長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-74.刺客の襲撃(改訂決定稿)

 奥間(うくま)から今帰仁(なきじん)に帰って来たンマムイ(兼グスク按司)は、山北王(さんほくおう)(攀安知)に付き合って早朝の弓矢の稽古をしたり、湧川大主(わくがーうふぬし)と少林拳(シャオリンけん)の稽古をしたり、遊女屋(じゅりぬやー)に繰り出して騒いだり、『天使館』に行って海賊たちと酒を飲んだりと相変わらずフラフラしていた。
 妻のマハニは仲良しだったマカーミと一緒に過ごす事が多かった。お互いに四人の子供がいて、子供たちも仲よく遊んでいた。驚いた事に、マカーミの夫は、山北王の前でンマムイが剣術の試合をしたジルーと呼ばれていた諸喜田大主(しくーじゃうふぬし)だった。本部(むとぅぶ)のテーラー(瀬底之子)がいない今、山北王にもっとも信頼されているのが諸喜田大主だった。
 帰る前夜、今帰仁グスクの二の曲輪(くるわ)の屋敷で送別の宴(うたげ)が開かれて、マハニは母や叔母、兄弟姉妹との別れを惜しんだ。ンマムイも妹たちとの別れを惜しみ、山北王からは、山南王(さんなんおう)(汪応祖)と同盟するに当たっての条件を書いた書状をもらっていた。
 七月十日、二十日余り滞在した今帰仁をあとにして、ンマムイたちは帰路についた。マミンはアタグ(愛宕)が背負っていた籠(かご)が気に入って、サムレーたちが代わる代わるマミンを乗せた籠を背負っていた。
 その日は本部までの、のんびりした旅だった。正午(ひる)前に着いたので海に入って遊んだ。
「ウクに会ったわ」と遊んでいる子供たちを眺めながらマハニはテーラーに言った。
「なに、会ったのか」
テーラーの事を心配していたわよ。迷惑を掛けてしまって申し訳ないって謝っていたわ。あたしと同い年で、可愛い女の子が一人いたわ。本当の名前はマーイ(鞠)だって言っていた。奥間から来たからウクってハーン兄さんが名付けたらしいわ」
「マーイか。可愛い名前だな」
「話をしたのはほんの少しだったけど、あなたが惚れたのもわかるような気がしたわ。こそこそ会っていないで、ハーン兄さんにウクを下さいって言ったら」
「そんな事を言ったら、謹慎だけでは済まなくなる」
 テーラーは情けない顔をして笑った。
テーラーの夢は何なの?」とマハニは聞いた。
「俺の夢か‥‥‥」とテーラーは目を細めて海の遠くの方を見つめた。
「ハーン兄さんの夢は琉球を統一する事だって言っていたわ。山北王じゃなくって、琉球王になるんですって。でも、今すぐじゃないらしいの。中山王(ちゅうざんおう)の都、首里(すい)はまだできたばかりで完成していないわ。首里今帰仁よりも立派な都になったら、奪い取って首里に移るって言ったわ。十年近く先になるかもしれないけど、今は中山王の都造りを見ている。そして、奄美の島々をすべて支配下に置くって言っていたわ」
琉球の統一か。ハーンが琉球の王様(うしゅがなしめー)になるんだな。俺の夢はそんな琉球を見る事かもしれない」
「ハーン兄さんにはテーラーが必要だわ。ハーン兄さんを助けてね」
 テーラーはマハニを見つめて、うなづいた。
「今度はいつ会えるかな」とテーラーは聞いた。
「十年先に、ハーン兄さんが首里を攻めた時かしら」
「十年後か‥‥‥そんな事を言わずに、また来てくれよ」
「そうね。来られたら来るわ。お船に乗ったらすぐですものね」
 その夜はテーラーの屋敷に泊めてもらい、次の日、名護(なぐ)に向かった。
 綺麗な砂浜で遊びながらの、のんびりした旅だった。名護では湧川大主の側室、マチのお世話になった。前回、来た時も泊めてもらい、帰る時にも必ず寄ってねと言われていた。マチは気さくな女で、近所の者たちが気軽に出入りしていた。ンマムイたちも気兼ねなく、ゆっくりする事ができた。
 名護から先は山の中に入ったり海岸沿いを歩いたりと険しい道が続いた。今帰仁合戦の時、大勢の兵が往復したため、自然と広い道ができたが、あれから二十年近くが経って、歩く者がいないので、道は草で覆われてしまって、まったくわからない所もあった。
「道に迷ったようじゃのう」とヤタルー師匠(阿蘇弥太郎)が辺りを見回しながら言った。
「高い所に登って海が見えれば、海を右手に見ながら進めばいい」とンマムイは言った。
 ンマムイが周りを見回して、左前方に見える山を指さし、「あそこに登ろう」と言った時、弓矢が飛んで来る鋭い音がした。
「危ない!」と言って、ヤタルー師匠が刀を抜いて矢をはじき飛ばした。
 ンマムイは刀の柄(つか)をつかんで、矢が飛んで来た方を見つめて耳を澄ました。
「子供たちを守れ!」とンマムイがサムレーたちに叫んだ。
 サムレーたちはマハニと子供たちを囲んで、敵の動きを探っていた。
 第二矢が飛んで来た。ンマムイが刀ではじき飛ばした。
 あちこちから悲鳴やうめき声が聞こえて来た。草の茂みの中から敵が現れた。ンマムイを目掛けて斬り付けて来た。見た事もない男だった。
 ンマムイは敵の刀をかわして、一刀のもとに敵を倒した。ヤタルー師匠が敵のとどめを刺した。
 子供たちの方に敵が現れたが、すでに血だらけになって倒れ、そのまま動かなくなった。
 侍女が悲鳴を上げた。サムレーが血だらけの敵のとどめを刺した。
「わしらの味方がいるようじゃ」とヤタルー師匠が言った。
 山北王が妹を守るために護衛の兵を付けてくれたのかとンマムイは思った。それとも、マチが曲者(くせもの)に気づいて湧川大主に知らせたのか。しかし、誰が襲って来たのか見当もつかなかった。
 辺りが急に静かになった。
「おい、みんな、無事か」と言って、草の中から出て来たのはウニタキ(三星大親)だった。
「ウニタキ師兄(シージォン)、どうしてこんな所に?」とンマムイは驚いた顔でウニタキを見た。
「師兄が師弟(シーディ)を守るのは当然だろう」とウニタキは笑った。
「すると、師兄は俺たちをずっと守っていたのですか」
今帰仁で、お前たちがのんびりしているので待ちくたびれたぞ」
「俺にはわけがわかりません。どうして、師兄が俺たちを守るのか。そして、俺たちを襲ったのは一体、誰なんです?」
「お前を助けたのは、お前が師弟だからと言っただろう。そして、お前を襲ったのは山南王の刺客(しかく)だ」
「山南王? どうして、山南王が俺の返事も待たずに俺を殺そうとするのです。同盟が決まったら、あとは用無しだと殺されるかもしれないとは思っていましたが、まだ同盟も決まっていないのに、俺を殺したら同盟できなくなってしまいます」
「それはどうかな?」とウニタキはニヤッと笑った。
「山北王は山南王との同盟にあまり乗り気じゃなかっただろう」
「どうして、そんな事まで知っているのですか」
「山北王は今、奄美を攻めている。奄美が片付くまでは南部を攻める事はあるまい。それに、中山王はこれからお寺(うてぃら)をいくつも建てる。お寺を建てるにはヤンバル(琉球北部)の材木が必要だ。山北王は首里の城下造りの時、大量の材木を浮島(那覇)に送ってかなり稼いでいる。今回も稼がせてもらおうと思っているに違いない。お寺が完成するまでは首里を攻める事はあるまい」
「山北王は山南王に、首里を挟み撃ちにするのは山南王が南部を平定してからだと条件を付けました」
「そうか。山南王が南部を平定するのは難しい。時間稼ぎに、その条件を付けたのだろう」
「しかし、同盟はすると言っていました。なのに、どうして使者となった俺を殺すのです?」
「山南王が殺すのはお前だけではないんだよ」とウニタキは言って、マハニを見た。
 マハニもそばに来てウニタキの話を聞いていた。どうして、この人はハーン兄さんの考えを知っているのだろうとマハニは不思議に思っていた。首里に『油屋』がいるように、今帰仁にもこの人の配下の者たちがいるのかしら。
「まさか。マハニまで殺そうとしたのか」とンマムイはウニタキに聞いた。
「子供たちもだ」とウニタキは答えた。
「何という事を‥‥‥」
 マハニは真っ青な顔をして、子供たちの方を見た。何も知らない子供たちは侍女と花を摘んで遊んでいた。
「お前たちを始末したあと、お前たちがいつまで経っても帰って来ないので、山南王は山北王に連絡を取る。山北王はもうかなり前に帰ったという。山南王はお前たちの足取りを追って、ここまで来てお前たちの死体を見つけて、中山王に殺されたと山北王に知らせる。山北王は妹を殺された事で頭にきて、山南王と同盟して戦の準備を始め、中山王を挟み撃ちにするという筋書きだ」
「何という事を‥‥‥」とンマムイはまた同じ事を言って、マハニと顔を見合わせた。
「しかし、中山王の仕業だとはわからないでしょう」
「山南王の事だ。何か証拠になる物を残すつもりだったのかもしれん。しかし、そんな物は必要ないだろう。山北王はお前が今帰仁に行く前、島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)を訪ねている事は知っているはずだ。お前が同盟の使者になった事を知って、中山王は同盟を阻止するためにお前たちを殺したと考えるに違いない」
「何という奴だ。でも、俺たちを襲ったのが山南王の仕業だという証拠はあったのですか」
「残念ながら、身元がわかる物は何も持っていなかった」と言って、ウニタキは小さな紙切れを見せた。
「そいつが何だかわかるか」
 ンマムイは記号のような物が並んで書いてある紙切れを見て、「何かの暗号ですか」と聞いた。
「わからん。刺客の首領らしき男が持っていた。山南王の所で、こんな記号を見た事はないか」
 ンマムイは首を傾げたが、急に何かを思い出したような顔をした。
「山南王の所ではなく、浦添(うらしい)グスクで見ました」
「何だって?」
「親父の側室だったアミーです。アミーがそんな紙切れを持っていて、俺が何だと聞いたら、ただのいたずら書きよと言いました」
「アミーがこれを持っていたのか」
「書いてある記号は違いますが、似たような記号が並んでいました」
「そうか。アミーは刺客だった。刺客同士の連絡に、この記号が使われているのかもしれんな」
 ウニタキはンマムイを見て笑うと、「お前は兼(かに)グスク按司になったあとも、浦添の御内原(うーちばる)に出入りしていたのか」と聞いた。
「ナーサも怒るのを諦めたようです。それに、御内原の女たちは外に出られませんからね、俺が持って行ったお土産や、俺が話す外の出来事の事を楽しそうに聞いていました。俺がアミーと会ったのは、親父が亡くなった前の年の『ハーリー』でした。また新しい側室を迎えたなと思って、そのあと、アミーに会いに行ったのです。その時、アミーがそんな紙切れを見ていたのです。俺はアミーの言葉を信じて、別に気にも止めませんでした」
「お前が物覚えがいいというのは前から思っていたが、そんな些細な事をよく覚えていたな。お礼を言うよ」
「俺を殺そうとしたのは、親父を殺したアミーの仲間だったのですね。アミーが親父を殺したと聞いた時、とても信じられなかった。あのアミーが刺客で、山南王がそれを命じたなんて‥‥‥」
「山南王の親父は目的のためには手段を選ばない男だった。恐ろしい男だったよ」
「俺のお袋の父親ですね。親父も恐れていたようです」
「山南王にもその父親の血が流れているんだよ」
 山の中から男たちがぞろぞろと現れた。
「始末したか」とウニタキが男たちに聞くと、一人の男が、「すべて、谷底に落としました」と言った。
 ンマムイに斬り付けた敵も子供たちの前で倒れた敵もいつの間にか消えていた。
「二度目の襲撃があるかもしれん。油断はするな」とウニタキが言うと、男たちは返事をして消えていった。
 さっきの男たちとは違う猟師の格好をした男が現れた。
「奥間の者で、キンタという。山道に詳しいから一緒に連れて行け」とウニタキはンマムイに言った。
「奥間の者?」とンマムイはキンタを見た。
 ンマムイと同年配のがっしりした体格の男だった。
 キンタは奥間大親(ヤキチ)の息子で、奥間之子(うくまぬしぃ)を名乗って、ヤキチの跡継ぎになっていた。今回、ンマムイを守るために、ウニタキと一緒に配下の者たちを率いてやって来ていた。
「奥間でナーサと会いました」とンマムイはウニタキに言った。
「なに、ナーサは里帰りしていたのか」
「何もかもナーサから聞きました」
「そうか‥‥‥こんな所で立ち話もなんだ。どこか、景色のいい所で休もう」
 キンタの案内で道なき道を進んで、しばらく行くと青い海が見える高台に出た。一行は一休みした。
「師兄がウニョン姉さんの夫だったのですね」とンマムイは海を眺めながら言った。
 ウニタキはうなづいた。
「師兄は俺の義兄だったのですね。どうして黙っていたのです?」
「お前が敵だか味方だかわからないからだよ。ウニョンからお前の事は何度か聞いていた。子供の頃から変わっていたようだな。浜川大親(はまかーうふや)だった頃、俺は何度も浦添グスクに行ったが、お前に会ったという記憶がないんだ。どうしてだろう」
今帰仁合戦の前は宇座(うーじゃ)の牧場にいましたし、今帰仁合戦のあとは祖父が首里天閣(すいてぃんかく)を造っていたので、首里にいる事が多かったのです。浦添グスクにいたとしても御内原の女たちの所で遊んでいました」
浦添グスクの御内原には美人(ちゅらー)がいっぱいいたらしいな」
「祖父の側室、親父の側室、それに侍女たちも皆、美人揃いでした。その中でもナーサは特別でしたよ」
「お前もナーサを抱いたのか」とウニタキが聞くと、ンマムイはポカンとした顔になった。
 子供たちと一緒におにぎりを食べているマハニを見てから、「妻には絶対に内緒です」と言った。
「ナーサは美人ですけど年齢(とし)が離れすぎています。実は朝鮮(チョソン)に連れて帰ったサントゥクといい仲になったんです。浦添グスクが焼け落ちた時に亡くなったと思っていたので、船の中で出会った時は驚きました。御内原に来た時、こんなに可愛い娘がこの世にいるのかと思いましたよ。苦労したとみえて随分とやつれていました」
「親父の側室を奪ったのか」とウニタキは笑った。
「しかし、ウニョン姉さんがナーサの娘だったなんて驚きましたよ」
「お前の親父もナーサの魅力には勝てなかったんだよ」
 ンマムイは真面目な顔でうなづいてから、「『望月党』の事も聞きました」と言った。
「ナーサのお陰で、ウニョンと娘の敵討(かたきう)ちができたんだ」
「『望月党』を倒すには、『望月党』と同じような裏の組織を作らなければなりません。師兄は島添大里按司のために裏の組織を作ったのですね」
「とうとう俺の正体を知ってしまったようだな。その事もナーサから聞いたのか」
「いえ、ナーサから聞いたのは、姉の夫が生きていて、それが師兄だという事と、師兄が見事に敵を討ったという事だけです。裏の組織の事は教えてくれませんでした。でも、俺を守るために師兄が現れたのを見て、何もかもわかったのです」
「妻と娘を殺されて、俺はサハチを頼って佐敷に逃げた。敵を討たなければならないと思いながらも、たった一人で『望月党』を相手に戦うのは無理だった。俺は毎日ずっと妻と娘の事を思いながら、海を眺めていたんだ。敵討ちを諦めて、俺も死のうと決心した時、馬天(ばてぃん)ヌルが現れて、『やるべき事をしなさい』と言ったんだ。俺は毎日考えた。俺がやるべき事は何だってな。ある日、星を見上げていて、ようやくわかったんだ。サハチのために裏の組織を作って、サハチを助けようってな‥‥‥『望月党』に負けない組織ができれば、いつか必ず、敵を討つ時がやってくるに違いないって思ったんだ。それから十三年後、その時はやって来た。俺は見事に敵を討ったのさ」
「佐敷の小さな按司だった島添大里按司が、今のようになったのは、師兄の裏での活躍があったからなんですね」
「俺の力だけじゃない。王様(うしゅがなしめー)は密かに兵を育てていたし、ヒューガ(日向大親)殿は海賊になって敵地を荒らし回っていた。みんながサハチのためにやるべき事をやっていたんだよ」
「サハチ師兄のためにですか‥‥‥」
「俺はここで消える。お前が無事に帰るまでは見守っている。お前も油断をするなよ」
「ちょっと待って下さい。無事に帰ったとして、俺はこれからどうすればいいのです?」
「山の中で何者かの襲撃に遭ったが、無事に乗り越えたと言って、山南王と会って同盟の話を進めればいい」
「俺たちを殺そうとした山南王に会うのですか」
「奴の驚く顔でも見て、今後の事を考えるんだな。ただ、お前の奥さんの命は危険なままだぞ。阿波根(あーぐん)グスクに刺客を入れてお前たちを殺し、中山王の仕業にするかもしれんからな」
 そう言うとウニタキは山の中に消えていった。
 マハニが来て、「あの人がウニョン姉さんの夫だった人なのね?」と聞いた。
 ンマムイはウニタキが消えた山の中を見つめながらうなづいた。
「これからあたしたちどうなるの? 南部に帰ったら危険だわ。今帰仁に戻った方がいいんじゃないの」
「なに、今帰仁に戻るのか」
「島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクと阿波根グスクは近すぎるわ。不安で眠る事もできないわよ」
「ウニタキ師兄は、お前の命は阿波根グスクに帰ってからも狙われるだろうと言っていた。お前たちはしばらく今帰仁にいた方がいいかもしれんな。どうせ、俺は山南王の返事を持って、もう一度、今帰仁に行く事になるだろう。その時、今後の事を考えよう」
 マハニはうなづいたが、「山南王に襲撃された事は兄に話した方がいいの?」と聞いた。
「話せば、山北王は同盟を中止にするだろう。そうなると山南王は窮地に陥る事になる。何をするかわからん。俺が戻って来るまでは、襲撃の事は伏せておいてくれ」
「あたしが伏せても子供たちがしゃべるわ」
「子供たちには猟師(やまんちゅ)たちが山で喧嘩をしていた事にしておけ」
 マハニはうなづいた。
 ンマムイはキンタにわけを話して、名護に引き返した。キンタの案内で、近道を通って、日暮れ前には今帰仁に着いた。近いうちにまた来るので、それまで妻と子を預かってくれと山北王に頼んで、次の日、ンマムイはヤタルー師匠とキンタだけを連れて南部へと向かった。
 その夜は恩納岳(うんなだき)の木地屋(きじやー)の親方、タキチの屋敷に泊まった。タキチの話だと、今年の正月にはササたちが来て、その前には馬天ヌルも来たという。ナーサが島添大里按司を助けているように、奥間の者たちは皆、島添大里按司を助けているような気がした。
 次の日には首里の城下に着いた。グスクに行く事はなく、一徹平郎(いってつへいろう)の屋敷に泊めてもらい、翌日には阿波根グスクに帰り、山北王の書状を持って島尻大里グスクに山南王を訪ねた。
 山南王は平静を装っていたが、心の動揺は隠せなかった。目の前にいるンマムイを見ながらも、どうして生きているのか理解ができなかった。
 ンマムイは山北王の書状を見せた。
 山南王は書状を読むと、「思っていた通りじゃな」と静かな声で言った。
「そなたの妻は初めての里帰りに、さぞ喜んだ事じゃろう」
「はい。皆が妻を歓迎してくれました。山北王から山南王の返事を持って来いと言われましたので、妻と子は今帰仁に預けてきました」
「なに、向こうに置いてきたのか」と山南王は少し驚いたような顔をしてから笑って、「そうじゃな、それがいい」とうなづいた。
 妻と子がいなかったので、襲撃は中止したんだなと山南王は納得していた。
「そなたに何度も行かせるのも申し訳ない。婚礼の日にちなども詳しく決めて、そなたにもう一度行ってもらおう。返事の書状ができるまで、旅の疲れを取って、ゆっくりしていてくれ」
 ンマムイはうなづいて、山南王と別れた。

