長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-169.タキドゥン島(第一稿)

 スサノオは五日間も目覚める事なく寝込んでいたが、見事に快復して、豊玉姫(とよたまひめ)と一緒に琉球に帰って行った。
 ササたちはメートゥリオン(宮鳥御嶽)とクバントゥオン(小波本御嶽)に行きたかったが、マッサビは許さなかった。スサノオがヤキー(マラリア)を退治したといっても、まだ安全とは言えない。ヤキーを琉球に持って行くのは絶対に避けなければならなかった。
 ササたちも諦めて、クマラパと一緒に富崎按司(ふさぎぃあず)のガバネーと会っただけで、それより南へは行かなかった。クマラパが以前に会った事がある先代の富崎按司は、二十年前に亡くなっていた。当時、十二歳だったミッチェの父親のガバネーは、クマラパの事を覚えていて歓迎してくれた。
 小舟(さぶに)に乗ってタキドゥン島(竹富島)に行こうとしたら季節外れの台風がやって来て、海が荒れて行けなくなった。直撃ではなかったので被害もなく、愛洲次郎(あいすじるー)の船も無事だった。
 ササたちは名蔵(のーら)の娘たちに剣術や武当拳(ウーダンけん)を教えたりして過ごし、波が静まってからタキドゥン島に渡った。
 タキドゥン島は昔、マイヌシマ(前の島)と呼ばれていて、メートゥリ姫の娘がマイヌシマに渡ってマイヌ姫を名乗ったという。マイヌ姫の子孫たちが静かに暮らしていた島に、三十年ほど前、琉球からサムレーがやって来た。島に上陸したサムレーたちは、島人(しまんちゅ)たちと会ったが言葉が通じなかった。身振り手振りで話をして、井戸が涸れてしまって困っている事を知ったサムレーは、島人のために井戸を掘った。島人たちに喜ばれて、島に住み着いて按司になったという。そのサムレーが琉球のどこから来たのか、ブナシルも知らなかった。
 三十年前はササは生まれていないし、安須森ヌルは十歳前後だった。どうせ知らない人だろうが、近くまで来たのだから挨拶をしていこうと思っていた。
 いい天気で気持ちよかった。若ヌルたちはキャーキャー言いながら舟を漕いでいた。
 島の北側にある美崎浜(みしゃしはま)から上陸すると、タキドゥン按司のグスクはすぐ近くにあった。ミッチェはタキドゥン按司に会った事があるというので案内を頼んだ。
 タキドゥン按司が掘ったというウリカー(降り井戸)を挟んで、東側と西側に集落があった。東側が古いニシバル(北原)の集落で、西側がタキドゥン按司が造った新里(しんざとぅ)の集落だった。ニシバルは中央に道があって、道の両側に家々が並んでいる普通の集落だが、新里はミャーク(宮古島)の狩俣(かずまた)のように石垣で囲まれていた。
 御門(うじょう)には門番はいなかった。ミッチェとサユイを先頭にササたちはグスクの中に入って行った。石垣の中は庭になっていて、奥の方に家が三軒建っていた。まるで、他人の屋敷に入ってしまったようだった。家の中から老人が出て来て、何事か言ったが意味がわからなかった。ミッチェが老人と話して、老人はササたちを見ると笑ってうなづいた。
「通ってもいいけど、多すぎるって言っているわ」とミッチェが言った。
 ササはクマラパと相談した。クマラパもこの島に来たのは初めてだったが、タキドゥン按司とは会った事があり、人柄も知っていて、大丈夫じゃろうと言った。
「何かあったら笛を吹け。神様が助けに行くじゃろう」と笑った。
 ササ、安須森(あしむい)ヌル、シンシン、ナナ、ミッチェの五人だけが先に行く事になり、あとの者たちはここで待っていてもらう事にした。
