長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-170.ユーツンの滝(第二稿)

 タキドゥン島(竹富島)から帰ったササたちは、名蔵(のーら)に四日間滞在して、十月十五日、マッサビやブナシルに見送られて、クン島(西表島)を目指して船出した。ミッチェとサユイが一緒に行くと言って付いて来た。熊野山伏のガンジューも付いてきた。
 ガンジューのお目当てはナナだと思っていたのに、どうやらミッチェがお目当てらしい。サユイに聞いたら、ガンジューはミッチェに何度も振られていて、それでも諦めないという。
「お師匠(ミッチェ)がガンジューさんと会ったのはターカウ(台湾の高雄)なのです」
「えっ、ミッチェさんはターカウに行ったの?」とササは少し驚いて聞いた。
「何度も行っています。わたしもお師匠と一緒に行っています」
「そうだったの。ターカウには交易に行ったの?」
「そうです。母(マッサビ)は池間島(いきゃま)に材木を送って、大量のシビグァー(タカラガイ)を手に入れています。そのシビグァーを持ってターカウに行って、必要な物と交換するのです」
「シビグァーが取り引きに使えるの?」
「明国の海賊がシビグァーを欲しがっているようです。シャム(タイ)という国に持って行くと聞いています」
「成程ね」とササはうなづいて、ミッチェとガンジューの事を聞いた。
「ガンジューさんはお師匠に一目惚れしたんです。ターカウにいる間、ずっとお師匠に付きまとっていました。最初の頃、お師匠はガンジューさんの事を全然相手にしていなかったんですけど、何度も好きだと言われて、最近は少し意識しているみたいです。もしかしたら、うまくいくかもしれません」とサユイは笑った。
 ミッチェの性格から、自分よりも弱い男には興味がないようだが、たった一人でイシャナギ島までやって来たガンジューの行動力と勇気は、ミッチェの心を動かすかもしれないとササは思った。
 クマラパの話によるとクン按司倭寇(わこう)で、ターカウにいるキクチ殿よりも早くにやって来た松浦党(まつらとう)だという。クン島に来てからも倭寇として明国まで行って、海岸の村々を荒らし回っているらしい。この船の積み荷を狙って来るかもしれないので、充分に警戒した方がいいとクマラパは言った。
「クン按司琉球には行ったんでしょう?」とササはクマラパに聞いた。
「一度だけじゃよ。クン按司松浦党だから琉球の事は仲間から聞いて知っていて、どんな所だか見に行ったようじゃ。平久保按司(ぺーくばーず)と同じように、ヤマトゥの都を知っているので、琉球に行っても驚く事もなく、明国の商品やヤマトゥの商品を手に入れるために、わざわざ琉球まで行く必要もないと一度だけでやめてしまったんじゃよ」
「今も倭寇をしているのですか」
「ターカウやトンド(マニラ)に行っているアコーダティ勢頭(しず)は、クン島に寄っても北部の上原(ういばる)に寄るので、クン(古見)の事はよくわからないらしい。しかし、上原の者たちの話だと、夏になるとヤマトゥ船が北に向かうのを見ているので、クン按司の船がヤマトゥか明国に行っているのだろうと言っていたそうじゃ」
「クン按司はターカウのキクチ殿とはつながりがあるのですか」と安須森(あしむい)ヌルが聞いた。
「わしは若い頃のクン按司に会った事があるんじゃよ。アコーダティ勢頭のために船を造って、明国に行こうとしていた時じゃ。ターカウでクン按司と会ったんじゃよ。その頃のわしはまだヤマトゥ言葉がよくわからず、ターカウにいた明国の海賊を通して話を聞いたんじゃが、クン按司もクン島に行く前にターカウに行ったらしい。その頃、ターカウは明国の海賊の拠点になっていたんじゃ。その時より七年前、わしはウプラタス按司と一緒にターカウに行ったんじゃが、その時にいたのがヂャンルーホー(張汝厚)とリンフー(林福)という海賊じゃった。多分、その海賊がいたんじゃろう。ヂャンルーホーとリンフーはクン按司がターカウに行った翌年、チャンパ(ベトナム中部)まで攻めて行って、チャンパの水軍にやられたらしい。ターカウに残っていた一味も逃げて行き、その翌年、キクチ殿がやって来たというわけじゃ」
