長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-04.キラマの休日(改訂決定稿)

 降るような星空の中、大きな満月が東の空に浮かんでいた。耳を澄ませば波の音が聞こえ、時々、そよ風が揺らす樹木の葉音が聞こえるだけの静かな夜だった。
 広場を囲むように、クバの木で作った小屋がいくつも建ち並んでいる。その中でもひときわ大きな小屋の前で酒盛りが始まっていた。
「ようやく、この島に来られたな」とサハチ(島添大里按司)が嬉しそうにマチルギに言った。
 東行法師(とうぎょうほうし)と名乗っていた父が修行者たちを連れて、久高島(くだかじま)からこの島に移って来たのはもう十一年も前の事だった。年末に帰って来た父からこの島の話を聞くたびに、行ってみたいと思っていたが、兵を育てている事は絶対に秘密にしなければならないため、行く事はできなかった。
「話には聞いていたけど、こんなにも綺麗な所だったなんて、ほんと、来てよかったわ」
 マチルギも嬉しそうだった。
 サハチとマチルギの毎年恒例の旅で、今年はキラマ(慶良間)の夢の島にやって来たのだった。忙しい日々がずっと続いて、つかの間の息抜きだった。サハチもマチルギも今年の旅は諦めていた。皆が忙しく働いている中、のんびりと旅なんてできないと思っていた。行って来いと行ったのは中山王(ちゅうさんおう)になった父だった。
 父は『思紹(ししょう)』という名で中山王になっていた。『思紹』という名を考えたのはファイチ(懐機)だった。父はキラマの島で『師匠』と呼ばれていた。ファイチもそう呼んでいたので、『師匠』を中山王の名前にふさわしいように『思紹』と変えたのだった。
「状況が変わっても、今までの習慣は続けろ。まだまだ途中だぞ。先は長い。マチルギもかなり疲れているようだ。のんびりと旅をして、疲れを取ってこい」と思紹はサハチに言った。
 マチルギに相談するとキラマの島に行ってみたいと言った。思紹が言ったように、疲れ切っているようだった。マチルギはキラマの島から来た五百人の娘たち一人一人と面談して適所に配置していた。浦添(うらしい)グスクに仕えていた侍女や城女(ぐすくんちゅ)たちも首里(すい)に仕えたいと大勢やって来た。すべてを受け入れるわけにもいかないので、一々身元を調べて、安全な女たちを雇い入れた。浦添グスクの御内原(うーちばる)を仕切っていたナーサが色々と手伝ってくれたので、マチルギも助かっていた。さらに、御内原にあるいくつもの屋敷の部屋割りも任され、マチルギは寝る間も惜しんで働き続けていた。
 梅雨が上がると、水軍の大将になったヒューガ(日向大親)に頼んで、キラマの夢の島に連れてきてもらったのだった。ヒューガが今までずっと乗っていた船ではなく、先代の中山王(武寧)が持っていた立派な船で、小舟(さぶに)以外の大きな船に乗るのは久し振りだった。マチルギも子供みたいにキャーキャー騒いで喜んでいた。
 一緒に来たのはヒューガと馬天(ばてぃん)ヌル、ウニタキ(三星大親)と妻のチルーだった。三組の夫婦と島で暮らしているマニウシ(真仁牛)夫婦が加わって、星空の下で、捕り立ての魚や貝をつまみながらヤマトゥ(日本)の酒を飲んでいた。
 マニウシは重臣として首里に迎えるつもりだったが、グスク務めは性に合わんと言って島に戻り、以前のように若い者たちを鍛えていた。今帰仁(なきじん)グスクを攻めるためには今の兵力ではまだ足りなかった。思紹はすでに今帰仁攻めの計画を練っていて、以前と同じように、十年間で一千人の兵を育ててくれとマニウシを送り出したのだった。
 新たな十年の計がすでに始まっていた。
「久々の休暇だな」とウニタキが焼き魚をかじりながら笑った。
