長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-112.十五夜(改訂決定稿)

 与那原(ゆなばる)が台風にやられてから半月後、与那原グスクのお祭り(うまちー)が行なわれた。
 家や舟を失った人たちも多いので、今年のお祭りは中止しようと与那原大親(ゆなばるうふや)(マタルー)の妻、マカミーは考えたが、グスクに避難している人たちは、こんな時だからこそ、お祭りはやるべきだと言い、各地から救援に駆けつけてくれた人たちにもお祭りを見せて、感謝を伝えなければならないと言った。運玉森(うんたまむい)ヌルもヂャンサンフォン(張三豊)もやった方がいいと言ったので、マカミーはユリたちと相談して、やる事に決めた。
 準備をしていたユリ、シビー、ハル、それに女子(いなぐ)サムレーたちは忙しかった。ユリたちと女子サムレーたちも台風の後片付けを手伝って、炊き出しなどもやっていた。それと同時にお芝居の稽古にも励んで、何とか、準備を間に合わせたのだった。
 お芝居の演目は『運玉森のマジムン屋敷』だった。一昨年(おととし)に演じて、今回が二度目だったので、女子サムレーたちも難なくやりこなした。旅のサムレーがマジムン(魔物)を退治する話で、前回よりも面白い場面が多く、子供たちが大喜びしていた。
 旅芸人たちもやって来て、『舜天(しゅんてぃん)』を演じて喜ばれた。ウタキ(御嶽)巡りをしていた馬天(ばてぃん)ヌルの話だと、中グスクの北に舜天の子孫たちが住んでいて、旅芸人たちに『舜天』のお芝居を観せてくれと頼んだらしい。四月にヤンバル(北部)から帰って来た旅芸人たちは、首里(すい)の本拠地で『舜天』の稽古に励み、今回が初演だった。まだちょっとぎこちない場面が目立ったが、回数をこなせば、素晴らしい出し物になるだろう。
 お祭りの頃には台風の後片付けも終わって、あとはつぶれた家の再建だった。あとの事はマカミーに任せて、助っ人に来ていた人たちは皆、引き上げて行った。ユリたちも島添大里(しましいうふざとぅ)に帰って来たが、その翌日には、平田グスクのお祭りの準備のために平田に向かった。
 その頃、島添大里グスクでは、サスカサ(島添大里ヌル)が中心になって、十五夜(じゅうぐや)の宴(うたげ)の準備が進められていた。去年、サスカサはヤマトゥ(日本)の将軍様の御所で行なわれた十五夜の宴に参加して、その華やかな催し物を『月の神様』を祀る島添大里グスクでも行なおうと決めたという。サスカサは毎月、満月の時にはお祈りをしているが、八月の満月は『中秋の名月』と呼ばれて特別なので、大々的にやりたいと言った。
 先代のサスカサだった運玉森ヌルもマチとサチを連れてやって来て、馬天ヌルも麦屋(いんじゃ)ヌル(先代与論ヌル)とカミーを連れてやって来た。サスカサは馬天ヌル、運玉森ヌルと相談して儀式の事などを決めていた。ナツとメイユー(美玉)も手伝って、佐敷ヌルの屋敷に滞在しているリェンリー(怜麗)、ユンロン(芸蓉)、スーヨン(思永)も手伝った。メイファン(美帆)はチョンチ(誠機)を残して浮島(那覇)に帰り、時々、チョンチに会いに来ていた。サハチ(中山王世子、島添大里按司)も儀式の時に一節切(ひとよぎり)を吹いてくれとサスカサに頼まれて、曲を儀式に合わせるための稽古に励んだ。
 八月十五日、中山王(ちゅうざんおう)の思紹(ししょう)は東行法師(とうぎょうほうし)の格好でヂャンサンフォンを連れて来た。サングルミー(与座大親)とソンウェイ(松尾)が一緒にいた。
 思紹は二胡(アフー)の調べが気に入って、時々、サングルミーを龍天閣(りゅうてぃんかく)に呼んでは二胡を聞いているらしい。今回も、月見の宴に二胡の調べはぴったりだと言って連れて来たようだ。
 ソンウェイはンマムイ(兼グスク按司)に連れられてヂャンサンフォンと会い、一か月の修行を積むつもりでいたが、台風が来たため、ヂャンサンフォンと一緒に復旧作業に従事していた。避難民のために働いていたせいか、ヂャンサンフォンと一緒にいるせいか、ソンウェイの顔付きが変わっていた。いつも苦虫をかみ殺したような顔をしていたのに、眉間(みけん)のしわが消えていた。リンジェンフォン(林剣峰)の配下として数々の悪事をやって来た毒気が、少しづつ取れて行くような気がした。
