長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-106.ヤンバルのウタキ巡り(改訂決定稿)

 『ウタキ(御嶽)巡り』の旅に出た馬天(ばてぃん)ヌルの一行は、山田グスクに行く途中、読谷山(ゆんたんじゃ)の喜名(きなー)で『東松田(あがりまちだ)ヌル』と会っていた。
 馬天ヌルが東松田ヌルと会うのは十四年振りだった。馬天ヌルは再会を喜び、ササ(馬天若ヌル)が『ガーラダマ(勾玉)』を見つけた山の事を東松田ヌルに聞いた。
「『座喜味森(じゃきみむい)』っていうのです」と東松田ヌルはその山を見ながら言った。
「いわくがありそうな山なんですけど、あそこには『古いウタキ』はないのですよ」
「やはり、そうだったのね」と馬天ヌルはうなづいた。
「『座喜味森』がどうかしたのですか?」
「三年前に『地震(ねー)』があったのを覚えている?」
「ええ、久し振りの大きな揺れだったので覚えていますけど」
「あの時、わたし、あの山にいて、地震のあと、『古いガーラダマ』を見つけたの」
「あの時、あそこにいたのですか。どうして寄ってくれなかったのです?」
「ごめんなさい。連れがいたものだから、『宇座(うーじゃ)の牧場』に行っちゃったのよ」
「そうだったの。でも、どうして、あの山から『古いガーラダマ』が出てきたのかしら?」
 東松田ヌルは不思議そうに『座喜味森』を見てから、
「今回もお連れさんが多いわね」と笑った。
 馬天ヌルは運玉森(うんたまむい)ヌル(先代サスカサ)、麦屋(いんじゃ)ヌル(先代与論ヌル)、ヌルの修行中のマチとサチ、ヤンバル(琉球北部)の娘のカミー、ヂャンサンフォン(張三豊)と奥間大親(うくまうふや)(ヤキチ)を紹介した。
 東松田ヌルは十五歳になる『若ヌル』を紹介した。
「あら、跡継ぎができたのね」と馬天ヌルは可愛い娘を見た。
「残念ながら、わたしの娘じゃないんです。姪なんですよ。小さい頃から、不思議な『シジ(霊力)』を持っているのです」
「どんな『シジ』なの?」
「時々、『先に起こる事が見える』ようなのです。馬天ヌル様がいらっしゃる事も、この子、昨日のうちからわかっておりました」
「えっ、そうだったの?」
「馬天ヌル様の名前までは知りませんでしたが、明日、大切なお客様がいらっしゃると言っていました」
「そうだったの」と馬天ヌルは若ヌルを見た。
 ササと同じような『シジ』を持っているとしたら、ヂャンサンフォンのもとで修行を積めば、その『シジ』を最大限に伸ばす事ができるに違いないと思った。
 半時(はんとき)(一時間)ほど、東松田ヌルの屋敷で休んで、出発しようとしたら、東松田ヌルから、『若ヌル』も一緒に連れて行ってくれと頼まれた。『若ヌル』も、お願いしますと馬天ヌルに頭を下げた。
 馬天ヌルは運玉森ヌルを見た。運玉森ヌルは笑ってうなづいた。馬天ヌルは『若ヌル』を一緒に連れて行く事にした。
 せっかく来たのだからと、馬天ヌルはみんなを引き連れて『座喜味森』に入ってみた。三年前に『ガーラダマ』を見つけた場所はわからなくなっていて、『ティーダシル(日代)の鏡』が埋まっている場所も勿論わからなかった。山頂も木が生い茂っていて眺めはよくなかった。
「あなた、何か見える?」と馬天ヌルは東松田の若ヌルに聞いた。
 東松田の若ヌルは驚いた顔をして、首を振った。
「あなたたちは?」と馬天ヌルはマチとサチに聞いた。
 二人とも首を振った。馬天ヌルがカミーを見るとカミーも首を振り、麦屋ヌルも首を振った。
「ヂャンサンフォン殿と運玉森ヌル様は何か感じますか」
「東松田ヌルが言っていたように、ここにはウタキはなさそうね」と運玉森ヌルは言った。