 

 

 

 

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2-73.奥間の出会い(改訂決定稿)

 本部(むとぅぶ)から今帰仁(なきじん)に帰った二日後、ンマムイ(兼グスク按司)はヤタルー師匠(阿蘇弥太郎)を連れて、アタグ(愛宕)の案内で国頭(くんじゃん)グスクに向かった。遠いので子供たちを連れて行くのは無理だった。国頭按司の妻はマハニの叔母で、マハニからの贈り物を届けるためにンマムイは出掛けて行った。
 塩屋湾まで馬で行き、アタグの知り合いのウミンチュ(漁師)の小舟(さぶに)で塩屋湾を渡り、山道を歩いて国頭グスクに向かった。山中には見た事もないような太い大木が何本も生えていた。アタグが言うには百年以上は生きている木だという。
「木と言えども百年以上も生きていると神々しいものじゃ」と言って、アタグは両手を合わせた。
 確かに神々しさが感じられた。太い木を見上げながら、名護按司(なぐあじ)が国頭には材木があると言った事をンマムイは思い出していた。
 山裾に城下の村があって、山の上に国頭グスクはあった。グスクの裏を流れる屋嘉比川(やはびが-)(田嘉里川)の河口に港があって、材木を運ぶ大きな船が三隻泊まっていた。屋嘉比川を下って来たと思われる太い丸太も浮かんでいた。
 山の上のグスクで国頭按司夫婦と会って、挨拶をしてマハニの贈り物を渡したが、叔母はマハニを懐かしがる様子はなかった。マハニが生まれた時、叔母はすでに国頭に嫁いでいて、何度か里帰りはしても、マハニの事はよく覚えていなかった。マハニの事よりも山北王(さんほくおう)(攀安知)の側室になった長女のクン(紺)の事を心配して、クンは元気かとンマムイに聞いた。
 ンマムイはクンと会ってはいなかった。その事を告げると叔母は、この役立たずめがと言った顔付きでンマムイを見た。
「お客人が山北王の妹の夫だとしても、山北王の側室には会えまい」と国頭按司が妻に言った。
「そうかもしれませんが、クンの娘のマサキ(真崎)はもう十六です。そろそろお嫁に行く時期なのに、その話が一向にないのが心配です」
「山北王の娘が嫁ぐ先は決まっている。ここか羽地(はにじ)か名護しかない。残念ながら、それらの若按司たちはすでに妻を娶っている。次男や三男でも仕方あるまい」
 そう妻に言ってから国頭按司はンマムイを見て、「わしたちの娘のクンは山北王の奥方になるはずだったんじゃよ」と言った。
「若按司だった頃の山北王は馬を乗り回してあちこちに出掛け、国頭にも来たんじゃ。偶然の出会いでクンと出会い、お互いに好きになった。クンと出会ってからは若按司は度々やって来た。その年の五月、若按司は弟と一緒にヤマトゥ(日本)旅に出掛けたんじゃ。そなたも一緒だったのう」
 国頭按司がアタグを見ると、アタグはうなづいて、「博多まで行って来たんじゃよ」と言った。
「京都まで行きたかったんじゃが、南北朝の戦(いくさ)が終わったばかりの頃で、京都に行くのはまだ危険だったんじゃ」
「若按司がヤマトゥ旅から帰って来たら婚礼の話があるだろうと思っていたら、山北王(珉)が中山王(ちゅうさんおう)(察度)と同盟をして、若按司の嫁は浦添(うらしい)から迎えると聞いた。クンは悲しんだよ。わしらは知らなかったが、若按司浦添の嫁を迎えてからもクンと会っていたらしい。若按司が嫁をもらってから一年後、山北王が急死した。跡を継いで山北王となった若按司はクンを迎えに来た。山北王は浦添の嫁は人質にすぎん。本当の嫁はクンだと言って、今帰仁に連れて行ったんじゃ。今帰仁に行って三か月後、クンは女の子を産んだ。長女のマサキじゃ。その後、クンは跡継ぎである長男のミン(珉)も産んでいるんじゃよ」
 国頭按司はンマムイを引き留める事もなく、ンマムイは国頭グスクをあとにした。
「城下に湧川大主(わくがーうふぬし)殿の側室のクルキの屋敷があるが、今晩はそこのお世話になりますかな」とアタグが言った。
 ンマムイは少し考えて、「奥間(うくま)はこの近くじゃないのですか」とアタグに聞いた。
「一山越えた向こうですが、奥間に知り合いでもいらっしゃるのですか」
「知り合いというほどでもないが、若い頃に旅をした時、歓迎されたのです」
「一夜妻(いちやづま)ですな」とアタグは笑った。
「わしも琉球に来て、あちこち歩いた時、奥間に行って一夜妻のお世話になっている。今帰仁に落ち着いてからも何度か行っているんじゃよ。日が暮れる前には着くじゃろう。行ってみましょう」
 ンマムイがヤタルー師匠を見ると、ヤタルー師匠は笑いながらうなづいた。
 グスクの裏を流れる屋嘉比川を渡し舟で渡り、細い山道を通って山を越え、比地川(ふぃじがー)を渡し舟で渡ると奥間だった。
「懐かしいのう」と景色を眺めながらアタグが言った。
「今の山北王がまだ本部にいた頃、ここに連れて来た事があった。若かった山北王は一夜妻として出会った娘に惚れてしまい、何度かここに通ったんじゃよ。しかし、何度目かの時、国頭の城下でクンと出会った。その後は、クンに夢中になって、ここには来なくなった。わしが前回来たのも十年以上は経っているのう」
 以前に感じた、のどかな村という印象は変わっていなかった。どこかに見張りでもいたのか、長老の屋敷に行くと、長老たちが出迎えてくれた。
「アタグ殿、お久し振りです」と長老は笑った。
「山北王の妹殿が家族を連れて里帰りをしております。妹殿の婿殿を連れて国頭まで挨拶に行ったのですが、昔、奥間の長老殿にお世話になったと聞いて連れて参りました」
「妹殿の婿殿といいますと兼(かに)グスク按司殿ですね」と長老はンマムイの事は知っていたが、昔に来た事は覚えていなかった。
「その頃はまだ親父が健在でしたから、わしはここにいなかったのかもしれませんな」
「わたしは覚えておりますよ」と奥間ヌルが言った。
 奥間ヌルは妖艶な美人だった。年齢は三十前後に見えるが、実際はもっと年上のような気がした。
「当時はンマムイと名乗っておりました。その時もヤタルー師匠様と御一緒にいらして、一月近く滞在しておりました」
「シナは元気ですか」とンマムイは当時、一月近く一緒に暮らした娘の事を聞いた。
 奥間ヌルは首を振った。
「シナは亡くなりました」
「えっ!」とンマムイは驚いた顔で奥間ヌルを見つめた。
「あなたが来た年の暮れ、シナは山南王(さんなんおう)(承察度)に贈る側室の侍女となって島尻大里(しまじりうふざとぅ)に行きました。ところが翌年、山南王は中山王(武寧)と島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)(汪英紫)に攻められて、噂では朝鮮(チョソン)に逃げたようです。シナも一緒に逃げたようで、あのあと行方がわかりません。朝鮮で生きているかもしれませんが、わたしたちは亡くなったものと考えております」
「そうだったのですか‥‥‥」
 山南王が朝鮮に逃げたのは、ンマムイとマハニの婚礼があった年だった。ンマムイは知らなかったが、その婚礼の最中、山南王は父の側室の高麗(こーれー)美人を盗んでいた。父は怒って、山南王を攻めたのだった。その時、シナが山南王の近くにいたなんて、まったく知らない事だった。
 シナはいなかったが、ンマムイたちは歓迎された。長老の孫が三人と奥間ヌルの娘が縁側で遊んでいた。名前を聞いて驚いた。長男がサハチ、長女がマチルギ、次男がクタルーだった。サハチとマチルギという名が気になった。島添大里按司夫婦の名前だった。単なる偶然なのだろうか。
 奥間ヌルの娘の名はミワだった。ヌルというのは必ず跡継ぎの娘を産むのだろうか。馬天ヌルも佐敷ヌルも娘を産んでいる。馬天ヌルの夫はヒューガ(日向大親)で、佐敷ヌルの夫はシンゴ(早田新五郎)、奥間ヌルの夫もヤマトゥンチュ(日本人)なのだろうか。
「あなた、島添大里按司(サハチ)と一緒に朝鮮に行って来たわね」と奥間ヌルは言った。
「どうして知っているのです?」
「奥間の鍛冶屋(かんじゃー)は各地にいるわ。噂はすぐに奥間に伝わるのよ」
「成程」
「先代の中山王(武寧)の息子のあなたが、敵(かたき)である島添大里按司と一緒に行動している事に皆、不思議がっているわよ。どうしてなの?」
「どうしてなのか、自分でもわからないのです」
 奥間ヌルは楽しそうに笑った。
 その夜、ンマムイたちに新しい一夜妻が与えられた。皆、若くて可愛い娘たちだった。娘たちを相手に御馳走を食べ、酒を飲んでいるとナーサとマユミが現れた。
 ンマムイはもう少しで酒をこぼしてしまいそうになるほど驚いた。
「どうして、こんな所にいるのです?」とンマムイが聞くと、
「里帰りよ」とナーサは笑った。
「わたしの方が驚いたわよ。どうして、あなたが奥間にいるの?」
「妻の里帰りです。妻の用で国頭まで行ったので寄ってみたのです」
 ンマムイはアタグにナーサとマユミを紹介した。
首里(すい)の遊女屋(じゅりぬやー)の女将と遊女(じゅり)ですか。奥間は美人(ちゅらー)の産地と言われておりますからな、さぞや、美人揃いの遊女屋でしょうな。行ってみたいものです」
首里にいらした時は是非お寄り下さい。歓迎いたしますよ」とナーサは美しい笑顔でアタグに言った。
 ナーサの笑顔を見ながら、いつまで経っても若いナーサが不思議だった。ンマムイが生まれた時、ナーサは母親の侍女として、ンマムイの面倒を見てくれた。ンマムイが物心付いた頃には侍女の頭(かしら)として働いていた。その頃からナーサはあまり変わっていない。五十歳はとっくに過ぎているはずなのに、三十代と言ってもおかしくなかった。ヂャンサンフォン(張三豊)が仙人になって、五十代から変わらないように、ナーサもいつの間にか仙人になって、三十代から変わらないのだろうかとンマムイはたわいもない事を考えていた。
「何か用があって里帰りしたのですか」とンマムイが聞くとナーサは笑った。
「わたしももう年ですからね。足腰が達者なうちに里帰りをしたいと思いまして、毎年、今頃の暇の時期に来る事に決めたのですよ。母親は七十六になりました。若い頃、ずっと会えませんでしたからね。今になって親孝行をしているつもりなんですよ」
「母親が健在なのですか」
「あなたも親孝行した方がいいですよ」
 ンマムイの母親は八重瀬(えーじ)グスクにいた。浦添グスクが焼け落ちたあと、王妃だった母親は山南王ではなく、八重瀬按司を頼ったのだった。
 ンマムイの母親は先代の山南王(汪英紫)の長女で、その下に八重瀬按司のタブチ、八重瀬ヌルのマチ、山南王のシタルー、戦死した島添大里按司のヤフス、島尻大里ヌルのウミカナ、瀬長若按司(しながわかあじ)の妻のウミチルがいた。
 ンマムイの兄弟は、長女のウニョンが勝連按司(かちりんあじ)の三男の浜川大親(はまかーうふや)に嫁いだが山賊に襲われて亡くなっている。当時、ンマムイは十五歳で、浦添グスクに出入りしていた浜川大親と言葉を交わした事もあまりなく、浜川大親も姉と一緒に殺されてしまった。
 長男は中山王(武寧)の跡継ぎだったカニムイで、首里グスクを奪い返そうとして南風原(ふぇーばる)で戦死している。次男はンマムイで、ンマムイの下に山北王の妻になった次女のマアサがいて、その下に三男のイシムイがいる。イシムイは浦添グスクが焼け落ちたあと、どこかに隠れていて、久高島参詣(くだかじまさんけい)の中山王(思紹)を襲撃したが失敗して、今も行方知れずになっている。イシムイの下が浦添ヌルになった三女のマジニ、その下の四女のマナビーは勝連の若按司に嫁いだが、勝連按司と共に謎の死を遂げている。その下に四男のシナムイと五男のミジムイがいたが、二人とも浦添グスクが焼け落ちた時に殺されている。
 ンマムイの母が産んだのはウニョン、カニムイ、ンマムイ、イシムイの四人だった。ウニョンとカニムイは亡くなり、イシムイは行方知れずで、親孝行するのはンマムイしかいなかった。それなのに、浦添グスクが焼け落ちたあと、ンマムイは母に会ってはいなかった。山南王をはばかって八重瀬グスクに近づかなかったのだった。今回の旅から帰ったら、母親に会いに行こうとンマムイは決めた。
「ねえ、敵討(かたきう)ちは本当にやめたの?」とマユミがお酌をしながらンマムイに聞いた。
 ンマムイはマユミを見た。朝鮮から帰って来た時、首里の会同館(かいどうかん)で行なわれた帰国祝いの宴(うたげ)の時、島添大里按司の前にいたのがマユミだった。島添大里按司が宴席に出た時は必ず、あたしが相手をするのとその時、マユミが言っていたのをンマムイは思い出した。
「敵討ちか‥‥‥」と言ってンマムイはマユミの質問には答えず、「島添大里按司とは古い付き合いなのか」と聞いた。
「あたしが十六の時に一目惚れしたのよ」
「どこで会ったんだ?」
「ここよ」
「島添大里按司がここに来たのか」
「そう」
「その時、お前が一夜妻になったのか」
 マユミは残念そうな顔をして首を振った。
「あたしの願いはかなわなかったわ。縁がなかったのねと諦めて、あたしは側室として中グスクに行ったの。中グスクから海を眺めながら、退屈な日々を送っていたのよ。中グスクに行って二年近くが経った頃、島添大里按司様が中グスクを攻めて来たわ。中グスクは落城して、あたしは助けられて、島添大里按司様と運命の再会をしたのよ」
「運命の再会か」とンマムイは笑った。
「本当なんだから」とマユミはムキになって言った。
「でも、あたしは奥間に帰って来て、また退屈な日々を暮らすのよ。そんな時、女将さんがやって来て、あたしは一緒に首里に行って遊女になったのよ」
「今は楽しいのか」
「楽しいわ。これ以上は望めないもの」
「どうして? 島添大里按司の側室になればいいだろう」
「それは無理よ」
「島添大里按司の奥方様(うなじゃら)が怖いのか」
「マチルギ様ね。あの人は素敵な人よ。女として尊敬できる人よ」
「マチルギで思い出したが、長老の孫娘はどうしてマチルギって言う名前なんだ。それに息子はサハチだし、島添大里按司夫婦の名前だろう」
「あたしも詳しい事は知らないんだけど、サタルーの父親は旅の人で、母親はサタルーを産むとすぐに亡くなっちゃったみたい。サタルーは両親を知らずに、長老に育てられたのよ。若い頃、各地を旅して、島添大里按司夫婦にお世話になって、こんな両親がいたらいいって思ったんじゃないかしら」
「何か、信じられんな。何か隠しているんじゃないのか」
「ごめんなさいね」とナーサがやって来て謝った。
「あなたにずっと隠していた事があるんだけど、もう話しても大丈夫ね」
「ナーサも隠し事があったのか」
「あなたのお姉さんのウニョンだけど、本当の母親はわたしだったのよ」
「えっ!」とンマムイは驚いて、ナーサを見つめた。
 ウニョンは実の姉だと信じていた。しかし、ようやく一つの疑問が解決したような気がした。ウニョンは弟のンマムイから見ても美しかった。決して美人とは言えない母からあんな美人が産まれるなんて信じられなかった。それでも、父親の母親は高麗美人だったというから、祖母の血が濃いのだろうと納得していた。本当の母親がナーサだったら文句なく納得する事ができた。
「あなたのお父さんはわたしが妊娠したと聞いて驚いたわ。お祖父さん(察度)に知られたら大変だと言って、あなたのお母さんのお父さん(汪英紫)に相談して、里帰りをして出産する事に決めたのよ。ウニョンは八重瀬グスクで生まれて、浦添に帰って、あなたのお母さんの娘として育てられたのよ」
「そうだったのですか」
 ウニョンがナーサの娘だと納得できたが、父親とナーサが関係あった事は納得しづらかった。
「もう一つ秘密があるのよ」とナーサは酒を一口飲んだあとに言った。
「あの時、ウニョンと娘は山賊に殺されたわ。でも、ウニョンの夫は何とか逃げ出して、今も生きているのよ」
「何ですって! 生きているのにどうして隠れているのです」
「隠れていなければ生きていけなかったからなのよ。ウニョンたちは山賊に殺された事になっているけど、本当は勝連按司に殺されたのよ。ウニョンの夫の浜川大親今帰仁合戦で活躍して、勝連に浜川大親ありと言われるほど、中山王(察度)から頼りにされていたわ。勝連按司は浜川大親按司の座を奪われるかもしれないと恐れて、浜川大親を殺したの。中山王に疑われないように山賊を装って、家族を皆殺しにしたのよ」
「ナーサがどうして、そんな事を知っているのです?」
「ウニョンが亡くなってから二か月後、勝連按司の娘が、あなたのお兄さんのもとに嫁いで来たわ。勝連から侍女を連れてね。その侍女たちがこそこそ話しているのを聞いてしまったのよ。ウニョンは『望月党』に殺されたと言っていたわ」
「望月党とは何です?」
「勝連按司が使っている裏の組織よ。その頃、わたしも何も知らなかったの。でも、娘が殺されたと聞いて、娘の敵(かたき)を討つために、わたしは色々と調べたのよ。そして、十二年後、生きていた浜川大親と出会ったわ。浜川大親にわたしが知っている事をすべて話して、あとの事は浜川大親に任せたの」
「浜川大親は敵を討つために隠れていたのですか」
「隠れていたというより別人になって、敵を討つ機会を待っていたのよ。一年後、浜川大親は『望月党』を壊滅させたわ。見事に家族の敵を討ったのよ」
「そんな事があったなんて、全然知りませんでした。姉が死んだと聞いた時、俺は悲しみましたが、義兄の事はよく知りませんでした。時々、親父と話をしているのを見た事がありましたが、その席に呼ばれる事もなく、あまり話をした事もありませんでした。義兄は今、何をしているのですか」
 ナーサは楽しそうに笑った。
「浜川大親の名前はウニタキよ」
「えっ!」とンマムイは口を開けたままナーサを見ていた。
「仲よく朝鮮まで行って来たでしょ。ウニタキがウニョンの夫だった男なのよ」
 ンマムイには何も言えなかった。師兄(シージォン)としてウニタキを敬ってきたが、義兄だったなんて、とても信じられなかった。
「ウニタキさんからウニョン姉さんの事なんて一言も聞いていません。ただ、ウニタキさんの母親は高麗人(こーれーんちゅ)だと言っていました。母親が生まれた開京(ケギョン)に行った時は感動していました。ウニョンの夫の母親が高麗人だったなんて知りませんでした」
「あなたのお父さんの母親も高麗人よ。浜川大親は三男だったけど、自分と同じ境遇だと知ってウニョンを嫁がせる事に決めたのよ。あなたのお父さんは浜川大親が亡くなったあと、惜しい男を失ったと何度も嘆いていたわ」
「義兄はどうして、島添大里按司に仕えているのですか」
「二人は恋敵だったらしいわ。二人ともマチルギさんに惚れたのよ。マチルギさんは島添大里按司を選んで、浜川大親はウニョンを選んだ。家族を殺された浜川大親は島添大里按司を頼ったのよ」
「恋敵を頼ったのですか」
「それだけではないでしょう。島添大里按司は人を引きつける不思議な力を持っているのよ」
「人を引きつける不思議な力ですか‥‥‥」
 ナーサもその不思議な力に引きつけられ、マユミも引きつけられている。ファイチ(懐機)やヂャンサンフォンもそうかもしれなかった。そして、自分もそうなのかもしれないとンマムイは思っていた。
 ナーサとマユミが帰ったあと、ンマムイは一夜妻と一夜を共に過ごして、翌朝、奥間を去った。
 去る時、長老とナーサとマユミは見送ってくれたが、奥間ヌルは姿を見せず、若殿と呼ばれている三人の子供たちの父親も姿を見せなかった。
「アタグ殿は若殿に会った事がありますか」と帰り道、ンマムイはアタグに聞いた。
「確か、サタルーという名前じゃ。先代の奥間ヌルに神様のお告げがあって、村の娘が産んだサタルーを先代の長老が預かって育てたと聞いている。わしが前回に来た時、サタルーは十二歳じゃった。やがては長老の娘を嫁に迎えて、長老のあとを継ぐと言っておった。あの三人の子供たちは長老の娘がサタルーに嫁いで生まれたんじゃろう」
「サタルーの父親は誰なんです?」
「『龍(りゅう)』じゃとみんなが言っていたが、実際は誰なのか、ほとんどの者は知らんのじゃないのか」
「『龍』ですか‥‥‥」
 今帰仁に帰ったンマムイはナーサが言った事をずっと考えていた。自分が知らない所で色々な事が起こっていた。そして、その中心にいるのは島添大里按司のような気がした。
 豊見(とぅゆみ)グスクで初めて会った時、大した男ではないと思った。『ハーリー』の帰りには殺されるに違いないと確信した。ところが、島添大里按司が連れていたのがヂャンサンフォンだと聞いて、ンマムイは敵討ちの事などすっかり忘れて、島添大里まで付いて行った。そして、島添大里按司を殺そうと思って、試合を申し込んで負けた。あの時、素直に負けを認めたのも、島添大里按司の人を引きつける不思議な力に引き寄せられたのかもしれなかった。その後は師兄と敬って、一緒に旅をした。楽しい旅だった。京都の高橋殿も島添大里按司の不思議な力に引き寄せられたのかもしれない。対馬の人たちは皆、島添大里按司を慕っていた。
 ンマムイはそろそろ自分が生きる道を決めなければならない時が来ているような気がしていた。

 

 

 

田嘉里 まるた 30度 1.8L

2-72.ヤンバルの夏(改訂決定稿)

