長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

54.家督争い(最終決定稿)

 八重瀬(えーじ)按司のタブチの行動は素早かった。
 まるで、前もって父親が亡くなるのを知っていたかのように、その日の夕方には、二百の兵を率いて島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクを占拠した。
 タブチは父親の重臣だった者たちを集めると、父親の跡を継いで山南王(さんなんおう)になる事を宣言した。反対する者はグスクから出て行くように命じ、緊急事態に備えて兵を集めさせた。
 タブチに反対して、出て行った重臣は一人もいなかった。
 亡くなった山南王の汪英紫(おーえーじ)が生前、次男のシタルーを跡継ぎにする事を願っていたのを知っている重臣たちも、長男のタブチを差し置いて、次男に継がせる事にためらいがあった。欠点があるならともかく、タブチは武将としては父親に劣らない活躍をしているし、若い頃はともかく、最近は思慮深くなって落ち着きもある。当主としての貫禄も備わってきていた。先代の王の願いだけで、次男に跡を継がせるのは、戦乱の元になると重臣たちは考えていた。
 確たる理由もなく次男が跡を継げば、それは山南王だけでなく、重臣たちの身にも降り掛かってくる。自分たちの息子たちも家督争いを始める可能性が出てくるのだった。ここは長男のタブチに跡を継がせて、次男のシタルーに、その補佐をさせるのが一番いいだろうと重臣たちは意見をまとめ、生前、汪英紫から渡された遺言の書き付けをタブチに渡した。
 タブチは満足そうに書き付けを受け取ると、その場で火を付けて焼却した。重臣たちを味方に付けたタブチは、順調に行っている事を神に感謝した。あとはシタルーだけだった。何としてでも、シタルーを説得して、中山王を介入させてはならなかった。
 子供の頃は三人で仲良く遊んだものだった。父親が八重瀬按司を倒して、与座(ゆざ)グスクから八重瀬グスクに移ったのは、タブチが十歳の時だった。シタルーが八歳、ヤフスが六歳で、毎日、泥だらけになって遊んでいた。あの頃、兄弟で争う事になるなんて思ってもいなかった。
 父親が島添大里(しましいうふざとぅ)按司を倒して島添大里グスクに移り、タブチが八重瀬按司になったのは二十一歳の時だった。
 五年後、父親は大(うふ)グスク按司を倒して、シタルーは大グスク按司になった。その頃から、タブチとシタルーの仲が気まずくなっていった。父親は近くにいるシタルーを何かと頼りにして、離れた所にいるタブチを蚊帳(かや)の外に置いた。やがて、シタルーは豊見(とぅゆみ)グスクを築いて、そこに移って行った。タブチには何の相談もなかった。シタルーが官生(かんしょう)として明国に行く事も、あとになって知らされただけだった。
 シタルーの留守中に山南王が亡くなり、跡を継いだ若按司高麗(こーれー)に逃げ、父親は島尻大里グスクを奪い取って、山南王になった。その時は、父親もタブチを頼りにしてくれた。タブチも父親の期待に応えて活躍した。しかし、シタルーが明国から戻って来ると以前の状況に戻り、さらに、シタルーが『ハーリー』を催すと、その人気は物凄く、誰もがシタルーを山南王の跡継ぎと見るようになっていった。このままではまずいとタブチが思い始めたのはその頃だった。あれから五年、父親の跡を継ぐために、タブチはやれるだけの事はやってきた。あとは運を天に任せるだけだった。
 次の日の十一月二十三日、タブチは父親の葬儀を行なった。弟のシタルーとヤフスは来なかった。
 二十四日、豊見グスクのシタルーが二百の兵を引き連れて、島尻大里グスクにやって来た。島尻大里グスクの正面に陣を敷くと、シタルーは父親の遺言書を持って、タブチに面会を求めた。
 重臣たちの見守る中で、タブチはシタルーと会った。タブチは弟を説得した。頭のいい弟だから、筋道を立ててちゃんと説明すれば、わかってくれると思っていた。しかし、シタルーはうなづかなかった。シタルーは父親の遺言書を盾に、自分が跡を継ぐ事の正当性を主張した。
