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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-33.女の闘い(第二稿)

 消えたマジムン屋敷の跡地に、サハチは与那原(ゆなばる)グスクを築く事に決めた。運玉森(うんたまむい)ヌルが守ると誓ったウタキをグスクの中に取り込み、グスク内に運玉森ヌルの屋敷も建てるつもりだった。それと、ウニタキのために拠点となる屋敷も建てなければならなかった。
 マジムン屋敷が消えた四日後、進貢船(しんくんしん)が無事に帰って来た。明国(みんこく)から帰って来たマサンルーとマタルーは一回り大きくなったように感じられた。
 その夜、無事の帰国を祝って首里(すい)の会同館(かいどうかん)で祝宴が開かれた。
「明国は思っていた以上に凄い国でした」とマサンルーもマタルーも目を輝かせて言った。
「何と言っても広い。山々が果てしなく続いていました。泉州から応天府(おうてんふ)(南京)まで、あんなにも遠いとは思ってもいませんでした」
 サハチは二人の話を笑いながら聞いていた。サハチが驚いたように、二人もあらゆる物に驚いていた。
 泉州の来遠駅(らいえんえき)に着いたあと、二人は使者たちと一緒に応天府に行き、会同館に滞在した。会同館にヂュヤンジン(朱洋敬)が訪ねて来て、タブチと一緒に富楽院(フーレユェン)に行ったという。ヂュヤンジンはリィェンファ(蓮華)と一緒になって幸せに暮らしているらしい。あの二人には、またいつか会いたいと思った。
 応天府に滞在中、二人はタブチと行動を共にしていたという。タブチに連れられて色々な所を見物したと楽しそうに話した。妻には内緒だけど、城外にある遊女屋(じゅりぬやー)(妓楼)にも行ったとニヤニヤしながらマタルーは言った。二人の話によるとタブチは明国の言葉もしゃべれるという。去年、琉球に帰ってから、浮島の通事(つうじ)(通訳)を八重瀬(えーじ)グスクに呼んで、真剣に学んだのだという。真面目な顔をして明国の言葉を学んでいるタブチの姿など想像もできないが、そんなにも変わっていたなんて、サハチも驚いていた。意外にもタブチは努力家のようだった。
 その宴にはタブチも参加していたので、サハチはタブチの所に行って、弟たちがお世話になったお礼を言った。
「なに、わしこそ、そなたのお陰で明国に行く事ができた。そのお返しじゃよ。気にせんでくれ」とタブチは豪快に笑った。
「それに、マタルーはマカミーの婿じゃ。なかなかいい若者じゃのう。マカミーもマタルーと一緒になって本当によかったと思っておるんじゃよ」
「二人は仲よくやっています。もうすぐ、四番目の子が生まれます」
「なに、四番目か‥‥‥」とタブチは嬉しそうな顔をして笑った。
 急に老け込んでしまったようなシタルーに比べると、タブチは明国に行って若返ったように思えた。
 タブチから応天府の様子を聞いて、弟たちの所に戻ると、伊波按司(いーふぁあじ)の次男のミヌキチが来ていた。ミヌキチはマタルーと同い年で、一緒に旅をして仲よくなったようだ。
 サハチはマサンルーに運玉森にグスクを築く事を話し、お前が守らないかと聞いた。
「運玉森か‥‥‥」とマサンルーは少し考えていた。
「あそこは首里と島添大里(しましいうふざとぅ)を結ぶ重要な拠点になる。前からグスクを築こうと思っていたんだが、ようやく、築く決心をした」
 マサンルーはうなづいたが、「マタルーに任せればいいんじゃないのか」と言った。
「俺は佐敷を守るよ。ヤグルーは平田を守っているし、マタルーにやらせるのが一番いい。いつまでも、佐敷グスクの東曲輪(あがりくるわ)に置いておくのは勿体ない」
「そうか。マタルーに守らせるか」とサハチはミヌキチと話し込んでいるマタルーを見ながらうなづいた。
 サハチもマタルーに任せるつもりだった。一応、マサンルーの意見を聞いてみたのだった。
 遊女(じゅり)たちも加わって、宴もたけなわになった頃、大喧嘩が始まった。