 歓迎の宴(うたげ)で出たヤマトゥ(日本)酒はうまかった。京都の高橋殿の屋敷で飲んだ上等の酒と同じような気がするとンマムイ(兼グスク按司)は思った。酒も料理もうまかったが、緊張していたので、あまり酔う事もなかった。
 なぜ、緊張していたのかわからない。妻の実家には違いないが、山北王(さんほくおう)(攀安知)が何を考えているのかわからないせいかもしれなかった。宴の主役は妻のマハニで、みんなが妻の思い出話を語っては笑っていた。
 次の日、朝早く目覚めたンマムイは客殿を出ると散歩をした。さわやかな朝だった。南部よりも涼しいような気がした。三の曲輪(くるわ)の方から弓矢を射る音が聞こえたので行ってみた。御門(うじょう)の所で御門番に止められた。諦めて外曲輪(ふかくるわ)の方に行こうとしたら、「兼(かに)グスク殿」と誰かが呼んだ。振り返ると、昨夜の宴に出ていたサムレーがいた。名前は忘れたが、サムレー大将らしい。
「兼グスク殿がいらしたらお通しすようにと王様(うしゅがなしめー)から言われております。どうぞお入りください」
「王様が弓矢の稽古をなさっているのですか」
「毎朝の日課です」
 ンマムイはサムレーに従って三の曲輪に入った。中は思っていたよりもかなり広く、向こう側の石垣に沿って的場があり、山北王が一人で弓矢を射っていた。近くまで行って的を見ると、ほとんどが中央に当たっている。噂通り、武芸の腕はなかなかのようだ。
「やはり、来たか」と山北王は笑った。
「そなたの事をマアサ(王妃)とマジニ(浦添ヌル)に聞いたら、いつもフラフラしていて落ち着きのない男だと言っていたぞ。明国(みんこく)にも行って来たそうだな」
「妻には苦労の掛け通しでした」
「俺も明国に行ってみたかった。だが、親父があまりにも早く亡くなってしまって、行く事ができなくなったんだ。そなたも一汗かくか」
 ンマムイは首を振った。
「弓矢はあまり得意ではありません」
「得意は剣術だったな。よかったら腕前を披露してくれんか。ジルーを相手にな」
 ンマムイはうなづいて、ジルーと呼ばれたサムレーから木剣を受け取った。
 お互いに頭を下げて、木剣を構えた。サムレー大将らしく、かなりの腕を持っているが、ンマムイは勝てると思った。しかし、この場で勝っていいものか迷った。何も山北王に自分の実力を見せる必要もなかった。
 ンマムイは適当にあしらって、相手の勢いに押されて負けた事にした。
 山北王はンマムイがわざと負けた事に気づいたのか、ニヤリと笑って、「本部(むとぅぶ)に『テーラー』という男がいる」と言った。
「サムレー大将なんだが、ちょっと悪さをして、今は謹慎している。わしの幼馴染みだ。マハニもよく知っている。本部に行ったら会ってみろ。そなたといい勝負をするだろう」
 山北王と別れて客殿に戻ると、「朝早くからハーン兄さんと何をしていたの?」とマハニが聞いた。
 ンマムイは笑って、「弓矢の稽古さ」と言った。
 その日はアタグ(愛宕)の案内で、ンマムイたちは城下を見て回った。唐人(とーんちゅ)が住む一画には『天使館』と呼ばれる立派な屋敷があって、その屋敷の前が広場になっていて、鉄でできた檻(おり)の中に、見た事もない大きな獣(けもの)がいた。
「『虎(とぅら)』じゃよ」とアタグが説明した。
「唐人が持って来たんじゃ。子供の頃から人に育てられたので、それほど凶暴ではないというが、怒らせれば人を喰い殺すという」
 猫(まやー)を大きくしたような感じだが、口の中には鋭い牙があって、噛まれたら間違いなく死ぬだろう。
「贈られたのはいいが、かなりの大食らいで、王様も困っているようじゃ」
「何を食べるんですか」とンマムイが聞いた。
「肉なら何でも食べる。牛や馬(んま)、猪(やましし)や山羊(ひーじゃー)、フカ(鮫)やザン(ジュゴン)、何でも食べるんじゃが、その量が半端ではないそうじゃ」
 鳴き声も不気味で、子供たちは侍女たちの後ろに隠れながら目を丸くして虎を見ていた。
 グスクの裏側にも『志慶真(しじま)村』と呼ばれる城下があった。今帰仁(なきじん)合戦の時はこちらの城下も焼け落ちてしまったとマハニは言った。
 マハニは志慶真村の長老に歓迎された。長老は八十歳を過ぎた高齢だが、十歳以上は若く見え、元気だった。マハニの父が生きていた時、父は長老に様々な事を相談していたという。マハニは長老との再会を喜んでいた。
 長老と話し込んでいると女が現れて、縁側からマハニに声を掛けた。
「マカーミ」と叫んで、マハニは女の所に飛んで行った。
 マハニはマカーミとの再会を涙を流しながら喜び、「あたしと仲良しだったのよ」とンマムイに紹介した。
 マカーミは長老の孫で、同い年の従姉妹(いとこ)だった。十三歳の時、本部から今帰仁に移ったマハニは、長老が連れて来たマカーミと仲よくなった。浦添に嫁ぐ日まで、マカーミと一緒に過ごした日々は、マハニにとって宝物のように大切なものだった。
 マハニが嫁いだ翌年、マカーミは山北王の重臣の息子に嫁いで、四人の子供に恵まれ、今はグスクの表側の城下で暮らしている。長老からの知らせがあって、すぐに飛んで来たのだった。
 その夜は長老に引き留められて、志慶真村で歓迎の宴が開かれた。ンマムイは長老から今帰仁の歴史を興味深く聴いていた。
 次の日は運天泊(うんてぃんどぅまい)に行った。運天泊にはマハニの兄の湧川大主(わくがーうふぬし)と叔母の勢理客(じっちゃく)ヌルがいて、そろそろ明国から密貿易船が来るので、準備をしているという。子供たちを連れての旅なので、景色を眺めながらのんびりと歩いていた。二歳のマミンはアタグが背負った籠(かご)の中でキャッキャッと喜んでいた。
 運天泊は正面にある郡島(くーいじま)(屋我地島)との間に挟まれた大きな川のような所にあった。港には小さな舟はいくつもあるが、大きな船は泊まっていなかった。
 湧川大主の屋敷は港の近くにあり、大きくて立派な屋敷だった。その隣りに勢理客ヌルの屋敷があった。湧川大主は留守だったので、隣りに行って勢理客ヌルと会った。
「マハニなのね。よく帰って来たわねえ」
 勢理客ヌルはマハニを抱き寄せて、再会を喜んでいた。やがて、湧川大主も現れて、マハニとの再会を喜んだ。
 湧川大主は山北王と一つ違いの弟で、その下がマハニで、一番上に姉の今帰仁ヌルがいた。
「元気そうなので安心したぞ。子供たちも連れて来たのか。大変だっただろう」
 ンマムイたちは湧川大主の屋敷に上がった。広い屋敷の中には侍女が何人もいて、奥方様も女の子を連れて現れた。
「側室のハビーだ」と湧川大主は言った。
「あら、奥さんじゃないの?」とマハニが聞いた。
「俺の妻のミキは今帰仁にいる。羽地按司(はにじあじ)の娘なんだよ。子供は二人いるんだが病弱でな。ここの事はハビーに任せているんだ。中山王(ちゅうざんおう)から兄貴に贈られた側室なんだが、俺が横取りしたのさ。よく気が利く女で、俺も助かっている」
「ハーン兄さん(山北王)から横取りしたの?」とマハニは驚いた。
「今の中山王が中山王になった時、兄貴はお祝いに側室を贈ったんだ。そのお返しとしてやって来たのがハビーだ。俺が一目惚れをして、兄貴にくれって言ったら、わりとすんなりと俺にくれた。兄貴の好みじゃなかったようだ」
「そうなの。でも、ハーン兄さんはどうして、敵に側室を贈ったりしたの?」
「側室というのは王様の近くにいる。色々な情報が手に入るだろう」
「それはそうだけど、その情報を誰が今帰仁まで持って行くの?」
首里(すい)グスクにも『油屋』が出入りしているんだ。油屋がその情報を持って来るんだよ」
「へえ。ハーン兄さんも凄い事を考えるのね」とマハニは感心した。
 湧川大主は笑った。
「側室を送り込んで情報を得るのは兄貴が考えたわけじゃない。古くから行なわれている事だよ。油屋が探った所によると、中山王の側室には山北王が贈った側室だけでなく、山南王(さんなんおう)が贈った側室、米須按司(くみしあじ)が贈った側室、ヤマトゥの商人たちが贈った側室がいるそうだ。商人たちの側室はただの御機嫌取りだろうが、山南王、米須按司は何らかの情報を得るために送り込んだんだよ。中山王から贈られて来たので、兄貴は警戒して、おれにくれたのだろうが、ハビーは頭がいいので本当に助かっているよ」
「もし、ハビーが今帰仁グスクに入ったとして、中山王はどうやって、その情報を得るの?」
「旅人に扮して今帰仁に来るのか、それとも密かに誰かを城下に住まわせているのかはわからんが、中山王も今帰仁を探るために何らかの対策をしているはずだ」
「それじゃあ、ここにも中山王の配下の者が隠れているの?」
「それはわからん。荷揚げ人足(にんそく)たちの中には流れ者も多いからな。人足として住み着いているのかもしれん」
 湧川大主はンマムイを見ると、
「油屋から聞いたが、阿波根(あーぐん)グスクに武芸者たちを集めているそうだな。そして、明国の拳術も身に付けていると聞いたが、本当なのか」と聞いた。
 ンマムイがうなづくと、
「お手合わせ願いたい」と言って、湧川大主はさっさと庭に降りて行った。
 湧川大主の構えを見て、少林拳(シャオリンけん)だとすぐにわかった。湧川大主も明国に行って少林拳を身に付けたのだろうか。ンマムイも少林拳で相手をする事にした。思っていた以上に湧川大主は強かった。勝つ事もできたが、あえて引き分けという形で試合を終えた。
「噂以上だな」と湧川大主は笑った。
「驚きました。湧川殿が少林拳をやるとは思ってもいませんでした」
「明国の海賊に教わったんだよ。まもなく、来るだろう。紹介するよ」
 屋敷に上がると酒盛りが始まり、ヤタルー師匠(阿蘇弥太郎)も加わって武芸の話で盛り上がった。
 翌日の正午(ひる)過ぎ、海賊たちは三隻の船でやって来た。海賊の首領はリンジェンフォン(林剣峰)といい、福州を本拠地にしているという。今回、三隻の船を率いて来たのはリンジェンフォンの倅のリンジョンシェン(林正賢)だった。リンジョンシェンは何度も琉球に来ているとみえて、琉球の言葉がしゃべれた。年齢は三十前後で、ンマムイと同年配に見えた。
 『福州館』という海賊たちの宿泊施設で歓迎の宴が開かれ、ンマムイも招待された。三隻の船に乗って来た海賊たちは百人近くもいた。皆、一癖ありそうな顔付きで、海賊たちの接待を務めるのも大変な事だとンマムイは思った。
 大広間に集まった海賊たちは嬉しそうな顔をして料理を食べ、酒を飲んでいる。明国の言葉が飛び交い、まるで明国にいるようだった。今帰仁から呼んだのか、遊女(じゅり)らしい女たちも大勢参加していて、酒を注ぎ回っていた。
 ンマムイはヤタルー師匠、アタグ、湧川大主、リンジョンシェン、リンジョンシェンの補佐役のソンウェイ(松尾)と一緒に酒を飲んでいた。
鄭和(ジェンフォ)のお陰で、ヤマトゥの商品は高く売れます」とリンジョンシェンは言った。
