長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-116.念仏踊り(第二稿)

 二月四日、今年最初の進貢船(しんくんしん)が二隻の旧港(ジゥガン)(パレンバン)の船を連れて出帆して行った。
 正使はサングルミー(与座大親)で、従者としてクグルーと馬天浜(ばてぃんはま)のシタルー、イハチも行き、垣花(かきぬはな)からはシタルーの義弟のグーチと若按司の長男のマグサンルーが行った。サムレー大将は六番組の又吉親方(またゆしうやかた)で、国子監(こくしかん)に入る三人の官生(かんしょう)、北谷(ちゃたん)ジルー、城間(ぐすくま)ジルムイ、前田(めーだ)チナシーも乗っていた。
 五日後には首里(すい)グスクのお祭り(うまちー)が華やかに行なわれた。北曲輪(にしくるわ)の石垣が完成して、以前よりも立派になったグスクを見ようと、大勢の人たちが集まって来て賑わった。
 毎年の事だが、ササ、シンシン、ナナの三人は曲者(くせもの)が潜り込んではいないか見回りをしていた。ウニタルとシングルーを連れ、サタルーも一緒にいた。
 ヂャンサンフォン(張三豊)が運玉森(うんたまむい)ヌルを連れてやって来た。福寿坊(ふくじゅぼう)と辰阿弥(しんあみ)も一緒にいた。二人は慈恩禅師(じおんぜんじ)からヂャンサンフォンを紹介されて、ずっと与那原(ゆなばる)にいたらしい。慈恩禅師も越来(ぐいく)ヌルと一緒にやって来た。
 ンマムイ夫婦も子供たちを連れてやって来た。一緒にテーラーと八重瀬(えーじ)の若ヌルとチヌムイもいた。テーラーは山伏姿になって旅をしていたようだが、帰って来たようだ。テーラーは山南王(さんなんおう)が用意した屋敷を保栄茂(ぶいむ)グスクの城下に持ち、中山王(ちゅうさんおう)が用意した屋敷を島添大里(しましいうふざとぅ)のミーグスクの城下に持っていた。その時の気分で行ったり来たりしていて、ンマムイの兼(かに)グスクの城下にも屋敷をもらったようだった。八重瀬の若ヌルと弟のチヌムイは相変わらず、八重瀬から兼グスクに通って武芸を習っているようだ。
 豊見(とぅゆみ)グスク按司夫婦も子供を連れて、豊見グスクヌルと一緒に来た。
 マツとトラは旅芸人たちの小屋が気に入ったようで、そこに入り浸っていた。マツは舞姫のカリーを、トラはフクを贔屓(ひいき)にしていた。二人は必死に口説いているが、適当にあしらわれているようだ。それでも、座頭(ざがしら)のクンジに、ヤマトゥや朝鮮(チョソン)の芸人たちの話を聞かせて喜ばれているようだった。二人は旅芸人たちと一緒にやって来て、お芝居の準備を手伝っていた。
 舞台では、ヤマトゥの着物を着たハルとシビーが進行役を務めていた。ハルは娘の格好だが、シビーは直垂(ひたたれ)に烏帽子(えぼし)をかぶった男装だった。すらっとしたシビーは男装姿がよく似合っていた。
 地区対抗の娘たちの踊りから始まって、女子(いなぐ)サムレーたちの剣術、サムレーたちの棒術、シンシンとシラーの武当拳(ウーダンけん)と続いた。二人の動きは見事に呼吸が合い、相手の攻撃を受けるとすぐに次の攻撃を仕掛け、目にも止まらぬ速さで拳や蹴りがくり出された。身の軽いシンシンは舞台上で飛び跳ねて、シラーの鋭い拳をかわし、皆、凄いと言った顔をして見入っていた。
 喝采(かっさい)が鳴り止まぬ中、静かに音楽が鳴り響いて、お芝居『かぐや姫』が始まった。主役のかぐや姫は前回に引き続いてハルだった。舞台の脇には、このお芝居のために高い櫓(やぐら)が建っていた。
