長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-139.山北王の出陣(第二稿)

 山北王(さんほくおう)の兵が南部に出陣する前、今帰仁(なきじん)に驚くべき知らせが届いていた。知らせたのは奄美按司(あまみあじ)の使者で、鬼界島(ききゃじま)(喜界島)の鬼界按司の兵が全滅して、以前のごとく、御所殿(ぐすどぅん)が島を支配しているという。
 湧川大主(わくがーうふぬし)には信じられなかった。鬼界按司は万全な作戦で、敵を待ち伏せしていたはずだった。
按司は逃げたのか」と湧川大主は聞いた。
 使者は首を振った。
「殺されたものと思われます。船も敵に奪われたようです」
「どうして、そんな事になったんだ? 御所殿はどこから島に戻ったんだ?」
「わかりません」
「ヤマトゥに行った船が帰って来たのか」
「ヤマトゥに行った船は見当たりませんので、まだ帰って来ていないようです」
 奄美按司は鬼界島に新年の挨拶をするために使者を送った。しかし、その使者は帰って来なかった。おかしいと思って、ウミンチュに扮した者に探らせた。すると、御所殿が戻っていて、山北王の兵は一人もいなかったという。
「信じられん。二百の兵が全滅したというのか」
「詳しい事はまったくわかりません」
 湧川大主は怒りが込み上げて来るのを必死に抑えていた。
 御所殿は薩摩(さつま)から兵を連れて来たに違いない。そうでなければ二百人の兵が全滅するわけがなかった。薩摩とつながっているとなると、来年は奴らの船が薩摩に行く前に倒さなければならなかった。
 湧川大主は城下にある『薩摩館』に向かった。島津家の使者に鬼界島と取り引きしているかどうか聞いたが、していないと言った。
 阿多源八(あたげんぱち)という名を聞いた事はないかと聞いても知らないという。薩摩に阿多郷という所があって、昔に阿多氏というのがいたらしいが、今は島津家と対立している鮫島という者がいる。そいつが鬼界島と関係しているのかどうかはわからないと言った。
 二百人の兵を倒すには、少なくとも二百人の兵が必要だ。二百人の兵の移動をすれば、島津家の者が知らないはずはなかった。薩摩からではなく、五島(ごとう)や壱岐島(いきのしま)の倭寇(わこう)を連れて行ったのだろうか。
 湧川大主は『五島館』に行って、五島の者に聞いてみたが、鬼界島と取り引きはしていないと言った。壱岐島の事も聞いてみたが、鬼界島と取り引きをしている者なんて聞いた事がない。もしかしたら、博多の商人じゃないのかと言った。
 今帰仁グスクに戻ると、「浮島まで行って、鬼界島の者がいるかどうか調べてくる」と湧川大主は山北王に言った。
「わざわざ、お前が行く必要もない。油屋に任せればいいだろう」と山北王は言った。
「鬼界島の奴らを許せんのだ。按司を殺して、二百人の兵を殺した。来年こそは全滅にしてやる」
「確かに許せん奴らだ。しかし、今、鬼界島に行く事はできん。お前が浮島に行って、鬼界島の者たちに会ってどうするつもりだ。浮島で戦をするのか」
「戦はせん。青鬼だか赤鬼だか知らんが、背の高い奴がいるはずなんだ」
「そいつと会うのか」
「どんな奴か見るだけだ」
 山北王は笑った。
「見るだけのために浮島まで行ってどうする。南部の戦はタルムイが勝つだろう。結局、摩文仁(まぶい)は保栄茂按司(ぶいむあじ)を味方に引き入れる事はできなかった。保栄茂按司が山南王(さんなんおう)になるのならお前が行くべきだが、タルムイの援軍にお前が行く必要もない。テーラーに任せておけ。お前がいなくなるとヤマトゥンチュの相手に俺が忙しくなる」
「わかりました」と湧川大主は渋々うなづいて、「来年、三百の兵を率いて、梅雨が明ける前に鬼界島に向かいます」と言った。
「三百か‥‥‥」と山北王は少し考えてから、「いいだろう」とうなづいた。