鄭和の大船団が持ち帰った異国の商品が応天府(おうてんふ)(南京)には溢れています。鄭和の船に乗り込んだ商人たちは、明国の商品は勿論の事、ヤマトゥの商品も持って行きます。南蛮(なんばん)(東南アジア)や天竺(ティェンジュ)(インド)や大食(タージー)(アラビア)の国々でも、ヤマトゥの刀は大変喜ばれるそうで、今、ヤマトゥの刀の相場が上がっています。今回はなるべく多く、ヤマトゥの刀を持って帰りたいと思っています。よろしくお願いします」
「刀なら充分にあります。ご心配なさらずに」
 湧川大主はそう言って笑うと、「ヤタルー殿」と言ってヤタルー師匠を見た。
「ソンウェイ殿はヤマトゥンチュ(日本人)です。ヤマトゥ言葉が通じますよ」
 ヤタルーとソンウェイは驚いた顔をして顔を見合わせた。
「そなたは日本人ですか」とソンウェイはヤマトゥ言葉でヤタルーに聞いた。
阿蘇弥太郎と申します。名前の通り、九州の阿蘇の生まれです」
「そうでしたか。わしは五島の生まれです。松尾新三郎と申します」
「五島といえば、松浦党(まつらとう)ですかな」
 ソンウェイは笑ってうなづいた。
「五島の松浦党も毎年、今帰仁に来ているようですが、時期が合わないので会う事ができません。懐かしい顔もいると思うのですが残念です」
 ヤタルー師匠とソンウェイは改めて乾杯して、ヤマトゥ言葉で語り始めた。そこにアタグも加わった。湧川大主がリンジョンシェンと仕事の事を話し始めたので、ンマムイもヤマトゥ言葉で、ソンウェイに明国の事などを聞き、ンマムイが明国に行った事があると言うと話も弾んできた。その夜は遅くまで酒を飲みながら語り合っていた。
 翌日、勢理客ヌルはリンジョンシェンと数人の海賊を連れて、今帰仁に帰って行った。湧川大主とソンウェイは船から大量の荷物を降ろしていた。ンマムイたちは運天泊を離れて、羽地に向かった。
 羽地グスクで羽地按司と会って、城下にある湧川大主の側室、メイの屋敷にお世話になった。湧川大主は四人の側室を持っていて、運天泊、羽地、名護(なぐ)、国頭(くんじゃん)の各城下に置いているという。
 羽地按司は湧川大主の義父だが、マハニから見れば大叔父の息子で、特に近い親戚でもなく、今帰仁にいた頃、何度か挨拶をした程度の間柄だった。羽地グスクに行っても形だけの挨拶をして、あとは城下を散策した。
 羽地はマハニの祖父(帕尼芝)の故郷だった。祖父がいた頃はもっと栄えていたのだろうが、今はすっかり寂れていた。
 羽地の次には名護に行った。名護(なん)グスクは山の中にあり、城下も山の中にあった。名護按司はマハニの母の弟で、奥方はマハニの父の妹だった。二人ともよく来てくれたと歓迎してくれた。名護の城下も羽地と同じように寂れていた。
「山北王が進貢船(しんくんしん)を送っていた頃、わしらも従者として明国に行って、向こうで交易をして来た。それなりの稼ぎがあったんじゃが、海賊船が毎年来るようになると進貢船を出すのをやめてしまった。儲かるのは今帰仁だけで、名護も羽地も寂れてしまったんじゃよ。羽地には米があるからまだいい。国頭には材木がある。名護にはピトゥ(イルカ)があるだけじゃ」
 そう言って名護按司は力なく笑った。
「兄は何もしてくれないのですか」とマハニは叔父に聞いた。
「ヤマトゥと交易すればいいと言うが、わしらには売る物がないんじゃよ」
 情けない顔をして名護按司は首を振った。
 そんな名護按司を見ながら、ヤンバル(琉球北部)は一枚岩ではないとンマムイは思っていた。ヤンバルに来る前、ヤンバルの按司たちは皆、親戚で結束は固いと聞いていたが、実際は山北王の今帰仁だけが栄えていて、他の按司たちは蚊帳(かや)の外に置かれているようだった。
 名護から綺麗な砂浜を通りながら本部へと向かった。子供たちは海の中に入って楽しそうに遊んでいた。
 三月から五月に掛けて、ピトゥが群れをなして名護にやって来るという。ウミンチュ(漁師)たちが小舟(さぶに)に乗って、ピトゥを砂浜の方に追い込んで、砂浜に乗り上げて動けなくなったピトゥを捕まえ、みんなで分けて食べるらしい。その時、浜辺はピトゥの血で真っ赤に染まるという。ピトゥの肉は塩漬けにして保存されるが、ヤマトゥとの交易には使えないと名護按司は言っていた。
 本部にはマハニの叔父の本部大主(むとぅぶうふぬし)がいた。父の一番下の弟で、本部大主だった父が山北王になった時、本部大主を継いでいた。再会を楽しみにしていたのに、奄美大島(あまみうふしま)を攻めるために出掛けていて留守だった。本部大主が戦(いくさ)に出掛けたと聞いてマハニは驚いた。本部大主は武芸よりも書物を読むのが好きなおとなしい人で、戦に行くような人ではなかった。マハニが嫁いでから人が変わったのだろうか。
 奥さんから話を聞いたら、「あの人も覚悟を決めたのです」と暗い顔付きで言った。
「山北王は厳しい人で、何もしない者はたとえ身内であっても許さないのです。あの人はただ山北王の叔父というだけで、今まで何もやってはいません。ここで腰を上げないと見捨てられると思ったようです。手柄を立てて来ると言って、勇んで出掛けましたが心配でなりません」
「叔父さんは無茶な事はしないから、無事に帰って来ますよ」としかマハニには言えなかった。
 マハニが生まれて、十三歳まで育った屋敷はまだ残っているのかしらと思いながら、懐かしい村を歩いていると、
「おーい、マハニじゃないのか」と誰かが言った。
 マハニが声のした方を見ると、砂浜に上げた小舟のそばで、真っ黒に日焼けしたウミンチュが手を振っていた。誰だろうと思いながら、マハニはウミンチュに近付いて、「もしかして、テーラーなの?」と聞いた。
「おう、俺だ。お前が帰って来たという噂は聞いたぞ。会いに行きたかったんだが、今の俺は今帰仁には行けんのだ。お前が来てくれるのを待っていたんだ。幸いに大漁だ。御馳走するぞ」
「ねえ、どうして、テーラーがウミンチュなのよ」とマハニは言った。
「色々とわけがあるんだよ」とテーラーは苦笑した。
 テーラーというのは山北王から聞いていた。話し振りからマハニとはかなり親しいようだ。俺といい勝負をするだろうと言っていたが、確かに武芸の腕はある。しかし、どうしてサムレー大将がウミンチュになっているのか、ンマムイにはわけがわからなかった。
「幼馴染みのテーラーよ」とマハニがンマムイに紹介した。
「兼グスク殿ですな。噂は色々と聞いております」とテーラーは笑った。
 何となく憎めない笑いで、山北王や湧川大主とは違って、気が許せる相手のような気がした。
「ハーン兄さんを守っているサムレー大将だったのに、何よ、この様(ざま)は」とマハニが言った。
「ちょっとな」とテーラーは頭を掻いた。
 テーラーはマハニが以前暮らしていた屋敷に住んでいた。奥さんと息子が一人いたが、奥さんは随分と若かった。
「後妻なんだよ」とテーラーは言った。
今帰仁合戦で王様が亡くならなかったら、俺はお前と一緒になるつもりだったんだ」
「えっ!」とマハニは驚いたが、マハニもそうなるだろうと思っていた。
 今帰仁合戦で祖父と伯父が戦死して、何もかもが変わってしまった。今帰仁とは縁のなかった父が山北王となり、中山王と同盟するために、マハニは浦添に嫁ぐ事になった。祖父と伯父が亡くならなかったら、テーラーと一緒になって、本部で平和に暮らしていたかもしれなかった。
「お前がお嫁に行った翌年、謝名大主(じゃなうふぬし)の娘のシマを妻にもらったんだよ」
「えっ、シマちゃんが奥さんになったの。よかったわね。シマちゃん、テーラーの事、好きだったのよ」
「俺も幸せだった。でも、シマは出産に失敗して亡くなっちまったんだ。俺が明国から帰って来たら亡くなっていたんだよ」
「シマちゃん、亡くなったんだ‥‥‥テーラーは明国に行ったの?」
「何度も行ったよ。使者の護衛として毎年のように行っていた。シマに寂しい思いをさせてしまった‥‥‥」
「そうだったんだ‥‥‥」
「シマが亡くなってから俺は後妻はもらわなかった。半年は留守にしている俺に後妻なんて必要ないと思っていたんだ。でも、ハーン(山北王)が進貢船を送るのをやめてしまって、俺も明国に行く事もなくなった。それで親に勧められて後妻をもらったんだよ」
「そう。よかったじゃない。跡継ぎもできたし」
「そうなんだけど、ウミンチュの跡継ぎじゃなあ」
「ハーン兄さんと喧嘩をしたの?」
「まあ、そうなんだが」とテーラーは口ごもった。
「浮気をしたんですよ」と料理を持って来た奥さんが言った。
「よりによって、王様の側室様に手を出して、王様の怒りを買ったんです」
「まったく、何をやっているのよ」とマハニはテーラーを横目で睨んだ。
「手なんか出していないんだ。ただ、話をしていただけなんだよ。その側室はハーンが山北王になった時、奥間(うくま)から贈られた側室なんだ。俺は一目見て惚れちまったんだ」
「兄に贈られた側室に惚れたの?」
「何となく、お前に似ていたのかもしれない」
「何を言っているのよ」
「でも、俺はウクの事はきっぱりと諦めて、シマを嫁にもらった。その後、ウクの事はすっかり忘れていたんだ。去年の暮れ、奄美大島攻めから帰って来たあと、二の曲輪の屋敷で慰労の宴が開かれたんだ。ハーンはジルータ(湧川大主)にやたらと文句を言っていた。現場にいなかったハーンは何もわかっちゃいない。もし、ハーンが行ったとしても、奄美大島を平定する事はできなかっただろう。俺は腹が立って宴席から抜け出した。庭で星を見上げていたら、ウタキ(御嶽)の方に人影が見えた。曲者(くせもの)かと思って行ってみるとウクだった。ウクはウタキでお祈りをしていた。声を掛けるとウクは驚いて振り返った。慌てて帰ろうとしたので、俺はお祈りを続けるように言ったんだ。久し振りに会ったウクは相変わらず綺麗だったけど、何となく寂しそうだった。お祈りが終わったあと、何を祈っていたんだと聞いたら、ウクは笑って、「気晴らしです」と言った。一日中、御内原(うーちばる)に籠もっていると疲れるので、内緒で抜け出して、ウタキでお祈りをしていると気持ちが落ち着くと言っていた。その後、何度か、俺とウクはそのウタキの所で会って、他愛ない話をしていたんだ。それが先月、いや、その前か、御内原の侍女に見つかって、ハーンに告げ口されて、俺は謹慎という事になっちまった。本当なら、今頃、本部大主と一緒に奄美に行っていたんだ」
「ウクとは何もなかったの?」
「何もないさ。いつも、ちょっと話をしただけだ」
「それなら、そのうち許してくれるわよ」
「もうどうでもよくなったよ。ハーンは進貢船を出さなくなったし、今帰仁に戻っても俺の仕事はない」
「来年またどこかの島を攻めるんじゃないの?」
「そうだな。今年、奄美大島を平定したら、来年は鬼界島(ききゃじま)(喜界島)を攻めるだろう。それまでは、ここでのんびり暮らすさ」
 次の日はテーラーの小舟に乗って近くにある瀬底島(しーくじま)に行って遊んだ。子供たちはテーラーから泳ぎを教わり、海に潜っては綺麗な魚がいっぱいいると言って大喜びしていた。

