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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

25.お輿入れ(最終決定稿)

 サハチとマチルギの新居は十一月の半ばに完成した。
 東曲輪(あがりくるわ)ができて、佐敷グスクは以前よりもずっと立派に見えた。石垣がないのは残念だが、贅沢は言えない。村の者たちがサハチたちのために総出で築いたグスクだった。
 東曲輪の入口には門番が守る櫓門(やぐらもん)があり、門を抜けると広い庭がある。門の左側にサムレーたちが詰める屋敷が建ち、門の右側には厩(うまや)がある。庭を挟んで向こう側にサハチの妹、マシューが入る事になる佐敷ヌルの屋敷が建てられ、庭の奥の方にサハチたちの屋敷があった。屋敷は一の曲輪にある屋敷と同じ位の広さがあり、二人だけで暮らすには広すぎた。その事を父に言うと、子供たちができれば、すぐに狭くなると言って笑った。
 新しい屋敷が完成しても、けじめは付けなければならないと言って、サハチとマチルギが住む事は許されなかった。マチルギとサムは相変わらず、クマヌの屋敷にお世話になっていた。
 十二月の末、マチルギが伊波(いーふぁ)に帰る前、娘たちの稽古納めの試合が東曲輪の庭で行なわれた。グスク内にいる者たちは勿論の事、村の者たちも大勢集まって来て、祭りのように賑やかだった。一年間、稽古に励んだ成果を見せるために、三十人近くの娘たちが試合を行なった。
 一年前、木剣の持ち方も知らなかった娘たちとは思えない程、娘たちは上達していた。特に最年長の馬天(ばてぃん)ヌルの上達振りは素晴らしかった。佐敷按司の妹で苗代之子(なーしるぬしぃ)の姉なので、元々、素質があったのかもしれない。サハチの妹のマシューも驚く程、腕を上げていた。
 全員の試合が終わると最後に、マチルギとサハチが模範試合を行なった。
 二人が木剣を持って中央に現れると、見ている者たちから指笛が響き渡り、冷やかしの掛け声を掛ける者もいた。
 サハチが声のした方を見ると、祖父と祖母がウミンチュたちと一緒に見ていた。サハチは手を振って祖父母に応えた。
 サハチとマチルギが木剣を構えて立つと、ざわめいていた観衆はシーンと静まり返った。
 模範試合なので、二人で前もって相談した通りに技を披露した。マチルギが攻めて、サハチがそれを受けて反撃し、マチルギが受けて、また反撃するという繰り返しだったが、二人の流れるような華麗な動きは見ている者たちを感動させた。
 二人が離れて構えを解くと、しばらくしてから拍手が沸き起こり、あちこちから指笛が響き渡った。
 次の日、マチルギはサムと一緒に伊波に帰って行った。次に来るのは、来年二月のお輿(こし)入れの時だった。
 マチルギがいなくなって、急に寂しくなった。そう感じていたのはサハチだけではなかった。村人たちも顔を合わせれば、マチルギの噂をしているという。馬天ヌルもマシューもサハチと顔を合わせれば、マチルギの事を話していた。
 大晦日(おおみそか)の前日、新しい屋敷の縁側に座って、マチルギの事を思いながら、ぼうっと海の方を眺めていたら、門番がやって来て、勝連(かちりん)のウニタキが来たと知らせた。
 今頃、何の用だろうと正門に行ってみると、暖かそうな陣羽織を着たウニタキがニヤニヤしながら立っていた。
 ウニタキはサハチたちが今帰仁(なきじん)に行っていた留守中にも来て、娘たちに稽古をつけていたという。その時、ウニタキは鮫皮作りの修行をさせるための職人を連れて来て、祖父に預けている。職人の中に高麗人(こーれーんちゅ)がいて、そいつと仲良くなって一晩お世話になり、翌日も娘たちの稽古に付き合ってから帰って行ったという。
 馬天ヌルの話では教え方もうまいし、真面目な顔をして冗談を言う面白い人だという。勝連の人らしいけど勝連の武将の倅なのと馬天ヌルに聞かれ、サハチは本当の事を教えた。馬天ヌルは驚き、按司の息子が従者も付けずに一人で来るなんて信じられない。でも、いい人と友達になったのねと笑った。友達と言われて、サハチはそうかもしれないと思った。子供の頃は一緒に遊ぶ友がいたが、若按司になってから対等に付き合える友と呼べる者はいなかった。ウニタキとは対等に付き合っていると言えた。
