょう)だった。
 驚いたサスカサは思紹のもとへ駆け寄った。
「お祖父(じい)様、どうして、こんな所にいるの?」
「戦も終わったし、ヤマトゥ旅に行く事にしたんじゃよ」
「何ですって!」
 話を聞いていたシンシンとナナ、サグルーたちも唖然とした顔で思紹を見ていた。
「お父さんがよく許しましたね」
「あいつはムラカ(マラッカ)に行くと言い出してな、行っても構わんが、その前にわしをヤマトゥに行かせろと言ったんじゃ。あいつもしぶしぶ承諾したというわけじゃ」
「お母さんが今帰仁で頑張っているというのに、お祖父様もお父さんも旅の相談をしていたのですか」
「わしが中山王だという事は内緒だぞ。好きに動けなくなるからな。わしは山伏の東行坊(とうぎょうぼう)じゃ。わかったな」
 思紹たちは永良部按司と一緒にグスクへと向かった。
 愛洲ジルーが下りてきたのでササの事を聞いたら嬉しそうな顔をして、五月十五日に無事に女の子を産んだと言った。
「ササによく似た可愛い娘で、俺の母の名前をもらってヤエと名付けたんだ。馬天ヌル様も喜んだけど、王様が一番喜んで、毎日、ヤエの顔を見に来ていたよ」
「よかったわ」とサスカサたちは喜んだ。
 その晩、玉グスクでササの出産祝いとヤマトゥや朝鮮に行く人たちの送別の宴(うたげ)を開いた。
 ササの代わりにタミー(須久名森ヌル)がいたので、御台所様(みだいどころさま)と高橋殿によろしく伝えてくれと頼んだ。李芸の船に山北王の側室だったパクと娘のカリンが乗っていて、今帰仁若ヌルだったカリンはサスカサとの再会を喜んだ。カリンはヌルをやめて母の故郷に帰るという。
「言葉がわからないので不安だけど、武当拳を身に付けたので母を守って何とか生きていこうと思います」と言ってカリンは笑った。
 翌日、思紹を乗せた交易船は六隻の船を引き連れてヤマトゥへと旅立っていった。サスカサたちは『まるずや』を手伝って、和の浜(わーぬはま)(和泊)、湾門浜(わんじょはま)、沖の浜(うきぬはま)(沖泊)、島尻浜(しまじーはま)(住吉浜)と商売をして、知名の浜に戻って来た夕暮れ時、サンダラとミナは現れた。
 仲良く寄り添った二人は幸せそうだった。三日前の晩、酔っているはずなのに眠れないミナは庭に降りて星を見上げていた。そこにサンダラが現れ、目が合った途端に頭の中が真っ白になって、気が付いたら大きなガマ(洞窟)の中にいたという。二人はみんなから祝福された。
 その夜はサミガー親方の屋敷に泊めてもらい、翌朝、鳥島を目指した。沖の浜で出会ったヒューガの武装船が島尻浜にいたので声を掛けたら、一緒に行く事になって、サンダラの船はヒューガの船に従った。ヒューガの配下の水軍が鳥島を守っているので、ヒューガが一緒だと心強かった。
 鳥島は思っていたよりも遠かった。風に恵まれれば半日で着くとサンダラは言ったが、生憎、風に恵まれず、未(ひつじ)の刻過ぎ(午後三時)にやっと到着した。
 高い断崖に囲まれた島で、山のあちこちから煙が上っていて、異様な臭いが鼻を突いた。島の東側に二隻の船が泊まっていて、その近くに船を泊めて、小舟に乗って砂浜に上陸した。
 石ころだらけの砂浜にヒューガの配下のグルータとシルーが待っていてヒューガを迎え、サスカサが来た事を知らせると驚いた顔をしてサスカサたちを迎えた。
「この島のヌルに会いに来ました」とサスカサが言うと、
「そうでしたか」とグルータとシルーは納得した。馬天ヌルから何かを頼まれたのだろうと二人は思い、シルーが案内してくれた。
