長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-117.スサノオ(第一稿)

 佐敷ヌルたちがヤンバル(北部)の旅から帰って来たのは、島添大里(しましいうふざとぅ)のお祭り(うまちー)の四日前だった。
「いい旅だった。琉球は本当にいい所だ」とマツは満足そうな顔をして言った。
「こんな所で暮らしているなんて、お前が羨ましいよ」とトラは言った。
「早いうちに倅に跡を継いでもらって、俺たちは隠居して琉球に住もうとマツと相談していたんだよ」
「お前たちが隠居したら、サイムンタルー(早田左衛門太郎)殿が困るだろう。対馬を統一してから琉球に来ればいい」
対馬を統一するのは難しい。あとの事は倅に任せるさ」
 マツとトラは顔を見合わせて笑っていた。
「お兄さん、安須森(あしむい)にスサノオの神様が現れたのよ」と佐敷ヌルが驚いた顔をしてサハチに言った。
豊玉姫(とよたまひめ)様と御一緒に現れて、お礼を言われたの。本当に驚いたわ。スサノオの神様は琉球に来た時、安須森には登れなかったので、こんないい所だったのかと喜んでおられたわ。それにね、今帰仁(なきじん)のクボーヌムイ(クボー御嶽)では、小松の中将(ちゅうじょう)様とアキシノ様とも再会したのよ」
「小松の中将様は今帰仁におられるのか」
「初代の今帰仁按司なんだから当然なんだけど、ヤマトゥで出会わなければ、きっと、会えなかったでしょう」
「そうかもしれんな」とサハチはうなづいた。
「奥間(うくま)ヌルも一緒に安須森に行ったんだけど、奥間ヌルのガーラダマ(勾玉)が、安須森ヌル様の妹さんの物だってわかったのよ。安須森ヌル様の妹さんは安須森が襲われた時に行方知れずになってしまったらしいの。安須森ヌル様は、妹さんは殺されてしまったものと思っていたんだけど、奥間に逃げて子孫を残したみたい。奥間ヌルもその妹さんの子孫らしいわ。そのガーラダマなんだけど、アマン姫様がスサノオの神様から贈られた物だったのよ」
「ほう。奥間ヌルのガーラダマもスサノオの神様の物だったのか。やはり、奥間とはつながりがあったんだな。ところで、旅の途中、危険な目には遭わなかったんだろうな」
「大丈夫よ。何も起こらなかったわ」
「そうか。よかった」
 サハチは無事の帰郷を祝って、一階の大広間に酒の用意をさせた。福寿坊(ふくじゅぼう)と辰阿弥(しんあみ)の二人は、首里(すい)で思紹(ししょう)に挨拶をしたあと与那原(ゆなばる)に帰ったらしい。二人は行く先々で『念仏踊り』を披露して、人々に喜ばれたという。
「そのうち、あちこちのお祭りで念仏踊り(にんぶちうどぅい)が踊られるかもしれないわね」とササは面白そうに笑った。
「サタルーも安須森まで行ったのか」とサハチはササに聞いた。
「来なくもいいと言ったのに、結局、付いて来たのよ」
「余程、ナナに惚れたようだな」とサハチはナナを見た。
 ナナは浮かない顔をして、「奥間に行かなければよかった」と言った。
「サタルーの奥さんに会ってしまったのよ。子供たちにもね」とササが言った。
「前に奥間に行った時は会わなかったのか」
「会ったけど、あの時と今は違うもの」
「そうか‥‥‥」
 宴(うたげ)の準備が整ったので、サハチたちは一階に降りて、サグルー夫婦、サスカサ、イハチの妻のチミー、チューマチ夫婦を呼びにやり、お祭りの準備をしているユリたちと女子(いなぐ)サムレーたちも呼んだ。
 うまそうに酒を飲みながら、「カナ(浦添ヌル)も一緒に行ったのよ」とササが言った。