「でも、何か大きな力を感じるわね」
「きっと、『豊玉姫(とよたまひめ)様の鏡』が埋まっているからでしょう」
「そうね。でも、どうして、この山に埋めたのかしら?」
 馬天ヌルは首を傾げた。
「『グスク』を築くには、いい場所じゃな」とヂャンサンフォンが笑った。
 座喜味森を下りた一行は多幸山(たこーやま)を越えて、『山田グスク』に行って山田ヌルに歓迎された。
 次の日は恩納岳(うんなだき)の木地屋(きじや)の親方、『タキチ』を訪ねて、馬天ヌルは『恩納按司(うんなあじ)』の事を聞いた。
「按司といっても実情はかなり苦しいようです。グスクが完成したら、あとは自分の才覚でやれと言って、山北王(さんほくおう)(攀安知)は助けてくれなかったようです。中山王(ちゅうさんおう)(思紹)と山北王が『同盟』を結んで、城下に『まるずや』ができて、『安富祖(あふす)の竹』の取り引きが決まって、按司は大喜びしております」
「『まるずや』が『竹』を買い取っているのですか」
「買い取っているというか、恩納按司が欲しがっている明国(みんこく)(中国)の陶器とか、ヤマトゥ(日本)の刀とかと交換しております。『竹』は弓矢の矢が作れますし、お寺(うてぃら)の普請(ふしん)にも役に立つと言っておりました」
「『まるずや』もやるわね。金武按司(きんあじ)はどうなの? 金武按司からも何かを買っているの?」
「金武グスクの城下にも『まるずや』ができて、金武按司と取り引きをしておりますが、農産物が多いようです」
「そう。みんな、『まるずや』のお陰で重宝しているのね。ところで、『恩納ヌル』は健在なの?」
「恩納ヌル様は去年、お亡くなりになりました。『若ヌル』が跡を継ぎましたが、その若ヌルは『恩納按司』と結ばれて、娘を授かりました。その娘は三歳になっています」
「そうだったの。あの子が恩納按司の娘を産んだの‥‥‥それじゃあ、恩納ヌルはグスクの中にいるの?」
「いえ、以前の屋敷におります」
 馬天ヌルはタキチにお礼を言って、『恩納ヌル』に会いに行った。前回、今帰仁(なきじん)に行った時のように、『ゲン』が案内に立ってくれた。ヂャンサンフォンはタキチの案内で、運玉森ヌル、マチ、サチを連れて『恩納岳』に登り、ほかの者たちは馬天ヌルと一緒に来た。
 『恩納』の村(しま)はすっかり変わっていた。海を見下ろす丘の上に石垣に囲まれた『グスク』が建って、その前にサムレーたちの屋敷が並んでいた。そこから少し離れた所に以前の村があり、恩納ヌルの屋敷もあった。サムレーたちの屋敷と以前の村の中程に『まるずや』があった。小さい店だが、店内には古着を初めとして様々な物が山のように置いてあった。
 恩納ヌルは屋敷にはいなかった。近所の人に聞くと、『ウタキ』の近くの海辺にいるだろうと言った。馬天ヌルたちは海辺に行ってみた。
 恩納ヌルが女の子と貝殻を拾っていた。馬天ヌルに気づくと恩納ヌルは驚いて、娘に一言言ってから近寄って来た。
「馬天ヌル様、お久し振りでございます」と恩納ヌルは挨拶をしたあと、供の者たちを見て、「また旅をなさっているのですか」と聞いた。
「中山王と山北王が『同盟』を結んだので、また、ヤンバルのウタキを巡ろうと思ってやって来たのです」
「そうだったのですか。ここも随分と変わったでしょう」と恩納ヌルは笑った。
「小さなウミンチュ(漁師)の村だったのに、今帰仁から恩納按司がやって来て、ここは山北王の領内になってしまいました。サムレーたちが大勢、家族を連れて移って来て、賑やかな所になりました。サムレーたちは山を切り開いて畑も作ったんですよ。中山王と『同盟』してからは、『まるずや』もできて、とても便利になりました。村に『まるずや』ができる前、ウミンチュたちは山田の『まるずや』まで通っていたのです」