「あら、大(うふ)グスク大親(うふや)じゃない」とサハチの相手をしているマユミが言った。
 宴席に遊女を呼んだ時、サハチの相手をするのはいつも決まってマユミだった。女将のナーサが決めたのか、マユミが決めたのかは知らないが、マユミは面白いし、機転も利くし、可愛いので、サハチは満足していた。
 サハチが見ると大グスク大親と殴り合いの喧嘩をしているのはタブチだった。さっきのにこやかな顔とは別人のように、昔の武将面に戻っていた。サハチがやめさせようと立ち上がった時、又吉親方(またゆしうやかた)が仲裁に入って、大グスク大親は捨て台詞(ぜりふ)を吐いて宴席から飛び出して行った。
 サハチは大グスク大親の後ろ姿を見送ると、また座り込んで、「大グスク大親を知っているのか」とマユミに聞いた。
「何度か、お店に来た事があるわ。ルリがお目当てなのよ。お酒癖はあまりよくないわね。お酒が入ると人の悪口ばかり言っているわ。いつか、こんな事になるんじゃないかと思っていたのよ。あたしたちの前で悪口を言ってもいいけど、こんな所で言ったら、今みたいになっちゃうわ」
「そうか。酒が入っていない時は物わかりのいい男なのにな」
「そうね。急に人が変わっちゃうのよ」
「喧嘩の相手は知っているか」
 マユミは首を振った。
「でも、渋い男じゃない。もしかしたら、サムレー大将なの」
「いや、八重瀬按司(えーじあじ)だよ」
「えっ、按司がどうして、ここにいるの」
「明国に行くのが好きで、今回も行って来たんだ」
「ちょっと待って‥‥‥八重瀬按司って聞いた事があるわ。もしかして、山南王(さんなんおう)のお兄さんじゃないの」
「そうだ。よく知ってるな」
「前に女将さんから聞いた事があるわ。兄弟の仲が悪くて、兄弟が争っている隙に、按司様(あじぬめー)は首里グスクを奪い取ったって聞いたわ」
「まあ、そんな所だな」
「その八重瀬按司が中山王(ちゅうさんおう)の御船(うふに)に乗って明国に行ったんだ」
 へえと言った顔をして、マユミはタブチを見ていた。
 タブチは喧嘩をした事など忘れた顔で、又吉親方と楽しそうに酒を飲んでいた。
 酒の上での喧嘩だったので、サハチは気にも止めていなかったが、大グスク大親は家族を連れて首里から消えてしまった。
 サハチは大役(うふやく)の安謝大親(あじゃうふや)から、その事を聞いて驚いた。どうするつもりなんだと聞くと、放って置くという。
「あいつはみんなと馴染めなかった。いなくなってくれて、皆、清々しています」
「そうだったのか」
「皆、八重瀬按司に感謝していますよ。皆が言いたくても言えなかった事をずばり言ってくれたと」
「八重瀬按司は何と言ったんだ」
「この大馬鹿者め、威張っているのが正使ではない。みんなの面倒をちゃんと見るのが正使だ、と言ったようです」
「そんなに威張っていたのか」
「正使になれたのが、よほど嬉しかったのでしょう」
「そうか」とサハチは言って、あとの事は安謝大親に任せた。
 中山王の進貢船が帰国したのと同じ頃、山南王の進貢船も帰国した。中山王の船が帰って来ると浮島は忙しくなるが、山南王の船が帰って来ると与那原が忙しくなった。明国の商品を積んだ荷車が続々と与那原にやって来て、ヤマトゥの商品と交換していくのだった。ヤマトゥからの船がいる時はヤマトゥの船から仕入れるが、今年はすでに帰ってしまっていた。サハチも与那原に行って、島添大里の大役の屋比久大親(やびくうふや)を手伝った。
 六月の末、三姉妹の船が浮島にやって来た。今年は二隻だった。明国の商品を乗せた船と旧港(ジゥガン)(パレンバン)の商品を乗せた船だった。
 小舟(さぶに)から降りたメイユー(美玉)はサハチの姿を見つけると嬉しそうな顔をして近づいて来た。元気そうな笑顔を見て、サハチは安心したが、メイユーはサハチのそばまで来て何かを言おうとして、急にサハチの腕の中に倒れ込んだ。声を掛けてもぐったりしたままで、サハチはメイユーを抱き上げて、メイファン(美帆)の屋敷へと向かった。
