長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-13.首里のお祭り(第二稿)

 朝早くから首里(すい)グスクの太鼓が、ドンドコドドドンと鳴り響いていた。
 今日は思紹(ししょう)王が首里グスクに入って一周年を祝うお祭り(うまちー)だ。サハチたちが明国に旅立った日から十日余りが経った二月の九日、その日は朝からいい天気だった。
 ヤマトゥ旅から帰って来たマウシは首里に屋敷を与えられて、シラーとマサルーの父子(おやこ)と一緒に暮らしていた。午前中はナンセン(南泉)寺(でぃら)で読み書きを学び、午後は苗代大親(なーしるうふや)の武術道場に通う毎日が始まっていた。
 一緒にヤマトゥに行ったジルムイも首里にできた島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)の屋敷に移って、マウシたちと同じ日課を過ごしている。ジルムイの兄のサグルーは今年の正月から、若按司として島添大里グスクで按司になるための修行を始め、共に遊ぶ事はできなくなった。
 今日はお祭りなので、読み書きも武術の稽古も休みになった。マウシは苗代大親の娘、マカマドゥを誘ってお祭り見物を楽しもうと朝から浮き浮きしていた。
 ヤマトゥから帰って来て、マウシはマカマドゥと試合をした。マカマドゥから試合を申し込まれたのだった。マカマドゥはマウシが自分よりも強かったらお嫁に行くとはっきりと言った。そして、あたしよりも弱かったら、あたしの事はきっぱりと忘れてとも言った。前回と同じように娘たちの見守る中、竹の棒で試合をして、マウシはマカマドゥに勝っていた。ヤマトゥ旅の最中も、剣術の稽古は怠りなくやっていて、その成果が現れたのだった。その時、ササとシラーも試合をした。シラーもマウシと一緒に稽古に励み、ヤマトゥに旅立つ前より、かなり腕を上げていた。しかし、ササにはかなわなかった。マウシも初めてササの強さを目の前で見て、もしかしたら、自分もササには負けるかもしれないと思った。
 サグルーとマウシの妹のマカトゥダルはうまくいっているようだった。サグルーの妻になると決心をしたマカトゥダルは剣術の稽古を始めた。サグルーの母親、マカトゥダルから見れば叔母のマチルギは剣術の名人だった。自分も剣術を身に付けなければ、叔母に認めてはもらえないと思ったのだった。今まで、木剣など持った事のなかったマカトゥダルは老山伏のクラマの指導のもと、朝から晩まで剣術の修行に励んだ。自分でも不思議に思うが、剣術の修行は楽しかった。自分にも叔母と同じ血が流れているんだと思うとマカトゥダルは嬉しかった。
 グスクから聞こえてくる太鼓の音を聞きながら、「俺はマカマドゥを誘ってお祭りに行くが、お前はササを誘うのか」とマウシがシラーに聞いた。
「ササは首里にはいない。佐敷だろう」
「お祭りなんだ。首里に出てくるだろう」
「最近、ササはおかしいんだ。俺を見る目が以前とは違うんだよ」
「お前がササに負けたからだろう。お前がマレビト神じゃないと思い始めたのかもしれんな」
「ササが強すぎるんだ。あんなにも強いとは思わなかった」
「確かにな、俺も驚いたよ。ササは気まぐれだからな、何を考えているのかわからん。馬天(ばてぃん)ヌルの屋敷に寄ってみよう。もしかしたら、いるかもしれない」
「そうだな」
 シラーの父のマサルーは夜が明ける前に出掛けて行った。お祭りの間、首里グスクの西曲輪(いりくるわ)を開放するので、敵が侵入してくる可能性が高かった。警備を厳重にしなければららない。マサルーも警備の責任者の一人に選ばれていた。
 刀を腰に差して出掛けようとした時、屋敷の外で、マウシとシラーの名を大声で呼んでいる者がいた。