「山田まで通っていたの?」と馬天ヌルは驚いた。
 『まるずや』は各地の情報を集めるために、ウニタキ(三星大親)が作った店だと思っていたが、すっかり地域に根付いて、その地域に必要な店になっていた事に馬天ヌルは気づき、今更ながら、ウニタキは凄いと思っていた。
「あなたにも『マレビト神』が現れたようね」と一人で遊んでいる娘を見ながら馬天ヌルは笑った。
「跡継ぎができました」と恩納ヌルは嬉しそうな顔をして言った。
「恩納按司様ってどんな人なの?」
「優しい人です。サムレーたちと一緒に畑仕事にも精を出しています」
「按司様(あじぬめー)が畑仕事をなさっているの?」
「グスクを建てている時は今帰仁から食糧が送られて来たのですけど、完成したら、それがなくなってしまって、食べていくためには畑を開墾しなくてはならなかったのです。若按司だった親父が戦死しなければ、親父が山北王になって、俺はその息子として、今帰仁にいただろう。こんな田舎に来て、畑仕事をやっているなんて情けないと時々、わたしのおうちに来て愚痴をこぼしております」
 馬天ヌルは恩納ヌルと一緒に、いくつかの『ウタキ』を巡って、タキチの屋敷に戻った。その夜はタキチの屋敷に泊まって、ヤンバルの様子を聞いた。
 中山王との『同盟』が決まった時、名護按司(なぐあじ)も羽地按司(はにじあじ)も国頭按司(くんじゃんあじ)も、敵と勝手に『同盟』するとは何事だと文句を言っていたが、中山王と取り引きができる事がわかると皆、密かに喜んでいるという。以前、山北王が明国に進貢船(しんくんしん)を送っていた時、名護も羽地も国頭も従者を送って、明国で取り引きをしてきた。明国の海賊が毎年、来るようになって、山北王は進貢船を送るのをやめてしまい、山北王だけが明国の商品を手に入れている。三人の按司たちが文句を言うと、お前たちも自分の才覚で取り引きをすればいいと言ったという。取り引きをしろと言っても、明国の海賊が欲しがるヤマトゥの商品はないし、ヤマトゥの商人が欲しがる明国の商品もない。仕方なく、羽地は『米』を、国頭は『材木』を、名護は『海産物』を山北王に売って、明国の商品やヤマトゥの商品を手に入れていた。手に入れたと言っても、取り引きの元手になるほどの量ではなかった。
 ところが『同盟』後、首里(すい)から商人がやって来た。『まるずや』という店を城下に開いて、古着や雑貨類を売り始めた。そして、中山王と取り引きをしないかと持ちかけた。山北王よりも高い値で買い取ると言うので、三人の按司たちは喜んで話に乗った。三人の按司たちは明国の商品やヤマトゥの商品を中山王から手に入れる事ができて、とても喜んでいる。山北王も、『綿布屋(めんぷや)』で売っている『朝鮮(チョソン)の綿布』が気に入って、大量に仕入れたという。
 話を聞いて、さすが、ウニタキねと感心しながら、わたしも負けられないと馬天ヌルは思っていた。
 次の日、『名護』に行くと、『名護ヌル』も世代が代わって、若ヌルが名護ヌルになっていた。
「伯母は『屋部(やぶ)』にいます。『屋部ヌル』になって、若ヌルの指導をしています」と名護ヌルは言った。
 名護ヌルに連れられて、馬天ヌルたちは『屋部』に向かった。途中、綺麗な白い砂浜が続いていて、カミーはマチとサチ、東松田の若ヌルと一緒にキャーキャー言いながら波打ち際で遊んだ。
「先月、『ピトゥ(イルカ)』がやって来ました」と名護ヌルは言った。
