長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-71.ンマムイが行く(第二稿)


ンマムイが行く

 明国(みんこく)の陶器や南蛮(なんばん)(東南アジア)の蘇木(そぼく)、朝鮮(チョソン)の綿布などを大量に積み込んだ『油屋』の船に乗って、ンマムイ(兼グスク按司)は家族を連れて今帰仁(なきじん)に向かっていた。
 妻のマハニ、十二歳の長女マウミ、十歳の長男マフニ、七歳の次女マサキ、二歳の次男マミンを連れ、師匠のヤタルー(阿蘇弥太郎)、侍女二人、サムレー五人と女子(いなぐ)サムレー二人が従っていた。
 子供たちは楽しそうに船の中を走り回り、侍女と女子サムレーが子供たちを追っていた。
 マミンを抱いたマハニが海を眺めながら、「里帰りができるなんて思ってもいませんでした」とンマムイに言って、嬉しそうに笑った。
「もっと早く連れて行ってやりたかったんだけど、随分と遅くなってしまった。お前には随分と苦労を掛けたな。今帰仁に着いたら、家族たちとゆっくり過ごしてくれ」
「ありがとうございます。父は亡くなってしまいましたが、母とヌルになった姉に会うのが楽しみです」
「兄の山北王(さんほくおう)に会うのは楽しみじゃないのか」
「兄は暴れん坊でした。わたしが嫁いだ時、兄は若按司でしたが、祖父に似ていると周りの者たちから言われて、いい気になって馬を乗り回して、あちこちで悪さをしていました。下の兄はまるで家来のように上の兄に従っていました」
「山北王は暴れ者だったのか」
「もう十六年の前の事です。今はどうなっているのか知りません」
 南風(ふぇーぬかじ)を受けて、船は穏やかな海を北(にし)に向かって快適に進んで行った。
 親泊(うやどぅまい)から上陸して、『油屋』の男と一緒に今帰仁へ向かう坂道を登り、今帰仁の城下に着いたのは、日が暮れる大分前だった。
 船で来れば意外と近いものだなとンマムイは思いながら、賑やかに栄えている城下を見回していた。
 マハニは十六年前の面影がまったくない城下を見て驚いていた。故郷に帰って来たというよりは、まるで異国の都に来たようだった。山南王(さんなんおう)の島尻大里(しまじりうふざとぅ)の城下よりも、中山王(ちゅうさんおう)の首里(すい)の城下よりも栄えているように見えた。
 島尻大里には何度も行っている。首里には去年、次男が生まれたあとに行ってきた。前から噂を聞いていて行ってみたいと思っていたが、中山王はンマムイの父親を倒した敵なので行けなかった。ところが、なぜかンマムイは中山王の息子の島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)と仲よくなって、一緒に朝鮮に行った。夫が何を考えているのかわからないが、首里に行っても大丈夫だろうと思い、ヤタルー師匠と女子サムレーを連れて都見物に出掛けた。高い石垣に囲まれた立派なグスクには噂の高楼が誇らしく立っていた。大通りには大勢の人々が行き交い、色々な物を売っている店もあった。さすが、中山王の都だと感心したが、今帰仁首里よりも立派な都で、山北王になった兄は凄い人だったのかもしれないと見直していた。
 今帰仁グスクが見えてくると、「凄いな」とンマムイは思わず言った。昔に見た記憶よりも大きく見え、首里のグスクよりも立派に見えた。
 マハニは高い石垣を見上げ、今帰仁に帰って来た事を実感していた。
 マハニが生まれたのは本部(むとぅぶ)だった。山北王の次男だった父は本部大主(むとぅぶうふぬし)と呼ばれていた。十三歳の時、今帰仁合戦が起こり、祖父の山北王と伯父の若按司が亡くなり、父が山北王となった。マハニは家族と一緒に今帰仁グスクへ移った。焼け野原となった城下は悲惨で、グスク内の屋敷も焼け落ちていた。
