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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-08.遙かなる船路(第二稿)

尚巴志伝 第二部

 朝早くから浮島(那覇)はお祭り騒ぎになっていた。進貢船(しんくんしん)を見送るために集まった人出は、浮島が人々で埋まってしまったかと思えるほど凄いものだった。新しい中山王(ちゅうさんおう)、思紹(ししょう)が初めて明国(みんこく)に送る進貢船だった。
 佐敷、島添大里(しましいうふざとぅ)、首里(すい)からの見送りだけでなく、従者として明国に行く者たちの家族や親戚が、北は山田、伊波(いーふぁ)から南は玉グスク、知念(ちにん)から泊まり掛けで見送りに来ていた。『まるずや』のナツが心を痛めていたように、皆、今生の別れになってしまうのではないかと心配しながら見送りに来ていた。
 サハチの両親、妻のマチルギの姿は見送りの中にはいない。本人たちにはまだ自覚はないが、王様、王妃、世子妃(せいしひ)という立場の者が、庶民たちと一緒に見送りをする事はできなかった。世子のサハチもそうだが、外出する時はそれなりの衣装を着て、お輿(こし)に乗って従者を何人も引き連れて行かなければならない。マチルギはお忍びで見送りをすると言い張ったが、それも許されなかった。マチルギが知らないうちに、マチルギの事は噂になって世間に広まり、女たちの憧れの的になっていた。誰もが一目でいいからお姿を拝見したいと思い、もし、ばれてしまえば大騒ぎになるのは確実だった。サハチは首里グスクで家族たちとの別れは済ませてきていた。
 今回の正使はサングルミー(与座大親(ゆざうふや))だった。サングルミーは官生(かんしょう)として国子監(こくしかん)で学んでいるので明国の言葉はしゃべれるし、武寧(ぶねい)の正使として四度も明国に行っているので頼もしい男だった。年齢はサハチよりも一つ年上だった。
 『宇久真(うくま)』での懇親の宴の時、サハチはサングルミーと語り合っていた。シタルーと一緒に留学したのに、どうして山南王(さんなんおう)のシタルーではなく、中山王の武寧の使者になったのか不思議に思っていたので聞いてみた。サングルミーは笑って、「成り行きだよ」と言った。
 サングルミーは与座按司(ゆざあじ)の長男に生まれ、何事も起こらなければ与座按司になっているはずだった。二十二歳の時に、シタルーと一緒に山南の官生として明国に渡り、国子監に留学した。三年後にシタルーと一緒に帰って来ると、父親はシタルーの父の汪英紫(おーえーじ)に殺されていた。汪英紫が山南王になり、サングルミーの弟が汪英紫の孫娘を嫁に迎えて与座按司に納まっていた。自分の居場所がなくなったサングルミーは再び、明国に渡って勉学に励んだ。
 それから三年後、洪武帝(こうぶてい)が亡くなると内乱が始まり、国子監も内乱に巻き込まれた。最高学府である国子監には貴族の子弟たちが入監していたが、政府軍が押し寄せてきて、反対勢力の子弟を捕まえて連れ去って行ったという。物騒な世の中になって勉学どころではなく、サングルミーは琉球に帰ろうと思った。応天府(おうてんふ)(南京)から泉州(せんしゅう)まで行くと、うまい具合に琉球から来た進貢船がいた。内乱のため応天府には行けずに、使者たちは泉州で取り引きをして引き返した。その船に乗って琉球に戻って来たが、依然として自分の帰る場所はなく、久米村(くみむら)でぶらぶらしていた。
 そんな時、声を掛けてくれたのが久米村の実力者のアランポーだった。国子監にいた事を告げるとアランポーは驚き、サングルミーを客として豪邸に迎え入れ、中山王の正使に任命してくれたのだった。それからは毎年のように中山の正使として明国に行っていた。
