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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-68.思紹の旅立ち(第二稿)

尚巴志伝 第二部

 サムの勝連按司(かちりんあじ)就任の儀式が終わったあと、ウニタキは今帰仁(なきじん)に向かい、サハチは島添大里(しましいうふざとぅ)に帰った。
 次の日は島添大里グスクのお祭り(うまちー)だった。天候にも恵まれて大勢の人たちが集まって来た。舞台の演目は首里(すい)のお祭りとほとんど同じで、女子(いなぐ)サムレーが演じるお芝居は『サミガー大主(うふぬし)』だった。サハチが見たいと佐敷ヌルに頼んだのだった。
 前回、馬天浜(ばてぃんはま)で演じた時は、時間がなかったので曲や踊りは平田で演じた『浦島之子(うらしまぬしぃ)』と同じだったが、今回演じるに当たって、新しい曲や踊りを取り入れ、前回よりも素晴らしいできになっていた。人喰いフカ(鮫)との戦いの場面では、アミーが加わり、サミガー大主役のリンは、アミーとマイの二匹のフカを相手に華麗に戦って拍手を浴びた。
 舞台の最後はウニタキとミヨンの親子の三弦(サンシェン)だったが、ウニタキがいないので、ファイチ(懐機)の息子のファイテ(懐徳)がミヨンと一緒に三弦を弾いて歌を歌った。ファイテが三弦を弾くなんて知らなかったが、なかなかうまいものだった。それよりも、仲よく歌っている二人の姿を見たら、ウニタキが怒るに違いないと思った。サハチは心の中で、まだ帰って来るなよと祈っていた。
 ウニタキは翌日の夕方に帰って来た。今帰仁の『よろずや』にいるイブキの妻のヤエから『望月党』の生き残りの事を聞いてきた。
 ヤエは望月ヌルとして『望月党』を支えてきたが、兄たちの争いに巻き込まれて殺されそうになった。イブキに命を助けられ、望月党が壊滅したあとは、『よろずや』の女将として平和に暮らしていた。
 勝連の若按司が亡くなり、勝連グスクの森の中から霊符(れいふ)が発見されたと聞いて、ヤエは青ざめた顔付きになったが、霊符と望月党のつながりは知らなかった。
「お頭だったサンルーの家族で生き残っているのは、サンルーの三男のマグサンルーとその姉の若ヌル、そして、二人の母親の三人だけです」とヤエは言った。
「五年前に望月党が滅んだ時、マグサンルーは十四歳、若ヌルは十七歳でした。若ヌルはヌルとして一人前になっています。望月ヌルは『摩利支天(まりしてぃん)』という神様に仕えるヌルで、摩利支天法を使って、人を呪い殺す事もありますが、霊符などは使いません。霊符を使うのは道士です。もし、その霊符が望月党の仕業であったなら、明国の道士が関わっているのかもしれません」
 ヤエの話によると、望月党の配下の者たちは二百人はいて、普段は農民やウミンチュとして普通に暮らしていたという。サンルーとグルーの身内の争いによって半数余りの者が亡くなり、ウニタキによる本拠地の襲撃によって全滅した。しかし、妻や子供は生き残っている。
 馬天ヌルと一緒に勝連の呪いを鎮めた時、ヤエは知っている配下の者を訪ねたが、すでに誰もいなかった。皆、どこかに逃げたようだった。ただ、逃げずに留まっている者たちもいる。よそに嫁いだ娘の侍女として付いて行った女たちは逃げる事もできずに留まっているし、役人としてグスク内で働いている者もいるかもしれない。
 十五歳以下の男の子は一人前として認められなかったので生きている。あれから五年が経って、二十歳になった若者たちがマグサンルーを中心に再結成をした可能性はある。
