長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

中山王、察度の略歴

1313年 浦添按司の英慈、死す。玉城が三人の兄を倒して、跡を継ぐ。
    英慈の長男、浦添按司に仕えていた奥間之子、若按司の娘を連れて逃げる。
    英慈は死ぬ前に軍資金に使えと財産を若按司に残す。
1321年 察度、浦添間切の謝名に生まれる。1歳
    父親は奥間大親、母親は英慈の孫娘。
1323年 祖父の奥間之子、死す。若按司の財宝を父に託す。3歳
1325年 妹、生まれる。5歳
1330年 母親、死す。10歳
1331年 日本国で、南北朝の争いが始まる。11歳
1333年 日本国で、鎌倉幕府、滅びる。13歳
    日本国の博多の町は灰燼と化す。
1336年 泰期と一緒に倭寇の船に乗って、日本国の壱岐島に行く。16歳
    壱岐島を拠点に、倭寇となって高麗国を襲撃する。
    日本国で、足利尊氏室町幕府を開く。
1337年 浦添按司の玉城、死す。西威が跡を継ぐ。17歳
1338年 玉グスク按司、死す。西威の母(玉グスク按司の娘)が権力を握る。18歳
1341年 元国から財宝を積んで帰って来た幕府の船を襲撃する。21歳
1342年 日本国で、征西将軍宮の懐良親王が九州薩摩に上陸し谷山城に入る。22歳
1344年 大量の宋銭を土産に、泰期と一緒に琉球に帰る。24歳
    父から母親の素性を聞いて驚くが、祖父の敵を討つ決心をする。
1345年 浮島(那覇)を拠点にして、浮島を仕切る。25歳
    妹が泰期に嫁ぐ。
1346年 勝連按司の娘を嫁に貰う。26歳
    浮島の対岸の安里に屋敷を建て、安里大主と呼ばれる。
    慶良間島に若者たちを集めて、兵にするための訓練を始める。
1347年 玉グスク按司と敵対している島尻大里按司と同盟する。27歳
    長女、生まれる。
1348年 中グスク按司の長男と密かに同盟する。28歳
1349年 玉城の13回忌が極楽寺で行われる。察度、総攻撃を掛ける。29歳
    西威を倒して、浦添按司になる。
    次女、生まれる。
    倭寇が活発化し、高麗国を苦しめる。
    アユタヤ王朝(シャム)興る。
1350年 越来城を攻め落とす。30歳
    この頃より浮島(那覇)に外来人たちが住み着くようになる。
    元の商船、日本の商船、東南アジアの商船が出入りする。
1351年 三女、生まれる。31歳
    元国で紅巾の乱が始まる。硫黄を求めて元の商人が浮島に来る。
    硫黄鳥島を奪い取る。
    倭寇が連れて来た俘虜人の女たちを使って、浮島に遊女屋ができる。
    倭寇130艭が高麗を襲撃する。
1352年 父親の奥間大親が亡くなる。32歳
1353年 四女、生まれる。33歳
1355年 倭寇から贈られた高麗美人を側室に迎える。35歳
1356年 長男、武寧が生まれる。母親は高麗美人。36歳
    紅巾軍の将、朱元璋(後の洪武帝)が金陵(南京)に勢力圏を確立。
1357年 次男、米須按司生まれる。37歳
1358年 日本国で、足利尊氏没。38歳
    この頃より倭寇が中国大陸に出現する。
    中国から日本への航路は「大洋路」が避けられ、「南島路」に変更される。
    日本から中国に向かう商船が浮島に寄港。
1359年 三男、越来按司生まれる。39歳
1361年 日本国で、征西府軍が少弐氏の太宰府を落とし、太宰府を征西府とする。
1362年 正妻(勝連按司の娘)死す。42歳
1363年 長女が勝連按司に嫁ぐ。43歳
    五女、生まれる。
1364年 四男、瀬長按司生まれる。44歳
    高麗の鎭海県で、倭寇3000人が斬られる。
1365年 次女が島尻大里按司承察度)に嫁ぐ。45歳
1366年 六女、生まれる。
    日本の禅僧頼重が琉球に来る。46歳
1368年 五男、崎山大親生まれる。48歳
    元が滅び、明が建国。
    浮島に波上山護国寺が創建される。
    中国に向かう日本船、浮島に寄港する。
1369年 明国の使者、楊載、日本への行き帰りに浮島に寄港する。49歳
    与座按司汪英紫)、八重瀬按司を倒して、八重瀬按司になる。
1370年 七女、生まれる。50歳
    高麗国、明から冊封を受ける。
1371年 明国の使者、楊載、日本からの帰りに浮島に寄港。51歳
    久米村の長吏、程復、察度の要請で楊載に琉球冊封するように頼む。
    八重瀬按司汪英紫)の娘が、若按司の武寧に嫁ぐ。
1372年 尚巴志が佐敷で生まれる。52歳
    明国から琉球に使者が来る。