 ウニタキは周りの状況を調べていた。武寧(ぶねい)を倒して首里(すい)グスクを奪い取ったとはいえ、首里の城下が完成しない限り、首里は中山王の都とは言えなかった。どこかの按司首里に攻めて来る事はないとしても、中山王の命を狙う刺客(しかく)が人足(にんそく)に化けて侵入してくる可能性はあった。刺客を送るとすれば、山南王(さんなんおう)(シタルー)と山北王(さんほくおう)(攀安知)の二人が怪しい。山南王は自分が作った首里グスクを奪い取られた恨みを持っているし、山北王にとって、殺された武寧は義父だった。敵(かたき)を討とうと思っているかもしれなかった。山北王がいる今帰仁は遠いが、ウニタキは配下の者たちを送って敵の動きを探っていた。
 三星党(みちぶしとー)の拠点となる『よろずや』も、すでに七軒になっていた。山賊になったヒューガが奪い取った食料を久高島に運ぶために、島尻大里(しまじりうふざとぅ)の城下に開いたのが初めで、何でも売っていて、安く手に入るので庶民に人気があった。二軒めは島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)になった山南王の弟、ヤフス(屋富祖)を探るために島添大里の城下に開いた。島添大里の『よろずや』はヤフスが滅ぶと浦添の城下に移って行った。三軒めはサハチの頼みによって浮島(那覇)に開き、望月党の動きを探るために、四軒めは中グスクの城下に、五軒めは北谷(ちゃたん)の城下に、六軒めは越来(ぐいく)の城下に開いた。望月党が滅んだあと、勝連(かちりん)の城下に開いたのが七軒めだった。
 『よろずや』のほかに、古着屋の『まるずや』も島添大里の城下にあり、今、首里の城下にも新しい『まるずや』を建てていた。ウニタキの配下の者たちもキラマから来た若者たちが加わって二百人近くになっている。ウニタキは二百人の配下を各地に飛ばして、按司たちの状況を探っていたのだった。
「ここに来たのは何年振りかしら」とチルーが嬉しそうな顔をしてウニタキに聞いた。
 夫のウニタキは家を留守にする事が多く、子育てに専念していて、旅に出るなんて久し振りだった。姉(中山王妃)が子供を預かってくれるというので、出て来たのだった。
「あれは師匠(思紹)が久高島から移ったばかりの頃だったからな。もう十年以上も前だろう」
「そうよね。確か、ミヨンがお腹の中にいた時だったわ」
「あの時は大変だったのう」とヒューガが当時を思い出しながら酒を飲んだ。
 山賊から海賊になったばかりの頃で、ウニタキと一緒に山南王の船を奪い取って、海賊になったものの、初めのうちは船酔いに悩まされていた。お頭として、配下に弱みは見せられないため、必死に我慢をしていた辛い日々が思い出された。あの時の辛さがまるで嘘のように、今では陸(おか)に上がるよりも、船の上にいた方が気分が落ち着くのが不思議だった。
「サスカサ様も久高島のフボーヌムイ(フボー御嶽)から出て来て、ここにいらしたのよね」と馬天ヌルがヒューガの酒盃(さかずき)に酒を注ぎながら言った。
 馬天ヌルも忙しかった。中山王のヌルとして、様々な儀式を執り行なうには、とても一人では無理だった。これからヌルたちを育てたのでは間に合わない。浦添に仕えていたヌルたちを探し出して、首里に仕えてもらうしかなかった。馬天ヌルは弟子のユミーとクルーにヌル探しを命じて、自らはキーヌウチ内にあるウタキを整備したり、マチルギを手伝って、女たちの人事にも携(たずさ)わっていた。
「馬天ヌル様、お願いがあるんじゃが」とマニウシが口をはさんだ。
「どなたかヌルをこの島に送ってくださらんか。やはり、ヌルがいないと、どうも、まとまりが悪いような気がするんじゃ」
「確かにのう」とヒューガがうなづいた。
「サスカサ様はこの島の中心という存在だったからのう。あの方がいるというだけで、皆が安心して暮らしておった」
「あの方は特別よ」と馬天ヌルが言うと、
「本当に凄いヌルだな」とサハチも言った。
「叔母さん(馬天ヌル)やフカマヌル(久高島のヌル)、マチルギからもサスカサ様の話は聞いていたけど、実際に会ってみて、まさしく神様だと思ったよ。ミチ(サハチの長女)はその神様に教えを受けている。まったく、幸せ者だよ」