 山北王となった父の最初の仕事は城下の再建だった。城下の者たちが全員、避難できるようにグスクを拡張し、いくつかの大通りを基準にして、整然とした新しい城下造りが始まった。再建には二年余りも掛かり、城下の者たちも以前の生活に戻れた頃、マハニは今帰仁を離れ、浦添(うらしい)グスクにいたンマムイに嫁いでいった。
 グスクはあの頃と変わっていないが、城下はすっかり変わっていた。あの頃、鬱蒼(うっそう)とした森だった所も切り開かれて家々が建ち並び、唐人(とーんちゅ)たちが暮らしている一画もあった。
 案内してくれた油屋の男が門番にマハニの事を話すと、門番はうなづいて中に入れてくれた。油屋の男は中には入らず帰って行った。ンマムイたちはお礼を言って、油屋の男を見送った。
 グスクの中はかなり広かった。右側の方に屋敷がいくつか建っていて、大きな厩(うまや)もあった。子供たちがわーいと叫びながら駆け出し、侍女と女子サムレーが慌ててあとを追って行った。
「ここは外曲輪(ふかくるわ)と呼ばれています」とマハニが説明した。
今帰仁合戦の前までは、城下の一部で重臣たちの屋敷があったそうですが、皆、焼け落ちてしまったので、グスクを拡張したのです」
「これだけ広ければ、城下の者たちも皆、避難できるな」と言いながらンマムイは正面に見える高い石垣を見ていた。
 ンマムイは首里グスクと今帰仁グスクを比べていた。ンマムイは建築中の首里グスクを何度も見ていて、完成した姿も見ていた。今の中山王はグスクの北側に曲輪を造って防備を固めたようだが、首里グスクよりも今帰仁グスクの方が攻め落とすのは難しいと思っていた。
 外曲輪を次の門に向かって歩いていると、山伏姿の男が近づいて来た。
「王女様(うみないび)!」と叫びながら山伏はやって来た。
「アタグ‥‥‥」とマハニは言って、懐かしそうな顔をして山伏を迎えた。
「お久し振りでございます」と言いながら山伏は子供たちを眺め、「王女様によく似た可愛いお子さんたちですなあ」と嬉しそうに笑った。
「ヤマトゥの山伏のアタグです」とマハニは山伏をンマムイに紹介した。
「本部にいた頃から、アタグにはお世話になっています。変わっていないので安心しました」
「いやあ、わしはもう年ですよ。それより、王女様は相変わらずお美しい。兄上たちも王女様の里帰りを喜んでおります。城下もすっかり変わったでしょう。グスク内も随分と変わりました」
 アタグの案内で、ンマムイたちは門をくぐって、さらに中へと入って行った。坂道が上へと続いていた。左側に三の曲輪があるらしいが石垣に囲まれていて見えなかった。
 坂道の途中に立派な屋敷があって、「王女様、この客殿をご利用下さい」とアタグが言った。
 客殿は阿波根(あーぐん)グスクの屋敷よりも広く、子供たちはキャーキャー言いながら走り回っていた。荷物を客殿に入れ、子供たちの事を侍女たちに頼み、ンマムイとマハニはアタグと一緒に二の曲輪に向かった。
 門から中に入って、マハニは驚いた。二の曲輪内はすっかり変わっていた。
「凄いでしょう」とアタグが言った。
 マハニは言葉も出なかった。中央に広い庭があり、左右に細長い建物が建っていて、庭の正面の石垣の上には華麗な屋敷がこちらを向いて建っていた。今帰仁合戦のあと、一の曲輪の屋敷は焼け落ち、父が再建したが、あんなにも大きな建物ではなかった。
首里のグスクを真似したんじゃよ」とアタグが言った。