 


 首里(すい)グスクでは出陣のための炊き出しで大忙しだった。勝連(かちりん)、越来(ぐいく)、中グスク、浦添(うらしい)、北谷(ちゃたん)の兵がそれぞれ百人づつ首里に集まっていた。
 勝連は若按司のジルーが大将としてやって来た。久し振りに会ったが、たくましい若武者になっていた。サハチは父親のサムが妻のマチルーを連れて、佐敷にやって来た時の事を思い出した。あの時のサムと雰囲気が似ていた。
「親父は留守番か」とサハチはジルーに聞いた。
「親父は俺に留守番しろと言ったのですが、俺が頼んで出て来ました。今帰仁を攻める前に初陣(ういじん)を飾りたいと思ったのです」
 サハチはうなづいた。
「張り切っているようだが、決して無理はするなよ。大将は兵たちの命を預かっている。慎重に状況を把握してから行動に移せ」
 ジルーは顔付きを引き締めて、「かしこまりました」とうなづいた。
 越来も若按司のサンルーが来た。サンルーはチューマチ(ミーグスク大親)と一緒にヤマトゥに行っていた。面影が祖父の美里之子(んざとぅぬしぃ)に似ていて、鎧(よろい)姿がよく似合っていた。十二年前の島添大里(しましいうふざとぅ)グスク攻めにも、八年前の中グスク、越来グスク攻めにも参戦していた。今回は中グスク按司と一緒に米須(くみし)グスクを攻める事になっていた。
「中グスク按司は伊波(いーふぁ)にいた頃、武術道場の師範として若い者たちを鍛えていた。しかし、実戦の経験はない。お前より年上だが、うまくやってくれ」とサハチはサンルーに頼んだ。
 浦添も若按司のクサンルーが来た。クサンルーはサハチと一緒にヤマトゥに行き、マウシと一緒に明国にも行っていた。北谷按司と一緒に波平(はんじゃ)グスクを攻めるが、クサンルーも北谷按司も戦の経験はなかった。それでも、北谷按司の叔父の桑江大親(くぇーうふや)がいるので大丈夫だろう。
 中グスク按司のムタと桑江大親はサハチの義弟だった。ムタはマチルギの弟で、桑江大親の妻はマチルギの妹のウトゥだった。
「マナミーの嫁ぎ先を間違ってしまったようだ。まだ半年も経たないのに、こんな事になってしまった。すまなかった」とサハチはムタに謝った。
「いいえ。中山王(ちゅうさんおう)の今後のためには米須に嫁いだ方がいいと俺も納得して、娘を送り出しました。まさか、米須按司が山南王になるなんて、あの時、誰も考えもしない事です」
「祖父が山南王になってしまったので、マルクも簡単には降伏しないとは思うが、必ず助けて、米須按司にしてやってくれ。無理に攻める事はない。グスクを包囲して、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクが落城するのを待て。祖父と父が戦死すれば、マルクも降伏するだろう」
 ムタはうなづいた。
 今帰仁合戦を経験している桑江大親には、若い二人の後見役として、焦らずにやってくれと頼んだ。
 総大将は思紹(ししょう)で、副大将としてファイチ、八重瀬(えーじ)グスクを本陣として、二人はすべての状況を把握しながら指揮を執る。サハチは玻名(はな)グスクに行って大将として指揮を執る。中グスク按司と越来按司は米須グスクを攻め、勝連按司と苗代大親(なーしるうふや)が率いる中山王の兵は山グスクを攻め、浦添按司と北谷按司は波平グスクを攻め、兼(かに)グスク按司(ンマムイ)は直接、喜屋武(きゃん)グスクに向かって喜屋武グスクを攻める。
 喜屋武グスクは先代の島尻大里ヌルが留守番をしているので開城してくれるだろう。喜屋武グスクを開城したあと、ンマムイは思紹の指示によって、他のグスクの攻撃に加わる。手ごわそうなのは山グスクだった。唯一、按司がいた。グスク内には無精庵(ぶしょうあん)とシビーの兄のクレーがいるが二人だけでは御門(うじょう)を開けるのは無理だろう。
 無精庵が怪我人の治療をするために玻名グスクに行くと言った時、クレーは通訳として一緒に行けと思紹から命じられた。クレーも一度ヤマトゥ旅をしただけなので、ヤマトゥ言葉を完全に理解しているわけではないが、護衛も兼ねて一緒に旅をしていた。正月に玻名グスクに来てから、二人は米須の城下に行った。米須で病人たちの治療をしていたら、山グスクの子供が急病だから来てくれと言われて山グスクに行き、子供が起き上がれるようになるまでいてくれと頼まれて、今も山グスクにいた。

