長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-189.トンドの新春(第一稿)

 琉球から遙か離れたトンド王国(マニラ)では、ササたちが新年を迎えていた。お正月といっても、トンドは琉球よりもずっと暖かかった。
 宮殿の敷地内にある客殿に滞在しているササたちは、『宮古館』で出会ったツキミガとインミガを宮殿に連れて行って、アンアンに紹介した。二人も一緒に客殿に滞在する事になった。
 ササたちはトンドの都見物を楽しんだ。トンドには様々な人たちが暮らしていた。宮殿の周りには唐人(とーんちゅ)たちが住み、宮殿の東側に日本人町があり、『宮古館』はその南にある。朝陽門(ちょうようもん)(東門)の近くにインドゥ人の住む町があり、その南側にチャンパ人の住む町があった。南薫門(なんくんもん)(南門)の近くにタージー人(アラビア人)の住む町があり、その北にブルネイ人の住む町があった。順天門(じゅんてんもん)(西門)の周辺には現地の人たちが暮らしていた。
 大きなお寺がいくつもあって、仏教のお寺には金色に輝く様々な仏像が安置されていた。道教のお寺にも金色に輝く様々な神様が安置されていた。ササたちは琉球のお寺にある仏像を思い出して、琉球の仏像も金色にした方がいいと思った。インドゥのお寺は派手な色で飾られ、奇妙な神様がいっぱいいた。タージーのお寺には神様も仏様もいなかった。それでも決まった時間になると大勢の信者が集まってきて、お祈りを捧げていた。
 海賊チェンジォンジー(陳征志)退治のお陰で、ササたちは有名になっていて、現地人たちのササたちを見る目が変わっていた。シンシンの通訳によると、チェンジォンジーがいなくなって、皆が喜んでいるという。ウミンチュたちもチェンジォンジーの妨害にあって漁ができなかったらしい。
 チェンジォンジーを退治したのは女海賊のヂャンジャラン(張嘉蘭)なのだが、ヂャンジャランを知っている人は少なく、ササたちがチェンジォンジーを退治したと思っている人が多かった。シンシンがその事を説明しても、なかなか信じてもらえなかった。ヂャンジャランの手柄を横取りしたような感じで、ヂャンジャランに悪いような気がした。
 アンアンと一緒に山の砦にも行って来た。思っていたよりも山の奥で、途中にいくつも見張り台があって、充分に警戒していた様子がわかった。
 山の砦では大勢の若者たちが武芸の稽古に励んでいた。アンアンに頼まれて、ササたちは若者たちを鍛えて、その日は山の砦に泊まった。焚き火を囲んで、若者たちと一緒にお酒を飲んで語り合った。語り合うといっても言葉が通じないので不便だった。今後のためにも、唐人の言葉を覚えた方がいいわねとササたちはシンシンから言葉を教わる事にした。
 十二月の二十日を過ぎると、港に船が続々と入って来て、都も賑やかになってきた。広州から来る海賊か多かった。チェンジォンジーがいなくなったので、例年以上の海賊たちがやって来たらしい。海賊といっても武装した商人たちで、法を犯して密貿易をしているので海賊と見なされていた。
 トンドの王様が明国に送った進貢船(しんくんしん)も帰って来た。使者として明国に行ったのはアンアンの兄のヤンラン(洋然)だった。ヤンランは順天府(じゅんてんふ)(北京)まで行き、順天府の会同館で琉球の使者のサングルミーと会ったという。同い年のクグルーと仲良くなって、一緒に都見物をして、一緒にお酒を飲んで語り合ったと楽しそうにシンシンに言った。明国の言葉がしゃべれるクグルーをササは羨ましく思った。
 ヤマトゥの倭寇(わこう)もやって来た。ササたちは日本人町の『倭館』に行って、倭寇に挨拶をした。五隻の船を率いて来た佐伯(さえき)新十郎というお頭は、豊後(ぶんご)の国(大分県)の大友氏に仕えている倭寇だった。豊後の国と言われてもどこだかわからないので聞くと、博多の東の方だという。
「あの辺りは豊(とよ)の国ではありませんか」と安須森(あしむい)ヌルが聞いたら、新十郎はうなづいて、