 マウシとシラーは顔を見合わせて笑った。声の主はササだった。
 外に出ると村娘の格好をして、四尺ばかりの棒を持ったササがいた。
「お祭りに行くわよ」とササは言った。
「お前、やっぱり、首里にいたんだな」とマウシが言った。
「マカマドゥのおうちに泊まったのよ」
「マカマドゥと一緒にいたのなら、どうして、マカマドゥを連れて来ないんだ」
「マカマドゥは御内原(うーちばる)に行ったのよ」
「何だって! どうして、御内原に行くんだ」
「御内原の警固をするためよ。奥方様(うなじゃら)(マチルギ)を手伝うんだって」
「そんな‥‥‥」とマウシは嘆いた。
「お前、マカマドゥと一緒にお祭り見物をしようと思っていたのね」
 そう言ってササは大笑いした。
「今回のお祭りは庶民たちを楽しませるためのお祭りなのよ。身内の者が楽しむためじゃないの。あたしたちも敵が侵入しないように見張りをするのよ。そんなサムレーの格好じゃ駄目。庶民の格好をして、怪しい奴を捕まえるのよ」
 マウシとシラーはブツブツと文句を言いながらも、ササの言う通りに庶民の格好に着替えて刀も差さず、杖代わりの棒を持って首里グスクへと向かった。
「本当に敵は侵入して来るのか」とマウシは歩きながらササに聞いた。
「絶対に来るわ。誰でも西曲輪に入れるのよ」
「西曲輪に入れても、そこから先へは行けないだろう」
「御殿(うどぅん)を見せるために、御庭(うなー)の前の御門(うじょう)は開いているのよ。綱を張って中に入れないようにはしているんだけど、西曲輪で何か騒ぎが起こって、そのどさくさに紛れて侵入するという事も考えられるわ」
「敵の目的は?」とシラーが聞いた。
「多分、王様(うしゅがなしめー)の暗殺ね。跡継ぎの島添大里按司は明国に行っていて留守だし、王様を暗殺して、混乱に乗じて首里に攻め込むかもしれないわ」
「敵とは誰なんだ」とマウシは聞いた。
「山北王(さんほくおう)か山南王(さんなんおう)ね。もしかしたら、武寧(ぶねい)の残党がまだ生きていて、敵討(かたきう)ちに来るかもしれないわ。敵もあたしたちと同じように庶民に化けて来るはずよ。武器を隠し持っているような奴を見つけ出さなければならないわ」
「面白そうだな」とマウシは笑ってから、「ジルムイも誘おうぜ」と言った。
「ねえ、ヤマトゥ旅で何があったの。旅から帰って来てジルムイは変わったわ。それに、お前とジルムイも以前と違って、仲良しになっている」
「色々とあったのさ。苦労を共にした仲間だよ」
「ふーん」と言って、ササは意味ありげに笑った。
 島添大里按司の屋敷に寄って、ジルムイを誘った。ジルムイも庶民の格好に着替え、簪(かんざし)を抜いて髪型も変えた。マウシとシラーもジルムイを真似して髪型を変えた。
「さすが、ジルムイね。髪型までは、あたしも気づかなかったわ」とササは満足そうに三人の姿を眺めた。
 首里グスクは朝早くから賑わっていた。普段は入れないグスクの中に入って、噂の宮殿が見られるというので、城下に住む者は勿論の事、佐敷や島添大里からも見物に来ていた。大御門(うふうじょー)(正門)の前の坂道に泊まり込んで、門が開くのを待っていた者たちもいたという。
 開いたままの門の左右に門番は立っているが、一々、中に入る者たちを調べたりはしていない。その代わりに、門の上の櫓(やぐら)の中にも石垣の上にも大勢の警備兵がグスクの外と中を厳しく見守っていた。
 広い西曲輪内には舞台が作られ、あちこちに炊き出しの屋台が置かれて、酒や食べ物が振る舞われていた。賑わっていると言っても、まだそれ程の人出はなかった。百人はいないだろう。舞台でもまだ何もやってはいなかった。
 マウシたちは一通り、曲輪内を歩いて、どこに何があるのかを確認した。酒を配っている屋台にマサルーがいた。商人のような格好をして、二人の娘と一緒に、ニコニコしながら酒を配っている。