 望月党が動き出せば、あちこちのグスクに入っている侍女たちが動き出すだろうとヤエは言った。そして、望月党の話をしているうちに思い出したらしく、ヤエには会った事がない叔父がいるという。ヤエが生まれる前に、元(げん)の国に渡ったと聞いている。その後、どうなったのかわからないが、その叔父が道士になって帰って来たのかもしれないと言って怯えた。
 サハチはウニタキの話を聞いて驚いた。望月党の生き残りはサンルーの妻と子供の三人だけだと思っていた。二百人の配下の者たちの家族が生きている事を数に入れてはいなかった。配下の者たちの妻や子は夫や父を殺された恨みを勝連にぶつけてくるに違いない。成長した子供たちは『望月党』を再結成するに違いなかった。
「奴らはどこにいるんだ」とサハチはウニタキに聞いた。
「ヤンバルの山の中か、あるいはどこかの島だろう」
「二百人もいると思うか」
「いや、女や子供を入れればいるかもしれんが、役に立つ者たちはまだ五十人もいるまい。当時、十五歳だった者がようやく二十歳だ。まだ幼い子供たちの方が多いんじゃないのか」
「そうだろうな」とサハチはうなづいた。
「よそのグスクに侍女たちが残っていると言ったが、伊波(いーふぁ)にもいたな」
「いや、今は安慶名(あぎなー)にいる。安慶名按司の妻が俺の妹だからな」
「そうか、マイチの奥さんだったな」
「その下の妹は武寧(ぶねい)の長男に嫁いだが、勝連に戻って来ている。俺の兄貴だった勝連按司の娘が中グスクに嫁いだが、その娘も勝連に戻って来ている。侍女たちも一緒に戻って来ていて、今、どうしているのかは調べないとわからん。越来(ぐいく)に嫁いだ俺の叔母がいるが、その叔母も帰って来て城下で暮らしている。今、よそのグスクにいる望月党の女は安慶名だけだろう」
「そうか。ところで、望月サンルーの妻はお前の姉なのか」
「そうだ。一番上の姉だ。俺が十歳の時に嫁いで行った。それ以後、会ってはいない」
「サンルーの家族たちはどこに住んでいたんだ」
「城下のはずれに立派な屋敷があった。俺も知らなかったんだが、望月ヌルに連れて行ってもらったんだ。勿論、もぬけの殻になっていた。近所の者たちに聞いたら、偉いお師匠様が住んでいたんだが、急にいなくなってしまった。勝連グスクが呪われたので、愛想を尽かしてどこかに行ったのだろうと言った。望月サンルーの表の顔は読み書きを教えるお師匠だったんだよ。甲賀大主(くうかうふぬし)と言って、俺も幼い頃、二代目のサンルーから読み書きを教わっていた。まったく、気がつかなかった」
「その屋敷は空き家のままなのか」
「いや、新しい読み書きのお師匠が入っている」
「若按司に教えていたのか」
「若按司とサムの子供たちに教えている。俺の配下なんだ」
「何だって! お前、勝連を見張っているのか」
「望月党を警戒して入れたんだよ」
「成程な。しかし、お前の配下に、読み書きを教えるような者がいるとは思えんが」
「お前の親父の紹介さ。お前の親父はキラマ(慶良間)で武芸だけを教えていたんじゃないんだ。それぞれの特技を伸ばそうとしていた。奴の親父は今帰仁合戦で戦死したサムレーで、奴は子供の頃から親父に読み書きを習っていたらしい。ただ、側室の倅だったため、親父が戦死したら母親と一緒に追い出されてウミンチュになった。やがて、母親が病死して、海辺でしょんぼりしている時にサミガー大主と出会ったんだ。当時、十六歳だったが、倭寇(わこう)になって南蛮に行くという話を信じて、キラマの島に渡ったそうだ。島にはヒューガ殿が海賊働きをして奪い取った書物もあった。奴は書物を片っ端からむさぼり読んだ。お前の親父も好きなだけ読めと言ったらしい。お前の親父は奴を首里グスクに呼んで役人にしようと思ったようだが、役人は性に合わないと言って断り、俺の所に来たというわけだ」
