長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

3-11.アメキウディーの饗宴(第二稿)

 ウンノー泊(どぅまい)(面縄港)に戻ってサグルーたちと合流したサスカサたちは、先代徳之島按司(とぅくぬしまあじ)の妹の犬田布(いんたぶ)ヌル(先代徳之島ヌル)と会った。犬田布ヌルは山北王(さんほくおう)を倒してくれた事を感謝したが、中山王(ちゅうざんおう)が今の按司を倒す意志がない事を知って悲しんだ。
 犬田布ヌルは二人の若ヌルを連れていて、一人は先代按司の娘のリン、もう一人は今の按司の娘のマクトゥだった。リンは両親と兄と弟を山北王に殺されていた。犬田布ヌルがマクトゥの指導をする事に決まった時、リンは敵(かたき)の娘に会いたくないと言って会わなかった。あれから三年が経って、当時、七歳だったマクトゥは敵ではないと理解して、今では仲良くやっていた。マクトゥは許せるが按司は許せない。中山王が討ってくれないのなら、いつか、必ず敵を討つと言って、リンはサスカサの弟子になった。
 サグルーたちはウンノーグスクで徳之島按司と会い、母のマティルマと妹のマハマドゥの説得で、徳之島按司は中山王に忠誠を誓ってくれた。妻のマキクは按司が中山王に従う事に決めたと言うと、半狂乱になったので部屋に閉じ込めたという。
 按司の事はサグルーたちに任せて、サスカサたちは犬田布ヌルの案内でトゥクカーミーの窯場(かまば)跡を見に行った。わたしの出番はなさそうだと永良部(いらぶ)ヌルも一緒に来た。
 窯場跡はウンノーグスクの西半里(約二キロ)ほどの所にあって、草茫々の荒れ地になっていた。二百年も続いたので、かなり広い地域にいくつもの窯場があった。窯で焼くための木を切り開きながら南から北へと移動して行ったのだろう。今も機能している窯場は、まだ樹木(きぎ)が残っている森の近くにあった。トゥクカーミーが始まる前は、この辺り一帯は鬱蒼(うっそう)とした樹木が生い茂っていたに違いない。
 北に見えるインタブウディー(犬田布岳)に古いウタキ(御嶽)があるというので登ってみた。思っていたより遠くて、山頂まで一時(いっとき)(二時間)あまりも掛かった。暑い中、苦労して登ったのに山頂には木が生い茂っていて眺めは悪く、若ヌルたちはブーブー文句を言っていた。古いウタキらしい岩があったのでお祈りしたが神様の声は聞こえなかった。
「古いウタキなんだけど、トゥク姫様もご存じなかったのよ」とトゥクヌ姫の声が聞こえた。
「多分、トゥク姫様がこの島にいらっしゃる前に、山裾に住んでいた人たちの神様だと思うわ。山裾にはガマ(洞窟)がいくつもあるのよ」
「トゥク姫様というのはユン姫様の娘さんですか」とサスカサは聞いた。
「そうよ。北部にあるアメキウディー(天城岳)に祀られているわ。毎年、夏至の時にあたしの子孫のヌルとトゥク姫様の子孫のヌルがアメキウディーの山頂でお祈りをするのよ。今年も先月に集まったけど、あなたたちが来たから、もう一度、集まるのも悪くないわね。トゥク姫様はお酒が好きだから、山頂で酒盛りをしましょ。あたしがヌルたちに声を掛けるわ。明日は満月だから酒盛りに最適ね」
 お祈りを終えると、「山頂で酒盛りなんて、ウムトゥダキ(於茂登岳)を思い出すわね」とナナが楽しそうに言った。
「色々な神様が現れたわね」とシンシンが笑って、「何となく、スサノオ様が現れそうな気がするわ」と空を見上げた。
