長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-150.慈恩寺(第二稿)

 五月四日、梅雨が明けた青空の下、国場川(くくばがー)でハーリーが賑やかに行なわれた。戦(いくさ)の後始末も終わり、二年振りに三人の王様の龍舟(りゅうぶに)も揃う事もあって、観客たちが大勢やって来た。
 シタルー(先代山南王)はいなくなったが、新しい豊見(とぅゆみ)グスク按司は兼(かに)グスク按司だったジャナムイなので、思紹(ししょう)は警戒して行かなかった。ジャナムイの妻は滅ぼされた中グスク按司の娘だった。父親は南風原(ふぇーばる)の合戦で戦死し、弟の若按司は中グスクで戦死して中グスクを奪われた。思紹に恨みを持っているかもしれなかった。
 サハチはヒューガに頼んで船を出してもらい、船の上から観戦した。ルクルジルー(六郎次郎)たちと愛洲次郎(あいすじるー)たちも乗っていて、ササたちも一緒だった。やはり、海から見た方がよく見えた。若ヌルたちはキャーキャー騒ぎながら楽しんでいた。今年の優勝は久米村(くみむら)だった。南部で戦をやっている間に稽古に励んでいたようだ。
 ハーリーを観戦したあと、ヒューガの船はキラマ(慶良間)の島に向かった。
 島のヌル、タミーと交代するヌル、ジニーが乗っていた。ジニーは平田のサムレーの娘で、ヌルになりたいと言って、馬天ヌルのもとで修行に励んでいた。
 ジニーはササを見ると、
「お師匠」と呼んだが、ササには誰だかわからないようだった。ジニーが説明したら思い出したらしく、
「あなた、どうしてヌルになったの?」と聞いた。
「ササ様に憧れて、ヌルになったのです。今年はササ様たちがヤマトゥに行かないので、首里(すい)のヌルたちが行く事になったのですが、わたしは選ばれませんでした。それで、キラマの島で修行を積もうと思ったのです」
「そうだったの。あの島のヌルになるのね。みんなを励ましてやってね」
「はい。ササ様のような立派なヌルになります」
「ササの弟子だったのか」とサハチが聞いた。
「最初は平田で剣術を習っていたんだけど、強くなりたいって言って、佐敷まで毎日通っていたのよ」とササが笑った。
「あの頃は女子(いなぐ)サムレーになるって張り切っていたわね」
「普通の人はヌルにはなれないって諦めていたのです。でも、フカマヌル様に相談したら、馬天ヌル様に紹介してくれて、ヌルの修行をする事ができました。修行に励んだのですけど、やはり、幼い頃から修行を積んだ人にはかなわなくて‥‥‥」
「島のヌルのタミーと一緒だな」とサハチが言った。
「タミーさんはキラマの島で、スサノオの神様の声を聞きました。わたしもタミーさんのようになりたいのです」
「島での暮らしは厳しいが、大勢の仲間がいる。頑張れよ」とサハチは励ました。
 キラマの島々に近づくと、その景色の美しさにルクルジルーたちと愛洲次郎たちは感激していた。
「ユキからも、親父からもキラマの島には絶対に行って来いって言われました。言葉に表せないほどに美しい。来られてよかったです」とルクルジルーは嬉しそうに言った。
 島に上陸して、マニウシ夫婦に挨拶をした。ルクルジルーたちと愛洲次郎たちは稽古に参加して、若者たちを鍛えた。シンシンとナナは若ヌルたちを連れて、娘たちの稽古に参加した。
 サハチとササはジニーを連れて、タミーと会った。新しい島のヌルを連れて来たと言ったら、タミーは驚いた顔をしてジニーを見てから、
「あたし、帰れるんですね」と大喜びをした。
 サハチがササを紹介すると、
「立派になられましたね。ササ様の活躍は佐敷ヌル様(安須森ヌル)から伺いました。毎年、ヤマトゥに行っているそうですね」と言った。
「以前に会ったかしら?」とササはタミーに聞いた。