「親父が読み書きの師匠を育てたのか」
「読み書きの師匠だけじゃない。あの島では何でも自分たちで作らなければならなかったので、陶器を焼く職人も育てたし、紙を漉(す)く職人も、弓矢を作る職人も育てた。塩を作る職人も育てたようだ。奴らは首里に来ても特技を生かして暮らしている」
「そうだったのか。今更ながら、親父には頭が下がるよ」
「その親父さんだが、明国に行くそうだな」
「困ったもんだよ」
「親父さんの事だから、使者たちとは別行動を取るだろうな」
「確実だよ。武当山(ウーダンシャン)と龍虎山(ロンフーシャン)に行くのを楽しみにしている」
 ウニタキは笑ったが、「ヂャン師匠と一緒だから大丈夫だと思うが、あの二人だけだとどこに行くかわからんぞ。船に乗り遅れるかもしれん」と警告した。
「乗り遅れたら三姉妹の船で帰ってくればいい」とサハチは簡単に考えていた。
「それはそうだが、使者たちの立場に立ってみろ。王様(うしゅがなしめー)が行方知れずになったら帰って来られないだろう」
「確かにそうだな。本人は東行法師(とうぎょうほうし)のつもりで気楽だが、使者たちにしたらたまったものではないな」
「誰か、しっかりと手綱(たづな)を取れる者を一緒に行かせた方がいいぞ」
「親父の手綱を取れる奴か」とサハチは考え、「クルーに頼むか」と言った。
「クルーで大丈夫か」
「親父が東行法師だった頃、マサンルーは親父と一緒に旅をした。ヤグルーとマタルーはお爺のサミガー大主と旅をしたんだが、クルーだけは旅をしていないんだ。クルーも兄貴たちのように旅に出るのを楽しみにしていたんだが、お爺は旅をやめてしまった。親父と旅ができれば喜ぶだろう」
「喜ぶどころか、あの二人と一緒だと辛い旅になりそうだぞ」
「その辛さを乗り越えたら、クルーも成長するだろう」
 三月三日、恒例の久高島参詣が行なわれた。マチルギも元気になっていたが、みんなから無理をするなと言われて、今回は参加しなかった。例年のごとく、敵の襲撃を警戒して、思紹王のお輿(こし)にはヂャンサンフォンが乗り、思紹は最後尾を馬に乗って従った。沿道はきらびやかな行列を見ようと人々で埋まり、天気にも恵まれて、久し振りにグスクの外に出た女たちはウキウキしながら歩いていた。馬天ヌルが率いているヌルたちの一行の中に、ササとシンシンの姿があり、女子サムレーに扮したナナの姿もあった。
 苗代大親(なーしるうふや)もウニタキも万全の警備態勢を敷いて待ち構えた。何事も起こらず、一行は無事に久高島に渡り、一泊して帰って来た。
 ササたちは久高島のフボーヌムイに入って神様の声を聞いた。古い神様はいっぱいいたが、スサノオあるいはウシフニを知っている神様はいなかったし、豊玉姫もいなかったという。豊玉姫は久高島にいるに違いないと勇んで行ったササはがっかりした顔で佐敷に帰って行った。
 留守番をしていたサハチも首里から島添大里に帰った。山南王のシタルーから知らせがあって、ハーリーの準備を始めなければならなかった。帰る途中、旅芸人の小屋に寄ってみた。
 笛や太鼓の音が聞こえて来たが、耳をふさぎたくなるようなひどいものだった。いくつも立てられた小屋に囲まれた広場に行くと、五人の娘が踊っていて、二人の男が笛を吹き、二人の男が太鼓を叩き、一人の男が三弦(サンシェン)を弾いていた。娘たちの踊りはばらばらでぎこちなく、とても見られたものではなかった。ウニタキは縁台に座り込んで頭を抱えていた。
「見事な一座だな」とサハチは言って、ウニタキの隣りに腰を下ろした。
「おう、いい所に来たな。奴らに笛を教えてくれ」
「皆、お前の配下なのか」
「ああ。武芸の腕はそれなりにあるんだが、芸の腕はまるで駄目だ」
