長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-70.二人の官生(第二稿)

 六月八日、思っていたよりもずっと早く、正月に出帆した進貢船(しんくんしん)が帰って来た。
 正使の中グスク大親(うふや)の話によると、永楽帝(えいらくてい)はまだ順天府(じゅんてんふ)(北京)にいるが、わざわざ来なくてもいいとの事で、応天府(おうてんふ)(南京)で皇太子に謁見(えっけん)して帰って来たという。
 泉州(せんしゅう)の来遠駅(らいえんえき)に新川大親(あらかーうふや)たちは来たかと聞くと、来ていないと言った。
「応天府からの帰りに福州(ふくしゅう)に着いた時、琉球の船が温州(ウェンジョウ)に来たとの噂が流れておりました。泉州の来遠駅に着いてから役人に聞いてみたら、琉球の船に間違いない事がわかりました」
「そうか、温州に着いたのか。それで、無事に上陸できたのか」
「かなり待たされたようですが無事に上陸して、わたしどもが泉州に着いた五月の初めには、応天府に向かっているだろうと言っておりました」
「そうか、よかった。その船には親父とヂャンサンフォン殿が乗っているんだよ」
「えっ、王様(うしゅがなしめー)が‥‥‥」と中グスク大親は驚いた顔してサハチを見つめた。
「王様ではない。東行法師(とうぎょうほうし)として行ったんだ。多分、使者たちとは別行動を取るだろう」
「そうでしたか。新川大親殿も大変ですね」
「大変には違いないな」とサハチは苦笑した。
「ところで、旧港(ジゥガン)(パレンバン)の船は無事に帰ったのか」
「はい。泉州で水の補給をして南に帰って行きました。旧港まで五十日前後は掛かるそうです」
「そうらしいな。やがては琉球からも船を出す事になろう」
 中グスク大親は旅の様子を報告したあと、国子監(こくしかん)の官生(かんしょう)(留学生)を二名送るように頼まれたと言った。思紹(ししょう)も誰かを官生として送りたいと言ってはいたが、誰を送るかまではまだ決めてはいなかった。できれば才能のある若者を送りたい。読み書きを教えているナンセンとソウゲンに相談してみようとサハチは思った。
 サグルーとクグルーが無事に帰って来た。
「明国の広さには驚きました。何もかも驚く事ばかりでした」とサグルーは目を輝かせて言った。
「博多や漢城府(ハンソンブ)を見て、応天府も似たようなものだろうと思っていましたが、規模が全然違いました。行って来て本当によかったです」とクグルーも満ち足りた顔付きで言った。
 二人ともタブチに大変お世話になったという。サハチは二人と一緒に来たタブチにお礼を言った。
「順天府まで行くつもりだったんじゃが、永楽帝は遠征に出ているらしい。北(にし)の方には元(げん)の生き残りがいて、永楽帝はそいつらを退治しているようじゃ。皇帝自らが戦(いくさ)に出る必要はないと思うが、じっとしてはいられない性分らしいのう」
 タブチはそう言って笑った。
 田名親方(だなうやかた)と一緒にジルムイも帰って来た。
「応天府まで行ったのか」と聞くと、ジルムイはうなづいた。
使者たちの警護をして行ってきました。泉州から応天府までがあんなにも遠いとは思ってもいませんでした」
「応天府ではサグルーと一緒に都見物をしたのか」
「隊長は兄貴の所に行っていいと言ったのですが、俺だけ特別扱いされるのは気が引けて、ずっと仲間と一緒に行動しました」
「そうか、それでいい。今は八番組の一員に過ぎんからな。やがて、お前の出番が来る」
 その夜、会同館(かいどうかん)で帰国祝いの宴が開かれ、サハチはタブチに今までの感謝を込めて太刀(たち)を贈った。タブチにふさわしい刃渡り三尺もある備前(びぜん)の業物(わざもの)だった。去年のヤマトゥ旅で『一文字屋』に頼んで手に入れた物だった。
