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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-73.奥間の出会い(第二稿)

 本部(むとぅぶ)から今帰仁(なきじん)に帰った二日後、ンマムイはヤタルー師匠を連れて、アタグの案内で国頭(くんじゃん)グスクに向かった。遠いので子供たちを連れて行くのは無理だった。国頭按司の妻はマハニの叔母で、マハニからの贈り物を届けるためにンマムイは出掛けて行った。
 塩屋湾まで馬で行き、アタグの知り合いのウミンチュの小舟(さぶに)で塩屋湾を渡り、山道を歩いて国頭グスクに向かった。山中には見た事もないような太い大木が何本も生えていた。アタグが言うには百年以上は生きている木だという。
「木と言えども百年以上も生きていると神々しいものじゃ」と言って、アタグは両手を合わせた。
 確かに神々しさが感じられた。太い木を見上げながら、名護按司(なぐあじ)が国頭には材木があると言った事をンマムイは思い出していた。
 山裾に城下の村があり、山の上に国頭グスクはあった。グスクの裏を流れる屋嘉比(やはび)川(田嘉里川)の河口に港があって、材木を運ぶ大きな船が三隻泊まっていた。屋嘉比川を下って来たと思われる太い丸太も浮かんでいた。
 山の上のグスクで国頭按司夫婦と会い、挨拶をしてマハニの贈り物を渡したが、叔母はマハニを懐かしがる様子はなかった。マハニが生まれた時、叔母はすでに国頭に嫁いでいて、何度か里帰りはしても、マハニの事はよく覚えていなかった。マハニの事よりも山北王(さんほくおう)の側室となった長女のクンの事を心配して、クンは元気かとンマムイに聞いた。
 ンマムイはクンと会ってはいなかった。その事を告げると叔母は、この役立たずめがと言った顔付きでンマムイを見た。
「お客人が山北王の妹の夫だとしても、山北王の側室には会えまい」と国頭按司が妻に言った。
「そうかもしれませんが、クンの娘のマサキはもう十六です。そろそろお嫁に行く時期なのに、その話が一向にないのが心配です」
「山北王の娘が嫁ぐ先は決まっている。ここか羽地(はにじ)か名護しかない。残念ながら、それらの若按司たちはすでに妻を娶っている。次男や三男でも仕方あるまい」
 そう妻に言ってから国頭按司はンマムイを見て、「わしたちの娘のクンは山北王の妻になるはずだったんじゃよ」と言った。
「若按司だった頃の山北王は馬を乗り回してあちこちに出掛け、国頭にも来たんじゃ。偶然の出会いでクンと出会い、お互いに好きになった。クンと出会ってからは若按司は度々やって来た。その年の五月、若按司は弟と一緒にヤマトゥ旅に出掛けたんじゃ。そなたも一緒だったのう」
 国頭按司がアタグを見ると、アタグはうなづいて、「博多まで行って来たんじゃよ」と言った。
「京都まで行きたかったんじゃが、南北朝の戦(いくさ)が終わったばかりの頃で、京都に行くのはまだ危険だったんじゃ」
「若按司がヤマトゥ旅から帰って来たら婚礼の話があるだろうと思っていたら、山北王が中山王(ちゅうさんおう)と同盟をして、若按司の嫁は浦添(うらしい)から迎えると聞いた。クンは悲しんだよ。わしらは知らなかったが、若按司浦添の嫁を迎えてからもクンと会っていたらしい。若按司が嫁をもらってから一年後、山北王が急死した。跡を継いで山北王となった若按司はクンを迎えに来た。山北王は浦添の嫁は人質にすぎん。本当の嫁はクンだと言って、今帰仁に連れて行ったんじゃ。今帰仁に行って三か月後、クンは女の子を産んだ。長女のマサキじゃ。その後、クンは跡継ぎである長男のミンも産んでいるんじゃよ」
 国頭按司はンマムイを引き留める事もなく、ンマムイは国頭グスクをあとにした。
「城下に湧川大主(わくがーうふぬし)の側室のクルキ殿の屋敷があるが、今晩はそこのお世話になりますかな」とアタグが言った。
 ンマムイは少し考えて、「奥間(うくま)はこの近くじゃないのですか」とアタグに聞いた。
「一山越えた向こうですが、奥間に知り合いでもいらっしゃるのですか」
