長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

76.首里のマジムン(最終決定稿)

 二月九日、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクで、馬天ヌルと佐敷ヌル、それに、フカマヌルも加わって、武装した兵たちの見守る中、出陣の儀式が厳かに執り行なわれた。馬天ヌルの娘のササとサハチの長女のミチが、若ヌルとして手伝っていた。
 ミチは二年前から、佐敷ヌルのもとで、ヌルになるための修行を積んでいた。十四歳になったミチを見ながら、サハチは改めて、月日の流れの速い事を感じていた。
 儀式が終わると、弟のマサンルー(佐敷大親)が大将となって、百人の兵を率いて、糸数(いちかじ)グスクへと出陣して行った。副将として屋比久大親(やびくうふや)が従った。表向きは、サハチは具合が悪くて、寝込んでしまったので、マサンルーが代理という事になっていた。
 マサンルーの出陣を見送ると、サハチと父、大将に任命された重臣たちは目立たないように少人数づつ、与那原(ゆなばる)の運玉森(うんたまむい)へと移動した。武器や鎧(よろい)はすでに、『マジムン屋敷』に運び入れてあった。
 今回の戦で大将を務めるのは、サハチ(島添大里按司)、クマヌ(熊野大親)、ヒューガ(三好日向)、サム(伊波大親(いーふぁうふや))、兼久大親(かにくうふや)、苗代大親(なーしるうふや)、美里之子(んざとぅぬしぃ)、當山之子(とうやまぬしぃ)、ヤグルー(平田大親)、苗代大親の長男のマガーチの十人で、それぞれが百人の兵を率いて戦う。兵糧(ひょうろう)の調達と負傷兵の保護は与那嶺大親(ゆなんみうふや)が担当し、父(師匠)は総大将として、全軍の指揮を執る事になっていた。
 島添大里グスクは、弟のマタルーとサハチの長男のサグルーが、八代大親(やしるーうふや)と共に百人の兵で守っている。マチルギが率いている女子(いなぐ)サムレーも五十人余りいた。佐敷グスクは、弟のクルーが美里之子の長男のサンルーと共に五十人の兵で守っている。平田グスクは、宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)の忘れ形見のクグルーが五十人の兵と守っている。クグルーも佐敷に来て八年が経ち、苗代大親の娘を嫁にもらって、すっかり、佐敷に根を張っていた。そして、運玉森には一千人の兵が待機していた。
 キラマの島から来た九百人の内、百人はマサンルーと共に出陣した。五十人はファイチが率いて浮島の久米(くみ)村にいて、五十人はウニタキが連れて行き、今、浦添(うらしい)で待機している。残った七百人と島添大里の兵が二百人と佐敷の兵が百人が加わって一千人だった。浮島の船の中にいた百五十人も今日の早朝、目立たないように移動していた。
 マジムン屋敷で鎧を身に付けて、サハチが父と一緒に外に出ると、兵たちは皆、整列して待っていた。鬱蒼(うっそう)と樹木(きぎ)が生い茂っていたマジムン屋敷の横の土地が、綺麗に整地されて、広い平地になっていた。そこに、武装した一千の兵が目を輝かせて並んでいる。
 一千の兵が武装して、整然と並んでいる姿は壮観な光景だった。身に付けている鎧は様々たが、皆、胸の所に大きく『三つ巴』が描かれてあった。この家紋によって、敵と味方を一瞬にして見分ける事ができた。
 兵たちの前には、大将を務める重臣たちが、厳しい顔付きで並んでいた。勿論、重臣たちの鎧にも『三つ巴』が描かれてあった。
 サハチと父は重臣たちにうなづきながら、中央に立って、兵たちを眺めた。
 いよいよ、最後の仕上げの時が来ていた。サハチは一千人の兵たちの引き締まった顔付きを眺めながら、武者震いするのを感じていた。一千人といえば、中山王の兵よりも多い。しかも、無敵の精鋭揃いだった。
「待ちに待っていた出陣の時が来た」と父がよく通る声で言った。
「皆、気を引き締めて、今までの厳しい修行の成果を見せてくれ。お前たちは琉球一の兵じゃ。自信を持って戦え」