「昔は豊の国と呼ばれていたんじゃが、二つに分かれて豊前(ぶぜん)(福岡県東部)と豊後になったんじゃよ」と言った。
豊玉姫(とよたまひめ)様を御存じですか」とササが聞いた。
豊玉姫様? ほう、豊玉姫様を知っているのか。トンドに来て、豊玉姫様の名前を聞くとは思わなかった。豊玉姫様はわしらの御先祖様じゃよ」
「えっ!」とササたちは驚いた。
「日向(ひゅうが)の国(宮崎県)との境に姥岳(うばたけ)(祖母山)という山があって、その山頂に祀られているのが豊玉姫様じゃ。わしらは大神(おおが)一族と呼ばれて、一時は豊後の国を支配していた事もあるんじゃよ。源平の戦(いくさ)や南北朝の戦で一族は分かれて争い、かつての勢力は失ってしまったが、皆、豊玉姫様の子孫だという誇りを持って生きている。豊前の国だが、香春(かわら)の三の岳の山頂にも豊玉姫様は祀られているし、宇佐の八幡宮にも祀られている」
「驚いたわ」と安須森ヌルがササと顔を見合わせてから、
「わたしたちも豊玉姫様の子孫なんです」と言った。
「何じゃと?」と新十郎は驚いた顔をして、安須森ヌルを見た。
「どうして、琉球豊玉姫様の子孫がいるんじゃ?」
豊玉姫様は琉球で生まれて、スサノオ様と一緒にヤマトゥに行ったのです」
「なに、豊玉姫様が琉球で生まれた? そんな事は聞いた事もない」
豊玉姫様が琉球の人だという事は隠されてしまったのです」
「一体、誰が隠したんじゃ?」
「それはわかりませんが、昔の権力者でしょう。豊玉姫様が琉球から来た事が知れると都合が悪かったのでしょう」
 新十郎はうなづいて、
「権力者という者は都合の悪い事は抹殺してしまうからのう」と言った。
豊玉姫様は海人(あま)族の姫様で、南の方からやって来たというのは聞いた事があったが、それが琉球だったとは驚いた」
 スサノオ琉球に来て、豊玉姫と出会い、一緒に対馬に行った話をしていたら、三人の娘が現れた。ササたちと同じように袴(はかま)を着けて腰に刀を差していた。新十郎の娘だと聞いて、ササたちは驚いた。琉球に来る倭寇の船で、女を連れて来る船はなかった。
「この娘が生まれた時、わしの妻は豊玉姫様の夢を見たんじゃ。それで、トヨと名付けた。トヨは幼い頃から船に乗っていたんじゃよ。ある日、大きな嵐に出遭ったが、この子は泣く事もなく、じっと座っていた。嵐が去ったあと、ニコッと笑ったこの子を見て、船乗りたちが、この子は豊玉姫様の生まれ変わりに違いないと言って、以後、航海の守り神として、トヨは船に乗っているんだ。年が明けたら二十歳になるというのに、お嫁にも行かず、親としては心配の種なんじゃよ」
 トヨと一緒にいるのは幼馴染みのイチとミヨだった。三人はすぐにササたちの仲間に加わった。トンドに来ても、言葉が通じる若い女はいなかったので、トヨたちも喜んでいた。
 トヨの話によると、ヤマトゥからトンドに来るのは父の新十郎だけだという。ターカウまで来る者は多いがトンドまでは来ない。新十郎がトンドまで来るのは砂金が目当てだった。新十郎が仕えている大友氏の軍資金として砂金を集めていたのだった。
 その晩、ササたちは新十郎に引き留められて、お酒を御馳走になって豊玉姫様の事を色々と話した。新十郎は御先祖様の事を真剣になって聞き、安須森ヌルが源氏や平家の事にも詳しいので驚いていた。
 北から来た船が次々に港に入って来るのと同じ頃、南の国から来た船が帰って行った。インドゥ人たちが宿泊していた『印度館(いんどぅかん)』が空いて、王様の許しで、ササたちが入る事に決まった。『印度館』はインドゥ人町にあり、庭は広く、建物も大きかった。港の近くの宿舎にいた船乗りたちも皆、『印度館』に移って来た。
 ササたちは堅苦しい宮殿から出られてホッとしていた。ササたちが『印度館』に入るとインドゥ人たちが贈り物を持ってやって来た。インドゥ人の船がチェンジォンジーにやられた事があって、敵(かたき)を討ってくれたと喜んでいた。言葉は通じないが、インドゥ人たちは親切で、楽しく暮らせそうだとササたちも喜んだ。
