長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-43.表舞台に出たサグルー(改訂決定稿)

 島添大里(しましいうふざとぅ)グスクのお祭り(うまちー)の五日後、中山王(ちゅうさんおう)の久高島参詣(くだかじまさんけい)が行なわれた。去年の襲撃で懲りたので、徹底的に首里(すい)から与那原(ゆなばる)への道の周辺の山や森を調べて、万全の警護のもと行列は進んだ。
 前回と同じように中山王のお輿(こし)にはヂャンサンフォン(張三豊)が乗って、思紹(ししょう)(中山王)は武将姿で最後尾を進んだ。マチルギも女子(いなぐ)サムレーたちに弓矢を持たせて張り切っていたが、幸いに敵が攻めて来る事もなく、無事に終わった。
 久高島参詣のあと、山南王(さんなんおう)(シタルー)から使者が来て、そろそろ『ハーリー』の準備を始めると言って来た。サハチ(島添大里按司)は島添大里のサムレー大将、慶良間之子(きらまぬしぃ)(サンダー)をハーリー奉行(ぶぎょう)に任命して、配下の百人のサムレーと共にハーリーの準備をするように命じた。中山王の龍舟(りゅうぶに)も作らなければならないので大変だが、見事にやり遂げてくれと送り出した。
 今年は三月が閏月(うるうづき)で二回あるので、ハーリーまでは三か月ある。三か月あれば、立派な龍舟も完成するだろう。その龍舟を漕ぐのもお前たちに任せる。参加するからには優勝しろとサハチは慶良間之子に言った。慶良間之子は任せて下さいと頼もしくうなづいて出掛けて行った。
 久し振りに島添大里グスクの東曲輪(あがりくるわ)の物見櫓(ものみやぐら)に登って眺めを楽しんでいると、御門番(うじょうばん)が来て、兼(かに)グスク按司(ンマムイ)が訪ねて来たと告げた。サハチはここに通すように命じた。しばらくして、ンマムイはやって来た。サハチは手招きしてンマムイを呼んだ。ンマムイは登って来た。
「いい眺めだろう」とサハチは言った。
浦添(うらしい)グスクの物見櫓からの眺めも、いい眺めでした。子供の頃、登ったのはいいのですが、怖くて降りられなくなってしまって、怒られました」
「お前は年中、怒られていたようだな」
 ンマムイは黙った。サハチが見ると何かを考えているようだった。
「そう言われてみればそうですね。怒られても、すぐに忘れてしまうので、気がつきませんでした」
 サハチはンマムイを見ながら笑った。確かに変わっている男だった。
「ナーサと会って来ました」とンマムイは言った。
「喜んでいただろう」
「どうしてわかるのです?」
「世話の焼ける奴ほど可愛いというからな」
 ンマムイは苦笑して、「五年振りでした」と言った。
「遊女屋(じゅりぬやー)の女将(おかみ)として着飾っているせいか、五年前より若返ったように見えました。しかし、あのナーサが遊女屋の女将になったなんて、今もって信じられません。昨夜(ゆうべ)は遊女(じゅり)たちに囲まれて、楽しい思いをしてきました」
「あんな綺麗なかみさんがいるのに、遊女屋に泊まったのか」
「俺の妻を知っているのですか」
 ンマムイは驚いた顔をしてサハチを見た。
「知っているわけではない。去年のハーリーの時、見かけただけだ。山北王(さんほくおう)の妹があんなにも美人だったなんて知らなかったよ」
「初めて会った時、俺も驚きました。妹が山北王に嫁いで、俺が山北王の妹を嫁に迎えると言われた時、俺はいやだと断ったんですよ。好きな娘がいたわけじゃないけど、同盟のための道具にされたくはなかった。祖父(じい)さん(察度)に説得されて、仕方なく嫁に迎えたんです。ヤンバル(琉球北部)から来るので、不細工(ぶさいく)な娘だろうと思っていたら、腰を抜かしてしまうくらいに美しい娘でした。俺はもうマハニ(真羽)に夢中になりましたよ。嫁いで来てから、もう十五年になります。知人もいない遠い地に嫁いで来て、よく頑張っていると思います。いつの日か、里帰りさせてやりたいと思っているのですが、未だに実現しませんよ」
 ンマムイは軽く笑うと、海を眺めた。
 ンマムイの妹二人が今帰仁(なきじん)にいるのだから里帰りはできるだろう。ただ、帰って来られるかどうかは疑問だった。もしかしたら、シタルーはンマムイを今帰仁に送って、山北王と同盟を結ぶかもしれないとサハチはふと思った。山南王と山北王が同盟を結べば挟み撃ちにされる。同盟を阻止するためにも、ンマムイを味方に引き入れた方がいいかもしれない。ただ、ンマムイの本心がつかめなかった。
「お前は何のために生まれて来たんだ、ってナーサに言われました」とンマムイは急にしゃべり始めた。
「子供の頃、兄貴(カニムイ)は中山王を継いで、弟の俺たちは兄貴を助けて、王国を守るんだと言われました。兄貴が羨ましかった。兄貴を助けるのも悪くはないけど、子供ながらも、違った生き方もあるんじゃないかと探していました。宇座(うーじゃ)の牧場に行った時、大叔父(泰期)から若い頃の話を聞いて感激しました。祖父さんと一緒にヤマトゥ(日本)に行って、倭寇(わこう)になって暴れ回っていたと聞いた時は驚きましたよ。俺もそんな生き方をしたいと思いました。二人はヤマトゥから帰って来て、キラマ(慶良間)の島で密かに兵を育てて、浦添(うらしい)グスクを攻め落とします。そして、祖父さんが浦添按司になったあと、大叔父は祖父さんのために、使者として何度も明国(みんこく)に行きます。宇座で馬を育てたのも、祖父さんのためだったのです。大叔父の話を聞いて、兄貴を助けるというのは、こういう事なのかと理解しました。俺も大叔父のようになって、兄貴を助けようとその時は本気で思ったものでした。でも、浦添グスクに戻ると、また、違う生き方もあるんじゃないかと思い始めます。浦添グスクには重苦しい空気が漂っています。その時はどうしてなのかわかりませんでしたが、最近になって、ようやくわかりました。重苦しい空気の原因は祖父さんだったのです。祖父さんは偉大すぎました。誰かが何か失敗すると、必ず、祖父さんならこうしただろうと言います。それは、祖父さんが亡くなったあとでもそうでした。親父は偉大な祖父さんを越えようと必死にもがいていました。兄貴もそうだったのかもしれません。俺は浦添グスクから離れたくて、明国や朝鮮(チョソン)に行っていたのです。祖父さんの影から逃げていたのです。兼グスク按司になって阿波根(あーぐん)グスクに移ってからも、祖父さんの影は付きまとっていました。親父や兄貴のために山南王の様子を探るのが俺の役目だったのです。フラフラしていて落ち着きがないという評判通り、俺はフラフラとあっちこっちに行って、南部の様子を探りました。そして、前回の戦(いくさ)で親父は亡くなり、兄貴も亡くなりました。俺が守るべき人はいなくなったのです。ようやく、自由の身になれたと思ったのに、親兄弟の敵(かたき)を討てと周りの者たちから言われました。祖父さんがそう言う声も聞こえて、敵討ちに縛られるようになりました。去年のハーリーの時、さっさと敵を討って、祖父さんから解放されようと思いました。しかし、敵討ちをやめて、ヂャンサンフォン殿を選びました。その時、何かが変わったのです。考えてみたら、俺は今まで、自分の意志で動いてはいませんでした。明国や朝鮮に行ったのも、ただ、浦添グスクから離れたいと思っただけで、別にどこでもよかったのです。ハーリーの時、俺は無意識のうちに、ヂャンサンフォン殿を選んでいました。その後、祖父さんの声は聞こえなくなりました。俺はやっと、祖父さんから解放されたのです。これから、どんな生き方をしたらいいのか、じっくりと考えてみます」
 ンマムイは話し終わると照れ臭そうに笑った。
「不思議ですね。俺は今まで誰にも本心を語った事はありません。師兄(シージォン)には安心して話せる。何だか、気が楽になりました。それでは失礼します」
 ンマムイは物見櫓の上から飛び降りた。体を丸めて回転すると見事に着地して、手を振ると去って行った。
 サスカサの屋敷から刀を手にしたままサスカサ(島添大里ヌル)が現れ、サグルーの屋敷から刀を持ったマカトゥダルが現れ、佐敷ヌルの屋敷から佐敷ヌルと弓矢を持った女子(いなぐ)サムレーたちが現れた。
「大丈夫ですか」と佐敷ヌルが言った。
 サハチは手を振ると物見櫓から降りた。ンマムイの真似をして飛び降りるのもできない事はないが、怪我でもしたら馬鹿げだった。
「皆、俺の心配をしてくれたのか」とサハチが聞くと、皆はサハチを見つめてうなづいた。
「すまんな。余計な心配をさせて」
「あの人、変わったわ」とサスカサが言った。
「前に見た時は微かだけど殺気があったの。今日、帰る時の姿には殺気が消えていたわ」
「あいつは信じられるのか」とサハチは聞いた。
 サスカサは首を傾げて、「もう少し様子を見た方がいいみたい」と言った。
 サハチはサスカサにうなづいた。
 三月の半ば過ぎ、山南王から婚礼の招待状が届いた。山南王の娘が具志頭(ぐしちゃん)の若按司に嫁ぐという。東方(あがりかた)の按司たちにも招待状が届いたか確認したら、誰にも届いていなかった。タブチ(八重瀬按司)を刺激しないように、同盟を結んでいるサハチだけを招待したようだ。
 サハチは首里(すい)に行って、父の思紹(ししょう)とウニタキ(三星大親)に相談した。
「危険だな」と二人とも言った。
「断りますか」とサハチが言うと、
「断る理由もないからな、代理を出したらどうだ」と思紹が言った。
「代理ですか‥‥‥誰を出しても危険ですよ」
「婚礼には按司たちも招待されているはずじゃ。シタルーとしても下手(へた)な真似はするまい」
「しかし、周り中が全員、敵ですからね。余程、度胸のある者でないと務まらないでしょう」
「サグルーはどうじゃ?」と思紹は言った。
「そろそろ、表舞台に出してもいい頃じゃないのか」
 サグルーは二十歳になっていた。確かに表に出してもいい年頃だった。危険だが、この先、中山王を継ぐ者として、乗り越えなければならない試練かもしれなかった。
 サハチはうなづいて、「サグルーに行ってもらいましょう」と言った。
 その後、絵地図を広げて、サグルーを守るためにウニタキと綿密な計画を立てた。
「ところで、具志頭の若按司とは誰だ?」とサハチはウニタキに聞いた。
 確か、シタルーの弟のヤフス(屋富祖)が具志頭の若按司だったはずだ。ヤフスが島添大里按司になったあと、誰が具志頭の若按司になったのか、サハチは知らなかった。
「具志頭按司の息子が若按司だよ」とウニタキは言った。
「息子がいなくて、ヤフスを娘婿に迎えたんじゃなかったのか」
「先代の山南王(汪英紫(おーえーじ))を恐れて、娘婿を跡継ぎにしたんだよ。先代の山南王もヤフスも亡くなったんで、息子が若按司になったんだ。今はその息子が按司になって、按司の息子が若按司だ」
「去年のハーリーの時、爺さんの具志頭按司がいたが、あの爺さんは亡くなったのか」
「いや、まだ生きている。去年、若按司が明国に行ったんだが、帰って来たら隠居して、若按司按司の座を譲ったんだ」
「確か、あの爺さんは弓矢の名人だったな。倅も名人なのか」
「親父ほどではないが、まあ、できる方だろう」
「それで、ヤフスの奥さんはどうなったんだ?」
「ヤフスが亡くなったあともヤフスが住んでいた屋敷で暮らして二人の子供を育てた。娘は玻名(はな)グスクに嫁いで、息子は武将として按司に仕えている」
「本当なら、その息子が若按司になるはずだったんだろう」
「ヤフスが具志頭按司になっていたら若按司になれたが、ヤフスは島添大里按司として亡くなった。仕方あるまい」
「シタルーとしては具志頭按司を味方に引き入れて、タブチを孤立させるつもりだな」
「タブチは孤立せんだろう。タブチは東方(あがりかた)の一員だ」
「そうだったな。タブチは山南王になる夢は諦めたのかな」
「八重瀬(えーじ)の城下は活気に溢れている。城下の者たちは皆、タブチに感謝している。先の事はわからんが、今は今の状況に満足しているんじゃないのか」
「タブチは今、いくつになったんじゃ?」と思紹が聞いた。
「五十くらいじゃないですか」とウニタキが答えた。
「五十で明国に行ったか‥‥‥わしも行きたくなって来たのう」
 サハチは横目で思紹を見た。マチルギがヤマトゥまで行って来たので、今度は俺の番だと思っているのだろうか。サハチは聞かなかった事にしようと思った。