 安須森ヌルは、三姉妹の伯父がチャンパで戦死したとメイユーから聞いた話を思い出した。伯父の名前までは覚えていないが、ヂャンという姓が同じなので、メイユーの伯父はターカウにいたのかもしれなかった。
「ヂャンという海賊ですが、ヂャンシーチォン(張士誠)の息子ではありませんか」と安須森ヌルはクマラパに聞いた。
 クマラパは驚いた顔をして安須森ヌルを見た。
「ヂャンシーチォンを知っているのかね?」
「ヂャンシーチォンの孫娘たちが今、琉球に来て交易をしています」
「そうじゃったのか。確かに、ヂャンルーホーはヂャンシーチォンの息子だと言っておった。わしは偽者じゃろうと思っていたんじゃが、本物だったのか」
「三姉妹の伯父さんがターカウにいたなんて驚きだわね」とササが言って、シンシンとナナも驚いた顔をして、うなづいていた。
「そう言えば、弟が舟山島で海賊をやっていると言っておった。その弟が三姉妹の父親というわけじゃな」
「そうです。三姉妹は舟山島で生まれています。それで、クン按司は今もターカウに出入りしているのですか」
「今はどうだかわからんが、ヤマトゥで南北朝(なんぼくちょう)の戦(いくさ)をしていた頃は、キクチ殿と一緒に南朝のために働いていたようじゃ。明国で奪った食糧や財宝をヤマトゥまで持って行ったらしい」
松浦党南朝の水軍として活躍していたのですか」
「そうらしい。だが、将軍宮(しょうぐんのみや)様(懐良親王(かねよししんのう))が太宰府(だざいふ)を追い出されたあと、松浦党北朝に寝返ったらしい。クン按司は寝返る事を潔(いさぎよ)しとせず、仲間と別れて南の島にやって来たようじゃ」
「キクチ殿とも面識があったのですね?」
「詳しい事は知らんが、松浦党は独自の動きをしていて、キクチ殿は一緒に戦った事はなかったと言っていた。お互いに顔を見た事があるというほどの関係だったようじゃが、二人は語り合って、南朝のために共に戦おうと誓い合ったそうじゃ。当時は二人とも若かったから、北朝の奴らを九州から追い出して、再び、南朝の国を建てようと本気で思っていたとキクチ殿は言っていた。しかし、現実はそう甘くはなかったんじゃ。将軍宮様が亡くなってしまい、寝返る者たちも続出して、やがて、戦も終わってしまう。キクチ殿は明国の海賊たちと取り引きを始めて、ターカウは栄えて行った。クン按司も明国の海賊と取り引きをしているのかもしれんのう」
 安須森ヌルが、そうだったのかという顔をしてササを見たので、
「クマラパ様はクンダギ(古見岳)に登った事がありますか」とササは聞いた。
 クマラパは首を振った。
「登ってみたいとは思っていたんじゃが、縁がなかったようじゃ」とクマラパは笑った。
 船は快適に走って、一時(いっとき)(二時間)余りでクン島が目の前に迫ってきた。クンママ島(小浜島)の北側を通って、青島(あうじま)(ウ離島)の近くまで来た時、ユンヌ姫の声が聞こえた。
「クン(古見)には行かない方がいいわ。クン按司が待ち構えているわよ」
「えっ、どういう事なの?」とササは驚いて聞いた。
「みんなを殺して、船を奪うつもりでいるわ」
「まさか?」とササが言うと。
「本当ですよ」とアキシノが言った。
「クンにはイリウムトゥ姫の子孫たちが暮らしていたんだけど、四十年前にクン按司がやって来て、みんなを追い出してしまったの。村(しま)の人たちはクンダギを越えて、ユーツン(高那)に逃げたのですよ」
 その事はブナシルから聞いていた。クン按司に会ってからユーツンに行くつもりだったが、危険な場所は避けた方がよさそうだ。
「ユーツンてどこなの?」とササはユンヌ姫に聞いた。