「わたしは佐敷の生まれで、ヌルになる前は島添大里(しましいうふざとぅ)の女子サムレーでした」
「あら、そうだったの」とササは首を傾げた。
「旅芸人のフクと同期だったな。フクは去年、この島に来たトラの息子を産んだぞ」とサハチが言った。
「えっ、フクが子供を産んだのですか?」とタミーは信じられないといった顔でサハチを見た。
「去年の暮れに産んだんだ」
「それじゃあ、旅芸人は辞めたのですか」
「いや、辞めてはいない。舞姫たちの指導的な立場にいる。やがてはお芝居の台本を書くって張り切っているよ」
「そうなのですか。帰ったらフクに会いに行きます」
「今、旅芸人たちは旅に出ているよ。お前も帰ったら旅に出なくてはならない」
「えっ、わたしはまたどこかに行くのですか」
「ヤマトゥ旅よ」とササが言った。
「えっ!」とタミーはまた驚いて、目を丸くしてササを見た。
「あたしは今年、ヤマトゥに行かないの。スサノオの神様の声を聞いたあなたがあたしの代わりにヤマトゥに行って、スサノオの神様に挨拶をしてね」
「えっ、そんな‥‥‥わたしにそんな重大な事なんてできません」
「大丈夫よ。スサノオの神様があなたを選んだのよ。あなたがヤマトゥに行けば歓迎してくれるわ」
「わたしがヤマトゥ旅‥‥‥いつかは行ってみたいと思って、ヤマトゥ言葉のお稽古は続けていました。この島から出るだけでも嬉しいのに、ヤマトゥ旅に行けるなんて、まるで、夢でも見ているようです」
「ササから色々と聞いて、楽しい旅をしてきてくれ」とサハチは言ってから、「あのあと、神様の声は聞いたのか」と聞いた。
「ユンヌ姫様は時々、いらっしゃいます」
「あっ!」とササが叫んだ。
「どうした?」とサハチはササを見た。
「あたしが行かないと、ユンヌ姫様もヤマトゥに行けないわ」
「大丈夫よ」とユンヌ姫の声が聞こえた。
「波之上(なみのえ)の熊野権現(ごんげん)はお祖父(じい)様(スサノオ)をお祀りしているわ。あそこに熊野権現を勧請(かんじょう)したのは桜井宮(さくらいのみや)で、二百年近くも前だけど、まだ熊野とはつながっていなかったの。でも、去年、お祖父様が琉球にいらしたので、波之上の熊野権現はヤマトゥの熊野とつながったの。神様の通り道ができたのよ。お祖父様に関係のある神様はその道を通って、いつでも熊野まで行けるのよ」
「このガーラダマに憑(つ)いて行かなくても大丈夫なのね」
「そうよ。ササが行かなくてもヤマトゥに行けるのよ」
「タミーを守ってやってね」
「任せてちょうだい」
「でも、九月には帰って来てね。一緒に南の島を探しに行くのよ」
「わかっているわよ。あたしも楽しみにしているの。必ず、帰って来るわ」
「ありがとう」とササがお礼を言うと、
「お願いいたします」とタミーがユンヌ姫に言った。
 ササはタミーを見て笑った。
 サハチ、ササ、タミーが神様と話しているのを見ていたジニーは、ヂャンサンフォンに教わった呼吸法をしながら心を澄ませていたが、神様の声は聞こえなかった。
「今度、島のヌルになるジニーよ。見守ってやってね」とササはユンヌ姫に頼んだ。
「任せて。その娘はサーダカ生まれ(生まれつき高い霊力を持っている)よ。でも、使い方を忘れてしまっているの。ヂャンサンフォンのもとで修行を積んだので、あともう少しで取り戻せるわ。二、三年したら、ササの仲間に入れるわよ」
「よろしく、頼むわね。そう言えば、麦屋(いんじゃ)ヌルがあなたのガーラダマを持っていたんだけど知っていたの?」
「勿論、知っているわ。麦屋ヌルも首里(すい)に行って、馬天ヌルのお陰で、大分、シジ(霊力)が高くなったわ。あともう少しで、あたしの声が聞こえるようになるわ」
 タミーはジニーを連れて、島を案内した。サハチとササは若者たちの指導をして一汗かいた。