 ウニタキが去ったあと、思紹は彫刻を彫りながら、「来年、明国に行けんかのう」と言った。
「無理ですよ」とサハチはそっけなく答えた。
「中山王が半年も留守にできるわけがないでしょう」
「ヤマトゥの船が帰ったあとは少し暇になるぞ。五月、いや、四月頃行って、九月頃帰って来れば問題はなかろう」
「その頃に行ったら泉州まで行けませんよ。杭州(ハンジョウ)辺りに行ってしまいます」
杭州に行った方が応天府(おうてんふ)には近いと聞いたぞ」
「それはそうですが、明国が許しませんよ」
「お前、明国の皇帝に会ったんだろう。そのくらいの事は許してくれるに違いない」
「そんなの無理です」
「ヂャンサンフォン殿と一緒に行けば何とかなるじゃろう。どうじゃ、考えてみてくれんか。一度でいいんじゃ。一度、明の国というのを見てみたい」
 朝鮮旅の前に、父親と言い争いをしたくなかったので、サハチはファイチ(懐機)と相談してみますと言って思紹と別れ、島添大里に帰った。
 サハチから山南王の婚礼に代理として行って来いと言われたサグルーは目を丸くして驚いた。
「俺が親父の代理として、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに行くのですか」
「そうだ。お前も二十歳になった。そろそろ、表に出た方がいいと思ってな。山南王とは同盟を結んでいるとはいえ、危険がないとは言い切れない。はっきり言えば、敵地に乗り込むようなものだ。一つの試練だと思って、やってみてくれ」
 サグルーは父親の顔をじっとみつめて、「かしこまりました」とうなづいた。
 サグルーは一度だけ、山南王を見た事があった。あれは佐敷グスクから島添大里グスクに移ったばかりの頃だった。弟のジルムイと一緒に剣術の稽古をしていた時、山南王が父を訪ねて来たのだった。山南王は東曲輪の物見櫓に登って、父と話をして帰って行った。
 サグルーは帰ったあとに山南王だと知らされ、驚いたのを覚えていた。当時、父は山南王を敵として戦をしていて、山南王の弟が守っていた島添大里グスクを奪い取ったのだった。敵である島添大里グスクに、数人の供を連れただけでやって来た山南王は、堂々とグスク内に入って来たのだった。
「敵なのになぜ捕まえなかったの?」とその時、サグルーは父に聞いた。
「山南王とは古い付き合いだからな」と言って、父は笑っただけだった。
 サグルーはあの時の山南王の真似ができるかと自分に問うてみた。今の自分にはとても真似はできなかった。敵地に行くのは恐ろしく、捕まって殺される事も考えられた。
「どうして、親父が行かないのです?」とサグルーは聞いた。
「親父に止められたんだよ。危険だとな」
「その危険な所に俺を行かせるのですか」
「そういう事だ。親父は中山王になって首里グスクから自由に出られなくなった。俺も親父ほどではないが、以前のように自由に動けなくなってしまったんだ。今のお前はまだ自由に動ける。自由に動けるうちに様々な経験をしておく事だ。やがて、俺が中山王になって、お前が世子(せいし)になれば勝手な動きはできなくなるからな。山南王としてもお前をどうこうしようとは考えまい。一応、お前の陰の警護はウニタキに頼んである。立派に代理を務めて来い」
「山南王から、どうして親父が来ないで代理なんだと聞かれたら、どう答えればいいのです」
「朝鮮(チョソン)に使者を送るので忙しいと言っておけ」
「わかりました」
 サグルーは頭を下げると一階にある重臣たちの詰め所に戻った。今のサグルーは按司になるために重臣たちから様々な事を教わっている最中だった。夕方、仕事を切り上げたサグルーは侍女のマーミにヤールーを呼んでくれと頼んだ。
 ヤールーはウニタキの配下だった。サグルーが若按司になった時、ウニタキから命じられて、サグルーの護衛を務めていた。
 サグルーはその時、初めて『三星党(みちぶしとー)』の存在を知った。父がそんな裏の組織を作っていたなんて、まったく知らなかった。そして、三星党のお頭が、旅をしながら地図を作っているという三星大親だったなんて信じられない事だった。三星大親は父と一緒に明国に行った。明国の地図でも作るつもりなのかと思っていたが、父を守るために一緒に行ったのだった。 
 サグルーが十三歳の時、父は島添大里グスクを攻め落として島添大里按司になった。十七歳の時、中山王を倒して首里グスクを奪い取った。子供だったサグルーは凄いなと思っていたが、裏で三星党の活躍があったからこその成功に違いなかった。
 東曲輪に入ったサグルーは屋敷には帰らず、物見櫓に登った。空は一面、どんよりとした雲に覆われて、海の色も暗かった。一雨来そうな空模様だった。
「お祝いの場で騒ぎは起こすまい」とサグルーは一人つぶやいた。
 ヤールーはなかなか現れなかった。今、首里に新しい拠点を作っているので、そこに行っているのかもしれなかった。ヤールーとはヤモリの事である。石垣に登るのが得意なので、そう呼ばれているかと思ったら、親に付けられた名前だと聞いて驚いた。ヤンバルの小さな漁村で生まれ、十三歳の時、先代のサミガー大主(うふぬし)と出会い、キラマの島に行って修行を積んだらしい。
 サグルーが物見櫓から降りようとした時、ヤールーは現れた。
「若按司様(わかあじぬめー)、何か御用でしょうか」とヤールーが下から声を掛けた。
 サグルーは上がって来るように手招きした。
 ヤールーは素早く登って来た。まるで、ヤモリのようだとサグルーは笑った。
「どうかしましたか」とヤールーは聞いた。
 サグルーも背が高い方だが、ヤールーはサグルーよりも高く、体格もよかった。そんな大きな体のくせに驚くほど身が軽かった。
「来月、山南王の娘の婚礼があるのを聞いているか」とサグルーは聞いた。
「聞いております。具志頭の若按司に嫁ぐとか」
「その婚礼に親父の代理として行けと言われたんだ」
「若按司様が行かれるのですか」
 サグルーはうなづいた。
「うーん」とヤールーは唸った。
「危険か」とサグルーは聞いた。
「何とも言えませんなあ。もし、山南王が若按司様のお命を奪った場合、按司様(あじぬめー)はどう出ると思いますか」
「それは当然、山南王を攻めるだろう」
 ヤールーはうなづいた。
「今の兵力では山南王は中山王にはかないません。中山王が総攻撃を掛ければ、山南王は滅びるでしょう。山南王は頭がいい。そんな馬鹿な真似はしないでしょう」
「という事は行っても危険はないのだな?」
 ヤールーは首を振った。
「以前、山南王は兄の八重瀬按司(えーじあじ)と戦った時、八重瀬按司の家族を人質に取って、人質の命と引き替えに島尻大里グスクを奪い取りました」
「俺を人質にとって、首里グスクを奪い取ると言うのか」
「その可能性がないとは言えません。グスク内では手は出しませんが、帰りが危険です」
「人質か‥‥‥もし、俺が人質になったら、親父は首里グスクを山南王に明け渡すだろうか」
 ヤールーは何も言わなかった。
「多分、明け渡さないだろう」とサグルーは言った。
「多分、その時は先手を取って山南王を攻め、若按司様を救い出す事になるでしょう。三星党の出番です」
 サグルーはうなづいて、婚礼に出席するであろう山南の按司たちの事を詳しく聞いた。
 ヤールーと別れ、屋敷に帰って妻のマカトゥダルにも相談した。マカトゥダルは驚き、そんな危険な場所に行かないでくれと言った。どうしても行くというのなら、わたしも一緒に行くと言い出して、サグルーを困らせた。妻に言わなければよかったとサグルーは後悔した。
 閏三月十日、サグルーは婚礼に出席するために島尻大里グスクへ向かった。妻のマカトゥダルと妹のサスカサを連れ、供はヤールーと八人の女子サムレーだけだった。
 島添大里グスクには二十四人の女子サムレーがいて、八人づつ三組に分かれて、交替でグスク内の警護に当たっていた。その日は二番組が非番だったので、隊長のリナーに頼んで、付いて来てもらったのだった。グスクから出る事の少ない女子サムレーたちは喜んで付いて来てくれた。
 サグルーとヤールーはヤマトゥのサムレーが着る直垂(ひたたれ)に烏帽子(えぼし)をかぶり、サスカサは白い鉢巻きを頭に巻いて、白い着物に白い袴を着け、ガーラダマ(勾玉)を首から下げている。マカトゥダルと女子サムレーたちも白い鉢巻きを巻いて、赤い着物に白い袴を着け、全員がお揃いの白柄白鞘(しろつかしろさや)の刀を腰に差して、馬に跨がっていた。先頭を行くヤールーは『三つ巴』の家紋が描かれた旗を誇らしげに持ち、大きな扇子を持ったサスカサが続いて、サグルー夫婦が並んで続き、そのあとを女子サムレーたちが従っていた。一行の姿は目立ち、何だ何だと、人々が見物に現れた。見物人たちに見送られて、サグルーたちは悠々とした態度で島尻大里グスクに向かった。
 死を覚悟したサグルーが考えに考え抜いた奇抜な策だった。女たちを引き連れて、目立つ格好をして行けば、民衆たちの間に噂が広まり、見物人が大勢現れて、山南王としても手出しができないだろうと考えたのだった。
 マカトゥダルから相談されたサスカサは、一緒に行くと言い出してサグルーを困らせた。女を二人も連れて行けるかと思ったが、いっその事、女だけを引き連れて行こうと思い付いたのだった。
 集まって来た見物人の中には三星党の者がいて、知ったかぶって、島添大里の若按司様が奥方様を連れて、山南王の御婚礼にお出かけになるのだ。従うのは若按司様の妹、サスカサヌルと島添大里名物の女子サムレーたちだと教える。それは噂となって、あっという間に各地に広まっていった。
 首里の女子サムレーは久高島参詣に従っているので、庶民たちも知っているが、島添大里の女子サムレーを知っている者は少ない。サスカサは去年、丸太引きのお祭りに島添大里の守護神を務めたが、まだそれほど有名になってはいなかった。一目見ようと興味をそそり、さらに、美人揃いだという尾ひれまで付いて、人々の話題にのぼった。
 サグルーたちが島尻大里グスクに着く頃には、島尻大里の城下の人たちまでが、中山王の孫である若按司夫婦とサスカサヌル、女子サムレーたちを一目見ようと集まって来て、山南王が慌てて警護の兵を増やす有様となっていた。
 サグルー夫婦は山南王に歓迎された。
「そなたたち親子はまったく変わっておるのう。女子のサムレーを引き連れて来るとは恐れいったわ」
 山南王は苦笑しながらそう言った。
 島尻大里グスク内では何事も起こる事なく、花嫁を送り出し、その後の祝宴も無事に終わった。帰る時には、グスクから出て来るサグルーたちを待っていた見物人たちに見送られ、途中の道中も見物人で溢れていた。大勢の見物人に囲まれて、女子サムレーたちは王様になったような気分を味わい、サグルーとマカトゥダルの夫婦とサスカサは一躍、有名人となって島添大里グスクに無事に帰って来た。
 挨拶に来たサグルー夫婦とサスカサを迎えたサハチは、「上出来だ。よくやったぞ」と満足そうに笑った。
「あんたたちの噂は首里にまで届いたのよ」とマチルギは言った。
「あたしは驚いて、すぐに帰って来たわ。まったく、代理にあんたを送り出すなんて、あたしに一言も相談しないんだから。散々、お父さんに文句を言ってやったわ」
「お母さんに言ったら心配すると思って内緒にしていたんだ」
「それにしたって、ミチ(サスカサ)まで一緒に行くなんて、あたしはもう心配で仕方なかったわよ」
「お前たち三人の名は南部に知れ渡った。よくやった。本当に見事だったぞ」とサハチが褒めると、マチルギは目に涙を溜めて三人を見ながら、何度もうなづいていた。
 サハチはサグルーに島尻大里までの道順を指示して、供の兵は二十人以下にしろと命じただけだった。まさか、妻と妹を同伴して、女子サムレー八人だけを連れて行くとは思ってもいなかった。ウニタキから道中の様子を聞いて、「民衆を味方に付けるなんて大したもんだ」と感心していたのだった。
 なお、サグルーたちが腰に差していた白柄白鞘の刀は、マチルギが女子サムレーたちに贈ったヤマトゥのお土産だった。マチルギは博多の一文字屋に百五十振りの白柄白鞘の刀を注文して、帰る時にそれを受け取って琉球まで持って来たのだった。女子サムレー全員がその刀を持っていて、サグルー夫婦とサスカサは女子サムレーから借りていったのだった。