 父が右の拳(こぶし)を上げると、「ウォー」と物凄い歓声が上がった。そして、「師匠! 師匠!」と何度も叫び始めた。
 父がお前も何か言えとサハチに言った。突然の事で何を言っていいかわからなかった。
 父に押されてサハチが一歩前に出ると、兵たちは叫ぶのをやめて静かになった。
 サハチは兵たちの顔を見回しながら深呼吸をした。
「いよいよ、決戦の時が来た。みんな、よろしく頼むぞ」とサハチは言って、右の拳を振り上げた。
「ウォー」と歓声が上がった。「按司様(あじぬめー)! 按司様!」と兵たちは何度も叫んでいた。
 その歓声の轟(とどろ)く中、四人の女武者が現れた。馬天ヌルと佐敷ヌルとフカマヌル、そして、マチルギもいた。四人は鎧に身を固めて、太刀を佩(は)き、長い髪を簪(かんざし)で束ねて、白い鉢巻を巻いていた。その勇ましい姿が、憎らしいほど、四人共、よく似合っていた。
「凄いわねえ」と馬天ヌルは一千の兵を見渡しながら、「出陣の儀式を、ここでもやった方がよさそうね」と言った。
「どうして、ここに来たのです」とサハチは馬天ヌルに聞いた。
首里(すい)のマジムン(悪霊)退治よ」と馬天ヌルはいつになく、厳しい顔付きをして言った。
「マジムンを退治しないと、あそこに住めないのよ」
「一緒に首里に行くという事ですか」
「勿論よ」
「マチルギがどうして一緒にいるんです」
「四人いないと退治できないのよ」
「マチルギはヌルじゃないですよ」
「でも、神人(かみんちゅ)でしょ」
 サハチはマチルギがサスカサ神(がみ)から神名(かみなー)を授かった事を思い出した。
「どうしますか」とサハチは父に聞いた。
首里にマジムンがいるなら、退治しなければなるまい。連れて行ってやれ」
 サハチはうなづき、「戦には参加しないで下さいよ」と言ったが、この四人、言う事を聞くような女たちではなさそうだった。
 武装したままの姿で、馬天ヌル、佐敷ヌル、フカマヌルは出陣の儀式を行なった。マチルギも言われるままに手伝っていた。武装した四人の美女が執り行なう儀式を、兵たちはうっとりと見とれていた。
 儀式が終わり、兵たちをその場で休ませ、重臣たちは本陣となるマジムン屋敷に移った。
 サハチはマチルギに近づいて、「一体、どうなっているんだ」と聞いた。
「島添大里で出陣の儀式が終わったあと、叔母さんがやって来て、早く支度しなさいって言われて、ここに来たのよ」
「お前と佐敷ヌルが出て来たら、島添大里グスクの守りはどうなるんだ。女子(いなぐ)サムレーを指揮する者がいなくなってしまう」
「大丈夫よ。チルーがいるわ」
 ウニタキの妻のチルーは島添大里の城下に移ってから、師範代に復帰して、娘たちを鍛えていた。
「しかしな‥‥‥」
「どうしても、あたしが必要なんですって。叔母さんにそうまで言われたら、断れないでしょ」
「まいったな。敵と戦ったりはするなよ」
「今回の敵はマジムンよ。人間は相手にしないわ」
「よし、約束だぞ」
 マチルギはうなづいた。
 重臣たちが輪になって座り、絵地図を広げて、眺めているとウニタキがやって来た。
「中山王の若按司が、中グスク、越来(ぐいく)、勝連(かちりん)、北谷(ちゃたん)の兵を率いて出陣しました」とウニタキは言った。
「やはり、若按司じゃったか」と父が言った。
「総勢は七百前後です」とウニタキは答えた。
「中山王は首里にいるんじゃな」
浦添に来ていましたが、出陣を見送ると、また、首里に戻って行きました。もう、首里に着いている頃かと思います」
「中山王の命もあとわずかじゃな」
 ウニタキはうなづいた。そして、武装したフカマヌルの姿を見つけた。サハチの隣りに行くと、「ヌルたちも出陣するのか」と小声で聞いた。
首里のマジムンを退治するそうだ」
首里にマジムンがいるのか」
「馬天ヌルがそう言ったんだ」
 ウニタキは首を傾げてから、「あの四人なら大将も務まりそうだな」と言った。
「やめてくれよ。やるって言い出したらどうするんだ。誰も止める事はできないぞ」
「確かにな」とウニタキは苦笑した。