「知り合いというほどでもないが、若い頃に旅をした時、歓迎されたのです」
「一夜妻(いちやづま)ですな」とアタグは笑った。
「わしも琉球に来て、あちこち歩いた時、奥間に行って一夜妻のお世話になっている。今帰仁に落ち着いてからも何度か行っているんじゃよ。日が暮れる前には着くじゃろう。行ってみましょう」
 ンマムイがヤタルー師匠を見ると、ヤタルー師匠は笑いながらうなづいた。
 グスクの裏を流れる屋嘉比川を渡し舟で渡り、細い山道を通って山を越え、比地(ふぃじ)川を渡し舟で渡ると奥間だった。
「懐かしいのう」と景色を眺めながらアタグが言った。
「今の山北王がまだ本部にいた頃、ここに連れて来た事があった。若かった山北王は一夜妻として出会った娘に惚れてしまい、何度かここに通ったんじゃよ。しかし、何度目かの時、国頭の城下でクンと出会った。その後は、クンに夢中になって、ここには来なくなった。わしが前回来たのも十年以上は経っているのう」
 以前に感じた、のどかな村という印象は変わっていなかった。どこかに見張りでもいたのか、長老の屋敷に行くと、長老たちが出迎えてくれた。
「アタグ殿、お久し振りです」と長老は笑った。
「山北王の妹殿が家族を連れて里帰りをしております。妹殿の婿殿を連れて国頭まで挨拶に行ったのですが、昔、奥間の長老殿にお世話になったと聞いて連れて参りました」
「妹殿の婿殿といいますと兼(かに)グスク按司殿ですね」と長老はンマムイの事は知っていたが、昔に来た事は覚えていなかった。
「その頃はまだ親父が健在でしたから、わしはここにいなかったのかもしれませんな」
「わたしは覚えておりますよ」と奥間ヌルが言った。
 奥間ヌルは妖艶な美人だった。年齢は三十前後に見えるが、実際はもっと年上のような気がした。
「当時はンマムイと名乗っておりました。その時もヤタルー師匠と御一緒にいらして、一月近く滞在しておりました」
「シナは元気ですか」とンマムイは当時、一月近く一緒に暮らした娘の事を聞いた。
 奥間ヌルは首を振った。
「シナは亡くなりました」
「えっ!」とンマムイは驚いた顔で奥間ヌルを見つめた。
「あなたが来た年の暮れ、シナは山南王(さんなんおう)(承察度)に贈る側室の侍女となって島尻大里(しまじりうふざとぅ)に行きました。ところが翌年、山南王は中山王(武寧)と島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)(汪英紫)に攻められて、噂では朝鮮(チョソン)に逃げたようです。シナも一緒に逃げたようで、あのあと行方がわかりません。朝鮮で生きているかもしれませんが、わたしたちは亡くなったものと考えております」
「そうだったのですか‥‥‥」
 山南王が朝鮮に逃げたのは、ンマムイとマハニの婚礼があった年だった。ンマムイは知らなかったが、その婚礼の最中、山南王は父の側室の高麗(こーれー)美人を盗んでいた。父は怒って、山南王を攻めたのだった。その時、シナが山南王の近くにいたなんて、まったく知らない事だった。
 シナはいなかったが、ンマムイたちは歓迎された。長老の孫が三人と奥間ヌルの娘が縁側で遊んでいた。名前を聞いて驚いた。長男がサハチ、長女がマチルギ、次男がクタルーだった。サハチとマチルギという名が気になった。島添大里按司夫婦の名前だった。単なる偶然なのだろうか。
 奥間ヌルの娘の名はミワだった。ヌルというのは必ず跡継ぎの娘を産むのだろうか。馬天ヌルも佐敷ヌルも娘を産んでいる。馬天ヌルの夫はヒューガで、佐敷ヌルの夫はシンゴ、奥間ヌルの夫もヤマトゥンチュなのだろうか。
「あなた、島添大里按司(サハチ)と朝鮮に行って来たわね」と奥間ヌルは言った。
「どうして知っているのです」
「奥間の鍛冶屋(かんじゃー)は各地にいるわ。噂はすぐに奥間に伝わるのよ」
「成程」
「先代の中山王の息子のあなたが、敵(かたき)である島添大里按司と一緒に行動している事に皆、不思議がっているわよ。どうしてなの?」
「どうしてなのか、自分でもわからないのです」
 奥間ヌルは楽しそうに笑った。
