長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-82.伊平屋島と伊是名島(改訂決定稿)

 島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクで山南王(さんなんおう)(汪応祖)と山北王(さんほくおう)(攀安知)の婚礼が行なわれた五日後、思紹(ししょう)とヂャンサンフォン(張三豊)を乗せた進貢船(しんくんしん)が無事に帰って来た。迎えに行ったのはマチルギで、八人の女子(いなぐ)サムレーを連れていた。
 思紹が中山王(ちゅうさんおう)になった当初は、マチルギを見ようと多くの人たちが集まって来て大騒ぎになったが、あれから四年余りが経って、マチルギの事も世間に知れ渡っていた。マチルギが出歩いても騒ぎになる事はなく、人々は尊敬の眼差しで挨拶を交わしてくれた。
 小舟(さぶに)から降りて来た思紹、ヂャンサンフォン、クルーは女たちの出迎えに驚いた。特に思紹は目を丸くして女たちを見ていた。女子サムレーの格好をしているが、全員、思紹の側室だった。
「お帰りなさいませ」と側室たちから言われ、思紹は照れ臭そうに笑って、「ただいま」と返事を返した。
 思紹もヂャンサンフォンもクルーも道士の格好をしていて唐人(とーんちゅ)に見えた。三人は女子サムレーたちと一緒に人混みを抜けて、久米村(くみむら)に向かった。
 メイファン(美帆)の屋敷に行くと、サハチ(中山王世子、島添大里按司)、ファイチ(懐機)、ウニタキ(三星大親)が待っていた。
「どうして、あいつらが出迎えに来たんだ?」と思紹はサハチに聞いた。
「王様(うしゅがなしめー)に似てしまったのか、側室たちも出歩くのが好きになりまして、浮島(那覇)に行ってみたいと言い出したのです」
「わしの留守中、ああやって出歩いていたのか」
 思紹は苦笑して、「まあ、それもいいじゃろう」と言った。
 思紹は留守中の出来事をサハチたちから聞いた。
「とうとう山南王と山北王が同盟を結んだか。兼(かに)グスク按司(ンマムイ)が取り持ったのだな」
「そうなんですが、兼グスク按司は中山王に寝返って、今、新(あら)グスクにいます」
 サハチはその経緯を説明して、米須按司(くみしあじ)と玻名(はな)グスク按司が寝返った事も話した。
「留守の間に変わったものじゃのう。それで今は、シタルー(山南王)がどう出るかを見守っているといった状況じゃな」
 思紹はそう言って少し考えたあと、笑ってうなづくと、旅の話をサハチたちに聞かせた。サハチたちが驚く顔を見ながら、思紹たちは楽しそうに、海賊の事、武当山(ウーダンシャン)や華山(ホワシャン)での出来事、ユンロン(芸蓉)の事などを話した。その頃、思紹の側室たちはキャーキャー騒ぎながら、マチルギに連れられて久米村(くみむら)を散策していた。
 渡し舟が空くのを見計らって安里(あさとぅ)に渡り、馬に乗って首里(すい)に帰った。首里グスクの百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)(正殿)の唐破風(からはふ)を見た思紹は驚いて、「凄いのう」と言って、じっと見つめていた。
「昔、博多に行った時、太宰府(だざいふ)の天満宮に行ったんじゃが、あんな風な屋根だったような気がする。随分と立派になったもんじゃのう」
「龍に守られた御殿じゃな」とヂャンサンフォンが言って、「凄い龍ですね」とクルーは新助が彫った龍に感心していた。
 その夜、会同館(かいどうかん)で帰国祝いの宴(うたげ)が開かれ、いつものように『宇久真(うくま)』の遊女(じゅり)たちが参加した。知らせを受けて、ンマムイもやって来た。やって来たのはいいが、本部(むとぅぶ)のテーラー(瀬底之子)を連れていた。
「奴が本部のテーラーだ」とウニタキが小声でサハチに知らせた。