「お前が選んだのか」
「やってみたいと思う奴は集まれと言って集めたんだ。三十人近く集まって来て、その中から才能のありそうな者を十人選んだんだが、この有様だ」
「まず基本から身に付けないとどうしようもないな」
「ああ。簡単に考えすぎていた。参ったよ」
「ユリが今、島添大里で女子サムレーたちに笛を教えている。一緒に教えてもらえばいい」
「男二人が女子サムレーと一緒に稽古をするのか」
「お客を集めるなら女に吹かせた方がいいんじゃないのか」
「旅をするんだ。女だけじゃ危険だろう」
「男は座頭(ざがしら)と荷物を運ぶ奴と舞台を組み立てたり背景を描いたりする奴でいいんじゃないのか」
「座頭は何をするんだ?」
「お芝居の話を作ったり、お芝居に合わせた曲を作ったり、お芝居に合わせた踊りを考えたりするんだ。佐敷ヌルがやっている事だよ」
「そんな難しい事ができる奴などいない。お芝居はやらなくても踊りだけでいいんじゃないのか」
「考えが甘いぞ。踊りだけなら、どこの村(しま)に行っても娘たちの踊りがある。それと同じ事をやっても誰も見には来ない。お芝居をやれば必ず、お客は大勢集まってくる」
「難しいな」
「一流の芸を見せなければ、すぐに怪しまれるぞ」
「確かにそれは言えるが、難し過ぎる。笛はユリに習うとして、踊りはどうする。誰に教わればいい」
「踊りか‥‥‥踊りと言えば平田のウミチルだが、付きっきりで教える事はできんだろうし、ユリも踊りの基本は知っているはずだ。ユリに聞いてみるか」
「ユリは奥間(うくま)で、笛や踊りを覚えたのか」
「そうだ。読み書きも武芸も覚えたと言っていた」
「側室になるのも大変だな」
「ただ綺麗なだけではすぐに飽きられるからな。奥間を守るためだと必死に稽古をしたんだろう」
「奥間と言えばナーサだ。ナーサの遊女屋(じゅりぬやー)の遊女(じゅり)たちも踊れるな」
「遊女たちは昼間、踊りや笛の稽古をしているとマユミが言っていた。そこに混ざって稽古をしたらどうだ」
「ナーサに頼むか」
「ちょっと待て。首里(すい)にも奥間から来た側室がいたな」
「何を言っているんだ。王様の側室に頼めるわけないじゃないか」
「王様はしばらく留守になる。側室たちは外に出たくてしょうがないんだ。頼んだら教えてくれるかもしれんぞ。親父が出掛けたらマチルギに頼んでみよう。ここならグスクからも近いしな。出て来られるかもしれん」
「うまくいけばいいが」とウニタキは笛を吹いている二人の男と太鼓を叩いている二人の男、三弦を弾いている男を眺め、「お前の言う通り、楽器をやるのも女にしよう」と言った。
「その方が見栄えがいい」とサハチは言って、踊っている女たちを見た。踊りは下手だが顔付きは可愛かった。
「フクラシャカリユシマイだ」とウニタキが言った。
 何を言っているのかわからず、サハチはウニタキの顔を見た。
「五人の名前だよ。フクとラシャとカリーとユシとマイだ。五人揃って誇(ふく)らしゃ嘉例吉舞(かりゆしまい)というわけだ。縁起がいいだろう。
「本当の名前なのか」
「まさか」とウニタキは笑った。
「ところで、わざわざ旅芸人を見に来たわけでもあるまい。何かあったのか」
「忘れていた。山南王(さんなんおう)の事だ。まだ進貢船(しんくんしん)を出していないようだが、何かあったのか」
「どうも修理をしているようだ。去年の台風で座礁したらしい」
「国場(くくば)川に入れなかったのか」
「明から帰って来たばかりで荷物を降ろしていたようだ。まだ大丈夫だろうと作業を続けていたら大きな波が来て珊瑚礁(いのー)に乗り上げてしまったようだ。按司たちが早く俺の荷物を降ろせと騒いでいたらしい。今年は無理じゃないのか」
「そうか。明国に行けないとなると按司たちがまた騒ぎそうだな」
