長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-106.ヤンバルのウタキ巡り(第一稿)

 ウタキ巡りの旅に出た馬天(ばてぃん)ヌルの一行は、山田グスクに行く途中、読谷山(ゆんたんじゃ)の喜名(きなー)で東松田(あがりまちだ)ヌルと会っていた。
 馬天ヌルが東松田ヌルと会うのは十四年振りだった。三年前に、ササたちと一緒に近くまで来たが、宇座按司(うーじゃあじ)の牧場に行ってしまったので会う事はなかった。
 馬天ヌルは東松田ヌルと再会を喜び、ササがガーラダマ(勾玉)を見つけた山の事を聞いた。
「座喜味森(じゃきみむい)っていうのです」と東松田ヌルはその山を見ながら言った。
「いわくがありそうな山なんですけど、あそこには古いウタキはないのですよ」
「やはり、そうだったのね」と馬天ヌルはうなづいた。
「座喜味森がどうかしたのですか?」
「三年前に地震(ねー)があったのを覚えている?」
「ええ、久し振りの大きな揺れだったので覚えていますけど」
「あの時、あたし、あの山にいて、地震のあと、古いガーラダマを見つけたの」
「あの時、あそこにいたのですか。どうして、寄ってくれなかったのです?」
「ごめんなさい。連れがいたものだから、宇座の牧場に行っちゃったのよ」
「そうだったの。でも、どうして、あの山から古いガーラダマが出て来たのかしら」
 東松田ヌルは不思議そうに山を見てから、
「今回もお連れさんが多いわね」と笑った。
 馬天ヌルは運玉森(うんたまむい)ヌル、麦屋(いんじゃ)ヌル、ヌルの修行中のマチとサチ、ヤンバルの娘のカミー、ヂャンサンフォンと奥間大親(うくまうふや)を紹介した。
 東松田ヌルは十五歳になる若ヌルを紹介した。
「あら、跡継ぎができたのね」と馬天ヌルは可愛い娘を見た。
「残念ながら、あたしの娘じゃないんです。姪なんですよ。小さい頃から、不思議なシジ(霊力)を持っているのです」
「どんなシジなの?」
「時々、先に起こる事が見えるようなのです。馬天ヌル様がいらっしゃる事も、この子、昨日のうちからわかっておりました」
「えっ、そうだったの?」
「馬天ヌル様の名前までは知りませんでしたが、明日、大切なお客様がいらっしゃると言っていました」
「そうだったの」と馬天ヌルは若ヌルを見た。
 ササと同じようなシジを持っているとしたら、ヂャンサンフォンのもとで修行を積めば、そのシジを最大限に伸ばす事ができるに違いないと思った。
 半時(はんとき)(一時間)ほど、東松田ヌルの屋敷で休んで、出発しようとしたら、東松田ヌルから、若ヌルも一緒に連れて行ってくれと頼まれた。若ヌルも、お願いしますと馬天ヌルに頭を下げた。
 馬天ヌルは運玉森ヌルを見た。運玉森ヌルは笑ってうなづいた。馬天ヌルは若ヌルを一緒に連れて行く事にした。
 せっかく来たのだからと、馬天ヌルはみんなを引き連れて座喜味森に入ってみた。三年前にガーラダマを見つけた場所はわからなくなっていて、ティーダシルの鏡が埋まっている場所も勿論わからなかった。山頂も木が生い茂っていて眺めはよくなかった。
「あなた、何か見える?」と馬天ヌルは東松田の若ヌルに聞いた。
 若ヌルは驚いた顔をして、首を振った。
「あなたたちは?」と馬天ヌルはマチとサチに聞いた。
 二人とも首を振った。馬天ヌルがカミーを見るとカミーも首を振り、麦屋ヌルも首を振った。
「ヂャンサンフォン殿と運玉森ヌル様は何か感じますか」
「東松田ヌルが言っていたように、ここにはウタキはなさそうね」と運玉森ヌルは言った。
「でも、何か大きな力を感じるわね」
「きっと、豊玉姫(とよたまひめ)の鏡が埋まっているからでしょう」
「そうね。でも、どうして、この山に埋めたのかしら」
 馬天ヌルは首を傾げた。
「グスクを築くには、いい場所じゃな」とヂャンサンフォンが笑った。
 山を下りた一行は山田グスクに行って、山田ヌルに歓迎された。
 次の日は恩納岳(うんなだき)の木地屋(きじや)の親方、タキチを訪ねて、馬天ヌルは恩納按司(うんなあじ)の事を聞いた。