 マチルギも準備の様子を見に来ていて、楽しみにしていたが、思紹が来てしまったので、留守番をしなければならなくなったようだ。龍天閣から満月を見上げて、悔しがるに違いない。
 二の曲輪(くるわ)を囲む石垣に赤い幕を張って、石垣の上に明国(みんこく)の灯籠(ドンロン)(提灯(ちょうちん))をいくつも並べた。庭にはコの字形に茣蓙(ござ)を敷いて、月がよく見える西側を上座にして、思紹やヂャンサンフォン、慈恩禅師(じおんぜんじ)、サハチの側室たちと子供たち、サグルー夫婦、イハチ夫婦、チューマチ夫婦たちが座って、左右に家臣たちが座った。平田に行っていたユリたちも戻って来て、女子サムレーたちと一緒に参加した。ウニタキ(三星大親)夫婦もファイチ(懐機)夫婦も子供たちを連れて来た。
 日が暮れると、サハチが吹く一節切が静かに流れ出した。
 満月が東の空から昇り始めた。雲に隠れる事もなく、見事な満月だった。
 サスカサを中心にヌルたちが、一の曲輪内にある『月の神様』を祀るウタキで祈りを捧げた。二の曲輪にいる者たちも両手を合わせて、お月様に祈った。
 やがて、ヌルたちが二の曲輪に現れて、神歌(かみうた)を歌い始めた。サハチの吹く一節切に合わせて、カミーが舞い始めると、マチとサチも続いて、麦屋ヌルが優雅に舞い、運玉森ヌルも華麗に舞った。ヌルたちはヒレ(領巾)と呼ばれる細長くて綺麗な薄絹を肩から提げていて、そのヒレがヌルたちの舞をさらに美しく彩っていた。
 笛の調べが変わった。サハチが横笛を吹き始め、軽快な調べとなって、それに合わせてサスカサが舞い始めた。カミー、マチ、サチ、麦屋ヌル、運玉森ヌルは輪になってしゃがみ、その中でサスカサは蝶のように舞っていた。カミーがサスカサに合わせて舞い始めると、マチ、サチ、麦屋ヌル、運玉森ヌルが続いて、両手を合わせて月を見上げ、神歌を歌っていた馬天ヌルも静かに舞い始めた。
 月明かりの下で、幻想的な天女の舞が繰り広げられ、サハチの吹く笛は少しづつ高音になっていき、「ピー」という高音のまま消えた。
 突然、辺りが暗くなった。
 空を見上げると、月が雲に隠れていた。
 石垣の上に並べられた灯籠が灯されて明るくなった。すでに、ヌルたちの姿は消えていた。
 夢でも見ていたのかと空を見上げると、雲間から月が顔を出した。
「儀式は終わりです。皆様、宴(うたげ)を楽しんでください」とサスカサが現れて言った。
 指笛が飛んで、喝采が起こった。
 侍女たちによって酒と料理が配られ、宴が始まった。
 サハチが席に戻ると、「凄いわ」とナツもメイユーもハルも言った。
「お月様がうまい具合に隠れてくれたので、成功したんだよ。感謝しなければな」とサハチはお月様に両手を合わせた。
 思紹に言われて、サングルミーが二胡を持って庭の中央に出た。皆が拍手をして迎えた。サングルミーは照れながら頭を下げて、二胡を弾き始めた。
 美しく切ない調べは月夜にぴったりだった。
 サハチはかつて、ここで行なわれた戦(いくさ)を思い出していた。サハチは参戦していなかったが、汪英紫(おーえーじ)(先代の山南王)がここを攻めた時、大勢の者たちが亡くなった。多分、それ以前にも、大きな戦があったのだろう。ここで戦死していった名もなき兵士たちの霊が、サングルミーの二胡によって、慰められているような気がした。
 サングルミーの演奏が終わると、
「朝鮮(チョソン)で手に入れたヘグム(奚琴)が泣いています」とファイチが言った。
「何かと忙しくて、ヘグムの稽古を忘れていました。わたしも頑張らなければなりません」
「サングルミーに負けるなよ」とウニタキがファイチの肩をたたいた。
「今の曲を聴いていたら、また明国に行きたくなってきたな」
「ああ」とサハチはうなづいて、「楽しかったな」と言った。
 サングルミーのあとに、ヂャンサンフォンがテグム(朝鮮の横笛)を披露した。竹でできている長い笛なので、一節切と音色が似ていた。与那原グスクでは毎晩、ヂャンサンフォンが吹くテグムの調べが流れて、今日も一日が無事に終わったと皆が感謝しながら聴いていた。台風の避難民たちもヂャンサンフォンのテグムに励まされているという。