 東曲輪ができたので、正門も新しく建てていた。正門を抜けて少し行くと左側に以前の正門があり、右側に東曲輪の門がある。敵が攻めて来た場合、両側の土塁の上から弓を射る事ができるので、守りも強化していた。
 サハチは東曲輪にウニタキを入れて、先程、座っていた縁側に腰を下ろした。
「何かいい事でもあったのか」とサハチは聞いた。
「お前の屋敷も完成したらしいな」と言って、ウニタキも縁側に腰を下ろした。
浦添(うらしい)の帰りなんだ」
「こんな年の瀬に、浦添に用でもあったのか」
倭寇(わこう)を知っているか」とウニタキは聞いた。
「知っている。お前の祖父(じい)さん(察度)も宇座(うーじゃ)按司も昔、倭寇だった」とサハチは言った。
「何だって!」とウニタキは目を丸くして驚いた。
「ヤマトゥに壱岐島(いきのしま)という島があって、そこの倭寇として高麗の海で暴れていたんだ。中山王は『怖いもの知らずのジャナ』と呼ばれ、宇座按司は『むっつりばさらのタチ』と呼ばれて恐れられていたらしい。その時に稼いだ銭をたっぷりと船に積んで琉球に帰って来て、兵力を蓄えて浦添按司を倒したんだ」
「本当かよ」
 ウニタキは信じられないといった顔をしてサハチを見ていた。
「祖父さんに聞いてみるといい。祖父さんが無理なら、宇座按司なら話してくれるだろう」
 ウニタキはサハチを見つめ、「お前はやっぱり、ただ者ではないな」と言った。
「まあ、その事は後で確かめる。俺の母親も、嫁の祖母(ばあ)さんも、倭寇によって高麗(こーれー)からさらわれて来た娘だった。きっと、美しい娘だったので、中山王(ちゅうざんおう)や勝連按司に献上されたんだろう。噂では山南王(さんなんおう)の若按司の嫁も高麗人だという」
「俺も高麗に行った時、ヤマトゥンチュの嫁さんになっている人を見たけど、綺麗な人だった」
 サハチは『津島屋』の奥さんと早田次郎左衛門の奥さんを思い出していた。
「その事について、俺は今まで何の疑問も持たなかった。母親が涙ぐみながら高麗の事を話す時、可哀想だと思ったくらいだった。前回、ここに来た時、お前は留守だったが、俺は鮫皮作りの作業場で働いている高麗人の家にお世話になった。そいつも倭寇によってさらわれて来た男だった。奥さんもいて、奥さんもそうだった。夫婦でさらわれたのかと聞くと、さらわれたのは別々だった。サミガー大主がそいつを浮島に連れて行って、妻になる女を選んで買い取ってくれたのだという」
「お爺が高麗人を買ったのか」と今度はサハチが驚いてウニタキを見つめた。
「そいつが選んだ女を銭と交換したそうだ。浮島に高麗人を売っている所があると聞いて俺は驚いた。すぐにでも行って調べたかったが、その時は婚礼の前だったので、そんな暇はなかった。婚礼も済んで新しい生活が始まって、俺はその事をすっかり忘れてしまった」
「嫁さんが気に入ったとみえるな」とサハチはウニタキの顔を見てニヤニヤと笑った。
「なかなかいいもんだよ」とウニタキは照れ笑いをした。
「嫁と一緒に侍女も付いて来たからな。俺の新しい屋敷も賑やかになった。俺の嫁の母親は島添大里(しましいうふざとぅ)按司の娘なんだよ。島添大里按司には一度だけ会った事はあるが、話をした事はない」
「島添大里按司は俺の敵(かたき)だよ」とサハチは言った。
「俺の祖父の美里之子(んざとぅぬしぃ)も、叔母のマナビーも、親父の従兄(いとこ)の大(うふ)グスク按司も島添大里按司に殺されたんだ」
「そうだったのか。敵がすぐ近くにいるというのも大変だな」
「それより、高麗人の話はどうなったんだ」
「おう、そうだ。その嫁が何日か前に、高麗人の祖母の話をして、それで浮島にいるという高麗人の事を思い出したんだ。俺は次の日、浮島に行ってみた。ヤマトゥの商人に高麗人を買いたいと言って、銭を見せたら連れて行ってくれた。若狭町から少し離れたチージ(辻)という荒れ地の中に、塀に囲まれた小屋があって、高麗人たちが何人も暮らしていた。若い娘がいたら侍女として使ってもいいと思ったんだが、若い娘はいなかった。商人に若い娘はいないのかと聞くと、若い娘が欲しかったら、ヤマトゥの船が入って来た時に来なければ駄目だと言った。器量のいい娘は遊女屋(じゅりぬやー)がすぐに買って行くし、久米(くみ)村の唐人(とーんちゅ)も若い娘を狙っている。若い娘が欲しいのなら、しかるべき銭を納めれば確保しておいてやると言ったが、また来ると言って、俺は商人と別れた。そして、浦添に行って、嫁の父親に会って、その事を告げたんだ。父親もその事は知らなかった。さらって来た高麗人を売り買いするのはけしからんと怒ってな。中山王と相談して、浮島の高麗人を本国に送り返すと約束してくれたんだよ」