按司といっても実情はかなり苦しいようです。グスクが完成したら、あとは自分の才覚でやれと言って、山北王(さんほくおう)は助けてくれなかったようです。中山王(ちゅうさんおう)と山北王が同盟を結んで、城下に『まるずや』ができ、安富祖(あふす)の竹の取り引きが決まって、按司は大喜びしております」
「『まるずや』が竹を買い取っているのですか」
「買い取っているというか、恩納按司が欲しがっている明国の陶器とか、ヤマトゥの刀とかと交換しております。竹は弓矢の矢が作れますし、お寺の普請(ふしん)にも役に立つと言っておりました」
「『まるずや』もやるわね。金武按司(きんあじ)はどうなの。金武按司からも何かを買っているの?」
「金武グスクの城下にも『まるずや』ができて、金武按司と取り引きをしておりますが、農産物が多いようです」
「そう。みんな、『まるずや』のお陰で重宝しているのね。ところで、恩納ヌルは健在なの?」
「恩納ヌル様は去年、お亡くなりになりました。若ヌルが跡を継ぎましたが、その若ヌルは恩納按司と結ばれて、娘を授かりました。その娘は三歳になっています」
「そうだったの。あの子が恩納按司の娘を産んだの‥‥‥それじゃあ、恩納ヌルはグスク内にいるの?」
「いえ、以前の屋敷におります」
 馬天ヌルはタキチにお礼を言って、恩納ヌルに会いに行った。前回、今帰仁(なきじん)に行った時のように、ゲンが案内に立ってくれた。ヂャンサンフォンはタキチの案内で、運玉森ヌル、マチ、サチを連れて恩納岳に登り、ほかの者たちは馬天ヌルと一緒に来た。
 恩納の村(しま)はすっかり変わっていた。海を見下ろす丘の上に石垣に囲まれたグスクが建ち、その前にサムレーたちの屋敷が並んでいた。そこから少し離れた所に以前の村があり、恩納ヌルの屋敷もあった。サムレーたちの屋敷と以前の村の中程に『まるずや』があった。小さい店だが、店内には古着を初めとして様々な物が山のように置いてあった。
 恩納ヌルは屋敷にはいなかった。近所の者に聞くと、ウタキの近くの海辺にいるだろうと言った。馬天ヌルたちは海辺に行ってみた。
 恩納ヌルが女の子と貝殻を拾っていた。馬天ヌルに気づくと恩納ヌルは驚き、娘に一言言ってから近寄って来た。
「馬天ヌル様、お久し振りでございます」と恩納ヌルは挨拶をしたあと、供の者たちを見て、「また旅をなさっているのですか」と聞いた。
「中山王と山北王が同盟を結んだので、また、ヤンバルのウタキを巡ろうと思ってやって来たのです」
「そうだったのですか。ここも随分と変わったでしょ」と恩納ヌルは笑った。
「小さなウミンチュの村だったのに、今帰仁から恩納按司がやって来て、ここは山北王の領内になってしまいました。サムレーたちが大勢、家族を連れて移って来て、賑やかな所になりました。サムレーたちは山を切り開いて畑も作ったんですよ。中山王と同盟してからは、『まるずや』もできて、とても便利になりました。村に『まるずや』ができる前、ウミンチュたちは山田の『まるずや』まで通っていたのです」
「山田まで通っていたの?」と馬天ヌルは驚いた。
 『まるずや』は各地の情報を集めるために、ウニタキが作った店だと思っていたが、すっかり地域に根付いて、その地域に必要な店になっていた事に馬天ヌルは気づき、今更ながら、ウニタキは凄いと思っていた。
「あなたにもマレビト神が現れたようね」と一人で遊んでいる娘を見ながら馬天ヌルは笑った。
「跡継ぎができました」と恩納ヌルは嬉しそうな顔をして言った。
「恩納按司様ってどんな人なの?」
「優しい人です。サムレーたちと一緒に畑仕事にも精を出しています」
按司様(あじぬめー)が畑仕事をなさっているの?」
「グスクを建てている時は今帰仁から食糧が送られて来たのですけど、完成したら、それがなくなってしまって、食べていくためには畑を開墾しなくてはならなかったのです。若按司だった親父が戦死しなければ、親父が山北王になって、俺はその息子として、今帰仁にいただろう。こんな田舎に来て、畑仕事をやっているなんて情けないと時々、わたしのおうちに来て愚痴をこぼしております」