「ミチなら大丈夫よ」と馬天ヌルははっきりと言った。
「必ず、サスカサ様の跡を継ぐわ。マニウシさんの話だけど、誰かをこの島に送り込むわね。ずっとこの島にいるのは難しいから、一年交替でこの島で修行させる事にするわ」
 マニウシは両手を合わせて馬天ヌルにお礼を言った。
「ねえ、叔母さん、浦添にいたヌルたちは見つけられたの?」とマチルギが馬天ヌルに聞いた。
浦添にいたヌルっていうのは何の事だ?」とサハチがマチルギに聞いた。
浦添グスクには二十人ものヌルがいたらしいのよ」と馬天ヌルが答えた。
「中山王ともなると祭祀(さいし)も多くて、そのくらいいないと勤まらないのよ。それで、ヌルたちを捜していたの。何人かは見つけ出して、首里に仕えてくれる事になったんだけど、中心にいた浦添ヌルが見つからないのよ。浦添のヌルは代々チフィウフジン(聞得大君)と呼ばれているんだけど、今のチフィウフジンは武寧の娘なのよ。浦添グスクが焼けたあと、行方知れずになってしまったの。武寧の娘を首里に呼ぶのは危険だから勿論、呼ばないけど、行方がわからないというのは不気味だわ」
「チフィウフジンで思い出したけど、チフィウフジンのガーラダマ(勾玉(まがたま))は叔母さんが持っていたんですよね」とサハチが言った。
 馬天ヌルはうなづいて胸元を押さえた。
「このガーラダマがあたしの所に来た時から、こうなる事が決まっていたのかしら。不思議ね」
「叔母さんがチフィウフジンになるのですか」
 馬天ヌルは少し考えたあと首を振った。
「北(にし)から南(ふぇー)まで旅をしたお陰で、チフィウフジンよりも馬天ヌルの名前の方が有名になっているわ。馬天ヌルのままで行くわ」
「そうですね。馬天ヌルを慕っているヌルたちも多いし、今更、名前を変えても仕方ないですね」
浦添ヌルの行方はわかりましたよ」とウニタキが口をもぐもぐさせながら言った。
「えっ?」と驚いて馬天ヌルがウニタキを見た。
 ウニタキは口の中の物を飲み込むと、「今、今帰仁にいます」と言った。
「何だって、どうして今帰仁にいるんだ?」とサハチがウニタキに聞いた。
「姉を頼って今帰仁に行ったようだ」
「そうか。武寧の娘が山北王に嫁いだんだったな。それにしたって、女一人で浦添から今帰仁までは行けまい。誰か武将がついて行ったのか」
「主立った武将は新川森(あらかーむい)の合戦のあとに首を斬られた。留守を守っていた武将もほとんどは戦死した。浦添ヌルを今帰仁に連れて行ったのはイブキ(ウニタキの配下)だったんだよ」
「何だって? どうして、イブキが浦添ヌルを今帰仁まで連れて行くんだ?」
浦添の『よろずや』は武寧と取り引きをしていた。正確に言えば、御内原(うーちばる)の女たちと取り引きをしていた。浦添グスクがなくなったのに浦添で商売はできない。そこで、新天地を求めて今帰仁まで行ったのさ。浦添ヌルと一緒なら山北王も信用してくれるだろう」
「という事は店をたたんで、店の者たち全員で今帰仁に行ったのか」
「そういう事だ。イブキから今帰仁に行く事は聞いていたが、浦添ヌルの事は知らなかった。昨日、今帰仁から知らせがあって、その事を聞いたんだよ」
「そうだったの。今帰仁に行ったの」と馬天ヌルは言って、少し考えてから、「何か面倒な事が起きそうな気がするわ」と言った。
浦添ヌルが父親の敵(かたき)を討ってくれと山北王に頼むというのですか」とサハチが聞いた。
「山北王にとっても武寧は義理の父親だからね。それに山南王も武寧の義理の弟になるわ」
「山北王と山南王が手を組んで、首里を挟み撃ちにするのか」
「充分にあり得る事よ」
鳥島(とぅいしま)(硫黄(いおう)鳥島)が危ないな」とヒューガが言った。
 硫黄が採れる鳥島は過去にも何度か、中山王と山北王の争いの種となっていた。先々代の察度(さとぅ)の頃に起こった今帰仁合戦も原因は鳥島だった。鳥島を奪われたら、明国(みんこく)との進貢(しんくん)ができなくなる。絶対に奪われてはならなかった。