「島の北側よ。このまま真っ直ぐに行けばいいわ。ユーツン川の河口がユーツンよ。そこにもイリウムトゥ姫の子孫たちの村があったので、合流して一緒に暮らしているのよ」
「ユーツンからもクンダギに登れるのね?」
「登れるわ」
「クン按司が追って来ないかしら?」と安須森ヌルが心配した。
「大丈夫よ。大きな船はないわ。きっと、倭寇働きに行っているのよ。小舟(さぶに)しかないから追っては来ないでしょう」
 ササたちはユンヌ姫とアキシノにお礼を言ってユーツンに向かった。
 ユーツン川の河口まで半時(はんとき)(一時間)ほどで着き、珊瑚礁に気をつけながら河口の近くまで行って、小舟に乗って砂浜から上陸した。
 クンダギのツカサとユーツンのツカサが歓迎してくれた。二人とも若ツカサが一緒にいた。海に近い手前の村がクンから来た人たちの新しい村で、奥の方が古い村だった。ササたちはクンダギのツカサの屋敷で一休みして、ツカサからクンを追い出された時の事を聞いた。
 クンダギのツカサが八歳の年の夏、突然、ヤマトゥ船がやって来た。サムレーたちが上陸して来たが言葉が通じなかった。サムレーたちが続々やって来て刀を振り回し、文句を言った者は殺されてしまい、仕方なくウムトゥダギを越えて、この村に逃げて来たという。
「母はお山を越えて、何度も様子を見に行ったけど、ヤマトゥンチュたちは腰を落ち着けてしまって出て行く気配はなかったのです。今ではもう戻る事も諦めています」とツカサは力なく笑った。
「ひどい事をするわね」とササたちは怒っていた。
「クン按司のサムレーは何人いるのですか」とササは聞いた。
「来た当事は五十人くらいでした。サムレーたちの家族も一緒に来たので百人以上の人たちがいました。あれから四十年が経って、子供たちも大きくなったので、百人以上のサムレーがいると思います」
倭寇をしていたのなら戦死した者たちもいたのではありませんか」
「十年ほど前に按司の息子が戦死したという噂は聞きましたが、按司には三人の息子がいるそうですから、二人は今もいるでしょう」
 クン按司を追い出して、ツカサたちをクンに戻してやりたいが、ササたちの力で、クン按司と戦(いくさ)をするのは無理だった。
「今にきっと、バチが当たりますよ」とツカサは言った。
 ツカサが小舟を出してくれたので、愛洲次郎(あいすじるー)たち、玻名(はな)グスクヌルと若ヌルたち、ミーカナとアヤー、ミッチェとサユイ、ガンジューも上陸して来た。
 ツカサにクンダギに登りたいと言ったら、今から行ったら帰って来られなくなると言うので、明日、登る事にした。クンダギには二代目のウムトゥ姫の娘のイリウムトゥ姫がいるはずだった。挨拶に行かなければならなかった。
「ここには古いウタキはありますか」とササは聞いた。
「イリウムトゥ姫様の孫娘のユーツン姫様のウタキがあります」
 ササたちは二人の若ツカサの案内で、若ヌルたちも連れてウタキに向かった。クンダギの若ツカサのリンも、ユーツンの若ツカサのユマもミッチェの武芸の弟子だった。二人とも十六歳の時に、イシャナギ島(石垣島)の名蔵に行って、二年間、ミッチェの指導を受けていた。リンはササと同い年で、ユマは四歳年下だった。二人は久し振りに師匠と会えて喜び、ササたちが武芸の名人だと知ると御指導お願いしますと頭を下げた。
 リンがミッチェの弟子になったのは母親のミーパがブナシルの弟子だったからだった。生まれ故郷を奪われたミーパは、ヤマトゥンチュを倒すために強くならなければならないと思い、父と一緒にイシャナギ島に渡った。父はイシャナギ島のウミンチュで、父も仲間を助けられなかった事を悔やみ、武芸を身に付けたいと思っていた。富崎按司(ふさぎぃあず)が武芸の名人だと聞いた二人は富崎按司と会い、父は富崎按司から弓矢を習い、ミーパはブナシルから剣術を習ったという。