 久米村(くみむら)の医者に診てもらうと、疲れが溜まっているのだろう。ゆっくり休めば治るから心配ないと言った。メイリン(美玲)から話を聞くと、メイユーは琉球から明に帰り、休む間もなく旧港に向かい、向こうで取り引きをして帰って来ると、すぐにまた、琉球に来たのだという。長旅が続いて疲れが溜まっていたのを気力で頑張り、無事に琉球に着いてサハチの顔を見たら、急に気が緩んでしまって倒れたのに違いないと言った。
 サハチは一安心して歓迎の宴に加わった。
 ファイチ(懐機)とウニタキ、メイリン、リェンリー(怜麗)、ラオファン(老黄)、ジォンダオウェン(鄭道文)とリュウジャジン(劉嘉景)、ジォンダオウェンの娘のユンロン(芸蓉)が顔を揃えていた。
 メイファンはやはり来なかった。正月に無事に男の子を産んだという。メイファンの代わりに来たユンロンは、夫をリンジェンフォン(林剣峰)に殺され、子供もいなかったので敵(かたき)を討つと言って仲間に加わっていた。父親のジォンダオウェンは反対したが、ユンロンの決心は固く、メイファンにも頼まれて、仕方なく連れて来たのだった。
「チョンチョン(誠々)という名前だそうだ」とウニタキが言った。
「チョンチョンか‥‥‥会いたいだろうな」とサハチがファイチに言うと、
「チョンチョンにもメイファンにも、とても会いたいです」とファイチは両手を広げた。
「メイファンもチョンチョンを連れて琉球に行くって言っていたのよ」とメイリンが笑った。
「だめです」とファイチは首を振った。そのあとは明の言葉でメイリンに何かを話していた。
 メイリンとメイユーは琉球の言葉が大分うまくなってきてはいるが、まだわからない事も多く、詳しい事を聞くには明の言葉でなくてはだめだった。
杭州(ハンジョウ)では順調に取り引きができたそうです」とファイチが言った。
「去年の夏に鄭和(ジェンフォ)の大艦隊が長旅を終えて帰って来たそうです。商人たちが持ち帰った異国の商品が大量に出回って、今、明国では異国品の人気が非常に上がっています。そして、鄭和は去年の暮れに二度目の航海に出ました。鄭和と一緒に行く商人たちは南蛮(なんばん)(東南アジア)で喜ばれるヤマトゥの刀を大量に仕入れたそうです。琉球から持って行った刀はいつも以上の高値で取り引きされ、かなりの儲けを上げたようです。去年、琉球に来た船はそのまま旧港まで行き、旧港での取り引きもうまくいったそうです」
「そいつはよかった」とサハチはウニタキと顔を見合わせて喜んだ。
 ファイチはリュウジャジンに旧港の事を聞いた。リュウジャジンは今回、初めて琉球に来ていた。
「旧港の首領となったシージンチン(施進卿)はヤマトゥの刀を手に入れるために、直接、ヤマトゥに船を出したようです」とファイチが言った。
「旧港がヤマトゥに船を出したのか」とサハチは驚いた。
「南蛮も戦が絶えないから武器が欲しいのです」
「来年の今頃は俺たちはヤマトゥにいる。来年は会えないな」とウニタキがメイリンに言った。
「そういえば、マチルギ姉さんはヤマトゥに行ったの」
「行ったよ。女たちを連れて五月に船出した」
「やっぱり行ったのね。来年はお姉さんからヤマトゥの話を聞くわ」
「なあ、ヤマトゥに行くついでに朝鮮(チョソン)に行かないか」とウニタキがサハチに言った。
「朝鮮に行くのか」
対馬(つしま)と朝鮮は近いって聞いたぞ」
「ああ、確かに近い。一日で行ける距離だ」
「それならついでに行って来ようぜ。母親が育った国を見てみたいんだ。ファイチ、武寧(ぶねい)の側室はまだ、この村にいるんだろう」
 リュウジャジンと話をしていたファイチはウニタキを見ると、もう一度聞き返した。
朝鮮人(コーレーンチュ)の側室三人はここで暮らしています。故郷に帰りたがっていますよ」
「なあ、故郷に連れて行ってやろうぜ」
「そうだな」とサハチはうなづいて考えてみた。
 察度(さとぅ)と武寧は朝鮮に使者を送っていた。思紹(ししょう)も送った方がいいのかもしれないと思った。
「ファイチ、以前、朝鮮に送った使者の事を調べてくれないか。親父と相談してみるよ」
「朝鮮に行くのですか」
対馬まで行くんだから、ついでに行った方がいいような気がするんだ」
「わかりました。調べてみます」