 ハルの演技は一段と進歩して、すっかり、かぐや姫になりきっていた。決められた台詞(せりふ)をしゃべっているはずなのに、その時その時の感情を素直に言葉として表現しているように見えた。ハルの演技に刺激されて、女子サムレーたちの演技もうまくなっていて、ちょっとした仕草で、観ている者たちを笑わせた。
 音楽も以前よりずっと深みのあるものに変わっていた。三つの笛が違う調べを吹いて、それがうまく重なって心地よく響いていた。かぐや姫が月に帰る場面に流れた音楽は、幻想的で美しい調べだった。増阿弥(ぞうあみ)の舞台を観た佐敷ヌルがさっそく、名人芸を取り入れたのだろう。
 櫓に吊り上げられたハルが月に帰って、皆に手を振ったあと、一瞬のうちに消えるとお芝居は終わった。指笛と喝采がいつまでも鳴り響いた。
 少し休憩があって、旅芸人たちのお芝居『舜天(しゅんてぃん)』が演じられた。馬天ヌルの話だと、このお芝居によって、中グスクの北に住んでいる舜天の子孫たちが、長い間の誤解が解けて大喜びしているという。お芝居という娯楽が、人々の人生にまで影響を与えている事にサハチは驚き、たとえ、お芝居といえども、嘘はつけないなと思った。
 旅芸人たちのお芝居も見事なものだった。何度も上演して、お客の反応を見て、少しづつ修正しているのだろう。三年前のぶざまな有様を思い出すと、みんな、別人のように思えた。
 お芝居が終わったあと、サハチは舞台に上がって一節切(ひとよぎり)を吹いた。首里グスクを奪い取ってから今日までの出来事を思い出しながらサハチは一節切を吹いていた。皆、シーンとなって聴いていた。
 明国に行って、メイユーと出会った。応天府(おうてんふ)の妓楼(ぎろう)で永楽帝(えいらくてい)とも会った。おかしな娘のシンシンと出会い、ヂャンサンフォンと会って武当山(ウーダンシャン)に行き、武当拳の修行を積んだ。
 ヤマトゥに行って、高橋殿と出会い、将軍様とも会った。増阿弥の素晴らしい一節切も聴いた。今、振り返れば、奇跡の連続のようだった。豊玉姫(とよたまひめ)、そして、スサノオの神様にずっと見守られていたに違いなかった。サハチは神様に感謝の気持ちを込めて一節切を吹いていた。
 いつの間にか、ササが舞台で舞っていた。素晴らしい舞だった。高橋殿から教えを受けたのだろうか。『天女の舞』によく似ていた。
「見事じゃ」と誰かの声が聞こえた。
 サハチはさらに吹き続けた。
 朝鮮に行ってサイムンタルーと再会して、サイムンタルーがイト、ユキ、ミナミを連れて琉球にやって来た。今年はマツとトラがやって来た。
 サハチは神様に感謝の気持ちを捧げて、一節切を口から離した。ササがサハチに合わせるように舞台から消えた。
 喝采と指笛が響き渡る中、サハチはまた、「見事じゃった」という声を聞いた。
 舞台を下りて、サハチはササに聞いた。
「『見事じゃ』と誰かが言ったんだけど、誰だろう?」
 ササは驚いた顔をしてサハチを見ると、「聞いたの?」と聞いた。
「一節切を吹いている途中で、『見事じゃ』と誰かが言って、曲が終わった時、『見事じゃった』と言ったんだ」
 ササは笑って、「スサノオの神様よ」と言った。
スサノオの神様?」
「ユンヌ姫と一緒に琉球まで来たみたい。あたしも今、初めて知ったの」
「俺が神様の声を聞いたのか」
 サハチは信じられないという顔をしてササを見た。