 屋敷の裏門から外に出ると、また石垣で囲まれた別の屋敷に入り、その屋敷の裏門を抜けるとまた別の屋敷に入った。この集落には道というものがなく、他人の屋敷を抜けて、目的の屋敷まで行かなければならなかった。裏門が二つある屋敷もあって、その家の人に聞かなければ、按司に会う事はできない。まるで、迷路の中を歩いているようだ。いくつもの屋敷を抜けて、ようやく、奥の方にある按司の屋敷にたどり着いた。
 按司は二代目だったが、琉球の言葉がしゃべれた。ミャークの与那覇勢頭(ゆなぱしず)の船に乗って、三回、琉球に行ったという。
「父が話がしたいと待っています」と按司は言った。
「異国に行けば、同郷の者に会いたくなるもんじゃよと父は笑って言いました。隠居した父の屋敷は隣りです。案内しますよ」
 按司の案内で石垣の向こう側にある屋敷に行くと、老人が庭の木の手入れをしていた。按司が老人に話し掛けると、老人は笑って、「ようやく、来てくれたか。歓迎するぞ」と琉球の言葉で言った。
 ササたちは屋敷に上がって、奥さんが出してくれたお茶を飲みながら老人の話を聞いた。部屋に水墨画の掛け軸が飾ってあって、その景色が何となく見た事があるような気がすると安須森ヌルは思っていた。
「そなたたちが琉球から来て、名蔵の女按司(みどぅんあず)の屋敷に滞在しているというのはウミンチュたちから聞いていたんじゃよ。噂では琉球の王様の娘たちだと言っておったが、本当に琉球の王様の娘なのかね」
「はい。わたしが娘で、ササは姪です」と安須森ヌルが答えた。
「察度(さとぅ)が亡くなって、倅が跡を継いだと聞いておるが、その倅の娘なのか」
 ササと安須森ヌルは今の琉球の状況を簡単に説明した。
「佐敷按司が中山王(ちゅうさんおう)を倒したじゃと?」
 信じられないと言った顔で、老人は二人を見ていた。
「あっ!」と安須森ヌルが叫んで、水墨画を指差した。
「馬天浜(ばてぃんはま)だわ」
 ササ、シンシン、ナナも驚いた顔をして水墨画を見て、「本当だわ」と言って老人を見た。
「どうして、馬天浜の絵が飾ってあるのですか」と安須森ヌルが聞いた。
「わしの生まれ故郷(うまりじま)なんじゃよ」と老人は言って水墨画を見た。
「えっ!」とササたちはポカンとした顔で老人を見ていた。
 安須森ヌルはもしかしたら会った事があるのかしらと思っていた。
「正確に言えば、馬天浜ではなくて、山の上にあるグスクがわしの故郷じゃった」
「えっ!」とササたちはまた驚いて、老人を見つめた。
「島添大里(しましいうふざとぅ)グスクが生まれ故郷なのですか」とササが聞いた。
 老人はうなづいた。
「それでは、佐敷按司も御存じなのですね?」
「わしが琉球を離れる時、佐敷按司なんていなかったんじゃよ。馬天浜には大(うふ)グスク按司の娘婿のサミガー大主(うふぬし)がヤマトゥと交易をしていたんじゃ。この島に来てから十年後、ミャークの目黒盛(みぐらむい)が琉球に船を出すと聞いて、与那覇勢頭の船に乗って琉球に行ったんじゃ。そして、サミガー大主の倅が佐敷按司になって、島添大里按司になった八重瀬按司(えーじあじ)と敵対している事を知ったんじゃよ。大グスク按司も八重瀬按司に滅ぼされてしまったが、サミガー大主が無事だったんで、わしはよかったと喜んだんじゃ」
「佐敷按司の娘がわたしで、馬天ヌルの娘がササです」と安須森ヌルが言った。
「なに!」と今度は老人が驚いた顔をして、佐敷ヌルとササを見た。
「そうじゃったのか‥‥‥そなたたちはサミガー大主の孫じゃったのか」
 そう言って老人はうなづいて、「そういえば、そなたは若い頃の母親に似ておるのう」と言った。
「母を知っているのですか」とササは聞いた。