 石がゴロゴロした険しい岩場を登って行くと断崖の上に出た。丸太作りの大きな家が建っていて、その先の広い草原の中に粗末な小屋がいくつも建ち並んでいた。右側に煙を上げている丘があり、さらに、その奥の方にも煙を上げている岩山があった。
「凄い所ね」とナナが言った。
「こんな所に人が住んでいるなんて‥‥‥」とミナが首を振った。
 キャーキャー言いながら登って来た若ヌルたちも目の前の景色を見て呆然となっていた。
「この島には何人の人が住んでいるのですか」とサスカサがシルーに聞いた。
「わしら守備兵を入れて、四百人余りといった所でしょう。二年前に玻名グスクの捕虜たちが来て、急に増えました」
「捕虜たちはどこかに閉じ込められているのですか」
「いいえ。各自で小屋掛けして暮らしていますよ。五十人余りの捕虜が来たのですが、皆、かみさんを連れて来たので、一気に百人以上も増えました。硫黄掘りをしている人たちには飯を食わせなければならないので、食糧の調達だけでも大変ですよ」
「どこから調達するのです?」
伊平屋島です。永良部島(いらぶじま)と徳之島(とぅくぬしま)が中山王の支配下になれば、その島から調達できるので大分、楽になります。この島には材木になる木もないので、材木や薪(たきぎ)も調達しなければならないのです」
 どこから出て来たのか、女たちが大勢現れて、『まるずや』が来たと言って、浜辺へと続く道へと向かって行った。子供たちも現れて、子供たち一緒にいたのが島ヌルのカリーだった。カリーはシンシンを見て驚き、「お師匠!」と叫んだ。
「お師匠がどうして、この島へ?」
「カリーの顔を見に来たのよ。元気そうなので安心したわ」
「お客様を頼むぞ」とシルーはカリーに言って引き上げて行った。
 カリーが子供たちに、「今日はこれで終わりよ」と言うと子供たちはワーイと叫びながら浜辺の方に駈けていった。
 シンシンがカリーにサスカサたちを紹介した。
「この島の神様に会いに来ました」とサスカサがカリーに言った。
「トゥイヌル様ですね」とカリーは言った。
「トゥイヌル様の声が聞こえるの?」とシンシンがカリーに聞いた。
「それが不思議なのです。今朝、急に聞こえるようになって驚きました。神様は『お客様が来るわよ』とおっしゃいましたが、何の事かわかりませんでした。まさか、お師匠たちが来るなんて‥‥‥でも、ササ様は一緒ではないのですか」
「ササはおめでたなの。もう、生まれたかもしれないわね」
「そうだったのですか。ササ様が赤ちゃんを抱いている姿なんて想像もできませんけど、おめでとうございます」
 サスカサたちはカリーの案内で、トゥイヌルのウタキに向かった。島の中央にグスクと呼ばれている古い火口があり、ウタキはグスクの北側の小高い丘の上にあった。島の北には硫黄岳という火山があって、ウタキから硫黄岳の火口が見えた。白い池があって、白い岩肌から所々に煙を上げている黄色い硫黄が見えた。火口の近くで硫黄を採掘している大勢の人たちの姿があった。
「この島の守り神様なので、この島に来て以来、毎朝、お祈りを捧げていました。三年間、神様の声が聞こえず、まだまだ修行が足りないと、ヂャン師匠から教わった呼吸法を続けてきましたが、ようやく、聞こえるようになりました。でも、『お客様が来るわよ』と一言聞いただけなのです」
「大丈夫よ。一言聞こえれば、すべて聞こえるわ」とシンシンがカリーに言った。
 サスカサたちはウタキの前に跪(ひざまづ)いてお祈りを捧げた。
「驚いたわね。この島に六人ものヌルが来るなんて」と神様の声が聞こえた。