「毎年、ピトゥは群れをなしてやって来ます。神様の贈り物です。ピトゥがやって来るとウミンチュたちが沖に出て、ピトゥを浜の方に追い込みます。浜に打ち上げられたピトゥをみんなで分けるのです。ピトゥのお肉は『塩漬け(すーぢきー)』にされて、首里にも運ばれました。馬天ヌル様もお召し上がりになりました?」
「ええ、おいしかったわよ。でも、ここで取れたなんて知らなかったわ」
 去年、ウニタキがヤンバルのお土産(みやげ)と言って、『ピトゥの塩漬け』を首里に持って来た。馬天ヌルはその時、初めてピトゥを食べた。魚というよりも猪(やましし)の肉に似ているような感じで、みんな、おいしいと言って食べていた。『ピトゥの塩漬け』はチューマチの婚礼の時にも使われ、南部の按司たちも美味だと言って喜んでいた。
「この砂浜はピトゥの血で真っ赤に染まるんですよ。名護には『ピトゥ』しかありません。ピトゥのお肉を中山王が買ってくれたので、父はとても喜んでおります。ピトゥのお肉が明国の陶器やヤマトゥの刀に代わって名護にやって来ました。新品の刀を手にしてサムレーたちも喜んでおります」
 『屋部』には名護按司の弟の『屋部大主(やぶうふぬし)』がいて、『屋部ヌル』は屋部大主の娘を一人前のヌルにするために指導していた。屋部ヌルは馬天ヌルより一つ年下で、十二年振りの再会を喜んだ。
「前回、会った時、あなたは南部の小さな按司の叔母だったけど、今は中山王の妹なのね。中山王の妹なのに、また旅をしているの?」
「中山王と山北王が『同盟』したので、昔、お世話になったあなたたちに会いたくなったのですよ」と馬天ヌルは笑った。
「あたしたちももうすぐ六十になるわ。もう先もあまりないし、歩けるうちに、みんなに会っておこうと思ったのよ」
「そうよね。月日の経つのは速いわ。すでに亡くなってしまったヌルも多いわ」
 屋部ヌルの屋敷に泊めてもらい、次の日、屋部ヌルと一緒に名護の『ウタキ』を巡った。十二年前に来た時、気になっていたウタキがあった。こんもりとした丘の上にある『古いウタキ』で、屋部ヌルもそのウタキのいわれを知らなかった。ウミンチュたちから『クサティの神様』として大切に扱われているウタキだった。
 その神様が『真玉添(まだんすい)(首里)』の事を言っていたが、十二年前の馬天ヌルは『真玉添』の事をよく知らなくて、神様が言っている話が理解できなかった。今なら、きっとわかるだろうと馬天ヌルはお祈りを捧げた。
「『安須森(あしむい)』を助けてくれて、ありがとう」と神様はお礼を言った。
「佐敷ヌルがうまくやってくれたようです。神様は『安須森のヌル』だったのですか」
「いいえ、『真玉添のヌル』よ。真玉添のヌルは毎年、『安須森』に通っていたのよ。お祈りをするためと『スデ水(聖なる水)』を汲むために行っていたの。お船に乗って行ったんだけど一日では行けないわ。それで、ここに中継地を作ったの。当時はここまで海があったのよ。この丘は海に飛び出ていて、『御崎の御宮(うさきぬうみや)』って呼ばれていたのよ。『真玉添』のヌルたちが何人かここの御宮にいて、『安須森』に行くヌルたちのお世話をしていたの。『安須森』も『真玉添』もなくなってからは、ここも使われなくなってしまって、『ウタキ』として残ったのよ」
「そうだったのですか。当時はここも賑わっていたのですね」
「そうよ。『真玉添』だけでなく、玉グスクや知念(ちにん)からもヌルたちがやって来たのよ」
「もしかしたら、ここにも『ツキシル(月代)の石』と『ティーダシルの鏡』があったのですか」
「あったわ。『ツキシルの石』は今でも、ここに埋まっているはずよ。『ティーダシルの鏡』は名護ヌルが持っているはずだわ。『安須森』が復活すれば、以前のように、ヌルたちが『安須森』に行く事になるでしょう。そうすれば、ここも賑わって来るわ。ずっと、忘れられた存在だったけれど、ここにもヌルたちがやって来るわね。忙しくなりそうだわ」