 宴がお開きになるとファイチとジォンダオウェンとリュウジャジンは帰って行った。サハチは新しくできた『天使館』を使うようにジォンダオウェンとリュウジャジンに言った。
 『天使館』は完成したが、冊封使(さっぷーし)が来るのは思紹が亡くなったあとだった。少なくともあと十年は来そうもない。使用しないで放って置いたら痛んでしまう。毎年、来てくれる三姉妹の船乗りたちに使ってもらおうと思っていた。
 メイユーは翌日の午(ひる)過ぎまで眠っていた。ウニタキは朝になって帰ったが、サハチは心配して、ずっとそばに付いていた。
 ようやく目を覚ましたメイユーはサハチを見て、微かに笑った。部屋の中を見回して、「あたし、どうしたのかしら」と明の言葉で言った。
「船から降りたらすぐに倒れたんだ」とサハチは言った。
「倒れた‥‥‥」とメイユーは言って、「もう大丈夫」と笑った。
 お腹が減ったというので、食事の用意を使用人に頼み、メイユーと話をしていると、お客が来たとリェンリーが知らせてくれた。
 誰がここまで訪ねて来たのだろうと一階に降りるとサグルーの妻のマカトゥダルがいた。女子(いなぐ)サムレーの格好をして、二人の女子サムレーを連れていた。
按司様(あじぬめー)」と言って、マカトゥダルはホッと安心したように溜め息をついた。
「何かあったのか」とサハチは聞いた。
「子供たちの具合が悪くなって‥‥‥」
「なに、子供たちが‥‥‥誰の具合が悪いんだ」
「ウリーとマシューとマチです。昨日の夜に熱が出て、今も熱が下がりません」
「わかった。すぐ行く」
 サハチは二階に戻って、メイユーに帰る事を告げるとマカトゥダルと一緒に久米村を出て、渡し場に向かった。
「よく、ここがわかったな」とサハチが聞くと、
首里に行って、女子サムレーのトゥラさんに聞きました。あのお屋敷はファイチ様のお屋敷ですか」
「そうだ」と言おうとしたが、嘘をついてもすぐにばれると思って、本当の事を話した。
「去年も来たんだが、メイファンという明国の商人の屋敷だよ」
「そうだったのですか」と言ったあと、マカトゥダルはサハチに謝った。
「昨日、お天気がよかったので、子供たちを連れて馬天浜(ばてぃんはま)に行ったのです。海で遊んだのですが、きっと、それがよくなかったのかもしれません」
「海で遊んだくらいで、具合が悪くはなるまい」とサハチは言ったが、マカトゥダルは首を振って、
「あたしが悪かったんです」と自分を責めた。
「小奥方様(うなじゃらぐゎー)(ナツ)から泳ぎを教わって、あたし、夢中になってしまって‥‥‥もっと早くに切り上げて帰ればよかったんです」
「ナツは泳げるのか」とサハチは聞いた。
「とてもお上手です。子供たちにも教えていました」
「そうか‥‥‥」
 ナツの父親はサムレーになる前は津堅島(ちきんじま)のウミンチュだった。子供の頃のナツは毎日、海で遊んでいたのだろう。
 渡し舟に乗って安里(あさとぅ)に行き、預けておいた馬に乗って島添大里へ急いだ。
 ウリーとマシューとマチの三人が、額(ひたい)に濡れた手ぬぐいを乗せて寝込んでいた。
 サハチの顔を見るとナツは、「申しわけございません」と頭を下げた。
 サハチは子供たちの枕元に座ると、「熱は下がらないのか」とナツに聞いた。
 ナツはうなづいた。青ざめた顔がやつれていた。ろくに眠っていないようだ。
 サハチは手ぬぐいをどけて、子供たちの額に手を当ててみた。ウリーとマチは熱かったが、マシューの熱は下がってきているようだった。
 ナツが手ぬぐいをゆすいで、子供たちの額に乗せた。
「ウニタキには知らせたか」
「はい。マーミに頼みました」
 サハチはナツにうなづき、「他の子は大丈夫なのだな」と聞いた。
「大丈夫です。隣りのお部屋で三人の心配をしていたのですが、侍女たちと一緒に東曲輪(あがりくるわ)の佐敷ヌルのお屋敷に行きました」
「女子サムレーと遊んでいるのか」
「シジマから昔話を聞いているのです」
「そうか‥‥‥」