「なに、ンマムイは山北王のサムレー大将を連れて来たのか。一体、何を考えているんだ?」
「奴は山北王の進貢船に乗って何度も明国(みんこく)に行っている。もしかしたら、ヂャン師匠の事を知っているのかもしれん。ヂャン師匠が帰って来たと聞いて、会いたくなってやって来たのだろう」
「そうか。しかし、奴はどうしてンマムイが新グスクにいる事を知っているんだ?」
「偶然、見つけたようだ。奴は南部の様子を知ろうとあちこち歩き回っていた。今日、偶然に新グスクにいるンマムイを見つけたんだ。グスクの外で遊んでいた子供たちがテーラーを見つけて駆け寄ったらしい。屋敷に上がり込んで、ンマムイ夫婦と話をしていた時に、ヂャン師匠が帰って来たという知らせが入ったんだよ」
「そうか。騒ぎは起こすまい。知らない振りをしておこう」
「そうだな」とウニタキはうなづいて、「ところで、阿波根(あーぐん)グスクにはシタルーの次男が入って、兼グスク按司を名乗ったようだぞ」
「次男というと、タルムイ(豊見グスク按司)の弟のジャナムイだな。いくつになったんだ?」
「二十二、三じゃないのか」
「ジャナムイの嫁さんは誰だったろう」
「中グスク按司の娘だ。今はもう身内は中グスクヌルしかいない。その娘が嫁いで来た日に、中グスクで中グスク按司が望月党に殺されたんだよ」
「おう、そうだったな。しかし、兼グスク按司が二人になったなんて紛らわしいな」
 ヂャンサンフォンに挨拶をしたあと、ンマムイはテーラーを連れてサハチたちに挨拶に来た。テーラーの事は武芸好きな家臣の瀬底之子(しーくぬしぃ)だと紹介した。
「ヂャン師匠の旅の話を聞いてきます」と言って、ンマムイとテーラーはヂャンサンフォンの所に戻って行った。
「まだ生きていたのね」と遊女のマユミが言った。
「ンマムイが殺されると思ったのか」とサハチはマユミに聞いた。
「だって、山南王と山北王は同盟したんでしょ。中山王は敵になったのに、のこのことこんな所に現れて、いつかは山南王に殺されるわよ」
「ンマムイは中山王に寝返ったんだよ」
「えっ、そうだったの?」
「もう山南王の所へは行かない」
「そうなんだ。でも、奥さんはどうなるの。山北王の敵になっちゃったの?」
「そういう事になるな」
「可哀想に‥‥‥それで、戦(いくさ)は起こるの?」
「山南王次第だな。山北王は今の所、中山王を攻める気はないようだ」
「俺たちもヂャン師匠の話を聞きに行こうぜ」とウニタキが言って、サハチたちもヂャンサンフォンのもとへと行った。
 宴がお開きになったあと、サハチ、ウニタキ、ファイチ、思紹、ヂャンサンフォン、ンマムイ、テーラーは『宇久真』に場所を移して飲み続けた。テーラー以外は皆、ヂャンサンフォンの弟子で、テーラーは孫弟子だった。思紹はサグルー師兄(シージォン)と呼ばれ、サハチ、ウニタキ、ファイチもンマムイから師兄と呼ばれていたので、テーラーには思紹が中山王だという事はわからなかった。勿論、マユミたちも話を合わせて、王様とは言わなかった。
 テーラーは六回も明国に行っていた。明国で、少林拳(シャオリンけん)や武当拳(ウーダンけん)も習っていた。武当拳の師匠から、ヂャンサンフォンの話は何度も聞いていて、今も生きているがどこかの山奥に籠もっているので会うのは難しいと言われた。そのヂャンサンフォンが琉球にいたなんて信じられず、本物なら是非とも会いたいとンマムイに頼み込んで連れて来てもらったのだった。
 テーラーはヂャンサンフォンに会って感激して、弟子にしてくれと頼んだ。ヂャンサンフォンは快く引き受けた。テーラーはヂャン師匠とその弟子たちに囲まれて、夢のような素晴らしい夜を過ごしていた。
 ヂャンサンフォンは運玉森(うんたまむい)ヌル(先代サスカサ)がいる与那原(ゆなばる)グスクに帰って、のんびり過ごしてから新グスクに行き、弟子になったテーラーの修行を始めた。新グスクの下には大きなガマ(洞窟)があって、修行はガマの中で行なわれた。ンマムイとンマムイの長女のマウミ、サスカサ(島添大里ヌル)、メイユー(美玉)の弟子になったシビー、タブチの末っ子のチヌムイ、その姉の八重瀬(えーじ)若ヌル(ミカ)、玉グスクで女子サムレーを作ったウミタル、糸数按司(いちかじあじ)の三女のカヤーも加わった。