「米須按司(くみしあじ)あたりがな」とウニタキは笑った。
「向こうでタブチと会う約束でもしたかもしれん」
「三月の船に乗せてやってもいいが、シタルーが怒りそうだな」
「向こうから言ってきたのならともかく、こっちから声を掛ける事もあるまい。シタルーは焦っている。今はあまり刺激しない方がいいだろう。ところで、三月の船にも按司たちを連れて行くのか」
「いや、按司たちは一年に一回でいいだろう。今回は首里の役人たちを連れて行く。毎年、三回も明に行くとなると使者たちも育てなければならない。従者として明国に行ってもらい、使者になりたいと言う奴には何度も行ってもらって副使となり、やがては正使となってもらう」
「身内からもクグルーと馬天浜のシタルーが使者になりそうだな」
「ああ、ありがたいよ。弟のクルーも使者になるって言っているしな」
 ウニタキと別れて島添大里グスクに帰るとサハチは慶良間之子(きらまぬしぃ)を呼んで、ハーリー奉行に任命した。今年こそは必ず優勝すると慶良間之子は張り切っていた。
 奉行は決まったが、今年は誰を行かそうかと考えた。王様の代理となるとやたらな者は送れない。王様の息子か孫でなくてはならないが、誰がいいものだろうか悩んだ。
 ナツがお茶を持って来た。
「奥方様(うなじゃら)はいつ帰っていらっしゃるのですか」とナツは聞いた。
「多分、帰って来ないだろう。もうすぐ、親父がいなくなるからな。留守を守らなければならない」
「どうして、お許しになったのです。王様(うしゅがなしめー)が半年も留守にするなんて信じられませんよ」
「許すも許さないも、親父はもう決めていた。一度、決めたらもう何を言っても無駄だよ。隠居すると言った時と同じ目をしていたんだ」
 そう言ってサハチは首を振った。
「王様がいなくなったら按司様(あじぬめー)も首里に行く事が多くなりますね。若按司もいないし、どうするんです」
「お前と佐敷ヌルがいるから大丈夫だろう。俺が留守の時、マチルギは時々、ここに来ていたのか」
「月に三度は必ず来ていました。なるべく子供たちと一緒に過ごすようにしていました」
「そうか。佐敷ヌルは丸太引きの準備で首里にいるのか」
 ナツはうなづき、「今年は佐敷からナナさんが出るんですよ」と言った。
「ナナが出るのか」とサハチは驚いた。
「ナナさん、佐敷の娘たちに剣術を教えていて、読み書きも教えているんです。娘たちに人気があって、娘たちがナナさんに出てって言ったようです。ササもシンシンも出る事を知ったら、ナナさんも出たいと言って決まったのよ」
「そうだったのか。もうすっかり琉球人(りゅうきゅうんちゅ)だな」
「そうね」とナツはうなづき、「ナナさんはシンゴさんの姪なんでしょ。という事は佐敷ヌルさんの姪でもあるのよね」と言った。
「そうか。そういう事になるな。するとナナは俺たちとも親戚になるのか」
「そうなのよ。親戚なのよ。何となく他人に思えなかったけど、親戚だったのよ。それにね、今年は浦添(うらしい)も出る事になって、カナさんも出るんですよ」
「カナも出るのか。そいつは面白そうだな」
 四月五日に行なわれていた丸太引きは、今年から三月二十日に変更された。梅雨時だと危険だからだった。
 三月十日、浮島で進貢船の出帆の儀式が馬天ヌル、佐敷ヌル、サスカサ、運玉森(うんたまむい)ヌルの四人によって行なわれ、神名が授けられた。手伝っていたのはヌルの修行中のマチとサチだった。