按司様(あじぬめー)も一節切のお陰で、神人(かみんちゅ)になったんだわ」
「俺が神人か」
「だって、スサノオの神様の声を聞いたんだから神人だわ」
「俺が神人か」とサハチはもう一度言った。
 舞台ではウニタキとミヨンが三弦(さんしぇん)を弾きながら歌を歌っていた。心に染みる恋歌を歌ったあと、調子のいい陽気な歌を歌い、観客たちが踊り出した。いつもならこれで終わるはずだが、今年は違った。
 辰阿弥と福寿坊が舞台に上がって、辰阿弥が鉦(かね)を叩きながら、「ナンマイダー(南無阿弥陀仏)」と念仏を唱え始めた。福寿坊は太鼓を叩きながら念仏を唱えた。
 見ている者たちは唖然(あぜん)とした顔で二人を見ていたが、やがて、辰阿弥が鉦を叩きながら踊り始めると、ササ、シンシン、ナナが辰阿弥と一緒に踊り始めた。見ていた観客たちも踊り始めた。鉦と太鼓の響きに合わせて、みんなで「ナンマイダー」と唱えながら踊っていた。
 サハチも体が自然と動き出して、一緒になって踊った。ウニタキとミヨンも踊っていた。佐敷ヌルとユリ、ハルとシビーも踊っていた。誰もが意味もわからず、「ナンマイダー」と叫びながら楽しそうに踊っていた。
 お祭りの翌日、佐敷ヌルはササたちと一緒にヤンバルに旅立って行った。神様たちにヤマトゥ旅の報告とお礼を言うためだった。マツとトラ、福寿坊と辰阿弥も同行した。サハチも一緒に行こうとしたら、ウニタキに止められた。
「ヌルたちとヤマトゥから来た旅の者たちがヤンバルをうろうろしていても、山北王(さんほくおう)は気にも止めないが、そこにお前が加わると話が違ってくる。お前のためにみんなが危険な目に遭う事になるんだ」
「山北王が俺を狙っているというのか」
「山北王は気分屋だ。機嫌が悪いと何をするかわからない。お前が今帰仁(なきじん)に来たと知った時、機嫌が悪ければ、お前を捕まえろと命じるだろう。敵地で捕まったお前を救い出すのは容易な事ではない。大勢の者が犠牲になるだろう」
「俺を捕まえれば、戦(いくさ)になるぞ。そんな事はするまい」
「お前を人質に取れば、山北王は有利になる。殺せば戦になるが、大切に預かっていると言えば、中山王も手が出せない。そんな状況になれば、シタルー(山南王)が大喜びをするだろう。シタルーを喜ばすような、軽はずみな事はやめるべきだ」
 サハチは一緒に行くのを諦めて、一行を見送った。
 奥間(うくま)に帰るサタルーに、「ちゃんと、みんなを守れよ」と言うと、
「わかっています」と力強くうなづいて、サハチの耳元で、「『赤丸党(あかまるとー)』の者が陰ながら守っています」と言った。
 『赤丸党』の事は以前、ウニタキから聞いていた。奥間の者がウニタキの所に来て、二年間の修行のあと、奥間に帰って裏の組織『赤丸党』を作ったと言っていた。奥間の鍛冶屋(かんじゃー)や木地屋(きじやー)は各地にいて、様々な情報を手に入れている。その情報をいち早く、サタルーの耳に入れるためにできた組織だった。身が軽く、素早い奴ばかりで、剣術、棒術、弓術、それに、武当拳も身に付けているという。その『赤丸党』のお頭が、クマヌの息子のサンルーだというのは、亡くなる前にクマヌから聞いて、サハチは初めて知ったのだった。
「ウニタキも知っているのか」と聞くと、
「勿論ですよ」とサタルーは笑った。
 羨ましそうな顔をして一行を見送ったサハチは、武術道場に行って苗代大親(なーしるうふや)と会った。
「どうした、珍しいな。何かあったのか」と苗代大親はサハチの顔を見ると言った。