「親父、何をしてるんだ」とシラーが声を掛けた。
「おう、お前らも来たか。お祝いだ。まあ、一杯やれ」
「グスクの警固をしなくてもいいのか」
「何を言っている。こうやって、怪しい奴がいないか見張っているんだ」
「と言うことは、おじさん、屋台をやっているのはみんな、警固の人たちなの」とササが聞いた。
「そうじゃ。この二人は女子(いなぐ)サムレーじゃよ」と娘たちを見ながらマサルーは小声で言った。
「お前たちもそんな格好でやって来るなんて、なかなかやるじゃないか」
 酒を一杯づつ飲んで、隣りの屋台に行くと餅(むち)を配っていた。餅を配っていたのは、何とマカマドゥだった。
「どうして、こんな所にいるんだ」とマウシは驚いた顔をして聞いた。
「御内原よりここのが面白そうだから、こっちにしたの」とマカマドゥは言って、「舞台も見られるしね」と楽しそうに笑った。
 マカマドゥと一緒にいるのはマカマドゥの兄のマガーチと、顔は見覚えあるが名前までは知らない女子サムレーだった。
 マガーチは苗代之子(なーしるぬしぃ)と名乗って、島添大里グスクでサムレー大将を務めているが、今日は首里の応援に来たようだ。マガーチがいるという事はその配下の者たちが女子サムレーと一緒に屋台を出しているのかもしれなかった。マガーチと一緒なら大丈夫だろうとマウシは安心してマカマドゥと別れた。
 西曲輪の一番奥には物見櫓(ものみやぐら)があって、その上で諸肌(もろはだ)脱ぎの男が太鼓をたたいていた。物見櫓の上には警備の兵が何人もいた。そこからの眺めは最高なのだが、今日は登れないようだった。
 舞台に行くと佐敷ヌルが開演の準備をしていた。今日の佐敷ヌルはヤマトゥ風の着物を着ている。佐敷ヌルは何を着ていても美しかった。
「もうすぐ始まるわよ」と佐敷ヌルは言った。
 六歳になる娘のマユとその父親のシンゴも一緒にいた。マウシたちはシンゴに頭を下げた。ヤマトゥ旅では大変お世話になっていた。
「お前たちも見張りをしているのか」とシンゴが聞いた。
「勿論ですよ」とマウシは調子よく答えた。「曲者(くせもの)なんか、すぐに捕まえますよ」
「見事に海賊どもを追い払ったお前たちなら、わけない事だろう。頑張れよ」
「海賊退治をしたの」とササがマウシに聞いた。
「京の都に行く途中、海賊どもが現れたんだ。簡単に追い払ってやったのさ。と言いたいけど、本当は死に物狂いで戦ったんだ。もう少しで殺されるところだった」
 マウシがそう言うと、「あの時、実戦の恐ろしさを初めて知ったんだ」とジルムイが言った。
「危ない目に遭って来たのね」とササは三人を見て笑った。その笑顔はいつもの馬鹿にしたような笑いではなく、無事でよかったわねと言っているようだった。
 舞台から離れて、御庭(うなー)へと続く御門(うじょう)の所に行った。木の杭を打ち、綱を張って門には近づけないようにしてあるが、大勢で押しかければ簡単に御庭の中に入れそうだ。門内には警備兵が大勢待機していて、非常時にはすぐに門を閉じるようだった。開かれた門からは御庭の先にある百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)(正殿)がよく見えた。マウシが初めてあの御殿を見た時のように、人々は驚嘆するだろう。神聖なる御庭を血で汚(けが)すような事があってはならない。ここを守る守備兵は命懸けで守らなければならなかった。
 太鼓の音が止まり、銅鑼(どら)の音が鳴り響いた。いよいよ、お祭りの始まりだった。舞台の上に佐敷ヌルが上がって挨拶を始めた。いつの間にか、見物客も多くなっていた。子供連れのお客が多く、舞台の周りは人で埋まっていた。
 舞台を眺めながら、「王様(うしゅがなしめー)も出てくるのか」とマウシはササに聞いた。