 小荷駄隊(こにだたい)を率いている与那嶺大親が、大量の握り飯を運んできた。与那原の女たちが総動員で作った握り飯だった。
 兵たちに握り飯を配って、腹拵えが終わった頃、奥間大親(うくまうふや)(ヤキチ)がやって来て、「東方(あがりかた)の按司たちは皆、豊見(とぅゆみ)グスク攻めに向かいました」と伝えた。
「なに、マサンルーは豊見グスクを攻めるのか」と父がヤキチに聞いた。
「はい、東方の兵、総勢五百が豊見グスクを攻めます」
「東方の按司だけなら、マサンルーも無事に抜け出せそうですね」とサハチが言った。
「中山王が亡くなったあと、糸数(いちかじ)按司がどう出るかじゃな」とクマヌが言った。
「突然の事に、マチルーが驚いているだろうな」とサハチが心配すると、「大丈夫だ」とウニタキが言った。
「包囲されたあと、侍女から、中山王攻めが伝えられるはずだ」
「そうか。それなら、マチルーも安心できるな」
 ウニタキはそろそろ、首里グスクに潜入すると言って立ち上がった。
 サハチと父は、「頼むぞ」と言って、ウニタキを送り出した。出掛ける時、ウニタキはフカマヌルに何事かを言って、ヌルたちを笑わせていた。
 それから一時(いっとき)(二時間)ほどして、中山王の兵がタブチの兵と合流して、島尻大里グスクを包囲したとの知らせを、ヤキチの配下の者が持って来た。
「よし、出陣じゃ」と父が言って、サハチ、クマヌ、兼久大親の三人が、百人づつの兵を率いて首里に向かって出陣した。
 山中からの出陣なので、馬は使わず、全員が徒(かち)だった。サハチの隊に、三人のヌルとマチルギが加わった。
 総大将の父は、本陣のマジムン屋敷で指揮を執った。相手の出方次第で、兵の使い道が変わるので、ヤキチの配下の情報をもとに、兵の配置を指図する事になる。

 

 中山王の武寧(ぶねい)は、首里グスクの宮殿の裏にある御内原(うーちばる)の屋敷で、若い側室のアミーを相手に祝杯を上げていた。つい先程まで、物見櫓(ものみやぐら)に登って、南部の戦を眺めていたのだが、突然、大雨が降って来た。武寧はびしょ濡れになり、着替えるとアミーのもとへと行き、酒を飲み始めたのだった。
「ようやく、邪魔者が消えて、わしの天下になるのう」と武寧はアミーを抱き寄せながら、嬉しそうに笑っていた。
 アミーは密貿易で稼いだ浦添城下の商人から贈られた娘だった。牧港(まちなとぅ)辺りのウミンチュの娘らしいが、ただ美しいだけでなく、機転が利いて、一緒にいても飽きる事はなかった。
 武寧はアミーのお酌を受けながら、シタルーから受けた数々の屈辱を思い出しては、悪態をついていた。
 山南王の汪英紫(おーえーじ)が亡くなって、天下に怖い者はいなくなったと思っていた。シタルーは自分が山南王にさせてやったようなものだった。自分の思い通りに動くはずだった。しかし、シタルーは明の言葉がしゃべれるのをいい事に、久米村に出入りして好き勝手な事をし、さらに、冊封使(さっぷーし)に対しても好き勝手に振る舞っていた。自分の威厳は、シタルーのお陰で丸つぶれになった。首里グスクが完成したからには、もう許してはおけない。生かしておく事はできなかった。
 十一日の出撃は思った通り、シタルーに知られた。シタルーは攻められる前に攻めようと、その前日の完成の儀式の日に、首里攻撃をたくらんだ。こちらはさらに、その前日を選んだのだった。シタルーの奴は今頃、兵に囲まれて悔しがっている事だろう。内通者がいるので、早いうちにけりが付くはずだった。シタルーの命も風前の灯火だと思うと、自然と笑いがこみ上げてきた。
「どうしたのですか、急に笑ったりして」とアミーが不思議そうな顔をして聞いた。
「なに、そなたと二人きりじゃと思うと嬉しいんじゃよ」
「ご冗談ばっかり。でも、嫌な事なんか、もう、みんな忘れちゃいましょ」とアミーは言って、美しい笑顔を見せた。
「そうじゃな。念願の首里グスクも完成した。あとは城下の者たちをここに移して、ここを琉球一の都にするだけじゃ。親父ができなかった首里の都も、あと二年もすれば完成するじゃろう。素晴らしい都になるはずじゃ。そうすれば、わしは親父を超えた事になるんじゃ」