 去年、明国から帰って来て、アランボーが消えたと知らされた時は驚いた。恩人には違いないが、傲慢でいやな奴だと思っていた。久米村に帰ると村はすっかり変わっていた。子供たちが安心して暮らせる明るい村になっていた。
「誰の仕業だか知らないが、よくぞやってくれたと思ったよ」とサングルミーは笑って手を差し出した。サハチは唐人(とーんちゅ)の挨拶を思い出し、サングルミーの手を握った。
 進貢船のサムレー大将は去年の五月、明国から帰国した宜野湾親方(ぎぬわんうやかた)で、副将として當山親方(とうやまうやかた)が任命された。首里のサムレー大将は総大将の苗代大親(なーしるうふや)を除いて、皆、親方を名乗る事に決まり、當山之子(とうやまぬしぃ)は當山親方を名乗っていた。
 進貢船に乗る護衛兵は百人で、宜野湾親方が五十人、當山親方が五十人を率いている。當山親方が率いる兵は何もわからないので、宜野湾親方の兵から仕事を教わらなければならなかった。
 琉球近海から外洋を航海中は倭寇(わこう)や海賊が攻めて来る事はないが、明国の近海に入ると危険だという。見張りを怠らず、怪しい船が近づいて来たら弓矢を構えて、追い払わなければならなかった。敵が船内まで侵入して来る事は滅多にないが、もしもの時に備えて、揺れる船の上でも戦えるように訓練も怠りなくやらなくてはならない。また、暴風に遭った時は水夫(かこ)たちを手伝って働かなければならないし、大量の荷物の出し入れも手伝わなければならなかった。
 火長(かちょう)と呼ばれる航海士や舵(かじ)捕り、帆の上げ下ろしなど、船を操縦する者たちは久米村の唐人だった。唐人の命令で動く水夫たちはキラマ(慶良間)のウミンチュが多く、皆、何度も航海を経験している熟練者だった。
 明国の商人たちと取り引きをするために、各按司が任命した者たちは跡継ぎの若按司が多かった。中グスク按司(クマヌ)は養子に迎えたムタを任命し、越来(ぐいく)按司(美里之子(んざとぅぬしぃ))、伊波按司、玉グスク按司、知念按司、垣花(かきぬはな)按司も若按司を任命した。玉グスクと知念の若按司はサハチの妹婿だった。勝連(かちりん)按司の後見役(サム)は家臣の浜川大親(はまかーうふや)、山田按司は家臣の真栄田大親(めーだうふや)、安慶名(あぎなー)按司は家臣の天願大親(てぃんぐゎんうふや)、大(うふ)グスク按司は家臣の外間大親(ふかまうふや)を任命し、北谷按司は叔父の桑江大親(くぇーうふや)、糸数(いちかじ)按司は弟の糸数之子(いちかじぬしぃ)を任命した。
 まったく以外だったのは八重瀬(えーじ)按司のタブチだった。タブチは留守を若按司に任せて、自らがやって来た。タブチの父親の汪英紫は五十歳の時、山南の使者として明国に渡り、今までの考えを改めた。五十近くになって明国まで行くなんて、タブチは父親の真似をしているのだろうかとサハチは思った。汪英紫が考えを改めたのは、サハチにとって良い結果をもたらしたが、タブチが考えを改めて交易に力を入れようとすれば、今以上に、シタルーと対立するのは目に見えている。帰国したあと一波乱起きそうな予感がした。
 明国の商人と取り引きをすると言っても、どの按司たちも取り引きに使うべき商品を持ってはいない。明国の商人が欲しがる物は、ヤマトゥの刀や扇、螺鈿(らでん)や蒔絵(まきえ)の工芸品、南蛮(なんばん)(東南アジア)の胡椒(こしょう)や蘇木(そぼく)などで、それらの商品を中山王が按司たちに貸したのだった。一度の取り引きで五倍から十倍の儲けが出る。元手を返すのはたやすい事だった。