 苗代大親は書類を見ながら何かをやっていた。
「何をしているんですか」とサハチは聞いた。
首里以外のサムレーたちが明国に行きたいと騒いでいるんじゃよ。わしとしても、みんなを行かせてやりたいと思っているんじゃ。それで、明国に行っている時期だけ、持ち場を入れ替えようかと考えているんじゃよ」
「島添大里のサムレーが、首里の補充をしているようにですか」
「そうじゃ。島添大里のサムレーが明国に行ったら、首里のサムレーが島添大里に行くというわけじゃ。ただ、何も知らないサムレーばかり連れて行っても仕事にならんから、以前にやっていたように、半分づつ連れて行く事になるがのう」
「叔父さんも大変ですね」
「なに、戦がないだけでも、楽なもんじゃよ。今の所、進貢船が遭難する事故もないしな」
「叔父さんは明国には行かないのですか」
「兄貴から話を聞いて、わしも行きたくなったんじゃがのう。半年も留守にはできまい。隠居してから、のんびりと行って来るよ」
 サハチは笑って、「ヒューガ殿も同じ事を言っていました。隠居したら、ヒューガ殿と一緒に行って来たらいいですよ」と言った。
「ヒューガ殿とか。楽しい旅になりそうじゃな。ヒューガ殿と一緒に武当山(ウーダンシャン)に行って来よう」
「今、永楽帝武当山の再建を行なっているそうです。叔父さんたちが行く頃には、きっと立派な道教のお寺(うてぃら)がいくつも建っている事でしょう」
「兄貴から聞いたが、ヂャンサンフォン殿が武当山に現れたという噂を聞いて、大勢の弟子たちが集まって来たそうじゃのう。武芸を志す者として、一度は行ってみたいものじゃ」
 サハチはうなづきながら、もう一度、行ってみたいと思っていた。
「ところで、わざわざ、ここまで来るなんて何かあったのか」と苗代大親が聞いた。
「叔父さんに相談したい事があるのです。ナンセン禅師殿の『報恩寺(ほうおんじ)』が完成して、次に、慈恩禅師殿の『慈恩寺(じおんじ)』を建てるのですが、慈恩寺を武術道場にしようと思っているのです」
「お寺が武術道場なのか」と苗代大親は首を傾げた。
「慈恩禅師殿はヤマトゥにお寺を持っていて、そのお寺は武術道場として栄えているそうです。僧侶だけでなく、サムレーたちも遠くからやって来て修行を積んでいるようです。そんなお寺を首里に作りたいのです。ここは今、首里のサムレーたちが修行を積む道場ですが、慈恩寺はキラマ(慶良間)の修行者の中から選ばれた者たちを鍛えて、やがてはサムレー大将になる者を育てるのです。ソウゲン禅師の『大聖寺(だいしょうじ)』は子供たちに読み書きを教えます。ナンセン禅師の『報恩寺』は、さらに勉学に励みたい者たちに、様々な事を教えます。明国にある国子監(こくしかん)のようなものを目指しています。やがて、『報恩寺』から使者や通事、重臣になる者たちが育つ事を願っています。『慈恩寺』は武術の国子監です。兵たちを率いる大将を育てるのです」
「成程のう。サムレー大将を育てる武術道場か。武術だけでなく、兵法(ひょうほう)も教えるのだな」
「そうです」とサハチはうなづいて、「その『慈恩寺』をこの道場の隣りに建てようと思っていますが、どうでしょうか」と苗代大親に聞いた。
「そうすると、この道場も慈恩寺の一部になるという事か」
「その辺の事はまだ考えてはいません。ここは今まで通りに、首里のサムレーたちの道場でいいと思いますが、武術関係の施設は近くにあった方がいいような気がしたので、隣りに建てようと思ったのです」