「しかも、曽祖母(アキシノ)の子孫のヌルが二人もいるのね」
 そう言われて、永良部ヌル(瀬利覚ヌル)も連れてくればよかったかしらとサスカサは思った。
「初代永良部ヌル様の娘のトゥイヌル様ですね」とサスカサは聞いた。
「そうよ。あたしがこの島に来て十六年目に硫黄の採掘は終わってしまったのよ。あたしたちは島から撤収して、永良部島に戻ったわ。あたしは永良部島で亡くなったけど、二代目を継いだ娘がこの島に来て、ここに祀ってくれたのよ。娘は二代目を継いだけど、硫黄採掘が再開される事もなく、跡継ぎにも恵まれず、トゥイヌルは二代で絶えてしまったわ。馬天ヌルに話したら、カリーを連れて来てくれたのよ。でも、カリーはあたしの声は聞こえないし、トゥイヌルを継いでくれるのかわからなくて、イラフ姫様と一緒に琉球に行って豊玉姫(とよたまひめ)様に相談したのよ。そしたら、カリーは垣花姫(かきぬはなひめ)様の子孫だってわかったわ。あたしはもっと詳しく知りたいと思ってイラフ姫様と一緒に佐敷に行って、カリーの母親の事を調べたのよ。母親は馬天浜のウミンチュに嫁いだんだけど、志喜屋(しちゃ)ヌルの娘だったの。志喜屋ヌルというのは元々は垣花ヌルだったのよ。按司の娘が垣花ヌルになるようになったので、垣花ヌルは志喜屋ヌルを名乗るようになったの。カリーは垣花姫様の血を引いたヌルだったのよ」
「わたしの祖母は志喜屋ヌルでした」とカリーが言った。
「でも、わたしが五歳の時に亡くなってしまったので、わたしは会った事がありません。志喜屋ヌルを継いだ伯母には何度か会いましたが、何となく近寄りがたい人でした。剣術を習うために佐敷グスクに通って、馬天若ヌルのササ様と出会って、こんなヌルもいるのかと驚いて、わたしはヌルに憧れました。両親はウミンチュなので、ヌルになるのは諦めようと思っていた時、馬天ヌル様に勧められてヌルになるための修行を始めました。修行を始めたのが遅かったので、神様の声は聞こえませんでしたが、離島に行って修行に専念すれば、やがて、聞こえるようになるだろうと言われて、この島に来ました。まさか、こんなに遠い島だとは思ってもいなくて、凄い所に来てしまったと後悔した事もありましたが、負けるものかと必死に修行に励みました。今朝、ようやく神様の声が聞こえて喜びました。たった一言だけだったので不安でしたが、サスカサ様とお話しする神様の声がはっきりと聞こえました。ずっと見守っていただき、ありがとうございます」
「あなたが三年間、くじけずに修行を積んできたからよ」
「もしかしたら、あなたのお祖母(ばあ)さんは神人(かみんちゅ)だった志喜屋大主(しちゃうふぬし)様の娘さんなの?」とサスカサがカリーに聞いた。
「はい、そうです」
「志喜屋大主様はわたしの父が生まれた時に祝福してくれたのよ。そして、娘の志喜屋ヌルはわたしの祖父に古いガーラダマを渡して、そのガーラダマは大叔母の馬天ヌルが今も身に付けているわ」
「そうだったのですか」とカリーは驚いた。
「あなたたちは縁があったようね。わたしの声が聞こえるようになったから教えるけど、親方(うやかた)の息子のサクラーはあたしの子孫なのよ」
「えっ!」とカリーはまた驚いた。
「初代永良部ヌル様から、トゥイヌル様の子孫は絶えたと聞きましたが」とサスカサが言った。
「二代目が娘に恵まれなかったのでヌルは絶えてしまったけど、息子は生まれたのよ。その息子の孫が、察度(さとぅ)が硫黄の採掘を始めたと聞いて、この島に来て硫黄掘りをして、やがて親方になるの。今の親方は二代目で、その息子がサクラーなのよ」