 『セイヤリトミ』と神名(かみなー)を授けられた進貢船の大きさは、長さ十一丈(じょう)余り(約三十五メートル)、幅三丈余り(約十メートル)もあって、帆柱は三本もあった。中央にある本帆の柱は高さが十丈(約三十メートル)もあり、前帆の柱が七丈(約二十一メートル)、艫(とも)帆の柱が四丈(約十二メートル)だった。三本の帆柱の上の方では、いくつもの旗が風になびいている。『進貢』と書かれた進貢旗、日の丸が描かれた三角旗、北斗七星が描かれた七ツ星旗、ムカデが描かれたムカデ旗、航海の神様、媽祖(まそ)(天妃)が描かれた天妃旗、五行思想に基づく五色旗などが風にはためき、今回から新たに『三つ巴』の家紋が描かれた旗も加わっていた。
 本帆の大きさは縦七丈(約二十一メートル)、横五丈(約十五メートル)もあって、蛇腹のように折りたたむ事ができ、竹の骨組みにクバの葉でできていた。
 船尾に快適な船室が四部屋あり、使者やその従者、サムレー大将、航海士たちが利用した。水夫や兵たちが利用する船室は甲板(かんぱん)の下に何部屋もあるが、薄暗くて蒸し暑かった。その船室の下が船倉(ふなぐら)になっていて、隔壁(かくへき)によっていくつにも区切られ、大量の硫黄と取り引きに使う商品が隙間もないほどに積まれてあった。
 小舟(さぶに)に乗って進貢船に乗り移ると、高い帆柱を見上げて、「凄えなあ」とウニタキが言った。ウニタキは進貢船に乗るのは初めてだった。勝連にいた頃、ヤマトゥの船は何隻も見ているが、進貢船の大きさはその倍近くもあった。
「こんな事で驚いていたら、明国に着いたら腰を抜かすぞ」とサハチは笑った。
「明国に行った事もないお前が何を言う」
「俺は宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)から明国の話は色々と聞いた。シタルーからも聞いている」
「宇座の御隠居の話は俺も聞いている。凄い所らしいな。早く腰を抜かしてみたいものだ」
「ウニタキさん、どこに行っても、そこで暮らしている人たちは、この島の人たちと大差はありませんよ」とファイチ(懐機)が言った。
「そうかもしれんが、俺は異国に行った事がない。どんな所なのか、早く見てみたいよ。ファイチ、お前、会いたい奴がいると言っていたが、女なのか」
「当たり前です。男に会いにわざわざ明まで行きません」
「このすけべ野郎。そう言えば、メイファンはどうしているんだ」
「メイファンは去年、明に帰りました」
「何だって?」とサハチは驚いた。「どうやって帰ったんだ」
「北(にし)にある運天泊(うんてぃんどぅまい)まで行って、密貿易船に乗って帰りました」
「山北王(さんほくおう)は相変わらず、密貿易をやっているのか」
「こっちから行かなくても、向こうから来てくれるので楽なんでしょう」
「女が乗っても大丈夫なのか」とウニタキが心配した。「メイファンがならず者たちにやられちまうぞ」
「ウニタキさん、メイファンが心配ですか」とファイチが笑った。
「いい女だったからな。ひどい目に遭ったら可哀想だ」
「大丈夫です。メイファンは強い女です」
「それにしたって、大勢の男どもに囲まれたらかなうまい」
「誰もメイファンには手出しはできません」
「どうしてだ」
「メイファンは海賊の娘です。密貿易をしている者たちで、メイファンの父親を知らない者はいません」
「メイファンの親父はそんなに凄い男なのか」
 ファイチはうなづいた。
 三人は与えられた船尾の船室に荷物を置くと、船室の上に上がった。そこは見晴らし台になっていて、いい眺めだった。見送りの人たちで埋まっている浮島を眺めながら、いよいよ、半年間の長い旅が始まる事をサハチは実感していた。