「なに、カナも安須森まで行ったのか」
「お母さんから話を聞いて、行ってみたいと思っていたんですって。安須森とは関係ないんだけど、カナも神様からお願い事を頼まれたのよ。それで、来年、ヤマトゥに行くって言っているわ」
「その話はササのお母さんから聞いたよ。英祖(えいそ)様のお父さんの事だろう」
「そうなのよ。英祖様のお父さん、ヤマトゥに行ったきり帰って来ないんですって。それを探しに行くって言っていたわ。一緒に行った熊野の山伏を探すって言っていたけど、サクライノミヤという名前しかわからないのよ。カナは絶対に探し出すって張り切っているけど、熊野は広いのよ。山伏だっていっぱいいるし。あたしは無理だと思ったわ。でもね、救いの神様が現れたのよ」
「救いの神様?」
「舜天(しゅんてぃん)様よ。舜天様は波之上(なみのえ)の熊野権現(ごんげん)様を建てたサクライノミヤという山伏を知っていたのよ。熊野の山伏だけど、備前(びぜん)の国の児島(こじま)という所から来た事を覚えていたの。児島と言えば福寿坊よ。福寿坊に聞いたら、桜井宮(さくらいのみや)様というのは法親王(ほうしんのう)様で、児島の熊野権現様を再興した偉い人だって言ったのよ」
「なに、ササが連れて来た福寿坊が、カナが探していたサクライノミヤを知っていたのか」
「そうなのよ。あたしだって驚いたわ。まるで、カナのために連れて来たような気がしたわ」
「そうか‥‥‥スサノオの神様のお陰かもしれんな」とサハチは言った。
「そうね。きっと、そうに違いないわ」
「児島は博多から京都に向かう途中だ。福寿坊に案内してもらったら、英祖様の父親の事もわかるだろう。お前も一緒に行くのか」
「カナが行くのなら、行かないわけには行かないわ」
 サハチはうなづいて、「来年も頼むぞ」と言った。
 ササを見ながら、シンシンとナナが嬉しそうに笑った。
スサノオの神様はまだ琉球におられるのか」とサハチが聞くとササは首を傾げた。
「安須森で会ったあと、声は聞いていないわ」
スサノオというのは日本の神様じゃないのか。どうして、琉球にいるんだ?」とトラがサハチに聞いた。
スサノオを祀った神社が対馬にもあるだろう。スサノオは昔、対馬を拠点に琉球と交易をしていたんだよ。琉球タカラガイを元手に、朝鮮(チョソン)の鉄を手に入れていたんだ。その鉄で武器を作って、ヤマトゥの国を造ったんだよ。当時は朝鮮ではなくて、カヤの国といったらしい」
「なに、そんな昔から対馬琉球と朝鮮と交易していたのか」
「そうさ。その事を調べたのがササなんだ。対馬豊玉姫を祀った神社があるだろう」
「仁位(にい)のワタツミ神社だろう」とマツが言った。
「そうだ。ササはワタツミ神社の豊玉姫のお墓を見て、南の島から来た人に違いないと思ったんだ。それで、色々と調べて、豊玉姫琉球の人で、スサノオの奥さんになった人だと突き止めたんだよ」
「なに、豊玉姫琉球の人?」
「そうさ。俺たちの御先祖様はスサノオ豊玉姫なんだよ。そして、スサノオ豊玉姫の娘の玉依姫(たまよりひめ)はヤマトゥの国の女王になった卑弥呼(ひみこ)で、のちに、アマテラスとして伊勢の神宮に祀られているんだよ」
「へえ、そうなのか。神様の事はあまりよく知らないんだ」とトラがマツの顔を見ながら言った。
 マツもわからんと言った顔で首を振って、
「船越にアマテル神社があるけど、あれはアマテラスを祀っているのか」と聞いた。