「出てこないわよ」とササは首を振った。「王様が出て来たら、みんな、土下座しなくちゃならないでしょ。お祭りが台無しになるわ」
「そうか。王様は御殿(うどぅん)の中から見守っているのだな」
 マウシは御殿を見た。あそこからでは舞台の様子はわからないだろう。大勢の城女(ぐすくんちゅ)たちも舞台を見たいのに違いない。あそこから遠くに見える舞台を見ているのだろうか。可哀想な事だった。
 佐敷ヌルの挨拶が終わると着飾った女たちが出て来て踊りを披露した。平田大親(ひらたうふや)(ヤグルー)の妻、ウミチルが育てた踊り子たちで、ウミチル自身も中央で踊っていた。
「見張りを開始するわよ」とササが言って、三人の男たちがササに従って見回りを開始した。
 正午まで、見回りを続けたが怪しい者は見つからなかった。西曲輪の中は人であふれているが、武器らしい物を持っている者はいないし、怪しい素振りを見せる者もいなかった。皆、お祭りを楽しんでいる家族連ればかりで、人々の顔は幸せそうだった。
 舞台では村娘たちが陽気に踊っていた。各村々から選ばれた娘たちが、それぞれ工夫した衣装を身につけて、その村で歌われている歌に合わせて踊っている。楽しそうに一緒に踊っている見物人もいた。
「どうやら、ここには現れそうもないわね」とササが人々を眺めながら言った。
「もうやめるのか」とシラーが聞いた。
「きっと、曲者(くせもの)はすでにあの中にいるのよ」とササは御殿の方を示した。
「まさか?」とマウシがそんな事があるわけないといった顔をして首を振った。
「奥方様(うなじゃら)から聞いたんだけど、今、御内原(うーちばる)には王様(うしゅがなしめー)の側室が八人もいるんだって」
「側室というのは妾(めかけ)の事か」とシラーが聞いた。
「そうよ。みんな、十七、八の娘で、王様から見たら孫みたいな年齢(とし)の娘たちよ」
「美人(ちゅらー)なのか」とマウシが聞いた。
「当然でしょ。選ばれた娘たちなのよ」
「凄えなあ。美女が八人か」とシラーがポカンとした顔をして言った。
「その側室たちが怪しいのか」とジルムイが聞いた。
「そうじゃないわよ。側室は人形みたいなもの。何もできないわ。問題は側室に付いて来た侍女たちなのよ」
「なあ、王様はその美女たちを抱いたのか」とシラーが聞くと、ササは怖い顔をしてシラーを睨んだ。
「そんな事、知らないわよ」とササはシラーに強い口調で言った。
「王様に側室を贈った者の中には山北王と山南王もいるの。山北王と山南王から指示を受けた侍女たちが騒ぎを起こすかもしれないわ」
「敵の間者(かんじゃ)が御内原にいるのか」とマウシは信じられないといった顔で御殿の方を見た。
「女子サムレーが見張っているから大丈夫だと思うけど、何だか嫌な予感がするの。あたしたちも行ってみましょ。ただ、シラーは入れないわ。ここで見張っていて」
「何で、俺は入れないんだ」
「今日は東御門(あがりうじょう)(裏門)も厳重に警固されているわ。普段なら連れとして入れるけど、今日は無理なの。ここで、親父さんと一緒に見張っていて」
「わかったよ」とシラーは少しすねた顔をして手を振った。
 ササとマウシとジルムイの三人はシラーと別れ、西曲輪から出て東御門に向かった。石段を登った上にある東御門は閉ざされ、四人の門番が長い棒を持って立っていた。ササが門番に三つ巴が描かれた木の札(ふだ)のような物を見せると門番はうなづき、連れは誰だと聞いた。
「王様のお孫さんのジルムイとその従兄弟(いとこ)のマウシよ」
 門番はジルムイとマウシの格好を眺めながら、通していいものか躊躇(ちゅうちょ)していた。
「今まで、西曲輪を見張っていたので、こんな格好をしているの。信じられないのなら、奥方様を呼んで来て」