 古いウタキはユーツンの村の奥にあった。森というよりも密林の中にあって、日の光も差さず薄暗かった。大きな岩が中央にある広場の周りには太い木が何本も立っていて、それらに太いツルが巻き付いていた。一体、神様はどの木に降りて来るのか見当もつかなかった。
 ササたちは大岩の前にひざまづいてお祈りを捧げた。
 ユーツン姫の声が聞こえて、スサノオを連れて来てくれた事へのお礼を言った。
「クンダギにスサノオの神様がいらしたのですね?」とササが聞くと、
「そうです。祖母(イリウムトゥ姫)が驚いて、娘や孫たちを集めて、歓迎の宴(うたげ)を開いたのです。異国の神様もいらっしゃって、楽しい一時を過ごせました」
「この島にも異国の神様がいらっしゃるのですか」
「祖母がこの島に来る前、南の国から来た人たちが住んでいたようです。クンに住んでいた人たちの神様はクルマタ姫様という神様なんですが、その神様も姿を現したのです。肌の色が黒くて、裸同然の格好でしたが、美しい女神様でした。お酒を飲みながら、スサノオの神様と楽しそうにお話していました。祖母と母はクルマタ姫様の言葉がわかるようでしたが、わたしには何を言っているのかさっぱりわかりませんでした」
「今でもクルマタ姫様をお祀りしているのですか」
「クルマタ姫様のウタキはクンにあるユブ島(由布島)にあります。ツカサたちは行く事ができないので、お祈りをする事もできず、申しわけありませんと謝ったら、別に気にしている様子もなかったので安心しました。スサノオの神様と相談したら、ユーツンにクルマタ姫様のウタキを造ればいいとおっしゃったので、祖母と相談して、どこかに造ろうと思っています」
 突然、若ヌルがキャーと悲鳴を上げた。ササが振り向くとマサキが騒いでいて、続いて、チチーも騒ぎ出した。
「大丈夫よ」と言って、リンが若ヌルたちを連れ出した。
 明日、クンダギに登る事を告げて、ササたちはユーツン姫と別れた。
「また新しい神様が現れたわね」と安須森ヌルがササに言った。
「クルマタ姫の神様はどこからいらしたのかしら?」
スサノオの神様なら知っているかもね」とシンシンが言った。
「明日、クンダギの頂上で笛を吹いたらいらっしゃるんじゃない」とナナが言った。
「駄目よ」と安須森ヌルは首を振った。
「そうよ。そう軽々しく呼ぶべきじゃないわ」とササも言った。
「そうよね。瀕死の重症だったものね。琉球に帰ってから聞いた方がいいわね」
 若ヌルたちがいたので、何を騒いでいたのか聞いたら、ヤマピス(山蛭)に血を吸われたと言った。
「薄暗い湿った所ならどこでもいるのよ」とリンは言った。
「クンダギにもいるから気をつけた方がいいわ」とリンが言ったら、若ヌルたちは、「やだあ」と騒いだ。
「それじゃあ、あんたたちは留守番よ」とササが言うと、また、「やだあ」と首を振った。
 ユーツンの村と新しい村の間に広場があって、そこで、ササたちの歓迎の宴をやるという。クマラパとジルーたちは早くも一杯やっていた。ガンジューも一緒にいて、何やらみんなに話していて、それを聞いたみんなが笑っていた。
 ササたちは女たちと一緒に宴の準備を手伝った。
 その夜、新鮮なアジケー(シャコガイ)の刺身を御馳走になって、ササたちはユーツンの人たちと楽しい一時を過ごした。南の国から来た人たちからずっと伝わっているのか、独特な太鼓の音に合わせて踊る踊りは見事だった。安須森ヌルはお芝居に仕えるかもしれないと真剣な顔をして見入っていた。ミーカナとアヤーがササの笛に合わせて、琉球の舞を披露して、みんなに喜ばれた。
 翌日、朝早くから、ササたちはクンダギに登った。ユーツン川に沿った細い道を進み、川幅が少し狭くなった所で、踏み石を渡って向こう側に行き、山の中へと入って行った。樹木(きぎ)が生い茂って薄暗い山の中は湿度が高く、十月の半ばだというのに蒸し暑かった。