 

 

 

沖縄やんばるフィールド図鑑

2-71.ンマムイが行く(改訂決定稿)

 

 明国(みんこく)の陶器や南蛮(なんばん)(東南アジア)の蘇木(そぼく)、朝鮮(チョソン)の綿布(めんぷ)などを大量に積み込んだ『油屋』の船に乗って、ンマムイ(兼グスク按司)は家族を連れて今帰仁(なきじん)に向かっていた。
 妻のマハニ(真羽)、十二歳の長女マウミ(真海)、十歳の長男マフニ(真船)、七歳の次女マサキ(真崎)、二歳の次男マミン(真珉)を連れ、師匠のヤタルー(阿蘇弥太郎)、侍女二人、サムレー五人と女子(いなぐ)サムレー二人が従っていた。
 子供たちは楽しそうに船の中を走り回って、侍女と女子サムレーが子供たちを追っていた。
 マミンを抱いたマハニが海を眺めながら、「里帰りができるなんて思ってもいなかったわ」とンマムイに言って、嬉しそうに笑った。
「もっと早く連れて行ってやりたかったんだけど、随分と遅くなってしまった。お前には随分と苦労を掛けたな。今帰仁に着いたら、家族たちとゆっくり過ごしてくれ」
「ありがとうございます。父は亡くなってしまったけど、母とヌルになった姉に会うのが楽しみだわ」
「兄の山北王(さんほくおう)(攀安知)に会うのは楽しみじゃないのか」
「ハーン兄さんは暴れん坊だったの。わたしが嫁いだ時、ハーン兄さんは若按司だったけど、祖父(帕尼芝)に似ているって周りの者たちから言われて、いい気になって馬を乗り回して、あちこちで悪さをしていたのよ。ジルータ兄さん(湧川大主)はまるで家来のようにハーン兄さんに従っていたわ」
「山北王は暴れ者だったのか」
「もう十六年も前の事よ。今はどうなっているんだか‥‥‥」とマハニは言って首を振った。
 南風(ふぇーぬかじ)を受けて、船は穏やかな海を北(にし)に向かって快適に進んで行った。
 親泊(うやどぅまい)(今泊)から上陸して、『油屋』の男と一緒に今帰仁へ向かうハンタ道を進んで、今帰仁の城下に着いたのは、日が暮れる大分前だった。
 船で来れば意外と近いものだなとンマムイは思いながら、賑やかに栄えている城下を見回していた。
 マハニは十六年前の面影がまったくない城下を見て驚いていた。故郷に帰って来たというよりは、まるで異国の都に来たようだった。山南王(さんなんおう)の島尻大里(しまじりうふざとぅ)の城下よりも、中山王(ちゅうさんおう)の首里(すい)の城下よりも栄えているように見えた。
 島尻大里には何度も行っている。首里には去年、次男が生まれたあとに行ってきた。前から噂を聞いていて行ってみたいと思っていたが、中山王はンマムイの父親を倒した敵なので行けなかった。ところが、なぜかンマムイは中山王の息子の島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)と仲よくなって、一緒に朝鮮に行った。夫が何を考えているのかわからないが、首里に行っても大丈夫だろうと思って、ヤタルー師匠と女子サムレーを連れて都見物に出掛けた。高い石垣に囲まれた立派なグスクには噂の高楼が誇らしく立っていた。大通りには大勢の人々が行き交い、色々な物を売っている店もあった。さすが、中山王の都だと感心したが、今帰仁首里よりも立派な都で、山北王になった兄は凄い人だったのかもしれないと見直していた。
 今帰仁グスクが見えてくると、「凄いな」とンマムイは思わず言った。昔に見た記憶よりも大きく見え、首里グスクよりも立派に見えた。
 マハニは高い石垣を見上げて、今帰仁に帰って来た事を実感していた。
 マハニが生まれたのは本部(むとぅぶ)だった。山北王(帕尼芝)の次男だった父(珉)は本部大主(むとぅぶうふぬし)と呼ばれていた。十三歳の時、今帰仁合戦が起こって、祖父の山北王と伯父の若按司が亡くなり、父が山北王となった。マハニは家族と一緒に今帰仁グスクへ移った。焼け野原となった城下は悲惨で、グスク内の屋敷も焼け落ちていた。
 山北王となった父の最初の仕事は城下の再建だった。城下の人たちが全員、避難できるようにグスクを拡張して、いくつかの大通りを基準にして、整然とした新しい城下造りが始まった。再建には二年余りも掛かり、城下の人たちが以前の生活に戻れた頃、マハニは今帰仁を離れて、浦添(うらしい)グスクにいたンマムイに嫁いで行った。
 グスクはあの頃と変わっていないが、城下はすっかり変わっていた。あの頃、鬱蒼(うっそう)とした森だった所も切り開かれて家々が建ち並び、唐人(とーんちゅ)たちが暮らしている一画もあった。
 大御門(うふうじょう)(正門)に着くと、案内してくれた油屋の男が御門番(うじょうばん)にマハニの事を話した。御門番はうなづいて中に入れてくれた。油屋の男は中には入らず帰って行った。ンマムイたちはお礼を言って、油屋の男を見送った。
 グスクの中はかなり広かった。右側の方に屋敷がいくつか建っていて、大きな厩(うまや)もあった。子供たちがわーいと叫びながら駆け出し、侍女と女子サムレーが慌ててあとを追って行った。
「ここは外曲輪(ふかくるわ)と呼ばれているの」とマハニが説明した。
今帰仁合戦の前までは、城下の一部で重臣たちの屋敷が並んでいたようだけど、皆、焼け落ちてしまったので、グスクを拡張したのよ」
「これだけ広ければ、城下の人たちも皆、避難できるな」と言いながらンマムイは正面に見える高い石垣を見ていた。
 ンマムイは首里グスクと今帰仁グスクを比べていた。ンマムイは建築中の首里グスクを何度も見ていて、完成した姿も見ていた。今の中山王(思紹)はグスクの北側に曲輪を造って防備を固めたようだが、首里グスクよりも今帰仁グスクの方が攻め落とすのは難しいと思っていた。
 外曲輪を中御門(なかうじょう)(以前の正門)に向かって歩いていると、山伏姿の男が近づいて来た。
「王女様(うみないび)!」と叫びながら山伏はやって来た。
「アタグ‥‥‥」とマハニは言って、懐かしそうな顔をして山伏を迎えた。
「お久し振りでございます」と言いながら山伏は子供たちを眺めて、「王女様によく似た可愛いお子さんたちですなあ」と嬉しそうに笑った。
「ヤマトゥ(日本)の山伏のアタグ(愛宕)よ」とマハニは山伏をンマムイに紹介した。
「本部にいた頃から、アタグにはお世話になっているの。変わっていないので安心したわ」
「いやあ、わしはもう年ですよ。それより、王女様は相変わらずお美しい。王様(うしゅがなしめー)も先代の王妃様(うふぃー)も王女様の里帰りを喜んでおります。城下もすっかり変わったでしょう。グスク内も随分と変わりました」
 アタグの案内で、ンマムイたちは中御門をくぐって、中曲輪へと入って行った。坂道が上へと続いていた。左側に三の曲輪があるらしいが石垣に囲まれていて見えなかった。
 坂道の途中に立派な屋敷があって、「王女様、この客殿をご利用下さい」とアタグが言った。
 客殿は阿波根(あーぐん)グスクの屋敷よりも広く、子供たちはキャーキャー言いながら走り回っていた。荷物を客殿に入れて、子供たちの事を侍女たちに頼み、ンマムイとマハニはアタグと一緒に二の曲輪に向かった。
 御門から中に入って、マハニは驚いた。二の曲輪内はすっかり変わっていた。
「凄いでしょう」とアタグが言った。
 マハニは言葉も出なかった。中央に広い庭があって、左右に細長い建物が建っていて、庭の正面の石垣の上には華麗な御殿(うどぅん)がこちらを向いて建っていた。今帰仁合戦のあと、一の曲輪の屋敷は焼け落ちて、父が再建したが、あんなにも大きな建物ではなかった。
首里のグスクを真似したんじゃよ」とアタグが言った。
 まさしくその通りだとンマムイは思っていた。山北王が一の曲輪の御殿から二の曲輪を見下ろして、二の曲輪の庭で様々な儀式を執り行なうのだろう。
 二の曲輪から御内原(うーちばる)に入って、マハニはまた驚いた。御内原の屋敷も立派な二階建てに変わっていた。
 御内原の屋敷で、母の先代王妃と姉の今帰仁ヌルと妹のマナチーがマハニを待っていた。母の顔を見た途端、涙が知らずに溢れ出て来た。
「マハニ‥‥‥」と言ったまま、母はじっとマハニを見つめていた。
 マハニは子供に返ったかのように母に抱き付いていた。もう二度と会えないのではないかと諦めていた母が目の前にいた。涙が止まらず、挨拶をする事もできなかった。
 ようやく落ち着いて、涙を拭うとマハニは恥ずかしそうに笑った。
「ただいま、帰って参りました」
「お帰り」と母も笑った。
「相変わらず、泣き虫なのね」と姉が言った。
 姉はすっかり貫禄のあるヌルになっていた。妹のマナチーは母親違いの妹で、マハニが嫁いだ時は赤ん坊だった。マナチーは、「姉上様、お帰りなさい」と頭を下げたが、妹という実感は湧かなかった。マナチーは去年、アタグの長男に嫁いだという。アタグの長男はマハニが嫁ぐ二年前に生まれていた。当時、赤ん坊だった二人が夫婦になっているなんて、改めて、十六年の時の長さを実感していた。
 マハニが母と姉を相手に昔の話をしていると兄の山北王(ハーン)が現れた。十六年振りに見るハーンはすっかり変わっていた。マハニが嫁いだ時、父は四十歳だった。ハーンはまだ四十歳にはなっていないが、全然、父に似ていなかった。やはり、皆が言うように祖父に似ているのかもしれない。それでも、「やあ」と言って笑ったハーンの顔には昔の面影があって懐かしく思えた。
 ハーンはマハニの近くに座り込むと、じっとマハニを見つめて、「会いたかったぞ」と言った。
 その言葉を聞いて、マハニはまた涙が出て来た。ハーンからそんな事を言われるなんて思ってもいなかった。
「お前がいなくなって、グスクの中が急に寂しくなったよ」
 マハニは涙を拭いて、「何を言っているんですか。あたしの代わりにお嫁さんが来たんでしょ」と言った。
「ああ、いいお嫁さんが来た。でも、あの頃の俺は親父のやり方に反対していて、お祖父(じい)さんの敵(かたき)である中山王(武寧)の娘をお嫁さんとは認めずに口も利かなかったんだ。今、思えば可哀想な事をしたと思っている」
「そうだったの」
「今はマアサの事は大切にしているよ。お前は向こうで苦労をしたんじゃないのか」
 マハニは首を振った。
「夫はちょっと変わった人だけど、あたしを大切にしてくれました。苦労なんてしてないわ」
「そうか。それはよかった」
 マハニが母と姉と兄との再会を喜んでいた時、ンマムイはアタグと一緒に二の曲輪内を見て回っていた。御内原には王様以外の男は入れなかった。
 しばらくして、マハニが山北王を連れて御内原から出て来た。マハニがンマムイを紹介すると、山北王はマハニを連れて来てくれたお礼を言ったあと、「まずは仕事から片付けよう」と言って、ンマムイを連れて一の曲輪に向かった。
 山北王はンマムイが想像していた姿とは大分違っていた。髭の濃いがっしりとした体つきの男だと思っていたが、背が高く、すらっとしていて、顔付きもヤマトゥンチュ(日本人)に似ていた。ンマムイは子供の頃、宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)(泰期)から、「今帰仁グスクは二百年前にヤマトゥから逃げて来た落ち武者が築いたんじゃ」と言われた事を急に思い出した。今の山北王にもヤマトゥンチュの血が流れているのかもしれない。そう言えば、妻のマハニも京都で見た女たちとどことなく似ている事に気づいた。