「そうか」と言って、苗代大親は少し考えてから、「首里のサムレーたちも修行次第で、慈恩寺に入れるとなれば、修行の励みになる。隣りにそういう道場があった方がいいかもしれんのう」と言った。
「才能がある者は、どこのサムレーでも『慈恩寺』で修行できるようにするつもりです」
 苗代大親はうなづくと、「慈恩禅師殿を手放すなよ」と言った。
「凄いお人じゃ。とてつもなく強い。ヂャンサンフォン殿は別格として、わしは久し振りに、師と仰ぐべき人と出会った。慈恩禅師殿が琉球の若者たちを鍛えてくれるのなら、わしは喜んで協力するぞ」
「叔父さん」とサハチは言って、満足そうにうなづいた。
 サハチは苗代大親と一緒に、樹木(きぎ)が生い茂っている森の中を歩いて、お寺を建てる場所を探した。
 苗代大親と別れて、島添大里に帰ったサハチは慈恩禅師とお寺の事を相談した。慈恩禅師は武術道場となる『慈恩寺』を建てる事には賛成したが、島添大里の子供たちの事を心配した。サハチは慈恩寺が完成する前に、このお寺の師匠は必ず探すと約束した。
 島添大里グスクに帰ると一の曲輪(くるわ)内のウタキから出て来たサスカサと出会った。
「今頃、何をしているんだ?」とサハチはサスカサに聞いた。
 サスカサがここのウタキにお祈りをするのは、十五夜の時以外は、いつも朝だった。
「大変なのよ。どうしよう?」とサスカサは慌てていた。
「ねえ、叔母さん(佐敷ヌル)とササ姉(ねえ)は旅に出たの?」
「ああ、今朝、ヤンバルに向かったよ。一体、何が起こったんだ?」
スサノオの神様が琉球にいらしたのよ」とサスカサは目を丸くして言った。
「お前、スサノオの神様の声を聞いたのか」
「そうなのよ。初め、おうちにいた時に聞いたんだけど、空耳かなって思って、でも、何か気になったので、ここに来たの。そしたら、やっぱり、スサノオの神様だったのよ」
スサノオの神様は何て言ったんだ?」
「最初は『元気そうだな』と言ったの。ここに来たら、『豊玉姫に会いに来たんだが、行きづらいから一緒に来てくれ』って言ったのよ。どうしよう?」
 サハチは笑った。
スサノオの神様も豊玉姫様が怖いんだな。一緒に行ってやればいいじゃないか」
「でも、どうして、スサノオの神様が琉球にいるの?」
「ユンヌ姫と一緒に琉球に来たようだ」
「えっ!」とサスカサは驚いてから、「どうして、お父さんがそんな事を知っているの?」
「昨日、首里のお祭りでスサノオの神様の声を聞いたんだよ。それで、ササに聞いたら、そう言ったんだ。ササも昨日、初めて、スサノオの神様が来た事を知ったようだ」
「お父さんがスサノオの神様の声を聞いたの?」
「ああ、一節切を吹いていたら、『見事じゃ』と言ったんだよ」
「えっ、お父さんがスサノオの神様の声を聞いた‥‥‥」
 サスカサは信じられないと言った顔で、サハチを見ていた。
「ササが言うには、俺も神人になったそうだ」
「お父さんが‥‥‥」と言って、サスカサはサハチを見つめていたが、納得したようにうなづくと、「これからセーファウタキに行って来るわ」と言った。
「今からか」
「大丈夫よ。クルー叔父さんが道を作ってくれたお陰で、セーファウタキは近くなったのよ」
「一人で行くなよ。女子サムレーかチミー(イハチの妻)を連れて行け」
 サスカサはうなづいて、「チミーとマナビー(チューマチの妻)を連れて行くわ」と言って、東曲輪(あがりくるわ)の方に行った。
 スサノオの神様はまだここにいるのかなとサハチは空を見上げて、両手を合わせた。