 その夜、ンマムイたちに新しい一夜妻が与えられた。皆、若くて可愛い娘たちだった。娘たちを相手に御馳走を食べ、酒を飲んでいるとナーサとマユミが現れた。
 ンマムイはもう少しで酒をこぼしてしまいそうになるほど驚いた。
「どうして、こんな所にいるのです」とンマムイが聞くと、
「里帰りよ」とナーサは笑った。
「わたしの方が驚いたわよ。どうして、あなたが奥間にいるの?」
「妻の里帰りです。妻の用で国頭まで来たので寄ってみたのです」
 ンマムイはアタグにナーサとマユミを紹介した。
首里(すい)の遊女屋(じゅりぬやー)の女将と遊女(じゅり)ですか。奥間は美人の産地と言われておりますからな、さぞや、美人揃いの遊女屋でしょうな。行ってみたいものです」
首里にいらした時は是非お寄り下さい。歓迎いたしますよ」とナーサは美しい笑顔でアタグに言った。
 ナーサの笑顔を見ながら、いつまで経っても若いナーサが不思議だった。ンマムイが生まれた時、ナーサは母親の侍女として、ンマムイの面倒を見てくれた。ンマムイが物心付いた頃には侍女の頭(かしら)として働いていた。その頃からナーサはあまり変わっていない。五十歳はとっくに過ぎているはずなのに、三十代と言ってもおかしくなかった。ヂャンサンフォンが仙人になって、五十代から変わらないように、ナーサもいつの間にか仙人になって、三十代から変わらないのだろうかとンマムイはたわいもない事を考えていた。
「何か用があって里帰りしたのですか」とンマムイが聞くとナーサは笑った。
「わたしももう年ですからね。足腰が達者なうちに里帰りをしたいと思いまして、毎年、今頃の暇の時期に来る事に決めたのですよ。母親は七十六になりました。若い頃、ずっと会えませんでしたからね。今になって親孝行をしているつもりなんですよ」
「母親が健在なのですか」
「あなたも親孝行した方がいいですよ」
 ンマムイの母親は八重瀬(えーじ)グスクにいた。浦添グスクが焼け落ちたあと、母親は山南王ではなく、八重瀬按司を頼ったのだった。
 ンマムイの母親は先代の山南王(汪英紫)の長女で、その下に八重瀬按司のタブチと山南王のシタルー、戦死した島添大里按司のヤフスがいた。
 ンマムイの兄弟は、長姉のウニョンが勝連按司(かちりんあじ)の三男に嫁いだが山賊に襲われて亡くなっている。当時、ンマムイは十五歳で、浦添グスクに出入りしていた義兄と言葉を交わした事もあまりなく、義兄も姉と一緒に殺されたと信じている。
 長兄は中山王武寧(ぶねい)の跡継ぎだったカニムイ。そして、次男のンマムイがいる。ンマムイの下に山北王の妻になったマアサ。その下に三男のイシムイ。イシムイは浦添グスクが焼け落ちたあと、どこかに隠れていて、久高島参詣の中山王思紹(ししょう)を襲撃したが失敗し、今も行方知れずになっている。イシムイの下が浦添ヌル、その下の四女は勝連按司に嫁いだが、勝連按司と共に謎の死を遂げている。その下に四男のシナムイと五男のミジムイがいたが、二人とも浦添グスクが焼け落ちた時に殺されている。
 ンマムイの母が産んだのはカニムイ、ンマムイ、イシムイの三人だった。カニムイは亡くなり、イシムイは行方知れずで、親孝行するのはンマムイしかいなかった。それなのに、浦添グスクが焼け落ちたあと、ンマムイは母に会ってはいなかった。山南王をはばかって八重瀬グスクに近づかなかったのだった。今回の旅から帰ったら、母親に会いに行こうとンマムイは決めた。
「ねえ、敵討(かたきう)ちは本当にやめたの」とマユミがお酌をしながらンマムイに聞いた。
 ンマムイはマユミを見た。朝鮮から帰って来た時、首里の会同館(かいどうかん)で行なわれた帰国祝いの宴の時、島添大里按司の前にいたのがマユミだった。島添大里按司が宴席に出た時は必ず、あたしが相手をするのとその時、マユミが言っていたのをンマムイは思い出した。
「敵討ちか‥‥‥」と言ってンマムイは、マユミの質問には答えず、「島添大里按司とは古い付き合いなのか」と聞いた。
「あたしが十六の時に一目惚れしたのよ」
「どこで会ったんだ」
「ここよ」
「島添大里按司がここに来たのか」
「そう」
