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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

10.今帰仁グスク(最終決定稿)

 伊波(いーふぁ)グスクを後にしたサハチたちは、西側の海岸に出てから海岸沿いに北上した。
 ヤンバル(山原)と呼ばれる北部に入り、山の中の細い獣道(けものみち)や海辺の砂浜を通って、時には海の中に入ったり、険しい岩をよじ登ったりして、一日掛かりで名護(なぐ)に着いた。途中、大雨に降られて、しばらく岩陰で雨宿りをした。焚き火を囲んで着物を乾かしながら、今晩はここで野宿をするかとクマヌは言ったが、幸いに雨は半時(はんとき)(一時間)程でやみ、日が暮れる前に名護に着く事ができた。
 名護の海岸は白い砂浜がずっと続いていて、綺麗で、のどかな所だった。山の中を通り抜けて来たサハチたちにとって、急に視界が開けて、そこは広々とした土地に思えた。
「ここから山北王(さんほくおう)の領内となる」とクマヌは、ずっと北の方まで続いている海岸線を見ながら言った。そして、振り返って山の方を見た。
「あそこに名護(なん)グスクがある。今帰仁(なきじん)按司の一族が守っている。ここは南の敵に対する最前線と言えるが、今まで通って来たように、大軍が陸路でここに来る事は考えられない。海の方は見張っているんじゃろうが、今帰仁按司にとって、ここはそれほど重要な地ではないんじゃ。今帰仁では何度も大戦があって、その度に城下は焼かれているが、ここでは戦など起こらん。平和な所じゃよ」
 山を登って行くと山の上に小さな集落があって、その先に名護グスクがあった。石垣はなく、堀と土塁で囲まれていた。
 クマヌが言う通り、城下は賑わっているとはいえず、静かな村(しま)だった。その夜はクマヌの知り合いの猟師の家にお世話になって、ヤマシシ(イノシシ)の肉を御馳走になった。
 囲炉裏(いろり)を囲んで焼いた肉を食べている時、「おい、サハチ、どうしたんじゃ。今日は一日中、ぼうっとしているぞ」とクマヌに言われた。
 サハチは、「えっ」と言ってクマヌを見た。
「そんな事はありませんよ」と言ったものの、頭の中ではずっとマチルギの事を思っていた。
「ほんとにおかしいぞ」とサイムンタルーも言った。
「さては、マチルギに惚(ほ)れたな」とクマヌは笑った。
「そんな‥‥‥」とサハチはクマヌを見た。
 否定しようと思ったが、クマヌの言う通り、そうかもしれないと思った。サハチは今まで、本気になって女の子を好きになった事はなかった。惚れるというのはこういう事なのか‥‥‥すぐにでも飛んで行ってマチルギに会いたかった。
「帰りにまた伊波(いーふぁ)グスクに寄る。それまで我慢しろ」とクマヌはニヤニヤしながら言った。
「ただし、マチルギはお前に勝つために毎日、必死になって稽古をしているぞ。お前も稽古をしないと負けてしまうぞ」
 サハチはうなづくと外に飛び出して刀を振り始めた。小屋の中から笑い声が聞こえて来たが気にならなかった。今度会う時、マチルギに負けるわけにはいかなかった。
 次の日は海岸から離れて、一応、道と呼べる所を通って羽地(はにじ)に向かった。羽地の海からは郡島(こうりじま)(現在の屋我地(やがじ)島。現在の古宇利(こうり)島は沖の郡島と呼ばれていた)という大きな島が見えた。その島を右に見ながら北上して行くと運天泊(うんてぃんどぅまい)に着いた。運天泊には大きな船が二隻(せき)浮かんでいた。
「あれは明(みん)から来た商人の船じゃ」とクマヌが言った。
「明の国は商人たちの渡海を禁じている。それを犯してやって来た商人たちが、今帰仁按司と密かに取り引きをしているんじゃよ」
「そんな事をして大丈夫なんですか」とサハチは聞いた。
「見つかれば殺されてしまうかもしれんが、奴らは古くから琉球と交易している。国が勝手に決めた法など屁とも思わんのじゃろう。命懸けでやってるんじゃよ。まあ、倭寇(わこう)と似たようなもんじゃ」
「それじゃあ、今帰仁按司はずっと密かに明と交易をしていたのですか」