 

 

 

摸造刀(美術刀)白金雲【はくきんうん】 大刀   美術刀剣-模造刀 忍者刀『風魔小太郎』拵え

2-42.兄弟弟子(改訂決定稿)

 旅から帰って来たササが、シンシン(杏杏)と一緒に島添大里(しましいうふざとぅ)グスクにやって来た。ササは首から下げた赤いガーラダマ(勾玉(まがたま))を自慢そうにサハチ(島添大里按司)に見せた。綺麗に輝く明るい赤色で、二寸(約六センチ)程の大きさだった。
「凄いでしょ」
「おっ、凄いな。どうしたんだ?」
 サハチが驚くと、ササは嬉しそうな顔をして、ガーラダマの由来を説明した。
「昔々、ある所に平和に暮らしているヌルたちの国がありました。真玉添(まだんすい)と呼ばれていたその国に、ある日、ヤマトゥ(日本)から来た武将が兵を率いて攻めて来ました。ヌルたちは戦いましたが、ヤマトゥの武器にはかないません。ヌルの国を治めていたチフィウフジン(聞得大君)は、みんなを助けるためにヤマトゥの武将に投降しました。チフィウフジンが捕虜になっても、ヤマトゥの武将は攻撃をやめません。ヌルたちは御宮(うみや)に祀(まつ)られていた『ティーダシル(日代)の石』と『ツキシル(月代)の石』を持ち出して逃げました。チフィウフジンの下には十二人の偉いヌルたちがいました。十二人のヌルたちは、いつの日かヌルたちの国が再興される事を祈って、十二個のガーラダマを読谷山(ゆんたんじゃ)の山の中に隠しました。それがこのガーラダマなのよ」
 そう言ってから、「地震(ねー)は大丈夫だった?」とササはサハチに聞いた。
「かなり揺れたけど大丈夫だったよ。子供たちはとても驚いたようだった」
「あたしのも見て」とシンシンがガーラダマを見せた。
 シンシンのガーラダマは神秘的な青さで、ササのより一回り小さかった。
「シンシンもヌルになったのか」と聞くと、シンシンは首を傾げて、「わからない」と言った。
「あの地震で大きな木が倒れて、ガーラダマが出て来たのよ」とササが言った。
「あと十個はどうしたんだ?」
「お母さんがヌルたちにあげるって言ってたわ。今、修行中のカナにもね」
「お前が前に持っていたガーラダマはどうしたんだ?」
「お母さんに返したわよ。あれは先代の馬天(ばてぃん)ヌルからお母さんが譲られたものなの」
「そういえば、ミチもサスカサ(運玉森ヌル)から立派なガーラダマを譲られたな」
「あのガーラダマはかなり古くて凄いものなのよ。あたしもあんなのが欲しかったんだけど、ようやく手に入れたのよ」
 嬉しそうなササを見ながら、「よかったな」とサハチは言った。赤いガーラダマはササによく似合っていた。
「佐敷ヌルのガーラダマは誰から譲られたんだ?」とサハチは聞いた。
 佐敷ヌルも立派なガーラダマを身に付けていた。佐敷ヌルは初代なので、先代はいなかった。
「あれはお母さんが各地を旅した時に見つけたって言っていたわ。あれも古い物らしいわよ。それまではお母さんが若ヌルだった頃に付けていた小さなガーラダマだったの」
「そうだったのか。さっきの話だけど、捕まったチフィウフジンはどうなったんだ?」
「その頃、運玉森(うんたまむい)にマジムン(悪霊)が出るっていう噂があって、マジムンを鎮めるためにチフィウフジンは運玉森に幽閉されてしまうの。そのまま、そこで亡くなってしまったわ。ウンタマムイのウンタマは御霊(みたま)の事なのよ。ミタマがなまってンタマになったの。あそこはチフィウフジンの御霊が眠っている森なのよ」
「マジムン屋敷があった所にある古いウタキ(御嶽)はチフィウフジンのお墓なのか」
 神妙な顔をしてササはうなづいたが、運玉森ヌルの話と違っていた。
「運玉森ヌルは、あそこはヌルたちの祭祀場(さいしば)だったと言っていたぞ」
「そうよ。あそこにもヌルたちの平和な国があったの。それを滅ぼしたのは首里(すい)の真玉添を滅ぼした武将なの。その武将はここで生まれたのよ」
「舜天(しゅんてぃん)だな」とサハチは言った。
 ササは驚いた顔をしてサハチを見た。
「どうして知っているの?」
「佐敷ヌルから聞いたんだよ。佐敷ヌルは久高島(くだかじま)のフボーヌムイ(フボー御嶽)に籠もった時、神様から琉球の歴史を延々と聴かされたそうだ」
「そうだったの。やっぱり、マシュー姉(ねえ)(佐敷ヌル)は凄いヌルなのね」
「確かに凄いんだが、その事に自分では気づいていないようだ」
 ササは笑いながら、「確かにそうかもしれない」と言った。
「ヤマトゥの武将と島添大里按司の娘との間に生まれた舜天は、運玉森のヌルたちを滅ぼして、さらに真玉添のヌルたちを滅ぼして、浦添(うらしい)にグスクを築いて浦添按司になるのよ。当時、運玉森は真玉森(まだんぬむい)と呼ばれていたのかもしれないわね」
「ところで、チフィウフジンのガーラダマはどうなったんだ?」
「それなのよ」とササはよくぞ聞いてくれましたという顔をして手を打った。
「舜天には父親と一緒にヤマトゥから来た武将が何人か従っていて、八幡(はちまん)様を神様としてお祀りしていたの。八幡様に仕える巫女(みこ)がヌルのような役目をしていたわ。ヤマトゥの巫女たちもガーラダマを身に付けていて、チフィウフジンのガーラダマはその巫女のもとへ届けられたの。でも、それを身に付けると体の具合が悪くなってしまって、長い間、しまわれたままだったの。そして、舜天の一族は英祖(えいそ)に滅ぼされるわ。英祖はチフィウフジンを復活させて、妹がチフィウフジンを継ぐの。チフィウフジンのガーラダマも身に付けるわ。英祖の娘が二代目のチフィウフジンになって、代々、ガーラダマも受け継ぐんだけど、五代目のチフィウフジンの時、ガーラダマに拒否されるの。五代目はガーラダマの厄払いをしてもらうために志喜屋の大主(しちゃぬうふぬし)に預けるんだけど、預けたまま亡くなってしまったわ」
「そこから先は親父から聞いた。馬天ヌルのガーラダマが真玉添のチフィウフジンが持っていたガーラダマなんだな」
「あのガーラダマも長い旅の末に、真玉添に戻る事ができたのよ」
「二百年の旅か‥‥‥それで、『ティーダシルの石』はどうなったんだ?」
 ササは首を振った。
「このガーラダマも『ティーダシルの石』の事は知らないのよ」
「お前、もしかして、今までの話はそのガーラダマから聞いたのか」
「そうよ」とササは当然の事のように言った。
 以前、馬天ヌルはガーラダマがしゃべると言っていた。信じられなかったが、赤いガーラダマはササにしゃべるようだ。
「シンシンのガーラダマもしゃべるのか」とサハチはシンシンに聞いた。
「しゃべるんだけど、あたしには古い琉球の言葉はわからないわ。早く、聞き取れるようにならなくちゃだめね」
 シンシンは恥ずかしそうに笑った。
 ササは言いたい事を話し終わると、佐敷ヌルに自慢してくると行って、シンシンと一緒に去って行った。
 お茶を持って入って来たナツが、「あら、もう帰ったの?」とサハチに聞いた。
「東曲輪(あがりくるわ)に行ったらしい」
「そう。お祭り(うまちー)の準備を手伝ってくれるのね」
 サハチはうなづいて、ナツからお茶を受け取って飲んだ。
 島添大里グスクのお祭りの前日、ヂャンサンフォン(張三豊)が修理亮(しゅりのすけ)を連れて帰って来た。サハチがヂャンサンフォンの屋敷に行くと、兼(かに)グスク按司も一緒にいた。相変わらず、供も連れずに一人でやって来ていた。娘のサスカサ(島添大里ヌル)が言う通り、サハチは馬鹿にされているようだ。
琉球は面白い所じゃのう」とヂャンサンフォンは機嫌よさそうに言った。
「阿波根(あーぐん)グスクの近くに大きなガマ(洞窟)があって、そこで修行をしていたんじゃ。ガマの中は思っていたよりずっと広くて、川が流れていたのには驚いた。一か月間、ずっとガマの中で暮らしておったんじゃよ。いい修行になったわ」
 百歳を過ぎてもまだ修行を続けるなんて大した人だとサハチは感心していた。
「修理亮もンマムイ(馬思)も一か月で見違える程に強くなった」
「ンマムイ?」とサハチは言って、兼グスク按司を見た。
「俺の童名(わらびなー)ですよ。親父が船(ふに)で、兄貴が金(かに)で、俺が馬(んま)、弟たちは石(いし)、砂(しな)、水(みじ)です。皆、祖父(じい)さん(察度)が付けたんです。俺だけが生き物なので、ましな方ですよ」
 兼グスク按司は苦笑した。
「俺はお前の祖父さんには会った事ないが、変わった男のようだな」
「お前は祖父さんに似ていると親父によく言われましたよ。ところで、島添大里殿、お手合わせをお願いしたいのですが、いかかですか」
「お手合わせというと木剣? それとも、棒か」
武当拳(ウーダンけん)です」
武当拳なら俺もまだまだ修行中の身だ。あれからどれだけ上達したのか、師匠に見てもらおう」
 サハチは明国(みんこく)の旅の間、ずっと日課として続けていた静座(呼吸法)と套路(タオルー)(形の稽古)は帰って来てからも続けていた。自分ではかなり上達したと思っているが、ヂャンサンフォンとシンシンがヤマトゥ旅に出てしまったので、どれだけ強くなったのかわからなかった。時々、ウニタキ(三星大親)と試合をしてもお互いの技量が同じなので、上達具合はわからなかった。
 サハチと兼グスク按司は庭に出て、ヂャンサンフォンの立ち会いのもと試合を始めた。
 兼グスク按司の拳は凄い威力があった。一か月の修行でこれほど強くなるなんて予想外な事だった。まともに当たれば骨が砕けるだろうが、サハチには受け流す事ができた。次から次へと素早く繰り出す兼グスク按司の拳や蹴りをサハチは必死になって受け流した。受け流すばかりで、なかなか攻撃する事はできなかった。
 兼グスク按司の鋭い右拳を左掌で受け流して、右掌で兼グスク按司の胸を打とうとした時、ヂャンサンフォンの「それまで!」という声が響き渡った。
 サハチの右掌は兼グスク按司の胸に軽く触れただけで止まった。
「かなり上達したのう」とヂャンサンフォンは満足そうな顔でサハチに言った。
「今の一撃をまともに食らえば、お前の内蔵は破壊されていたじゃろう」とヂャンサンフォンは兼グスク按司に言った。
「えっ?」とサハチは驚いた。
「内蔵が破壊されるとはどういう事なのです?」
「お前の右掌から出る『気』の力によって、内蔵が破壊されてしまうんじゃよ。無闇に使ってはならんぞ」
 突然、兼グスク按司が土下座をした。
「参りました。島添大里殿、これからは師兄(シージォン)と呼ばせて下さい」
「シージォン?」
「兄弟子の事じゃよ」とヂャンサンフォンが説明した。
「ンマムイは明国で少林拳(シャオリンけん)の修行を積んでいるんじゃ。少林拳というのは嵩山(ソンシャン)にある禅宗寺院の少林寺(シャオリンスー)で発達した拳術じゃ。少林拳は『力』を使う拳術で、武当拳は『気』を使う拳術なんじゃ。サハチは拳術の事など何も知らんで修行を積んできた。何も知らんから『気』を練る事も自然に覚えていった。ンマムイは少林拳を身に付けてしまったために、どうしても力を使いたがる。サハチに簡単に勝てると思っていたのに負けてしまった。さぞや、がっかりしている事じゃろう。だが、素直に負けを認めたのはあっぱれじゃ。これからは兄弟弟子として、修行に励む事じゃ」
 その夜、サハチはヂャンサンフォンの屋敷で、兼グスク按司、修理亮と一緒に、兄弟弟子の盃(さかずき)を交わした。サハチが兄で、兼グスク按司が弟、修理亮は兼グスク按司よりも先に弟子入りしているので、兼グスク按司の兄で、サハチの弟だった。
 弟弟子の事は師弟(シーディ)と呼び、姉弟子は師姐(シージェ)と呼ぶらしい。シンシンはサハチにとってシージェで、ファイチ(懐機)はシージォンだった。
 兼グスク按司はサハチの事を師兄と呼び続け、サハチが兼グスク殿と呼ぶと、その呼び方はやめて、師弟かンマムイと呼んでくれと言った。サハチはンマムイと呼ぶ事にした。
 ンマムイは二度、明国に渡っていた。初めて行った時に少林拳の師と出会い、その技に魅了されて熱中した。二度目の時は、ヂャンサンフォンの噂を聞いて武当山(ウーダンシャン)まで訪ねたが会う事はできなかったらしい。
 ンマムイは師兄に自分の事を知ってもらいたいと言って、酒を飲みながら身の上話を始めた。