「まさか?」とサスカサも空を見上げてから、犬田布ヌルにアメキウディーの事を聞いた。
「わたしはトゥクヌ姫様の子孫ではないので、トゥクヌ姫様の声は聞こえませんが、目手久(みぃてぃぐ)ヌルは聞こえます。目手久ヌルは大伯母の徳之島ヌルの曽孫(ひまご)で、初代按司の妻だった恩納(うんな)ヌルの血を引いています。わたしにはよくわかりませんが、恩納ヌルとトゥクヌ姫様はつながりがあるようです。それで、目手久ヌルも夏至の集まりには参加しています。東海岸を北上して、サン(山)という村(しま)まで行って、そこからアメキウディーに登るようです。トゥクヌ姫様の子孫のヌルたちは冬至の日にブマウディー(井之川岳)に登り、夏至の日にアメキウディーに登っています」
「サンダラに頼んで、明日、アメキウディーに行きましょう」と志慶真(しじま)ヌルも楽しそうに言った。
 翌日、サスカサたちを乗せたサンダラの船はサンに向かった。サスカサの弟子になった犬田布若ヌルのリンと永良部ヌルも一緒だった。
 喜念(きゅにゅん)浜に寄って、喜念ヌルと目手久ヌルを乗せた。『まるずや』の船が来たので、浜辺に人々が集まってきた。
「改めてまた来ます」とサンダラは人々に叫んだ。
 目手久ヌルは腰に刀を差し、喜念ヌルは弓矢を背負っていたので、サスカサたちは驚いた。話を聞くと目手久ヌルは少林拳(シャオリンけん)の名手で、喜念ヌルは弓矢の名手だという。二人ともサスカサと同年配で、武芸は母親から習っていて、何代か前の先祖が武芸の名人と結ばれたらしい。トゥクカーミーで栄えていた徳之島には各地から武芸の名人も集まってきたようだ。
 喜念浜から北上して秋津(あきちゅ)浜(亀徳)に寄って、秋津ヌルと亀津(かみぢ)ヌルと尾母(うむ)ヌルを乗せた。秋津ヌルと尾母ヌルは五、六歳の娘を連れていて、亀津ヌルは志慶真ヌルと同い年で娘はいなかった。
 井之川(いの)浜に寄って、井之川ヌルと諸田(しゅだ)ヌルを乗せた。井之川ヌルは十一歳の男の子と九歳の女の子を連れていて、諸田ヌルは四歳の娘を連れていた。
 母間(ぶま)浜に寄って、母間ヌルと娘のイサと再会した。母間ヌルは十歳の娘を連れた久志(くし)ヌルをサスカサたちに紹介した。『まるずや』の船には乗れないので、母間ヌルと久志ヌルは小舟(さぶに)に乗って従った。
 花徳(けぃどぅ)浜の手前に擂り鉢を逆さにしたような山があって、花徳按司のグスクがあった所だと喜念ヌルがサスカサに説明した。初代の花徳按司は花徳ヌルの弟で、この辺りを二百年近く支配していたが、九代目の按司が山北王に滅ぼされてしまったという。
 花徳浜に寄って、花徳ヌルと会った。花徳ヌルは背が高く、弓矢を背負っていて、まだ跡継ぎには恵まれていなかった。花徳ヌルに花徳按司の事を聞くと、初代花徳按司の姉の花徳ヌルは鬼界島(ききゃじま)(喜界島)から来た初代の御所殿(ぐすどぅん)(阿多源次郎)と結ばれたという。
「この島の初代御所殿は源為朝(みなもとのためとも)の孫ですよね。為朝は大男だっというので、あなたも背が高いのですね。そして、弓矢の名手なのね」とサスカサは言って、御所殿の後ろ盾があったから花徳ヌルの弟はグスクを築いて按司になったようだと思った。
「母は背が高くはありませんが、祖母は高かったです。何代かおきに背が高い娘が生まれるようです。背が高いせいか、マレビト神様に巡り会えません」
 そう言って寂しそうに笑った花徳ヌルはシンシンと同い年の二十七歳だった。