「その時、お前が一夜妻になったのか」
 マユミは残念そうな顔をして首を振った。
「あたしの願いはかなわなかったわ。縁がなかったのねと諦めて、あたしは側室として中グスクに行ったの。中グスクから海を眺めながら、退屈な日々を送っていたのよ。中グスクに行って二年近くが経った頃、島添大里按司が中グスクを攻めて来たわ。中グスクは落城して、あたしは助けられて、島添大里按司と運命の再会をしたのよ」
「運命の再会か」とンマムイは笑った。
「本当なんだから」とマユミはムキになって言った。
「でも、あたしは奥間に帰って来て、また退屈な日々を暮らすのよ。そんな時、女将さんがやって来て、あたしは一緒に首里に行って遊女になったのよ」
「今は楽しいのか」
「楽しいわ。これ以上は望めないもの」
「どうして? 島添大里按司の側室になればいいだろう」
「それは無理よ」
「島添大里按司の奥方様(うなじゃら)が怖いのか」
「マチルギ様ね。あの人は素敵な人よ。女として尊敬できる人よ」
「マチルギで思い出したが、長老の孫娘はどうしてマチルギって言う名前なんだ。それに息子はサハチだし、島添大里按司夫婦の名前だろう」
「あたしも詳しい事は知らないんだけど、サタルーの父親は旅の人で、母親はサタルーを産むとすぐに亡くなっちゃったみたい。サタルーは両親を知らずに、長老に育てられたのよ。若い頃、各地を旅して、島添大里按司夫婦にお世話になって、こんな両親がいたらいいって思ったんじゃないかしら」
「何か、信じられんな。何か隠しているんじゃないのか」
「ごめんなさいね」とナーサがやって来て謝った。
「あなたにずっと隠していた事があるんだけど、もう話しても大丈夫ね」
「ナーサも隠し事があったのか」
「あなたのお姉さんのウニョンだけど、本当の母親はわたしだったのよ」
「えっ!」とンマムイは驚いて、ナーサを見つめた。
 ウニョンは実の姉だと信じていた。しかし、ようやく一つの疑問が解決したような気がした。ウニョンは弟のンマムイから見ても美しかった。決して美人とは言えない母からあんな美人が産まれるなんて信じられなかった。それでも、父親の母親は高麗美人だったというから、祖母の血が濃いのだろうと納得していた。本当の母親がナーサだったら文句なく納得する事ができた。
「あなたのお父さんはわたしが妊娠したと聞いて驚いたわ。お祖父さん(察度)に知られたら大変だと言って、あなたのお母さんのお父さん(汪英紫)に相談して、里帰りをして出産する事に決めたのです。ウニョンは八重瀬グスクで生まれて、浦添に帰って、あなたのお母さんの娘として育てられたのですよ」
「そうだったのですか」
 ウニョンがナーサの娘だと納得できたが、父親とナーサが関係あった事は納得しづらかった。
「もう一つ秘密があるのよ」とナーサは酒を一口飲んだあとに言った。
「あの時、ウニョンと娘は山賊に殺されたわ。でも、ウニョンの夫は何とか逃げ出して、今も生きているのですよ」
「何ですって! 生きているのにどうして隠れているのです」
「隠れていなければ生きていけなかったからなのよ。ウニョンたちは山賊に殺された事になっているけど、本当は勝連按司に殺されたのよ。ウニョンの夫の浜川大親(はまかーうふや)は今帰仁合戦で活躍して、勝連に浜川大親ありと言われるほど、中山王から頼りにされていたわ。勝連按司は浜川大親に按司の座を奪われるかもしれないと恐れて、浜川大親を殺したの。中山王に疑われないように山賊を装って、家族を皆殺しにしたのよ」
「ナーサがどうして、そんな事を知っているのです」
「ウニョンが亡くなってから二か月後、勝連按司の娘が、あなたのお兄さんのもとに嫁いで来たわ。勝連から侍女を連れてね。その侍女たちがこそこそ話しているのを聞いてしまったのよ。ウニョンは『望月党』に殺されたと言っていたわ」
「望月党とは何です」
「勝連按司が使っている裏の組織よ。その頃、わたしも何も知らなかったの。でも、娘が殺されたと聞いて、娘の敵(かたき)を討つために、わたしは色々と調べたのよ。そして、十二年後、生きていた浜川大親と出会ったわ。浜川大親にわたしが知っている事をすべて話して、あとの事は浜川大親に任せたの」