 馬天ヌルは恩納ヌルと一緒に、いくつかのウタキを巡って、タキチの屋敷に戻った。その夜はタキチの屋敷に泊まって、ヤンバルの様子を聞いた。
 中山王との同盟が決まった時、名護按司(なぐあじ)も羽地按司(はにじあじ)も国頭按司(くんじゃんあじ)も、敵と勝手に同盟するとは何事だと文句を言っていたが、中山王と取り引きができる事がわかると皆、密かに喜んでいるという。以前、山北王が明国に進貢船(しんくんしん)を送っていた時、名護も羽地も国頭も従者を送って、明国で取り引きをしてきた。明国の海賊が毎年、来るようになって、山北王は進貢船を送るのをやめてしまい、山北王だけが明国の商品を手に入れている。三人の按司たちが文句を言うと、お前たちも自分の才覚で取り引きをすればいいと言ったという。取り引きをしろと言っても、明国の海賊が欲しがるヤマトゥの商品はないし、ヤマトゥの商人が欲しがる明国の商品もない。仕方なく、羽地は米を、国頭は材木を、名護は海産物を山北王に売って、明国の商品やヤマトゥの商品を手に入れていた。手に入れたと言っても、取り引きの元手になるほどの量ではなかった。
 ところが同盟後、首里(すい)から商人がやって来た。『まるずや』という店を城下に開いて、古着や雑貨類を売り始めた。そして、中山王と取り引きをしないかと持ちかけた。山北王よりも高い値で買い取ると言うので、三人の按司たちは喜んで話に乗った。三人の按司たちは明国の商品やヤマトゥの商品を中山王から手に入れる事ができて、とても喜んでいる。山北王も、『綿布屋(めんぷや)』で売っている朝鮮(チョソン)の綿布が気に入って、大量に仕入れたという。
 話を聞いて、さすが、ウニタキねと感心しながら、わたしも負けられないと馬天ヌルは思っていた。
 次の日、名護に行くと、名護ヌルも世代が代わって、若ヌルが名護ヌルになっていた。
「伯母は屋部(やぶ)にいます。屋部ヌルになって、若ヌルの指導をしています」と名護ヌルは言った。
 名護ヌルに連れられて、馬天ヌルたちは屋部に行き、屋部ヌルと会った。途中、綺麗な白い砂浜が続き、カミーはマチとサチ、東松田の若ヌルと一緒にキャーキャー言いながら波打ち際で遊んだ。
「先月、ピトゥ(イルカ)がやって来ました」と名護ヌルは言った。
「毎年、ピトゥはやって来ます。神様の贈り物です。ピトゥがやって来るとウミンチュたちが沖に出て、ピトゥを浜の方に追い込みます。浜に打ち上げられたピトゥをみんなで分けるのです。ピトゥのお肉は塩漬けにされて、首里にも運ばれました。馬天ヌル様もお召し上がりになりました?」
「ええ、おいしかったわよ。でも、ここで取れたなんて知らなかったわ」
 去年、ウニタキがヤンバルのお土産(みやげ)と言って、ピトゥの塩漬けを首里に持って来た。馬天ヌルはその時、初めてピトゥを食べた。魚というよりも猪(やましし)の肉に似ているような感じで、みんな、おいしいと言って食べていた。ピトゥの塩漬けはチューマチの婚礼の時にも使われ、南部の按司たちも美味だと言って喜んでいた。
「この砂浜はピトゥの血で真っ赤に染まるんですよ。名護にはピトゥしかありません。ピトゥのお肉を中山王が買ってくれたので、父はとても喜んでおります。ピトゥのお肉が明国の陶器やヤマトゥの刀に代わって名護にやって来ました。新品の刀を手にしてサムレーたちも喜んでおります」
 屋部には名護按司の弟の屋部大主(やぶうふぬし)がいて、屋部ヌルは屋部大主の娘を一人前のヌルにするために指導していた。屋部ヌルは馬天ヌルより一つ年下で、十二年振りの再会を喜んだ。
「前回、会った時、あなたは南部の小さな按司の叔母だったけど、今は中山王の妹なのね。中山王の妹なのに、また、旅をしているの?」
「中山王と山北王が同盟したので、昔、お世話になったあなたたちに会いたくなったのですよ」と馬天ヌルは笑った。
「あたしたちももうすぐ六十になるわ。もう先もあまりないし、歩けるうちに、みんなに会っておこうと思ったのよ」
「そうよね。月日の経つのは速いわ。すでに、亡くなってしまったヌルたちも多いわ」