 スサノオと一緒にセーファウタキに向かったサスカサは、クルー(手登根大親)が造った道を通って、一時(いっとき)(二時間)余りで久手堅(くでぃきん)ヌルの屋敷に着いた。
 スサノオの神様を連れて来た事を告げると久手堅ヌルは腰を抜かさんばかりに驚き、身を清め、衣服を改めて、スサノオの神様を迎えるお祈りを捧げてから、サスカサと一緒にセーファウタキに入って行った。
 セーファウタキに向かう道中、突然、帰って来て豊玉姫が怒らないかと心配していたスサノオだったが、すでに、豊玉姫スサノオが来ている事を知っていて、やって来るのを待っていた。
「あなた、自分が誰なのか忘れたのですか?」と豊玉姫スサノオに言った。
「あなたを知らない神様はいないのですよ。あなたが与論島(ゆんぬじま)でユンヌ姫と遊んでいた事は与論島の神様が教えてくれたわ。すぐにここに来ると思って待っていたのに、一体、何をぐずぐずしていたのですか」
「久し振りじゃったもんでのう、何となく、来づらかったんじゃよ。沖の長島(琉球)は相変わらず、美しい島じゃのう。それに、お前も相変わらず、美しい」
「何を言っているのですか」と豊玉姫は笑った。
「わたしが会いに行くべきなのに、わざわざ、いらしてくれてありがとうございます」
 スサノオ豊玉姫が懐かしそうに昔の事を話し始めたので、サスカサと久手堅ヌルは引き上げて来た。スサノオを歓迎しているのか、セーファウタキには綺麗な蝶々がたくさん集まって来て、優雅に飛び回っていた。

 


 スサノオ豊玉姫が久し振りの再会を喜んでいた頃、佐敷ヌルたちは仲順大主(ちゅんじゅんうふぬし)の屋敷で、長老たちに歓迎されていた。
 浦添(うらしい)に行った佐敷ヌルたちは、浦添ヌルのカナの案内で、トゥムイダキに行って朝盛法師(とももりほうし)にお礼を言った。
 やり残した事があると言って、朝盛法師が亡くなる前年にヤマトゥに行ったのは、壇ノ浦から逃げて隠れていた安徳天皇の御霊(みたま)と三種の神器(じんぎ)を封印するためだった。朝盛法師が行った時、すでに、安徳天皇は亡くなっていた。安徳天皇を守っていた平知盛(たいらのとももり)も亡くなっていたが、安徳天皇の御陵(ごりょう)を守っている武士が何人もいた。朝盛法師は結界(けっかい)を張って、御陵を隠し、御陵を守っている武士たちは外に出られないようにしたという。
 佐敷ヌルがその場所を聞いたが、朝盛法師は忘れてしまったと言って教えてくれなかった。
 カナの案内で喜舎場森(きさばむい)に行って、舜天の妹の浦添ヌルにお礼を言い、仲順のナシムイに行って、舜天にもお礼を言った。喜舎場と仲順の長老たちに歓迎されて、山田グスクまで行く予定だったのに、引き留められてしまった。
 ササはナシムイで舜天に感謝され、佐敷ヌルは喜舎場と仲順の者たちから、『舜天』のお芝居を作ってくれた事に感謝された。
 去年の九月、旅芸人たちが来て、喜舎場と仲順で『舜天』を演じていた。座頭(ざがしら)のクンジから『舜天』のお芝居を作ったのは佐敷ヌルだと聞いていて、その佐敷ヌルが来たというので村は大騒ぎになった。長老たちが出て来て、仲順大主の屋敷で歓迎の宴が開かれる事に決まったのだった。
 ササは舜天の父親の事を色々と聞かれ、佐敷ヌルはお芝居の事を色々と聞かれた。辰阿弥と福寿坊は念仏踊りを踊って皆に喜ばれ、マツとトラも滑稽(こっけい)なヤマトゥの踊りを披露して喜ばれた。

 

 

 

踊り念仏 (平凡社ライブラリー (241))