 月を見上げると、満月が笑っているように見えた。
 ウニタキが娘のミヨンと三弦(サンシェン)と歌を披露して、サハチの子供たちが横笛を披露して、メイユーたちも横笛を披露した。ユリの横笛に合わせて、女子サムレーたちが軽やかに舞い、ハルも『かぐや姫』の一場面を演じて拍手を浴びた。
 十五夜の宴は大成功に終わった。
「来年は首里でもやりましょう」と馬天ヌルが思紹に言って、
「そうじゃな」と思紹も笑ってうなづいた。
 九月十日、平田のお祭りも無事に終わった。シビーもハルも佐敷ヌルの代わりを必死になって務めていた。その日、島添大里グスクでは、ナツがサハチの五女を産んだ。母親も娘も無事だった。可愛い娘はサミガー大主の母親、我喜屋(がんじゃ)ヌルの名前をもらって、『マカマドゥ(真竈)』と名付けられた。
「お母さんに似た美人になって、立派な女子サムレーになれよ」とサハチはマカマドゥに言った。
「あら、この子は王様(うしゅがなしめー)のために、どこかの按司に嫁がせるんじゃなかったのですか」とナツが聞くと、
「こんな可愛い子をよその男にやれるか」とサハチは言った。
 真面目な顔をして言うので、ナツはメイユーと顔を見合わせて、クスクスと笑った。
 九月の半ばには与那原の復興も終わって、避難民たちも我が家に落ち着いた。
 九月の下旬には首里グスクの北曲輪(にしくるわ)の石垣が完成した。土塁から石垣に変わって、見栄えは断然よくなり、今帰仁(なきじん)グスクに負けない立派なグスクになった。サハチは石屋のクムンたちを遊女屋(じゅりぬやー)『宇久真(うくま)』に招待して、みんなの苦労をねぎらった。
 十月の半ば、馬天浜のお祭りはいつもよりも盛大に行なった。速いもので、サミガー大主(うふぬし)が亡くなってから十年の月日が経っていた。各地のウミンチュ(漁師)たちを招待したので、サミガー大主が亡くなった時のように馬天浜は小舟(さぶに)で埋まり、夜遅くまで、お祭り騒ぎが続いた。サハチも浜辺に座り込んで、ウミンチュたちとの酒盛りを楽しんだ。
 舞台では、『サミガー大主その一』と『その二』が続けて演じられ、中部を旅していた旅芸人たちも帰って来て、『瓜太郎(ういたるー)』を演じた。
 ハルとシビーがヤマトゥの着物を着て、舞台の進行役をやっていて、二人の掛け合いが面白く、皆を笑わせていた。佐敷ヌルがいなくて、お祭りは大丈夫だろうかと心配していたサハチも、二人を見ながらすっかり安心していた。ハルは佐敷ヌルの代わりを務めるために、島添大里にやって来たのではないかとさえ思えた。女子サムレーになりたいと言って、メイユーの弟子になったシビーも、お祭りの魅力に取り憑かれて、佐敷ヌルの跡を立派に継いでくれそうだった。
 馬天浜のお祭りの翌日、メイユーたちが帰って行った。メイファンの屋敷の留守番をしていたリェンリーの父親のラオファン(老黄)も帰った。ラオファンはすでに七十五歳になり、故郷が恋しくなったらしい。ソンウェイはずっとヂャンサンフォンのもとで修行を積んでいたようだ。
「ヂャンサンフォン殿のお陰で、わしは生まれ変わりました。三姉妹と共に新しい生き方を始めるつもりです。来年もまた来ます。約束は果たしますので、楽しみに待っていてください」
 ソンウェイはサハチにそう言った。確かに生まれ変わったようだった。今のソンウェイならサハチも信じられると思った。
「無理はするなよ。鉄炮を積んだ軍船は欲しいが、師弟(シーデイ)を失いたくはない」
 ソンウェイは笑って、「わかりました。師兄(シージォン)」と言って、小舟に乗り込んだ。
「いい仲間ができたわ」とメイユーがソンウェイを見ながらサハチに言った。
「ヂャンサンフォン殿のお陰だな」
「そうね。みんな、お師匠の弟子だから裏切れないわ」
「そうだな。今年も旧港(ジゥガン)(パレンバン)まで行くのか」
「勿論よ」
「俺も一緒に行きたいよ」
「一緒に行けるといいわね」
「ああ、また、旅に出たくなってきた」
「王様が健在なうちに、旅に出た方がいいんじゃないの?」
「そうだな。三人の王様が同盟を結んでいる今なら行けるかもしれないな。親父と相談してみるよ。いや、親父に相談したら、わしの方が先じゃと言い出すだろう。マチルギも京都に行ってみたいと言っているしな。琉球を統一するまでは無理かもしれんな」