 屋部ヌルの屋敷に泊めてもらい、次の日、屋部ヌルと一緒に名護のウタキを巡った。十二年前に来た時、気になっていたウタキがあった。こんもりとした丘の上にある古いウタキで、屋部ヌルもそのウタキのいわれを知らなかった。ウミンチュたちから『クサティの神様』として大切に扱われているウタキだった。
 その神様が『真玉添(まだんすい)』の事を言っていたが、十二年前の馬天ヌルはまだ、真玉添の事をよく知らなくて、神様が言っている話が理解できなかった。今なら、きっとわかるだろうと馬天ヌルはお祈りを捧げた。
「安須森(あしむい)を助けてくれて、ありがとう」と神様はお礼を言った。
「佐敷ヌルがうまくやってくれたようです。神様は安須森のヌルだったのですか」
「いいえ、真玉添のヌルよ。真玉添のヌルは毎年、安須森に通っていたのよ。お祈りをするためとスデ水(聖なる水)を汲むために行っていたの。お船に乗って行ったんだけど一日では行けないわ。それで、ここに中継地を作ったの。当時はここまで海があったのよ。この丘は海に飛び出ていて、『御崎の御宮(うさきぬうみや)』って呼ばれていたのよ。真玉添のヌルたちが何人かここの御宮にいて、安須森に行くヌルたちのお世話をしていたの。安須森も真玉添もなくなってからは、ここも使われなくなってしまって、ウタキとして残ったのよ」
「そうだったのですか。当時はここも賑わっていたのですね」
「そうよ。真玉添だけでなく、玉グスクや知念(ちにん)からもヌルたちがやって来たのよ」
「もしかしたら、ここにも『ツキシルの石』と『ティーダシルの鏡』があったのですか」
「あったわ。『ツキシルの石』は今でも、ここに埋まっているはず。『ティーダシルの鏡』は名護ヌルが持っているはずよ。安須森が復活すれば、以前のように、ヌルたちが安須森に行く事になるでしょう。そうすれば、ここも賑わって来るわ。ずっと、忘れられた存在だったけれど、ここにもヌルたちがやって来るわね。忙しくなりそうだわ」
 神様は嬉しそうに笑った。
 馬天ヌルはお祈りを終えると、神様の話を屋部ヌルに話した。真玉添の事も豊玉姫の事も昨夜、話してあったので、このウタキが真玉添と安須森に関係があった事に驚いていた。
 屋部ヌルと一緒に名護ヌルを訪ねて、『ティーダシルの鏡』を見せてもらった。古い銅鏡で、直径が五寸(約十五センチ)ほどの大きさだった。
「この鏡は代々、名護ヌルに伝えられた家宝だけど、あのウタキにあったなんて、まったく知らなかったわ」と屋部ヌルが言って、名護ヌルにクサティ神のウタキのいわれを説明した。
 お世話になったお礼を言って、屋部ヌルたちと別れ、馬天ヌルたちは本部(むとぅぶ)へ向かった。本部ヌルは三年前に亡くなり、若ヌルがヌルになっていた。本部ヌルはテーラーの妹だった。
「兄から馬天ヌル様のお噂は色々と聞いております」と本部ヌルは言った。
「あなたがテーラーの妹さんだったなんて知らなかったわ。テーラーは中山王と山北王の同盟をまとめてくれたのよ。お陰で、またヤンバルまで来る事ができたわ」
「そういえば、馬天ヌル様が前にいらした時も、山北王は中山王と同盟していましたわね。あの時、馬天ヌル様からマレビト神のお話を聞いて、わたしにも現れるかしらと期待したのですよ」
「現れたの?」と聞くと、本部ヌルは嬉しそうな顔をしてうなづいた。
「娘が生まれて、もう十歳になりました」
「あら、そうだったの。よかったわね。マレビト神はどんな人だったの?」
「旅のお坊様なんです。あれから十年も経つのに今も旅を続けています」
「へえ、変わったお人ね。ヤマトゥのお坊様なの?」
「いいえ。はっきりとは言わないんだけど、中山王とつながりがあるような気がします。東行法師(とうぎょうほうし)っていうお坊様です。馬天ヌル様は御存じですか」
「えっ!」と馬天ヌルは驚いた。
 一瞬、祖父のサミガー大主(うふぬし)かと疑ったが、今も旅をしているというので、祖父の跡を継いだ者だった。ヒューガの配下のタムンという者が東行法師を継いで、旅をしながら若い者たちを集めていると聞いている。タムンに違いないと思った。
「東行法師の名前は聞いた事があるわ」と馬天ヌルは答えた。