「さっきの話だが、メイファンの親父が海賊の親玉というのは本当なのか」とウニタキがファイチに聞いた。
「本当です。メイファンのお爺さんはもっと凄い男なのです。洪武帝に敗れてしまいましたが、明国ができる前、呉王(ウーワン)を名乗って明国の南部を支配下に置いていたのです。戦に敗れたあと、生き残ったお爺さんの配下の者たちは海賊になって暴れます。倭寇と結託して荒らし回ったようです。洪武帝倭寇対策によって、倭寇も海賊も大分減りましたが、メイファンのお父さんは未だに海賊の大将として活躍しているようです」
「その事を知っていて、メイファンを助けたのか」とサハチがファイチに聞いた。
「勿論です。と言いたいのですが、その事を知ったのはメイファンが帰る前の事です。わたしが明に行って、海賊と取り引きをしなければならないと言ったら、わたしに任せてと言って、父親の事を話したのです。先に帰って、父親に取り引きの事を話してあげると言って、メイファンは明に帰って行きました」
「そうだったのか。メイファンがうまくやってくれるといいな」
 ファイチはうなづき、「ヒューガさんに頼まれた物を何としてでも手に入れなければなりません」と言った。
「こいつは面白くなりそうだ」とウニタキは楽しそうに笑って、ファイチの肩をたたいた。
 ヒューガが頼んだ物は火薬に違いなかった。火薬は三百年ほど前の唐の時代に開発されるが、国家機密として国外に出る事はなかった。三十年前、朝鮮(チョソン)の崔茂宣(チェムソン)が火薬の製造に成功して倭寇撃退に活躍した。明国も朝鮮も火薬は国家が管理していて、国外に出る事はない。手に入れるには密貿易しかなかった。
 サハチはファイチと一緒に進貢船に初めて乗った時、甲板にいくつもある台座に気づき、ファイチに聞いたら、その台座には鉄炮(てっぽう)(大砲)が備え付けられていたという。琉球に下賜(かし)される船は、明国で倭寇対策のために軍船として使われ、鉄炮も備えているが、琉球に贈られる時に鉄炮ははずされるのだという。
 鉄炮というのはサイムンタルー(早田左衛門太郎)から聞いていた。対馬島を攻撃した朝鮮の船が鉄炮を撃ったと言っていた。鉄炮によって船も家々も皆、破壊されてしまったらしい。サハチはまだ見た事もない鉄炮という武器が欲しいと思った。メイファンを通して、火薬や鉄砲を手に入れる事ができれば素晴らしい事だった。ウニタキではないが、面白い旅になりそうだと期待に胸を膨らませた。
「島添大里殿、そなたも行かれるのか」と声がして、振り返ると八重瀬按司のタブチがいた。
「八重瀬殿、ご自身が行かれるとは驚きましたよ」
「なに、わしもシタルーには負けられんからのう。この目で明という国を実際に見て来る事にしたんじゃよ。よろしく頼むぞ」
 誰だと言う顔をしてウニタキとファイチを見ていたので、サハチは二人をタブチに紹介した。
「重臣の三星大親(みちぶしうふや)と客将のファイチです。二人とも、わたしの護衛です」
「成程のう。王様の跡継ぎともなると二人も護衛が付くのか。しかも、一人は唐人か‥‥‥以前は護衛など連れずに、奥方と一緒に旅をしていたようじゃったがのう」
「もうそんな気楽な旅もできなくなってしまいました」
「偉くなるというのも大変な事じゃな」
 タブチは皮肉っぽく言って笑った。
 玉グスク、知念、垣花の若按司が揃って、サハチに挨拶に来た。サハチと幼なじみだった勝連の浜川大親も挨拶に来た。次々に来る者たちの挨拶を受けているうちに、兵士たちも乗り込んで来て、甲板の上も人で埋まってきた。
 やがて、出帆の合図の銅鑼(どら)が鳴り響いた。甲板にいた兵たちは甲板下の船室に移り、水夫たちが威勢のいい掛け声を掛けながら碇(いかり)を引き上げ、何本もの綱を引いて帆を上げ始めた。