琉球にいた頃も会ったし、この島から琉球に行った時も会った。相変わらず、美人(ちゅらー)じゃったよ。台風で屋敷が壊れてしまったと言って、馬天ヌルはサミガー大主の屋敷にいたんじゃ。そういえば、サミガー大主は隠居して、次男に跡を譲ったと言っておったのう。帰る時に挨拶に行ったら、新居ができたと言って、引っ越しをしている最中じゃった」
 あの時に来ていたのかと安須森ヌルは、当時を思い出した。その年の前年、安須森ヌルは佐敷ヌルになって、佐敷グスクの東曲輪(あがりくるわ)の屋敷で暮らしていた。その頃の馬天ヌルはヒューガの屋敷に出入りしていて、翌年、ササが生まれたのだった。祖父の屋敷の離れには、いつも他所(よそ)の国から来た旅人たちがいたので、特に気にも止めなかったのかもしれなかった。
「あなたは島添大里のサムレーだったのですか」と安須森ヌルは聞いた。
「サムレーかと聞かれれば、サムレーかもしれん。わしは水軍の大将じゃったからのう」
 そう言って老人は楽しそうに笑った。
「水軍の大将と言えば勇ましい武将を思い浮かべるじゃろうが、わしは海で戦(いくさ)などした事はない。わしは毎年、ヤンバル(沖縄本島北部)まで行って、木を伐り出しておったんじゃよ」
「船頭(しんどぅー)(船長)だったのですね?」とササが聞いた。
 老人はうなづいてから、
「だがのう、わしは島添大里按司の長男だったんじゃよ」と言った。
「えっ!」とササと安須森ヌルはまた驚いた。
 いつの頃の話なのか、二人にはよくわからなかった。
「わしの父親は察度に攻められて戦死したんじゃ。祖父も浦添(うらしい)の極楽寺で察度に殺されたんじゃよ。父が戦死した時、わしは二歳じゃった。十三歳だった姉が玉グスクから婿(むこ)を迎えて、その婿が島添大里按司を継いだんじゃ。側室だった母とわしはグスクを出で、城下で暮らすようになった。父親の事など何も知らないわしは、城下の子供たちと一緒に遊び、馬天浜にもよく行ったんじゃよ。馬天浜にはヤマトゥンチュの船が来ている時もあって、船乗りたちは夏まで滞在していた。言葉はよくわからなかったが、わしは船乗りに憧れたんじゃよ。いつの日か、ヤマトゥの国に行ってみたいと思ったんじゃ。十二歳になった時、母から父親の事を聞いて、按司の奥方が姉だと知らされたんじゃ。そして、グスクに入って、義兄の按司と対面したんじゃよ。その日から何もかもが変わってしまった。仲間と一緒に馬天浜に遊びに行く事もできなくなって、重臣たちの倅たちと一緒に、ヤマトゥンチュの禅僧から読み書きを習い始めたんじゃ。今まで『タキ』と呼び捨てだったのに、『タキドゥン(タキ殿)』と呼ばれるようになったんじゃよ」
「タキドゥン島の『タキドゥン』はあなたの名前だったのですか」
「そうじゃよ。誰が呼び始めたのかは知らんが、この島は『タキドゥンの島』と呼ばれるようになったんじゃ。わしは『タキドゥン』と呼ばれるようになって、何となく窮屈な思いをしていたんじゃ。ただ一つの楽しみは絵を描く事じゃった。読み書きを教えてくれた禅僧から教わったんじゃよ。十六歳になった時、わしは子供の頃の夢を思い出して、船乗りになりたいと按司に言ったんじゃ。そしたら按司は、昔、馬天浜にミャークという南の島の者たちが交易に来ていたと言ったんじゃ。お前は船乗りになって、ミャークという島に行って来いと言ったんじゃよ。わしは船乗りになって、ヤンバルに行く船に乗り込んだんじゃ。ミャークに行く事を夢見て、わしは毎年、ヤンバルまで行った。夏に行って冬に帰って来る生活を毎年、繰り返していたんじゃよ。三十歳になった時、船頭になれたんじゃ。いよいよ、ミャークに行こうと思ったんじゃが、ミャークがどこにあるのか、どうやったら行けるのか知っている者は誰もいなかったんじゃ。わしはミャークに行きたいと思いながらも、毎年、ヤンバルに行っていた。ヤンバルからの材木運びは、島添大里按司の財源になっていて、やめるわけにはいかなかったんじゃよ」