「アマテラスじゃなくて、父親スサノオだよ。本当は太陽の神様はスサノオだったんだ。ある時、女の天皇が太陽の神様をスサノオの娘の玉依姫に変えてしまったらしい。そして、伊勢に立派な神社を建てたようだ」
「へえ、琉球にいるお前の方が、日本の歴史に詳しいとは驚いた」
「ササのお陰さ。ササのお陰で、源氏や平家の歴史も詳しくなったんだぞ」とサハチは自慢気に言った。
対馬にも平家の伝説はあるぞ。平知盛(たいらのとももり)が安徳天皇を連れて対馬に逃げて来て、守護の宗氏は知盛の子孫だという」
 話を聞いていたササが、「平知盛安徳天皇を連れて対馬に逃げたの?」と聞いた。
「そういう伝説があるというだけで、真実なのかは誰も知らないよ」とマツが答えた。
安徳天皇の子孫はいないのですか」
「さあ、聞いた事ないな」とマツは言って、トラを見た。
「子孫はいないと思うよ」とトラは言った。
「きっと、若死にしたんじゃないのか」
 ササは、朝盛法師(とももりほうし)がヤマトゥに行って、安徳天皇の御陵(ごりょう)を封印した事をサハチに教えた。
「やり残した事というのは、本物の三種の神器(じんぎ)を隠す事だったのか」
「そうみたい。それが見つかったら大変な事になるらしいわ」
 佐敷ヌルはユリ、ハル、シビーとお祭りの事を話し合っていた。
「マシュー、小松の中将様のお芝居は書けそうか」とサハチは佐敷ヌルに聞いた。
 佐敷ヌルはサハチを見て笑うと、「うまく書けそうだわ」と言った。
「旅芸人に教えて、今帰仁で上演するのか」
「そのつもりよ」
「楽しみだな」とサハチは笑った。
 翌日から、佐敷ヌルはサスカサの屋敷に籠もって、『小松の中将様』の台本作りを再開した。
 二月二十八日、島添大里グスクのお祭りは小雨の降る中、行なわれた。それでも、正午(ひる)には雨もやんで、お芝居を観るために人々が集まって来た。
 お芝居は『瓜太郎(ういたるー)』だった。不思議な事に、島添大里で『瓜太郎』をやるのは初めてで、城下の者たちも楽しみにしているようだ。
 『瓜太郎』の初演は三年前の佐敷のお祭りで、ササ、シンシン、ナナが素晴らしい演技を見せて好評だった。二度目は平田のお祭りで、ササたちに負けるものかと平田の女子サムレーたちが頑張った。三度目は首里、四度目は与那原で、今回が五度目だった。旅芸人たちも馬天浜(ばてぃんはま)、浦添(うらしい)、佐敷で『瓜太郎』を演じていた。
 島添大里で『瓜太郎』をやる事は、佐敷ヌルがヤマトゥに旅立つ前から決まっていたので、女子サムレーたちも気合いを入れて稽古に励んでいた。主役の瓜太郎はアミーで、サシバはカルー、犬(いん)はシジマ、亀(かーみー)はユーナだったが、キラマの島に行ったので、クトゥに代わる事になった。クトゥはユーナの分まで頑張ろうと張り切っていた。
 話の筋は変わらないが、台詞(せりふ)や演技は少しづつ変わっていった。子供たちにもわかるように難しい言葉はやめて、遠くで見ている観客にもわかるように身振り手振りが大きくなっていた。笑わせる場面も多くなって、観客は腹を抱えて笑っていた。格闘場面では、ササたちの演技をさらに拡張して、見応えのある場面となり、観客たちは固唾(かたず)を呑んで見守った。サハチもマツとトラと一緒に酒を飲みながら観ていたが、酒を飲む手が止まってしまうほど面白かった。
 旅芸人たちは『浦島之子(うらしまぬしぃ)』を演じた。『浦島之子』は佐敷ヌルが初めて作ったお芝居だった。四年前に平田のお祭りで演じられてから、以後、女子サムレーたちは演じていない。旅芸人たちのお芝居になっていた。『舜天』と『瓜太郎』を演じるまで、旅芸人たちは『浦島之子』を何度も演じてきていた。文句なく、一流の芸になっていた。