 ホラ貝や太鼓の鳴り響く中、進貢船はゆっくりと動き始めた。手を振る大勢の人たちに見送られながら、進貢船は浮島を出帆した。
「いよいよだな」とウニタキが嬉しそうに言った。
「楽しい旅にしようぜ」とサハチはウニタキとファイチに言った。
 北風(にしかじ)を右に受けながら、船は西(いり)へと気持ちよく進んで行った。
 沖に出ると波が高くなって、船の揺れが激しくなってきた。皆、危険を感じて見晴らし台から降りていった。
「凄い揺れだな」と言ったウニタキの顔が青ざめていた。
「おい、大丈夫か」とサハチは言って、ウニタキを連れて下に降りた。
 ウニタキは口を押さえて甲板の縁(へり)まで行くと嘔吐した。
「ウニタキさん、大丈夫です。遠くを見なさい。そうすれば治ります」とファイチが言った。
 ウニタキはファイチを見てうなづき、言われた通りに遠くに見えるキラマの島々を見つめた。
 船酔いしたのはウニタキだけではなかった。何人もの兵たちが船縁から顔を出して吐いていた。
 ウニタキに付き合って、サハチとファイチも甲板に立って遠くを眺めていたが、何だか船が止まってしまったように感じられた。帆を見上げるとたるんでいる。風が止まってしまったようだ。船出したばかりだというのに先が思いやられた。
 半時(はんとき)(一時間)余り、風は吹かなかった。船の揺れも治まり、ウニタキの顔色もよくなってきた。
 風が出て来て動いたかと思ったら、また止まり、その繰り返しで、一日目はキラマの近くに停泊して夜を過ごした。二日目は久米島(くみじま)まで来られたが、その日も風は気まぐれだった。
 久米島で風待ちをして、ようやく風が吹き始めたのは午(ひる)過ぎだった。帆に風を受けて、船は順調に走り始めた。久米島を過ぎたらもう寄るべき島はなかった。順風に恵まれれば七日で明国に着くと聞いている。それでも七日間も周りに海しか見えない船旅は初めてだった。
 飽きずに海を眺めていたサハチも毎日、同じ風景だとさすがに飽きてきた。ウニタキは船の揺れに慣れてきたようだった。サハチはウニタキと一緒に兵たちが甲板上で武術の稽古をするのに参加して体を動かしたりしていたが、やはり退屈だった。
 月は出ていないが降るように星が輝く静かな夜、ウニタキが見晴らし台に座り込んで三弦(サンシェン)を弾き始めた。唐人の船乗りから借りたという。ウニタキの歌を聴くのは久し振りだった。歌を聴いているとしんみりとした気分になって、船出して六日しか経っていないのに、故郷の事が思い出された。皆が船室から出て来て、ウニタキの歌を聴いていた。歌が終わると指笛が鳴り響き、拍手喝采が起こった。
「ウニタキさんにこんな芸があったなんて以外です」とファイチがサハチに言った。
「あいつに恋の歌は似合わないが、心に響くいい歌を歌う」とサハチは言って、「憎らしい奴だ」と付け加えた。
 ウニタキが陽気な歌を歌い始めた。島人(しまんちゅ)たちの中には踊り出す者も現れ、気分転換となる楽しい夜を過ごした。
 次の日は風が止まり、雨がしとしと降っていた。広い海のど真ん中にぽつんと取り残されたような不安に襲われた。雨のせいで視界が悪く、船の進行方向、多分、西だと思うがやけに黒い雲が流れていて、こちらに向かって来るように思えた。
「危険です」といつの間にか隣りにいたファイチが言った。
「あの雲は嵐を連れてきます」
「海が荒れるのか」
 ファイチは厳しい顔付きでうなづいた。
 船乗りたちもその事に気づいたのだろう。慌てて、帆を下ろし始めた。
「かなり揺れます。覚悟しておいて下さい」とファイチは言って船室に戻った。
 サハチは黒い雲をもう一度見つめてファイチのあとを追った。