「ナツも京都に行きたいって言っていたわ」
「ナツはマカマドゥが大きくなるまでは無理だな」
「あたしもあんな可愛い娘が欲しいわ」
「娘に跡を継がせるのか」
「そうね。あたしたちの代で終わらせるわけにはいかないものね」
 メイユーは手を振って小舟に乗り込んだ。
 三姉妹の船を見送ると、
「一緒に行きたかったな」とウニタキが言った。
「チョンチの奴、すっかり琉球の言葉を覚えてしまいました」とファイチが言った。
「俺の子供たちもチョンチのお陰で、明国の言葉を覚えたようだ。子供は物覚えが速いよ」
「ミヨンもファイチの奥さんから教わって、かなりしゃべれるようだ」とウニタキは言った。
「これからはヤマトゥ言葉だけでなく、明国の言葉も子供たちに教えた方がいいかもしれんな」とサハチは言った。
「お寺(うてぃら)で教えるのか」とウニタキが聞いた。
「ああ、ミヨンに教えてもらおうか」
「まだ、人に教えるほどじゃない」とウニタキは笑った。
「話は変わるが、シタルー(山南王)の様子がおかしいぞ」とウニタキは言った。
 小さくなった三姉妹の船を見ていたサハチはウニタキを見て、
「シタルーが何かをたくらんでいるのか」と聞いた。
「そうじゃなくて、毎晩、うなされているようだ。シタルーのもとには、俺の配下の女が二人、側室として入っている。一人はシタルーが中山王に送った側室のお返しとして、六年前に側室になったマクムだ。マクムは娘を一人産んで、今、その娘は五歳になる。もう一人は、ハルのお返しとして去年に贈ったマフニだ。二人ともシタルーがうなされているのを見ているんだ」
「悪い病(やまい)にでも罹ったのか」とサハチは聞いた。
「病じゃない。親父の亡霊にうなされているようだ」
「親父の亡霊?」
 ウニタキは真面目な顔でうなづいた。
「最初は二人とも、悪い夢を見たのだろうと気にも止めなかったようだが、度々起こって、ある時、寝言を言ったそうだ。『親父が造った島添大里グスクは必ず取り戻す』そう言ったそうだ」
「なに、島添大里グスクを取り戻す?」
首里グスクではなくて、島添大里グスクですか」とファイチが聞いた。
 ウニタキはうなづいた。
「シタルーの親父は首里グスクの事は知らないのだろう」
「その寝言だが、シタルーに教えたのか」とサハチは聞いた。
「いや、寝言を聞いたのはマクムで、シタルーには言っていない。また、うなされていたと言っただけだ」
「そうか。それで、シタルーの反応はどうなんだ? 島添大里グスクを奪い返すつもりなのか」
「今の所はそんな気配はないようだ。だが、毎晩、親父が夢に出て来て、シタルーを責めれば、本気になるかもしれない。首里グスクより先に島添大里グスクを攻め取ろうと考えるかもしれんな」
「攻め取ると言っても、あのグスクはそう簡単には落とせないぞ」
「シタルーは石屋を送って来ただろう。その石屋が石垣に細工をしたとは考えられないか」
「まさか‥‥‥あいつはそんな事はしないだろう」
「気を付けた方がいいぞ」
 サハチはうなづいた。
 島添大里グスクに帰ると、石垣を点検してみたが、怪しい所は見つからなかった。石垣ではないとすると、グスク内にいるハルか二人の侍女を使って、門を開けさせるつもりかと考えた。門を開けさせたとしても、グスク内には守備兵が常に百人はいる。それらを倒すには、グスクを百人以上の兵で包囲しなければならなかった。武装した百人以上の兵が動けば、すぐにウニタキの配下から知らせが入り、待ち構えて倒す事ができる。
 シタルーはどうやって、このグスクを落とすつもりなのだろうか。
 サスカサに頼んで、ウタキも調べてもらった。女子サムレーたちを連れて、くまなく調べたが、抜け穴らしいのは見つからなかった。
 サハチはひとまず安心したが、一応、ハルにも聞いてみた。
「山南王(さんなんおう)がこのグスクを攻め取ろうとしているらしいが知っているか」とサハチが聞くと、
「ええっ!」と言って、ハルは目を丸くした。
「どうして、山南王がここに攻めて来るんですか」
「このグスクは山南王の親父さんが造ったグスクなんだよ。この二階建ての屋敷もそうだし、あちこちに飾ってある絵や壺も山南王の親父さんが明国から持って来た物なんだ。それで、山南王は取り戻そうと考えているようだ」