「そういう事じゃな。察度(さとぅ)に誘われて正式な使者を送ったのは明の商品が欲しかったのではなく、王という名と王様の衣装が欲しかったんじゃ」
「王様の衣装?」とサイムンタルーが怪訝な顔をした。
今帰仁按司というのは何歳なんですか」
「わしは見た事がないので詳しくは知らんが、噂では六十位じゃという。還暦(かんれき)なんで赤い着物が欲しかったのかのう」
「王様の着物は赤いのですか」
「明に使者を送った翌年の正月、その赤い着物を着て儀式に登場したそうじゃ」
「ヤマトゥの船が見当たらんようですが」とサハチが海を見ながら言った。
「ヤマトゥの船は今帰仁グスクの側にある親泊(うやどぅまい)に何隻も浮かんでいる。明の船があそこにいると危険なんで、ここに隠れているんじゃよ。明の使者を乗せた船が久米島(くみじま)から流されて、伊平屋島(いひゃじま)まで行ってしまう事があるらしい。親泊にいたらすぐに見つかってしまうからな。それに、明に帰る時期も少しずらしているようじゃ」
 運天泊から一時(いっとき)ほどで親泊に着いた。親泊には何隻ものヤマトゥから来た船が浮かんでいた。その数は浮島に負けていないように思えた。親泊から四半時(しはんとき)(約三十分)で、丘の上にある今帰仁グスクの城下に着いた。
 城下は確かに賑わっていた。浮島ほどではないが、唐人(とーんちゅ)やヤマトゥンチュも行き来している。賑やかな市場もあって、色々な商品が並び、ここでも銅銭が流通していた。
 今帰仁グスクは高い石垣に囲まれていて、かなり大きいようだった。このグスクの中にマチルギの敵(かたき)がいる。マチルギたちが、ここを奪い返すのは、容易な事ではなさそうだと石垣を見上げながらサハチは思った。
「戦に負けていなければ、今頃、マチルギはあのグスクの中で、お姫様として育てられていたわけだな」とサイムンタルーがグスクを見ながら言った。
「そう言う事だな」とヒューガがうなづいた。
「敵討ちのために剣術の修行などしなかっただろう。綺麗な着物を着て静かに暮らしていたはずだ」
 二人の話を聞きながら、サハチはまたマチルギの事を思っていた。マチルギが綺麗な着物を着ている姿を想像して、すぐにでも会いたいと思っていた。
「ここは何となく風俗も違って、別の国に来たようだのう」とヒューガが言っていた。
「わしも始めて来た時にそれを感じたんじゃよ」とクマヌがうなづいた。
「なぜかわからんが、ここに来て懐かしさを感じたんじゃ。それで古老たちから色々と話を聞いてみたら、ここには平家の落武者伝説があるんじゃよ。壇ノ浦で源氏に敗れた平家がここまで逃げて来て、今帰仁グスクを築いたというんじゃ。まあ、言葉も南部とは違っているんで、聞き取るのも容易な事ではなかったがのう」
「という事は、今帰仁按司は平家の落武者の血を引いているのか」
「壇ノ浦の合戦が二百年前の事じゃからのう。地元の娘たちの血も混じって、かなり薄くなってはいるが、平家の血を引いているといえるじゃろう」
「それで、今帰仁按司は赤い着物を欲しがったんだな」とサイムンタルーが納得したように言った。
「成程」とクマヌは笑った。
「そこまでは気づかなかったわ。平家の血が赤い着物を求めたのかもしれんのう」
 サハチには何の話をしているのか、まったくわからなかった。
「平家とか源氏とか、それは一体何ですか」とサハチはクマヌに聞いた。
「ヤマトゥの武将たちじゃ。ヤマトゥの二大勢力といっていいじゃろう。平家と源氏は政権を争って戦をしていたんじゃ。二百年前まで平家が実権を握っていたが、平家は壇ノ浦という所で源氏に負けて、落武者となって各地に逃げ散ったんじゃよ。戦をする時、平家は赤旗を掲げ、源氏は白旗を掲げて戦ったんじゃ。それで赤は平家、白は源氏の色となったわけじゃ。ついでに言うと、初代の浦添按司の舜天(しゅんてぃん)は源氏の血を引いているとの伝説もある。今の察度がその血を引いているかどうかはわからんが、いつの日か、今帰仁浦添は大戦(うふいくさ)を始めるに違いない」