「さらわれた高麗人を高麗に返すのか」とサハチが聞くと、
「そうだ。故郷に帰してやるのさ」とウニタキはいい考えだろうというような顔をして言った。
 対馬にも、さらわれて来た高麗人たちが住んでいる小屋があると聞いた事があった。高麗人たちをさらって来るのもサンルーザたちの仕事なので、深くは詮索しなかったが、琉球にもそんな所があったなんて驚きだった。
「若い娘が売れるのはわかるが、男たちも売れるのか」とサハチは聞いた。
「体格のいい男は鳥島に連れて行って、硫黄掘りをさせられるそうだ。職人とか特別な技術を持っている男は高く売れると言っていた」
「成程な。売れるから琉球まで、わざわざ連れて来るというわけだな」
 ウニタキはうなづいた。
「話は変わるけど、お前、ミャーク(宮古)って知ってるか」
「何だ、ミャークって」
「南の方にある島らしい。そこの連中が今、泊(とぅまい)に滞在している。交易に来たらしいが、言葉が通じなくて、言葉を学んでいるそうだ」
「へえ、南の方にそんな島があったのか」
「何年か前に中山王の進貢船(しんくんしん)が暴風に遭ってミャークに流されたそうだ。それで、琉球が明と交易している事を知って、わざわざやって来たらしい」
「そのミャークって島は遠いのか」
「よくは知らんが、言葉が通じないんだから遠いんじゃないのか」
「南の島か‥‥‥」
 サハチはヤマトゥに行く時に見た、数多くの島を思い出していた。琉球の北にあれだけの島があるのだから、南の方にも知らない島が数多くあるのかもしれなかった。いつの日か、自分の船を持って、知らない島々を訪ねてみたいと思っていた。
 その夜、サハチはウニタキを連れて、クマヌの家に行って共に酒を飲んだ。クマヌと一緒に酒を飲むのも久し振りだった。
 サハチとウニタキの顔を見ると、「恋敵が仲良くやって来たのか」と面白そうに笑った。
 マチルギとサムがいなくなって、急に寂しくなってしまったとクマヌの奥さんはサハチたちを歓迎してくれた。
 娘のマチルーはマチルギから剣術を習っているのでよく知っているが、稽古着姿と違って、普段の着物姿は随分と娘らしくなっていた。もしかしたら、サムはマチルーが好きになったのかなとサハチは思った。

 

 年が明けて洪武(こうぶ)二十二年(一三八九年)となり、サハチは十八歳になった。
 静かな正月だった。四年前に大グスクが落城してから大きな戦は起こっていなかった。
 伊波按司は、今帰仁按司が亡くなって、二代目に代わる時に隙が生まれるだろうと言っていた。そうなると七十歳に近いという中山王、察度が一番、亡くなる可能性が高い。察度が亡くなった時、大戦(うふいくさ)が起こるのだろうか。
 いや、今の中山王に対抗できる勢力はいない。
 いや、今帰仁の山北王(さんほくおう)なら対抗できるかもしれない。しかし。今帰仁の大軍が道なき道をやって来るとは思えないし、船で来たとしても、上陸する前にやられてしまうだろう。先の事はわからないが、今年も大戦が起こらない事をサハチは願った。
 新年の儀式の時、妹のマシューが佐敷ヌルとなって、叔母の馬天ヌルと一緒に儀式を行なった。
 マシューも知らないうちに立派なヌルになっていた。神々しさが漂う清らかな娘になっていた。子供の頃、いつもサハチのあとをついて回っていたマシューが、一人前のヌルになっていた事に驚きながら、その美しい仕草を見守った。
 サハチは父と一緒に家臣たちの挨拶を受け、馬天浜の祖父母のもとに挨拶に行き、三日には、ヒューガと一緒に伊波に挨拶に行った。
 マチルギは花嫁修業をしているだろうと思っていたら、兄たちと一緒に弓矢の稽古に励んでいた。一番上の兄が弓矢の名手で、マチルギは負けるものかと去年の暮れから熱中しているらしい。サハチは伊波按司に新年の挨拶をして、マチルギと少し話をして、一緒にいたいのをじっと我慢して、泊まる事なく帰って来た。
 それから一ヶ月後、マチルギは伊波から佐敷へとお輿入れして来た。一日掛かりのお輿入れだった。