 サクラーからお嫁になってくれと何度も言われ、カリーもサクラーが好きだった。サクラーはマレビト神かしらと思ったが、一人前のヌルになってもいないのにマレビト神が現れるはずもないと思い、修行をしなければならないと言って断ってきた。
「あなたとサクラーはお似合いよ。二人が結ばれれば、あたしの血を引く娘が生まれるわ。そうなったら素敵ね」
 カリーは恥ずかしそうに俯いた。
「トゥイヌル様がこの島にいらした時と今では、この島は変わりましたか」とナナが聞いた。
「あたしがこの島に来たのは百年以上も前よ。当時は父(タケル)のために硫黄を採っていたから、みんな和気藹々(わきあいあい)としていたわ。永良部島から材木や食糧、水も運べたし、仕事が終われば毎晩、酒盛りをやっていたのよ。楽しかったわ。でも、九年後、浦添按司の英祖(えいそ)の弟のサンルーが妹のサチと結ばれて永良部按司になると、捕虜となった兵たちが人足として島に来て、島を守るための兵もやって来たわ。楽しかった島が一変してしまうのよ。捕虜たちを恐れて、若い娘たちはみんな島から出て行ったわ。子供たちもいなくなって、殺風景な島になってしまったのよ。島の人たちが減ったので、浦添から罪を犯した人たちが送られてくるようになって、この島は罪人の島になってしまったわ。それから七年後、ヤマトゥからのお船も来なくなって硫黄の採掘は終わり、みんな島から撤収したのよ」
「捕虜たちも撤収したのですか」とサスカサが聞いた。
「捕虜たちも七年間、働いたから解放したのよ。過酷な労働に耐えられなくて亡くなった人も多かったわ。無人島になったこの島は忘れ去られて、九十年後に、浦添按司の察度のサムレーが百人ほどの人たちを連れてやって来て、硫黄の採掘を再開するのよ。察度は元(げん)の国から琉球の浮島に来た商人から硫黄を頼まれたらしいわ。連れてきた人たちは罪人じゃなくて、若い夫婦が多かったわ。一年間働けばかなりの銭が稼げると言われてやってきたのよ。その話を聞いたあたしの子孫の親方も家族を連れて、この島にやって来たの。その頃の永良部島は今帰仁按司の帕尼芝(はにじ)の支配下にあったから、察度は徳之島から材木や食糧を運んでいたわ。察度は明国(みんこく)との交易を始めて、大量の硫黄が必要になって、さらに若い夫婦たちを連れて来て、島は賑やかになったわ。倭寇(わこう)に連れて来られた高麗人(こーれーんちゅ)の夫婦もいたわ。島に活気が戻って来て十年くらい経った頃、帕尼芝の兵が攻めて来て、察度の兵と戦って察度の兵を追い出してしまうの。鳥島今帰仁按司の領地だって主張したのよ。でも、察度はすぐに兵を送って取り戻したわ。察度は帕尼芝が邪魔しないように、帕尼芝と同盟を結んで、鳥島の領有権を得るのよ」
「帕尼芝はその見返りに何を要求したのですか」とナナが聞いた。
「帕尼芝は明国の海賊と密貿易をしていたの。海賊が欲しがるのはヤマトゥの商品よ。特にヤマトゥの刀ね。ヤマトゥから来る倭寇たちは明国の商品を欲しがって、みんな浮島に行っちゃうから帕尼芝の手に入らないのよ。それで、ヤマトゥの刀を察度に要求したの。そして、察度は帕尼芝の使者を明国に連れて行って、帕尼芝を山北王にさせてあげたのよ。明国の商品で倭寇と取り引きをして刀を手に入れられるようにね。五年後に帕尼芝は進貢船(しんくんしん)がもらえないからって怒って、またこの島を奪い取ったけど、察度に今帰仁を攻められて戦死してしまったわ」
「戦の時、島の人たちは大丈夫だったのですか」とサスカサが聞いた。