 


 その日の夕方、山グスク按司が島尻大里グスクを包囲している他魯毎(たるむい)の兵に総攻撃を掛けた。南は新垣(あらかき)グスクから、北は大(うふ)グスクから一斉に攻めて、大激戦となった。
 山グスク按司摩文仁按司(まぶいあじ)の配下の知らせで、中山王と山北王が介入して来る事を知っていた。中山王が他魯毎に付くのはわかっている。山北王までが他魯毎に付いたら勝ち目はない。今の状況を何としてでも打開しなければならなかった。
 陸路で伝令を送っても石屋のテハに捕まってしまうので、海路を使って伝令を送った。ウミンチュに扮した伝令は大グスクにいる真壁之子(まかびぬしぃ)の了解を得て戻って来た。
 山グスク按司の矢文が島尻大里グスクの大御門(うふうじょー)の上の櫓(やぐら)に撃ち込まれた。矢文を読んだ摩文仁は中山王と山北王の介入を知り、グスク内にいる按司たちに出撃を命じた。按司たちはそれぞれ率いて来た兵と一緒に他魯毎の兵の中に突っ込んで行き、そのまま本拠地へと向かった。按司たちが島尻大里グスクから出た事を知った山グスク按司は撤退を知らせる法螺貝(ほらがい)を吹き、摩文仁の兵たちは日が暮れる前に撤収して、それぞれのグスクに戻った。
 戦が終わった戦場には敵味方の兵、二百人余りが倒れていた。共に百人余りの犠牲者を出していた。他魯毎の兵たちは味方の兵を回収し、敵兵は島尻大里グスクの大御門の前に集めて、グスク内に回収させた。

 