 まさしくその通りだとンマムイは思っていた。山北王が一の曲輪の屋敷から二の曲輪を見下ろし、二の曲輪の庭で様々な儀式を執り行なうのだろう。
 二の曲輪から御内原(うーちばる)に入って、マハニはまた驚いた。御内原の屋敷も立派な二階建てに変わっていた。
 御内原の屋敷で、母と姉の今帰仁ヌルと妹のマナチーがマハニを待っていた。母の顔を見た途端、涙が知らずに溢れ出て来た。
「マハニ‥‥‥」と言ったまま、母はじっとマハニを見つめていた。
 マハニは子供に返ったかのように母に抱き付いていた。もう二度と会えないのではないかと諦めていた母が目の前にいた。涙が止まらず、挨拶をする事もできなかった。
 ようやく落ち着いて、涙を拭うとマハニは恥ずかしそうに笑った。
「ただいま、帰って参りました」
「お帰り」と母も笑った。
「相変わらず、泣き虫なのね」と姉が言った。
 姉はすっかり貫禄のあるヌルになっていた。妹のマナチーは母親違いの妹で、マハニが嫁いだ時は赤ん坊だった。マナチーは、「姉上様、お帰りなさい」と頭を下げたが、妹という実感は湧かなかった。マナチーは去年、アタグの長男に嫁いだという。アタグの長男はマハニが嫁ぐ、二年前に生まれていた。当時、赤ん坊だった二人が夫婦になっているなんて、改めて、十六年の時の長さを実感していた。
 母と姉を相手に昔の話をしていると兄の山北王が現れた。十六年振りに見る兄はすっかり変わっていた。マハニが嫁いだ時、父は四十歳だった。兄はまだ四十歳にはなっていないが、全然、父に似ていなかった。やはり、皆が言うように祖父に似ているのかもしれない。それでも、「やあ」と言って笑った兄の顔には昔の面影があって懐かしく思えた。
 山北王はマハニの近くに座り込むと、じっとマハニを見つめ、「会いたかったぞ」と言った。
 その言葉を聞いて、マハニはまた涙が出て来た。兄からそんな事を言われるとは思ってもいなかった。
「お前がいなくなって、グスクの中が急に寂しくなったよ」
 マハニは涙を拭いて、「何を言っているんですか。あたしの代わりにお嫁さんが来たんでしょ」と言った。
「ああ、いいお嫁さんが来た。でも、あの頃の俺は親父のやり方に反対していて、お祖父(じい)さんの敵(かたき)である武寧(ぶねい)の娘をお嫁さんとは認めずに口も利かなかったんだ。今、思えば可哀想な事をしたと思っている」
「そうだったの」
「今はマアサの事は大切にしているよ。お前は向こうで苦労をしたんじゃないのか」
 マハニは首を振った。
「夫はちょっと変わった人だけど、あたしを大切にしてくれました。苦労なんてしてないわ」
「そうか。それはよかった」
 マハニが姉や兄との再会を喜んでいた時、ンマムイはアタグと一緒に二の曲輪内を見て回っていた。御内原には王様以外の男は入れなかった。
 しばらくして、マハニが山北王を連れて御内原から出て来た。マハニがンマムイを紹介すると、山北王はマハニを連れて来てくれたお礼を言ったあと、「まずは仕事から片付けよう」と言って、ンマムイを連れて一の曲輪に向かった。
 山北王はンマムイが想像していた姿とは大分違っていた。髭の濃いがっしりとした体つきの男だと思っていたが、背が高く、すらっとしていて、顔付きもヤマトゥンチュに似ていた。ンマムイは子供の頃、宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)(泰期)から、「今帰仁グスクは二百年前にヤマトゥから逃げて来た落ち武者が築いたんじゃ」と言われた事を急に思い出した。今の山北王にもヤマトゥンチュの血が流れているのかもしれない。そう言えば、妻のマハニも京都で見た女たちとどことなく似ている事に気づいた。