 浦添(うらしい)グスクの御内原(うーちばる)で、中山王(ちゅうざんおう)察度(さとぅ)の孫として生まれたンマムイは、女たちに囲まれて何不自由なく育った。王妃だった母親は山南王(シタルー)の姉で、八重瀬按司(えーじあじ)(タブチ)の姉でもあり、今は八重瀬グスクにいるという。祖母は高麗人(こーれーんちゅ)だった。ンマムイは祖母に可愛がられ、父親(武寧)の側室だった高麗の女たちにも可愛がられたらしい。高麗の言葉も自然に覚えて、朝鮮(チョソン)に二度も行ったという。
 朝鮮の都の漢城府(ハンソンブ)(ソウル)にも行ったのかとサハチが聞いたら、その頃の都は漢城府ではなく、開京(ケギョン)(開城市)だったという。ンマムイが朝鮮に行った前年に内乱が起こって王様が変わり、都も漢城府から高麗の都だった開京に戻ったらしい。二度目に行った時も内乱が起こって王様が変わり、その翌年に、都はまた漢城府に戻ったという。
「お前は朝鮮の言葉がわかるのか」と聞くと、「何とか通じましたよ」とンマムイは笑った。
 十二歳になった正月、御内原を出て二の曲輪にある屋敷に移り、兄と暮らしながら読み書きや武術を習い始めた。その時は読み書きも武術も面白くなく、御内原で女たちと一緒にいた方が楽しく、御内原に行っては父親に怒られていた。
 十三歳の時には大叔父(泰期(たち))の宇座(うーじゃ)の牧場に行って、一年余りを馬と一緒に過ごしていた。浦添グスクに帰るつもりはなかったが、強制的に連れ戻されて、退屈な日々を過ごし、隠れて御内原に行っては女たちと遊んでいた。
「お前が宇座にいたのは、いつ頃の事だ?」とサハチは聞いた。
「あれは今帰仁(なきじん)の戦(いくさ)が始まる前でした。戦が始まるから、ちゃんと留守番をしていろと言われて連れ戻されたのです」
「そうか。今帰仁合戦のあと、俺は宇座の牧場に行っている。お前が帰ったあとだったんだな」
「大叔父を知っているんですか」とンマムイは驚いた。
「何度かお世話になっているんだ。お前、御隠居(ぐいんちゅ)の倅のクグルーを知っているだろう」
「ええ、あの時、五歳くらいでした。一緒に馬に乗って遊びましたよ」
「クグルーは今、ここにいる」
「えっ? 大叔父が亡くなったあと、母親と一緒に去って行ったと聞きました。ウミンチュ(漁師)になったものと思っていましたが、ここにいるのですか」
「ああ。ここのサムレーだ。ヂャンサンフォン殿と一緒にヤマトゥ旅に行って来たんだ」
「そうだったのですか。しかし、どうして、クグルーがここにいるのですか」
「御隠居様の気まぐれだろう。御隠居様はお前の親父と喧嘩していたからな」
「そうでしたね。親父と喧嘩して以来、大叔父は浦添には来なくなりました。俺が明国から帰って来たら、すでに亡くなっていました」
「もう一つ聞きたいんだが、高麗から送られた美女に会った事はあるのか」
「勿論、ありますよ。あれは俺が御内原を出た年の冬にやって来ました。祖母に用があると言っては御内原に行って、高麗の言葉で話をしましたよ」
「やはり、絶世の美女なのか」
「本当に綺麗な人でした。でも、いつも悲しそうな顔をしていました。俺もまだ子供でしたからね、あの人も気を許して、色々な話をしてくれたんだと思います。でも、俺があの人に会っている事が親父にばれて、宇座に行けって追い出されたわけです」
「親父の美女に言い寄って追い出されたのか」とサハチは笑った。
「言い寄ってはいませんよ」とンマムイは真面目な顔をして答えた。
「あの人は四つも年上でしたからね。とても、言い寄るなんてできません。あのあと、俺より一つ年上の高麗の娘が御内原に入って来たんですよ。その娘には言い寄りました」
 ンマムイはニヤニヤと笑った。
「いい思いをしたわけだな。ところで、御内原にはナーサがいただろう」
 ナーサの名を聞いた途端、ンマムイは驚いて、飲もうとしていた酒をこぼしそうになった。
「ナーサを知っているんですか」
「ああ、知っている。ナーサも絶世の美女だろう」
「ナーサはマジムン(化け物)ですよ。いつまで経っても若くて綺麗だった。そして、俺にとっては一番恐ろしい人でした」
「ナーサに怒られてばかりいたんだな」
「はい」とンマムイうなづき、「師兄がどうしてナーサを知っているのです」と聞いた。
「ナーサは奥間(うくま)の女でな、俺も奥間とは古い付き合いなんだよ」
「奥間ですか‥‥‥行った事はあります。ヤンバル(琉球北部)の静かな村でした」
「今、ナーサは首里で遊女屋(じゅりぬやー)をやっている。お前が顔を出したら懐かしがるかもしれんぞ」
「ナーサが遊女屋?」
「その名も『宇久真(うくま)』という店だ」
 信じられんと言った顔をしてンマムイは首を振っていた。サハチは話を続けてくれと促した。
 十五歳の夏、祖父の察度が首里天閣(すいてぃんかく)に移った。ンマムイも首里天閣で過ごす時が多くなり、そこで剣術の師匠となる阿蘇弥太郎(あそやたろう)と出会った。弥太郎と出会ってから剣術に夢中になり、弥太郎と一緒に琉球を旅しながら、剣術の修行に励んだ。
 十七歳の時に山北王(さんほくおう)の妹のマハニ(真羽)を妻に迎えた。十八歳の春と二十歳の秋、明国に渡り、二十二歳の夏と二十三歳の夏に朝鮮に渡った。二十五歳の時に阿波根にグスクを築いて兼グスク按司となった。
 三年前の戦の時は、父の武寧(ぶねい)(中山王)に命じられて、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクの包囲陣に加わった。浦添グスクが攻め落とされて、父や兄弟が殺され、首里(すい)グスクも奪われたと聞いた時は信じられなかった。そんな大それた事をする奴がいるなんて考えられなかった。それがサハチだと知った時、親兄弟の敵を討つために殺さなければならないと思った。
 去年、弟のイシムイ(石思)が叔父の山南王(シタルー)の力を借りて、久高島参詣に向かう中山王を襲撃したが失敗に終わった。ンマムイも襲撃に加わりたかったが、山南王に止められた。ンマムイが加わっていた事がわかると中山王に攻撃の口実を与えてしまう事になる。裏で力を貸しても、表では知らん顔をしていなければならないと言われた。
 『ハーリー』の時、サハチの帰り道を襲撃する計画も立てたが、突然のヂャンサンフォンの出現によって中止となった。ヂャンサンフォンとの出会いは、敵討ちよりもずっと重要な事だった。運命を変える出来事といってもよかった。
 正式に弟子入りしようと思ったら、ヤマトゥに行ってしまった。帰って来るのを首を長くして待って、ようやく弟子になることができた。ガマの中で一か月の修行を積み、腕に自信を持ったンマムイはサハチに試合を挑んだ。試合なので殺す事はできないが、腕の骨を折って、二度と刀を持てない体にしてやろうとたくらんでいた。しかし、サハチは思っていた以上に強かった。もう敵討ちはきっぱりとやめましたとンマムイは言った。
「兄弟弟子となった今、師兄に逆らう事はできません。何事も師兄に従います。もし、師兄を裏切る事になった場合、俺は師匠を初め、兄弟弟子すべてを敵に回す事になります。そうなったら、俺は生きてはいけません。信じて下さい。それに今日、色々と話を聞いて、俺は師兄を誤解していた事がわかりました。師兄は大叔父とナーサと親しかったようです。その二人は俺にとって特別な人でした。周りの者たちが俺の事を変わり者呼ばわりして変な目で見る中で、その二人だけは俺の事を理解してくれました。その二人が親しくしていた師兄は決して、敵ではありません」
 ンマムイは真剣な顔をして、涙目でそう言うが、サハチには簡単に信じる事はできなかった。
「ンマムイの剣術の師匠の阿蘇弥太郎殿は慈恩禅師(じおんぜんじ)殿の弟子でした」と修理亮が言った。
「ヒューガ(日向大親)殿が琉球に来てから弟子になったようです。ヒューガ殿と同じように九州で共に旅をしながら修行を積んだようです。わたしがヒューガ殿の事を教えると、異国の地で兄弟子に出会うとは奇遇だと言って会いに行ったようです」
「ほう。慈恩禅師殿の弟子が二人も琉球にいるのか‥‥‥確かに奇遇だな」
「ヤマトゥに帰ったら、必ず、慈恩禅師殿を見つけ出して、その事を告げようと思っています」
「できれば、慈恩禅師殿を琉球に連れて来てくれ」とサハチは修理亮に頼んだ。
「そうですね。見つけ出して連れて来ます」
「俺も是非会いたい」とンマムイも言った。
 ンマムイはその晩、ヂャンサンフォンの屋敷に泊まった。
 島添大里グスクのお祭りは首里に負けないほどの賑わいだった。佐敷から首里に行くには日帰りするには遠いので、首里のお祭りに行けなかった人たちが皆、島添大里グスクに集まって来た。馬天浜の『対馬館(つしまかん)』の船乗りたちもサミガー大主(うふぬし)(ウミンター)と一緒にやって来た。
 玉グスクの若按司夫婦、知念(ちにん)の若按司夫婦、糸数(いちかじ)の若按司夫婦、垣花(かきぬはな)の若按司夫婦、八重瀬(えーじ)の若按司夫婦が揃ってやって来た。明国との交易のお陰で城下も栄えてきたと皆がサハチにお礼を言った。
 玉グスクの若按司の妻と知念の若按司の妻はサハチの妹で、久し振りの兄弟の再会を喜んだ。
 タブチの長男の若按司に会うのは初めてだった。タブチによく似ていて、年の頃は三十前後の体格のいい男だった。父がお世話になっておりますと礼儀正しく頭を下げた。与那原大親(ゆなばるうふや)になったマタルーの妻、マカミーはタブチの娘で、兄と糸数の若按司に嫁いだ妹との再会に大喜びした。
 大(うふ)グスク按司夫婦も大グスクヌルと一緒にやって来た。大グスクヌルの顔を見るとなぜか、子供の頃を思い出して、からかいたくなってくる。
「マレビト神は見つかりましたか」と聞いたら、大グスクヌルは笑って、「子供の頃、馬天浜から遊びに来ていた男の子がいました。今思えば、あの子がマレビト神だったのかもしれませんねえ」と言った。
 その男の子とはサハチの事だった。サハチと大グスクヌルは、はとこ同士だった。マレビト神であるはずがない。大グスクヌルはサハチを見ながらクスクス笑っていた。からかわれたのはサハチの方だった。
 驚いた事に豊見(とぅゆみ)グスク按司が妻を連れてやって来た。豊見グスク按司の妻のマチルーが島添大里グスクに来たのは嫁いでから初めての事だった。今年のハーリーに中山王と王妃を出してもらうために、山南王が送ったのに違いなかった。
 マチルーは佐敷ヌル、玉グスク若按司の妻のマナミー、知念若按司の妻、マカマドゥに大歓迎された。四姉妹が揃うのは何年振りの事だろう。今、明国に行っているクルーの妻のウミトゥクは突然、兄の豊見グスク按司が現れたので、涙を流しながら再会を喜んでいた。マカマドゥはサハチの側室になったナツとの再会も喜び、夢がかなってよかったねと言っていた。
 庶民たちに開放された東曲輪の舞台では、娘たちの踊りや笛の演奏が披露された。サハチとウニタキの子供たちに、佐敷ヌルとユリの娘も混ざって笛の合奏が行なわれ、首里のお祭りと同じように、ユリ、ササ、ウミチル、チタの笛の競演もあり、サハチも笛を吹いた。娘と一緒に舞台に立って気をよくしたウニタキも、ミヨンと一緒に三弦(サンシェン)を弾きながら歌を披露した。
 ンマムイはヂャンサンフォンと修理亮と一緒に舞台の前に座り込んで、お祭りを楽しんでいた。サハチが一の曲輪の屋敷の一階の大広間で身内たちと一緒に祝い酒を飲んでいると、ンマムイはわざわざ挨拶に来て、「師兄、充分に楽しませていただきました。俺も笛を始めようと思っております」と言って、深く頭を下げて帰って行った。
 サハチと話をしていた豊見グスク按司が、「今のは兼グスク按司では?」と聞いた。
 サハチはうなづいて、「なぜか、俺はあいつの兄弟子になってしまったようだ」と言った。
「前から変わっている奴だとは思っていましたが、敵(かたき)である兄上を兄弟子として敬うとは、一体、何を考えているのでしょう」
「俺にもわからんよ」とサハチは笑った。
 豊見グスク按司から兼グスク按司の事は山南王の耳に入るだろう。山南王がどう出るかが見物(みもの)だった。