 二月の末、サハチはヒューガと一緒に鳥島に行き、そこの責任者と会って、武寧が滅んだ事を伝え、新しい中山王に仕えるように頼んだ。一時は戦(いくさ)になるかと思われたが、相談の末に、新しい中山王に仕えると誓ってくれた。
「島の兵を増やした方がよさそうだな」とサハチは言った。
「硫黄を運ぶ船の警固も厳重にしなければならん」とヒューガが言った。
 サハチは厳しい顔をしてうなづいた。
「シタルー(山南王)が島添大里(しましいうふざとぅ)グスクに来たそうだな」とウニタキがサハチに聞いた。
「ああ」とサハチはうなづいてニヤッと笑うと、「まったく驚いたよ」と言った。
「シタルーとは以前のごとくに同盟を結びたいと思っていたんだ。島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに乗り込むつもりでいたら、向こうから先にやって来た。いつものように気楽な様子でやって来たよ。俺が中山王にならず、隠居していた親父が中山王になった事が腑に落ちないと言っていた。その事が気になって、夜も眠れないからやって来たそうだ」
「そうか。世間から見れば、お前の親父は隠居して坊主になって旅をしていたんだったな。そんな坊主が中山王になれば、誰だって腑に落ちないな」
「シタルーに教えてやったよ。親父が何をしていたのかをな。シタルーは口をポカンと開けて驚いていた。キラマの島で一千人の兵を育てていたなんて信じられない。俺はお前ら父子(おやこ)に騙されていたのかと悔しがっていた。そして、改めて同盟を結んだんだ。シタルーとしても中山王と手を結ばなければ、硫黄は手に入らないし、ヤマトゥの品々も手に入れにくいからな。ただ、表向きは同盟しても、シタルーは油断がならない。裏で山北王と組んで、首里を攻めようとたくらんでいるかもしれん」
「わかっている。シタルーだけでなく、米須(くみし)按司(武寧の弟)、兼(かに)グスク按司(武寧の次男で妻は山北王の妹)、それにタブチ(シタルーの兄で八重瀬(えーじ)按司)もちゃんと見張っている」
「頼むぞ」とサハチは言って、ウニタキの酒盃に酒を注いだ。
「そう言えば、武寧の三男は見つかったのか」
「いや」とウニタキは首を振った。
「どこに隠れているのか、未だにわからん」
「留守も守らず、女の所に行った奴だ。大した男ではないと思うが、残党どもにかつがれるかもしれんからな。何としても見つけ出してくれ」
「ああ、わかっている」
「ねえ、その三男のお嫁さんて、ウミチル(平田大親の妻)の妹でしょ」とマチルギがサハチに聞いた。
「そうだよ。二人の娘がいて、今は玉グスクで静かに暮らしている」
「そうだったの、よかったわ」とマチルギは笑って、ウニタキの妻のチルーを見ると、
「チルーさん、山田のマウシのお世話、色々とありがとうございました」と改めてお礼を言った。
「お礼なんていいですよ。短い間だったけど楽しかったわ。みんながいなくなって急に静かになっちゃって、子供たちも寂しがっているわ」
 四月の半ば、マウシは山田に帰って、マサルーの次男のシラーを連れてきた。そのシラーもマウシと一緒にヤマトゥに行く事となり、八日前にシンゴ(早田新五郎)の船に乗って、ヤマトゥ旅に出て行った。マウシとシラーがいなくなったので、マサルーは山田に帰っていた。
「山田から連れてきたシラーって子はどんな子なの?」とマチルギがチルーに聞いた。
「武術の腕はマウシより劣るようだけど、学ぶ事は好きみたい。ソウゲン寺(でぃら)では真剣に和尚さん(ちょーろーめー)の話を聞いていたそうよ。ヤマトゥに行って色々な事を身につけて、大きくなって帰ってきそうだわ」
「マウシよりもシラーの方が優れているの?」
「そうじゃないわ。マウシは生まれながらの大将って感じね。細かい事にはこだわらない。シラーは軍師って感じ。細かい所まで目が届くわ。二人が揃えば最強になるわね」
「叔母さん(チルー)の話を聞いていると、察度(さとぅ)と泰期(たち)を思い出したよ。まさしく、二人はそんな関係だった」