 ンマムイは一の曲輪にある豪華な屋敷内で、山北王に用件を語り、山南王から頼まれた書状を渡した。
 山北王は山水画の描かれた屏風(びょうぶ)を背にして座り、部屋の中にはヤマトゥの刀や明国の香炉、南蛮の壺(つぼ)など、珍しい品々がさりげなく飾ってあった。山北王が密貿易をしているとの噂は本当のようだった。
 書状を読み終えると山北王は顔を上げて、ンマムイを見た。
「そなたは今回、山南王の使者として、今帰仁に来られたが、去年は中山王の船に乗って朝鮮に行った。一体、そなたはどちらの味方なんだ」
 ンマムイは少し考えたあと、「今のところは中立です」と答えた。
「中立か。しかし、山北と山南が同盟を結べば、中山は不利な立場になる。中山王に狙われるんじゃないのか」
「中山王の跡継ぎである島添大里按司はわたしの師兄(シージォン)に当たります」
「シージォンとは何だ」
「兄弟子の事です。兄弟子は弟弟子であるわたしを狙う事はできません」
「どうしてだ」
「弟子同士の争いは師匠が許さないからです。もし兄弟子がわたしを殺せば、兄弟子は師匠たちから殺される事になるでしょう」
「ほう。そんなにも厳しいのか。それで、師匠というのは誰なんだ」
「ヂャンサンフォン(張三豊)殿です。明国では有名な武芸者です」
「ヂャンサンフォン‥‥‥どこかで聞いた事があるような気がするな」
「今回、ここに来る事も兄弟子には伝えてあります」
「なに、山南王の使者として今帰仁に行く事を島添大里按司に伝えたのか」
 ンマムイはうなづいた。
「それで、島添大里按司は何と言ったんだ」
「充分に楽しんで来いと」
「まったく、お前が言っている事はわけがわからんな。島添大里按司はお前が妻を連れて遊びに来たと思っているのか」
「いえ。同盟の事も知っています」
「知っていながら、楽しんで来いと言ったのか」
「太っ腹なんですよ、島添大里按司は。小さい事にはあまりこだわらない性格のようです」
「山北と山南の同盟は小さな事ではあるまい」
「まあ、そうですけど、やがては同盟するに違いないと思っていたんじゃないですか」
「山北と山南の同盟は計算済みの事だというのか。中山王は山北と山南を相手に勝てると思っているのか」
「勝てるとは思っていないでしょう。ただ、同盟したからと言って、すぐに攻めて来る事はないと思っているのでしょう」
「確かにすぐに攻める事はない。わしは今、奄美(あまみ)を攻めている。奄美を平定してからだな、中山を攻めるのは。それに中山は材木を大量に買ってくれるからな。今のところは稼がせてもらおう。中山は稼がせてくれるが、山南はわしらのために何をしてくれる。同盟したとして、わしらに何の得があるんだ」
「書状には書いてありませんでしたか」
「書いてない。時期が来たら、山北と山南で中山を挟み撃ちにして滅ぼし、中グスクと北谷(ちゃたん)を結んだ線で南北に分けると書いてあるだけだ。山南が首里を手に入れ、わしらは勝連(かちりん)を手に入れる。馬を育てている読谷山(ゆんたんじゃ)が手に入るのは嬉しい事だが、浮島は山南のものとなってしまう。首里と浮島を手に入れれば、山南は発展して行くだろう。わしらの方が分が悪いような気がするな」
「それでは、中山と同盟して山南を滅ぼすというのはどうでしょう」とンマムイは聞いた。
「お前、山南を裏切るのか」
「わたしは中立です」
 山北王は楽しそうに笑った。
「山南を滅ぼして、山南の土地を半分もらったとしても何の得にもならん。そう言えば南部の東(あがり)半分は島添大里按司が支配しているのではないのか」
「はい。東方(あがりかた)と呼ばれる八重瀬(えーじ)グスクより東は中山王の支配下にあります」