 タブチは感激して太刀を受け取り、みんなから拍手を送られていた。四回も明国に行き、サハチの弟や息子がお世話になっただけでなく、従者として初めて明国に行く者たちは皆、タブチのお世話になっていた。使者たちでさえ、わからない事があるとタブチに相談するという。誰もがタブチに感謝していた。
 翌日は島添大里(しましいうふざとぅ)グスクでサグルーとクグルーの帰国祝いの宴が開かれた。
「明国の都、応天府を見て、親父がやっている都造りの意味がよくわかりました。首里(すい)をあのような都にしなければなりません。応天府には各国から来た様々な人々が大勢いました。市場では見た事もない色々な物を売っていました。遠くから旅をして来た人たちが、こんな小さな島に、こんなにも立派な都があると驚くような都にしなければなりません」
「よく言ったぞ。その通りだ」とサハチは嬉しそうな顔をして、旅に出て成長したサグルーを見た。
首里を素晴らしい都にしなければならん。ところで、応天府には各国から来た者たちが大勢いたのか」
 サハチが行った頃は、他国から来たような人はあまりいなかった。あれから三年しか経っていないのに、随分と変わったようだ。
「タブチ殿の話では、永楽帝鄭和(ジェンフォ)という者に大船団を率いさせて、遠い国々まで行かせたそうです。遠い国々の人たちが鄭和の船に乗って、明国に貢ぎ物を捧げにやって来ているのです。その者たちが持って来た珍しい商品が応天府には溢れています。鄭和は今、三度目の長旅に出ているそうです」
 鄭和というのは三姉妹たちから聞いた事があった。大船団を率いて旧港に来て、暴れていた海賊を退治して、天竺(ティェンジュ)(インド)の方に向かって行ったと言っていた。サハチたちが明国にいた時、最初の航海に出ていたのだろう。そう言えば、三姉妹も鄭和のお陰でヤマトゥの商品が高く売れると言っていた。鄭和と一緒に行く商人たちが、遠い異国で売るためにヤマトゥの商品を買い集めているようだった。
「明国に行ってみて、親父(泰期(たち))の気持ちが少しわかったような気がします」とクグルーは言った。
「親父が亡くなったのは、俺が十三の時でした。親父から明国に行った時の話は何度も聞いていました。でも、俺には夢のような話でした。年の離れた兄(宇座按司)は親父の跡を継いで、何度も明国に行っていましたけど、俺には縁のない話でした。俺は馬を育てていればいいんだと思っていました。馬と一緒にいるのが楽しかったのです。親父が亡くなって、俺は母親の実家に移り、ウミンチュ(漁師)になれと言われました。俺は牧場に戻りたいと言って母を困らせました。急にウミンチュになれと言われても俺には納得できなくて、毎日、海を眺めていました。長浜に来て一月くらい経った頃、母がサムレーになりたいのかと聞きました。サムレーとしての親父の活躍も聞いていましたので、密かにサムレーになりたいとは思っていました。でも、諦めていたのです。俺はうなづいて、母と一緒に佐敷に来ました。浦添(うらしい)や小禄(うるく)でなく、どうして佐敷に来たのか、わけがわかりませんでしたが、按司様(あじぬめー)の顔を見て納得しました。按司様の話は親父からよく聞いていました」
「俺が宇座(うーじゃ)に行ったのを覚えていたんだな」
「はい。夫婦揃ってやって来て、親父が歓迎していたのを覚えています。子供の頃、一緒に遊んだのもおぼろげながら覚えています」
「お前と最初に会ったのは、まだ赤ん坊の時だった。行く度にお前が大きくなっているので驚いたよ。そして、母親と一緒に佐敷に来た時は一番驚いた」
「ンマムイさんにも俺を覚えているかと聞かれました。忘れていましたが話を聞いて思い出しました。ウニタキさんも宇座に来たようですけど、四歳だったので覚えていませんでした」
「そうか。お前はウニタキとンマムイにも会っていたんだな。一緒に朝鮮(チョソン)まで行くなんて、不思議な縁だな」
「はい。俺もそう思いました。親父が俺のためにみんなに会わせてくれたんだと思いました。親父にも母にも感謝しております。佐敷に来て本当によかったと思っています。そして、親父の跡を継いで使者になりたいと思っています。使者になるため従者として何度も明国に送って下さい」