 年が明けて新年となり、トンドの都はあちこちの町で新年を祝う行事が催された。ササたちは宮殿に招待されて祝宴に参加した。正午(ひる)過ぎに終わったので、日本人町熊野権現に行って、スサノオの神様、ユンヌ姫、アキシノ、赤名姫、メイヤ姫と一緒に新年を祝って酒盛りをした。スサノオの神様に言われて、安須森ヌルとササが笛を吹いたら、ヴィーナの調べが聞こえてきた。皆が驚いていたら、サラスワティが現れた。
「驚いたわ。あなたたちがこんな所にいるなんて」とサラスワティが言った。
「サラスワティ様がいらっしゃるクメール王国はここから近いのですか」とササが聞いた。
「海を隔てた西にあるわ。お船で行ったら二十日から一月といったところね。チャンパの国の隣りよ」
「クメールの人たちもトンドに来ているのですか」と安須森ヌルが聞いた。
「金(きん)を求めて来ているわよ」
「トンドの金は有名なのですか」とササが聞いた。
「さあ、どうなのかしら。クメールではいつもお寺を作っていて、お寺に置く仏像は金で飾るのよ。金はいくらあっても足らないんじゃないかしら」
弁才天宮(べんざいてんぐう)にあったサラスワティ様の像も金色に輝いていたわ」とシンシンが言った。
「あんなのがお寺の中にいくつもあるのよ」
「奈良の東大寺の大仏も、できた当初は金色に輝いていて見事なものじゃった」とスサノオが言った。
 大仏なんて見た事はないが、ササは金色に輝いていた北山第(きたやまてい)の金閣を思い出して、将軍様に金を贈れば喜ばれるだろうと思った。
 サラスワティ様も加わって、夜が明けるまで酒盛りを楽しんだ。目が覚めると午後になっていて、日本人町の太守(タイショウ)、赤星小三郎に招待されて祝宴に参加した。夜遅くまで飲んで、翌日は『宮古館』の祝宴に招待され、次の日にはインドゥ人たちの祝宴にも参加した。毎日がお酒三昧(ざんまい)で、お酒好きなササたちも二日酔いに悩まされていた。
 二日酔いを追い払おうと庭で武当拳(ウーダンけん)の套路(タオルー)をやっていたら、娘たちが集まって来て、ササたちは娘たちに武当拳を教えた。
 それから二日後、ササと安須森ヌルが南薫門の近くにあるお寺に行って、楼閣に登って景色を楽しんでいたら、
「お客さんが来たわよ」とユンヌ姫の声が聞こえた。
「誰が来たの?」とササが聞いた。
「わたしのお姉さんのギリムイ姫と従兄(いとこ)のホアカリよ」
「えっ、ホアカリ様が来たの?」とササと安須森ヌルは驚いた。
 伊勢の神宮にいるホアカリ様がどうして、トンドまで来るのか、わけがわからなかった。
「お姉さんがサスカサに頼まれてヤマトゥに行って、ホアカリを琉球に連れてきたの。ホアカリはササを追ってここまで来たのよ。そしたら、お祖父(じい)様(スサノオ)が来ていたと知って、びっくりしていたわ」
「ササ、久振りじゃな」とホアカリの声が聞こえた。
「今年は日本に来なかったので、何をしているのかと思ったら、こんな遠くまで来ていたとは知らなかった。お祖父様まで連れて来るとはササも大したもんじゃな」
「ほんと、随分と遠くまで来たわね」と言ったのはギリムイ姫だった。
 懐かしい声だった。幼い頃、ササが初めて聞いた神様の声がギリムイ姫様の声だった。その頃はただ神様の声だと思っていて、ギリムイ姫と言う名前は知らなかった。セーファウタキで豊玉姫様と出会ってから、ギリムイ姫が島添大里(しましいうふざとぅ)グスクのウタキの神様だと知ったのだった。
「ギリムイ姫様がヤマトゥまで行ったのですか」とササは聞いた。
「ヤマトゥに行ったお船の帰りが遅いので、サハチが心配してね、それで様子を見に行ったのよ」
「ヤマトゥで戦が始まったのですか」
「戦にまではならなかったわ。でも、なかなか京都から出られなくて遅くなったのよ。博多で新年を迎えてから帰るって言っていたわ」
「皆、無事なのですね?」
「無事よ」
 ササたちは安心した。そして、ギリムイ姫からタミーの活躍を聞いて驚いた。
「タミーを送ったのは正解だったわね」とササたちは喜んだ。
 安須森ヌルは伊勢津姫様の事をホアカリに聞いた。