 お芝居のあと、佐敷ヌルとササとユリが笛を吹いた。心に染みる幽玄な調べだった。佐敷ヌルの笛に合わせて、ササが高音を吹き、ユリが低音を吹いていた。
 まるで、神様が現れて来るような神秘的な曲だと思っていたら、スサノオの神様の声が聞こえてきた。
「佐敷ヌルとササは知っているが、もう一人の女子(おなご)は誰じゃ?」とスサノオは言った。
 自分が答えていいものか迷ったが、
「もう一人はユリです」とサハチは答えた。
「ユリか。いい女子じゃ」とスサノオは言った。
 サハチの言葉がスサノオに通じたようだった。
「ササとは腹違いの姉妹です」
「なに、ササの姉か。成程のう」
 スサノオの神様に聞きたい事があったはずなのに、突然の事だったので思いつかなかった。その後、スサノオの神様の声は聞こえず、佐敷ヌルたちの曲も終わった。
 ウニタキがヤンバルに行っていて留守なので、ミヨンとウニタルが三弦(サンシェン)を披露した。ヤマトゥ旅のお陰か、ウニタルの歌は以前よりもずっとうまくなっていた。その後、辰阿弥と福寿坊の鉦(かね)と太鼓に合わせて、「ナンマイダー」と叫びながら念仏踊りをみんなで踊って、お祭りは終わった。
 三月三日、恒例の久高島参詣が行なわれ、慈恩寺(じおんじ)の普請(ふしん)も始まった。十日には久場(くば)ヌルが、首里の御内原(うーちばる)でサイムンタルーの娘を産み、跡継ぎができたと喜んだ。十九日はクマヌの一周忌で、中グスクでお祭りが行なわれ、旅芸人の『舜天(しゅんてぃん)』が演じられた。その翌日は、丸太引きのお祭りで、シズが率いる若狭町(わかさまち)が優勝した。シズが倭寇(わこう)の荒くれ者たちに気合いを入れたようだった。
 四月の三日、ファイチ(懐機)の娘のファイリン(懐玲)がマサンルー(佐敷大親)の長男、シングルーに嫁いだ。思紹(ししょう)は首里で婚礼を挙げようと言ったが、世子(せいし)の息子ではないので、そんな大げさにやる必要はないとマサンルーが主張して、佐敷グスクで行なわれる事となった。
 ファイリンが琉球に来たのは四歳の時だった。五歳の時に久米村(くみむら)から佐敷に移り、六歳の時には島添大里に移った。首里に城下が完成したあと、一時、首里で暮らしたが、やはり、島添大里の方がいいと言って戻って来た。十二歳の時に母と兄と一緒に明国に帰って、祖父母と再会して、翌年、戻って来た。十五歳になると島添大里グスクに通って剣術を習い初め、佐敷から島添大里のソウゲン寺に通っていたシングルーと親しくなったのもその頃らしい。シングルーがヤマトゥ旅に行った時は、ずっと、無事の帰国を祈っていた。そして、無事に帰って来たシングルーから、お嫁に来てくれと言われて、ファイリンは迷う事なくうなづいた。
 マサンルーから相談を受けたサハチは、ファイチと会って話をまとめた。ファイチも妻のヂャンウェイからシングルーの事は聞いていたので、二人の婚礼を認めた。
「速いものです」とファイチは言った。
「ファイリンがお嫁に行く年齢(とし)になるなんて‥‥‥ファイリンが選んだ男ですから大丈夫でしょう。サハチさんの甥ですから、文句はありませんよ」
 ファイチが吉日を選んで、四月三日と決まったのだった。
 花嫁のファイリンは島添大里の城下の者たちに祝福されて、佐敷へと嫁いで行った。王様も王妃もサハチもマチルギも来るなとマサンルーは言った。王様や世子が来ると、佐敷グスクは厳重に警固されて、城下の者たちが自由に出入りできなくなってしまう。若い二人を、これからお世話になる城下の者たちに祝福してもらいたいとマサンルーは言った。