「そうか。親父の跡を継ぐか」とサハチは嬉しそうにうなづき、クグルーの妻のナビーを見た。
「クグルーが使者になると言っているが、お前はどう思う?」
「寂しいけど仕方ありません」とナビーは笑った。
「クグルーとマウシがヤマトゥに行った時、妹(マウシの妻マカマドゥ)とも話し合ったんです。琉球のためなら喜んで夫を異国に送りだそうと決めました」
「そうか。苦労を掛けるがよろしく頼む」
「ねえ、あたしもヤマトゥに行きたいわ」と娘のサスカサが言い出した。
「なに、お前も行きたいのか」
「ササは三度も行っているのよ。弟のイハチも行ったわ」
「そうか、そうだな。来年のヤマトゥ旅にお前も行ってみるか」
「約束よ」とサスカサは喜んだ。
「ササたちは今、どこにいるのかしら」と佐敷ヌルが言った。
「まだ京都には着かんだろう。博多に着いて、京都に向かっているところじゃないのか」とサハチは日にちを数えながら言った。
「瀬戸内海の海賊に村上水軍というのがいるんだが、そこの娘と仲よくなったから、今頃、再会して喜んでいるかもしれんな」
「羨ましいわ。ササは二度目の京都よ。あたしも京都に行きたいわ」
「これから毎年、ヤマトゥに船を出す。ヌルも毎年行く事になる。佐敷ヌルとサスカサの二人が一緒に行くのはまずいけど、交替で行けばいい」
「あたしも行ってもいいのね」と佐敷ヌルは喜んだ。
「あたしも行きたい」とナツも言い出した。
「ヌルになるのは無理だけど女子(いなぐ)サムレーとしてなら行けるわ」
「おい。お前がいなくなったら大変だろう。子供たちはどうするんだ」
「あと十年は無理ね」とナツは情けない顔をした。
「でも、十年後には行けるわね」
「十年後か‥‥‥それなら行けるかもしれないな」
「十年後を楽しみにしているわ」
 ウニタキとファイチは顔を見せないが、ウニタキの家族とファイチの家族は来ていて、ファイチの息子のファイテとウニタキの娘のミヨンは仲がよく、お似合いの二人に見えた。ミヨンと楽しそうに話をしているファイテを見ながら、ファイテを官生として国子監に送ったらいいんじゃないかとサハチは考えていた。
 次の日、サハチはソウゲン寺(でぃら)と呼ばれているソウゲンの屋敷に行った。朝早いので、まだ子供たちは来ていなかった。ソウゲンは庭に水を撒いていた。
按司様、珍しいですのう。何かわしに用ですかな」
「ソウゲン殿にちょっと聞きたい事がありまして」
 ソウゲンはうなづき、屋敷に上がるとサハチのためにお茶を点ててくれた。その姿を眺めながら年齢(とし)を取ったなと思った。サハチがソウゲンから読み書きを習っていたのはもう三十年近くも前の事だ。元(げん)の国に留学して厳しい修行を積み、ヤマトゥに帰れば偉い僧侶になれるのに、思紹のためにずっと琉球に滞在している。本当にありがたい事だった。
「実はファイテの事なんですが、学問は好きでしょうか」
 ソウゲンはにこやかに笑った。
「去年、明国に行きましたが、難しい書物を何冊も手に入れて帰って来ました。わからない所があると昼夜構わず、ここに来て教えてくれと言います。物覚えもいいし、探究心も旺盛です。将来、按司様を助ける人物となるでしょう」
「そうですか。実は明国の国士監に官生を送る事になりまして、ファイテはどうかと考えていたのです」
「国子監の官生ですか。それならファイテは適任ですよ」
「もう一人送りたいのですが、誰か心当たりはありませんか」
「それなら、ジルークがいいじゃろう。ファイテとジルークは仲がいいし、お互いに競争して勉学に励んでいる」
「ジルークというのは浦添按司の三男のジルークですか」
「そうじゃ。當山之子(とうやまぬしぃ)の三男じゃよ。家族は浦添に移ったんじゃが、浦添には読み書きの師匠がいないといって、一人でここに残っているんじゃ」