「伊勢津姫様の事まで知っているなんて驚いた。わしらの御先祖様だよ。でも、あまりにも昔の事なんでよくわからないんだ。伊勢で亡くなったので、わしは伊勢津姫様のお墓を守るために、伊勢に祀られたんだよ」
阿蘇津姫様、武庫津姫(むこつひめ)様、瀬織津姫(せおりつひめ)様は皆、伊勢津姫様の事なんですね?」
「そうだと聞いている。海を渡って南の国から来られた伊勢津姫様は九州に着いて阿蘇山に登って、阿蘇津姫様と呼ばれるようになった。さらに瀬戸内海を渡って武庫山(六甲山)に登って、武庫津姫様と呼ばれるようになった。武庫山から船で那智まで行って、那智の滝に住んで瀬織津姫様と呼ばれるようになった。那智から伊勢の宇治に行って、伊勢津姫様と呼ばれ、その地で亡くなった。死後、水の神様として、瀬織津姫の名前が有名になって各地に祀られるようになったんだ。でも、今は瀬織津姫様の名前は隠されてしまって、弁才天に置き換えられている」
「えっ、瀬織津姫弁才天様になったのですか」
「琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)の弁才天も、熊野の奥にある天川(てんかわ)の弁才天も、元々は瀬織津姫様を祀っていたんだよ」
 天川の弁才天の事は元日の夜、サラスワティ様から聞いていた。役行者(えんのぎょうじゃ)という山伏に呼ばれて、天川まで行ったが言葉がまったく通じなかったと笑っていた。役行者は、神様として瀬織津姫様を祀り、仏様として弁才天を祀る天川神社を創建したという。
厳島(いつくしま)神社の神様も瀬織津姫様に違いありません」とアキシノが言った。
 いつになく興奮しているような口調だった。
「福原殿(平清盛)から聞いた事があるのです。表向きは宗像(むなかた)のイチキシマ姫様を祀っているけど、本当は伊勢の国から勧請(かんじょう)した、わしらの御先祖様の神様じゃと言ったのです。神様のお名前は教えてはくれませんでしたが、きっと、伊勢津姫様と呼ばれていた瀬織津姫様だと思います。本殿には黄金に輝く弁才天様がお祀りしてありました」
 厳島神社には行ったが弁才天様を見た記憶はなかった。
「今はその弁才天様はないのですか」と安須森ヌルはアキシノに聞いた。
「今もありますが、秘仏として公開していないようです。もしかしたら、当時の黄金の弁才天様は盗まれてしまったのかもしれません」
「きっと、源氏が盗んだのね」とササが言った。
「どうして、瀬織津姫様は隠されてしまったのですか」と安須森ヌルがホアカリに聞いた。
「多分、祖母(豊玉姫)が隠されてしまったのと同じ理由じゃないのかな。天皇の御先祖が南の国から来た隼人(はやと)の女神様だった事を隠したかったのだろう」
瀬織津姫様はどこから来たのですか」とササが聞いた。
琉球じゃ。と言いたいところだが、どこから来たのか、わしにもわからんよ」
役行者という人を御存じですか」と安須森ヌルは聞いた。
修験道(しゅげんどう)の開祖と言われている、わしらの子孫だよ」
「それで、御先祖様の瀬織津姫様を天川にお祀りしたのですね?」
「そうだよ。役行者は武庫山で初めて、瀬織津姫様の声を聞いたようじゃ。そして、瀬織津姫様のお導きで、大峯(おおみね)の弥山(みせん)に登って、瀬織津姫様を祀り、天川にも祀ったんだ」
瀬織津姫様の勾玉(まがたま)がどこにあるのか御存じですか」とササが聞いた。
「勾玉? さあ、わからんのう。跡を継いだ娘に贈ったんじゃないかのう」
伊勢の神宮のお宝の中にはないのですね?」
「なかったはずだ」
瀬織津姫様の娘さんとは誰ですか」
「それもわからん。瀬織津姫様にはアマテル様として祀られた夫がいたが、子供の事は何も伝わっておらんようじゃ。跡を継いだ娘は伊勢から、さらに東の方に行ったのかもしれん。もしかしたら、駿河の富士山に祀られている神様かもしれんのう」
「それは何という神様ですか」
浅間大神(あさまのおおかみ)だ。『アサマ』も『アソ』も火山を意味する南方の言葉だろう。南方の言葉が富士山の神様の名前に付いているという事は瀬織津姫様の娘に違いないとわしは思う。そして、常陸(ひたち)(茨城県)の鹿島と下総(しもふさ)(千葉県北部)の香取にも古い神様がいる。その神様も浅間大神と関係あると思うんだが、よくわからんのだよ」