 武寧は声を出して高らかに笑った。
「王様(うしゅがなしめー)、法螺貝(ぶら)が鳴っていませんか」とアミーが言って、耳を澄ました。
 雨の音がうるさくて、よく聞こえなかった。
「南部の戦場の法螺貝が、ここまで聞こえるはずはなかろう。何を言っておるんじゃ」
 その時、侍女が血相を変えて駈け込んで来て、「敵が攻めて参りました」と大声で叫んだ。
「何じゃと、敵? 敵とは一体、誰の事じゃ」
「わかりませんが、敵の兵はすでに、グスク内に潜入しております」
 武寧には何が何だかわからなかった。

 

 首里グスクの上に黒い雲が留(とど)まっているのをサハチたちは進軍しながら、ずっと見ていた。
「あれがマジムンよ」と馬天ヌルがサハチの隣りに来て言った。
「ただの雨雲じゃないのですか」
 馬天ヌルは強く首を振った。
首里には『スイムイヌウタキ(首里森の御嶽)』と『マダンムイヌウタキ(真玉森の御嶽)』という古いウタキがあるの。そのウタキに閉じ込められている神様とマジムンがいるのよ。グスクを築いたので、マジムンが出て来たみたい。マジムンを退治して、神様を救い出さないと、あそこに住めないのよ」
「誰が首里に神様とマジムンを閉じ込めたのですか」
「それは神様に聞いてみないとわからないわ」
「叔母さん、前回の旅の時、首里にも行ったのですか」
「ええ、行ったわよ、まだ、首里天閣(すいてぃんかく)が建っていたわ。その年の台風で倒れたのよ。首里天閣が倒れたのも、マジムンの仕業なのよ」
「その時、神様の声は聞かなかったのですか」
「神様が閉じ込められているらしいっていう事はわかったけど、声を聞く事はできなかったの。あたし一人の力では無理だったのよ。いつの日か、声を聞こうと思っていたんだけど、中山王がグスクを築くために整地して、ウタキには近づけなくなってしまったわ」
「そうだったのか‥‥‥四人でマジムンを退治して、神様を救い出すのですね」
「そういう事。あなたの守り神『ツキシルの石』のお告げなのよ。フカマヌルを連れて行ったら、あの石、光ったのよ。あたしも、佐敷ヌルも、マチルギも、四人全員があの石が光るのを見ているの」
「フカマヌルも見たのか‥‥‥」
首里で不思議な事が起こると思うわ」
 首里グスクに着くと、土砂降りだった。土砂降りのお陰で、敵が近づいて来るのに、まったく気づかないらしい。
 首里グスクは東西に細長い楕円形のような形をしていて、門は北側に二か所あった。西側の門が正門で、宮殿へと続いている。東側の門は侍女や城女(ぐすくんちゅ)のための門で、御内原へと続いていた。ウニタキが潜入している『キーヌウチ』は正門の正面、南側にあった。
 大雨の降る中、サハチは正門へと続く坂道の前に三百の兵を展開させた。以前に来た時は門の上に櫓(やぐら)はなかったが、今は立派な櫓門になっていた。グスク内が騒然としてきて、法螺貝の音があちこちで聞こえだした。弓矢も飛んで来たが、届く距離ではなかった。
 やがて、正門が開いて、ウニタキが合図をした。
「突撃!」とサハチは右手を上げて叫んだ。
 三百の兵が坂道を駆け上り、グスク内に突入した。ウニタキの配下の者たちが敵の守備兵を倒していた。ウニタキたちも『三つ巴』を描いた胴丸(どうまる)を身に付けていた。『三つ巴』の兵たちは敵兵を片っ端から倒していた。
 サハチはマチルギとヌルたちを連れて、最後にグスクの中に入った。門の中は広い庭になっていた。右側に井戸(かー)と厩(うまや)があり、その向こうは樹木(きぎ)が生い茂った森になっている。正面にも塀で仕切られた森があって、そこがウニタキたちが隠れていた、男子禁制の『キーヌウチ』だった。
 前もって決められた通りに、兼久大親に率いられた百人の兵は警固の配置に付いていた。サハチの兵は二手に分かれて石垣の内側に沿って進みながら敵兵を倒し、クマヌの兵は御内原を攻めて、武寧の息の根を止める。ウニタキたちは逆に外に出て、人足たちの指揮に当たっている武寧の配下の役人たちを倒す手筈(てはず)になっていた。