 その夜、ウニタキが龍天閣(りゅうてぃんかく)にやって来て、摩文仁の兵の総攻撃があって、島尻大里グスク内にいた按司たちが皆、外に出て、本拠地に戻った事を知らせた。新垣グスクに集まっていた兵たちも本拠地に戻ったという。
「山グスク按司もなかなかやるのう。外にいる兵たちを集めて総攻撃を掛けたか」と思紹が言った。
「山グスク按司の叔父は武術師範の真壁大主(まかびうふぬし)で、島尻大里のサムレー大将も務めていました。兵たちにも慕われていたようです」とウニタキが言った。
「そうか。山グスク按司の嫁さんは誰だか知っているか」
「伊敷按司(いしきあじ)の叔母です。タブチと一緒に久米島(くみじま)に逃げて行ったナーグスク大主の妹です」
「伊敷按司摩文仁の娘婿だったな。寝返りそうもないな」
「それでも、若按司の妻は他魯毎のサムレー大将になった波平大主(はんじゃうふぬし)の娘です」
「成程な、サムレー大将同士で姻戚関係になったというわけじゃな。その線で説得するか。しかし、山グスク按司のお陰で面倒な事になったのう。米須グスクに米須按司が戻ったら、簡単には降伏しないじゃろう」
「中座按司も玻名グスクに攻めて来そうですね」とサハチは言った。
「新垣按司と真栄里按司(めーざとぅあじ)も本拠地に戻っています」とウニタキは言った。
「その二人は豊見(とぅゆみ)グスク攻めの時の大将だったな。他魯毎は大変じゃのう。新垣グスクも真栄里グスクも他魯毎の担当じゃ。二人が外に出たという事は、グスク内にいるのは摩文仁と山グスク大主と中座大主の三人だけか」
「波平按司(はんじゃあじ)もいるようです。グスク内の役人たちを指図しているのは波平按司ですから、波平按司が出て行ったら、あのグスクは機能しなくなります」
「成程のう。三人の隠居たちだけでは役人たちも動かんか」
「戦(いくさ)の事なら三人にもわかるでしょうが、兵糧(ひょうろう)があとどれだけ持つのか、何人分の食事を用意したらいいのかなんて細かい事はわかりませんからね」
米蔵が焼けて、兵糧はどれだけあるんだ?」とサハチはウニタキに聞いた。
「詳しい事はわからんが、李仲按司(りーぢょんあじ)の話だと持っても二か月くらいではないかと言っていたようだ」
「二か月というと三月の半ば頃じゃな」
「玻名グスクの方が先に落ちそうです」とサハチは思紹に言った。
 翌日、中山王の兵たちは敵地を目指して出陣して行った。
 サハチが玻名グスクに行くと、ヂャンサンフォンが兵たちに武当拳(ウーダンけん)の指導をしていた。
 サグルーに聞くと三日前にササが連れて来たという。グスク攻めが続いてから一か月余りが経って、そろそろ疲れが出て来る頃だから、ちょっと変わった事をさせれば気分転換になると言って武当拳を教え始めたらしい。兵たちも喜んで武当拳の指導を受け、士気も以前よりも高まったようだった。
「ササが四人の娘を連れて来て、みんな、弟子だと言っていました。四人の若ヌルを育てるなんて驚きましたよ」とサグルーは言った。
「俺も驚いた」とサハチは笑った。
「興味のある事しかしないササが、若ヌルの指導なんてやるはずがないと思っていた。どうやら、運玉森(うんたまむい)ヌルのお陰らしい。運玉森の若ヌルを育てて、ササのガーラダマ(勾玉)を譲れと言われたんだ。一人育てるのも四人育てるのも、ササにとっては同じ事なんだろう」
「ササが大事にしている、あのガーラダマを若ヌルに譲ってしまうのですか」
「ササはやがては馬天ヌルを継ぐ。馬天ヌルのガーラダマはササが持っているガーラダマと同じように貴重な物なんだよ。ところで、ササたちはすぐに帰ったのか」
「ササとシンシンとナナがヂャンサンフォン殿と一緒に武当拳の模範試合をしました。素早い動きに皆、驚いていました。それを見て、みんなが身に付けたいと思って、真剣に稽古に励んでいるのです。四人の娘たちも目を丸くして見入っていました。あの娘たちもササに鍛えられたら、立派なヌルになるでしょう。具志頭(ぐしちゃん)に寄って、イハチに会ってから帰ると言っていました」
「そうか」とサハチはうなづいてサグルーと別れると、本陣になっている屋敷に行って佐敷大親(さしきうふや)と会った。平田大親とキンタが一緒にいた。
 サハチは中山王が介入した事を告げると、絵地図を見ながら、誰がどこに行ったのかを教え、明日、山北王の兵も来るだろうと言った。
「いよいよ、山北王が出て来ましたか。勿論、他魯毎側に付くんでしょう」と佐敷大親が聞いた。
「来てみない事にはわからんが、今の状況で摩文仁に付いても、山北王には何の得もない。他魯毎に恩を売って、やがては保栄茂按司(ぶいむあじ)が山南王になるように仕向けるのかもしれん」
「島尻大里グスク内にいた按司たちが皆、出て行ってしまって、他魯毎としても山北王の力を借りなくては島尻大里グスクを攻め落とせないでしょう」と平田大親は言った。
「新垣按司と真栄里按司が邪魔をしそうだな」と言ってサハチは絵地図を見た。
 中山王にはまだ兵の余裕があった。首里に待機している兵もいるし、八重瀬按司の兵も今回は出陣していない。新垣グスクは中山王に任せた方がいいのではないかと思った。
 サハチは顔を上げると、「玻名グスクの兵糧はまだ充分にありそうか」と聞いた。
「炊き出しの様子ではまだ充分にありそうです」と佐敷大親が答えた。
「中にいる鍛冶屋(かんじゃー)や木地屋(きじやー)の様子はどうだ?」とサハチはキンタに聞いた。
「何もしないでいるのは疲れると見えて、グスクの中で仕事をしています。鍛冶屋は無理ですが、木地屋は木と小刀(しーぐ)さえあれば何かを作れますから、鍛冶屋の連中も城下の者たちも一緒に何かを作って気を紛らわせているようです」
「敵兵の様子はどうだ?」
「かなり疲れているようです。交替で休んでいますが、グスク内には百人の兵が休める場所はありません。上の者たちはサムレー屋敷で休みますが、下の者たちは避難民たちと一緒に屋根のない所で休んでいます。最近、冷え込んできていますから、まともに眠る事もできないでしょう」
「そうか。あともう少しといった所だな」
 サハチは本陣から出ると櫓(やぐら)の上に登ってグスク内を眺めた。避難民たちの半数近くは静かに横になっていた。病人もいるようだ。キンタが言った木地屋たちだろうか、何かをやっている者たちもいた。石垣の上にいる兵も、櫓の上にいる兵も疲れているようだった。グスク内は避難民たちで埋まっていて武芸の稽古をする場所もない。外にいる兵たちのように体を動かせば気分転換になるが、それもできなかった。
 櫓から下りるとサハチはヂャンサンフォンに挨拶をして、本陣に戻った。