 マチは佐敷大親(さしきうふや)の長女で、サチは平田大親の長女だった。二人とも十五歳で、去年の五月から修行をしていた。二人とも按司の娘ではないので、佐敷大親も平田大親も娘をヌルにするつもりはなかった。しかし、二人がどうしてもヌルになりたいと言うので、馬天ヌルに相談した。馬天ヌルは少し考えてから、「佐敷ヌルはやがては首里に来るだろうし、ササは馬天ヌルを継いで、佐敷から出るかもしれない。平田にはフカマヌルがいるけど、娘のフカマヌルは久高島にいる。佐敷にも平田にも若ヌルは必要だわね」と言った。
 馬天ヌルは平田のフカマヌルとも相談して、二人を運玉森ヌルのもとで修行させる事に決めたのだった。
 ヂャンサンフォンも運玉森ヌルと一緒に来ていた。弟子のシュミンジュンが旧港(ジゥガン)に帰ったあと、ヂャンサンフォンは島添大里から与那原(ゆなばる)グスク内にある運玉森ヌルの屋敷に移っていた。与那原のサムレーたちに武芸の指導をしていて、与那原大親のマタルーも一緒に指導を受けていた。サハチに頼まれて、急に明国に行く事になり、運玉森ヌルとの別れを惜しんでいるのかもしれなかった。
 十五日には、サミガー大主(ウミンター)の次男のシタルーと宇座按司(うーじゃあじ)の娘のマジニの婚礼が馬天浜で行なわれた。思紹は甥の婚礼なので首里でやろうと言ったが、シタルーもマジニも大げさな婚礼はいいと言い、宇座按司も微妙な立場にいるので、身内だけでやろうと言った。宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)(泰期)が武寧と喧嘩して以来、宇座按司は山南王に仕えてきた。今も息子たちは山南王の使者として活躍している。宇座は中山王の領内にあり、育てている馬は中山王の交易に使われているが、微妙な立場にいる事は確かだった。息子たちのために山南王を刺激したくはないのだろう。思紹も納得して、サミガー大主の屋敷でやる事になった。
 宇座按司夫婦と娘のマジニは前日に首里に来て、思紹に歓迎された。翌日、首里のサムレーに守られた花嫁行列は馬天浜に向かった。華やかな花嫁行列を見ようと沿道は人で溢れ、マジニは中山王の甥に嫁ぐ事を改めて実感していた。
 馬天浜にも大勢の人が待っていた。『対馬館』に滞在しているヤマトゥンチュたちからも祝福され、馬天ヌルと若ヌルのササによって婚礼の儀式が厳粛に行なわれた。シンシンとナナもヌルの格好をして手伝っていた。
 夫婦となった二人は首里に屋敷が与えられ、シタルーは馬天之子(ばてぃんぬしぃ)を名乗り、交易の使者を目指す事になる。
 シタルーの婚礼から三日後、進貢船が出帆した。
 思紹は東行法師の格好、ヂャンサンフォンは道士の格好、クルーは二人の荷物持ちという格好だったので、誰も気づく事もなく、無事に船に乗り込んだ。
 正使は新川大親(あらかーうふや)で、副使は越来大親(ぐいくうふや)、サムレー大将は又吉親方(またゆしうやかた)で、副大将は外間之子(ふかまぬしぃ)だった。新川大親と又吉親方は去年、朝鮮に行って、年末に帰って来たばかりだったが、喜んで引き受けてくれた。
 副使の越来大親は越来生まれだった。察度(さとぅ)の弟が越来按司だった頃、越来按司は二度、正使として明国に行っている。その時、副使を務めたのが越来大親の父親だった。父親が亡くなったあと、越来大親は従者として何度も明国に行っていた。そして、今回、父の名を継いで越来大親となり副使に昇格したのだった。
 唐人(とーんちゅ)の船乗りたちはヂャンサンフォンが一緒に乗る事を知って喜んでいた。ヂャンサンフォンは唐人にとって神様のような存在だった。
 天気にも恵まれ、進貢船は東風(くち)を受けて気持ちよく西(いり)へと向かって行った。
 サハチはタチを抱いたマチルギと一緒に龍天閣(りゅうてぃんかく)の三階から、思紹たちの無事を祈って進貢船を見送った。

 

 

 

旅芸人のいた風景: 遍歴・流浪・渡世 (河出文庫)