 シジマの昔話はマチルギも褒めていた。今帰仁(なきじん)の志慶真(しじま)村の生まれで、今帰仁合戦の時に父親は戦死し、その後、母親も亡くなり、祖母に育てられた。祖母が亡くなったあと、先代のサミガー大主に引き取られて、キラマの島で修行を積んだ。首里グスクを奪い取ったあと、キラマの島から来て、島添大里の女子サムレーになっていた。祖母から聞いた昔話をいくつも覚えていて、マチルギも佐敷ヌルと一緒に聞いたと言っていた。
「俺が看ているから、お前は少し休め」とサハチはナツに言った。
「そんな事はできません」とナツは首を振った。
「マチルギが帰って来るまで、まだ先は長い。お前が倒れたら俺も困るし、子供たちも困る」
 マカトゥダルからも言われて、ナツはようやく休んだ。
 浮島でメイユーが倒れ、島添大里では子供たちが倒れた。もしかしたら、マチルギたちの身に何かあったのだろうかとサハチは心配した。
 マカトゥダルの視線を感じて、サハチはマカトゥダルを見た。
按司様、按司様もお疲れのご様子です。お休みになった方がよろしいかと思います」
 サハチは笑った。
「ここでの暮らしは、もう慣れたか」
「はい」とマカトゥダルはうなづき、「毎日がとても楽しいです」と言った。
 マカトゥダルはお嫁に来てから、ずっと、城下の娘たちと一緒に剣術の稽古に励んでいた。サグルーとマカトゥダルの新居は東曲輪にあり、稽古のあと、二人の新居は娘たちの溜まり場になっていると佐敷ヌルから聞いていた。
 山田グスクで育ったマカトゥダルは村の娘たちと遊んだ事はなかった。按司の娘として特別扱いされて、一緒に遊ぶ事もできなかった。しかし、ここでは城下の娘たちと一緒に剣術の稽古ができ、稽古の時は皆、平等だった。ウミンチュの娘もサムレーの娘も、みんな、仲よく稽古に励んでいる。同じ年頃の娘たちと一緒に色々な話をするのが、とても楽しかった。
 サスカサがミヨンと一緒に顔を出した。サスカサの屋敷も東曲輪に完成していた。サスカサはその屋敷で、子供たちの病気治癒の祈祷(きとう)をしていたようだ。
「大丈夫よ」とサスカサは言った。
「明日には元気になるわ。旅に出たお母さんの事を心配して、寂しいのに無理に元気を装って、それでちょっと疲れたのよ」
「そうだったのか」とサハチは眠っている三人を見た。
 ウリーは八歳、マシューとマチは六歳だった。母親に会えない寂しさをじっと我慢していたのに違いなかった。
「ミヨンも一緒にお祈りしたのか」とサハチはミヨンに聞いた。
 ミヨンはうなづいた。
「そうか。立派なお姉ちゃんだな」
 ミヨンは微かに笑った。
 ウニタキがやって来たのは日が暮れる頃だった。慌てた顔でやって来るとマチの枕元に座り込んだ。
「もう大丈夫だ」とサハチは言った。
 ウニタキがマチの額に手を当てると、マチが目を明けて微かに笑った。熱は下がっていた。
 ウニタキはホッと溜め息をついて、ミヨンを見た。
 ミヨンの目から涙がこぼれ落ちた。
「お父さん」と言うとウニタキに抱き付いて泣き出した。
「ミヨン、よくやった。よく頑張ったな」
 ウニタキはミヨンの背中を優しく撫でていた。
 次の日、三人は元気になった。子供たちはまた海に行きたいと言い出し、ナツに連れられて馬天浜に行った。サハチとウニタキは無理をするなよと送り出した。
「昨日はビンダキ(弁ヶ岳)の山の中を歩き回っていたんだ。『まるずや』に顔を出したら、マチが寝込んでいると聞いて、慌ててやって来たんだよ。無事でよかった」
「ビンダキっていうのは首里グスクの東方(あがりかた)にある山か」
「そうだ。首里で一番高い所だ」
「そんな所で何をしていたんだ」
「マジムン屋敷が消えちまったから、あそこに新しい拠点を作ろうと思ったんだ」
「そいつはいい考えだ。あそこは重要な拠点だ。敵に奪われたら首里が危ない。出城を造ろうと思っていたんだ。お前があそこにいてくれたら助かる」
「山の中に古いウタキがいくつもあった。運玉森ヌルに見てもらってから、屋敷を建てる場所を決めようと思っているんだ」
「そうか。うまくやってくれよ」
「来年、ヤマトゥに行く前には完成するだろう」
 ウニタキは張り切って帰って行った。しっかり者のミヨンがウニタキに甘えてくれたのが、よほど嬉しかったようだ。