 ジルークの事はウニタキの妻のチルーから聞いていた。ファイチの家族が首里から島添大里に戻って来た時、ジルークも一緒に戻って来て、一人暮らしをしていた。チルーが食事の面倒を見ているらしい。その後、家族は首里から浦添に移ったが、ジルークだけは島添大里に残り、ソウゲンの屋敷に通い、武術道場にも通っていた。
 サハチはソウゲンにお礼を言って別れると、そのまま首里に向かった。北の御殿(にしぬうどぅん)で政務を執り、午後になると浮島に向かった。
 ファイチはメイファンの屋敷にいた。何かを書いていたが顔を上げると、「サハチさん、珍しいですね。メイユーはまだ来ていませんよ」と笑った。
「去年、会えなかったからな。会うのが楽しみだよ」
「メイユーがサハチさんの側室になったそうですね。マチルギさんは偉い女子(いなぐ)です」
「誰から聞いたんだ?」
「ウニタキさんですよ」
「ウニタキはよく来るのか」
「何日か前に来ました。ファイテとミヨンの事です」
「ウニタキは許したのか」
「いつかはお嫁に出さなければならないのなら、お前の倅に嫁がせようと言っていました」
「そうか。奴も覚悟を決めたか」
「ただ、条件がありました。絶対に明国には行かせるなと言っていました」
「ファイテは明国に行きたいと言っているのか」
「明国を見て来て、色々な事に驚いたのでしょう。琉球のために明国の技術を身に付けたいと言っていました。また明国に行きたいと言い出すかもしれません」
「そうか。お前の倅だから、そう考えるのも当然だな。ファイチも国子監の官生の事は聞いているだろう。ファイテを送ろうと思うんだがどう思う?」
「ファイテを官生に? サハチさんの息子を送らないんですか」
「俺の息子たちは勉学は苦手なようだ。俺とマチルギの子だからな。皆、使者になるよりもサムレー大将になって遠い国々に行きたいようだ。クグルーとシタルーは使者になると言っているが、二人ともすでにかみさんがいて、三年間も離れて暮らすのは無理だろう。ただ一人、適任者がいた。浦添按司の三男のジルークだ。ファイチも知っているだろう」
「ジルークならファイテと仲がいいので知っています」
「ファイテとジルークを送ろうと思っているんだ」
「二人とも喜ぶでしょう。でも、ウニタキさんには怒られそうですね」
「いや、三年間、お嫁に行くのが伸びれば、ウニタキも喜ぶだろう」
「そうなればいいのですが」
「大役(うふやく)たちと相談して正式に決まるが、十月に出す進貢船に乗せるつもりだ」
 ファイチがお礼を言うと、「次は浦添按司の許可を得んとな」とサハチは言って、ファイチと別れた。
 そのまま浦添に向かい、浦添按司に会って話をすると、浦添按司は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「ジルークが国子監の官生‥‥‥あいつに務まるでしょうか」
「ファイテも一緒に行くから大丈夫だろう」
浦添按司になれたのも夢のような話なのに、倅が官生になるなんて、何とお礼を言ったらいいのか‥‥‥」
「倅のジルークがファイテに負けずに勉学に励んでいるからだよ。ソウゲン和尚がジルークを勧めたんだ」
「そうでしたか。確かにあいつは書物を読むのが好きです。きっと、祖父(じい)さんに似たんでしょう。わたしの妻の父親は大(うふ)グスク按司に仕えていて、『物知り(むぬしり)』と呼ばれていました。大グスクの合戦で戦死してしまいましたが、ジルークに才能を残してくれたようです」
 サハチは浦添按司の了解を得て、首里に帰り、大役たちに報告した。
 それから何日かして、ウニタキが島添大里グスクにいたサハチを訪ねて来た。
「ファイテが国子監の官生になると聞いたが、そいつは本当なのか」とサハチの顔を見るなりウニタキは言った。
「まだ正式には決まってはいないが、そのつもりだ」
「三年間、帰って来ないのか」
「多分な」
「そうか‥‥‥ミヨンが悲しむな」
「お前はファイテが官生になる事に反対なのか」
「いや。行くべきだと思う。あいつは漢字だらけの難しい本を読んでいる。その才能はもっと伸ばすべきだ」