「浜川大親は敵を討つために隠れていたのですか」
「隠れていたというより別人になって、敵を討つ機会を待っていたのよ。一年後、浜川大親は『望月党』を壊滅させたわ。見事に家族の敵を討ったのよ」
「そんな事があったなんて、全然知りませんでした。姉が死んだと聞いた時、俺は悲しみましたが、義兄の事はよく知りませんでした。時々、親父と話をしているのを見た事がありましたが、その席に呼ばれる事もなく、あまり話をした事もありませんでした。義兄は今、何をしているのですか」
 ナーサは楽しそうに笑った。
「浜川大親の名前はウニタキよ」
「えっ!」とンマムイは口を開けたままナーサを見ていた。
「仲よく朝鮮まで行って来たでしょ。ウニタキがウニョンの夫だった男なのよ」
 ンマムイには何も言えなかった。師兄(シージォン)としてウニタキを敬ってきたが、義兄だったなんて、とても信じられなかった。
「ウニタキさんからウニョン姉さんの事なんて一言も聞いていません。ただ、ウニタキさんの母親は高麗人(こーれーんちゅ)だと言っていました。母親が生まれた開京(ケギョン)に行った時は感動していました。ウニョンの夫の母親が高麗人だったなんて知りませんでした」
「あなたのお父さんの母親も高麗人よ。浜川大親は三男だったけど、自分と同じ境遇だと知ってウニョンを嫁がせる事に決めたのよ。あなたのお父さんは浜川大親が亡くなったあと、惜しい男を失ったと何度も嘆いていたわ」
「義兄はどうして、島添大里按司に仕えているのですか」
「二人は恋敵だったらしいわ。二人ともマチルギさんに惚れたのよ。マチルギさんは島添大里按司を選び、浜川大親はウニョンを選んだ。家族を殺された浜川大親は島添大里按司を頼ったのよ」
「恋敵を頼ったのですか」
「それだけではないでしょう。島添大里按司は人を引きつける不思議な力を持っているのよ」
「人を引きつける不思議な力ですか‥‥‥」
 ナーサもその不思議な力に引きつけられ、マユミも引きつけられている。ファイチやヂャンサンフォンもそうかもしれなかった。そして、自分もそうなのかもしれないとンマムイは思っていた。
 ナーサとマユミが帰ったあと、ンマムイは一夜妻と一夜を共に過ごし、翌朝、奥間を去った。
 去る時、長老とナーサとマユミは見送ってくれたが、奥間ヌルは姿を見せず、若殿と呼ばれている三人の子供たちの父親も姿を見せなかった。
「アタグ殿は若殿に会った事がありますか」と帰り道、ンマムイはアタグに聞いた。
「確か、サタルーという名前じゃ。先代の奥間ヌルに神様のお告げがあって、村の娘が産んだサタルーを先代の長老が預かって育てたと聞いている。わしが前回に来た時、サタルーは十二歳じゃった。やがては長老の娘を嫁に迎えて、長老のあとを継ぐと言っておった。あの三人の子供たちは長老の娘がサタルーに嫁いで生まれたんじゃろう」
「サタルーの父親は誰なんです」
「龍じゃとみんなが言っていたが、実際は誰なのか、ほとんどの者は知らんのじゃないのか」
「龍ですか‥‥‥」
 今帰仁に帰ったンマムイはナーサが言った事をずっと考えていた。自分が知らない所で色々な事が起こっていた。そして、その中心にいるのは島添大里按司のような気がした。
 豊見(とぅゆみ)グスクで初めて会った時、大した男ではないと思った。ハーリーの帰りには殺されるに違いないと確信した。ところが、島添大里按司が連れていたのがヂャンサンフォンだと聞いて、ンマムイは敵討ちの事などすっかり忘れて、島添大里まで付いて行った。そして、島添大里按司を殺そうと思い、試合を申し込んで負けた。あの時、素直に負けを認めたのも、島添大里按司の人を引きつける不思議な力に引き寄せられたのかもしれなかった。その後は師兄と敬い、一緒に旅をした。楽しい旅だった。京都の高橋殿も島添大里按司の不思議な力に引き寄せられたのかもしれない。対馬の人たちは皆、島添大里按司を慕っていた。
 ンマムイはそろそろ自分が生きる道を決めなければならない時が来ているような気がしていた。

 

 

 

田嘉里 まるた 30度 1.8L