 最悪だった。言葉では言い表せないほどの恐ろしさだった。何度、船が転覆してしまうのではないかと思っただろう。このまま死んでしまうと何度も思った。いや、こんな恐ろしい思いをするなら、いっそ、死んだ方がいいとも思った。
 暴風雨は夜中まで続いた。船室の中は水浸しになり、真っ暗闇の中、必死に柱にしがみついているしかなかった。離したら最後、海に放り出されてしまうだろう。
 恐ろしかった夜がようやく明けた。今までの事がまるで夢だったかのように雨も風もやみ、朝日が海を染めていた。波はまだ荒いが、昨夜の事を思ったら、どうって事はない。とにかく、船内に溜まった水を掻き出さなければならなかった。全員が総出で水を汲み出した。
 作業が終わり、船の点検も終わったあと、点呼を取ったら四人の姿が見当たらなかった。三人の兵と一人の水夫だった。一人も欠かさず、無事に帰国させると誓ったのに、残念な事だった。全員が甲板に整列して、四人の冥福を祈った。
 その日は快適に走った。海の色が急に変わって、黒っぽくなってきた。これが噂に聞く黒潮かとサハチは思った。
 帆が急に降ろされた。どうしたのかとサングルミーに聞くと、「風(かじ)が弱いようです」と言った。
「これから黒潮(くるす)を乗り越えます。一気に乗り越えないと北(にし)に流されてヤマトゥまで行ってしまうのです」
「風待ちか」
 半時ほど待って、風が少し強くなってきた。三本の帆がすべて上げられ、船は風をはらんで勢いよく進み始めた。船の揺れも激しくなってきた。
 サハチはヤマトゥ旅の時に黒潮を乗り越えた事を思い出していた。あの時は船がきしんで、壊れてしまうのではないかと恐ろしかった。今回も船のきしむ音は聞こえてくるが、あの暴風に耐えたのだから大丈夫だろうと安心感はあった。
 黒潮の流れに逆らって、船は力強く進んで行った。黒潮の幅は思っていた以上もあり、なかなか乗り越える事はできなかった。日が暮れる頃になって、ようやく乗り越えたようだった。海の色が青くなり、波も穏やかになっていた。
 その後は順調に船は走っていたが、いつになっても明国の大陸は現れなかった。
「遠いなあ」とウニタキが言った。
 天気のいい夜はいつも三弦を弾いて気を紛らわせていたが、それも飽きてきたようだった。
「今日で何日めだ」
「十五日めだ」とサハチは答えた。
「いつになったら着くんだ」
「普通ならもう着いているだろう。暴風に遭った時にかなり戻されてしまったらしい。進路を修正するのに時間が掛かったようだ。お前は三弦があるからいい。俺も笛を持ってくればよかった」
「お前の笛を聞いたら、みんな、余計に疲れるぞ」
「何だと」
 ウニタキは楽しそうに笑っていたが、真顔になると、「今日は何日だ」と聞いた。
「二月十日だ」
「すっかり忘れていたが、昨日は首里のお祭り(うまちー)だったはずだ」
「あっ、そうだ。一周年のお祭りだったんだ。みんな、楽しく過ごしたかな。佐敷ヌルが張り切って仕切っていたに違いない」
「馬天ヌルじゃなくて、佐敷ヌルがお祭りを仕切ったのか」
「あいつは女たちをまとめるのがうまい。島添大里でのお祭りもあいつが仕切っていたんだ」
「そうだったのか。フカマヌルもお祭りには行くって言ってたな」
「佐敷や島添大里の者たちも集まって来る。みんなして楽しく騒いだだろう」
 サハチはみんなが騒いでいる姿を想像して笑った。ふと、一人で店番をしているナツはお祭りに行けないなと思った。
 その時、本柱に登っていた船乗りが何事かを叫んだ。唐言葉なので、何を叫んでいるのかわからなかった。それでも指さす方をじっと見ると島影のような物が微かに見えてきた。
「あれが明国か」とウニタキが見晴らし台から身を乗り出すようにして聞いた。