 

 

 

 

少林拳術 羅漢拳―基本から戦闘技術まで (武道選書)   太極拳の真髄―簡化24式太極拳編者の理論解説と歴史

2-41.眠りから覚めたガーラダマ(改訂決定稿)

 二月九日、三度目の首里(すい)グスクのお祭り(うまちー)が始まった。今年は楼閣の普請中で西曲輪(いりくるわ)が使えないため、北曲輪(にしくるわ)で行なわれた。西曲輪に上がれないので、百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)(正殿)を見る事はできないが、城下の人たちは恒例のお祭りを楽しみにしていて、多くの人たちで賑わった。
 何とか準備が間に合って、佐敷ヌルもほっとしていた。今年の佐敷ヌルは博多で手に入れた綺麗な花を散りばめたヤマトゥ(日本)の着物を着ていて、お揃いの着物を着たユリと一緒に舞台の進行役を務めていた。
 佐敷ヌルを知らない者はいないが、一緒にいる美人は誰だと人々の話題に上った。ユリという名で、水軍大将のヒューガ(日向大親)の娘だとわかると、あっという間に城下に広まって、ユリを見るために、さらに人々が集まって来た。
 佐敷ヌルはユリの笛の音を聞いて、すっかり魅了されてしまった。佐敷ヌルは平田大親(ひらたうふや)の妻、ウミチルの笛も聞いているし、サハチ(島添大里按司)の笛も聞いている。以前は笛に興味がなかったのに、ヤマトゥ旅から帰って来たら興味を持つようになったらしい。対馬の自然の中で何かを感じたのかもしれなかった。
 佐敷ヌルはユリに笛を教えてくれと頼んだ。ユリは快く引き受けて、さらにお祭りの準備も手伝ってくれたのだった。
 舞台ではユリ、ウミチル、ササ、女子(いなぐ)サムレーのチタの笛の競演が行なわれ、大喝采を浴びていた。ササに引っ張られて無理やり舞台に上げられたサハチも笛を披露した。佐敷ヌルに頼まれたと言って、ウニタキ(三星大親)が娘のミヨンと一緒に三弦(サンシェン)を披露した。三弦を弾きながら歌うウニタキの歌は哀調を帯びていて人々を感動させた。一転して躍動的な明るい歌になると、踊り出す人たちも現れ、歌に合わせて指笛も響き渡った。
 ササはシンシン(杏杏)と三星党(みちぶしとー)のシズと三人で、例年のように城下の娘に扮して見回りをした。マウシは五番組のサムレーとしてグスクの警護に当たり、八番組のジルムイは浮島(那覇)の警護に当たっていた。
 今年は去年よりも人出が多く、ヤマトゥンチュ(日本人)たちも大勢やって来たが、騒ぎが起こる事もなく、無事にお祭りは終了した。
 お祭りの翌日、御内原(うーちばる)で舞台の再現が行なわれた。お祭りに行けない女たちのために、舞台を再現するのは恒例行事となって、御内原は一日遅れのお祭りを楽しんだ。
 お祭りの後片付けが終わると佐敷ヌルはユリを連れて島添大里(しましいうふざとぅ)に帰った。今度は二十九日に島添大里グスクのお祭りがあった。休む間もなく、その準備を始めなければならない。佐敷ヌルとユリの娘はナツに預けてあった。サハチの子供たちと一緒に、相変わらず笛を吹いて遊んでいた。
 島添大里グスクのお祭りは、サハチが島添大里グスクを奪い取った時に、周りに警戒されないように盛大に催したお祭りだった。たった一度のお祭りを復活させて、今年から毎年行なうように決めたのだった。さらに、四月二十一日は佐敷グスクのお祭り、九月十日は平田グスクのお祭りも催す事に決まった。共にグスクを築き始めた日だった。最初のお祭りなので、すべて、佐敷ヌルに取り仕切ってもらう事になった。お祭り奉行(うまちーぶぎょう)に任命された佐敷ヌルは、忙しいわねと言いながらもお祭りが増えるのは嬉しいようだった。
 御内原でのお祭りの次の日、馬天(ばてぃん)ヌルはササとシンシン、ユミーとクルーを連れて旅立った。護衛に奥間大親(うくまうふや)がついて行った。『ティーダシル(日代)の石』を探す旅だった。
 サハチは馬天ヌルから『ティーダシルの石』の事を聞いて驚いた。話を聞いてみれば、成程とうなづけた。『ツキシル(月代)の石』があって、太陽の石がないというのはおかしな事だった。太陽と月が揃って、キーヌウチ(首里グスク内のウタキ)は完成する。光る石がもう一つあるなんて信じられないが、馬天ヌルが探し出すのが楽しみだった。新しい謎にぶつかって、馬天ヌルは生き生きしていた。
「必ず見つけて来るわね」と張り切って出掛けて行った。
 マチルギは忙しい毎日に戻り、首里にいる事が多くなった。もうすぐ、浦添(うらしい)グスクが再建されるので、浦添に行く侍女や女子(いなぐ)サムレーを選ばなければならない。そして、その補充のため、キラマ(慶良間)の島から修行を積んだ娘たちを呼ばなければならなかった。
 サハチは朝鮮(チョソン)とヤマトゥに行く計画をじっくりと練り、半年間の留守中に何事も起きないように手配しなければならなかった。
 ウニタキからの報告によると、山南王(さんなんおう)(シタルー)は二年前に娘婿に迎えた承察度(うふざとぅ)(先々代の山南王)の弟を長嶺按司(ながんみあじ)に任命して、もうすぐ完成する長嶺グスクを守らせるようだという。守りを固めて、やがては首里を攻めるつもりに違いない。
 山北王(さんほくおう)(攀安知)は恩納(うんな)と金武(きん)にグスクを築いたあと、他にグスクを築いている様子はなく、今帰仁(なきじん)グスクの二の曲輪を改築していたらしい。首里グスクを真似して二の曲輪に御庭(うなー)を造り、元旦の儀式はそこに家臣たちを並べて行なったという。
 去年、山北王は進貢船(しんくんしん)に兵を乗せて徳之島(とぅくぬしま)を攻めた。
「今年も進貢船を明国(みんこく)に送らないのか」と聞くと、
「今年は奄美(あまみ)の大島(うふしま)を攻めるらしいぞ」とウニタキは言った。
 サハチは昔、奄美大島の手前にある島で水の補給をしたのを思い出した。山北王に奄美大島を取られると、伊平屋島(いひゃじま)のあとトカラの宝島まで、どこの島にも寄れなくなってしまう。水の補給ができないとなると進貢船に積み込む水のように、一度沸かさなければならなくなる。手間が掛かるが仕方がない。今、奄美大島を守るために、山北王と戦(いくさ)をするわけにはいかなかった。
「山北王は進貢(しんくん)はやめたのか」とサハチはウニタキに聞いた。
「リンジェンフォン(林剣峰)との密貿易で手に入る商品で充分に間に合うのだろう。去年は三隻の船でやって来ている」
「山北王との交易で、リンジェンフォンは益々、勢力を拡大するな」
「それは三姉妹にも言える事だ。いつの日か、三姉妹とリンジェンフォンは戦うだろう。三姉妹が勝てばリンジェンフォンは来なくなり、山北王は困った立場に追い込まれる」
「三姉妹たちはリンジェンフォンに勝てるだろうか」
メイリン(美玲)は新しい拠点にした西湖のほとりはいい場所だと言っていた。かつて、あの辺りは三人の祖父、ヂャンシーチォン(張士誠)の支配地だったので、隠れていた祖父の家臣たちが密かにやって来て、力を貸してくれるらしい」
「三姉妹がヂャンシーチォンの孫だとわかったら危険じゃないのか」
「わかったら危険だ。永楽帝(えいらくてい)が黙っていないだろう。あの屋敷では三姉妹は倭寇(わこう)に襲撃されて広州(グゥァンジョウ)から逃げて来た商人の娘たちという事になっている。毎日、着飾って優雅に暮らしていて、海賊だと疑う者は誰もいない。それでも、裏の世界では三姉妹がヂャンシーチォンの孫だという事は知れ渡っているらしい」
「裏の世界というのは何なんだ?」
「あの国は歴史が古い。明(みん)の国の前は元(げん)の国で、その前は宋(そう)の国だった。国が変わる度に殺された者たちの数は物凄い数に上る。生き残った者たちは裏の世界に隠れるんだ。どういう仕組みになっているのかは知らんが、そういう世界があるようだ。武当山(ウーダンシャン)を破壊した白蓮教(びゃくれんきょう)の者たちも裏の世界に隠れていて、密かに手を結ぼうとやって来たらしい」
「そうなのか‥‥‥」
「今は三姉妹も慎重に動いている。そいつらが本物かどうか確かめなくては下手(へた)に動けんからな」
「どうやってそれを調べるんだ?」
「それを調べるために、メイリンは『三星党(みちぶしとー)』のような組織を作ると言っていた。俺は配下の者をメイリンに付けて明国に送ったんだ」
「なに、配下の者をか」
「以前、ファイチ(懐機)の護衛に付けていた奴らで、明国の言葉がしゃべれる二人だ。その二人を中心に組織を作れば、裏の世界も探れるだろう。そして、裏の世界を味方に付ければ、三姉妹の勢力はリンジェンフォンを凌ぐ事になる」
「そうか‥‥‥うまく行くといいな」
 ウニタキは今、首里のビンダキ(弁ヶ岳)の拠点作りに熱中していた。
 去年、山南王と約束した、『ハーリー』に中山王(ちゅうざんおう)の龍舟(りゅうぶに)を出すための準備をそろそろ始めなくてはならない時期になっていた。龍舟を出すのはいいが、もう一つの約束、中山王と王妃を豊見(とぅゆみ)グスクに来させてくれというのをどうしたらいいか、サハチは思紹(ししょう)(中山王)と相談した。
「わしが行くのは構わんが、王妃も一緒に行くのか」と思紹は彫刻の手を止めて、サハチを見た。
「王妃だけでなく、孫たちも連れて来いと言っていました。実際、ハーリーの日の豊見グスクの中は子供たちだらけでした」
「危険ではないのか」
「グスク内は大丈夫でしょうが、行き帰りは何者かの襲撃があるかもしれません」
「何者かとは?」
「武寧(ぶねい)(先代中山王)の弟の米須按司(くみしあじ)と瀬長按司(しながあじ)、武寧の次男の兼(かに)グスク按司です。去年は兼グスク按司が襲撃を計画していましたが、ヂャンサンフォン(張三豊)殿のお陰で助かりました」
「ヂャンサンフォン殿は修理亮(しゅりのすけ)を連れて、兼グスク按司の阿波根(あーぐん)グスクに行っているそうじゃないか。大丈夫なのか」
 サハチがマチルギと語り合っていた夜の翌日、ヂャンサンフォンはナツに伝言を残して、兼グスク按司のもとへ行ったのだった。
「ウニタキの配下が見張っています。阿波根グスクの近くに大きなガマ(洞窟)があって、そこでヂャンサンフォン殿の指導のもと、兼グスク按司は修行を積んでいるようです」
「お前たちがやった暗闇を歩いたりする修行をか」
「多分、そうでしょう」
 思紹はうなづいて、「王妃に孫たちか」と言った。
「孫たちは喜ぶだろうが、シタルー(山南王)は大丈夫か。全員が捕まってしまい、殺されたくなかったら首里グスクを引き渡せと言ってきたらどうする?」
「シタルーがそんな事はしないとは思いますが、ないとは言えません。女子サムレーを侍女にして、孫たちの面倒を見させますか」
「それにしたって、子供たちを守るのは難しいぞ。一人が捕まってしまえば、手出しができなくなる」
「孫たちを連れて行くのはやめて、王と王妃だけにしますか」
 思紹はうなづいた。
「王妃だけなら何とか守れるじゃろう。今回は様子を見て、来年以降の事を考えよう」
 サハチもそれで納得した。
「ところで、何を彫っているのです?」とサハチが思紹に聞くと、「麒麟(きりん)」と答えた。
「縁起のいい動物らしい」と言って、思紹は彫りかけの麒麟を見せた。
「不思議な動物ですね。そんなのが実際にいるんですか」
 思紹は首を傾げた。
「ヂャンサンフォン殿に聞いたら、明国の山奥に行けばいるかもしれんと言っておった」
「頭は龍に似ていて、体は牛で、足は馬ですかね」とサハチは言って、手を振ると思紹と別れた。


 『ティーダシルの石』を探しに行った馬天ヌルたちは勝連(かちりん)グスクに向かい、勝連ヌルの協力のもとグスクの中は勿論、グスクの周辺も探し回ったが、それらしい石は見つからなかった。ただ、ササの導きで、山中にある『望月党』の隠れ家を見つけた。ウニタキによって望月党が壊滅されてから四年近くが経っているが、その後、誰かが来たという形跡はなく、あちこちに白骨化した死骸が放置されていた。
「放って置いたら危険だわ」と馬天ヌルは言って、ササもうなづいた。
 望月党はウニタキの存在を知らなかった。突然の襲撃に遭い、勝連按司の仕業だと思っていた。殺された者たちはマジムン(悪霊)となって、勝連グスクに集まった。勝連グスクでマジムン退治はしたが、マジムンとなったこの場所を祓(はら)い清めなければならなかった。
 みんなで白骨を拾い集めて、屋敷の裏にある岩陰にまとめて、お祓(はら)いをした。いつの間にか日が暮れてしまい、その晩は望月党の隠れ家に泊まった。綺麗に掃除をすれば、まだ充分に使える屋敷だった。ウニタキに言って、拠点に使えばいいわと馬天ヌルは言った。
 甕(かーみ)に入った猪(やましし)の肉の塩漬けがあったので、それを焼いて食べ、空腹を凌いだ。
 勝連から山田に向かい、山田按司に歓迎された。山田按司に聞いてみたが、今まで、光る石を見た事はないし、そんな噂も聞いた事がないという。それでも一応、マウシの姉の山田ヌルと一緒にグスク内とその周辺を探してみたが何も出て来なかった。
 山田グスクをあとにして海辺に出た時、「傷ついたヌルたちが上陸するのが見えた」と突然、ササが言った。
「ここから上陸したの?」と馬天ヌルが期待を込めて聞くと、ササは首を傾げた。
「ここじゃないみたい」
 そう言って、ササは右を見て、左を見て、左の方を指さした。一行は海岸に沿って左へと向かった。やがて海岸は岩場になり、上陸できるような場所ではなくなった。さらに進むと砂浜が現れた。
「ここかしら?」と馬天ヌルがササを見た。
 ササは目を閉じて、しばらくして左の方を向いて、「もっと向こうよ」と言った。
 砂浜が途切れて、また岩場が続き、川に出た。少し上流まで行って、川の中に入って渡った。川に沿って下流に行くと、ウミンチュ(漁師)たちの家々が建ち並ぶ集落に出た。海辺に出ると砂浜が続いていた。
「ここよ」とササが言った。
「ヌルたちはここから上陸したんだわ」
 馬天ヌルは海の方を眺め、振り返って集落の方を見た。
「ここはクグルー(小五郎)のお母さんの生まれ村(じま)だわ。確か、長浜っていう所よ。宇座(うーじゃ)の牧場はすぐそこよ」
 馬天ヌルは前回、運天泊(うんてぃんどぅまい)まで行った帰りに宇座の牧場に寄っていた。サハチやマチルギから話を聞いて、一度、行ってみたかったのだった。宇座按司に歓迎されて、サハチの事や明国の話を聞いて過ごした。ササとシンシンはヂャンサンフォンと一緒に旅に出た時、宇座按司のお世話になっていた。
「今晩は宇座の牧場に泊めてもらいましょう」とササが楽しそうに言った。
「仔馬が可愛かったわね」とシンシンが嬉しそうな顔をした。
「上陸したヌルたちはどこに行ったの?」と馬天ヌルがササに聞いた。
 ササは目を閉じて、しばらく考えていた。
「二百年前はこんなにもおうちがなかったわ」
 そう言って、集落の先に見える小高い森を示した。
「多分、あの山ね」
 ササが示した山に向かう途中、地面がぐらっと揺れた。
「なに、どうしたの?」とササが叫んだ。
地震(ねー)だわ」と馬天ヌルが言った。
 揺れはしばらく続いた。皆、地面に座り込んで揺れが治まるのを待った。
「びっくりした」と揺れが治まるとササが言った。
 シンシンは青ざめた顔をしてササを見ると、「一体、何なの?」と聞いた。
「もう大丈夫よ」とササはシンシンに言った。
地震なんて久し振りだわね」と馬天ヌルは奥間大親を見た。
「結構大きな地震でしたね。被害が出なければいいが‥‥‥」と奥間大親は心配そうに辺りを見回した。
 集落の方を見ても、家が倒れているような様子はなかった。一行は気を取り直して山へと向かった。また地震が来ないかしらと心配しながら、山の中を探し回ったが、『ティーダシルの石』は見つからなかった。山から下りる時、大きな木が倒れて、行く手をふさいでいた。
「さっきの地震で倒れたのね」と馬天ヌルが言った。
「かなり古い木だわ」とササが言った。
 大きな根が掘り起こされて、地面に大きな穴が空いていた。
「あれ、何かしら?」とササが言って、穴の中に入って行った。
「気をつけなさいよ」と馬天ヌルが言った。
 シンシンもササのあとを追って、穴の中に入った。
「見て、ガーラダマ(勾玉(まがたま))よ」とササが叫んだ。
「凄い。いっぱいあるわ」
 様々な色をしたガーラダマが壊れた木の箱に入っていた。
地震のお陰で土の中から出て来たんだわ」とササが言って、大きな真っ赤なガーラダマを手に取って眺めた。
 馬天ヌルたちもササのそばに行った。
「凄いわね」と馬天ヌルもガーラダマを手に取って眺めた。
「かなり古い物だわ」
 ユミーとクルーも凄いわと言いながら、ガーラダマを手に取った。
「ねえ、これ、もらってもいい」とササが真っ赤なガーラダマを馬天ヌルに見せながら言った。
「それはガーラダマが決めるわ。身に付けて、具合が悪くならなければ、それはあなたのものよ」
「大丈夫よ。神様があたしのために掘り出してくれたのよ」
 馬天ヌルは笑って、「まずは神様にお祈りしましょう」と言った。
 馬天ヌル、ササ、シンシン、ユミー、クルーはガーラダマを前にしてお祈りを捧げた。
 お祈りのあと、「傷ついたヌルたちがここに埋めたのよ」とササが言った。
「すると二百年前のガーラダマね」と馬天ヌルが言って、「ねえ、そのヌルたち、石を運んでいるの?」とササに聞いた。
「石は運んでいないわ。箱のような物をいくつも持っていたわ」
「この箱以外にもまだ箱があるのね」
「そうみたい」
 穴の中を探してみたが、ほかの箱は見つからなかった。二百年の間に誰かが掘り起こしてしまったのか、あるいは別の所に埋まっているのかもしれない。ヌルたちが石を持っていなかったのなら、『ティーダシルの石』は別の場所に持って行ったのかもしれなかった。もっと、北の方に持って行ったのかもしれない。敵地に潜入しなければならないかと思ったが、ふと、以前、サスカサ(運玉森ヌル)から言われた言葉を思い出した。
 物事にはすべて決められた時がある。いくら焦ってみても、その時が来なければ何も始まらない‥‥‥
 今回、ガーラダマが見つかったのは、その時だったのだろう。ガーラダマを見つけるために旅に出たのかもしれない。『ティーダシルの石』はその時が来るまで待とうと馬天ヌルは思った。
 ササがガーラダマを見つけたその日、山南王の進貢船が出帆していた。今年はなぜか、随分と遅い船出だった。正使を務めるのは首里から出奔(しゅっぽん)した大(うふ)グスク大親だった。うまく、山南王に取り入ったようだ。そして、米須按司もタブチを見習ったのか、自ら明国に出掛けて行った。一月ずれているが向こうで出会うかもしれない。タブチと米須按司は明国での再会を喜ぶだろうが、タブチと大グスク大親はまた喧嘩を始めるかもしれなかった。大きな騒ぎにならなければいいが、とサハチは願った。