スサノオの神様にもわからないのですか」
「お祖父様はサラスワティという神様と一緒にクメールという国に行ったようだ。わしは会っていないんだよ」
「えっ、スサノオの神様はクメールに行ったのですか」とササと安須森ヌルは驚いた。
「多分、お祖父様にもわからないだろう。瀬織津姫様の時代はわしらが生きていた頃より五百年も前の時代だ。御先祖様だから、わしらを守ってくれたけど、いちいち家族の事なんて聞いていないだろう」
「ホアカリ様は瀬織津姫様の声を聞いた事があるのですか」
「わしは聞いていない。ヤマトゥの王にはなったが、わしは琉球の言葉で言う神人(かみんちゅ)ではないからな。母(玉依姫)は聞いているよ。姉(トヨウケ姫)も聞いているかもしれない」
「お祖母(ばあ)様も聞いているかもしれないわ」とユンヌ姫が言った。
 ササと安須森ヌルが『印度館』に帰ると娘たちの武当拳の稽古が始まっていた。木陰でシンシンが見知らぬ男と話をしていた。若くて背の高い男は、道教のお寺で見た道士の格好をしていた。シンシンに呼ばれて、二人が近づくと、
「師兄(シージォン)のシュヨンカ(徐永可)さんです」とシンシンは男を紹介した。
武当山(ウーダンシャン)で一緒に修行をしていたの。トンドで出会うなんて、まるで、夢を見ているようだわ」とシンシンは嬉しそうに言った。
武当山の道士がトンドにいたなんて驚きだわね」とササが言った。
「もっと驚く事があるわ。わたしも初めて知ったんだけど、ヨンカは旧港(ジゥガン)(パレンバン)にいるシュミンジュン(徐鳴軍)さんの孫なのよ」
「えっ!」とササと安須森ヌルは驚いて、ヨンカを見た。そう言われれば、顔つきが似ているような気もした。
「でも、祖父のシュミンジュンさんはヨンカが生まれる前に旅に出てしまって、ヨンカが七歳の時に帰って来たけど、すぐにまた旅に出て行ったらしいわ。わたしとヂャン師匠が武当山を去ったあと、ヨンカは祖父を探す旅に出たの。広州まで来て、祖父が旧港にいるという噂を聞いたらしいわ。直接、旧港まで行くお船がなくて、トンドに来て、トンドのお船に乗って旧港まで行って、シュミンジュンさんと会って来たんですって」
「どうして、またトンドに戻って来たの?」
「それがね、ヨンカはシャオユンに一目惚れしちゃったのよ。初めの頃は相手にされなかったみたいだけど、ヨンカは武当剣の達人だし、今はシャオユンもヨンカが好きみたい。でも、シャオユンはアンアンがお嫁に行くまでは自分もお嫁には行けないって言っているの。ヨンカはアンアンがお嫁に行くのをじっと待っているという状況ね」
 娘たちの稽古が終わったあと、ササと安須森ヌルはシンシンと一緒にヨンカが任されているお寺に行った。ナナとナーシルが一緒に来た。
 宮殿の西側にある『五龍観』という道教のお寺だった。南の方にも『龍虎観』という道教のお寺があって、そこには道士が何人もいたが、『五龍観』にいるのはヨンカと三人の弟子だけだった。武当山が破壊される前は何人もの道士がいたようだが、破壊されたあと道士たちは皆、帰ってしまい、しばらく、誰もいない状況が続いた。武当山の道士が来た事に王様は喜んで、ヨンカは王様に頼まれて住職になった。武芸の腕も見込まれて、兵たちの指導もしているという。
 『五龍観』に祀られている神様は真武神だった。真武神にお祈りをしたあと、再会を祝って酒盛りが始まった。ヨンカから武当山の話を聞いていたら、アンアンたちがやって来た。ササたちがいるのに驚き、一緒に酒盛りに加わった。ヨンカはシャオユンの顔を見て嬉しそうに笑って、シンシンが師妹(シーメイ)だと紹介した。
 シャオユンは驚いた顔をしてシンシンを見て、ヨンカの話を聞いていた。ヨンカとシャオユンはお似合いの二人だとササたちは思った。
 正月の半ば、クメールに行っていたスサノオが戻って来て、ホアカリ、ギリムイ姫と一緒に帰って行った。ユンヌ姫たちも琉球に帰った。豊玉姫から瀬織津姫の事を聞いてくると言って張り切っていた。