「ヤンバルの木を勝手に伐ったりして、今帰仁按司(なきじんあじ)は大丈夫だったのですか」と安須森ヌルが聞いた。
 タキドゥンは笑った。
今帰仁とは反対側じゃ。陸路はないし、今帰仁にはわかるまい。それに、わしらがヤンバルの木を伐っていたのは遙か昔からの事なんじゃよ」
「夢をかなえて、南の島に来たのは、何かきっかけがあったのですか」とササが聞いた。
「きっかけは按司の急死じゃよ。わしが船頭になってから三年目の春、義兄が急に亡くなってしまったんじゃ。側室が産んだ長男と姉が産んだ次男が家督争いを始めたんじゃ。家臣たちも二つに分かれて争いを始めたんじゃよ。側室の実家の糸数按司(いちかじあじ)と、義兄の実家の玉グスク按司も争いに加わって来た。よくわからんが、八重瀬按司も首を突っ込んできた。もう、島添大里按司も終わりじゃとわしは思った。そして、わしの居場所はここにはないと思ったんじゃ。わしは家族と配下の者たちの家族を連れて、南の島を探すために船出をしたんじゃよ。まず、キラマ(慶良間)の島に行った。ウミンチュにミャークの事を聞いたら、昔、久米島(くみじま)からミャークに行った者がいたらしいという話を聞いたんじゃ。久米島に行って、ウミンチュに聞いたら、五十年も前に真謝(まーじゃ)の三兄弟がミャークに行ったが、今は行き方を知っている者はいないと言われた。ただ、南に行くサシバを追っていけば、どこか、南の島に着くだろうと言ったんじゃ。わしらはサシバが来るまで久米島で待っていたんじゃ。七月頃、琉球から明国に帰る大きな船が久米島にやって来た。乗っていた島尻大里(しまじりうふざとぅ)のサムレーから、島添大里グスクが八重瀬按司に奪われて、跡継ぎの二人の兄弟も姉も、家臣たちも皆、殺されたと聞いたんじゃ」
「サスカサさんは生き残りました」とササが言った。
「サスカサ‥‥‥おう、姉の長女じゃな。幼い頃からシジ(霊力)の高い娘じゃった。そうか、生き延びたのか」
「今はわたしの兄が島添大里按司で、兄の娘がサスカサさんの指導で、サスカサを継ぎました」と安須森ヌルが言った。
「そうか。今も無事なんじゃな?」
「今は山グスクヌルを務めています」
 タキドゥンはよかったというようにうなづいた。
「そして、サシバのあとを追って来たのですね?」とササが聞いた。
「そうじゃ。ミャークではなくて、イシャナギ島(石垣島)に来てしまったが、この島に落ち着いたんじゃよ」
「井戸を掘ったと聞きましたが、井戸を掘る事もできるのですか」
「わしらは毎年、半年以上もヤンバルの山の中で暮らしていたんじゃよ。近くに川があればいいが、川がない場合もある。そんな時は地下の水脈を探して井戸を掘るんじゃ。長年の感で、土地の様子を見れば、どこに水脈があるのかわかるようになったんじゃよ。お陰で、島人たちに神様扱いされて参ったがのう。この島の人たちはいい人たちばかりだったんで、この島に落ち着く事に決めたんじゃ」
「この石垣で囲まれたグスクは、どうして造ったのですか」
「ミャークを襲った倭寇(わこう)から守るためじゃよ。それぞれの屋敷を石垣で囲ったら、こうなってしまったんじゃ」
「井戸の向こう側の村(しま)はどうして石垣がないのですか」
「こっちが終わったら、向こうもやるつもりじゃった。しかし、ミャークの倭寇も全滅したと聞いて、やるのはやめたんじゃよ。この石垣は敵から守るのにはいいんじゃが、生活するにはまったく不便じゃ」
「確かに」とササたちは笑った。