「大城按司(ふーぐすくあじ)も御所殿と関係あるのですか」とナナが花徳ヌルに聞いた。
「大城按司は大和城按司(やまとぅぐすくあじ)と関係があります。初代大和城按司は熊野の山伏で、阿布木名(あぶきなー)ヌルと結ばれて、この島に落ち着いて按司になりました。大城按司は阿布木名ヌルの一族です。阿布木名ヌルは唯一残っているトゥク姫様の子孫のヌルで、阿布木名ヌルの一族は古くから西方(いりかた)に勢力を持っていました。大城按司は大和城按司に倣って山の上にグスクを築いて按司になったのです」
「もしかしたら、大和城按司のグスク跡に熊野権現がありませんか」
「あります。按司が滅ぼされた後、あの山に登ったら、グスクの中に熊野権現と書かれた石の祠(ほこら)がありました」
 ナナが嬉しそうにうなづいて、「スサノオ様を呼べるわね」とシンシンに言った。
「そうね。でも、ササか安須森(あしむい)ヌルがいなければ無理だわ。あたしたちが笛を吹いてもスサノオ様はやって来ないわよ」
「ササ様の事は神様からよく聞いています。もしかしたら、ササ様と一緒に瀬織津姫(せおりつひめ)様をお連れした方たちなのですか」と花徳ヌルが目を輝かせて聞いた。
 ナナとシンシンがそうだと言うと、花徳ヌルは跪(ひざまづ)いて両手を合わせた。話を聞いていた母間ヌルと久志ヌルも驚いた顔をしてナナとシンシンを見て、跪くと両手を合わせた。
 ナナとシンシンは慌てて、みんなを立たせた。
「トゥクヌ姫様がヌルたちを集めた意味がようやくわかりました」と母間ヌルが言った。
「中山王のヌルのために、どうしてそこまでするのだろうと不思議に思っていましたが、ササ様と一緒に瀬織津姫様をお連れした偉大なヌル様たちだったのですね。瀬織津姫様がこの島にいらしたお陰で、以前は阿布木名ヌルしか聞こえなかったトゥク姫様の声が、トゥクヌ姫様の子孫のヌルたちにも聞こえるようになりました。トゥク姫様も大歓迎なさるでしょう」
「トゥク姫様の子孫のヌルは阿布木名ヌルだけなのですか」とサスカサが母間ヌルに聞いた。
「そうです。アメキヌルもトゥク姫様の子孫でしたが絶えてしまって、六代前の母間ヌルの妹が跡を継いで、アメキウディーを守っています。アメキヌルを継いでもトゥク姫様の声は聞こえず、それでも儀式を欠かさずに行なっていました。トゥク姫様の声が聞こえて、一番喜んだのはアメキヌルです。トゥク姫様から感謝されてアメキヌルは泣いていました。阿布木名ヌルもトゥクヌ姫様の声が聞こえるようになったと喜んでいました」
 花徳ヌルは母間ヌルの小舟に乗ってもらいサンに向かった。
 サンの浜辺に着くと、アメキヌルと手々(てぃてぃ)ヌルと阿布木名ヌルが待っていた。アメキヌルは十一歳の娘を連れていて、手々ヌルと阿布木名ヌルは二十代の後半だが、娘を連れてはいなかった。唯一のトゥク姫の子孫だという阿布木名ヌルは腰に刀を差していた。
「突然、トゥクヌ姫様から、今晩、アメキウディーの山頂で酒盛りをするって聞いて驚きましたよ」と言ってアメキヌルは笑った。
「中山王のヌル様は偉いから、みんなで歓迎するのね」と阿布木名ヌルが皮肉っぽく言った。
「ナナ様とシンシン様はササ様と一緒に瀬織津姫様を琉球にお連れしたヌル様なのですよ」と母間ヌルが阿布木名ヌルに言った。
「えっ!」と驚いて阿布木名ヌルは跪こうとした。
 ナナが押さえて、「わたしたちは偉くはないわ。一緒にお酒をのみましょう」と笑った。