 

 

 

 

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2-40.ササの強敵(改訂決定稿)

 正月の二十八日、中山王(ちゅうざんおう)の進貢船(しんくんしん)が出帆した。今回の正使はサングルミー(与座大親(ゆざうふや))、副使は中グスク大親で、サムレー大将は宜野湾親方(ぎぬわんうやかた)、副大将は伊是名親方(いぢぃなうやかた)だった。
 副使の中グスク大親の祖父は中グスク按司の家臣だった。察度(さとぅ)(先々代中山王)が浦添按司(うらしいあじ)になる前、中グスク按司は察度と同盟を結んだ。その時、人質として中グスク按司の娘が安里(あさとぅ)の察度の屋敷に送られた。その護衛役として安里に来たのが中グスク大親の祖父だった。棒術の達人だったという。翌年、察度は浦添グスクを攻め落として浦添按司になった。人質の娘は戦で活躍した武将の妻となり、祖父もまたその武将に仕え、中グスク大親を名乗った。
 父親も棒術の名人で武術の腕を見込まれて、泰期(たち)(察度の義弟)の護衛役として明国(みんこく)に渡った。やがて、父親は副使に昇格するが、明国で病に倒れて亡くなってしまう。中グスク大親は父親の跡を継いで、従者として何度も明国に行き、副使になったのだった。サングルミーの話では、そろそろ、正使も勤まるだろうと言っていた。中グスク大親も祖父から伝わる棒術を身に付けていた。
 伊是名親方と一緒に行く事になったシラーはマウシとジルムイから、運のいい奴だと羨ましがられていた。去年の暮れ、三人は苗代大親(なーしるうふや)に呼ばれて籤(くじ)を引き、それぞれの配属先が決まったのだった。順番からいえば、五番組に配属されたマウシが次に行く事になる。親父に頼めば、お前はいつでも行けるだろうとマウシはジルムイに言うが、子供が生まれたばかりなので、当分の間は明国には行かないとジルムイは言った。
 各按司たちが送った従者は家臣の者が多かったが、八重瀬按司(えーじあじ)だけは、またもや按司のタブチが出掛けて行った。三度目の唐旅(とうたび)だった。年が明けたら、明国に行かないと気が済まないのかもしれなかった。
 サハチ(島添大里按司)が送った従者は弟の平田大親とクルー、従弟(いとこ)のシタルーだった。その三人はまたタブチのお世話になりそうだ。帰って来たら、タブチに何かお礼の品でも贈ろうか。タブチに似合いそうな頑丈な刀を見つけてみようと思った。
 大勢の人が見送りに行くので、浮島(那覇)は人で溢れる。世子(せいし)(王の跡継ぎ)であるサハチは見送りには行けなかった。以前、軽い気持ちで見送りに行ったらひどい目に遭っていた。サハチの顔を知っているヤマトゥンチュ(日本人)に捕まり、無理やり遊女屋(じゅりぬやー)に連れて行かれた。仲間たちを次々に紹介されて、結局、泊まる羽目になってしまった。マチルギには怒られるし、散々な目に遭っていた。
 サハチは首里(すい)グスクの物見櫓(ものみやぐら)から浮島を眺め、進貢船の無事の帰国を祈りながら、朝鮮(チョソン)旅の計画を練っていた。できれば、ヤマトゥ(日本)の京都にも行ってみたかった。
 ジクー(慈空)禅師から北山殿(きたやまどの)(足利義満)のあとを継いだ将軍様足利義持)の事も聞いた。将軍様はまだ若く、勘解由小路(かでのこうじ)殿(斯波義将(しばよしまさ))という武将が補佐していて、勘解由小路殿に会う事ができれば、将軍様にも会えるだろうと言っていた。九州探題の渋川道鎮(どうちん)(満頼)は勘解由小路殿の娘婿なので、渋川道鎮とうまく話をつける事ができれば、勘解由小路殿に会え、将軍様にも会えるかもしれないと言っていた。たとえ、将軍様に会えなくても、京都を自分の目で見たかった。博多から京都に行き、そのあとに朝鮮に行けば、丁度、北風(にしかじ)が吹く年末年始の帰る時期になるのではないかと考えていた。
 馬天(ばてぃん)ヌルが留守の間、浦添按司(當山親方)の娘、カナ(加那)の指導をしていた運玉森(うんたまむい)ヌル(先代サスカサ)はカナが気に入って、馬天ヌルの了解を得て、そのまま指導に当たっていた。馬天ヌルが帰って来たので、運玉森ヌルはカナを連れて久高島に向かった。しばらく、フボーヌムイ(フボー御嶽)に籠もるという。
 馬天ヌルは旅から帰って来てからずっと、『ティーダシル(日代)の石』の事を考えていた。必ず、見つけ出して首里グスクに持って来なければならない。もし、敵に奪われたら、敵は『ティーダシルの石』と共に首里に攻め込み、首里は奪われてしまう。山北王(さんほくおう)と山南王(さんなんおう)には絶対に奪われてはならなかった。
 馬天ヌルは首里に戻って来たその日に、御内原(うーちばる)にいたユミを連れて『ツキシル(月代)の石』にお祈りを捧げた。ツキシルの石は光らなかった。城下にいるマカマドゥを呼んで試してみたが、やはり、ツキシルの石は光らない。翌日、島添大里(しましいうふざとぅ)からマカトゥダルを呼んで試してみたが、やはり光らなかった。三人が一緒じゃないとだめなのかと、三人と一緒に祈ってみても、やはり光らなかった。どうして、あの時、光ったのか、誰に向かって光ったのか、まったくわからなかった。
 馬天ヌルはまずツキシルの石があった佐敷の苗代(なーしる)周辺を探した。マカマドゥに対して光ったのなら、苗代にあるはずだった。ツキシルの石の近くに埋もれているのかもしれないと探し回ったが、それらしき石は見つからなかった。
 娘のササを連れて行って、何か見えないかと聞いてみた。ササはツキシルの石があったガジュマルの木の下に座り込んで目を閉じた。馬天ヌルはササの隣りに座って、お祈りを捧げた。
「見えたわ」とササが目を開けると言った。
「何が見えたの?」と馬天ヌルは期待を込めてササを見つめた。
「傷だらけのヌルたちが、ツキシルの石を運んでいる所が見えたわ」
ティーダシルの石は?」
ティーダシルの石はないわ。ツキシルの石だけよ」
「他に何か見えないの?」
「小舟(さぶに)に乗せて来たみたい」
「与那原(ゆなばる)から運んだのかしら。他には?」
 ササは首を振った。
「それだけよ」
「そう‥‥‥ティーダシルの石は別の場所に運んだのね」
「真玉添(まだんすい)のヌルたちはどうして、ここにツキシルの石を置いたのかしら?」とササが言った。
「それはサハチによって、首里に戻してもらうためでしょ」と馬天ヌルは当然の事のように答えた。
「真玉添のヌルは遠い未来に起こる事が見えたの?」
「そうなんでしょうね、きっと」
「凄いわ。二百年以上も先の事がわかるなんて」
「ここにないとすると勝連(かちりん)か山田ね」
「行くつもりなの?」
「行かなければならないわ。お祭り(うまちー)が終わったら行きましょ」
「もしかして、あたしも行くの?」
「勿論よ」と馬天ヌルは決めつけた。
「まあ、いいか。そうだ、修理亮(しゅりのすけ)も連れて行こうかしら」
「修理亮はマレビト神だったの?」
「それがよくわからないのよ」
「マレビト神だったら、胸がときめくはずよ」
「初めて会った時はときめいたんだけど‥‥‥」
「シラーの時もそうだったじゃない。焦る事はないわ」
「別に焦ってはいないけど、強敵が現れたのよ」
「強敵って何よ」
「カナよ」
「カナって、浦添ヌルになるために修行しているカナの事?」
「そうよ。あの娘、シジ(霊力)があるのよ。強敵だわ」
「確かにカナは何かを持っているわね。運玉森ヌルに気に入られたわ」
「運玉森ヌルのもとで修行を積んだら、きっと凄いヌルになるわ。あたしも負けられないわ」
「カナが修理亮に会ったの?」
「そうなのよ。運玉森ヌルがカナを連れて、ヂャン師匠(張三豊)のおうちに来たのよ」
「そう言えば、ヂャン師匠の帰国祝いをしなくちゃって言っていたわ」
「強敵だわ」とササはもう一度言った。
 馬天ヌルはそんな娘を見て笑っていた。物覚えがよく、何でもすぐに身に付けてしまい、人とは違う特別な能力を持っているササが、強敵だと恐れる相手がいるなんて不思議だった。幼なじみのカナがササの強敵になってくれれば、ササの能力はさらに伸びるだろう。お互いにいい競争相手になってくれればいいと馬天ヌルは思っていた。
 二人は立ち上がるとその場から離れた。
 佐敷ヌルはユリと一緒にお祭りの準備に追われていた。女子(いなぐ)サムレーたちに頼んでおいたのだが、不備な点がいくつも見つかった。お祭りまで、あと十日しかないので大忙しだった。
 佐敷ヌルは対馬(つしま)で、シンゴ(早田新五郎)の妻、ウメに告白していた。黙っている事に耐えられず、土下座(どげざ)して謝ったのだった。ウメは許してくれた。シンゴには内緒だが、佐敷ヌルの事は知っていたという。船乗りたちが噂をしているのを聞いてしまったのだった。シンゴが按司殿の妹、佐敷ヌルといい仲になった。あんな美人に惚れられるなんて羨ましい事だと言っていたという。
 話を聞いた時は悔しくて、シンゴを問い詰めてやろうと思った。しかし、シンゴの顔を見たら何も言えなかった。今の状況を考えたら、夫婦喧嘩をして実家に帰る場合ではなかった。お屋形様が帰って来るまで、土寄浦(つちよりうら)を守らなければならない。半年は対馬、半年は琉球で暮らしているシンゴにとって、琉球に妻のような女を置くのは仕方がないのかもしれないと、じっと我慢してきたのだった。
 琉球から来た一行の中に佐敷ヌルもいると知ったウメは一目見ようと船越まで行った。マチルギと会い、土寄浦の娘たちに剣術を教えてくれと頼んだ。選ばれたのが、佐敷ヌルとフカマヌルだった。ヌルというのは巫女(みこ)のような者だと聞いていた。不思議な術を使って、シンゴを惑わしたのかもしれないと思っていたウメは、ヌルというのは剣術もできるのかと驚いた。そして、佐敷ヌルと出会い、噂通りの美人である事を知り、そして、剣術の腕もかなり強いという事を知った。
 土寄浦に来た佐敷ヌルは娘たちを鍛え、さらに、若者たちも鍛えた。娘のフミはすっかり、佐敷ヌルを尊敬してしまった。フミだけではない。娘たち皆が、佐敷ヌルに心酔して、あんな人になりたいと憧れたのだった。許せないと思いながらも、ウメも佐敷ヌルの人柄には惹かれていき、心の中で許そうと思っていた。そんな時、佐敷ヌルに土下座されたのだった。
 ウメは佐敷ヌルを立たせると、「琉球にいる時、あの人をお願いね」と言った。
 佐敷ヌルは涙を流して、お礼を言った。
「でも、この事は二人だけの内緒にしておきましょう」とウメは言った。
「切り札として取っておくの。シンゴが何かへまをしたら、あなたの事を持ち出して責めてやるのよ。あなたもわたしを利用していいのよ。わたしに本当の事を言ってやるってね」
「成程」と佐敷ヌルはうなづいて、二人は笑い合った。
 佐敷ヌルは胸のつかえも取れ、ウメとも仲よくなれた。ウメに気を遣って、対馬に滞在中はシンゴにも会わなかったという。
 ウニタキ(三星大親)は帰国祝いの宴(うたげ)の翌日、平田に行き、フカマヌルからチルーとの事を聞いていた。
「何も言ってないわよ」とフカマヌルは言った。
 ヤマトゥに向かう船の中で、娘の事を聞かれたけど、父親はマレビト神よと言っただけで、それ以上は聞かれなかった。対馬に着いてからは、チルーは船越にいて、フカマヌルは土寄浦にいたので、会う事もなかったという。
「ただ、佐敷ヌルに嘘をつくのは辛かったわ」
「マレビト神はヤマトゥンチュだと言ったのか」
「そうじゃないわ。北(にし)の方から来た人って言っただけよ。別に嘘じゃないでしょ。嘘をついたのは娘の名前よ」
「ウニチル‥‥‥あっ」とウニタキは叫んだ。
「名前を言ったらばれちゃうでしょ。それで、ウミチルにしたのよ」
「ウミチルはお前の名前じゃないか」
「そうなのよ。とっさの事でそう言っちゃったけど、あとであたしの名前を聞かれて困ったわ」
「何と言ったんだ?」
「ウミカーミー」
「鶴(ちるー)でなくて亀(かーみー)か」
「名前を教えてから、佐敷ヌルはずっと、あたしの事をカーミー姉さんて呼んでいたのよ」
 ウニタキは笑った。
「チルー姉さんより、カーミー姉さんでよかったんじゃないのか。チルー姉さんだったら、チルーと同じになってしまう」
「カーミーでもいいんだけどね」
「ウニチルか‥‥‥チルーが久高島に行く事はないと思うが、娘の名を知ったら怪しむな」
「久高島に来るかもね。対馬でずっと御船(うふに)に乗っていたから、奥方様(うなじゃら)と一緒に来るかもしれないわ」
「参ったなあ」
「もし、久高島に来たら、もう本当の事を言うわよ。もう嘘はつきたくないもの」
「おいおい‥‥‥ところで、お前の母さんは知っているのか」
「知っているわ。お母さんには隠せないわよ」
 ウニタキは久し振りに娘と過ごして、フカマヌル母子を久高島に送ると首里のビンダキ(弁ヶ岳)に向かった。
 島添大里グスクでの帰国祝いの宴のあと、ヂャンサンフォン(張三豊)は修理亮を連れて、城下の屋敷に帰った。次の日に運玉森ヌルがカナを連れてやって来て、帰国祝いのささやかな宴を開いた。そこにふらっと顔を出したのはササだった。
「あら、カナじゃない。どうして、ここにいるの?」とササはカナに聞いた。
「お師匠に付いて来ただけよ」とカナは言った。
 カナは佐敷の新里(しんざとぅ)にある當山之子(とうやまぬしぃ)の屋敷で生まれた。馬天ヌルの屋敷も近所にあって、十二歳になるまでササと一緒に遊んでいた。十二歳になった二月、従兄(いとこ)のサハチが島添大里按司になって、家族と一緒に島添大里の城下に移った。ササはヌルになるための修行を始め、馬天ヌルと一緒に佐敷グスクの東曲輪(あがりくるわ)に移った。
 十五歳の正月、カナは島添大里グスクに通って剣術の稽古を始めた。師範は奥方様(マチルギ)と佐敷ヌルで、カナは佐敷ヌルに憧れて、ササみたいにヌルになりたいと思った。両親に相談すると、古くからある名家の娘か、按司の娘でなければヌルにはなれないと言われてがっかりした。
 十六歳になった二月、伯父の美里之子(んざとぅぬしぃ)が越来按司(ぐいくあじ)になり、従姉(いとこ)のハマがヌルになるための修行を始めた。カナはハマを羨み、父親に按司になってと頼んだ。馬鹿を言うんじゃないと怒られ、カナはヌルになるのを諦め、女子サムレーになろうかと考えていた時、父親が浦添按司になったのだった。まるで夢のようにカナの願いはかなって、馬天ヌルの指導のもと、ヌルになるための修行を始めた。馬天ヌルは様々な儀式を丁寧に教えてくれた。馬天ヌルがヤマトゥ旅に出ると運玉森ヌルが代わって指導してくれたが、基本は馬天ヌルから教わったわね、わたしが教える事は何もない。ただ、神様のおっしゃる言葉を聞いて、その通りにやればいいのよと言って、何も教えてはくれなかった。
 カナは不安になった。神様の声なんて、今まで聞いた事もなかった。馬天ヌルも佐敷ヌルもササも神様の声が聞こえるのだろうか。不安な気持ちのまま、運玉森ヌルに従って、キーヌウチ(首里グスク内のウタキ)の神様にお祈りを捧げる毎日が続いた。ある日、運玉森ヌルと一緒に運玉森に行き、カナは不思議な体験をした。山の上にある古い屋敷の中でお祈りをしていたら大きな雷が落ちてきた。一瞬、気を失ったカナが目を開けると屋敷がなくなり、草原の中にいて、目の前に古いウタキ(御嶽)があった。
 カナは雷に打たれて死んでしまったのかと思った。呆然としていると運玉森ヌルが神様の声を聞きなさいと言った。耳の奥のほうで誰かが何かを言っていたのは気づいていた。雷の音で耳がおかしくなってしまったものと思っていた。カナは耳の奥の声に耳を傾けた。
 マジムン(悪霊)は消えた。あとの事はあなたたちに託しますと言っていた。何を託すというのだろうか。運玉森ヌルに聞くと、それはあなたが見つけなければならないと言った。
 その時以後、カナは時々、神様の声を聞くようになった。神様はあらゆる所にいて、いつも何かを告げていると運玉森ヌルは言った。その言葉を見逃さずに聞き取らなければならないという。厳しい修行を積んで、神様のお告げをすべて聞き取れるようになりたいとカナは真剣に思った。
 久し振りに見たササはヌルとしての貫禄が充分に備わって、神々しく見えた。ヌルの修行をする前、カナはササを見ても、ちょっと変わっている娘としか思わなかったが、今はヌルとしてのササの凄さが充分にわかるようになっていた。ようやく、ヌルとしての道を歩き始めた自分と、遙か先を歩いているササを比べ、早く追いつきたいと願った。
 そんなカナにとって男なんて興味はなく、修理亮の存在もまったく気にならなかったが、修理亮はカナを一目見た途端に心を奪われそうになっていた。
 その晩、カナはヂャンサンフォンとササからヤマトゥ旅の話を聞いて、次の日には、運玉森ヌルと一緒に久高島に渡った。
 カナと運玉森ヌルが久高島を目指して舟に乗っている頃、ヂャンサンフォンの帰りを首を長くして待っていた兼(かに)グスク按司が訪ねて来た。ヂャンサンフォンはナツに伝言を残して、修理亮を連れて兼グスク按司の阿波根(あーぐん)グスクに向かった。