 神様は嬉しそうに笑った。
 馬天ヌルはお祈りを終えると、神様の話を屋部ヌルに話した。『真玉添』の事も『豊玉姫』の事も昨夜、話してあったので、この『ウタキ』が真玉添と安須森に関係があった事に驚いていた。
 屋部ヌルと一緒に名護ヌルを訪ねて、『ティーダシルの鏡』を見せてもらった。古い銅鏡で、直径が五寸(約十五センチ)ほどの大きさだった。
「この鏡は代々、名護ヌルに伝えられた家宝だけど、あのウタキにあったなんて、まったく知らなかったわ」と屋部ヌルが言って、名護ヌルに『クサティ神のウタキ』のいわれを説明した。
 お世話になったお礼を言って屋部ヌルたちと別れ、馬天ヌルたちは『本部(むとぅぶ)』へ行って『本部ヌル』と会った。本部ヌルは『テーラー(瀬底之子)』の妹だった。
「兄から馬天ヌル様のお噂は色々と聞いております」と本部ヌルは言った。
「あなたがテーラーの妹さんだったなんて知らなかったわ。テーラーは中山王と山北王の『同盟』をまとめてくれたのよ。お陰で、またヤンバルまで来る事ができたわ」
「そういえば、馬天ヌル様が前にいらした時も、山北王は中山王と『同盟』していましたわね。あの時、馬天ヌル様から『マレビト神』のお話を聞いて、わたしにも現れるかしらと期待したのですよ」
「現れたの?」と聞くと、本部ヌルは嬉しそうな顔をしてうなづいた。
「娘が生まれて、もう十歳になりました」
「あら、そうだったの。よかったわね。『マレビト神』はどんな人だったの?」
「旅のお坊様なんです。あれから十年も経つのに今も旅を続けています」
「へえ、変わった人ね。ヤマトゥのお坊様なの?」
「いいえ。はっきりとは言わないんだけど、中山王とつながりがあるような気がします。『東行法師(とうぎょうほうし)』っていうお坊様です。馬天ヌル様は御存じですか」
「えっ!」と馬天ヌルは驚いた。
 一瞬、祖父のサミガー大主(うふぬし)かと疑ったが、今も旅をしているというので、祖父の跡を継いだ者だった。ヒューガ(日向大親)の配下の『タムン』という者が『東行法師』を継いで、旅をしながら若い者たちを集めていると聞いている。タムンに違いないと思った。
「『東行法師』の名前は聞いた事があるわ」と馬天ヌルは答えた。
「旅をしながら貧しい人たちを助けているって聞いたわ」
「そうなんです。薬草に詳しくて、病気の人にお薬をあげて治したり、川に橋を架けたり、水を引いて田んぼを作ったりもしているんですよ」
「そんな事もしていたの」と馬天ヌルは感心していた。
 兄が名乗った『東行法師』が、今も貧しい人たちのために働いていると聞いて嬉しかった。
「ここにも時々、帰って来るの?」
「一年に一回は来ます。娘と一緒にのんびりと過ごして、また旅に出て行きます」
「そう。いい『マレビト神』と出会ったわね」
「はい。神様のお陰です」
 馬天ヌルたちは『ウタキ』を巡ったあと、本部ヌルの屋敷でのんびりと過ごしてから、翌日、今帰仁に向かった。
 『今帰仁』に着いたが、直接、『今帰仁ヌル』の屋敷は訪ねず、『まるずや』に顔を出すと、ウニタキがいた。
「ちょうどよかったわ」と馬天ヌルはウニタキを見て笑った。
「『今帰仁ヌル』を訪ねても大丈夫かしら?」
「やめた方がいいと思いますよ」とウニタキは言った。
「今帰仁ヌルの屋敷には、武寧(ぶねい)(先代中山王)の娘の『浦添(うらしい)ヌル』もいます。浦添ヌルがきっと騒ぐでしょう」
「そうだったの。何となく、いやな予感がしたのよ。わたしが旅をしている事は、山北王(攀安知)は知っているの?」