 アメキヌルが用意してくれたお酒と料理を持って、二十人のヌルたちはアメキウディーの山頂を目指した。サンダラも配下のイシタキと一緒に『まるずや』の酒樽を担いで付いてきた。サスカサの弟子の与論(ゆんぬ)若ヌル、畦布(あじふ)若ヌル、犬田布若ヌルはまだ神様の声が聞こえないので、ヌルたちの子供と一緒にアメキヌルの屋敷に残した。
 夕方近くになって、ヌルたちがぞろぞろとお山に向かっているので、村の人たちは驚いた顔をしてヌルたちを見送った。
 サスカサは同年配の喜念ヌルと目手久ヌルから武芸の事を聞かれて、ヂャンサンフォン(張三豊)の事を話しながら山道を登った。ナナは阿布木名ヌルと花徳ヌルに、シンシンは母間ヌルとアメキヌルに、瀬織津姫様と出会った時の事を話していた。他のヌルたちもナナとシンシンの話に耳を傾けていた。
 半時(はんとき)(一時間)余りで山頂に着いた。山頂の手前に小さな広場があって、熊野権現の石の祠があった。
「やっぱり、ここにもあったのね」とナナが言って両手を合わせた。
 皆も熊野権現に両手を合わせた。
「山頂は狭いので、ここで酒盛りをしましょう」とアメキヌルが言って、お酒と料理をそこに置いて、サンダラとイシタキに待っていてもらい、ヌルたちは山頂に向かった。
 山頂は眺めがよかったが確かに狭かった。サスカサたちは眺めを楽しんでから、石を積み上げた古いウタキの前でお祈りを捧げた。
「二十人もヌルが集まるなんて久し振りね」と神様の声が聞こえた。
「トゥク姫様ですね」とサスカサが聞いた。
「そうよ。満月の夜に酒盛りをするなんて、トゥクヌ姫も粋な事を考えたわね。遙か昔の事だけど、満月の夜に、ここで酒盛りをしたのを思い出したわ。わたしがこの島に来て、初めてこのお山に登った時、ここでお酒を飲んでいる人がいたのよ。話をしているうちに頭の中が真っ白になって、気がついたら満月の下で、二人でお酒を飲んでいたわ。わたしたちは結ばれて、二人でこの島を統一したのよ。そして、その人がこの島の名前を『トゥクぬ島』って名付けてくれたわ。その人の名前はアメキヒコで、わたしがこのお山を『アメキウディー』って名付けたのよ。わたしたちの子孫は島中に広まって、わたしの血を引いたヌルたちもいっぱいいたんだけど、みんな絶えてしまって、今は阿布木名ヌルだけになってしまったわ。わたしがこの島に来たのは千五百年も前の事だから仕方ないわね」
「アメキヒコ様はシネリキヨですか」とナナが聞いた。
「そうよ。この島に稲を持ってきた人たちよ。わたしがこの島に来た時、シネリキヨの他にも色々な人たちが暮らしていたわ。瀬織津姫様がヤマトゥに行った時から八十年近く経っていたから、ヤマトゥに行くお舟が立ち寄る浜辺にはアマミキヨたちも暮らしていたのよ。サンの浜辺はヤマトゥに行くお舟の最後の浜辺で、風待ちをして与路島(ゆるじま)に向かって行ったわ。ヤマトゥから来たお舟はサンに最初に来て、お土産を置いて行ったわ。阿布木名ヌルとアメキヌルのガーラダマ(勾玉)はその頃の物なのよ。そろそろ暗くなるから下の広場で酒盛りの支度をした方がいいわ。わたしも顔を出すから一緒にお酒を飲みましょう」
 サスカサたちはお祈りを終えて、熊野権現の広場に戻った。
 サンダラとイシタキが茣蓙(ござ)を引いて酒盛りの準備を始めていた。
「トゥク姫様は顔を出すって言ったけど、本当に現れるのかしら?」とナナが言うと、「まさか?」とアメキヌルも阿布木名ヌルも首を振った。二人ともトゥク姫様の姿を見た事はないという。