 雨が小降りになってきた。
 正門の左側にはサムレーたちの屋敷があり、その先に高い塀がキーヌウチまで続いていて、右の方にに門があった。門の前にウタキらしい木が茂っている一画がある。門を抜けると冊封の儀式を行なった広い庭に出た。その正面に、この世の物とは思えないほど、華麗な赤い宮殿が建っていた。黒い瓦が敷き詰められた屋根が二段になっていて、赤と黒の色の調和が美しかった。宮殿は石でできた高台の上に建っていて、中央に石段があり、屋根のてっぺんには二頭の龍が向き合っていた。
「凄いわあ!」とサハチの隣りでマチルギが歓声を上げた。
 確かに凄かった。明国の宮殿を思わせるその建物は、島添大里グスクの屋敷よりもずっと大きて豪華だった。広い庭を囲むように、右と左にも細長い屋敷が建っていた。
「ムムトゥフミアガイ(百度踏揚)、ちょっと来て」と馬天ヌルがマチルギの神名を呼んでいた。
 三人のヌルは豪華な宮殿よりも、ウタキの方に興味があるようだった。マチルギは返事をして、馬天ヌルが入って行った『キーヌウチ』に向かった。
 御内原に侵入したクマヌの兵は、入口を塞いでいた武寧の護衛兵を倒して、屋敷内に攻め込んだ。屋敷内は男子禁制なので兵はいない。と思っていたが、浦添の奥間大親の配下の者たちが密かに守っていたらしく、十人の男たちが立ち向かってきた。そいつらを倒して先に進み、侍女たちが怯えて立ち尽くしている部屋を開けると武寧がいた。
 武寧はいたが、すでに死んでいた。武寧は胸から血を流しながら倒れていて、料理の載っていたお膳がひっくり返っていた。武寧の側に短刀を構えた側室と二人の侍女が控えていた。
「そなたは何者だ」と真っ先に部屋に入ってきたクマヌ隊の副将のマウーが聞いた。
 マウーは伊是名(いぢぃな)島のナビーお婆の息子で、キラマの島では師範代を務めていた。
「アミーと申します。山南王の命令で、中山王のお命をいただきました」とアミーは平然とした顔で言った。
「なんじゃと」と言ったのはクマヌだった。
「山南王が中山王を殺せと命じたのか」
「えっ」とアミーは驚き、「あなた方は山南王の兵ではないのですか」と聞いた。
「わしらは島添大里按司の兵じゃ」とマウーが答えた。
「島添大里按司?」とアミーはわけがわからないと言った顔で、マウーとクマヌを見ていた。
「約束の日よりも一日早いので、おかしいとは思っていましたが、山南王の兵ではなかったのですね」
 アミーはがっかりして、手に持っていた短刀を落とした。
 側室のアミーと六人の侍女を縛り、すべての部屋を見回った。調度類があるのは武寧がいた部屋だけで、あとの部屋には何もなかった。
 サハチの兵たちがグスク内を一回りして敵兵を倒し、中央の庭に入って来て整列した。御内原を攻めていたクマヌの兵も戻って来て整列した。皆、泥だらけになっていた。
 雨もいつしかやんでいた。
 クマヌがアミーをサハチの前に連れて来た。
「武寧を殺した女じゃ。シタルーが武寧を暗殺するために側室として入れた女じゃった」とクマヌが説明した。
「シタルーがそんな事を‥‥‥」
「予定日は明日だったそうじゃ。やはり、シタルーは明日、ここを攻め取るつもりじゃったらしい」
「明日か‥‥‥危ない所だったな」
「この女、どうする?」
「武寧を討ってくれたんだから、敵ではない。あとで、シタルーに返してやろう」
 クマヌはうなづいて、アミーを連れて行った。
 ウニタキも配下の者たちを率いて外から戻って来た。
 敵兵はすべて戦死した。味方の損害は、武寧の護衛兵にやられて三人が戦死し、数人の者が負傷した。戦死した三人はキラマの島から来た若者だった。サハチは中山王の兵として丁重に葬るように命じた。
「俺たちは行くぞ」とウニタキは言った。
「少し休んでから行けばいい」と言ったが、ウニタキは笑って、配下の者たちに合図をした。
「頼むぞ」とサハチは言った。
「任せておけ」とウニタキは仲間を連れて去って行った。
 ウニタキたちを見送ると、サハチは整列している兵たちの前に立った。