 ンマムイは一の曲輪にある豪華な御殿の二階の部屋で、山北王に用件を語って、山南王から頼まれた書状を渡した。
 山北王は山水画の描かれた屏風(びょうぶ)を背にして座り、部屋の中にはヤマトゥの刀や明国の香炉、南蛮の壺(つぼ)など、珍しい品々がさりげなく飾ってあった。山北王が密貿易をしているとの噂は本当のようだった。
 書状を読み終えると山北王は顔を上げて、ンマムイを見た。
「そなたは今回、山南王の使者として、今帰仁に来られたが、去年は中山王の船に乗って朝鮮に行った。一体、そなたはどちらに属しているんだ?」
 ンマムイは少し考えたあと、「今のところは中立です」と答えた。
「中立か。しかし、山北王と山南王が同盟を結べば、中山王は不利な立場になる。中山王に狙われるんじゃないのか」
「中山王の跡継ぎである島添大里按司はわたしの師兄(シージォン)に当たります」
「シージォンとは何だ?」
「兄弟子の事です。兄弟子は弟弟子であるわたしを狙う事はできません」
「どうしてだ?」
「弟子同士の争いは師匠が許さないからです。もし兄弟子がわたしを殺せば、兄弟子は師匠たちから殺される事になるでしょう」
「ほう。そんなにも厳しいのか。それで、師匠というのは誰なんだ?」
「ヂャンサンフォン(張三豊)殿です。明国では有名な武芸者です」
「ヂャンサンフォン‥‥‥どこかで聞いた事があるような気がするな」
「今回、ここに来る事も兄弟子には伝えてあります」
「なに、山南王の使者として今帰仁に行く事を島添大里按司に伝えたのか」
 ンマムイはうなづいた。
「それで、島添大里按司は何と言ったんだ?」
「充分に楽しんで来いと」
「まったく、お前が言っている事はわけがわからんな。島添大里按司はお前が妻を連れて遊びに来たと思っているのか」
「いえ。同盟の事も知っています」
「知っていながら、楽しんで来いと言ったのか」
「太っ腹なんですよ、島添大里按司は。小さい事にはあまりこだわらない性格のようです」
「山北王と山南王の同盟は小さな事ではあるまい」
「まあ、そうですけど、やがては同盟するに違いないと思っていたんじゃないですか」
「山北王と山南王の同盟は計算済みの事だというのか。中山王は山北王と山南王を相手に勝てると思っているのか」
「勝てるとは思っていないでしょう。ただ、同盟したからと言って、すぐに攻めて来る事はないと思っているのでしょう」
「確かにすぐに攻める事はない。わしは今、奄美(あまみ)を攻めている。奄美を平定してからだな、中山王を攻めるのは。それに中山王は材木を大量に買ってくれるからな。今のところは稼がせてもらおう。中山王は稼がせてくれるが、山南王はわしらのために何をしてくれる。同盟したとして、わしらに何の得があるんだ?」
「書状には書いてありませんでしたか」
「書いてない。時期が来たら、山北王と山南王で中山王を挟み撃ちにして滅ぼし、中グスクと北谷(ちゃたん)を結んだ線で南北に分けると書いてあるだけだ。山南王が首里を手に入れて、わしらは勝連(かちりん)を手に入れる。馬を育てている読谷山(ゆんたんじゃ)が手に入るのは嬉しい事だが、浮島(那覇)は山南王のものとなってしまう。首里と浮島を手に入れれば、山南王は発展して行くだろう。わしらの方が分が悪いような気がするな」
「それでは、中山王と同盟して山南王を滅ぼすというのはどうでしょう」とンマムイは聞いた。
「お前、山南王を裏切るのか」
「わたしは中立です」
 山北王は楽しそうに笑った。
「山南王を滅ぼして、山南王の土地を半分もらったとしても何の得にもならん。そう言えば南部の東(あがり)半分は島添大里按司が支配しているのではないのか」
「はい。東方(あがりかた)と呼ばれる八重瀬(えーじ)グスクより東は中山王の支配下にあります」
「まずは山南王に南部を統一しろという条件を付けるか。中山王の挟み撃ちはそれからの話だ」
「わたしにも条件を付けさせて下さい」
「どうして、そなたが同盟の事に口を出すのだ」
「命の危険がありますので、わたしが亡くなった場合は、同盟は無効になるという条件です」
「島添大里按司はお前を殺す事はないんだろう」
「山南王に殺されるかもしれません」
「どうしてだ?」
「わたしが島添大里按司に近づきすぎるからです。山北王との同盟にわたしが必要なので生かしておりますが、同盟が決まったら、もう用なしになって殺されるかもしれません」
「成程な。よかろう。その条件も付けてやろう。お前が死んだらマハニが悲しむからな」
 山北王と別れて二の曲輪に下りると、山北王妃のマアサと浦添ヌルのマジニが二の曲輪にある屋敷の中で待っていた。
「お兄様、よくいらしてくれたわ」とマアサが涙目で言って、
「お兄様、いよいよ敵討ちが始まるのですね?」とマジニも目に涙を溜めて言った。
 マアサと会うのは十六年振りで、マジニと会うのは五年振りだった。マアサはすっかり山北王の奥方としての貫禄が付いて、昔の弱々しい雰囲気はなかった。遠いヤンバル(琉球北部)に嫁いで、大丈夫だろうかと心配したが、十六年の月日はマアサを逞しく育てたようだ。マジニは五年前とあまり変わらないが、当時よりも顔色はよかった。ンマムイにはヌルの事はよくわからないが、浦添にいた頃は何かと苦労していたのかもしれない。ヌルの仕事から解放されて、のびのびと暮らしているのだろう。
 マアサがンマムイを見て笑った。
「お兄様、あまり変わっていないので安心したわ。お兄様のグスクは攻められなかったの?」
「ああ、大丈夫だったよ」
「そう言えば、お兄様が島添大里按司と一緒に朝鮮に行ったって噂が流れていたのよ。本当なの?」
「ああ、去年、一緒に朝鮮の都にも行ったし、ヤマトゥの京都にも行って来た」
「どうしてなの?」とマアサが聞いて、
「敵(かたき)を討つために一緒に行ったんでしょ」とマジニが言った。
「でも、どうして敵を討たなかったの?」
「島添大里按司は俺より強いんだよ。一度、殺してやろうと本気で戦ったんだけど、逆に俺が殺されそうになった事があるんだ」
「お兄様は明国で少林拳(シャオリンけん)を習ったんでしょ。それなのに負けたの?」
「島添大里按司武当拳(ウーダンけん)の方が強かったんだ」
「へえ、そうなんだ。それで、今度は戦(いくさ)をして倒すのね」
「まあ、そういう事だな」
「いつ、攻めるの?」
「すぐにとは行かないさ。まず、山北王と山南王が同盟しなけりゃならない」
「山北王は同盟するって言ったの?」
「今、考えているところだろう」
「あたしが敵を討ってって、ずっと言っているのに、のらりくらりとして、ちっとも腰を上げてくれないのよ」
「ねえ、お兄様、あたしたちのお母様は無事なの?」とマアサが聞いた。
 マアサとマジニの母親は武寧(ぶねい)の側室で、二人とも同じ母親から産まれていた。
「無事だよ。今、首里で平和に暮らしている」
「何ですって!」とマジニが驚いた顔でンマムイを見つめた。
「どうして、お母様が敵の都で暮らしているの?」
重臣たちのほとんどがナーサに助けられて、今の中山王に仕える事になったんだ。お前たちのお母さんは実家に戻って、前田大親(めーだうふや)の屋敷で暮らしている」
「ナーサって、侍女たちを束ねていたあのナーサ?」
「そうだよ。ナーサは今、首里で遊女屋(じゅりぬやー)をやっている」
「ナーサが遊女屋?」と今度はマアサが驚いていた。
「どうして、ナーサが裏切ったの?」とマジニが聞いた。
「俺にもよくわからんのだが、島添大里按司とナーサは古くからの知り合いらしい」
「どういう事? ナーサは浦添グスクの隅から隅まで知っていたわ。そのナーサが島添大里按司の回し者だったの?」
「俺にも信じられなかったが、ナーサは島添大里按司の事をすっかり信頼しているんだ。王様になるべき人だと言っていた。それと、島添大里按司は宇座の御隠居様ともつながりがあるんだ」
「えっ、宇座の御隠居様は亡くなる前に、お父様と喧嘩して、浦添に顔を出さなくなったわ。御隠居様がお父様を倒せって島添大里按司に言ったの?」
「そこまでは知らんが、御隠居様の末っ子は島添大里按司に仕えていて、去年、一緒に朝鮮に行っている」
「末っ子ってクグルーの事?」
「そうだ」
「ウミンチュ(漁師)になったんじゃなかったの?」
「俺もそう思っていた。ところが、御隠居様が亡くなったあと、クグルーは母親と一緒に佐敷に移って、島添大里按司に仕えたんだよ」
「信じられない。島添大里按司って何者なの?」
「わからん。ただ、運の強い男だ。当てもなく京都に行って将軍様と会っているし、朝鮮に行った時も、偶然だが、朝鮮王とも会っている」
「その島添大里按司だけど、お父様を倒したのにどうして中山王にならなかったの?」とマアサが聞いた。
「島添大里按司の親父がまた凄い男だ。首里の兵たちは皆、今の中山王の弟子たちらしい。隠居したと言って、どこかで兵を育てていたに違いない。噂では島添大里按司よりも強いという」
「すると、今の中山王が密かに育てた兵によってお父様は滅ぼされたのね」
「そのようだな。それと首里を攻めたサムレーから面白い話を聞いた。親父の側室でアミーというのを覚えているか」
「アミーならお父様のお気に入りだったわ」とマジニが言った。
「亡くなる前に一緒に首里に連れて行ったわ。お父様と一緒に殺されたんでしょ?」
「それがそうじゃないんだ。アミーは山南王が送り込んだ刺客(しかく)だった。山南王は親父を殺して、首里グスクを奪い取るつもりだった。しかし、島添大里按司に先に奪われてしまったんだ。山南王から親父の暗殺を命じられていたアミーは、島添大里按司の兵が攻めて来たのを山南王の兵が攻めて来たと勘違いして、親父を殺したんだ。島添大里の兵が親父を見つけた時、親父はアミーに殺されたあとだったらしい」
「何ですって‥‥‥」
「アミーは捕まって、山南王のもとに返されたそうだ。その後、どうなったのかわからない。探してみたが見つからなかった。多分、山南王のために裏の仕事をやっているのだろう」
「お父様の敵はアミーだったの‥‥‥」と気が抜けたような顔をしてマジニが言った。
「その側室は山南王から贈られた側室なの?」とマアサが聞いた。
「違うわ」とマジニが首を振った。
「山南王が贈った側室もいたけど、お父様は警戒して身近には置かなかったわ。アミーは城下の商人から贈られたのよ。勿論、綺麗な娘だけど、それだけでなく、気が利くのでお父様のお気に入りになったのよ」
「山南王がその商人を利用して送り込んだんだな」とンマムイは言った。
「そうなるとお父様の敵は山南王なの?」とマアサが聞いた。
「いいえ、そうじゃないわ。アミーが殺さなくても、島添大里按司の兵に殺されたわ」とマジニが強い口調で言った。
 マアサは首を振ると、「殺されたお父様の遺体はどうなったの。どこに捨てられたの?」とンマムイに聞いた。
首里グスクの下には大きなガマ(洞窟)があって、そこに戦死した者たちは皆、葬られたそうだ。勿論、親父も一緒だ」
 マジニが急に笑い出した。
首里グスクはお父様のお墓なのね。大きなお墓だわ」
 その夜、二の曲輪にある屋敷で歓迎の宴(うたげ)が開かれて、ンマムイは主立った重臣たちを紹介された。