 ヤマトゥの大三島(おおみしま)でお酒好きな伊予津姫(いよつひめ)様と一緒にお酒を飲んだ事をナナが話したら、アメキヌルも阿布木名ヌルも、一緒にお酒を飲むなんて恐れ多いと言いながらも期待しているようだった。
 神様たちと一緒にお酒を飲んだ話はササや安須森ヌルからも聞いていて、あたしも神様の姿を拝みたいと願っていたサスカサは、今晩、夢がかなうかもしれないと胸をときめかせた。
 熊野権現にお酒を捧げて、顔を出した満月を拝むと酒盛りが始まった。ヌルたちが二十人もいるので賑やかだった。
 サスカサが喜念ヌルと目手久ヌルに祖父の中山王の話を聞かせ、ナナが阿布木名ヌルと花徳ヌルに南の島の話を聞かせ、シンシンが母間ヌルとアメキヌルに明国(みんこく)の話を聞かせ、志慶真ヌルが亀津ヌルと手々ヌルにヤマトゥ旅の話を聞かせ、永良部ヌルが尾母ヌルと諸田ヌルに永良部島の事を話していた時、突然、まぶしい光に包まれた。皆が目を閉じて、目を開けると神様たちがいた。
 ナナとシンシンはユンヌ姫とキキャ姫はわかったが、残りの五人は誰だかわからなかった。
 ユンヌ姫がユン姫を紹介した。
 ユン姫が娘のトゥク姫と孫娘のワー姫を紹介した。
 キキャ姫が娘のトゥクヌ姫と姪のイラフ姫を紹介した。
 神様を目の前にして、ヌルたちは驚きのあまりポカンとしていたが、アメキヌルがひれ伏すと皆がひれ伏した。
 サスカサは感激して両手を合わせていた。志慶真ヌル、東松田(あがりまちだ)の若ヌル、瀬底(しーく)の若ヌルはサスカサを真似して両手を合わせた。隅の方で酒を飲んでいたサンダラとイシタキは眠りに就いていた。
「皆さん、顔を上げて、お酒を飲みましょう」とトゥク姫が言って、ヌルたちは恐る恐る顔を上げて神様たちを見た。
 神様たちが現れたら、まるで昼間のような明るさになり、蒸し暑さも納まって涼しい風が吹いてきた。
 トゥク姫は弓矢を背負っていて、この島を治めていた首長としての貫禄があった。キキャ姫の娘のトゥクヌ姫は優しそうな顔をしているが、左手に立派な剣を持っていた。ユン姫はトゥク姫の母親だが、トゥク姫よりも若く見え、優雅な着物をまとっていた。ユン姫の孫のワー姫は気品のある顔つきで、桜色の着物がよく似合っていた。イラフ姫は不思議な美しさを持っていて、顔付きに似合わず弓矢を背負っていた。ウムトゥ姫に会うために独りで池間島(いきゃま)まで行く度胸と武芸の腕も持っているようだ。
「赤名姫様とメイヤ姫様が来ているはずですけど、一緒ではないのですか」とナナがユンヌ姫に聞いた。
「あの二人はササに頼まれて奄美大島(あまみうふしま)に行ったわ」
奄美大島? ササは何を頼んだのです?」
「明月道士(めいげつどうし)の動きを探ってくれって頼まれたらしいわ」
「明月道士って、望月党(もちづきとう)の?」
「勝連(かちりん)グスクで明月道士の霊符(れいふ)が見つかって、ササは琉球にある明月道士の拠点を見つけようとしているようだわ」
「赤ん坊を産んだばかりだというのに、ササはそんな事をしているのですか。無理をしないように見守ってください」
「大丈夫よ。ササの事は神様たちがみんな知っているから危険な事はさせないわ」
 神様たちのお酒を用意して、「素晴らしい夜にしましょう」とトゥク姫が言って、皆で乾杯をした。
 かしこまってお酒を飲んでいたヌルたちも酔うにつれて、神様たちから色々な事を聞いていた。