 


 本拠地に戻った新垣按司は真栄里按司と相談して、山北王が来る前に、島尻大里グスクを包囲している他魯毎の兵たちを追い払おうと総攻撃を計画した。前日の戦で負傷した兵も多く、他の按司たちは乗り気ではなかった。それでも、山北王が来てタルムイ側に付いてしまえば、わしらに勝ち目はない。今こそ決戦をしなければならないと説得して、兵を集めた。しかし、集まったのは三百人足らずの兵だった。
 玻名グスク、米須グスク、山グスク、波平グスクは中山王の兵に包囲されていて身動きができない。北の大グスクでも百人余りしか集まらなかった。他魯毎は戦死した兵を補充したので八百の兵で包囲している。そこに半数の兵で攻め込んでも戦死者が出るばかりで勝ち目はなかった。新垣按司と真栄里按司は総攻撃を諦めて、兵たちを本拠地に返した。
「終わりじゃな」と新垣按司は溜め息をついた。
「これからどうするつもりなんじゃ。わしらもタブチと同じようにグスクと一緒に焼け落ちるのか」と真栄里按司は皮肉っぽく笑った。
「生き残る道を考えなくてはならんな」
「敵に降参するのか」
「先代が山南王になった時、重臣たちは皆、タブチの味方をした。わしの親父が全責任を取って処刑され、ほかの重臣たちは助かった。今回も誰か一人が責任を取れば大丈夫じゃろう」
「誰が責任を取るんじゃ?」
「今も摩文仁の側に仕えている者に決まっておるじゃろう」
「波平按司か」
 新垣按司はニヤッと笑ってうなづいた。

 