 着飾ってお輿に乗ったマチルギの後ろに、伊波按司の代理として重臣の平敷大親(ぴしきうふや)が馬に乗って従い、お輿の前後に護衛のサムレーが三十人、その中にサムもいて先導役を務めていた。マチルギの侍女として、カミーとウサの二人がお輿の両脇に従い、そのまま佐敷に留まる事になっていた。サムは一年間の条件付きで残る事になり、備瀬之子(びしぬしぃ)と石川之子(いしちゃーぬしぃ)の二人のサムレーも残る事になっていた。
 マチルギの花嫁行列は中間地点にある中グスクの近くで、出迎えの佐敷からの護衛三十人と入れ替わり、平敷按司、サム、侍女の二人とサムレー二人を残して引き上げて行った。
 佐敷の護衛を率いて行ったのはサハチの叔父、苗代大親(なーしるうふや)だった。以前は苗代之子と呼ばれていたが、今年の正月に苗代大親に昇格していた。佐敷からの護衛に囲まれて、マチルギのお輿は佐敷へと向かった。
 馬天浜が近づくと、道の両側に村人たちが現れてマチルギのお嫁入りを祝福した。その村人たちはずっと佐敷グスクまで途切れる事なく続いて、マチルギを歓迎した。
 マチルギは自分を祝福してくれる人たちに応えながらも、涙を止めることはできなかった。こんなにも大勢の人が自分を歓迎してくれるなんて思ってもいなかった。生まれ故郷(じま)の伊波から離れるにつれて、寂しくて不安だった気持ちが、佐敷に入った途端に吹き飛んでしまい、嬉しくて、嬉しくて、本当に佐敷にお嫁に来てよかったと心から思っていた。
 村人たちはマチルギの行列が過ぎると、その後に従って、佐敷グスクまで着いて来た。グスクの庭は、村人たちで埋め尽くされた。
 華やかに着飾ったマチルギがお輿から下りると、村人たちは一斉に歓声を上げた。いつも稽古着を着て、木剣を振っていたマチルギの姿を見慣れていた村人たちは、マチルギの花嫁姿の美しさに、しばし呆然となり、急に静かになった。そして、グスクの上から、烏帽子(えぼし)をかぶりヤマトゥ風に正装したサハチが石段を降りて来て、マチルギを迎えるとまた歓声がどっと上がった。
 二人は歓声の中を石段を昇って一の曲輪に向かい、一の曲輪の入り口にある櫓門の所で振り返って、村人たちに頭を下げた。
 婚礼の儀式は大広間のある屋敷内で、重臣たちが居並ぶ中、馬天ヌルと佐敷ヌルによって行なわれた。村人たちは上まで昇って来て、屋敷を囲んで、二人の婚礼の儀式を静かに見守った。
 儀式が無事に終わると、庭で酒(さき)と餅(むち)が村人たちに配られた。サハチとマチルギは庭に下りて、村人たちに挨拶をして回った。暗くなっても村人たちは帰らず、庭には篝火(かがりび)が焚かれた。
 夜も更けて、村人たちもようやく引き上げ、サハチとマチルギは東曲輪の新居に入った。新居では侍女たちが待っていた。伊波から来たカミーとウサに加え、チルーとナビーが東曲輪の専属の侍女になっていた。
 チルーは美里之子の妹で、サハチの叔母だった。叔母と言ってもまだ二十二歳で、大グスクの合戦の時に、お嫁に行くはずだった相手が戦死してしまい、佐敷グスクの侍女になっていた。父親と婚約者が共に戦死してしまって、悲しみから立ち直れないチルーを侍女として迎えたのは、姉であるサハチの母だった。働く事によって悲しみも和らいで、何とか立ち直る事ができた。その美貌から婚期を過ぎても、お嫁に欲しいという話はいくつもあったが、チルーは首を振り続けて侍女として働き、今回、東曲輪の侍女の頭(かしら)に任命されたのだった。
 ナビーは祖父のもとで働いているウミンチュの娘で十七歳だった。チルーもナビーもマチルギから剣術を習っていた。
 サハチとマチルギは四人の侍女に、よろしく頼むと言って二人の部屋に入った。
「疲れただろう」とサハチはマチルギに言った。
 マチルギはうなづいた。
「とても長い一日だったわ。そして、決して忘れられない一日になったわ」
「凄い人出だったな。マチルギの人気だよ」
「あたしだけじゃないわよ。あなたもみんなから期待されているのよ」
「期待か‥‥‥みんなの期待を裏切らないようにしないとな」
 マチルギはサハチを見つめてうなづき、「会いたかった」と言った。
「俺もさ。マチルギがいなくなった一月余りは長かった。ポッカリと胸に穴が空いてしまったかのようだった」
「もう、ずっと一緒にいられるのね」と言ってマチルギは嬉しそうに笑った。
 サハチはうなづき、マチルギを抱きしめた。