 若ヌルたちはヤマピスを恐れて、辺りをキョロキョロ見ながら歩いていた。ヤマピス対策には海水を煮詰めた濃い塩水を持って来ていた。吸い付かれるとなかなか離れないヤマピスも濃い塩水を掛けるとポロリと落ちた。
 見た事もない奇妙な樹木が多く生い茂り、大きな岩に塞がれて、迂回しながら険しい山道を登って行った。沢に出て急に視界が開けたと思ったら、目の前に素晴らしい滝が現れた。
 ササたちはその美しい景色を前にして、言葉も出ないほどに感動した。
 滝は三段になっていて、水しぶきを上げながら落ちていた。
「いつもよりも水量が多くて見事だわね」とクンダギのツカサが言った。
 滝を眺めながら一休みした。若ヌルたちは大きなエビがいると言って騒いでいた。玻名グスクヌルが川の中に入って捕ろうとしたが失敗して、若ヌルたちに笑われていた。そんな玻名グスクヌルを見ながら、安須森ヌルは連れて来てよかったと思っていた。琉球に帰ったら、安須森を守るために一緒に働いてくれそうだった。
 また山の中に入って険しい岩をいくつもよじ登って滝の上に出た。そこからの眺めも最高だった。海に浮かんでいるジルーの船が見えた。イシャナギ島のウムトゥダギも見えた。空を見上げるとカンムリワシが気持ちよさそうに飛んでいた。
 ユーツン川に沿って半時ほど登り、左に曲がって、さらに半時ほど登るとクンダギの山頂に着いた。
 山頂には熊野権現の石の祠(ほこら)があったが、山竹(やまだき)(リュウキュウチク)に被われていた。ガンジューが腰に差していた鉈(なた)で山竹を刈り始めた。
 若ヌルたちは景色を眺めながら騒いでいた。
 イリウムトゥ姫のウタキは熊野権現から少し離れた所にあった。男たちは熊野権現でお祈りをして、女たちはイリウムトゥ姫のウタキでお祈りをした。
 イリウムトゥ姫はスサノオに会えたお礼を言ってから、クン島にようこそとササたちを歓迎した。
「イリウムトゥ姫様がこの島にいらした時、南の国から来た人たちが暮らしていたのですか」とササは聞いた。
「そうなのよ。わたしはこの島に来る前、メートゥリ、クバントゥ、アーカサの言葉を学んで来たんだけど、何の役にも立たなかったわ。この島にいた人たちはまったく別の言葉をしゃべっていたのよ」
「イシャナギ島に来た人たちとは別の国から来た人たちだったのですね」
「そうなのよ。言葉を覚えるのに苦労したわ。スサノオの神様がいらした時、南の国から来た人たちの神様、クルマタ姫様も現れたのよ。わたしが通訳したんだけど、スサノオの神様はクルマタ姫様の言っている事がわかるようだったわ。そして、クルマタ姫様もスサノオの神様の言っている事がわかるような気がしたの。何だかよくわからないけど、二人は楽しそうにお話していたわ。それから何日かして、クルマタ姫様がこのお山に登ってきたの。今まで、わたしがクルマタ姫様のウタキに御挨拶に行く事はあっても、クルマタ姫様が来る事はなかったわ。スサノオの神様に会って、クルマタ姫様の気持ちが変わったみたい。不思議な事に、クルマタ姫様は琉球の言葉をしゃべったのよ。わたしたちはお酒を飲みながら語り合って、仲よくなったわ。近くにいながら、今まで語り合った事はなかったの。お互いに異国の人だと思って敬遠していたのかもしれないわ。スサノオの神様のお陰で、その壁がなくなって、本当に仲よくなれたのよ。スサノオの神様に二人して感謝したわ」
「クルマタ姫様がどこからいらしたのか知っているのですか」
「わたしにはよくわからないんだけど、トンドの国の南にカリマンタンボルネオ島)という島があって、その南にジャワという島があって、その東にクルマタ姫様の島があったらしいわ。でも、島が沈んでしまったので逃げて来たと言っていたわ」
「アマンの島もその辺にあって、沈んだようですけど、クルマタ姫様の島も沈んだのですか」