 

 

 

 

 

モモト別冊 今帰仁城跡   琉球の王権とグスク (日本史リブレット)

2-70.二人の官生(改訂決定稿)

 六月八日、思っていたよりもずっと早く、正月に出帆した進貢船(しんくんしん)が帰って来た。
 正使の中グスク大親(うふや)の話によると、永楽帝(えいらくてい)はまだ順天府(じゅんてんふ)(北京)にいるが、わざわざ来なくてもいいとの事で、応天府(おうてんふ)(南京)で皇太子に謁見(えっけん)して帰って来たという。
 泉州(せんしゅう)の『来遠駅(らいえんえき)』に新川大親(あらかーうふや)たちは来たかとサハチ(中山王世子、島添大里按司)が聞くと、来ていないと言った。
「応天府からの帰りに福州(ふくしゅう)に着いた時、琉球の船が温州(ウェンジョウ)に来たとの噂が流れておりました。泉州の来遠駅に着いてから役人に聞いてみたら、琉球の船に間違いない事がわかりました」
「そうか、温州に着いたのか。それで、無事に上陸できたのか」
「かなり待たされたようですが無事に上陸して、わたしどもが泉州に着いた五月の初めには、応天府に向かっているだろうと言っておりました」
「そうか、よかった。その船には親父とヂャンサンフォン(張三豊)殿が乗っているんだよ」
「えっ、王様(うしゅがなしめー)が‥‥‥」と中グスク大親は驚いた顔してサハチを見つめた。
「王様ではない。『東行法師(とうぎょうほうし)』として行ったんだ。多分、使者たちとは別行動を取るだろう」
「そうでしたか。新川大親殿も大変ですね」
「大変には違いないな」とサハチは苦笑した。
「ところで、旧港(ジゥガン)(パレンバン)の船は無事に帰ったのか」
「はい。泉州で水の補給をして南に帰って行きました。旧港まで五十日前後は掛かるそうです」
「そうらしいな。やがては琉球からも船を出す事になろう」
 中グスク大親は旅の様子を報告したあと、『国子監(こくしかん)』の官生(かんしょう)(留学生)を二名送るように頼まれたと言った。思紹(ししょう)(中山王)も誰かを官生として送りたいと言ってはいたが、誰を送るかはまだ決めていなかった。できれば才能のある若者を送りたい。読み書きを教えているナンセン(南泉)とソウゲン(宗玄)に相談してみようとサハチは思った。
 サグルーとクグルーが無事に帰って来た。
「明国(みんこく)の広さには驚きました。何もかも驚く事ばかりでした」とサグルーは目を輝かせて言った。
「博多や漢城府(ハンソンブ)を見て、応天府も似たようなものだろうと思っていましたが、規模が全然違いました。行って来て本当によかったです」とクグルーも満ち足りた顔付きで言った。
 二人ともタブチ(八重瀬按司)に大変お世話になったという。サハチは二人と一緒に来たタブチにお礼を言った。
「順天府まで行くつもりだったんじゃが、永楽帝は遠征に出ているらしい。北(にし)の方には元(げん)の生き残りがいて、永楽帝はそいつらを退治しているようじゃ。皇帝自らが戦(いくさ)に出る必要はないと思うが、じっとしてはいられない性分らしいのう」
 タブチはそう言って笑った。
 田名親方(だなうやかた)と一緒にジルムイも帰って来た。
「応天府まで行ったのか」と聞くと、ジルムイはうなづいた。
「使者たちの警護をして行ってきました。泉州から応天府までがあんなにも遠いとは思ってもいませんでした」
「応天府ではサグルーと一緒に都見物をしたのか」
「隊長は兄貴の所に行っていいと言ったのですが、俺だけ特別扱いされるのは気が引けて、ずっと仲間と一緒に行動しました」
「そうか、それでいい。今は八番組の一員に過ぎんからな。やがて、お前の出番が来る」
 その夜、『会同館(かいどうかん)』で帰国祝いの宴(うたげ)が開かれ、サハチはタブチに今までの感謝を込めて太刀(たち)を贈った。タブチにふさわしい刃渡り三尺もある備前(びぜん)の業物(わざもの)だった。去年のヤマトゥ(日本)旅で『一文字屋』に頼んで手に入れた物だった。
 タブチは感激して太刀を受け取り、みんなから拍手を送られていた。四回も明国に行き、サハチの弟や息子がお世話になっただけでなく、従者として初めて明国に行く者たちは皆、タブチのお世話になっていた。使者たちでさえ、わからない事があるとタブチに相談するという。誰もがタブチに感謝していた。
 翌日は島添大里(しましいうふざとぅ)グスクでサグルーとクグルーの帰国祝いの宴が開かれた。
「明国の都、応天府を見て、親父がやっている都造りの意味がよくわかりました。首里(すい)をあのような都にしなければなりません。応天府には各国から来た様々な人々が大勢いました。市場では見た事もない色々な物を売っていました。遠くから旅をして来た人たちが、こんな小さな島に、こんなにも立派な都があると驚くような都にしなければなりません」
「よく言ったぞ。その通りだ」とサハチは嬉しそうな顔をして、旅に出て成長したサグルーを見た。
首里を素晴らしい都にしなければならん。ところで、応天府には各国から来た者たちが大勢いたのか」
 サハチが行った頃は、他国から来たような人はあまりいなかった。あれから三年しか経っていないのに、随分と変わったようだ。
「タブチ殿の話では、永楽帝鄭和(ジェンフォ)という者に大船団を率いさせて、遠い国々まで行かせたそうです。遠い国々の人たちが鄭和の船に乗って、明国に貢ぎ物を捧げにやって来ているのです。その者たちが持って来た珍しい商品が応天府には溢れています。鄭和は今、三度目の長旅に出ているそうです」
 鄭和というのは三姉妹たちから聞いた事があった。大船団を率いて旧港に来て、暴れていた海賊を退治して、天竺(ティェンジュ)(インド)の方に向かって行ったと言っていた。サハチたちが明国にいた時、最初の航海に出ていたのだろう。そう言えば、三姉妹も鄭和のお陰でヤマトゥの商品が高く売れると言っていた。鄭和と一緒に行く商人たちが、遠い異国で売るためにヤマトゥの商品を買い集めているようだった。
「明国に行ってみて、親父(泰期(たち))の気持ちが少しわかったような気がします」とクグルーは言った。
「親父が亡くなったのは、俺が十三の時でした。親父から明国に行った時の話は何度も聞いていました。でも、俺には夢のような話でした。年の離れた兄(宇座按司)は親父の跡を継いで、何度も明国に行っていましたけど、俺には縁のない話でした。俺は馬を育てていればいいんだと思っていました。馬と一緒にいるのが楽しかったのです。親父が亡くなって、俺は母親の実家に移り、ウミンチュ(漁師)になれと言われました。俺は牧場に戻りたいと言って母を困らせました。急にウミンチュになれと言われても俺には納得できなくて、毎日、海を眺めていました。長浜に来て一月くらい経った頃、母がサムレーになりたいのかと聞きました。サムレーとしての親父の活躍も聞いていましたので、密かにサムレーになりたいとは思っていました。でも、諦めていたのです。俺はうなづいて、母と一緒に佐敷に来ました。浦添(うらしい)や小禄(うるく)でなく、どうして佐敷に来たのか、わけがわかりませんでしたが、按司様(あじぬめー)の顔を見て納得しました。按司様の話は親父からよく聞いていました」
「俺が宇座(うーじゃ)の牧場に行ったのを覚えていたんだな」
「はい。夫婦揃ってやって来て、親父が歓迎していたのを覚えています。子供の頃、一緒に遊んだのもおぼろげながら覚えています」
「お前と最初に会ったのは、まだ赤ん坊の時だった。行く度にお前が大きくなっているので驚いたよ。そして、母親と一緒に佐敷に来た時は一番驚いた」
「ンマムイ(兼グスク按司)さんにも俺を覚えているかと聞かれました。忘れていましたが話を聞いて思い出しました。ウニタキ(三星大親)さんも牧場に来たようですけど、四歳だったので覚えていませんでした」
「そうか。お前はウニタキとンマムイにも会っていたんだな。一緒に朝鮮(チョソン)まで行くなんて、不思議な縁だな」
「はい。俺もそう思いました。親父が俺のためにみんなに会わせてくれたんだと思いました。親父にも母にも感謝しております。佐敷に来て本当によかったと思っています。そして、親父の跡を継いで使者になりたいと思っています。使者になるため従者として何度も明国に送って下さい」
「そうか。親父の跡を継ぐか」とサハチは嬉しそうにうなづき、クグルーの妻のナビーを見た。
「クグルーが使者になると言っているが、お前はどう思う?」
「寂しいけど仕方ありません」とナビーは笑った。
「クグルーとマウシがヤマトゥに行った時、妹(マウシの妻マカマドゥ)とも話し合ったんです。琉球のためなら喜んで夫を異国に送りだそうと決めました」
「そうか。苦労を掛けるがよろしく頼む」
「ねえ、あたしもヤマトゥに行きたいわ」と娘のサスカサ(島添大里ヌル)が言い出した。
「なに、お前も行きたいのか」
「ササ姉(ねえ)は三度も行っているのよ。弟のイハチも行ったわ」
「そうか、そうだな。来年のヤマトゥ旅にお前も行ってみるか」
「約束よ」とサスカサは喜んだ。
「ササたちは今、どこにいるのかしら」と佐敷ヌルが言った。
「まだ京都には着かんだろう。博多に着いて、京都に向かっているところじゃないのか」とサハチは日にちを数えながら言った。
「瀬戸内海の海賊に村上水軍というのがいるんだが、そこの娘と仲よくなったから、今頃、再会して喜んでいるかもしれんな」
「羨ましいわ。ササは二度目の京都よ。あたしも京都に行きたいわ」
「これから毎年、ヤマトゥに船を出す。ヌルも毎年行く事になる。佐敷ヌルとサスカサの二人が一緒に行くのはまずいけど、交替で行けばいい」
「あたしも行ってもいいのね」と佐敷ヌルは喜んだ。
「あたしも行きたい」とナツも言い出した。
「ヌルになるのは無理だけど女子(いなぐ)サムレーとしてなら行けるわ」
「おい。お前がいなくなったら大変だろう。子供たちはどうするんだ」
「あと十年は無理ね」とナツは情けない顔をした。
「でも、十年後には行けるわね」
「十年後か‥‥‥それなら行けるかもしれないな」
「十年後を楽しみにしているわ」
 ウニタキとファイチ(懐機)は顔を見せないが、ウニタキの家族とファイチの家族は来ていて、ファイチの息子のファイテ(懐徳)とウニタキの娘のミヨンは仲がよく、お似合いの二人に見えた。ミヨンと楽しそうに話をしているファイテを見ながら、ファイテを官生として国子監に送ったらいいんじゃないかとサハチは考えていた。
 次の日、サハチはソウゲン寺(でぃら)と呼ばれているソウゲンの屋敷に行った。朝早いので、まだ子供たちは来ていなかった。ソウゲンは庭に水を撒いていた。
按司様、珍しいですのう。何かわしに用ですかな」
「ソウゲン殿にちょっと聞きたい事がありまして」
 ソウゲンはうなづき、屋敷に上がるとサハチのためにお茶を点ててくれた。その姿を眺めながら年齢(とし)を取ったなと思った。サハチがソウゲンから読み書きを習っていたのはもう三十年近くも前の事になる。元(げん)の国に留学して厳しい修行を積み、ヤマトゥに帰れば偉い僧侶になれるのに、思紹のためにずっと琉球に滞在している。本当にありがたい事だった。
「実はファイテの事なんですが、学問は好きでしょうか」
 ソウゲンはにこやかに笑った。
「去年、明国に行きましたが、難しい書物を何冊も手に入れて帰って来ました。わからない所があると昼夜構わず、ここに来て教えてくれと言います。物覚えもいいし、探究心も旺盛です。将来、按司様を助ける人物となるでしょう」
「そうですか。実は明国の国子監に官生を送る事になりまして、ファイテはどうかと考えていたのです」
「国子監の官生ですか。それならファイテは適任ですよ」
「もう一人送りたいのですが、誰か心当たりはありませんか」
「それなら、ジルークがいいじゃろう。ファイテとジルークは仲がいいし、お互いに競争して勉学に励んでいる」
「ジルークというのは浦添按司の三男のジルークですか」
「そうじゃ。當山之子(とうやまぬしぃ)の三男じゃよ。家族は浦添に移ったんじゃが、浦添には読み書きの師匠がいないといって、一人でここに残っているんじゃ」