「まずは山南王に南部を統一しろという条件を付けるか。中山の挟み撃ちはそれからの話だ」
「わたしにも条件を付けさせて下さい」
「どうして、そなたが同盟の事に口を出すのだ」
「命の危険がありますので、わたしが亡くなった場合は、同盟は無効になるという条件です」
「島添大里按司はお前を殺す事はないんだろう」
「山南王に殺されるかもしれません」
「どうしてだ」
「わたしが島添大里按司に近づきすぎるからです。山北との同盟にわたしが必要なので生かしておりますが、同盟が決まったら、もう用なしになって殺されるかもしれません」
「成程な。よかろう。その条件も付けてやろう。お前が死んだらマハニが悲しむからな」
 山北王と別れて二の曲輪に下りると、山北王の妻、妹のマアサと浦添ヌルが二の曲輪にある屋敷の中で待っていた。
「お兄さん、よくいらしてくれたわ」とマアサが涙目で言い、
「お兄さん、いよいよ敵討ちが始まるのですね」と浦添ヌルも目に涙を溜めて言った。
 マアサと会うのは十六年振りで、浦添ヌルと会うのは五年振りだった。マアサはすっかり山北王の奥方としての貫禄が付いて、昔の弱々しい雰囲気はなかった。遠いヤンバルに嫁ぎ、大丈夫だろうかと心配したが、十六年の月日はマアサを逞しく育てたようだ。浦添ヌルは五年前とあまり変わらないが、当時よりも顔色はよかった。ンマムイにはヌルの事はよくわからないが、浦添にいた頃は何かと苦労していたのかもしれない。ヌルの仕事から解放されて、のびのびと暮らしているのだろう。
 マアサがンマムイを見て笑った。
「お兄さん、あまり変わっていないので安心したわ。お兄さんのグスクは攻められなかったの」
「ああ、大丈夫だったよ」
「そう言えば、お兄さんが島添大里按司と一緒に朝鮮に行ったって噂が流れていたのよ。本当なの?」
「ああ、去年、一緒に朝鮮の都にも行ったし、ヤマトゥの京都にも行って来た」
「どうしてなの」とマアサが聞き、
「敵(かたき)を討つために一緒に行ったんでしょ」と浦添ヌルは言った。
「でも、どうして敵を討たなかったの?」
「島添大里按司は俺より強いんだよ。一度、殺してやろうと本気で戦ったんだけど、逆に俺が殺されそうになった事があるんだ」
「お兄さん、明国で少林拳(シャオリンけん)を習ったんでしょ。それなのに負けたの?」
「島添大里按司武当拳(ウーダンけん)の方が強かったんだ」
「へえ、そうなんだ。それで、今度は戦(いくさ)をして倒すのね」
「まあ、そういう事だな」
「いつ、攻めるの?」
「すぐにとは行かないさ。まず、山北と山南が同盟しなけりゃならない」
「山北王は同盟するって言ったの?」
「今、考えているところだろう」
「あたしが敵を討ってって、ずっと言っているのに、のらりくらりとして、ちっとも腰を上げてくれないのよ」
「ねえ、お兄さん、あたしたちのお母さんは無事なの?」とマアサが聞いた。
 マアサと浦添ヌルの母親は武寧の側室で、二人とも同じ母親から産まれていた。
「無事だよ。今、首里で平和に暮らしている」
「何ですって!」と浦添ヌルが驚いた顔でンマムイを見つめた。
「どうして、お母さんが敵の都で暮らしているの?」
「重臣たちのほとんどがナーサに助けられて、今の中山王に仕える事になったんだ。お前たちのお母さんは実家に戻って、前田大親(めーだうふや)の屋敷で暮らしている」
「ナーサって、侍女たちを束ねていたあのナーサ?」
「そうだよ。ナーサは今、首里で遊女屋(じゅりぬやー)をやっている」
「ナーサが遊女屋?」と今度はマアサが驚いていた。
「どうして、ナーサが裏切ったの?」と浦添ヌルが聞いた。
「俺にもよくわからんのだが、島添大里按司とナーサは古くからの知り合いらしい」