 マサンルーの言う事は正しいが、甥の婚礼に出席できないのは残念だった。婚礼の儀式を手伝ったササたちの話によると、佐敷ヌルはサハチとマチルギの婚礼を思い出して、あの時の婚礼によく似ていると言った。城下の者たちに祝福されて、二人は幸せそうだったという。ファイチと親戚になったウニタキは出席していて、サハチだけのけ者にされたような気分だった。
 新郎新婦は東曲輪(あがりくるわ)の屋敷に入り、新しい生活が始まった。明人(とーんちゅ)の妻を娶(めと)ったシングルーは、妻の国を見てみたいので、進貢船(しんくんしん)の使者になるとマサンルーに言ったという。サハチはシングルーを報恩寺(ほうおんじ)に入れて、明国の言葉を習わせようと思った。
 四月十日、浦添のお祭りが行なわれ、『鎮西八郎為朝(ちんじーはちるーたみとぅむ)』のお芝居が演じられた。サハチもマツとトラと一緒にお祭りに行った。旅芸人たちが旅に出て行ってしまい、マツとトラは退屈していた。サハチは二人を海に連れて行って、カマンタ(エイ)捕りをさせた。こいつは面白いと二人は熱中して、最近は毎日、海に潜っていた。
 浦添のお祭りの次の日、サハチはシンゴ、マツ、トラをヒューガの船に乗せて、キラマ(慶良間)の島に行った。
 サイムンタルーが感動したように、その美しい景色にマツとトラも、「凄えなあ」と言って感動していた。小舟(さぶに)に乗って島に上陸すると、大勢の若者たちがいるのに驚き、「この島は何だ?」とトラが聞いた。
「若い者たちを鍛えている武術道場だよ」とサハチは説明した。
「親父が密かにここで、一千人の兵を育てて、先代の中山王を倒したんだ。今は首里から食糧を送っているけど、当時は食糧を集めるために、ヒューガ殿が海賊になって、敵の食糧を奪っていたんだよ。シンゴにも食糧を運んでもらったんだ」
「ほう。内緒で兵を育てていたのか」
「そうさ。親父は隠居して、十年掛けて、一千人の兵を育てたんだ。その兵たちの活躍のお陰で、今があるんだよ。今は隠れて、兵を育てる必要はないんだけど、ここで一緒に修行した者たちは団結力が強いので、ここで修行を積んでから、首里や島添大里に送っているんだ」
「そう言えば、旅芸人たちもキラマの島の事を言っていたけど、ここの事だったんだな」
「旅芸人だけじゃない。女子サムレーもサムレーもみんな、ここで修行を積んでいるんだよ」
「当時はここで修行している者たちは、倭寇になって南蛮(なんばん)(東南アジア)に行く事を信じて修行を積んでいたんじゃ」とヒューガが言った。
 サハチは笑って、「ヒューガ殿にも倭寇に扮してもらいましたね」と言った。
「どうして、倭寇なんだ?」とマツが聞いた。
「中山王や島添大里按司に怪しまれないためだよ。佐敷按司が密かに兵を鍛えているとわかったら、本拠地の佐敷グスクが潰されてしまうからな」
「確かにな。当時の状況を聞いて驚いたよ。島添大里グスクに敵がいて、あんな小さな佐敷グスクがよく潰されなかったものだと不思議に思った」
「今、思えば、十年間も、よく持ちこたえたと思うよ」
 サハチたちは若い者たちを鍛えて、一汗かいたあと、海に潜って魚を捕って、浜辺で酒盛りを始めた。
「俺が初めて対馬に行った時、一緒に遊んだ仲間なんだ」とサハチは総師範のマニウシに言って、マツとトラを紹介した。
 六人の師範と島ヌルのタミーが来て加わった。
「今回は佐敷ヌル様は来なかったのですね」とタミーはサハチに聞いた。