 サスカサは三人のマレビト神に会ったイラフ姫にマレビト神の事を相談した。
「このお酒、おいしいわ」とイラフ姫は笑った。
 ユンヌ姫が言っていたように、その笑顔は素敵だった。イラフ姫と出会った人たちが、イラフ姫を忘れないように島の名前に残したわけがわかるような気がした。
「ヤマトゥのお酒です。『まるずや』さんが上等なお酒を用意してくれました」
「叔母様(キキャ姫)がお祖母(ばあ)様(ユンヌ姫)と一緒にヤマトゥに行ったと聞いて、わたしも久し振りに行ってきたのよ。京の都は素晴らしかったわ」
「北山第(きたやまてい)の七重の塔もご覧になったのですね」
「叔母様からも必ず、見てきなさいって言われたんだけど、なかったのよ」
「えっ、なかった?」
「一月の半ばに雷が落ちて焼け落ちてしまったらしいわ。わたしが行ったのが二月だったから、もう少し早く行けばよかったって後悔したのよ」
「あの塔が焼け落ちてしまったのですか」とサスカサは信じられないといった顔で首を振った。
 いつの間にか阿布木名ヌルが来ていて、サスカサとイラフ姫の話を聞いていた。
「わたしは二十一の時にウムトゥ姫を追って池間島に行って、近くにある西島(いりま)(伊良部島)で最初のマレビト神に会ったわ。娘も生まれて、とても幸せだったのよ。でも、わたしは西島に落ち着かず、与論島(ゆんぬじま)に戻って、ヤマトゥに行ったわ。今思えば、何か目に見えない力によって動かされていたように思えるのよ。あなたも自分の心に素直に従って行動すれば、必ず、素敵なマレビト神に会えると思うわ」
 今まで、自分の心に素直に従って来ただろうかとサスカサは自問した。
 佐敷按司の長女として生まれ、十歳の時に父が島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)になって佐敷グスクから島添大里グスクに移った。十二歳になると叔母の安須森ヌルのもとでヌルになるための修行を積んだ。叔母の屋敷には女子(いなぐ)サムレーが住んでいて、女子サムレーに囲まれて育ち、武芸の修行も当然の事のように励んだ。祖父が中山王になるとキラマ(慶良間)の島から来た先代のサスカサから指導を受けて、十六歳の時、セーファウタキ(斎場御嶽)で儀式をして、サスカサを継いだ。同じ年頃の男の子が近づいてくる事もなく、ササが妊娠するまで、マレビト神にも興味はなかった。叔母の安須森ヌルに憧れていたので、ヌルになったのは素直に心に従っていた。三年前の十月、奥間(うくま)のサタルーがクジルーを連れて島添大里グスクに来た。クジルーに会った時、胸がときめいて、マレビト神かしらと思った事もあったが、その後、会う事もなく、戦(いくさ)の最中だったので忘れようと思った。あの時、素直に心に従っていたらクジルーに会いに奥間まで行っていただろう。クジルーはマレビト神だったのかしらと今更ながらサスカサは考えていた。
 阿布木名ヌルもイラフ姫にマレビト神の事を聞いていた。唯一のトゥク姫の子孫なので、跡継ぎを絶やすわけにはいかないと焦っているのかもしれないとサスカサは思った。
 突然、まぶしい光に包まれて、目を閉じ、目を開けると二人の神様が現れた。勿論、サスカサが初めて見る神様だが、スサノオ瀬織津姫だとすぐにわかった。二人ともサスカサが思い描いていた姿のまま現れていた。
「おっ、サスカサがササの代わりに来ているのか。しばらく見んうちに美しくなったのう。母親に似たようじゃな」とスサノオがサスカサを見て笑った。