 門番はうなづいて、門の中に消えた。しばらくすると奥方様(マチルギ)が現れた。
「あんたたち、何をやっているの」とマチルギは聞いた。
「奥方様のお手伝いです。西曲輪にいたんだけど、嫌な予感がしたので、こっちに来ました」
「嫌な予感?」と言ってマチルギはササを見て、うなづくと門番たちに通すように告げた。
 門の中は左側にずっと板塀が続いていて、その中が御内原だった。マウシは以前、マチルギに案内されて入った事があるが、今日、入れるかどうかはわからない。右側は北の御殿(にしぬうどぅん)へと続き、正面は百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)へと続いている。マチルギは三人を百浦添御殿へと続く屋根付きの通路に連れて行って話を聞いた。通路の要所には女子サムレーが見張りをしていた。
「嫌な予感ってどういう事なの」とマチルギはササに聞いた。
「ここで誰かが殺されるわ」
「ここって、百浦添御殿の中で殺されるの」
 ササは真面目な顔をしてうなづいた。
「誰だかわからないの。多分、あたしの知らない人だと思うわ」
「という事は刺客(しかく)が殺されるっていう事ね」
「刺客かもしれないし、誰かが刺客の犠牲になるのかもしれない。王様は何をしているの」
「志佐(しさ)殿と碁(ぐー)をしているわ。最近は毎日、熱中しているの」
「そう」
「百浦添御殿の二階には王様と志佐殿しかいないわ。時々、侍女がお食事やお茶を運ぶけど、二階への階段は厳重に固めているから曲者(くせもの)は入れないわ」
「ササから聞いたんだけど、王様の側室が八人もいるんだって」とジルムイが母親のマチルギに聞いた。
 余計な事を言うなというようにササを睨んだあと、マチルギはうなづいた。
「贈られた者を返すわけにもいかないので、御内原に入れたけど、まったく、困ったものよ」
「山北王と山南王が贈った側室もいるらしいじゃないか」
「中山王になったお祝いと言って贈ってよこしたのよ。勿論、こっちからもそのお返しに側室を贈ったからおあいこね」
「こっちからも敵に側室を贈ったのか」
「そうよ。お互いに敵の様子を探るために側室を利用しているのよ」
「他には誰が贈ってきました」とササは聞いた。
 そんな事まで、ジルムイに言いたくはなかったが、ササの真剣な顔を見て、マチルギは説明した。
「まず最初に贈って来たのは奥間(うくま)よ。奥間では古くからそういう習慣があるらしいわ。次が、山南王と山北王、そして、先代の中山王の弟の米須按司(くみしあじ)も贈って来たわ。あとは王様の機嫌を取るために商人たちが贈って来たの。首里に屋敷を構えた材木商人と塩商人、それに、ヤマトゥンチュの松浦党(まつらとう)と薩摩(さつま)の商人よ。薩摩の商人はヤマトゥンチュの娘を、松浦党は朝鮮(チョソン)の娘を贈って来たわ。ヤマトゥンチュの娘と朝鮮の娘は勿論、琉球の言葉はわからない。言葉を教える事から始めなければならないのよ。まったく世話が焼けるわ」
「山南王、山北王、米須按司の三人が怪しいわね」とササが言うと、「わかっているわ」とマチルギはうなづいた。
「ササの予感が当たらないように頑張るわ。あなたたちは西曲輪の方を頼むわね。向こうで何か騒ぎを起こして、こちらの曲者が動き出すかもしれないから」
 ササは素直にマチルギにうなづいたが、「でも、あの中を一回りさせて」と百浦添御殿の方を見た。
 マチルギは仕方ないというようにうなづき、先に立って案内した。
 百浦添御殿の中は薄暗く、女子サムレーだらけだった。これではとても侵入などできないだろう。二階へと続く階段は三カ所あり、中央の階段は王様専用で、左右の階段が侍女や女子サムレーが利用する階段だった。一番奥の階段まで来た時、一人のヌルが階段を上がって行くのが見えた。