 サハチにはわからなかったが、大陸ではなく、島のようだった。
 船が進むにつれて島だということがはっきりしてきた。そして、その島の左側に大きな島も見えてきた。
「あれが明国か」とウニタキが興奮した声で聞いた。
 それが島なのか、明国の半島なのか、サハチにはわからなかった。しかし、確実に明国に近づいている事は確かだった。
「あれは小琉球(しょうりゅうきゅう)(台湾本島)です」とファイチが言った。騒ぎを聞いて出て来たようだ。
「小琉球?」とサハチは聞いた。
「かつては琉球もあの島も、共に琉球と呼ばれていました。大陸の東(あがり)にある島は皆、琉球だったのかもしれません。琉球が明国にとって重要な島になると琉球を大琉球と呼び、あの島を小琉球と呼ぶようになりました」
「あの島も明国の一部なのか」
「言葉の通じない原住民が住んでいて、倭寇の拠点にもなっています。明国の役人はいませんから、明国とはいえないでしょう」
倭寇の拠点になっているのか」
「海賊の拠点でもあります。政変で追われた者たちが逃げ込んでいるようです」
「メイファンはあの島にいるのか」とウニタキが聞いた。
 ファイチは首を振った。
「海賊と言っても表の顔は商人です。あんな島にいては商売になりません」
 船は左側に小琉球を見ながら進んだ。小琉球と呼ばれていても、かなり大きな島だった。小琉球を過ぎれば明国はすぐだろうと思ったのに、大陸はなかなか現れなかった。
 次の日になって、ようやく大陸が見えてきた。大陸の周りには小さな島がいくつもあった。そんな島々を右手に見ながら、船は南下して行った。島に隠れている海賊どもが襲って来ないかと警戒しながら進んだ。なぜか、海の色は濁っていて、薄汚れているように思えた。
 大陸が近いので夜の帆走はやめて停泊し、兵たちは交替で寝ずの番をした。
 次の日、見晴らし台から大陸を眺めていると突き出した半島の中程の山の上にグスクのような石垣が見えた。
「あれはグスクなのか」とサハチはファイチに聞いた。
「多分、倭寇を倒すために作ったグスクでしょう。先々代の洪武帝倭寇を退治するために、海岸にいくつものグスクを築いて兵を配置したと聞いています。あの高い塔から海上を見張っているのです。多分、この船を見ているに違いありません。もしかしたら、あそこのサムレーが調べに来るかもしれない」
 ファイチが言った通り、グスクの下に泊まっていた船が何隻もやって来た。甲板の上に兵たちが弓を手に持って整列した。一隻の船がすぐ近くまでやって来て、明国のサムレーが何かを叫んだ。甲板に出て様子を見ていた通事(つうじ)(通訳)がそれに答えた。明国のサムレーたちの乗っている船は進貢船よりも小型で、帆もあるが、船の側面から櫂(かい)が出ていて、それで漕いでいた。そして、甲板には鉄炮らしき武器が備え付けられてあった。
 帆が降ろされて進貢船は泊まった。明国のサムレーが武器を持って乗り込んで来た。
 サハチとファイチとウニタキは見晴らし台の上から様子を見守っていた。三人のサムレーがサングルミーたちと一緒に船室に入って行った。しばらくすると、サムレーたちは船室から出て来て船から降りていった。去って行くかと思ったら、明国の軍船は進貢船を囲むように配置した。
「わたしたちは明の皇帝の大切なお客様です。泉州(せんしゅう)の港まで護衛してくれるのでしょう」とファイチは言った。
 明国の軍船に守られて、ようやく、目的地の泉州に到着した。浮島を出帆してから十七日目の長い船旅だった。早く陸(おか)に上がって、ゆっくりと休みたかった。

 

 

 

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