 兵たちは皆、サハチを見ていた。
「みんな、よくやってくれた。作戦は成功した。首里グスクを奪い取ったぞ!」
 サハチが言うと兵たちは一斉に勝鬨(かちどき)を上げた。
 突然、首里グスクの上空に真っ黒な雲が現れて、暗くなったかと思うと、雨がザーッと勢いよく降って来た。皆、宮殿の中に飛び込んで雨宿りをした。
 雨だけでなく、風も強くなってきた。稲光(いなびかり)がして、雷も鳴り出した。周りの見れば青空が見え、ここだけが大荒れのようだった。
 マチルギやヌルたちは大丈夫なのかと心配になってきたが、『キーヌウチ』に入る事はできないので、すべてが終わるのを待つしかなかった。
 物凄い稲妻が走り、物凄い雷鳴が轟いた。肝が潰れるような音で、どこかに雷が落ちたようだった。立て続けに三度、凄い稲光がして、雷鳴が轟いた。厳しい修行を積んできた兵たちも青ざめた顔をして、空を見上げていた。まるで、首里グスクの上空で、神様とマジムンが戦っているような感じだった。
 突然、空から大きな雹(ひょう)が降って来た。雹なんて、見た事もない兵たちは、空から石が降って来たと思った。雹は庭一面を埋め尽くした。やがて、黒い雲が渦を巻くように回転し出したかと思ったら、どこか、遠くへと飛んで行った。
 雨がやんで、日が差してきた。
 庭の向こう側の門から四人の女武者たちが、雹を踏みながら颯爽と入って来た。
 四人は庭の中に入ると足を止めて、空を指さした。
 兵たちが外に出た。雹を手に取って、珍しそうに眺めていた。ヌルたちが指さす方を見ると大きな虹が出ていた。
 サハチもクマヌと一緒に外に出て、虹を見上げた。
 サハチの前途を祝福するかのように、大きな虹は首里の宮殿を囲んで輝いていた。
吉兆じゃな」とクマヌが嬉しそうに言った。
「素晴らしい。まるで、この世の物とは思えない眺めですね」
 サハチはその美しさに感動して、いつまでも、虹とその下にある宮殿を眺めていた。
 庭一面を埋め尽くしていた雹は、あっという間に解けてなくなった。
「終わったわ」と馬天ヌルが来て言った。
 サハチは四人の顔を見た。
 馬天ヌル、佐敷ヌル、フカマヌル、マチルギ、皆、かなり疲れているようだったが、目はキラキラと輝いていた。
「マジムンは退治したのですね」
「マジムンを退治して、神様をお迎えしたわ」
「これで、うまく行くんですね」
 馬天ヌルは凛(りん)とした顔でうなづいた。
「ただ、一つ問題があるわ。ウタキに穴が空いているの。穴を塞がないと『気(きー)』が逃げてしまうわ」
「『気』とは何です」
「『気』というのは、自然の大いなる力の事よ。あそこが『キーヌウチ』と呼ばれるのは、ウタキがいくつもあって、『気』が充満しているからなの。でも、その穴があるから、『気』はみんな逃げてしまう」
「抜け穴を作ったのはシタルーです。そのお陰で、ウニタキが潜入できたのです。もう、不要ですから塞ぎましょう。穴を塞ぐまでは、男も入れるのですね」
「ええ、大丈夫よ。その穴なんだけど、大きなガマ(鍾乳洞)につながっているみたいなの。戦死した敵兵をそのガマの中に入れるといいわ」
「そんな事をしても大丈夫なのですか」
「大丈夫よ。亡くなった敵兵もいつかは神様になるのよ。このグスクを守ってくれるわ」
 馬天ヌルの言う事はよくわからないが、百人以上の敵兵の遺体の処分がグスク内でできるのなら、近くの風葬地(ふうそうち)まで運ぶよりはずっと楽だった。サハチは兵たちに、戦死した敵兵の処分を命じた。武寧の遺体もガマの中に安置した。
 すべての遺体をガマの中に葬ると、抜け穴を完全に塞いだ。樹木が生い茂っていてよくわからないが、キーヌウチはかなりの広さがあるようだ。馬天ヌルに宮殿の庭に入る門の前のウタキの事を聞いたら、「あれが『スイムイヌウタキ』よ」と言った。本来ならキーヌウチに入れるべきなのだが、あそこまでキーヌウチを広げてしまうと宮殿への出入りに不便なので、あんな風になってしまったようだった。
 男たちは追い出されて、ヌルたちによって儀式が行なわれ、『キーヌウチ』は男子禁制の聖域となった。