浦添按司の三男のジルークを知っているか」
「知っている。以前に暮らしていた屋敷で一人で暮らしていて、食事の時はチルーが呼んで、一緒に食べているようだ。ファイチの家族も呼んで、賑やかにやっている事もあるらしい。あいつはちょっと変わっている。物の見方が普通じゃないんだ。星や月を見上げれば、どうして落ちてこないんだろうと言うし、鳥を見れば、どうして空を飛べるんだろうと言う。魚はどうして水の中で生きられるのだろう。俺たちが当たり前の事として納得している事が、あいつには当たり前ではないようだ。あいつを明国で学ばせれば、様々な事を身に付けて帰って来るだろう。あいつなら石で橋が作れるかもしれない」
「そうか‥‥‥官生というのは使者になるためだけに送るんじゃないんだな。明国の技術を身に付けて帰って来れば、琉球は発展する。頭がいいだけではなく、ちょっと変わった奴を送った方がいいかもしれん」
「そうだよ。塩飽(しわく)の船大工のように、何か一つの事を徹底して熱中する奴がいい」
 サハチはうなづいた。
「話は変わるが小禄按司(うるくあじ)が亡くなったようだ」とウニタキは言った。
「具合が悪いと聞いていたが亡くなったか。いくつだったんだ」
「六十三だという。若按司が跡を継いだんだが、若按司の妻は中グスク按司の娘らしい。一族は皆、亡くなっている。唯一生き残っているのは姪の中グスクヌルだけだ」
小禄按司はクグルーの兄貴に当たるわけだが、葬儀に行くと言い出すかな」
「どうかな。大して面識もないんじゃないのか」
「そうだろうな。俺も小禄按司とはあまり話をした事もなかったが、本心はどこにあったのだろう。やはり、シタルー(山南王)と組もうとしていたのかな」
「察度(さとぅ)が生きていた時、小禄按司は頻繁に浦添グスクに出入りしていた。中山王の重臣のような立場だった。浮島が近いので、浮島にある蔵を管理していたのが小禄按司だった。親父の泰期が何度も使者として明国に行っていたので、倅に商品の管理をさせていたのだろう。親父が亡くなったあと、アランポーが力を持つようになって、浮島の蔵の管理はアランポーの一族の者に移された。小禄按司は腹を立てて、武寧(ぶねい)とは疎遠になったようだ。今までのように浦添グスクに顔を出さなくなった。先代の山南王(汪英紫)が亡くなった時、小禄按司はシタルーの味方をしたが、その後、シタルーに近づいたようでもない。山南王になったシタルーは義兄の武寧と協力して首里グスクを築き始めた。小禄按司は黙って成り行きを見ていた。首里グスクが完成して、武寧がシタルーを攻めた時は、武寧の命令に従ってシタルーを攻めたが、途中で引き上げている。武寧が亡くなったあとも敵(かたき)を討とうという素振りはない。はっきり言って何を考えているのかわからない男だった。ただ、城下での評判はいい。城下の者たちは皆、小禄按司を慕っていて、按司の事を自慢する。城下に鍛冶屋(かんじゃー)たちが住む一画があって、親父の泰期が『金満按司(かにまんあじ)』として祀られていた」
「金満按司?」
「宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)様は鍛冶屋の神様として祀られているんだ」
「どうしてだろう。御隠居様は鍛冶屋だったのか」
「もしかしたら、御隠居様の親父が奥間(うくま)の鍛冶屋だったんじゃないのか」
「察度の親父が奥間出身だと聞いた事はあるが、御隠居様の親父も奥間出身だったのか」
「多分、そうだろう。察度は奥間に鉄屑を運んでいたらしいが、実際は御隠居様が運んでいたんじゃないのか。そして、奥間の鍛冶屋が小禄に住み着いて、御隠居様を神様として祀ったんだよ」
「御隠居様が鍛冶屋の神様か‥‥‥」
 航海の神様か馬飼いの神様になるのならわかるが、鍛冶屋の神様とは意外だった。
 侍女が顔を出して、ンマムイ(兼グスク按司)が訪ねて来た事を知らせた。サハチは通すように言い、「今頃、何だろう」とウニタキを見た。