    義弟の泰期を使者として明に朝貢①。「察度」という名で琉球中山王になる。
    進貢物の中に蘇木、胡椒、象牙など南方産の物が含まれていた。
1373年 浮島に明人の宿泊所を建てる。明への貢物を集める。53歳
    泰期、帰国。
1374年 弟の泰期、使者として明の船で明に進貢②。54歳
1375年 明の使者、李浩、琉球に来る。泰期、帰国。55歳
    孫の完寧、生まれる。
1376年 明の使者、李浩、馬40頭、硫黄5000斤を購入して帰国。56歳
    泰期、帰国する李浩に従い進貢③。
    泰期、帰国。
    明に進貢④。元旦を賀し、馬16頭、硫黄1000斤を進貢。
1377年 泰期、帰国。57歳
1378年 明に進貢⑤。58歳
    泰期、帰国。
    五女が八重瀬按司の次男(汪応祖)に嫁ぐ。
1380年 明に進貢⑥。60歳
     八重瀬按司汪英紫)、島添大里グスクを奪い取り、島添大里按司になる。
    泰期、帰国。
    島尻大里按司承察度)、初めて明に進貢①。琉球山南王となる。
1381年 山南の進貢船帰国。61歳
    中山進貢⑦。
1382年 中山の進貢船帰国。62歳
    泰期、使者を引退し、宇座按司として読谷山で馬の飼育に専念する。
    明の使者、梁珉、泰期が育てた馬983匹を貨幣で買う。
1383年 中山進貢⑧。
    泰期に代わる使者、亜蘭匏の乗った進貢船が風に流され、宮古に漂着する。
    山南進貢②、今帰仁按司(帕尼芝)が初めて進貢①し、琉球山北王となる。
     進貢船帰国。中山王察度、明の皇帝から王印を与えられる。63歳
    中山進貢⑨、山南進貢③、山北進貢②。
1384年 中山進貢⑩。64歳
    中山進貢⑪。山南進貢④、山北進貢③。
1385年 中山と山南、船を1隻づつ賜わって帰国する。65歳
    賜わった船で中山進貢⑫(亜蘭匏)。馬120頭、硫黄11000斤を献じる。
1386年 賜わった船で中山進貢⑬、賜わった船で山南進貢⑤。66歳
1387年 宮古島の与那覇勢頭、沖縄に来る。67歳
    中山⑭と山北④、中山の船で進貢。山南進貢⑥。
    島添大里按司汪英紫)、使者として明に行き、山南王叔として進貢①。
1388年 中山⑮と山北⑤、中山の船で進貢。68歳
1389年 中山、シャムと通交(シャムから使者が来る)。69歳
    汪英紫の次男、汪応祖が豊見グスクを築いて、豊見グスク按司になる。
    四男、瀬長按司になる。
    高麗に使者を遣わす。遭難した高麗人を手厚く扱い送り返す。
    中山⑯と山北⑥、中山の船で進貢。
    高麗の使者、金允厚、琉球に来る。
    与那覇勢頭、宮古島に帰る。
1390年 宮古八重山が中山に入貢。70歳
    山北王の帕尼芝が船を貰えないことに腹を立てて、硫黄鳥島を奪い取る。
    高麗の使者、披慮人37人を連れて帰る。
    中山進貢⑰。
1391年 今帰仁合戦。山北王帕尼芝、死す。珉、山北王になる。71歳
    硫黄鳥島を山北王から奪い返す。
    中山の進貢船帰国。明から船1隻賜る。
    島添大里按司汪英紫)、山南の船を借りて、山南王叔として進貢②。
1392年 中山進貢⑱。初めて官生(留学生)を明国に送る。72歳
    首里に隠居所の「首里天閣」が完成して、浦添グスクから移る。
    中山王はそのままで、浦添按司を武寧に譲る。
    倭寇による被慮人(男女8人)を朝鮮に送還する。
    中山進貢⑲。
    中山進貢⑳。
    山南進貢⑦。豊見グスク按司汪応祖)、官生として明国に行く。
    日本国で、南北朝の争いが終結する。
    高麗で政変が起こり、高麗人が逃げて来る。
1393年 中山進貢㉑。73歳
    島添大里按司汪英紫)、山南の船を借りて、山南王叔として進貢③。
    山南王の島尻大里按司(50)、死す。若按司(23)が跡を継ぐ。
    中山㉒と山南⑧、中山の船で進貢。
    中山王と山北王、同盟する。
    高麗国が滅び、朝鮮国かできる。
1394年 島添大里按司汪英紫)が島尻大里グスクを攻め落とし、山南王となる。
    山南王は高麗人の側室を連れて、倭寇の船で朝鮮に逃げる。
    朝鮮に使者を送り、亡命した孫の山南王の帰還を要請する。
    中山㉓と山北珉①、中山の船で進貢。
    山南王となった汪英紫、山南王叔として進貢④。
1395年 中山進貢㉔。75歳
    珉(41)、死す。攀安知が跡を継いで、山北王になる。
    明国に留学した豊見グスク按司汪応祖)、帰国する。
    死す。武寧が跡を継いで中山王となる。
    中山㉕と山北攀安知①、中山の船で進貢。