「もし、敵が攻めて来たら、ニシバルの者たちはこっちに避難してくればいいんじゃよ。それにしても、サミガー大主の孫たちが、この島にやって来るとは驚いた。しかも、サミガー大主の倅と孫が、わしらの敵(かたき)の中山王を倒して、島添大里グスクも奪い返してくれたとはのう。まるで、夢でも見ているような気分じゃ。琉球を離れる時、サミガー大主に挨拶して行こうと思ったんじゃが、ウミンチュたちが武器を持って、サミガー大主の屋敷を守っていたんじゃよ。わしは船の上から別れを告げて、琉球を去ったんじゃ。十年後に再会した時はサミガー大主も驚いていた。わしは死んだものと思っていたらしい。南の島で生きていると知って喜んでくれた。わしは配下の若い者をサミガー大主のもとで修行させたんじゃ。そして、この島で、鮫皮(さみがー)作りを始めたんじゃよ」
登野城(とぅぬすく)の女按司も始めたと聞きましたが」
「わしが馬天浜まで連れて行ったんじゃよ」
 タキドゥンは急に思い出し笑いをして、
「苗代大親(なーしるうふや)という強い男がいたが、そなたたちの叔父さんか」と聞いた。
「はい。父の弟で、サムレーたちの総大将を務めています」
「そうか。ドゥナン島(与那国島)には行くのかね?」
「行くつもりですが」
 タキドゥンはまた笑って、
「ドゥナン島で驚く事が待っているじゃろう」と言った。
 苗代大親とドゥナン島に何の関係があるのか、さっぱりわからなかった。タキドゥンは笑ってばかりいて教えてくれなかった。
「この村にもツカサはいますか」とササは聞いた。
「わしの娘がツカサになったんじゃよ。ツカサの屋敷は按司の屋敷の向こう側じゃ」
 お礼を言って別れようとしたら、
「今晩、泊まっていかんかね。もう少し話を聞きたいんじゃ」とタキドゥンは言った。
 ササと安須森ヌルももっと話を聞きたいと思っていた。二人がミッチェを見ると、大丈夫よというようにうなづいた。
「喜んで、お世話になります」とササは言った。
 タキドゥンは嬉しそうな顔をして、奥さんを見た。奥さんも嬉しそうな顔をしていた。
 ツカサの屋敷に行くと、若ツカサのキリがいて、母はちょっと出掛けていると言った。ササたちはキリの案内で、この島で一番古いウタキ、マイヌオン(清明御嶽)に向かった。
 グスクから外に出るのも一苦労だった。他所の家の庭を通って行かなければならず、その度に、若ツカサは声を掛けられ、ササたちの事を説明していた。
 ようやく、若ヌルたちが待っている屋敷に着いて、一緒に外に出た。
 細い道を島の中央に向かって歩いた。所々に畑があって、野良仕事をしている島人たちが、ササたちがぞろぞろ行くのを何事かと驚いた顔をして見送っていた。
 集落もない荒れ地の中に、こんもりとした森があって、その中に古いウタキがあった。黒く光っている石の周りに白い石が囲ってあった。
 ササたちはお祈りをした。
「ウムトゥダギに、わたしを呼んでくれなかったのね」と神様は怒った口調だった。
 そんな事を言われても、あの時、ササも安須森ヌルもマイヌ姫の事は知らなかった。
「フフフ」と笑って、「冗談よ」と神様は言った。
スサノオの神様はこの島にも来てくれたのよ。ほんとに驚いたわ。一緒にお酒を飲んで、色々なお話を聞いたのよ。連れて来てくれて、ありがとう」
「いいえ」とササは言って、「マイヌ姫様ですね?」と聞いた。
「そうよ。わたしはメートゥリ姫の娘なの。母に言われて、この島にやって来たのよ。この島にはメートゥリの人たちが住んでいるから琉球の言葉を教えなさいって言われて来たんだけど、実際に来てみたらメートゥリの人たちが北の方に住んでいて、クバントゥの人たちが東の方に住んでいたのよ。わたしはこの黒い岩を見つけて、この岩がこの島の中心だってわかったわ。神様は必ず、この岩に降りて来るに違いないと思ってウタキを造って、その隣りに小屋を建てて暮らし始めたのよ」