「知っているようです。湧川大主(わくがーうふぬし)(攀安知の弟)が各地に網を張っていますからね。湧川大主が山北王に知らせたでしょう」
「また、命を狙われるのかしら?」
「それは大丈夫です。前回、中山王が『与論島(ゆんぬしま)』を奪い取った事で、山北王も中山王を警戒しています。中山王を怒らせたら、何をするかわからないと思っています。ヌルがウタキを巡っているだけなら放っておけと言ったようです」
「そう。助かったわ。でも、『今帰仁ヌル』に会うのはやめておきましょう」
「わたしの事も知っているの?」と麦屋ヌルがウニタキに聞いた。
 ウニタキは首を振った。
「馬天ヌルの連れは首里のヌルだと思っているようだ。お前の顔を知っている者はいないだろうが、『麦屋ヌル』を名乗るのは危険だ。名前を変えた方がいい」
「『マトゥイヌル』でいいわ」と馬天ヌルが言った。
「わしの事は知っているのか」とヂャンサンフォンが聞いた。
「まだ知らないようです。知っていたら、湧川大主は必ず、師匠に教えを請うでしょう。奴も『少林拳(シャオリンけん)』をやっていて、師匠の名は海賊どもから聞いています」
「この城下には明国の者もいる。なるべく早く、ここから出た方がよさそうじゃな」
「そうですね。ここより、『志慶真(しじま)』に移った方がいいかもしれません」
「『志慶真』には『志慶真ヌル』がいるわ」と馬天ヌルは思い出した。
「長老は亡くなってしまいましたが、歓迎してくれると思いますよ」
 ウニタキが言ったように、『志慶真ヌル』は馬天ヌル一行を歓迎してくれた。
 亡くなった長老は、山北王が羽地按司、名護按司、国頭按司をないがしろにして、自分だけが交易をしている事を憂(うれ)いていたという。
「中山王のお陰で、三人の按司たちも中山王と交易ができて、本当によかったと申しておりました。これで、今帰仁だけでなく、ヤンバル全体が潤って行くだろうと喜んでおりました。わたしからもお礼を申します」
 志慶真ヌルは馬天ヌルたちにお礼を言って、馬天ヌルたちは村人たちに歓迎され、宴(うたげ)まで設けてくれた。
 志慶真ヌルの話によると、二代目の今帰仁按司の三男が、グスクの搦(から)め手を守るために村を造って、『志慶真大主(しじまうふぬし)』を名乗ったという。亡くなった長老は五代目の志慶真大主で、今は七代目になる。今帰仁按司は何度か入れ替わったが、『志慶真大主』は滅ぼされる事なく、代々、グスクの搦め手を守って、今帰仁按司を補佐して来たと言った。
「『平家』の血を引く今帰仁按司は、『英祖(えいそ)(四代浦添按司)』の息子の『湧川按司(わくがーあじ)(五代今帰仁按司)』に滅ぼされたと聞いているけど、その時、どうして、『志慶真大主』は滅ぼされなかったの?」と馬天ヌルは志慶真ヌルに聞いた。
「その時の戦(いくさ)で、『志慶真大主』も戦死したそうです。跡を継ぐ息子はまだ五歳で、人質となってグスクで育てられたのです。そして、湧川按司の娘を妻にもらって、志慶真に戻って来たのです」
「成程、湧川按司の娘婿になったのね」
「娘婿になったのは志慶真だけではありません。羽地も名護も国頭も皆、娘婿になったのです」
「そうだったの」
「その後、湧川按司が亡くなったあと、湧川按司に滅ぼされた先代の息子、『本部大主(むとぅぶうふぬし)』がグスクを奪い取って、今帰仁按司になります」
「その『本部大主』というのは、『本部のテーラー』と関係あるの?」