 弟がすっかり変わってしまった事にタブチは気づいた。『ハーリー』を催してから各地の按司たちに褒められて、自分を見失い、思い上がってしまったようだった。重臣たちの説得にも耳を貸さず、自分の思い通りにならない事に怒り狂って帰って行った。
 タブチは重臣たちと相談して、中山王に使者を送った。中山王の妻はタブチの姉だった。シタルーの姉でもあるが、山南王の家督争いに介入しないようにとお願いした。さらに、中山王の弟の米須(くみし)按司にも、中山王が動かないように説得を頼んだ。
 その日は対陣するだけで、お互いに攻撃は仕掛けなかった。
 城下では戦が始まると大騒ぎだった。荷物をまとめて逃げる者、グスク内に避難する者たちが大通りを行き交っていた。シタルーの兵たちは道を封鎖して、城下の者たちを皆、グスク内に追い込んだ。
 午後になると島添大里按司のヤフスと瀬長(しなが)按司の兵がシタルーの陣に合流した。
 翌日からシタルーは総攻撃を開始した。しかし、兵力が少な過ぎた。グスク内には島尻大里の兵三百と八重瀬の兵二百の計五百が守っているのに対し、攻めるシタルーの兵は三百だった。三百の兵ではグスクを包囲する事もできず、近づけば弓を射られるので、まともな攻撃も仕掛けられなかった。
 重臣たちが兄のタブチを支持した事は、シタルーにとって予想外な事だった。父親が生きていた頃、重臣たちは父親の願い通りに自分を支持していたはずだった。それなのに、父親が亡くなった途端に考えを変えて、シタルーを裏切った。兄に先手を取られて島尻大里グスクを占拠されたが、遺言書があれば兄を追い出せると思っていた。まったくの誤算に、シタルーは自分を見失う程に怒りが心頭に達していた。
 サハチのもとにはウニタキの配下の者たちによって、島尻大里の様子が知らされた。サハチはウニタキの屋敷で、絵地図を見ながら状況を把握していた。ウニタキだけでなく、クマヌとファイチ(懐機)も一緒だった。
「今の所はタブチが有利じゃな」とクマヌが言った。
「中山王が出て来ますかね」とサハチはクマヌに聞いた。
「中山王としては、シタルーが山南王になった方がいいと思っているはずじゃ。亡くなった山南王は抜け目がないからな、生前に、シタルーの事を頼んでおいたに違いない。必ず、攻めて来るじゃろう」
「タブチとシタルーが中山王を交えて争っている隙に、島添大里グスクを奪い取ればいいのですね」とサハチは言って、三人の顔を見回した。
「すぐに決着はつかんとは思うが、早いうちに兵の移動をした方がいいぞ」とクマヌが言った。
「師匠(サハチの父)には知らせました。まもなく、顔を出すでしょう」とウニタキが言った。
 二十六日、糸数(いちかじ)から佐敷に使者が来た。至急、糸数グスクに集まるようにとの事だった。
 タブチから出陣要請が来たに違いないと思いながら、サハチは糸数に向かった。
 島添大里グスクを攻撃してくれとの要請だった。東方(あがりかた)の按司たちは協議して、三日後の二十九日の正午から島添大里グスクの攻撃を開始する事に決め、各自、戦の準備をするために引き上げた。
 それはサハチが思ってもいなかった要請だった。島尻大里を攻めているシタルーを攻めろ、という要請だと思っていた。そうだった場合、弟のマサンルーを大将にして送り出し、島尻大里で合戦が続いているうちに、島添大里グスクを攻め落とそうと思っていた。東方の按司たち全員が島添大里グスクを攻めるとなると、島添大里グスクを落とすわけにはいかない。もし、落城してしまえば、一番手柄を上げた者が手に入れる事になる。サハチが手柄を上げる確率は極めて低い。誰が手に入れるにせよ、東方の按司が島添大里按司になってしまうと、もう攻め取る事もできなくなってしまう。何とかしなくてはならなかった。
 佐敷に帰り、待っていたクマヌとファイチを伴って、ウニタキの屋敷に行くと父とヒューガの姿があった。
 ヒューガに会うのは八年振りだった。真っ黒に日焼けしたヒューガは、見るからに海賊のお頭といった雰囲気が漂っていた。
「師匠、お帰りなさい」とサハチが言うと、ヒューガも父も笑ってうなづいた。
 父の顔を見て、キラマの島では、父が『師匠』と呼ばれている事を思い出した。