「佐敷ヌルは新しいお芝居の台本作りに忙しいんだよ」
「そうですか。ここの者たちにもお芝居を見せてあげたいわ」
「それはいい考えだな。旅芸人たちをここに連れて来よう」とサハチは言ってヒューガを見た。
「そうじゃな。ここの者たちにも、いい気分転換になるじゃろう」とヒューガは笑った。
「本当ですか」とタミーは喜んだ。
「旅芸人の舞姫になったフクは、ずっと一緒に修行を積んだ仲なんです。久し振りに会いたいわ」
「なに、フクと一緒に修行したのか」とトラが言ってタミーを見た。
「あたしたち佐敷の生まれなんです。佐敷ヌル様に憧れて、島添大里グスクに通って、剣術を習いました。十七の時にこの島に来て、さらに修行を積んで、あたしは島添大里の女子サムレーになり、フクは『三星党(みちぶしとー)』に入ったのです。その後、わたしはヌルになってこの島に来て、フクは旅芸人になりました」
 三人の女師範がアミーとユーナを連れて来た。
按司様(あじぬめー)、お久し振りでございます」と言ったアミーは日に焼けて真っ黒な顔をしていて、明るい表情になっていた。妹のユーナも元気そうだった。
「島での暮らしはどうだ?」とサハチはアミーに聞いた。
「ここに来て、まもなく五か月になります。若い娘たちに囲まれて、毎日、楽しくやっております」
「二人のお陰で、随分と助かっております」と女師範のレイが言った。
按司様、お話があります」とアミーが言ったので、サハチはうなづいて、アミーとユーナを連れてその場から離れた。
 この島の者たちは二人が山南王(さんなんおう)の間者(かんじゃ)だった事は知らなかった。アミーは三星党の者で、ユーナは島添大里の女子サムレー、二人は事件に巻き込まれてしまい、山南王から命を狙われているので、しばらく、島に隠れているという事になっていた。
「山南王はわたしたちが死んだものと思っていますか」とアミーが聞いた。
 サハチはうなづいた。
「噂を信じて、二人とも殺されたと思っている。お前たちの遺体を探していたが見つからず、探すのも諦めたようだな」
 アミーとユーナは顔を見合わせて、ほっとしていた。
「いつになったら戻れるかわからんが、それまで、島の娘たちを鍛えてやってくれ」
 二人はうなづいた。
「女子サムレーたちは、あたしの事を恨んでいるでしょうね」とユーナが言った。
「そんな事はないよ。死ぬ覚悟で、本当の事を言ってくれたんだから、今でも仲間だと思っている。お祭りのお芝居で、お前がやるはずだった亀の役はクトゥが代わりに演じた。お前のためにも、いいお芝居にしようと、みんな、頑張っていたよ」
「クトゥが‥‥‥」と言って、ユーナは涙ぐんでいた。
「いつの日か、必ず、お前が戻って来るとみんな信じて待っているよ」
「きっと、戻れるわよ」とアミーは言って、妹の肩をたたいた。
「わたしはずっとここにいるわ」とアミーは言った。
「ここはいい所です。みんな、優しくしてくれるし、娘たちは素直で可愛いし」
 サハチはうなづいて、二人を連れて戻り、酒盛りに加わった。サハチが席をはずしている隙に、マツとトラは女師範たちを口説いていた。
 レイは首里の女子サムレーのクムと同期で、チニンマチーとアカーはイーカチの妻になったチニンチルーと同期だった。三人とも女子サムレーになる事なく、若い娘たちを鍛えるためにこの島に残ってくれたのだった。三人の女師範と六人の男の師範を眺めながら、慈恩寺にも立派な師範を集めなければならないとサハチは思っていた。