 正月十五日、山北王の兵三百人が糸満(いちまん)の港から上陸して、保栄茂グスクの北西にある座安森(ざぁむい)と呼ばれる山の上に本陣を敷いた。保栄茂グスクの北東には今作っているテーラーのグスクがあった。兵を率いて来たのは諸喜田大主(しくーじゃうふぬし)で、山北王の命令で、本部(むとぅぶ)のテーラーが総大将に任命された。
 山北王の意向は、他魯毎を山南王にさせて、その後、新たに同盟を結び、他魯毎の妹と婚約している若按司のミンを山南王の世子(せいし)にする事だった。
「何だって、ミンを山南王の世子だって?」
 テーラーは驚いて、開いた口が塞がらなかった。
「ミンは山北王の世子だろう。それを山南王の世子にするなんて考えられん」
「王様(うしゅがなしめー)は先の事を考えているようです」と諸喜田大主は言った。
「先の事?」
「山南王は今回の戦で、重臣たちが争って、他魯毎が勝ったとしても、重臣の数が足らないでしょう。王様は若按司を婿(むこ)として送り込み、重臣たちも送り込むつもりなのです。花嫁の護衛と違って、若按司の護衛として兵も二、三百は送るつもりでしょう。そして、他魯毎を追い出して山南王の座を乗っ取るつもりです。乗っ取ったあと、保栄茂按司に山南王になってもらい、若按司今帰仁に戻します」
「ほう。山北王がそんな凄い事を考えたのか」とテーラーは感心した。
「ここだけの話ですが、そんな奇抜な事を考えるのは湧川大主殿ですよ」と諸喜田大主は言った。
「成程な。ジルータなら考えそうだな」とテーラーは笑った。
「秘策があります」と言って諸喜田大主はテーラーに折りたたんだ紙を渡した。
 紙を開くと、六つの車が付いた荷車に太い丸太が積んであり、荷車には屋根まで付いていた。
「何だ、これは?」
「この屋根は敵の弓矢や石つぶてを防ぎます。この丸太はグスクの御門(うじょう)を壊します」
「成程、これを作って御門を破るのだな」
 諸喜田大主はうなづいて、「リュウイン(劉瑛)殿のお考えです。明国ではそのような車を使ってグスクを攻めるそうです」と言った。
「よし、さっそく作らせよう」とテーラーは言って、「これで島尻大里グスクは落ちたも同然だな」と楽しそうに笑った。
 その日、ンマムイが兵を率いて玻名グスクにやって来た。
「喜屋武グスクはどうした?」とサハチが聞くと、
「島尻大里ヌルがすぐに開城してくれました。そこまではよかったのですが‥‥‥」と言ってンマムイは口ごもった。
「どうした? 何か起こったのか」
「師兄(シージォン)はマレビト神というのを御存じですか」
「ああ、ヌルと結ばれる相手の事だろう」
「そうです。島尻大里ヌルのマレビト神が誰だか知っていますか」
「いや、未だに独りでいるんだから現れなかったのだろう」
 ンマムイは首を振って、「それがいたのです。なんとヤタルー師匠だったのです」と驚いた顔をして言った。
「なに、ヤタルー師匠?」
 ンマムイはうなづいた。
「二人が出会ったのは十二年も前です。お互いに一目惚れしたそうです。でも、二人は結ばれませんでした。島尻大里ヌルは山南王の妹で、ヤタルー師匠にとって、雲の上のような存在です。十二年の間、お互いに相手が好きなのに胸の奥にずっとしまっておいたようなのです。喜屋武グスクで会った二人はお互いに見つめ合って、島尻大里ヌルは、『あなたが来てくれるのを待っていました』と言ったのです。ヤタルー師匠は、『御無事でよかった』と言って、島尻大里ヌルの手を取って泣きそうな顔をしていました。もう、見ていられないと俺たちは二人を置いて、ここに来たのです」
「島尻大里ヌルとヤタルー師匠か‥‥‥」
 サハチは幸せそうな二人を想像して、島尻大里ヌルに幸せになってもらいたいと本心から思っていた。

 

 

 

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