 ジルークの事はウニタキの妻のチルーから聞いていた。ファイチの家族が首里から島添大里に戻って来た時、ジルークも一緒に戻って来て、一人暮らしをしていた。チルーが食事の面倒を見ているらしい。その後、家族は首里から浦添に移ったが、ジルークだけは島添大里に残り、ソウゲンの屋敷に通い、武術道場にも通っていた。
 サハチはソウゲンにお礼を言って別れると、そのまま首里に向かった。北の御殿(にしぬうどぅん)で政務を執り、午後になると浮島(那覇)に向かった。
 ファイチはメイファン(美帆)の屋敷にいた。何かを書いていたが顔を上げると、「サハチさん、珍しいですね。メイユー(美玉)はまだ来ていませんよ」と笑った。
「去年、会えなかったからな。会うのが楽しみだよ」
「メイユーがサハチさんの側室になったそうですね。マチルギさんは偉い女子(いなぐ)です」
「誰から聞いたんだ?」
「ウニタキさんですよ」
「ウニタキはよく来るのか」
「何日か前に来ました。ファイテとミヨンの事です」
「ウニタキは許したのか」
「いつかはお嫁に出さなければならないのなら、お前の倅に嫁がせようと言っていました」
「そうか。奴も覚悟を決めたか」
「ただ、条件がありました。絶対に明国には行かせるなと言っていました」
「ファイテは明国に行きたいと言っているのか」
「明国を見て来て、色々な事に驚いたのでしょう。琉球のために明国の技術を身に付けたいと言っていました。また明国に行きたいと言い出すかもしれません」
「そうか。お前の倅だから、そう考えるのも当然だな。ファイチも国子監の官生の事は聞いているだろう。ファイテを送ろうと思うんだがどう思う?」
「ファイテを官生に? サハチさんの息子を送らないんですか」
「俺の息子たちは勉学は苦手なようだ。俺とマチルギの子だからな。皆、使者になるよりもサムレー大将になって遠い国々に行きたいようだ。クグルーとシタルーは使者になると言っているが、二人ともすでにかみさんがいて、三年間も離れて暮らすのは無理だろう。ただ一人、適任者がいた。浦添按司の三男のジルークだ。ファイチも知っているだろう」
「ジルークならファイテと仲がいいので知っています」
「ファイテとジルークを送ろうと思っているんだ」
「二人とも喜ぶでしょう。でも、ウニタキさんには怒られそうですね」
「いや、三年間、お嫁に行くのが伸びれば、ウニタキも喜ぶだろう」
「そうなればいいのですが」
「大役(うふやく)たちと相談して正式に決まるが、十月に出す進貢船に乗せるつもりだ」
 ファイチがお礼を言うと、「次は浦添按司の許可を得んとな」とサハチは言って、ファイチと別れた。
 そのまま浦添に向かい、浦添按司に会って話をすると、浦添按司は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「ジルークが国子監の官生‥‥‥あいつに務まるでしょうか」
「ファイテも一緒に行くから大丈夫だろう」
浦添按司になれたのも夢のような話なのに、倅が官生になるなんて、何とお礼を言ったらいいのか‥‥‥」
「倅のジルークがファイテに負けずに勉学に励んでいるからだよ。ソウゲン和尚がジルークを勧めたんだ」
「そうでしたか。確かにあいつは書物を読むのが好きです。きっと、祖父(じい)さんに似たんでしょう。わたしの妻の父親は大(うふ)グスク按司に仕えていて、『物知り(むぬしり)』と呼ばれていました。大グスクの合戦で戦死してしまいましたが、ジルークに才能を残してくれたようです」
 サハチは浦添按司の了解を得て、首里に帰り、大役たちに報告した。
 それから何日かして、ウニタキが島添大里グスクにいたサハチを訪ねて来た。
「ファイテが国子監の官生になると聞いたが、そいつは本当なのか」とサハチの顔を見るなりウニタキは言った。
「まだ正式には決まってはいないが、そのつもりだ」
「三年間、帰って来ないのか」
「多分な」
「そうか‥‥‥ミヨンが悲しむな」
「お前はファイテが官生になる事に反対なのか」
「いや。行くべきだと思う。あいつは漢字だらけの難しい本を読んでいる。その才能はもっと伸ばすべきだ」
浦添按司の三男のジルークを知っているか」
「知っている。以前に暮らしていた屋敷で一人で暮らしていて、食事の時はチルーが呼んで、一緒に食べているようだ。ファイチの家族も呼んで、賑やかにやっている事もあるらしい。あいつはちょっと変わっている。物の見方が普通じゃないんだ。星や月を見上げれば、どうして落ちてこないんだろうと言うし、鳥を見れば、どうして空を飛べるんだろうと言う。魚はどうして水の中で生きられるのだろう。俺たちが当たり前の事として納得している事が、あいつには当たり前ではないようだ。あいつを明国で学ばせれば、様々な事を身に付けて帰って来るだろう。あいつなら石で橋が作れるかもしれない」
「そうか‥‥‥官生というのは使者になるためだけに送るんじゃないんだな。明国の技術を身に付けて帰って来れば、琉球は発展する。頭がいいだけではなく、ちょっと変わった奴を送った方がいいかもしれん」
「そうだよ。塩飽(しわく)の船大工のように、何か一つの事を徹底して熱中する奴がいい」
 サハチはうなづいた。
「話は変わるが小禄按司(うるくあじ)が亡くなったようだ」とウニタキは言った。
「具合が悪いと聞いていたが亡くなったか。いくつだったんだ」
「六十三だという。若按司が跡を継いだんだが、若按司の妻は中グスク按司の娘らしい。一族は皆、亡くなっている。唯一生き残っているのは姪の中グスクヌルだけだ」
小禄按司はクグルーの兄貴に当たるわけだが、葬儀に行くと言い出すかな」
「どうかな。大して面識もないんじゃないのか」
「そうだろうな。俺も小禄按司とはあまり話をした事もなかったが、本心はどこにあったのだろう。やはり、シタルー(山南王)と組もうとしていたのかな」
「察度(さとぅ)(先々代中山王)が生きていた時、小禄按司は頻繁に浦添グスクに出入りしていた。中山王の重臣のような立場だった。浮島が近いので、浮島にある蔵を管理していたのが小禄按司だった。親父の宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)(泰期)様が何度も使者として明国に行っていたので、倅に商品の管理をさせていたのだろう。親父が亡くなったあと、アランポー(亜蘭匏)が力を持つようになって、浮島の蔵の管理はアランポーの一族の者に移された。小禄按司は腹を立てて、武寧(ぶねい)(先代中山王)とは疎遠になったようだ。今までのように浦添グスクに顔を出さなくなった。先代の山南王(汪英紫)が亡くなった時、小禄按司はシタルーの味方をしたが、その後、シタルーに近づいたようでもない。山南王になったシタルーは義兄の武寧と協力して首里グスクを築き始めた。小禄按司は黙って成り行きを見ていた。首里グスクが完成して、武寧がシタルーを攻めた時は、武寧の命令に従ってシタルーを攻めたが、途中で引き上げている。武寧が亡くなったあとも敵(かたき)を討とうという素振りはない。はっきり言って何を考えているのかわからない男だった。ただ、城下での評判はいい。城下の者たちは皆、小禄按司を慕っていて、按司の事を自慢する。城下に鍛冶屋(かんじゃー)たちが住む一画があって、宇座の御隠居様が『金満按司(かにまんあじ)』として祀られている」
「金満按司?」
「宇座の御隠居様は鍛冶屋の神様として祀られているんだ」
「どうしてだろう。御隠居様は鍛冶屋だったのか」
「もしかしたら、御隠居様の親父が奥間(うくま)の鍛冶屋だったんじゃないのか」
「察度の親父が奥間出身だと聞いた事はあるが、御隠居様の親父も奥間出身だったのか」
「多分、そうだろう。察度は奥間に鉄屑を運んでいたらしいが、実際は御隠居様が運んでいたんじゃないのか。そして、奥間の鍛冶屋が小禄に住み着いて、御隠居様を神様として祀ったんだよ」
「御隠居様が鍛冶屋の神様か‥‥‥」
 航海の神様か馬飼いの神様になるのならわかるが、鍛冶屋の神様とは意外だった。
 侍女が顔を出して、ンマムイが訪ねて来た事を知らせた。サハチは通すように言い、「今頃、何だろう」とウニタキを見た。
「ンマムイは最近、シタルーに呼ばれて島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに出入りしている。いよいよ、シタルーが動いたようだ」
「シタルーが動いたか‥‥‥」
 侍女に連れられてンマムイがやって来た。
「師兄(シージォン)たち、お久し振りです」とンマムイは頭を下げると、「しばらく、留守にする事になりましたので挨拶に参りました」と言った。
「今度は明国にでも行くのか」とサハチがからかうと、
「違いますよ。妻の里帰りです」とンマムイは言った。
「なに、今帰仁(なきじん)に行くのか」とサハチはわざと驚いて見せた。
「朝鮮旅を許したのだから、今度は俺の願いを聞いてくれと山南王に言われましてね。いい機会ですから行って来ようと思っています。妻も喜んでいます。嫁いで来てから十六年も経っていますからね」
「子供も連れて行くのか」
「勿論です」
「赤ん坊もいるじゃないか。大変だな」
「山南王が船の用意をしてくれたので大丈夫です。子供たちも船に乗るのを楽しみにしています」
「そうか。今の時期なら船で行けるな。帰りも船となると、帰って来るのは年末だな」
「そうのんびりもしてられませんよ。一月後には帰って来いと言われました。帰りは歩きです。せっかくの旅ですから、あちこちに寄って来ようと思っています」
「そうか。お前は今帰仁には行った事があるのか」
「一度だけですが、ヤタルー師匠(阿蘇弥太郎)と一緒に行きました。今帰仁合戦の二年後で、まだ城下の再建をしていました」
今帰仁の城下も随分と変わったらしい。充分に楽しんで来てくれ。そう言えば、山北王(さんほくおう)(攀安知)の妻はお前の妹だったな。再会するのが楽しみだろう」
「ええ。噂では浦添ヌルになった妹も今帰仁にいるようです」
「それで、シタルーに何を頼まれたんだ」とウニタキがンマムイに聞いた。
「同盟の事ですよ」とンマムイはあっけらかんとした顔で言った。
「お前、そんな事をここでしゃべってもいいのか」
「しゃべらなくても、すでに知っているのでしょう」
「まあな」とウニタキは笑った。
 ンマムイが帰ったあと、「奴の命が危険だな」とサハチはウニタキに言った。
 ウニタキはうなづき、「シタルーはンマムイを殺すつもりだろう」と言った。
「山北王と山南王が同盟を結べば、奴の役目は終わる。俺たちと親しくしているンマムイはシタルーにとって目障りだろう。役目が終わったらシタルーはンマムイを殺し、中山王の仕業だと言うに違いない。世間の者たちは同盟を阻止するために、中山王がンマムイを殺したんだと信じるだろう」
「それだけではないな」とサハチは言った。
「一緒に朝鮮に連れて行ったンマムイを中山王が殺せば、中山王から離反する者たちも出てくるに違いない」
「そうだ。それがシタルーの狙いだ。お前たちもいつかは殺されると言って、東方(あがりかた)の按司たちを味方に引き入れるに違いない」
「シタルーならやりかねんな」
「もしかしたら、ンマムイは今帰仁からの帰りに殺されるかもしれんぞ。中山王の仕業にするなら、山北王の書状が山南王に届く前に殺すはずだ。ヤンバル(琉球北部)の山の中で殺されてしまうかもしれん」
「絶対に防いでくれ」とサハチはウニタキに頼んだ。
「わかっている」とうなづいたあと、「ンマムイの心配より、山南王と山北王の同盟を阻止しなくてもいいのか」とウニタキは聞いた。
「山南王と山北王の同盟は計算済みだからな。同盟したからと言って、山南王も山北王も、すぐに攻めて来る事はできないはずだ。特に山北王は今、北(にし)に勢力を伸ばしている。南(ふぇー)に目を向けるのは北が片付いてからだろう。山南王もタブチがいる限り、簡単には動けない。首里を攻めている隙に、タブチに島尻大里グスクを奪われる。同盟して状況がどう変わるのか様子を見て、今後の作戦を練るしかないな」
「ンマムイの事は任せろ」と言ってウニタキは帰って行った。

 

 

 

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