「そういえば、アマンの島の事も言っていたわ。アマンの島は交易が盛んで、クルマタの人たちもアマンの島に通っていたみたい。火山の島が噴火して、アマンの島が沈んでしまい、そのあと、クルマタの島も沈んでしまったみたいだわ。クルマタ姫様は島が沈む前に来た津波で、夫と娘を亡くしているの。夫と娘に会いたいって泣いていたから、帰って会ってくればって言ったら、帰り方がわからないって言ったの。今はもう島はないけど、故郷を念じれば帰る事ができるって教えてやったわ」
「クルマタ姫様は帰ったのですか」
「夫と娘に会えるかどうかわからないけど、帰って行ったわ」
「クルマタ姫様は南の国から来た人たちの御先祖様だったのですね」
「そうよ。クルマタの島の首長だったのよ。生き残った人たちを率いて、この島にやって来て、亡くなってからは神様になって、子孫たちを見守って来たのよ」
「子孫たちは多いのですか」
「わたしがこの島に来た時、大きな川の河口には必ず、クルマタ姫様の子孫たちが暮らしていたわ。わたしはその子孫と結ばれたのよ。そして、わたしたちの子供たちもクルマタ姫様の子孫たちと結ばれたわ。他の国から来た人たちもいたけど、今、この島にいるのはほとんどが、わたしとクルマタ姫様の子孫たちなのよ」
「クンにはヤマトゥンチュがいますが、ヤマトゥンチュと結ばれた子孫もいるのですか」
「クン按司は島の者と一緒になる事は許さないわ。でも、島の男と仲よくなって、クンから追い出された娘はいるし、島の女に子供を孕ませた男もいるわ。生まれた子供は女が育てて、クンに迎えられる事はないわ」
「女は追い出されて、男は追い出されないのですか」
「男は倭寇の戦力として必要なんでしょう。わたしは知らなかったんだけど、スサノオの神様がお帰りになる前、豊玉姫(とよたまひめ)様を連れてクンに来たらしいわよ」
「えっ、どうして、スサノオ様と豊玉姫様がクンに来たのですか」
「クルマタ姫様が二人をお迎えして、クンにある神社に御案内したの。その神社には『八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)』と『與止姫(よとひめ)様』が祀ってあるの。二人の神様はクン按司の御先祖様らしいわ。『八幡大菩薩』はスサノオ様の事で、『與止姫様』というのは豊玉姫様の事らしいのよ」
「えっ、クン按司の御先祖様がスサノオ様と豊玉姫様なのですか」
「ヤマトゥにも二人の子孫はいっぱいいるみたいね」
「でも、どうして、豊玉姫様が與止姫様なのですか」
スサノオの神様から直接聞いたのではなくて、クルマタ姫様から聞いた話なので、よくわからないんだけど、ある時、豊玉姫様の存在が消されてしまったらしいの。天皇の御先祖様のアマテラスのお母さんが、南の国から来た人だと具合が悪いので消されてしまったらしいのよ。豊玉姫様を祀っていた神社は、強制的にアマテラスを祀るように命じられたんだけど、松浦の人たちはトヨの字を逆さに読んで、ヨト姫にして、密かに豊玉姫様を祀っていたらしいわ」
豊玉姫様が消されたのは、きっと、伊勢の神宮ができた時だわ」とササは言って、安須森ヌルを見た。
 そうねというように安須森ヌルはうなづいて、
豊玉姫様はクン按司に何かを言ったのですか」と聞いた。
「クン按司の娘か巫女(みこ)として神社を守っていたので、その娘に告げたのよ。ここに住んでいた人たちは琉球から来たわたしたちの子孫なのよ。あなたたちもわたしたちの子孫なら、同族の者たちを追い出す事はやめて、仲よく暮らしなさいってね」
「それで、クン按司はどうなったのですか」
「その話をクルマタ姫様から聞いて、わたしも気になって様子を見に行ったの。何となく村の様子がおかしかったわ。みんな沈んだ顔付きで、長老たちが集まって何かを話していたけど、わたしもクルマタ姫様もヤマトゥの言葉はわからないので、何を話しているのかわからないけど、何かよくない事が起こった事は確かだと思うわ」
「よくない事って、倭寇に行った人たちがやられたのかしら?」とササが聞いた。