「ンマムイは最近、シタルーに呼ばれて島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに出入りしている。いよいよ、シタルーが動いたようだ」
「シタルーが動いたか‥‥‥」
 侍女に連れられてンマムイがやって来た。
「師兄(シージォン)たち、お久し振りです」とンマムイは頭を下げると、「しばらく、留守にする事になりましたので挨拶に参りました」と言った。
「今度は明国にでも行くのか」とサハチがからかうと、
「違いますよ。妻の里帰りです」とンマムイは言った。
「なに、今帰仁(なきじん)に行くのか」とサハチはわざと驚いて見せた。
「朝鮮旅を許したのだから、今度は俺の願いを聞いてくれと山南王に言われましてね。いい機会ですから行って来ようと思っています。妻も喜んでいます。嫁いで来てから十六年も経っていますからね」
「子供も連れて行くのか」
「勿論です」
「赤ん坊もいるじゃないか。大変だな」
「山南王が船の用意をしてくれたので大丈夫です。子供たちも船に乗るのを楽しみにしています」
「そうか。今の時期なら船で行けるな。帰りも船となると、帰って来るのは年末だな」
「そうのんびりもしてられませんよ。一月後には帰って来いと言われました。帰りは歩きです。せっかくの旅ですから、あちこちに寄って来ようと思っています」
「そうか。お前は今帰仁には行った事があるのか」
「一度だけですが、ヤタルー師匠と一緒に行きました。今帰仁合戦の二年後で、まだ城下の再建をしていました」
今帰仁の城下も随分と変わったらしい。充分に楽しんで来てくれ。そう言えば、山北王(さんほくおう)の妻はお前の妹だったな。再会するのが楽しみだろう」
「ええ。噂では浦添ヌルになった妹も今帰仁にいるようです」
「それで、シタルーに何を頼まれたんだ」とウニタキがンマムイに聞いた。
「同盟の事ですよ」とンマムイはあっけらかんとした顔で言った。
「お前、そんな事をここでしゃべってもいいのか」
「しゃべらなくても、すでに知っているのでしょう」
「まあな」とウニタキは笑った。
 ンマムイが帰ったあと、「奴の命が危険だな」とサハチはウニタキに言った。
 ウニタキはうなづき、「シタルーはンマムイを殺すつもりだろう」と言った。
「山北王と山南王が同盟を結べば、奴の役目は終わる。俺たちと親しくしているンマムイはシタルーにとって目障りだろう。役目が終わったらシタルーはンマムイを殺し、中山王の仕業だと言うに違いない。世間の者たちは同盟を阻止するために、中山王がンマムイを殺したんだと信じるだろう」
「それだけではないな」とサハチは言った。
「一緒に朝鮮に連れて行ったンマムイを中山王が殺せば、中山王から離反する者たちも出てくるに違いない」
「そうだ。それがシタルーの狙いだ。お前たちもいつかは殺されると言って、東方(あがりかた)の按司たちを味方に引き入れるに違いない」
「シタルーならやりかねんな」
「もしかしたらンマムイは今帰仁からの帰りに殺されるかもしれんぞ。ヤンバルの山の中で殺されてしまうかもしれん」
「絶対に防いでくれ」とサハチはウニタキに頼んだ。
「わかっている」とうなづいたあと、「ンマムイの心配より、山南王と山北王の同盟を阻止しなくてもいいのか」とウニタキは聞いた。
「山南王と山北王の同盟は計算済みだからな。同盟したからと言って、山南王も山北王も、すぐに攻めて来る事はできないはずだ。特に山北王は今、北(にし)に勢力を伸ばしている。南(ふぇー)に目を向けるのは北が片付いてからだろう。山南王もタブチがいる限り、簡単には動けない。首里を攻めている隙に、タブチに島尻大里グスクを奪われる。同盟して状況がどう変わるのか様子を見て、今後の作戦を練るしかないな」
「ンマムイの事は任せろ」と言ってウニタキは帰って行った。

 

 

 

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