「旅をしながら貧しい人たちを助けているって聞いたわ」
「そうなんです。薬草に詳しくて、病気の人にお薬をあげて治したり、川に橋を架けたり、水を引いて田んぼを作ったりもしているんですよ」
「そんな事もしていたの」と馬天ヌルは感心していた。兄が名乗った『東行法師』が、今も貧しい人たちのために働いていると聞いて嬉しかった。
「ここにも時々、帰って来るの?」
「一年に一回は来ます。娘と一緒にのんびりと過ごして、また旅に出て行きます」
「そう。いいマレビト神と出会ったわね」
「はい。神様のお陰です」
 馬天ヌルたちはウタキを巡ったあと、本部ヌルの屋敷でのんびりと過ごしてから、翌日、今帰仁に向かった。
 今帰仁に着いたが、直接、今帰仁ヌルの屋敷は訪ねず、『まるずや』に顔を出すと、ウニタキがいた。
「ちょうどよかったわ」と馬天ヌルはウニタキを見て笑った。
今帰仁ヌルを訪ねても大丈夫かしら?」
「やめた方がいいと思いますよ」とウニタキは言った。
今帰仁ヌルの屋敷には、武寧(ぶねい)の娘の浦添(うらしい)ヌルもいます。浦添ヌルがきっと騒ぐでしょう」
「そうだったの。何となく、いやな予感がしたのよ。あたしが旅をしている事は、山北王は知っているの?」
「知っているようです。湧川大主(わくがーうふぬし)が各地に網を張っていますからね。湧川大主が山北王に知らせたでしょう」
「また、命を狙われるのかしら?」
「それは大丈夫です。前回、中山王が与論島(ゆんぬじま)を奪い取った事で、山北王も中山王を警戒しています。中山王を怒らせたら、何をするかわからないと思っています。ヌルがウタキを巡っているだけなら放っておけと言ったようです」
「そう。助かったわ。でも、今帰仁ヌルに会うのはやめておきましょ」
「わたしの事も知っているの?」と麦屋ヌルがウニタキに聞いた。
 ウニタキは首を振った。
「馬天ヌルの連れは首里のヌルだと思っているようだ。お前の顔を知っている者はいないだろうが、麦屋ヌルを名乗るのは危険だ。名前を変えた方がいい」
「マトゥイヌルでいいわ」と馬天ヌルが言った。
「わしの事は知っているのか」とヂャンサンフォンが聞いた。
「まだ知らないようです。知っていたら、湧川大主は必ず、師匠に教えを請うでしょう。奴も少林拳(シャオリンけん)をやっていて、師匠の名は海賊どもから聞いています」
「この城下には明国の者もいる。なるべく早く、ここから出た方がよさそうじゃな」
「そうですね。ここより、志慶真(しじま)に移った方がいいかもしれません」
「志慶真には志慶真ヌルがいるわ」と馬天ヌルは思い出した。
「長老は亡くなってしまいましたが、歓迎してくれると思いますよ」
 ウニタキが言ったように、志慶真ヌルは馬天ヌル一行を歓迎してくれた。
 亡くなった長老は山北王が、羽地按司、名護按司、国頭按司をないがしろにして、自分だけが交易をしている事を憂(うれ)いていたという。
「中山王のお陰で、三人の按司たちも中山王と交易ができて、本当によかったと申しておりました。これで、今帰仁だけでなく、ヤンバル全体が潤って行くだろうと喜んでおりました。わたしからもお礼を申します」
 志慶真ヌルは馬天ヌルたちにお礼を言って、馬天ヌルたちは村人たちに歓迎され、宴まで設けてくれた。
 志慶真ヌルの話によると、二代目の今帰仁按司の三男が、グスクの搦(から)め手を守るために村を造って、志慶真大主を名乗ったという。亡くなった長老は五代目の志慶真大主で、今は七代目になる。今帰仁按司は何度か入れ替わったが、志慶真大主は滅ぼされる事なく、代々、グスクの搦め手を守り、今帰仁按司を補佐して来たと言った。
「平家の血を引く今帰仁按司は、英祖(えいそ)の息子の湧川按司(わくがーあじ)に滅ぼされたと聞いているけど、その時、どうして、志慶真大主は滅ぼされなかったの?」と馬天ヌルは志慶真ヌルに聞いた。
「その時の戦(いくさ)で、志慶真大主も戦死したそうです。跡を継ぐ息子はまだ五歳で、人質となってグスクで育てられたのです。そして、湧川按司の娘を妻にもらって、志慶真に戻って来たのです」
「成程、湧川按司の娘婿になったのね」