 今帰仁の城下には、ヤマトゥンチュが住んでいる一画があって、熊野権現を祀る神社があり、その鳥居前には立派な遊女屋(じゅりぬやー)も何軒か並んでいた。遊女屋に行くのかと少し期待したが、遊女屋には行かず、クマヌの知り合いが住んでいる家へと向かった。クマヌの知り合いは刀の研ぎ師だった。
 ミヌキチという研ぎ師は小柄な老人だった。今帰仁に住んで、すでに三十年は経つという。遠い所までよく来てくれたとミヌキチはサハチたちを歓迎してくれた。
 仕事場の様子を眺めながら、「景気よさそうじゃのう」とクマヌがミヌキチに言った。
 仕事場には何本もの刀が置いてあり、ミヌキチの子供らしい若者が二人、刀を研いでいた。
「まあな」とミヌキチは笑いながらうなづいた。
「お蔭さまで、去年、いや、年が明けたから一昨年(おととし)になるが、世の主(ゆぬぬし)(今帰仁按司)から家宝の名刀を研いでくれと言って来たんじゃ。世の主の刀を研いでから、武将たちが我も我もと殺到して来て、去年は大忙しじゃった」
「ようやく、おぬしの腕が認められたというわけか」
「しばらく、世を拗ねて隠れておったからのう。そなたのお蔭で、刀研ぎに戻る事ができた。改めてお礼を言う」
「わしが初めておぬしと会った時、刀など研げんと言って包丁ばかり研いでおったのう」
「今思えば、あの時はあれでよかったと思っておる。二十年近く、庶民と共に暮らして来た。人の温かみというのを改めて知った。今まで刀研ぎには技術だけがあればいいと思っていたが、心というものも刀研ぎに必要だという事がよくわかったんじゃ。言葉ではうまく言えんが、技術だけでは名刀は研げんとな。名刀で思い出したが、世の主の名刀は先々代が大事にしていた名刀じゃった。わしが先々代に呼ばれてここに来た時、最初に研いだ刀じゃった。三十年振りに見て当時の事が思い出されたわ」
「かなりの名刀なのか」
「銘はないが備前(びぜん)の業物(わざもの)じゃ。王が持つにふさわしい刀じゃよ。ただ拵(こしら)えが変わっていたのう。蒙古(もうこ)の騎馬武者が持つような柄(つか)の短い太刀拵えになっておったわ」
 その夜、去年稼げたのはクマヌのお蔭だと言って、ミヌキチはサハチたちを連れて遊女屋に繰り出した。遊女(じゅり)たちは浮島の遊女屋と同じようにヤマトゥの着物を着ていたが、高麗(こーれー)の娘たちだった。倭寇(わこう)によって高麗からさらわれて来た娘たちだという。
 倭寇というのは、遠い国から危険を冒してやって来るヤマトゥの商人の事だとサハチは思っていたが、そんな単純なものではなかった。商品の取り引きをするので、商人と言うのも決して間違いではないが、財宝を積んだ船を襲う海賊でもあるし、高麗や明の海岸沿いの村々を襲撃して、食糧や人までも奪い取る無法者でもあった。
 サハチは驚いてサイムンタルーに、「本当なのですか」と聞くと、サイムンタルーは否定しなかった。
「百年前、対馬島は元(げん)の大軍の襲撃に遭った」とサイムンタルーは苦々しい顔付きをして言った。
「蒙古(もうこ)襲来(元寇(げんこう))と呼ばれているやつだ。先鋒となって対馬を攻めたのは高麗の兵だった。奴らは家を焼き、逃げ惑う人々を殺しまくった。武器も持たず、抵抗もできない女や子供、年寄りまでも容赦なく殺された。捕まって捕虜(ほりょ)となって連れ去られた者も大勢いた。蒙古の襲来は二度もあって、島の人の半数近くが殺された。田畑は荒らされ食う物もなくなった。生き残った者たちは復讐を誓い、まずは食う物を調達するために高麗を襲撃した。生きるためには、それしか方法はなかったんだ。百年経った今でも、あの時の事は語り継がれ、忘れる事は絶対にできん」
 サイムンタルーの故郷、対馬島がどこにあるのかサハチにはわからないが、そんな悲惨な事が百年前に起こっていたなんて、まったく知らなかった。島の人が半数も殺されたら復讐をするのは当然と言えた。
「その後、倭寇南朝(なんちょう)と結びついて規模が大きくなって行ったんじゃよ」とクマヌが言った。
「船団を組んで海岸の村々を襲撃して食糧を奪い取り、その食糧は南朝の兵糧(ひょうろう)となった。やがては明国まで出掛けて行くようになり、明国は倭寇を恐れて、海禁政策を始めたんじゃ」
南朝というのは何ですか」とサハチは聞いた。