「どういう事? ナーサは浦添グスクの隅から隅まで知っていたわ。そのナーサが島添大里按司の回し者だったの?」
「俺にも信じられなかったが、ナーサは島添大里按司の事をすっかり信頼しているんだ。王になるべき人だと言っていた。それと、島添大里按司は宇座の御隠居様ともつながりがあるんだ」
「えっ、宇座の御隠居様は亡くなる前に、父と喧嘩して、浦添に顔を出さなくなったわ。御隠居様が父を倒せって島添大里按司に言ったの?」
「そこまでは知らんが、御隠居の末っ子は島添大里按司に仕えていて、去年、一緒に朝鮮に行っている」
「末っ子ってクグルーの事?」
「そうだ」
「ウミンチュになったんじゃなかったの?」
「俺もそう思っていた。ところが、御隠居様が亡くなったあと、クグルーは母親と一緒に佐敷に移って、島添大里按司に仕えたんだよ」
「信じられない。島添大里按司って何者なの?」
「わからん。ただ、運の強い男だ。当てもなく京都に行って将軍様と会っているし、朝鮮に行った時も、偶然だが、朝鮮王とも会っている」
「その島添大里按司だけど、父を倒したのにどうして中山王にならなかったの?」とマアサが聞いた。
「島添大里按司の親父がまた凄い男だ。首里の兵たちは皆、今の中山王の弟子たちらしい。隠居したと言って、どこかで兵を育てていたに違いない。噂では島添大里按司よりも強いという」
「すると、今の中山王が密かに育てた兵によって父は滅ぼされたのね」
「そのようだな。それと首里を攻めたサムレーから面白い話を聞いた。親父の側室でアミーというのを覚えているか」
「アミーなら父のお気に入りだったわ」と浦添ヌルが言った。
「亡くなる前に一緒に首里に連れて行ったわ。父と一緒に殺されたんでしょ」
「それがそうじゃないんだ。アミーは山南王が送り込んだ刺客(しかく)だった。山南王は親父を殺して、首里グスクを奪い取るつもりだった。しかし、島添大里按司に先に奪われてしまったんだ。山南王から親父の暗殺を命じられていたアミーは、島添大里按司の兵が攻めて来たのを山南王の兵が攻めて来たと勘違いして、親父を殺した。島添大里の兵が親父を見つけた時、親父はアミーに殺されたあとだったらしい」
「何ですって‥‥‥」
「アミーは捕まり、山南王のもとに返されたそうだ。その後、どうなったのかわからない。探してみたが見つからなかった。多分、山南王のために裏の仕事をやっているのだろう」
「父の敵はアミーだったの‥‥‥」と気が抜けたような顔をして浦添ヌルが言った。
「その側室は山南王から贈られた側室なの?」とマアサが聞いた。
「違うわ」と浦添ヌルが首を振った。
「山南王が贈った側室もいたけど、父は警戒して身近には置かなかったわ。アミーは城下の商人から贈られたのよ。勿論、綺麗な娘だけど、それだけでなく、気が利くので父のお気に入りになったのよ」
「山南王がその商人を利用して送り込んだんだな」とンマムイは言った。
「そうなると父の敵は山南王なの?」とマアサが聞いた。
「いいえ、そうじゃないわ。アミーが殺さなくても、島添大里按司の兵に殺されたわ」
 マアサは首を振ると、「殺された父の遺体はどうなったの。どこに捨てられたの?」とンマムイに聞いた。
首里グスクの下には大きなガマ(洞窟)があって、そこに戦死した者たちは皆、葬られたそうだ。勿論、親父も一緒だ」
 浦添ヌルが急に笑い出した。
首里グスクは父のお墓なのね。大きなお墓だわ」
 その夜、二の曲輪にある屋敷で歓迎の宴が開かれ、ンマムイは主立った重臣たちを紹介された。

 

 

 

 

モモト別冊 今帰仁城跡   琉球の王権とグスク (日本史リブレット)