 

 

 

 

管領斯波氏 (シリーズ・室町幕府の研究1)   足利義持 (人物叢書)

2-39.娘からの贈り物(改訂決定稿)

 マチルギと話したい事がいっぱいあったのに、サハチ(島添大里按司)は飲み過ぎてしまい、朝起きたら、マチルギは首里(すい)に行ってしまっていなかった。
 ナツを呼んで、「昨夜(ゆうべ)、マチルギから旅の話を聞いたか」と聞くと、
「楽しいお話を色々とお聞きしました」と明るく笑った。
 ナツは毎朝、マチルギたちの無事を、グスク内にあるウタキ(御嶽)に祈っていた。みんなが無事に帰って来たので、嬉しくてたまらないのだろう。何の屈託もない笑顔だった。
「船を操(あやつ)った話は聞いたか」
「はい、驚きました。大きな御船(うふに)を女子(いなぐ)だけで操って、博多や朝鮮(チョソン)までも行って来たとおっしゃいました。そして、綺麗な雪を初めて見たと喜んでおりました。何もかもが真っ白になって、信じられない景色だったと言っておりました」
「そうか。お前は何を話したんだ?」
「留守中の出来事をお話ししましたが、詳しい事はまだ話しておりません」
「メイユー(美玉)との試合は話したのか」
 ナツは首を振った。
「台風のお話はしましたが、メイユーさんと仲よくなった事はまだ話していません。昨日はもっぱら旅のお話を聞いておりました」
 サハチはうなづくと仕度をして首里に向かった。
 マチルギは御内原(うーちばる)で、初孫のジタルー(次太郎)の誕生を喜んでいた。ジタルーの母のユミは早くおうちに帰りたいと思っていたが、マチルギが帰って来るまでは御内原にいてくれと王妃に頼まれ、半年間も御内原で暮らしていた。
 サハチが顔を出した時は、マチルギ、佐敷ヌル、チルー、馬天(ばてぃん)ヌル、ササ、シンシン(杏杏)を囲んで、女たちが帰国祝いの宴(うたげ)を開いていた。宴と言っても酒を飲んでいるわけではなく、お菓子を食べながらお茶を飲んで、旅の話を聞かせていた。サハチはマチルギに、「夕方、屋敷で待っている」と告げて御内原を出た。
 百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)の二階に行くと、城女(ぐすくんちゅ)たちが掃除をしていた。完成した彫刻がいくつも壁際に立てかけてあった。思紹(ししょう)(中山王)は北の御殿(にしぬうどぅん)で政務に励んでいるようだ。ヤマトゥ(日本)の商人たちとの取り引きと三日後に出帆する進貢船(しんくんしん)の事で、何かと忙しいのだろう。
 サハチは窓から西曲輪(いりくるわ)を眺めた。馬天浜の『対馬館(つしまかん)』の普請(ふしん)のために中断していた楼閣造りも再開していた。今年中には完成するだろう。シンゴ(早田新五郎)に頼んだヤマトゥの瓦(かわら)も無事に届いた。できれば瓦を作る職人が欲しかった。来年、ヤマトゥか朝鮮から連れて来ようと思った。
按司様(あじぬめー)」と誰かが呼んだので振り返ると伊是名親方(いぢぃなうやかた)がいた。
「どうしたんだ?」とサハチが聞くと、手がけている彫刻を完成させてから明国(みんこく)に行くと言った。
 三日後、伊是名親方はサムレー副大将として進貢船に乗り込む事になっていた。
「旅立ちの準備はできたのか」
 伊是名親方は笑ってうなづいた。
「まるで夢のようですよ。明国に行くなんて考えてもいない事でした」
「リェンリー(怜麗)には言ってあるのか」
「はい。でも、今頃は旧港(ジゥガン)(パレンバン)に向かっている頃です。会えません」
「そうだったな。向こうで会えなくても、帰って来てからこっちで会える。他人(ひと)の事は言えんが、嫁さんを悲しませるなよ。女の勘は鋭いからな」
「はい」と伊是名親方は真面目な顔をしてうなづいた。
「彫刻、頑張れよ」と言って、サハチは伊是名親方と別れて、首里グスクを出ると浮島(那覇)に向かった。
 安里(あさとぅ)で馬を預け、渡し舟に乗って浮島に渡り、メイファン(美帆)の屋敷に顔を出したが、ファイチ(懐機)はいなかった。ラオファン(老黄)がいて、多分、進貢船の所だろうと言うので行ってみた。
 港にはヤマトゥの船がいくつも泊まっていて、大勢の人足(にんそく)たちが忙しそうに働いていた。ファイチは進貢船の見晴らし台の上から首里の方を眺めていた。サハチは進貢船に向かう小舟(さぶに)に乗せてもらって進貢船に上がった。久し振りに進貢船に乗ったら、また旅に出たくなってきた。
「サハチさん、どうしました?」とファイチの声が上から聞こえた。
 サハチは見晴らし台に上がった。
「楼閣がよく見えます」とファイチは言った。
「あれが完成すれば首里が一目でわかります」
 サハチも首里の方を見た。普請中の楼閣がよく見えた。
「朝鮮から帰って来る頃には完成しているだろう」
「マチルギさんたち、無事に帰国したそうですね」
「早いな。もう知っているのか」
「ウニタキ(三星大親)さんの配下の者が知らせてくれました。昨夜(ゆうべ)は進貢船の打ち合わせがありましたので、島添大里(しましいうふざとぅ)へは行けませんでした」
「みんな、元気に帰って来たよ。今、首里の御内原で帰国祝いをやっている」
「そうでしたか。本当に無事でよかった」
 サハチはうなづき、「朝鮮旅だが、進貢船で行こうと思っているんだ」とファイチに言った。
「わたしもその方がいいと思います。ヤマトゥ船(ぶに)で行ったら倭寇(わこう)と間違えられます」
「そこで聞きたいんだが、朝鮮に行った事がある火長(かちょう)(船長)は久米村(くみむら)にいるのか」
「わたしも調べました。火長や舵(かじ)取りなどの技術者は明国から船を賜わった時に、その船に乗ってやって来ます。中山王(ちゅうざんおう)が明国から賜わった船は四隻です。それぞれ漢字の名前が付けられていて、仁字号船、礼字号船、忠字号船、信字号船の四つです。仁字号船は一度、礼字号船は二度、忠字号船は二度、朝鮮に行っています。信字号船だけは朝鮮に行っていません。この船が信字号船です」
 ファイチは今乗っている船を示した。
「この船は俺たちが明国に行く時に乗っていた船だな」
「そうです。一年間、休養して、今年、また明国に行きます。仁字号船と礼字号船はすでに廃船になっていて、火長たちは明国に帰っています。去年、明国に行ったのが忠字号船で、二度、朝鮮に行きましたが、二度目は嵐に遭ってヤマトゥの国の武蔵(むさし)という京都のさらに東の方に流されてしまいました。鎌倉のサムレーと取り引きをして、何とか、冬には帰って来ました。忠字号船の火長はチェンヨンジャ(陳永嘉)という男で、怖い物知らずといった感じの面白い男です」
「よかった。朝鮮に行った事がある火長たちがいれば、進貢船で行けるな」
 ファイチはうなづいた。
「一年間、遊ばせておくのは勿体ない。有効に使いましょう。商品の方は大丈夫ですか。進貢船で行くとなるとかなり積めますよ」
「大丈夫だ。充分に確保してある。進貢船で朝鮮に行くという事で、久米村の方も話を進めてくれ。今回、ヤマトゥに行ったクグルーが朝鮮の都の漢城府(ハンソンブ)まで行って来たんだ。一緒に行く事になっているので役に立つだろう」
「わかりました。楽しい旅にしましょう」とファイチは嬉しそうに笑った。
 久米村の料理屋で一緒に昼食を食べて、ファイチと別れた。若狭町(わかさまち)に行こうかと思ったがやめた。サハチの顔を知っている者と出会ったら大変な目に遭う。ヤマトゥの商人たちはサハチに取り入ろうと付きまとって離れないのだ。今晩はマチルギと話をしなければならない。まだ早いが真っ直ぐに首里に帰った。
 首里の大通りにある『まるずや』の前で、シラーとシンシンに出会った。
「今日は非番か」とサハチがシラーに声を掛けると、「三日後に明国に行くので準備をしています」とシラーは言った。
「なに、お前、明国に行くのか」
 サハチは驚いて馬から下りた。
「今年から、四番組に入ったんです。明国に行けるのは半分の五十人だから新参者の俺は選ばれないだろうと思っていたんですが、なぜか、選ばれてしまいました」
「そうか、伊是名親方と一緒に行くのか。マウシとジルムイも行くのか」
「いえ、マウシは五番組、ジルムイは八番組です」
「ほう。みんな、バラバラになったのか」
「マウシが師範(苗代大親(なーしるうふや))に頼んだのです。一番組にいたら明国に行けないので、他の組に移してくれって。それで、今年から移動になりました」
 一番組の大将は総大将の苗代大親だった。総大将が半年間も留守にするわけにはいかないので、一番組は明国には行かなかった。二番組の大将は兼久親方(かにくうやかた)で、兼久親方はすでに五十歳を過ぎ、今後を背負う若い者たちに行ってもらおうと遠慮した。一番組と二番組は明国に行けないので、苗代大親は一年毎に組替えをする事に決めたのだった。
「そうだったのか‥‥‥しっかりと明国を見て来いよ」
 サハチはシラーにそう言ってから、シンシンを見て、「半年振りに会えたと思ったら、また半年会えなくなるな」と言った。
 シンシンは笑って、「大丈夫」と言ってシラーを見た。
 二人と別れて馬に揺られながら、サグルーも明国に行かせた方がいいなと思った。今年は無理だが、来年、使者の従者として行かせようと決めた。
 雨がポツポツ降って来た。空を見上げると黒い雲が流れていた。首里グスクに行くのはやめて、屋敷に入った。留守にする事が多い屋敷だが、城女が掃除をしてくれるので綺麗になっていた。誰もいないと思っていたら、女が出て来て頭を下げた。
「誰だ?」とサハチは聞いた。
 顔は見覚えがあるが誰だか思い出せなかった。
「御内原にいるユイと申します」
 サハチは思い出した。思紹の側室の一人だった。
「どうして、ここにいるんだ?」
「留守番です」
「王様(うしゅがなしめー)の側室が留守番?」
「気晴らしに丁度いいのです。交替で留守番をしております」
「マチルギが留守の時は誰もいなかったじゃないか」
「奥方様(うなじゃら)の留守中は留守番は必要ないと言われました」
「そうか‥‥‥」
按司様(あじぬめー)がお帰りになったので、わたしは失礼いたします」
「帰るのか」
「留守番ですから、按司様か奥方様がお帰りになれば、御内原に戻ります」
「気晴らしなんだろう。ゆっくりしていってもいいぞ」
「本当でございますか」とユイは嬉しそうに笑った。
「お前はもしかして、奥間(うくま)から来たのか」
 ユイはうなづいた。
「奥間から浦添(うらしい)の若按司の側室になったユリは知っているか」