「神様は降りていらしたのですか」とササは聞いた。
「なかなか降りて来なかったのよ。百日目になって、ようやく神様はいらっしゃったわ。でも、クバントゥの神様だったの。クバントゥの神様は、東の村で女の子が木の実を喉に詰まらせて死にそうだから助けてあげなさいって言ったのよ。そんな事を言われても、わたしには助ける自信なんて全然なかったわ。神様の言う通りにすれば助かるって言うので、わたしはクバントゥの人たちが住む村に行ったの。言葉が通じなくて参ったわ。それでも、神様の言う通りにしたら、娘は助かったのよ。その娘のお兄さんが素敵な人だったの。運命の出会いね。わたしはその人と結ばれて、クバントゥの言葉を覚えて、琉球の言葉を教えたの。わたしが亡くなる頃には、メートゥリの人たちもクバントゥの人たちも琉球の言葉を話すようになって交流も始まって、このウタキの周りに人々も集まって来て、大きな村ができたのよ」
「今はないという事は津波にやられたのですか」と安須森ヌルが聞いた。
「そうなのよ。およそ三百年前に大きな津波が来て、村は全滅してしまったのよ。見ればわかる通り、この島には高い所なんてないわ。逃げる場所は海しかないのよ」
「海に逃げるのですか」とササは不思議に思って聞いた。
「その時、たまたま美崎(みしゃし)の浜にいたツカサが舟の乗って逃げて助かったのよ。舟に乗って逃げた人たちが全員、助かったわけじゃないけど、助かる事もあるので、今は海辺の近くに村があるのよ」
「その津波のあと、このウタキは大丈夫だったのですか」
「その黒い石はこの島の中心なのよ。大きな岩の上の部分が顔を出しているの。何があっても動く事はないのよ」
「それで、再建する事ができたのですね」
「あら、ユンヌ姫様がいらっしゃったわ」とマイヌ姫が言った。
「ただいま」とユンヌ姫の声がした。
「どこにいたの?」とササがユンヌ姫に聞いた。
「お祖父(じい)様(スサノオ)を送って行ったのよ」
琉球まで?」
「そうよ。お祖父様のお陰で、迷う事なく戻って来られたわ」
スサノオの神様は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。久米島に行って、ウムトゥ姫様の事をクミ姫様に話してやっていたわ」
「そう。よかったわ。ねえ、琉球は異常ないわね?」
「特に変わった事はないわ。ヂャンサンフォンと山グスクヌルが三姉妹の船に乗って、ムラカ(マラッカ)に行くらしいわ」
「えっ、お師匠がムラカに? どうして、ムラカに行くの?」
「海賊の取り締まりが厳しくなってきたので、三姉妹は本拠地をムラカに移すらしいわ。来年、冊封使(さっぷーし)が来るから、ヂャンサンフォンが琉球にいると無理やり永楽帝(えいらくてい)のもとへ送られてしまうので、一緒にムラカに行くらしいわよ」
 ササは安須森ヌル、シンシン、ナナと顔を見合わせて、溜め息をついた。帰った時にヂャンサンフォンがいないなんて、あまりにも寂しすぎた。
「あたしたちが会いに行けばいいのよ」とシンシンは言った。
「そうね」とササは力なく笑った。
 マイヌ姫がユンヌ姫から、神様の道の事を聞いていたので、ササたちはお祈りを終えて新里村に帰った。
 ウリカーの周りに女たちが集まっていて賑やかだった。ミッチェが何かあるのかと聞くと、ササたちの歓迎の宴が始まるという。ササたちはグスク内にある広い広場に案内された。女たちがお酒や料理を運んでいて、タキドゥンが嬉しそうな顔をして、ササたちを迎えた。