 サスカサはササから修行の話を聞いて、ヂャンサンフォンが帰って来るのを待っていた。
 八重瀬若ヌルは佐敷ヌルに憧れていて、強くなりたいと思い、弟と一緒にヂャンサンフォンの弟子になった。シビーはメイユーが帰ったあと、佐敷ヌルの指導を受けていた。佐敷ヌルに連れられて運玉森ヌルに会いに行った時、ヂャンサンフォンと出会って弟子になった。ウミタルは兼グスク按司が新グスクに来たと聞いて、兼グスク按司が育てた女子サムレーに会いに行った。そしたら、ヂャンサンフォンが新グスクに来ていて、迷わず、弟子になった。カヤーは糸数にも女子サムレーを作りたいと思って、玉グスクまで通ってウミタルの指導を受けていた。ウミタルに誘われて、ヂャンサンフォンの弟子になった。他にも、兼グスク按司のもとに居候(いそうろう)している武芸者たちもヂャンサンフォンの弟子になって修行に励んだ。
 新グスクのガマの中でヂャンサンフォンが弟子たちの指導をしている頃、首里グスクの御内原(うーちばる)でマカマドゥが女の子を産んだ。初めての子にマウシ(山田之子)は大喜びした。長女はマウシの母親の名をもらってマミーと名付けられた。


 首里の御内原でマミーの誕生を祝福していた頃、奄美大島(あまみうふしま)を攻めていた山北王の兵たちが今帰仁(なきじん)に帰って来た。兵たちの顔付きは暗く、皆、疲れ切っていた。奄美按司になった羽地按司(はにじあじ)の次男から報告を受けた山北王は烈火のごとく怒った。
 去年、湧川大主(わくがーうふぬし)とテーラー奄美大島の北部を平定したので、今年は南部を平定すれば完了するはずだった。それなのに、総大将だった本部大主(むとぅぶうふぬし)は戦死して、半数余りの兵を失い、奄美按司は逃げ帰って来たのだった。
奄美大島の南部には『クユー一族』と呼ばれる手ごわい奴らがいて、皆、そいつらにやられました」と奄美按司は言った。
「馬鹿者め!」と山北王は怒鳴って、「慰労の宴は中止だ。皆に謹慎しているように伝えろ」と言って、奄美按司を追い返した。
 山北王は弟の湧川大主を呼んで相談した。
「クユー一族というのは何者なんだ。ヤマトゥンチュ(日本人)か」と山北王は湧川大主に聞いた。
「北部では聞いた事もない。南部の噂では五、六年前に、どこからかやって来て住み着いたようだ」
「言葉は通じるのか」
「訛りはあるが、通じるらしい」
「すると、先代の中山王の残党どもかもしれんな。中山王の残党なら、うまく話がつけられるはずだ」
「来年は俺が言って、何とか話をつけるよ」と湧川大主は言ったが、
「お前が行くと俺が忙しくてかなわん。テーラーに任せよう」と山北王は言った。
テーラーは今、南部にいるぞ」
「来年、帰って来たら、すぐに奄美大島に行かせよう」
「人使いが荒いな」
「しばらく休んでいたんだから、その分、働いてもらうさ。ところで、鮫皮(さみがー)は集まったのか」
「まだ足らん。伊平屋島(いひゃじま)と伊是名島(いぢぃなじま)の奴らが売ってくれんのだ。伊平屋島伊是名島は古くから対馬(つしま)の早田(そうだ)氏と鮫皮の取り引きをしている。早田氏を裏切れんと言って、高値で買うと言っても話には乗って来ないんだ」
伊平屋島伊是名島には中山王の親戚がいて、そいつらが鮫皮を作っているんだったな。中山王の親戚が目と鼻の先にいるのは目障りだ。鮫皮を奪って、奴らを島から追い出してしまえ」
「そんな事をしたら中山王を怒らせる事になるぞ。戦が始まるかもしれん」
「戦になったら、同盟を結んだ山南王と一緒に挟み撃ちにすればいい」
「まだ、時期が早いんじゃないのか。鉄炮(てっぽう)もまだ手に入っていないし」