 その夜、ジニーの歓迎と島を離れるタミーの送別の宴(うたげ)が開かれた。修行中の若者たちも加わって、タミーとの別れを惜しんだ。若者たちの面倒をよく見ていたらしく、泣きながら別れを告げている者も多かった。
 タミーは島で暮らした五年の月日を思い出していた。色々な事があったが、この島に来て、本当によかったと思っていた。去年、スサノオの神様の声を聞いてから、ヤカビムイの神様の声も聞こえるようになって、島の歴史も教わった。ササ様の代わりはできないけど、ヤマトゥに行って、スサノオの神様にお礼を言わなければならないと思っていた。
 若者たちが引き上げて行ったあと、サハチたちは師範たちと一緒に酒盛りを始めた。
按司様(あじぬめー)が毎年、来るようになって、修行者たちも張り切るようになっています」と女師範のレイが言って、サハチに酒を注いでくれた。
「そう言えば、ここのところ毎年来ているな」
「去年は旅芸人たちも来てくれたので、修行者たちもわたしたちも、いい息抜きができました」
「そうか。今年も来るように言っておこう」
「お願いします。修行者たちも喜びます」
「ユーナは元気にしてますか」とアミーがサハチに聞いた。
「みんなに歓迎されて島添大里の女子サムレーに戻ったよ。豊見グスクに行って、父親とも再会したんだ。父親はお前もユーナも死んだと思っていたらしい。生きていると知って喜んでくれたようだ」
「ユーナが父と会ったのね」
「お前だって、会う気になれば会えるぞ」
 アミーは笑って、「もうしばらく、ここにいます」と言った。
「ここにいるのが楽しいのです。何も知らないでこの島に来た娘が厳しい修行を積んで、成長して行く様子を見るのが楽しいのです。成長した娘たちを送り出す時は感激して涙が出る事もあります。娘たちに感謝されて、うれし涙が知らずに出て来るのです」
「それがあるから、わたしたちも辞められないのよ」とレイが笑った。
 マニウシから話があると言われて、サハチはマニウシと一緒にその場から離れて、海辺に行って腰を下ろした。
「わしも六十を過ぎてしまった」とマニウシは言った。
「そろそろ引退して久高島に帰ろうかと思っているんじゃ」
「えっ!」とサハチは驚いた。
「この島に来て、もうすぐ二十年になる。この島はいい所じゃ。ずっとここにいてもいいんじゃが、久高島の外間(ふかま)家を守らなくてはならんのじゃ。久高島の事は姪のフカマヌルに任せっきりじゃ。そろそろ、島に帰って、外間家としてのお勤めを果たそうかと思っているんじゃよ」
「そうでしたか。二十年も御苦労様でした」
「わしはこの島の師範を倅に継いでほしいと思っているんじゃが、二人の倅は首里のサムレー大将を務めているので、この島に来たがらないかもしれん。按司様から倅たちに聞いてみてくれんか」
「わかりました。聞いてみます。二人が駄目だったら、親父と相談して、誰かを任命しますよ。来年、この島に来る時、後継者を連れて来ます」
「頼む。そうと決まれば一年間、思い残す事がないように頑張れます」
「本当に二十年間も御苦労様でした。この島で修行した者たちは皆、集まれば懐かしそうにこの島の事を話しています。奴らにとって、ここは第二の故郷といえるでしょう。今の中山王を支えているのはここで育った者たちです。首里の重臣にもなれたのに、島に戻って来たマニウシ殿には本当に感謝しています」
「そんな丁寧にお礼を言われたら照れるわい。さて、みんなの所に戻って酒を飲もう」
 サハチたちは三日間、島でのんびりと過ごした。ルクルジルーは対馬の若者たちも、どこかの島で鍛えようと言っていた。


 キラマの島から帰って来たら、伊敷(いしき)グスクに滞在していた山北王(さんほくおう)の兵たちは今帰仁(なきじん)に帰っていた。ヤマトゥの商人たちもほとんどが帰っていて、浮島は閑散としていた。