 ヒューガは次の日に帰ったが、サハチたちは五日間、島に滞在して、のんびりと過ごした。マツとトラは女師範たちを口説いていたが、女師範たちが自分たちよりも強い事を知ると、女に負けられるかと修行者たちと一緒に修行に励んだ。さらに、サハチの強さにも驚いていた。
 タミーは初めて神様の声を聞いたと騒いでいた。サハチが不思議に思って、
「今まで神様の声を聞いた事がなかったのか」と聞くと、タミーは真面目な顔でうなづいた。
「あたし、ヌルの修行を始めたのが遅かったから、ヌルになるのは難しいって馬天ヌル様から言われたのです。でも、どうしてもヌルになりたくて、そしたら、馬天ヌル様が、この島で一心にお祈りを続けていれば、いつか、神様の声が聞こえるようになるって言われました。ようやく、あたし、神様の声が聞こえるようになったのです」
「そうか。それはよかったな」とサハチはタミーと一緒に喜んだ。
「それで、神様は何と言ったんだ?」
「『気に入ったわ。しばらく、いるからよろしくね』っておっしゃいました」
「なに? すると、その神様はこの島の神様じゃなくて、どこか、よそから来たのか」
 タミーは首を傾げた。
「ここの神様はヤカビムイのウタキにいらっしゃるはずなんですけど、あたし、一度も声を聞いた事はありません。以前、この島にいらした運玉森(うんたまむい)ヌル様の話だと、遠い昔、南の方からやって来た人たちの御先祖様で、この島に住んでいたんだけど、大きな台風にやられて、生き残った人たちはヤンバルの方に移って行ったとおっしゃいました。あたしが聞いた声はその神様ではないような気がします。それに、その神様と御一緒に男の神様もいらして、『いい所じゃのう』とおっしゃいました」
 サハチは話を聞いて、何となく、スサノオの神様のような気がして、ヤカビムイの山を見上げた。山の山頂にウタキがあって、男は入る事ができなかった。
「サハチよ。わしはそろそろ、ヤマトゥに帰る。ユンヌ姫はここに残ると言っておる。気まぐれな娘じゃがよろしく頼むぞ」
 サハチは驚いて、空を見上げた。
「色々とありがとうございました」とサハチは言って、両手を合わせた。
「さらばじゃ」とスサノオは言って帰って行った。
「サハチ、よろしくね」とユンヌ姫が言った。
「もうすぐ、ササとカナがヤマトゥに行きます。一緒に行って、みんなを守ってください」とサハチが言うと、
「任せてちょうだい」とユンヌ姫は答えた。
 サハチと神様のやり取りを聞いていたタミーは腰を抜かしたように、その場に座り込んで、両手を合わせてサハチを見つめていた。
 サハチはタミーを見ると、
「今の神様の声、聞こえたか」と聞いた。
 タミーはうなづいた。
スサノオの神様とその孫娘のユンヌ姫様だよ。スサノオの神様の声が聞こえれば、きっと、ほかの神様の声も聞こえるに違いない。馬天ヌルにお前の事を知らせる。きっと、お前が活躍する時が来るだろう」
按司様は神人(かみんちゅ)だったのですか」とタミーが驚いた顔のまま聞いた。
「最近、神人になったようだ」とサハチは笑った。
「凄いわ」とタミーは言って、サハチに両手を合わせた。
 その頃、山南王が今年二度目の進貢船を明国に送っていた。正使は李仲按司(りーぢょんあじ)だった。キラマの島から帰って、その事を聞いてサハチは驚いたが、息子が国子監(こくしかん)に留学しているので会いに行ったのだろうとウニタキは言った。

 

 

スサノヲの真実   消された覇王 (河出文庫)   荒ぶるスサノヲ、七変化―“中世神話”の世界 (歴史文化ライブラリー)