「あれは?」とササがマチルギに聞いた。
「二階に祭壇があって、お香を絶やさないように定期的にヌルが上がって行ってお祈りをしているの」
「あのヌルは大丈夫なの」
「大丈夫よ。浦添(うらしい)のヌルなんだけど、早いうちから馬天ヌルに仕えているわ」
浦添のヌルなのね」とササは重ねて聞いた。
「大丈夫よ。一時(いっとき)(二時間)ほど前にも上がって行ったけど、何事もなかったわ」
 その時、上から、「誰か来てくれ!」とヤマトゥ言葉が聞こえた。
 マチルギはすぐに階段を上った。マチルギに従って、ササ、マウシ、ジルムイと続き、女子サムレーたちも階段を上がった。
 二階は明るかった。すでに、中央の階段から上がってきた女子サムレーが呆然と立ち尽くしていた。窓側に碁盤が置いてあり、そのそばに首の後ろを斬られた王様がうつぶせに倒れていた。倒れる時に散らかしたのか、碁石があちこちに飛び散っている。王様の後ろには先程のヌルが首から血を流して倒れている。ヌルの首から飛び散った血が碁盤の上まで飛んでいた。志佐壱岐守(しさいきのかみ)は腰を抜かしたように座り込んだまま、倒れている王様をじっと見ていた。
「何があったのです」とマチルギが志佐壱岐守に聞いた。
 志佐壱岐守は倒れているヌルを指さし、「あいつが突然、王様に斬りつけたんじゃ」と言った。
「近づいて来る時におかしいと思わなかったのですか」
「あのヌルはよく、ここに来る。王様とも親しげに話をしておった。碁を覗きに来ても別に怪しいとは思わなかったんじゃ。それが、突然、斬りつけてきたんじゃ」
「ヌルは自害したのですか」
「逃げられんと思ったのじゃろう。わしが叫んだあと、自ら首を斬っていた」
 馬天ヌルがやって来た。悲惨な光景を見て、言葉を失い立ち尽くした。
スズナリが‥‥‥スズナリが‥‥‥」と馬天ヌルは言っていた。
「大変な事になったわ。王様が殺されたのよ。一体、どうしたらいいの」と言いながら馬天ヌルはマチルギを見た。
 マチルギは倒れている王様の顔を上に向けた。
「えっ、まさか‥‥‥兄じゃないわ」と馬天ヌルは言った。
「ええっ」とみんなが驚き、王様の顔を見た。よく似ているが王様ではなかった。
「一体、どういう事なの。兄はどこに行ったの」
 マチルギは説明した。
 王様の思紹(ししょう)はとにかくグスクから外に出たかった。グスクから抜け出すには身代わりが必要だった。ウニタキに頼んで、自分に似ている者を探させ、その身代わりと入れ替わって外に出たのだった。今日はお祭りなので政務はない。政務を身代わりに任せるのは無理だが、今日なら何とかなりそうだと思い決行したのだった。この事を知っているのはウニタキの配下のイーカチとマチルギ、身代わりと一緒にいた志佐壱岐守の三人だけだった。
 マチルギは思紹から相談されて困ったが、イーカチが思紹は絶対に守ると約束したので、思紹のわがままを許す事にした。本物の王様が百浦添御殿や御内原内をうろうろしているよりも、偽者が百浦添御殿の二階にずっと籠もっていた方が守りやすかったからでもあった。
 偽者の王様はヤマトゥ僧の格好をして以前から出入りさせていた。顔をよく見られないように、いつも頭巾をかぶっていた。門番にはヤマトゥの偉い僧は頭巾をかぶっているので、そのまま通すようにと言ってあった。
 お祭りの朝、偽者は従者を連れてやって来た。思紹は偽者と入れ替わり、志佐壱岐守の連れのジクー禅師と、偽者が連れてきた従者と一緒にグスクから出た。従者はイーカチだった。
 その後、三人がどこに行ったのかはマチルギも知らなかった。
「兄が無事でよかった」と馬天ヌルはホッと一安心した。
「でも、スズナリはどうして今日、この日に狙ったの。いつでもやろうと思えばできたのに」