「硫黄岳の方に逃げたから大丈夫よ。帕尼芝が亡くなって今帰仁の兵は攻めて来なくなったけど、四年後に察度が亡くなると急に待遇が悪くなったのよ。徳之島からの物資の供給も滞るようになって、浦添から罪人が送られてくるようになったのよ。前と同じように島から出て行く人たちが増えて、それを補充するために次々に罪人が送られてきたの。ヌルたちも送られてきたのよ」
「武寧(ぶねい)がヌルをこの島に送ったのですか」
「武寧が首里にグスクを築く時に反対したヌルたちがいたのよ。武寧は捕まえて、この島に送ったのよ。その頃は罪人の男ばかりだったから、ヌルたちは男たちの慰み者になってしまって可哀想だったわ。身投げして亡くなったヌルもいたのよ。その後も首里グスクの石垣が壊れた時、手抜き工事をした者たちの家族が送られてきて、女たちは慰み者にされたわ。そんな状態の時に、武寧を倒した島添大里按司が水軍を率いてやって来て、武寧の兵たちを説得して、新しい中山王に仕える事になったのよ。その後、馬天ヌルがやって来て、あまりのひどさに驚いて、環境を改善させて、徳之島からの物資の供給も定期的に行なうように改めたのよ。その頃の馬天ヌルはあたしの声は聞こえなかったけど、ここに来て熱心にお祈りをしていたわ。二年後に徳之島が山北王に奪われると、物資の供給は伊平屋島からするようになるの。二度目に来た時、馬天ヌルはあたしの声が聞こえるようになっていて、この島の歴史を教えてあげたわ。そしたら、以前のような平和な島に戻すって約束してくれたのよ。馬天ヌルは親方と相談して、悪人は島から追い出したわ」
「その悪人はどこに行ったのですか」
伊平屋島から物資を運ぶお船の漕ぎ手にしたみたい。距離もあるからかなりきついみたいよ。悪人たちがいなくなって、新しい夫婦たちもやって来て、カリーもやって来て、昔のように笑い声が聞こえる島に戻ったのよ。永良部島と徳之島が中山王の支配下になって、行き来が自由になれば、この島はもっと住みやすくなるわ。よろしく頼むわね」
 島の人たちをお守り下さいと言って、サスカサたちはお祈りを終えた。ウタキから下りて、カリーの案内で硫黄採掘の現場を見てから集落に戻った。集落の外れに『喜羅摩(きらま)』と看板を掲げた遊女屋(じゅりぬやー)があったのには驚いた。二か月間滞在する守備兵のために、首里の『喜羅摩』の主人のサチョーの配下が六年前に開いたという。
 その夜、星空の下でサスカサたちとサンダラたちは島の人たちに囲まれて酒盛りを楽しんだ。途中からヒューガも加わり、父と一緒に初めてこの島に来た時の様子をサスカサは聞いた。
 志慶真ヌルとサンダラはまるで夫婦のように見え、カリーとサクラーは楽しそうに笑っていた。サスカサは羨ましそうにカリーとサクラーを見て、志慶真ヌルとサンダラを見て、あたしのマレビト神はどこにいるのだろうと星空を見上げた。
「ねえ、あの二人は三日間、どこに行くの?」とカリーとサクラーを見ながらナナがシンシンに聞いた。
「小舟に乗って海に出るんじゃないの」とシンシンが言った。
「海の上に三日間もいるの?」
「頭の中が真っ白になって、気が付いたら海の上にいるのよ」
「三日間も海の上をさまよっていたら帰って来られなくなるわよ」
「大丈夫よ。トゥイヌル様が見守っているわ」
「そうね」とナナは納得してサスカサを見ると、「今回の旅で、サスカサもマレビト神に出会うような気がするわ」と言った。
 サスカサはナナを見て微かに笑った。

 

 

日宋貿易と「硫黄の道」 (日本史リブレット)