「ヤマトゥには天皇と呼ばれる一番偉い人がいるんじゃが、それが二つに分かれて争い始めたんじゃ。北朝南朝に分かれ、ヤマトゥの国中が二つに分かれて戦に明け暮れている。もう、五十年も争いを続けているんじゃ」
「どこに行っても戦をしておったわ」とヒューガが苦々しい顔をして言った。
「さて、難しい話はこれまでじゃ。綺麗どころが揃っている。楽しく飲もうじゃないか」
 サハチは和泉(いずみ)という名の遊女を相手にポツポツと他愛ない話をしながら酒を飲んでいた。今晩はここに泊まらないで、帰る事を願っていたがそうはならなかった。サハチは酔い潰れなかった。
 夜が更けて宴がお開きになると、女たちに連れられて、それぞれ別の部屋へと移って行った。サハチも和泉に連れられて、布団の敷かれた部屋に移った。サハチは和泉を抱くのに抵抗を感じていた。和泉は綺麗な娘で、しかも、異国の女というので興味もあったが、マチルギの事を思うと、こんな事はしてはいけないと思った。しかし、結局は欲望に負けて、和泉に夢中になっていた。
 次の日は雨降りで旅は中止になった。ミヌキチは二人の倅と一緒に仕事場で忙しそうに働いているが、サハチたちはやる事もなく、ミヌキチの家でゴロゴロしていた。
「ミヌキチの奥さんだが、伊波の若按司の嫁さんに似てるような気がするんだが、気のせいかね」とヒューガがクマヌに聞いた。
 クマヌは笑って、「若按司の嫁さんはミヌキチの娘じゃよ」と言った。
「やはりそうだったか。しかし、若按司の嫁さんが刀研ぎの娘とは納得できんが」
 クマヌはまた笑った。
「確かにのう。普通の刀研ぎの娘なら若按司の嫁にはなれん。ところが、ミヌキチの奥さんは先々代の今帰仁按司の娘なんじゃよ」
「ほう。ミヌキチは按司の娘を嫁にもらったのか」
「ミヌキチの研ぎ師の腕に惚れて、娘を嫁にやったらしいのう。腕のいい研ぎ師をヤマトゥから連れて来てくれと頼んだのは、先々代の按司だったんじゃ。戦が起こる前は立派な屋敷も賜わって、按司の婿殿にふさわしい豪勢な暮らしをしていたらしい。戦でその屋敷も焼かれ、按司も入れ替わってしまい、ミヌキチは刀を研ぐ事をやめて、包丁研ぎとして、つつましく暮らしていたんじゃ。わしが初めて会った時のミヌキチは、村のはずれで粗末な小屋で暮らしていた。目の病(やまい)を罹っていて、目をしょぼしょぼさせていた。わしはミヌキチの目を治してやって、それが縁で、今帰仁に来るたびに世話になっていた。ある時、伊波按司の話をしたら、急に眼の色が変わって、伊波按司の事を詳しく話してくれと言ってきた。そして、自分の事も話してくれたんじゃ。ミヌキチは自分も伊波に行こうとしていたが、わしは伊波按司の敵討ちのためにもここにいて、敵の様子を知らせるのも重要な仕事ではないのかと言ったんじゃ。ミヌキチも考え直して、敵の情報を探るためにここにいる事を決心して、刀研ぎを再開したんじゃよ。そして、娘を伊波按司に奉公させると言って、わしが娘を伊波まで連れて行った。それで若按司と結ばれたというわけじゃ」
「ミヌキチは伊波按司のために、敵の様子を探っているのか」とサイムンタルーが聞いた。
「そうじゃよ。敵に勝つには、まず敵を知らなければならんからのう。伊波にいたんでは敵の様子はまったくわからん。敵の弱みを見つけ、そこに付け込まなければ戦には勝てんからな」
 サハチはクマヌの話を聞きながら、大グスクに側室に入った島添大里按司の娘、ウミカナを思い出していた。あの時、知らない男の所に嫁ぐなんて可哀想だと思っただけだったが、ウミカナは大グスクの様子を父親に知らせるために側室になったに違いないと思った。戦に勝つには、ただ強い兵がいるだけでは駄目だ。敵の様子をよく知らなければ勝てないという事をサハチは学んでいた。
「クマヌ殿、ちょっと聞きたいんだが」と横になって雨を眺めていたサイムンタルーが体を起こして言った。
琉球に来る前、奄美の島々は今帰仁按司の支配下にあると聞いたんですが、察度が明との取り引きで使っている硫黄(いおう)は、奄美にある鳥島硫黄鳥島)で採っているのではないのですか」
「その通りじゃ」とクマヌは答えた。
