2017-07-01から1ヶ月間の記事一覧
中山王(ちゅうさんおう)(思紹)の使者たちが京都に着いて、ササたちが京都の街を行列していた頃、琉球(沖縄)では二月に行った『進貢船(しんくんしん)』が無事に帰国した。 正使の具志頭大親(ぐしかみうふや)、従者のクグルーと馬天浜(ばてぃんはま)のシタ…
八月の一日、ササ(馬天若ヌル)たちは熊野新宮(しんぐう)の『神倉山(かみくらやま)』に来ていた。 ササたちが『大原』から京都に戻ると、『南蛮(なんばん)(東南アジア)』から使者が来たとの噂で持ち切りだった。四年前に若狭(わかさ)(福井県)に来て、台…
六月の半ば、山南王(さんなんおう)のシタルーの娘が真壁(まかび)の若按司に嫁いで行った。先代の真壁按司が隠居して『山グスク大主(うふぬし)』となって、中山王(ちゅうさんおう)(思紹)の船に乗って明国(みんこく)(中国)に行ったのを牽制(けんせい)する…
『奥間(うくま)ヌル』が首里(すい)に来た。 サハチ(中山王世子、島添大里按司)は驚いて、焦った。一昨年(おととし)の冬、ウニタキ(三星大親)と一緒に伊平屋島(いひゃじま)に行く途中、奥間に寄って会った時、奥間ヌルは、いつか首里に行きたいと言ってい…
今帰仁(なきじん)をあとにした馬天(ばてぃん)ヌルの一行は運天泊(うんてぃんどぅまい)に行って、『勢理客(じっちゃく)ヌル』に歓迎された。 勢理客ヌルは、馬天ヌルがヤンバル(琉球北部)のウタキ(御嶽)巡りをしている事を知っていて、首を長くして来るの…