「娘婿になったのは志慶真だけではありません。羽地も名護も国頭も皆、娘婿になったのです」
「そうだったの」
「その後、湧川按司が亡くなったあと、湧川按司に滅ぼされた先代の息子、本部大主(むとぅぶうふぬし)がグスクを奪い取って、今帰仁按司になります」
「その本部大主というのは、本部のテーラーと関係あるの?」
「テーラー様の御先祖様です。グスクを取り戻した本部大主も、湧川按司の息子の千代松(ちゅーまち)にグスクを奪われてしまって、本部大主の孫息子は何とか逃げて、本部の山の中に隠れました。四十年近くも隠れて暮らしていたのです。羽地按司が千代松の息子を倒して今帰仁按司になったあと、ようやく山から出て来て、今帰仁按司に仕えました。山に隠れたのがテーラー様の曾祖父で、隠れたまま亡くなってしまいます。山の中で育った祖父は、サムレー大将として今帰仁按司に仕えました。山の中で必死に武芸の修行に励んでいたそうです。そして、テーラー様の父親もテーラー様も、サムレー大将を務めています」
今帰仁按司も色々な事があったのね」
 次の日、馬天ヌルたちは志慶真ヌルの案内で、今帰仁グスクの近くにあるクボーヌムイ(クボー御嶽)のウタキに入った。安須森と同じように山全体がウタキになっていて、男は入れなかった。ヂャンサンフォン、奥間大親、ゲンの三人は志慶真村に残って、若い者たちを鍛えていた。
 前回に来た時、馬天ヌルは先代の志慶真ヌルに連れられてクボーヌムイに入ったが、神様が言っている事はよく理解できなかった。今回は神様の言う事がはっきりと理解できた。
 クボーヌムイにいる神様は、安須森ヌルの娘の若ヌルだった。安須森が平家の落ち武者に滅ぼされた時、若ヌルだけが生き残って、今帰仁に連れて来られた。琉球の言葉を教えるためと、今帰仁ヌルを育てるためだった。母が殺され、一族も殺され、深い悲しみに耐えながら、按司の娘を一人前のヌルに育て上げた。その後、若ヌルはクボーヌムイに籠もり、母たちの冥福を祈りながら亡くなった。
「封印された安須森を救っていただき、ありがとうございます」と若ヌルは馬天ヌルにお礼を言った。
「お礼は佐敷ヌルに言って下さい。今、ヤマトゥに行っておりますが、来年、ここに来ると思います」
「佐敷ヌル様が安須森ヌルを継いでくださるのですね」
「はい。神様の思し召しで、佐敷ヌルが継ぐ事になりました。佐敷ヌルを守ってあげて下さい」
「勿論、お守りいたします。佐敷ヌル様のお陰で、久し振りに母とお話をする事ができました。本当にありがとうございます。安須森が滅ぼされてから十五年後、わたしは安須森に行った事がございます。麓(ふもと)の村(しま)は跡形もなく、アフリヌルが若ヌルと二人で、粗末な小屋で暮らしておりました。安須森に登ってみましたが、母の声も聞こえず、神様の声も聞こえませんでした。アフリヌルの話だと、あのあと、殺されたヌルたちがマジムン(悪霊)になって暴れていて、安須森には近づけなかったそうです。南部から、凄いシジ(霊力)を持った朝盛法師(とももりほうし)というお方がやって来て、マジムンを封じ込めたそうです。その後、マジムンは消えましたが、神様も消えてしまったのです。アフリヌルは母の形見のガーラダマ(勾玉)をわたしに返してくれました。でも、その時のわたしには安須森ヌルを継ぐ自信がありませんでした。改めて、受け取りに来ると言って、ガーラダマを預けました。わたしはその後、ガーラダマを受け取りには行かず、このウタキに籠もったまま亡くなります。母から聞きましたが、アフリヌルはそのガーラダマを二百年もの間、代々守ってきたと聞いて驚きました。そして、そのガーラダマはあなたの手に渡って、佐敷ヌル様に届けられたと聞きました。安須森が復活したなんて、まるで、夢のようです。以前のように栄えさせてください。佐敷ヌル様もあなた方もお守りいたします」
 馬天ヌルは神様にお礼を言った。
 話を聞いていた運玉森ヌルは、よかったわねと言うように笑った。

 

 

 

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