琉球で硫黄が採れるのはあそこしかない。鳥島はもともと今帰仁按司の支配下にあって、そこの硫黄は宋(そう)の国(元(げん)の前の中国の王朝)との取り引きに使われていたらしい。百年以上も前の事じゃが、英祖という武将が浦添按司になった。この英祖というのは、なかなかの人物だったらしい。永良部(いらぶ)島(沖永良部島)と鳥島今帰仁按司から奪い取ってしまったんじゃ。今帰仁按司も奪い返そうとしたらしいが、取り戻す事はできなかった。そのうちに、宋が滅んで元が建国した。宋の国は自分の国で硫黄が採れなかったので、ヤマトゥや琉球、南蛮(東南アジア)から硫黄を手に入れていたんじゃが、元の国は領土が広くて西の方で硫黄が採れたらしい。それで、元の商人はあまり硫黄を欲しがらなくなった。必要のなくなった鳥島は、そのまま浦添按司が管理していたんじゃ。それから七十年くらい経った頃、今帰仁按司は永良部島を取り返したが、鳥島は放っておいたようじゃ。その頃になると浦添按司鳥島からは手を引いていたらしい。そして、察度が浦添按司になって二年程した頃、元の国で内乱が始まって、また硫黄が欲しいという商人が琉球にやって来た。察度は鳥島の事を知っていたんじゃろう。さっそく、鳥島に行って硫黄の採掘を再開したというわけじゃ」
今帰仁按司は黙っていたのですか」
今帰仁にも硫黄を求める商人が来たじゃろうから、今帰仁按司鳥島を奪い返そうとしたじゃろう。しかし、倭寇だった察度の方が海上の戦はうまかったんじゃろう。奪い返す事はできなかった。それでも邪魔をして来る今帰仁按司を黙らせるために、今帰仁按司にも明との交易をさせるようにしたんじゃよ」
「成程のう」とヒューガが言ってうなづいた。
「しかし、そんな事をどうやって調べたのです。そこらにいる年寄りがそんな事を知っているとは思えんが」
 クマヌは笑って、「読谷山(ゆんたんじゃ)の馬飼いの爺さんからじゃよ」と言った。
小禄(うるく)按司ですか」
 クマヌはうなづいた。
「いっさい贅沢などしないお人じゃが、酒が好きでのう、酒だけは明国の強い酒を飲んでおった。向こうの寒い冬を乗り越えるために飲んでいたら、癖になってやめられんそうじゃ。一緒に酒を飲みながら話してくれたんじゃよ」
「明国はどうして、硫黄を欲しがるのですか」とサハチは聞いた。
 硫黄とは何なのか、サハチは知らなかった。しかし、その事を聞くのは何となく恥ずかしかったので、そう聞いてみた。
「硫黄は火薬の原料になる」とサイムンタルーが言った。
「火薬と言ってもサハチにはわかるまい」とクマヌが笑った。
「火薬というのは黒い砂のような物でな、火を付けると大きな音を立てて爆発するんじゃ。百年前に元の蒙古軍が対馬壱岐で使ったらしい。爆発する音を聞いただけで、ヤマトゥの兵は怖じ気づいてしまったそうじゃ。明の国でも戦が絶えんのじゃろう。火薬の原料になる硫黄はいくらでも欲しいんじゃ。倭寇はその火薬を焙烙(ほうろく)(素焼きの炒り鍋)を二枚重ねた中に入れて火を付け、敵の船に投げ込んで使っているようじゃ。焙烙玉と言って、敵の船の中で爆発して、焙烙の破片で兵は傷つき、船は燃えてしまうんじゃよ。火薬は硫黄と硝石(しょうせき)と炭を合わせて作るらしい。硝石というのはヤマトゥにはなくて、火薬を手に入れるには唐人(とーんちゅ)と取り引きするしかない。かなり高価だが、倭寇は手に入れている。もしかしたら、察度も火薬を手に入れて、焙烙玉を使って浦添グスクを落としたのかもしれんな」
 そんな凄い武器があるなんて知らなかった。そんな武器が手に入れば、島添大里グスクを攻め落とすのも夢ではないような気がした。
「サンルーザ殿もその焙烙玉を持っているのですか」とサハチはサイムンタルーに聞いた。
 サイムンタルーはうなづいた。
「明の水軍から奪い取ったやつがある。でも、貴重な物だから最後の最後に使う」
「使った事はあるのですか」
「何回か使った。何回か危ない目に遭っているからな、その時はそいつを使って、うまく逃げる事ができたよ」
 サハチはサイムンタルーを見ながら、倭寇として活躍して、何度も危険な目に遭っていたのかと改めて見直していた。
 外では相変わらず、雨がシトシトと降っていた。