「叔母さんはよしてって、言ったでしょ」とチルーがサハチを睨んだ。
「ごめん。つい、子供の時の癖で」
「お前、俺の事を叔父さんて呼んだ事はないぞ」とウニタキが言った。
「馬鹿野郎、お前を叔父さんなんて呼べるか」
 サハチが言うと、みんなが笑った。
「ねえ、ササはちゃんとソウゲン寺に行っていた?」と馬天ヌルがチルーに聞いた。
「お勤めがない時はちゃんと行っていたみたいよ。ササちゃんなんだけどね、どうも、シラーが好きみたいよ」
「えっ?」と馬天ヌルが驚いた。
「シラーの前だとササちゃん、変なのよ。やけに女の子っぽくなって‥‥‥あんな、ササちゃん、見た事ないわ」
「あの子が女の子っぽくなるですって‥‥‥信じられないわね」と馬天ヌルは首を傾げた。
「ササちゃんだけじゃないの。マウシも苗代大親(なーしるうふや)様の娘のマカマドゥちゃんに惚れちゃったみたい」
「へえ、マウシがマカマドゥに?」とマチルギが言って、「でも、マカマドゥの方が相手にしないでしょ」と聞いた。
「それがそうでもなさそうなの。ヤマトゥ旅に出る時、マカマドゥちゃんも見送りに来たんだけど、マウシといい感じで話をしていて、マウシが行ったあと涙を流していたわ」
「その事、叔父さん(苗代大親)には言いましたか」とサハチがチルーに聞いた。
「まだ言ってないけど、二人がいい仲になったのなら、いい縁談だと思うわ」
「そうだな。その事、俺から言ってみるよ」
「それと、サグルーも変なのよ」とチルーは言った。
「マウシのヤマトゥ行きが決まったあと、マウシは許可を得るために山田に帰ったんだけど、その時、サグルーとササちゃんもついて行ったの。そして、シラーのヤマトゥ行きが決まって、シラーも荷物を取りに山田に帰ったの。その時もサグルーとササちゃんが付いて行ったのよ。その時はただ、仲がいいのねと思っただけなんだけど、マウシたちがヤマトゥ旅に出た後、サグルーは一人で山田に行っているの。マウシたちが旅立った事を知らせに行ったって言ってたけど、何かおかしいと思って、ササちゃんを問い詰めたら、サグルーはマウシの妹に惚れたのよって言ったわ」
「何だって、サグルーがマウシの妹に惚れた‥‥‥」
 驚いた顔をしてサハチはマチルギを見た。
「山田按司の娘なら悪くないわ」とマチルギは言った。
「従兄妹(いとこ)同士だけどね」
「そうだな」とサハチもうなづいた。
「今、思い出したけど、サム(マチルギの兄、勝連(かちりん)按司の後見役)から娘を嫁にもらってくれって言われていたんだ」
「サム兄(にい)の長女のユミはジルムイより一つ年下だったはずよ。ジルムイのお嫁にもらったらいいんじゃないの?」
「ジルムイの奴は好きな娘はいそうですか」とサハチはチルーに聞いた。
「あの子は真面目だから、そんな娘はいないんじゃないの」
「奴はちょっと頼りないな。マウシたちと一緒にヤマトゥに行って、少しは変わってくれると助かるんだがな」
「そんな事ないわよ。ジルムイはしっかりしているわ」とマチルギは言った。
「そうか」と言ってサハチは笑った。
 以前にもジルムイの事で言い争いになったのを思い出した。せっかくの旅を台無しにしたくなかったので、サハチは話題を変えて、
「ところで、ファイチはどうしている? 今回も誘ったんだが、忙しいと言って来なかったんだ」とウニタキに聞いた。
「進貢船(しんくんしん)の手続きを仕切っていたアランポー(亜蘭匏)の一族がいなくなったので、かなり忙しいようだな。こんな事になるのなら言う事を聞きそうな奴を何人か残しておくべきだったとぼやいていたよ」
「明国にはいつ出かけるんだ?」
「秋には出帆(しゅっぱん)したいようだが難しいらしい。年末か、あるいは来年にずれ込むかもしれんと言っていた」
 マウシたちがヤマトゥ旅に出た次の日、明国に行っていた中山王の進貢船が帰って来た。
 その日、サハチは兵を率いて進貢船を待ち受けた。船内には百人の兵が乗っているはずだった。反乱を起こす可能性もあった。ヒューガは水軍を率いて進貢船を囲み、進貢船の動きを押さえた。