「多分、王様が殺されれば、お祭りが急遽、中止になると思ったんじゃないかしら」とマチルギが言った。
「お祭りが中止になるとどうなるの」
首里で一大事が起こったに違いないと噂になるわ。王様の死を隠しておけなくなると思ったのよ。もし、お祭り以外の日に殺したとしても、内密に処理されると思ったんじゃないかしら。世子(せいし)が明から帰って来るまでは死を公表しないだろうと。敵から見れば、王様が死んだのか、生きているのか、はっきり確認できないと、攻め込む事はできないわ」
「そうね‥‥‥でも、スズナリは誰の指図でこんな事をしたのかしら。スズナリを入れたのはあたしの失敗だわ。幸いに兄は助かったけど、許されない失敗よ」
「そんな事はないわ。あたしもスズナリの事は調べたわ。何も怪しい所は見つからなかった。敵が巧妙だったのよ」
 馬天ヌルはスズナリを見ながら首を振っていた。
 二つの遺体を運び出し、城女(ぐすくんちゅ)たちに血を拭き取らせて、ヌルたちを呼んで、馬天ヌルはお清めの儀式を行なった。
 マウシたちはグスクから出て、馬に乗って佐敷へと向かった。思紹が行くとすれば、様々な思い出がある馬天浜に違いなかった。
 思った通り、思紹は馬天浜のウミンターの屋敷の離れでヤマトゥンチュの船乗りたちと一緒に酒を飲んで騒いでいた。ジルムイはそんな祖父の姿を見て、自然と笑いがこみ上げて来ていた。王様の格好をしてグスクの中にいるよりも、今の祖父の方が祖父らしいと思っていた。
 ジルムイがここに来るのは久し振りだった。子供の頃、兄のサグルーとササと一緒にここに来ては遊んでいた。お陰で、自然とヤマトゥ言葉を覚えていた。父も子供の頃、佐敷ヌルと一緒にここに来て遊んでいたという。祖父は祖母と一緒になって、苗代に移るまで、ずっとここで暮らしていた。祖父にとって、ここは原点なのに違いない。いや、父にとっても、ジルムイにとっても、ここは原点なのだった。
「王様と一緒にいるイーカチというのは何者なんだ」とマウシがササに聞いた。
三星大親(みちぶしうふや)の配下の者よ」
 三星大親と言えば、マウシたちが島添大里にいた時、お世話になったおかみさんの夫だった。
「地図を作っている人なのか」とマウシが言うと、ササは楽しそうに笑った。
「それは表の顔よ。三星大親は『三星党』という裏の組織のお頭なのよ」
「裏の組織?」
「そう。王様が首里グスクを奪い取る事ができたのも、三星党のお陰と言っても言い過ぎじゃないわ。三星党は密かに敵の情報を集めたり、時には敵のグスクに忍び込んで暗殺もする集団なのよ」
「そんな集団がいたのか」
「表の組織だけでは戦には勝てないわ。裏の組織が活躍しなければならないの。王様を密かに守るのも仕事よ。だから、三星大親は世子の按司様(あじぬめー)を守るために一緒に明国まで行ったのよ。そして、三星大親に代わって、留守を守っているのがイーカチなの」
 ジルムイも三星党の事は知らなかった。そんな組織があったなんて凄いと感心していた。
 ササが思紹の耳元で、首里の事を告げると、思紹は顔色も変えずにうなづいた。そして、しばらくして席を立ち、海辺へと向かった。ササが思紹のあとを追った。それを見ていたマウシとジルムイも海辺へと向かった。
「刺客は誰が送ったんじゃ」と思紹はササに聞いた。
「わかりません。何も話さず、自ら命を絶ちました」
「そうか‥‥‥あいつがやられたか‥‥‥すまん事をしてしまった」
 しばらく、海を見つめていた思紹は振り返った。
 いつの間にか、イーカチが来ていた。
「あいつの家族のために、できるだけの事をしてやってくれ」
「かしこまりました」とイーカチは頭を下げた。

 

 

 

週刊 名城をゆく 26 首里城 小学館ウィークリーブック  日本の城 44号 (首里城) [分冊百科]  名城を歩く14 首里城