「いよいよじゃのう」と父が言って、「忙しくなりそうじゃな」とヒューガが言った。
「それが、もう少し様子を見た方がよさそうです」とサハチは首を振った。
 絵地図を囲んで六人が丸くなって座ると、サハチは三日後の島添大里グスク攻撃を皆に伝えた。
「そいつはうまくないのう」と父が言って、腕を組んだ。
「どうして、島添大里を攻めるんじゃ」とクマヌが腑に落ちないといった顔で言った。
「豊見グスクを攻めろというのならわかるが、島添大里を攻めてヤフスを押さえたって、どうしようもないじゃろうに」
「いや、そうとも限らんぞ」と父が絵地図を見ながら言った。
「東方の按司たちが豊見グスクを攻めれば、ヤフスが東方を攻めるじゃろう。そうなると、東方の者たちは本拠地が危ないと戻らざるを得なくなる。それならば、初めから島添大里を攻めさせた方がいいと思ったんじゃろう」
「東方の按司が全員で攻めるとなると、落とすわけにはいかんな。ヤフスに踏ん張ってもらわんとならんのう」とクマヌが言った。
「トゥミに知らせないといけませんね」とウニタキが言った。
「東方の按司たちが攻めている間は動くなと」
「そうじゃな。早く知らせた方がいい」と父が言った。
「グスク内に火を掛けられたら落城してしまう」
 ウニタキはうなづくと部屋から出て行った。
「どうしますか」とサハチは父に聞いた。
「このままでは、島添大里グスクは落とせませんよ」
「なに、心配はいらんよ」と父は平気な顔をして言った。
「この十年間、島添大里グスクを攻めるための作戦を何通りも練って来たんじゃ。戦は動く。必ず、好機が訪れるはずじゃ」
「そうなればいいのですが。兵の移動はどうしますか」
「向こうはいつでも移動できる状態にしてある。もう少し、様子を見てからにしよう」
 父とヒューガをウニタキの屋敷に残して、サハチたちはグスクに戻ると戦の準備を始めた。
 その頃、浦添グスクでは中山王の武寧(ぶねい)が、タブチとシタルーを秤(はかり)に掛けていた。タブチは介入するなという。シタルーは援軍を送ってくれという。義父の山南王から生前、シタルーを頼むと言われ、遺言書も預かっていた。亡くなった義父は、手強(てごわ)い武将で敵にはしたくない男だった。生前は言う事を素直に聞いていたが、亡くなった今、山南をどうするかは自分が決める事だった。介入しなければ、タブチが山南王になる。何もしなくてもタブチに恩を売ることができる。出陣すれば費用は掛かるし、シタルーを助けたとしても、元が取れるかどうかはわからない。どうしたものかと中山王は悩んでいた。
 二十九日、馬天ヌルと佐敷ヌルによって出陣の儀式が行なわれ、弟のマサンルーとヤグルー、それと、マチルギに佐敷グスクの守りを任せて、サハチは五十人の兵を率いて島添大里へ出陣した。ファイチもヤマトゥの鎧を着てサハチに従った。重臣で出陣したのは、クマヌ、苗代大親(なーしるうふや)、与那嶺大親(ゆなんみうふや)、屋比久大親(やびくうふや)、當山之子(とうやまぬしぃ)で、八代大親(やしるーうふや)、兼久大親(かにくうふや)、美里之子(んざとぅぬしぃ)には留守を守ってもらう事になった。父とヒューガも戦況を把握するために共に出陣し、客将のサムも出陣した。
 その日の朝、島尻大里を攻めていたシタルーの兵は、米須(くみし)按司、与座(ゆざ)按司、具志頭(ぐしちゃん)按司、真壁(まかび)按司、伊敷(いしき)按司、玻名(はな)グスク按司の兵に不意を突かれて攻められ、陣を立て直す事ができずに敗退した。ヤフスはシタルーに命じられて、島添大里に戻って行った。東方の按司たちが島添大里を攻めるほんの少し前の事だった。
 島添大里グスクのある山裾で合流した東方の按司たちは、山を登ってグスクを包囲した。
 島添大里グスクは北側と西側は険しい崖になっているので、総勢三百五十の兵が南側から東側にかけて、石垣に沿ってグスクを囲んだ。サハチたち佐敷の兵は一番東の端で、東門のある辺りだった。門は西門、正門、東門と三つあり、中央にある正門は櫓門(やぐらもん)になっている。西門から正門にかけての門前には城下の村があるが、東側には家はなく、鬱蒼(うっそう)とした森が広がっていた。城下の者たちは、すでに、グスク内に避難したとみえて人影はなかった。