 サハチはヒューガと久米村(くみむら)の長史(ちょうし)、ワンマオ(王茂)と一緒に小舟(さぶに)に乗って進貢船に乗り移り、使者の新垣大親(あらかきうふや)とサムレー大将の宜野湾親方(ぎぬわんうやかた)に事情を説明した。二人とも信じられないといった顔で話を聞いていた。ワンマオが久米村の今の状況を話すとさらに驚いた。
「アランボーが消えたというのか」と新垣大親は聞き返した。
「アランポーだけではない。一族の者すべてがいなくなった。独裁者がいなくなって久米村は変わったんだ」
「そうか」と言って新垣大親はニヤッと笑い、「そいつはよかった」と言った。
 宜野湾親方は、「わしらの家族は無事なのか」と聞いた。
「無事だ」とサハチが答えた。
浦添で焼けたのはグスクだけだ。グスクを守っていた武将や兵は戦死したが、女子供は全員、逃がした。その後、残党狩りもあったが、船出している者たちの家族には手出しはしていない。以前のごとく浦添で暮らしているはずだ」
 宜野湾親方は安心したようにうなづいて、「わしらは長い船旅で疲れておる。みんな、早く、おうちに帰りたいんじゃ」と言った。
 抵抗する者も出さずに、無事に進貢船を迎える事ができた。
 中山王は三隻の進貢船を持っていた。一隻めは無事に帰国し、二隻めは去年の八月にシャム(タイ)の国に出掛けて行った。一昨年(おととし)の暮れ、シャムの船が浮島に入って来た。丁度、サハチとウニタキが浮島にいた時だった。シャムの船が帰る時に、そのあとについて一緒にシャムまで行ったのだった。三隻めは今年の正月に明国に行き、どちらの船も、そろそろ帰ってくる頃だった。知らせが来たら、また兵を引き連れて待ち受けなければならなかった。
「明国に行くまでに、やれる事は皆、片付けておかなければならんな」とサハチが言うと、
「あなた、明国に行くつもりなの?」とマチルギが驚いた顔をして聞いた。
「前から言っていただろう。親父が中山王になったら、俺は旅に出るって」
「それは知ってるけど、明国に行くなんて初耳だわ」
「明国だけじゃない。シャムにも行くし、朝鮮(チョソン)にも、勿論、ヤマトゥにも行く」
「あたしは?」とマチルギは聞いた。
「女子(いなぐ)を船には乗せられないだろう」
「どうして?」
「どうしてって、海の神様が怒る」
「そんな事、ないわよね」とマチルギは馬天ヌルに同意を求めた。
「大丈夫よ。ファイチの奥さんはお船に乗って来たんでしょ」
「そうよ。久米村にいる女の人たちはみんな、お船に乗ってやって来たのよ。女子だってお船に乗れるわ」
「そうかもしれんが、明国に行ったら半年も留守にしなけりゃならんのだぞ。俺とお前が半年間も留守にしていたら島添大里グスクはどうなるんだ? シタルーかタブチに奪い取られてしまうかもしれない」
「あなたは半年も留守にして大丈夫なの?」
「お前がいるから大丈夫だろう」
「そんなの、ずるいわ。あたしだって行ってみたい。明国はいいけど、ヤマトゥには行きたいわ」
「無理を言うなよ。ヤマトゥだって半年掛かる」
「あなたが留守番していればいいじゃない」
「まったく‥‥‥師匠、何とか言ってやって下さいよ」
 サハチはヒューガに助け舟を求めた。
「女が船に乗ると男の船乗りたちの気が散って仕事にならんから、女は乗せんと言っておるんじゃろう。長い船旅じゃ。女を巡って殺し合いが起きるかもしれんからのう」
「それなら、大勢の女子を乗せればいいわ。そうよ。男のサムレーの代わりに女子サムレーを乗せればいいのよ」
「何を言ってるんだよ」とサハチは手を振った。
「そう言えば、南北朝(なんぼくちょう)の戦の頃、女の水軍大将が活躍したとか聞いた事があったな」とヒューガが言った。
「師匠、やめて下さいよ。マチルギが本気にします」
「女子の水軍か‥‥‥面白そうね。そんな水軍を作ったら、どこにでも行けるわ」
 サハチはマチルギを見ながら首を振っていた。