「そうかもしれないわね。クルマタ姫様の話だと、クン按司の息子たちが二隻の船に乗って出て行ったのが一昨年(おととし)の夏だったらしいわ。普通ならその年の暮れには帰って来るのに、まだ帰って来ていないらしいのよ」
「クン按司の船は二隻なのですか」
「三隻よ。もう一隻は毎年、ターカウに行っているらしいわ。倭寇で奪ってきた商品をターカウに持って行って取り引きしているみたい。その船は今年も十月の初めにターカウに行ったようだわ」
「奪ってきた商品もないのにですか」
「よくわからないけど、ターカウじゃなくて、トンドに行ったのかもしれないわね。ターカウで仕入れた商品を持って。とにかく、今は一隻の船しかないから、倭寇はできないわ」
「それで、あたしたちのお船を奪おうとしたのですね」とシンシンが言った。
「積み荷は勿論だけど、きっとお船が欲しかったのよ」
「そうね、きっと」とササはシンシンにうなづいた。
「クン村の長老たちの話を聞いてきたわ」とアキシノの声が聞こえた。
「クン按司の二人の息子は戦死したらしいわ。二隻の船は沈んで、全滅だったみたい。二人だけが生き残って、何とかターカウまで行って、ターカウにいたクン按司の船に乗って帰って来たようだわ。息子たちを失ったクン按司は打ちのめされて、もう倭寇の時代ではない。倭寇はやめて、同族の者たちを呼んで、一緒に暮らそうと言っているけど、反対している者もいるわ。残った一隻の船で、明国を攻めて船を奪い取ってくればいいと言っていたわ」
「今、クンにはサムレーは何人いるの?」
「今、村にいるのは二十人くらいかしら。トンドに行っているのが二十人くらいいるらしいわ。あとは女子供と年寄りたちよ」
「四十人なら何とかなりそうね」
「攻めるつもりなの?」と安須森ヌルがササに聞いた。
「そうじゃないわ。ユーツンにいるクンの男たちを鍛えるのよ。対等に付き合えるようにね」
「それはいい考えね。剣術を教えて、みんなに刀を持たせたらいいわ」
 クンに住んでいた人たちが、クンに戻れるように見守ってくださいとササたちはイリウムトゥ姫に頼んでお祈りを終えた。
 熊野権現の所に戻ると、男たちは機嫌よく酒盛りをやっていた。ササたちも持って来たお握りを広げて昼食にした。
「クン按司スサノオ様と豊玉姫様の子孫だったなんて驚いたわね」とナナが言った。
「あたしも驚いたけど、よく考えたら、二人の子孫はいっぱいいるはずだわ。天皇が二人の子孫だったら、天皇から分かれた源氏も平家も子孫だわ。将軍様も子孫だし、ジルーも源氏たから子孫なのよ」
「えっ、そうだったの?」とシンシンとナナがジルーを見た。
 ジルーは首を傾げた。
「熊野で生まれたガンジューも子孫かもしれないわね」とナナが言って、
「早田(そうだ)氏はどうなのかしら?」とササに聞いた。
「早田氏が二人の子孫かどうかはわからないけど、水軍なんだから、アマンの人たちの子孫じゃないかしら。倭人(わじん)とか隼人(はやと)とか呼ばれていた人たちよ」
「あたしもそうかしら?」とシンシンが言った。
「アマンの人たちは唐にも行ったかもしれないわね」
「でも、あたしが生まれたのは山に囲まれた村なのよ」
「そういえば、あたしたち明国に行ってなかったわね」とササが言った。
「旧港(ジゥガン)やジャワに行く前に、明国に行った方がいいんじゃないの?」
武当山(ウーダンシャン)に行きたいわ」とナナが言うと、
「案内するわよ」とシンシンが言った。
「明国に行くのですか」とミッチェが驚いた顔をして聞いた。
「ミッチェさんとサユイも一緒に行きましょうよ」とササが誘った。
「わたしも行きたいわ」とタマミガが言った。
「ミッチェが行くなら俺も行かなくちゃならんな」とガンジューが言うと、
「あんたはいいのよ」とミッチェが冷たく言って、皆がガンジューを見て笑った。

 

 

 

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