「テーラー様の御先祖様です。グスクを取り戻した本部大主も、湧川按司の息子の『千代松(ちゅーまち)』にグスクを奪われてしまって、本部大主の孫息子は何とか逃げて、本部の山の中に隠れました。四十年近くも隠れて暮らしていたのです。『羽地按司(帕尼芝)』が千代松の息子を倒して今帰仁按司になったあと、ようやく山から出て来て、今帰仁按司に仕えました。山に隠れたのがテーラー様の曽祖父で、隠れたまま亡くなってしまいます。山の中で育った祖父は、サムレー大将として今帰仁按司に仕えました。山の中で必死に武芸の修行に励んでいたそうです。そして、テーラー様の父親もテーラー様も、サムレー大将を務めています」
「今帰仁按司も色々な事があったのね」
 次の日、馬天ヌルたちは志慶真ヌルの案内で、今帰仁グスクの近くにある『クボーヌムイ(クボー御嶽)』に入った。『安須森』と同じように山全体が『ウタキ』になっていて、男は入れなかった。ヂャンサンフォン、奥間大親、ゲンの三人は志慶真村に残って、若い者たちを鍛えていた。
 前回に来た時、馬天ヌルは先代の志慶真ヌルに連れられて『クボーヌムイ』に入ったが、神様が言っている事はよく理解できなかった。今回は神様の言う事がはっきりと理解できた。
 『クボーヌムイ』にいる神様は、『安須森ヌルの娘の若ヌル』だった。安須森が平家の落ち武者に滅ぼされた時、若ヌルだけが生き残って、今帰仁に連れて来られた。琉球(沖縄)の言葉を教えるためと、ヌルを育てるためだった。母が殺され、一族も殺され、深い悲しみに耐えながら、按司の娘を一人前のヌルに育て上げた。その後、若ヌルは『クボーヌムイ』に籠もって、母たちの冥福を祈りながら亡くなった。
「封印された『安須森』を救っていただき、ありがとうございます」と若ヌルは馬天ヌルにお礼を言った。
「お礼は佐敷ヌルに言って下さい。今、ヤマトゥに行っておりますが、来年、ここに来ると思います」
「佐敷ヌルが『安須森ヌル』を継いでくださるのですね」
「はい。神様の思し召しで、佐敷ヌルが継ぐ事になりました。佐敷ヌルを守ってあげて下さい」
「勿論、お守りいたします。佐敷ヌルのお陰で、久し振りに母とお話をする事ができました。本当にありがとうございます。『安須森』が滅ぼされてから十五年後、わたしは『安須森』に行った事がございます。麓(ふもと)の村(しま)は跡形もなく、『アフリヌル』が若ヌルと二人で、粗末な小屋で暮らしておりました。『安須森』に登ってみましたが、母の声も聞こえず、神様の声も聞こえませんでした。『アフリヌル』の話だと、あのあと、殺されたヌルたちが『マジムン(怨霊)』になって暴れていて、『安須森』には近づけなかったそうです。南部から、凄い『シジ(霊力)』を持った『朝盛法師(とももりほうし)』というお方がやって来て、『マジムン』を封じ込めたそうです。その後、『マジムン』は消えましたが、『神様』も消えてしまったのです。『アフリヌル』は母の形見の『ガーラダマ(勾玉)』をわたしに返してくれました。でも、その時のわたしには『安須森ヌル』を継ぐ自信がありませんでした。改めて、受け取りに来ると言って、『ガーラダマ』を預けました。わたしはその後、『ガーラダマ』を受け取りには行かず、この『ウタキ』に籠もったまま亡くなります。母から聞きましたが、『アフリヌル』はその『ガーラダマ』を二百年もの間、代々守ってきたと聞いて驚きました。そして、その『ガーラダマ』はあなたの手に渡って、『佐敷ヌル』に届けられたと聞きました。『安須森』が復活したなんて、まるで、夢のようです。以前のように栄えさせてください。佐敷ヌルもあなた方もお守りいたします」
 馬天ヌルは神様にお礼を言った。
 話を聞いていた運玉森ヌルは、よかったわねと言うように笑った。

 

 

 

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