「先の事はあとで考える。まずは鮫皮を揃える事が先決だ。鮫皮が揃えられなかったら島津氏は中山王と取り引きをすると言い出すだろう」
「わかった」と湧川大主はうなづいた。
 山北王の御殿(うどぅん)をあとにして二の曲輪(くるわ)に下りながら、兄貴の短気にも困ったものだと湧川大主は思っていた。普段は冷静な兄が、頭に血が昇ると冷静さを失って、後先も考えずに行動に移す。奄美大島の攻略に失敗して、その腹いせに、伊平屋島伊是名島にいる中山王の親戚を追い出せと言ったのに違いなかった。鮫皮を手に入れるにはそれしか方法はないが、なるべく穏便に事を処理しようと思った。


 十一月の半ば、伊平屋島から逃げて来た人たちが首里に続々とやって来た。島添大里(しましいうふざとぅ)にいたサハチが思紹に呼ばれて首里グスクに行くと、北曲輪(にしくるわ)に五十人近くの人たちが疲れた顔付きで座り込んでいた。
 思紹は龍天閣(りゅうてぃんかく)の三階にいた。馬天(ばてぃん)ヌルとマチルギ、そして、知らない男と知らないヌルがいた。伊平屋島の親戚だろうが、サハチには誰だかわからなかった。
 明国から帰って来てから、思紹は龍天閣にいる事が多く、琉球の絵地図を持ち込んで睨んでいた。六年後の今帰仁攻めを本気になって考え始めたようだった。サハチの顔を見ると、思紹は絵地図から顔を上げて、「山北王が動き出したぞ」と言った。
「一体、何が起こったのです?」とサハチは聞いた。
「田名親方(だなうやかた)のお兄さんのイサマさんと妹の田名ヌルさんよ」とマチルギが知らない二人をサハチに紹介した。
 そう言われてみれば、イサマという男は顔付きが田名親方に似ているような気がした。妹の方は田名親方に似ていない。丸顔で目の小さな女だった。
「二人のお父さんの田名大主(だなうふぬし)(思紹の従弟)が捕まって、物置小屋に閉じ込められてしまったのよ」
「えっ!」とサハチは驚いてイサマを見た。
「突然、湧川大主が兵を率いてやって来て、強引に鮫皮を奪い取ったのです。逆らった父は捕まってしまいました」とイサマは悔しそうな顔をして言った。
 マチルギがイサマから聞いた話をサハチに聞かせた。
 九月に山北王の役人から鮫皮を売ってくれと言われたらしい。浮島で取り引きするよりも高い値で引き取ると言われたが、田名大主は断った。十月にも鮫皮を譲ってくれと役人から言われたが、はっきりと断った。その後、何も言って来なかったので諦めたのだろうと思っていたら、突然、湧川大主がやって来て、言う事を聞けない者は島を出て行けと言われ、鮫皮を奪われたという。
「山北王はわしらの親戚だと知って追い出しに掛かったのに違いない」と思紹は言った。
「山北王は中山王と戦をしたいのでしょうか」とサハチは聞いた。
伊平屋島伊是名島を完全に支配下に置きたいようです」とイサマが答えた。
伊平屋島の役人は代々、我喜屋大主(がんじゃうふぬし)が務めています。我喜屋大主も伊平屋島が鮫皮によって栄えた事は充分に知っていますから、無理な事は言いません。今回の湧川大主のやり方には我喜屋大主も驚いていました。山南王と同盟した山北王は、伊平屋島から中山王の親戚を追い出して、完全に支配するために、無理難題を言ってきたようです」
「我喜屋大主も親戚ではないのか」とサハチはイサマに聞いた。
「わたしどもの叔父です。先代の我喜屋大主は跡継ぎに恵まれず、娘婿の叔父が我喜屋大主を継ぎました」
「すると、我喜屋大主は山北王の味方をしているのか」
「仕方ないのです。島の者たちを守るためには山北王に従うしかないのです。百年ほど前には、伊平屋島にも伊平屋按司がいて、伊平屋島伊是名島を治めていたそうです。その頃、今帰仁で戦が起こって按司が代わって、新しい按司の一族だった伊平屋按司今帰仁に行って、重臣として今帰仁按司に仕える事になります。伊平屋島伊是名島には按司がいなくなって、我喜屋大主が今帰仁按司の役人になって伊平屋島を治める事になったのです。その後も今帰仁按司は変わりましたが、伊平屋島の事は我喜屋大主に任されていたのです。我喜屋大主は島の者たちのために、今帰仁按司と掛け合ったりして、今まで何の問題もなくやって来たのに、今度ばかりはまったく信じられません」