 サハチは参加しなかったが、前回、島添大里グスクを攻めた時、城下の家はすべて焼き払われた。今回はグスクを落とせば、自分たちの物となるので、城下を焼き払えと言う者はいなかった。
 法螺貝の合図で総攻撃が始まった。
 高い石垣に囲まれているグスクを攻めるのは難しかった。近づけば敵の弓矢でやられてしまう。盾で矢を防ぎながら前進して、石垣に梯子を掛けたとしても、それを登る事はできなかった。石垣の内側の右端にある物見櫓(ものみやぐら)が曲者(くせもの)だった。三丈(じょう)(約九メートル)近くもあって、そこから、こちらの動きは丸見えだった。火矢を放っても一番奥にある屋敷には届かないようだった。無駄な負傷者が出るばかりなので、サハチは兵を撤収させた。
 何の進展もなく、三日が過ぎた。
 十二月に入ると急に寒くなってきた。グスクを攻めるよりも、篝火(かがりび)と焚火(たきび)のための薪(たきぎ)集めが、毎日の日課となっていた。島添大里グスクを攻めるのが初めてだったサハチは、こんな事をしていていいのかと焦るが、何度もこのグスクを攻めている糸数按司は、「いつもの事じゃ。気を楽にして、じっと待つ事じゃ」と笑いながら言った。
「今年はひどい台風が来て作物が全滅した。このグスクだって、兵糧(ひょうろう)は大してないはずじゃ。その内に干上がって降参して来るじゃろう」
 確かに糸数按司の言う通りだった。佐敷は今の所、何とか食いつないでいるが、飢饉(ききん)に陥っている村もかなりあると聞いている。グスク内には城下の者たちも避難している。何人いるのかわからないが、もしかしたら一月も持たないかもしれなかった。サハチはすぐにその事を父に言って対策を練った。
「どれだけの兵糧が蓄えてあるのか、それが問題じゃな」と父は言って坊主頭を撫でた。
 最近、剃っていないので少し伸びていた。
「兵糧がなくなる前に、シタルーが糸数でも攻めてくれれば、みんな撤収して行くんじゃがのう。今のシタルーにそんな余裕はないじゃろうな」
「それでも、シタルーはここの兵糧がどれだけ持つのかは知っているはずです。ここが落ちる前に、何とかするとは思いますが」
「今の状況では何とも言えんな。今のシタルーには弟の事を心配する程の余裕はないじゃろう」
 雨が降ったりやんだりの日々が続いていた。
 サハチたちは小屋を立てて本陣とし、兵たちの小屋も立てて交替で休ませた。小屋の中で、サハチと父が絵地図を睨みながら、ここにいる東方の兵を本拠地に戻す方法はないものかと頭を抱えていた時、ウニタキがやって来た。
「中山王がやっと出て来た」とウニタキは言った。
「中部の按司たちの兵も率いて来た。シタルーの兵と合わせると、総勢一千近くにはなるな。島尻大里グスクは完全に包囲された。ここと同じ状況だ」
「とうとう出て来たか。シタルーにも少しは余裕が出て来たな。こうなると、ここが落ちる前に、糸数を攻めるかもしれんな」
 サハチはそう言って、父を見た。
 父はうなづいた。
「シタルーも弟の心配ができる状況になったな。中山王としても、島添大里グスクが落ちてしまうと浦添が危険になるから何としても守るはずじゃ」
 いつの間にか、ヒューガとファイチが小屋に来ていた。
 ヒューガは明国の武術に興味があるらしく、しきりにファイチから聞いていた。ファイチもヤマトゥの武術に興味があるようで、年齢は親子ほども違うのだが、二人は気が合うようだった。
「移動を始めますか」とヒューガが父に聞いた。
「うーむ」と父は唸った。
「難しい所じゃのう。移動するのはいいが、そのあとが問題じゃ。あまり長い間、出番がないと食糧に困るし、隠しておくのも大変じゃ。こういう時は、馬天ヌルに聞くのが一番じゃな。ちょっと聞いてくる」
 そう言うと父は小屋から出て行った。
「わしも一緒に行くか」とヒューガか付いて行った。
「お願いします」とサハチは父の護衛をヒューガに頼んだ。