「はい、知っております。わたしが側室になるための修行を始めて二年近く経った頃、浦添に嫁いで行かれました。浦添グスクが焼け落ちた時に助けられたと聞いておりますが、その後の事は知りません」
「今、佐敷にいる。お前も笛がうまいのか」
 ユイは首を振った。
「ユリさんに教わりましたけど、とてもあのようには吹けません。わたしが得意なのは碁(ぐー)です。王様にも勝ちました」
「ほう、そいつは大したもんだ。それじゃあ、一局参ろうか」
「えっ、碁盤(ぐばん)があるのですか」
「確か、もらい物があったはずだ」
 サハチが見つけて持ってくると早速、勝負を始めた。
 サハチが碁を始めたのは二年前の正月だった。父の思紹と同じように志佐壱岐守(しさいきのかみ)から教わった。こいつは面白いと一時は熱中したが、まだ初心者と言ってもいいほどの腕だった。
 碁に熱中しているとマチルギが帰って来た。ユイはマチルギの姿を見ると碁を打つ手を止めて、慌てて頭を下げた。
「申しわけございません。つい熱中してしまいました」
「いいのよ」とマチルギは笑った。
 ユイはもう一度頭を下げると去って行った。
「側室に留守番なんかさせて大丈夫なのか」とサハチは聞いた。
「大丈夫って?」
「逃げたりしないのか」
 マチルギは笑った。
「逃げても別に構わないわ。でも、逃げないでしょ。みんな、楽しくやってるもの」
「そうか‥‥‥」
「昨夜(ゆうべ)は何で、あんなにも酔ったの?」
「特に飲み過ぎたわけじゃないんだが、お前たちが無事に帰ってくれたんで、急に気が緩んだんだろう」
「心配だった?」
「ああ、心配したさ。お前にもしもの事があったら、この先、どうやって生きていったらいいのかわからなくなってしまう」
「あたしも色々な事を考えたわ。忙しい毎日が続いたから、何かをゆっくりと考える暇もなかった。対馬の海で、山や星を眺めて、あなたや子供たちの事を思ったの。そして、これから何をやるべきかをね」
 御内原の侍女たちが料理を運んで来た。酒の用意もあった。侍女たちが引き下がると、マチルギはサハチに酒を注いで旅の話を始めた。
 伊平屋島(いひゃじま)の話から徳之島(とぅくぬしま)の話に移ると、マチルギは急に怒って、「徳之島按司が山北王(さんほくおう)に殺されちゃったのよ。いい人だったのに可哀想だわ。あなた、山北王はやはり討つべきよ。あたしにもちょうだい」
 そう言って、マチルギは酒を飲み始めた。首里グスクを奪い取る前、時々、マチルギと一緒に酒を飲んでいたが、一緒に酒を飲むのは久し振りだった。
「山北王を討つのは七年後ね」とマチルギはサハチを見た。
 サハチはうなづいたが、「相手の出方によっては早まるかもしれない」と言った。
「メイユーたちが鉄炮(てっぽう)(大砲)を持って来たら早まるのね」
「そうだ。今帰仁(なきじん)グスクを攻めるには鉄炮は絶対に必要だ」
「メイユーは元気だった?」
「去年、琉球を去ったあと明国に行って、休む間もなく旧港(ジゥガン)に行き、旧港から戻るとすぐに琉球に向かったらしい。琉球に着いた途端に倒れて、しばらく寝込んでいたよ」
「そう」とマチルギはサハチの顔を見つめたが、それ以上、メイユーの事には触れずに、旅の話を続けた。
 宝島での嵐、黒潮越え、坊津(ぼうのつ)の『一文字屋』の事、壱岐島(いきのしま)で志佐壱岐守に歓迎された事、そして、博多の都で驚いた様々な事をマチルギは楽しそうに話した。
 サハチはマチルギの手に触れた。
「何よ」とマチルギはサハチを見た。
「昔を思い出したんだ。こうして、お前と二人だけで話し合うなんて久し振りだ」
「そうね。いつも、子供たちが騒いでいたものね」
「今、ふと、名護(なぐ)の木地屋(きじやー)の屋敷にお世話になった時の事を思い出したんだ」
「まだ一緒になる前だったわね。あの時、今の状況になるなんて考えもしなかったわ。まして、ヤマトゥ旅に出るなんて‥‥‥本当にありがとう。ヤマトゥに行って、本当によかったわ」
 マチルギはサハチに寄り添い、サハチの手を握り締めた。
「どこまで話したか忘れちゃったわ」
「ごめん、博多で修理亮(しゅりのすけ)に出会った所までだよ」
「そうそう。修理亮はね、ヒューガ(日向大親)さんのお師匠さんを捜していたのよ。ヒューガさんがその人のお弟子だと知って、対馬まで付いて来たの。対馬に着いてすぐだったわ。イトさんとユキちゃんが現れたの。もうびっくりしたわよ。しかも、あたしたちと同じサムレーの格好で現れるんだもの。あたしが想像していたイトさんとは全然違っていたわ」
「どんな想像をしていたんだ?」
「ユキちゃんはサイムンタルー(早田左衛門太郎)さんの跡継ぎに嫁いだんでしょ。立派なお屋敷で、綺麗なヤマトゥの着物を着ているお姫様よ。イトさんはお姫様のお母さんだから、やっぱり、綺麗な着物を着て、お屋敷で上品に暮らしていると思ったわ」
「イトはちょっと違うが、ユキはお前と同じように俺も考えていた」
「それが全然違っていたのよ。しかも、イトさんは大きな御船(うふに)の船頭(しんどぅー)だったのよ。もう驚いて声も出なかったわ。すっかり、イトさんを尊敬しちゃったわよ」
「そうか。お前の事だから船越まで乗り込んで行くに違いないと思っていたが、イトに先手を取られた感じだな」
「会いたいでしょ?」とマチルギはサハチを見た。
 サハチはうなづいた。
「もうすぐ会えるさ」
「ヤマトゥに行くのね」
「ヤマトゥだけじゃない。朝鮮にも行く」
「あたしも朝鮮に行って来たわ。あたしたちだけで御船を操ってね」
「やはり、女の水軍を作るつもりなのか」
 マチルギは首を振った。
「マグサ(孫三郎)さんから聞いたけど、琉球の海は珊瑚礁があるから船を操るのは難しいって言っていたわ。対馬にいた時、毎日のように御船に乗っていたから、もう充分に気が済んだの。時々、小舟(さぶに)に乗って近くの無人島に行くだけで我慢するわ」
無人島に何しに行くんだ?」
「泳ぎに行くのよ。あたしたち対馬の海で裸になって泳いだのよ。気持ちよかったわ。それで、無人島に行って裸で泳ぐのよ」
「その時は俺も連れて行けよ」
「だめ」とマチルギは笑った。
「女だけで行くのよ」
「叔母さんも裸になったのか」
「叔母さんてどっちの? チルー叔母さんは裸になったわ。馬天ヌルの叔母さんは別行動だったの。ヂャン師匠やヒューガさんたちと一緒に、対馬一周の旅に出たのよ。旅の途中、山の中で一か月間、修行を積んだらしいわ。ちょっと変わった修行で、馬天ヌルの叔母さんとササはシジ(霊力)を強めたのよ。ヒューガさんと修理亮は体が軽くなって、生まれ変わったようだって言っていたわ」
「ササは修理亮と一緒だったのか」
「そうよ。博多で出会った時から、マレビト神かもしれないって言っていたわ。ササとシンシンとシズの三人で修理亮を狙っていたのよ。でも、修理亮は女よりも武術に熱中していたわ」
「未だに三人の勝負はついていないのか」
「そうね。でも、シンシンはシラーが明国に行くって聞いたら、慌てて会いに行ったから、修理亮から手を引くんじゃないの。朝鮮からの帰りに対馬の八幡(はちまん)様に寄って来たのよ。木坂っていう所にあって、ヤマトゥの各地にある八幡様の大本(おおもと)らしいわ。大昔に神功皇后(じんぐうこうごう)っていうヤマトゥの王妃様(うふぃー)が朝鮮を攻めた時に、海の女神様から授かった八つの幡(はた)を浜辺に差して、凱旋(がいせん)を祝ったらしいの。その浜辺の近くにシジの強い山があって、そこに八幡様を祀ったのよ」
「ヤマトゥの王妃様が水軍の大将になって朝鮮を攻めたのか」
「そうよ。対馬には勇ましい女の伝説が古くからあるのよ。イトさんが船頭になるのも当然の事なんだわ。それとね、八幡様というのはスサノオという神様で、『三つ巴』はスサノオの神紋(しんもん)らしいわ。三つの巴は、スサノオと奥さんと娘さんを現しているんだって、ササが言っていたわ。奥さんと娘さんの名前は忘れちゃったけど、三人の神様がヤマトゥの国を一つにまとめたんですって」
「『三つ巴』は親子を現していたのか‥‥‥」
「そうみたい。スサノオっていう神様は凄い神様らしいわ。対馬にはスサノオを祀った神社があちこちにあったってササは言っていた。スサノオの声を聞きたかったけど、聞く事ができなかったって残念がっていたわ」
スサノオか‥‥‥」
 サハチにはヤマトゥの神様の事はよくわからないが、『三つ巴』の神様なら、ヤマトゥに行った時、お参りしなければならないなと思っていた。
 マチルギはそばに置いてあった包みをほどくと、「お土産」と言って綺麗な袋に入っている細長い物をサハチに渡した。
「笛か」と言って、サハチは袋の中から中身を出した。やはり、笛だった。竹でできた笛だったが、横笛ではなく、縦笛だった。
「一節切(ひとよぎり)って言うのよ」
「どうやって吹くんだ」
「こうやるの」とマチルギは竹の先を口に当てて吹いたが、スーという息の音がするだけだった。
「難しいのよ。ジクー(慈空)禅師が鳴らせるわ」
 サハチも真似してやってみたが、やはり、音は出なかった。口の位置や息の吹き方を工夫して何度かやって、ようやく、かすれたような音が出た。
「横笛が吹けるんだから慣れれば吹けるわよ」
「そうだな。ありがとう」
「これはイトさんから」と言って、マチルギは渋い色の着物をサハチに渡した。
「イトさんの手作りよ」
「そうか、ありがとう。ヤマトゥに行く時、着ていこう」
「これはユキちゃんから」と言って、黒い袋に入った細長い物を渡した。
 袋の中には長さ一尺ほどの短刀が入っていた。鮫皮の柄(つか)に頑丈そうな黒い鞘(さや)に入った見事な短刀だった。鞘から抜くと綺麗な刃紋が輝いて、名刀だという事はすぐにわかった。しかも、龍(りゅう)の彫刻が彫ってあった。
「凄いな」とサハチは思わず言った。
備前(びぜん)の名刀らしいわ」
「まさしく名刀だよ」とサハチはうなづき、鋭い刃を鞘に納めた。
「ユキがよくこんな物を持っていたな」
「お嫁に来た時に、お祖父(じい)さんからいただいたらしいわ。守り刀にするようにって」
「サンルーザ(早田三郎左衛門)殿からか」
 マチルギはうなづいた。
「守り刀を手放したらうまくないだろう」
「ユキちゃんはあなたがイトさんにあげた刀を守り刀にしているわ」
「あの刀を大切に持っていてくれたんだな」
 サハチは両手を合わせて、対馬にいる二人にお礼を言った。
 その夜、サハチとマチルギは夫婦水入らずで、酒をちょびちょび飲みながら、夜遅くまで語り合っていた。

 

 

 

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