「そうだったのですか」とハルは屋敷内を見回して、「按司様(あじぬめー)が奪い取ったのですね」と言った。
「そういう事だな。山南王が攻めて来るとしたら、どんな手を使うと思う?」
「あたしたちに門を開けさせるのかしら?」
「誰かがお前にそんな指令を持って来た事があるのか」
 ハルは首を振った。
「でも、アミーさんなら忍び込んで、あたしに命令するかもしれません」
「アミーがどこから忍び込むというのだ?」
「東曲輪(あがりくるわ)です。佐敷ヌル様の屋敷の裏から忍び込めます」
「何を言っているんだ。あそこは崖だぞ。登れるわけがない」
「佐敷ヌル様の屋敷のそばに物見櫓(ものみやぐら)がありますが、あそこは非常時以外、見張りの兵はいません。外から石垣に登って、石垣に取り付いたまま、佐敷ヌル様の屋敷の裏まで移動して、忍び込むのです」
「どうして、お前がそんな方法を知っているんだ?」
「このグスクを守るために、あたしなりに調べました。アミーさんだったら、どうやって忍び込むだろうって考えたのです」
 サハチはハルと一緒に東曲輪の外に出てみた。石垣の高さは二丈(約六メートル)近くもあった。物見櫓が見える所まで来て、さらに進むと険しい崖になっていた。
 ハルは懐(ふところ)から鉤(かぎ)の付いた縄を取り出して、石垣を目掛けて投げ付けた。鉤が石垣の上部に引っ掛かった。
「お前、いつも、そんな物を持ち歩いているのか」とサハチは驚いてハルに聞いた。
「いつ何が起こるかわかりません。お守り代わりに持っています」とハルは笑った。
 まるで、ウニタキのようだと思い、サハチはハルを見て笑った。
 ハルは縄に取り付くと素早く石垣を登って、一番上に手を掛けると、そのまま右側に移動して、サハチに登るように言った。
 サハチは縄を頼りに石垣に登って、一番上に手を掛けた。
「行きますよ」と言って、ハルは石垣にぶら下がったまま右の方に移動した。サハチもハルのあとを追った。下を見ると険しい崖で、落ちたら死ぬだろう。
 佐敷ヌルの屋敷の裏まで行くと、ハルは石垣の上に登って、サハチが来るのを待った。
 サハチも石垣の上に登って、鉤付き縄をハルに返した。
 ハルは笑って鉤付き縄を受け取ると、その縄を使ってグスク内に潜入した。サハチもあとを追った。
「まいったな」とサハチは言った。
「簡単に潜入できるな」
「物見櫓の上に常備、兵を置けば防げます」とハルは言った。
「夜は防げんだろう」
「篝火(かがりび)でも焚いて明るくするしかないですね」
 佐敷ヌルの屋敷の裏から出ると、娘たちの剣術の稽古が始まる所だった。
「あたしも教えなくちゃ」と言って、ハルは佐敷ヌルの屋敷に入って、木剣を持って娘たちの所に行った。
 サハチは物見櫓に登って、石垣の外を眺めた。ここに見張りの兵がいれば、アミーも石垣には近づけないだろう。しばらくの間、交替で見張りをここに立たせようと決めた。
 サハチは西曲輪(いりくるわ)の方を見た。同じやり方で、西曲輪のサムレー屋敷の裏から潜入する事ができると思った。サハチは一の曲輪を見た。石垣をずっと伝わって行けば、一の曲輪の屋敷の裏にも潜入できた。西曲輪にも物見櫓を造って、石垣の外を見張らせなければならないと思い、すぐに実行に移した。
 三日後、今年二度目の進貢船(しんくんしん)が船出して行った。
 正使は宇座按司(うーじゃあじ)の長男のタキだった。タキは山南王の正使として三度、明国に行っていた。大グスク大親の讒言(ざんげん)によって、山南王のもとを離れる事になり、中山王に仕える事になった。タキの妻は中山王の重臣の中北大親(なかにしうふや)の娘で、中北大親は娘婿のタキが戻ってくれた事を喜んでいた。タキは名前を改め、島尻大親(しまじりうふや)を名乗って中山王の正使となった。副使は去年、サングルミーの副使を務めた末吉大親(しーしうふや)、サムレー大将は伊是名親方(いぢぃなうやかた)、従者として行ったのは中山王の重臣の倅たちだった。

 

 

 

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