「お祖父(じい)様、どうして、ここにいるの?」とユンヌ姫が飛んできて聞いた。
「今年もササたちが来ないので、瀬織津姫様が心配してのう。一緒に様子を見に来たんじゃよ。首里(すい)に行ったらササが可愛い赤ん坊を抱いていたので驚いたぞ」
「ササはまだ首里にいるのですか」とシンシンがスサノオに聞いた。
「何じゃ、知っておったのか」
「ヤマトゥに行く交易船が永良部島に寄ったのです。その時に聞きました」
「そうじゃったのか。ササは若ヌルたちと一緒に龍天閣(りゅうてぃんかく)にいるが、若ヌルが随分と増えていたぞ」
「ヤマトゥから帰ってきて、ササの弟子になった若ヌルたちもいるのです」
「面倒見のいい事じゃ。みんな、高い所が好きなようで、楽しそうにやっておった」
「王様(うしゅがなしめー)がいないので、龍天閣を占領したのね」とナナが笑った。
「赤ちゃんはヤエという名前の可愛い子で、丁度一月前の満月の晩に生まれたそうよ。今頃、月を見ながらキャッキャッて笑っているでしょう」と瀬織津姫が言った。
 サスカサたちはいつものようにスサノオ瀬織津姫と話をしていたが、徳之島のヌルたちは驚きの余りひれ伏していて、神様たちも二人の出現に驚いてポカンとしていた。
「ユンヌ姫の娘たちと知念姫(ちにんひめ)様の娘たちじゃな。山のてっぺんが明るかったので下りてみたら、お前たちがいたので一緒に酒を飲もうと現れたんじゃよ。サハチがとうとう琉球を統一したようじゃな。祝い酒といこう」
 ひれ伏しているヌルたちの顔を上げさせて、改めて乾杯をした。
スサノオ様、わたしの母を知っているのですか」とサスカサが聞いた。
「おう。声を掛けたら驚いておった。アキシノを助けてくれたお礼を言ったんじゃよ。瀬織津姫様の勾玉(まがたま)を下げて今帰仁(なきじん)グスクに攻め込んだそうじゃのう。大した女子(おなご)じゃ。お前も母親のようになりそうじゃな。琉球のために、これからも頼むぞ」
 ヌルたちがササの事を聞かせてくれと言ったので、スサノオはササとの出会いから話し始めた。
「わしが豊玉姫(とよたまひめ)に贈った勾玉を身に付けた娘が突然、京都の船岡山に現れた。それがササだったんじゃよ。ササは翌年もやって来て、豊玉姫の事を聞いた。わしは教えてやったよ。ササは九州にある豊玉姫のお墓を見つけ出して、わしの娘の玉依姫(たまよりひめ)と会い、玉依姫琉球に連れて行ったんじゃ。翌年はユンヌ姫を連れて来てくれた。その年にサスカサも一緒に来たんじゃったな」
「はい。高橋殿と一緒に熊野に行って新宮(しんぐう)の十郎様と会いました」
「ササは源氏を調べるために熊野に行き、翌年は平家を調べるために熊野に行ったんじゃ。ササは疑問に感じた事を徹底的に調べて、わしと出会い、瀬織津姫様も探し出したんじゃよ。みんなも疑問を感じた事があったら納得するまで調べるがいい。結果はどうであれ、その過程で経験した事は決して無駄にはならないじゃろう」
 スサノオが話すササの話をヌルたちも神様たちも真剣に聞いていた。瀬織津姫もササのお陰で立ち直る事ができて、お礼として勾玉を贈った事を話した。
 ササの事をよく知っているサスカサ、シンシン、ナナ、志慶真ヌルもスサノオ瀬織津姫が話すササの話を聞いて、改めてササの凄さを感じていた。

 

 

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