 中山王の武寧がシタルーを助ける事に決めたのは、首里(すい)の事だった。武寧は首里に、明国の宮殿のような豪勢なグスクを建てようとしていた。それを築くためには、どうしてもシタルーの力が必要だった。豊見グスクを自ら指揮して築いた経験と、三年間、明国に留学して得た知識が必要だった。偉大なる父を超えるには、首里にグスクを築いて、新しい都を造るしかない。それを成すためには、シタルーの存在は不可欠だった。
 十二月九日、膠着(こうちゃく)状態を打開するために、知念(ちにん)按司が大グスクを攻めたらどうかと提案して、皆に賛同された。知念按司が以前、調べた所によると守備兵は三十人足らずだという。知念按司の兵は五十人だが、必ず落としてやると勇んで出陣して行った。もし、落としたら自分の手柄として、大グスクをもらってもいいかと聞いて了解を得ていた。知念按司の妻は大グスク按司の娘だった。妻のためにも奪回したいのだろう。
 また厄介(やっかい)な問題が出て来たとサハチは思った。大グスクが知念按司のものとなってしまえば、攻め取る事ができなくなってしまう。落ちないでくれと願うばかりだった。
 佐敷グスクで一泊して、ヒューガと一緒に戻って来た父は、「もう少し待てとのお告げじゃった」と馬天ヌルの言葉を伝えた。
「島添大里グスクには、二か月は耐えられる兵糧があるはずだと馬天ヌルは言うんじゃ」
「どうして、そんな事がわかるのです」とサハチは父に聞いた。
 父は首を傾げた。
「蔵の中が見えたのかもしれんな。佐敷ヌルにも聞いてみたが、兵の移動は来年になってからでも大丈夫だと言った」
「そうですか。二人がそう言うのなら、もう少し様子を見ますか」
 それから四日が過ぎた十四日、中山王と共に出撃して来た中グスク按司と越来(ぐいく)按司の兵二百が、八重瀬グスクの攻撃を始めたとウニタキから知らされた。
「シタルーはなぜ、八重瀬を攻めたのでしょう」とサハチは言った。
 本陣の小屋にはサハチと父とクマヌがいた。
「八重瀬は簡単には落ちまい」とクマヌは言った。
「タブチは充分な兵糧を準備していたはずじゃ」
「この戦にタブチが勝つには、中山王とシタルーの兵を破らなくてはならんが、今の状況では難しい」と父は言った。
「米須按司、与座按司、具志頭按司、伊敷按司、真壁按司、玻名グスク按司の兵三百が、島尻大里を包囲している中山王とシタルーの兵に奇襲を掛けていますが、さほどの効果は出ていないようです」とウニタキが言った。
「シタルーが勝つには、島尻大里の兵糧が尽きるのをじっと待つか、何とかして、グスク内に誰かを潜入させて、グスク内を混乱させるかじゃな。八重瀬を攻めたのは、米須按司たちを八重瀬の救援に向かわせるためじゃないのか」と父が言った。
「八重瀬の守備兵はどれくらいだかわかるか」とクマヌがウニタキに聞いた。
「五十前後でしょう。城下の村の者たちが二百人ほどグスク内に避難しています。その中に、わたしの配下の研ぎ師もいます」
「なに、八重瀬グスク内に配下の者がいるのか」と父は驚いた顔をしてウニタキに聞き返した。
「はい。腕のいい研ぎ師で、もう五年も前から城下に住んでいますので、タブチにも信用されています」
「うーむ。それは使えるかもしれんな」
 次の日には、米須按司たちが豊見グスクを攻撃したとの知らせが届いた。お互いに本拠地を攻めて、相手を動揺させる作戦に出ていた。
 十二月二十日、大グスクを攻撃していた知念按司が引き上げて来た。敵の夜襲にやられて、散々な目に遭ったという。
「大グスクの守将は内原之子(うちばるぬしぃ)という猛将じゃ。わずか五十の兵で落とすのは到底、無理じゃ」と知念按司は悔しそうに言った。
 内原之子と聞いて、サハチは大グスクが落城した時、叔父の苗代大親と戦って敗れた武将を思い出した。糸数按司も思い出したらしく、「そいつは、わしの親父を殺した内原之子の倅か」と聞いた。
「多分、そうじゃろう」と知念按司はうなづいた。
「そうか。奴の倅なら手強(てごわ)いかもしれん」
 糸数按司はサハチを見て、「どうじゃ、大グスクを攻めてみんか」と言った。
「見事に攻め落とせば、大グスクはそなたのものじゃ」
 サハチは少し考えてから、「やってみます」と答えた。
 サハチは兵を率いて大グスクへと向かった。
 久し振りにいい天気だった。