 そんな浮島に去年の九月に送った進貢船(しんくんしん)が帰って来た。チューマチと浦添按司(うらしいあじ)の次男のクジルーが無事に帰国した。
 いい旅だったと喜んだ二人は、留守の間に戦があった事を教えると驚いた顔をして、チューマチは妻のマナビーを心配した。
「マナビーは元気だ。心配ない」とサハチは笑って、南部で起きた戦の事を簡単に話した。
 正使の南風原大親(ふぇーばるうふや)はタブチが戦死したと聞いて、信じられないと何度も首を振っていた。タブチが二度目の正使を務めた時、副使を務めた南風原大親はタブチから色々な事を学び、まだ学びたい事がいっぱいあったのにとタブチの死を悲しんだ。
 その夜の会同館(かいどうかん)での帰国祝いの宴は、タブチを忍ぶ宴になった。誰もが惜しい人を失ったと悲しみ、タブチとの思い出を語り合って、夜遅くまで酒を酌み交わした。悲しんでいる人たちを見て、嘘を突き通すのは辛かったが、今はまだ、タブチが久米島(くみじま)にいる事は隠しておかなければならなかった。
 五月の半ば、ルクルジルーたちはヤマトゥに帰って行った。
琉球に来て、本当によかったです。学ぶべき事が色々とありました。帰ったら親父と一緒に対馬を統一します」とルクルジルーは目を輝かせて言った。
 サハチはうなづいた。
「お前ならやれるさ。俺も琉球を統一するために頑張るよ。イトとユキ、ミナミと三郎によろしく伝えてくれ」
 佐敷大親(さしきうふや)の次男のヤキチと中グスク按司の長男のマジルーが、去年も行ったシビーの兄のクレーと一緒にヤマトゥ旅に出た。
 愛洲次郎は帰らなかった。九月にササと一緒に南の島を探しに行くという。そんなにのんびりしていて大丈夫なのかと聞くと、自分は次男なので気楽なものですと笑った。
 同じ日、ヤマトゥへ行く交易船と朝鮮(チョソン)に行く勝連船(かちりんせん)も船出した。交易船の総責任者は手登根大親(てぃりくんうふや)(クルー)で、正使はジクー禅師、副使はクルシ、サムレー大将は首里九番組の外間之子(ふかまぬしぃ)と島添大里二番組の古堅之子(ふるぎんぬしぃ)だった。
 ササたちが行かないので、ヌルは毎年行っているユミーとクルー、そして、越来(ぐいく)ヌルのハマ、タミー、首里のアサカヌルとタマカジヌルが行く事に決まった。タミーはササから、博多の近くにある豊玉姫(とよたまひめ)様のお墓と京都の船岡山の場所を教わり、この二つは絶対に行ってねと言われた。高橋殿の事も教わって、「あなたが御台所様(みだいどころさま)(将軍義持の妻、日野栄子)に会えるかどうかはわからないけど、あとは成り行きにまかせればいいわ。わからない事はユンヌ姫様に聞きなさい」と言われた。
 ヤマトゥの都を夢見ながら、希望に胸を膨らませてタミーは旅立って行った。
 馬天浜でルクルジルーたちを見送ると、サハチは佐敷グスクに行って、佐敷大親から八代大親(やしるーうふや)の事を聞いた。八代大親はサハチの弓矢の師匠だった。思紹が佐敷按司になった時から思紹に仕えて、佐敷の重臣を務めてきた。数年前に隠居したと聞いているが、サハチは頼みたい事があった。
 八代大親の名を倅に譲り、頭を丸めて八代法師を名乗って、気ままに旅をしているようだと佐敷大親は言った。倅の八代大親ならグスクの裏にある的場にいるだろうと言うので行ってみた。 
 グスクの裏にある的場は、ヤマトゥから帰って来たサハチがマチルギのために作った的場だった。もう三十年近くも前の事だった。佐敷のサムレーたちが今でも、この的場を使っている事が嬉しかった。
 八代大親は的場で弓矢の稽古に励んでいた。八代大親はサムレー大将を務めていて、父親譲りの弓矢の名人だった。弓矢を弾く姿が、父親によく似ていて、玻名(はな)グスク攻めでも活躍していた。父親の事を聞くと、隠居した当初はあちこち旅に出ていたが、最近は旅もしなくなったという。