伊是名島の人たちも逃げて来たのですか」とサハチは誰ともなく聞いた。
伊是名島の人はいないわ」と馬天ヌルが答えた。
伊是名島の人は仕方がないと妥協したのでしょう。ナビーお婆(思紹の叔母)の子供や孫たちはいるけど、首里に逃げるよりは古くから住んでいる土地を守ろうと思ったのでしょう」
「わたしたちも守りたかったのです。でも、親父が逃げろって言って‥‥‥」とイサマは無念そうに首を振った。
「親父さんが言った事は正しい。逃げなければ被害が出ていただろう。心配するな。親父さんは必ず助け出す」と思紹は言った。
「山北王の兵は何人いるんだ?」とサハチはイサマに聞いた。
「湧川大主は三十人の兵を引き連れてやって来ました。湧川大主は引き上げたと思いますが、何人が残っているのかわかりません」
「普段は何人いるんだ?」
「普段はいません。島の事は我喜屋大主に任せています」
「田名大主を救い出すのはわけないだろう」と思紹は言った。
「問題は、まもなく、ヤマトゥ(日本)に行った交易船が帰って来る。何も知らずに伊平屋島に行ったら、交易船を奪われてしまうだろう」
「あっ!」と驚いた顔をしてサハチは思紹を見た。
「敵の狙いはそれですか」
「そうかもしれん。交易船には兵が百人乗っているが、不意打ちを食らったらやられてしまう」
「すると、山北王は少なくても百人の兵を送るつもりですね。こちらも百人の兵を送らなければなりません」
 思紹はうなづいたが、「今の時期、どうやって送り込むかが問題じゃ」と言った。
 すでに北風(にしかじ)が吹き始めていた。風に逆らって伊平屋島に行くのは無理だった。
「それは敵も同じでしょう。敵も伊平屋島に兵を送る事はできません。進貢船を奪い取られる事はないんじゃないですか」
「いや、現に湧川大主は三十人の兵を率いて行ったんじゃろう」
「どうやって行ったんだろう」とサハチは考えた。
「山北王の船は親泊(うやどぅまい)から塩屋に出て、ヤンバル(琉球北部)の山を右に見ながら北上して、辺戸岬(ふぃるみさき)の辺りから伊平屋島に渡ったのだと思います。時間はかなり掛かりますが、今の時期、伊平屋島に渡るのはその方法しかありません」とイサマが言った。
 サハチは思紹の顔を見て、うなづき合った。
「まずは先発隊を送り込んで、田名大主を救いだそう」と思紹が言った。
「敵が待ち伏せの兵を送る前に、百人の兵を送り込まなければなりません」とサハチは言った。
 思紹はうなづいて、「それと、こっちの動きを敵に悟らせてはならん。首里の兵は動かせん。敵には夏になったら伊平屋島を攻めると思わせておかなければならん」と言った。
「どこの兵を動かすのです?」
「山北王の兵を追い払ったあとも伊平屋島には守備兵を置かなくてはなるまい。新しいサムレー大将を決めて、新たに編成する。とりあえずは、各隊から数人づつ選んで、百人集めよう」
「わかりました。そうしましょう」とサハチはうなづいた。
 それから五日後、サグルー(島添大里若按司)、ジルムイ(島添大里之子)、マウシと伊平屋島出身のサムレーのムジルとバサー、三星党(みちぶしとー)のヤールーとファー、伊平屋島出身の女子サムレーのイヒャカミー、伊平屋島から逃げて来たウミンチュ(漁師)のヤシーとカマチ、そして、イサマの十一人が先発隊として伊平屋島に向かった。皆、庶民の姿に変装して、刀の代わりに棒を持ち、最北端の辺戸岬を目指した。サグルーはヂャンサンフォンと一緒に旅をした時、辺戸岬まで行った事があり、ヤンバル生まれのヤールーも行った事があった。

 

 

 

 

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