「毎日、海に出て釣りをしています。わたしにはよくわかりませんが、弓を射る呼吸と魚を釣る呼吸はよく似ていると言っています。今日は天気がいいので海に出ていると思います」
 サハチは八代大親にお礼を言って、また馬天浜に戻った。天気がいいので、海にはいくつもの小舟(さぶに)が浮かんでいた。ウミンチュたちに八代法師の事を聞くと、あの小舟だと教えてくれた。
 サハチは叔父のサミガー大主(うふぬし)から小舟を借りて、八代法師のそばまで行った。
「お師匠、久し振りです」とサハチが声を掛けると、八代法師は驚いた顔をして、
按司様も釣りをしに来たのですか」と聞いた。
「じっとしている釣りよりも、海に潜ってカマンタ(エイ)を捕る方が好きです」とサハチは笑って、「実はお師匠に頼みがあるのです」と言った。
「わしのような年寄りに頼みとは何ですかな」
「島添大里の子供たちに読み書きを教えてほしいのです。弓矢を教えてもかまいません」
「わしが子供たちにか‥‥‥島添大里では慈恩禅師(じおんぜんじ)殿が教えているのではないのか」
「まもなく慈恩寺が完成して、慈恩禅師殿は首里に行かなければならないのです」
「成程、慈恩禅師殿の後釜か。わしには務まらんぞ」
「お師匠はお師匠のやり方で教えてくれればいいのです」
「そう言われてものう。わしはすでに七十を過ぎている。あと何年生きられるかわからん」
「その何年かを子供たちのために使ってくれませんか」
 八代法師は少し考えたあと、「実を言うと毎日、退屈しておったんじゃ」と笑った。
「子供たちに読み書きを教えるのも楽しそうじゃのう。わしでよければやってもいいぞ」
 サハチは喜び、八代法師にお礼を言った。その時、釣り糸がピーンと張って、八代法師が釣り糸をたぐると大きなイラブチャーが釣れた。
 その晩、釣り上げたイラブチャーを肴にサハチは久し振りに八代法師と酒を酌み交わして、昔話に花を咲かせた。
 それから四日後、首里グスクの北にある武術道場の隣りに慈恩寺が完成した。
 立派な山門には力強い字で『慈恩寺』と書いてあった。一徹平郎(いってつへいろう)たちが作った三つ目のお寺なので、仕事に慣れて来たのか、この山門が一番立派だった。
 山門を抜けると広い境内が広がっていた。武術の修行をするのに充分な広さだった。正面に本堂があり、その横に庫裏(くり)があり、本堂の裏に法堂と僧坊があった。法堂は修行者たちが兵法(ひょうほう)を学ぶ所で、僧坊は修行者たちの宿舎だった。
 本堂の中には御本尊の観音菩薩(かんのんぼさつ)と武術の神様、真武神(ジェンウーシェン)が鎮座していた。新助が彫った観音菩薩は片膝を立てて座っていて、見るからに色っぽい観音様だった。なぜか、腕が六本もあった。思紹が彫った真武神は鎧(よろい)を着て剣を持って岩に腰掛けていた。武骨な真武神が観音様を守っているように見えた。
 真武神の顔はやはりヂャンサンフォンだった。観音様も誰かに似ているような気がした。じっと見つめていたら、高橋殿の顔が浮かんだ。新助は高橋殿に会った事があるのだろうかとサハチは首を傾げた。
 慈恩禅師、ソウゲン禅師、ナンセン禅師によって開眼供養(かいげんくよう)が行なわれ、集まって来た人たちに餅と酒が配られた。
 ヂャンサンフォンと二階堂右馬助(うまのすけ)による『武当拳(ウーダンけん)』の模範試合が行なわれ、慈恩禅師と飯篠修理亮(いいざさしゅりのすけ)による『念流(ねんりゅう)』の模範試合も行なわれた。どちらも華麗な舞を観ているようで、武芸というよりも神様に捧げる神事(しんじ)のように見えた。

 

 

 

DVD>馬庭念流 [日本の古武道ビデオシリーズ/35] (<DVD>)