 次の日、メイユーとリェンリーが島添大里グスクにやって来た。メイユーはすっかり元気になっていた。佐敷ヌルに会いに来たらしい。マチルギと一緒にヤマトゥに行ったと告げたら、がっかりしていた。去年、佐敷ヌルと試合をして引き分けたので、今年こそは勝つつもりで来たという。
 サハチは二人を屋敷の二階に案内した。大勢の子供たちがいるので、二人は目を丸くして驚いていた。
 ナツに二人を紹介したのはいいが、ナツを何と紹介したらいいのか戸惑った。嘘を言ってもいつかはばれると覚悟を決めて、二番目の妻だと紹介した。
 メイユーは驚いた顔で、サハチとナツを見比べていた。
「奥さん、何人いますか」とメイユーは聞いた。
「二人だけです」とサハチは言った。
 メイユーはうなづいて、ナツを見た。
 ナツも何かを感じたのか、メイユーを見ていた。
 何だか、妙な雰囲気になってきた。それを察したのか、ナツは無理に笑顔を作り、「ゆっくりしていって下さい」と言って座をはずした。
 お茶を飲みながら、旧港の話などを聞いたあと、メイユーとリェンリーは東曲輪の佐敷ヌルの屋敷に行った。去年、知り合いになった女子サムレーに挨拶をして帰るという。
 二人が消えるとナツがやって来て、「奥方様(うなじゃら)からメイユーさんの事は聞きました」と言った。
「マチルギは何て言ったんだ」
按司様(あじぬめー)が明国で大変お世話になったお方だから、ここにいらした時は丁寧にお持てなしをしなさいと」
「それだけか」
 ナツはうなづいた。
「でも、メイユーさんに会って、それだけじゃないというのがわかりました。メイユーさんは按司様を慕っております。そして、按司様も‥‥‥」
「女の勘は鋭いな。一目会っただけでわかるのか」
「それにあのお方はただの商人ではありません」
 サハチは苦笑して、うなづいた。
「メイユーはメイリン、メイファンと三姉妹で、海賊の大将の娘なんだ。父親は敵対する海賊に殺された。琉球と交易をして勢力を広げ、いつか、必ず、敵(かたき)を討つと言っている。明国は海禁政策を取っていて、皇帝の使者以外は異国と取り引きをする事を禁止している。メイユーたちは国の法を破って、命懸けで琉球に来ているんだ。明国の官軍に見つかれば、捕まって殺されるんだよ」
「海賊だったのですか」
琉球が海賊と取り引きしている事は、勿論、明国には内緒だ。倭寇(わこう)と取り引きしている事も実は内緒の事なんだ」
琉球にとって、メイユーさんたちは必要な人たちなんですね」
「そういう事だ」
 女子サムレーのカナビーがやって来て、東曲輪まで来てくれと言った。成り行きから、メイユーと試合をする事になってしまい、立会人になって欲しいという。
 サハチはナツと一緒に東曲輪に向かった。
 女子サムレーたちが輪になって座り、細い竹の棒を持ったメイユーが中央に立っていた。リェンリーの隣りにマカトゥダルとサスカサの姿もあった。
 サハチは女子サムレーの中に入って行き、「佐敷ヌルの代わりにカナビーと試合をするのか」とメイユーに聞いた。
 メイユーはうなづいたが、ナツを見ると首を振った。そして、ナツを指さし、「ナツと試合をする」と言った。
「ええっ!」と女子サムレーたちが驚いた。
 カナビーだけは驚かず、ナツに近づくと、「どうする?」と聞いた。
 ナツはメイユーを見つめ、サハチを見てから、「やります」と言った。
 サハチは驚いて、ナツを見た。
 『三星党(みちぶしとー)』にいたのだから多少はできるだろうが、ナツがメイユーに勝てるとは思えなかった。
 カナビーはうなづき、ナツの姿を見て、着替えてくるように言った。
 細い竹の棒が武器なら、怪我もしないだろうとサハチは成り行きを見守る事にした
 ナツは屋敷に戻って行った。ナツがいなくなると、どうせ負けるんだから着替えなくてもいいのにと女子サムレーたちは言っていた。
 サハチは知らなかったが、カナビーはナツの先輩だった。ナツが佐敷グスクに通っていた時、カナビーは先輩として、一緒に稽古に励んでいた。カナビーが女子サムレーになったあともナツは稽古に励んだ。四年間、マチルギのもとで修行を積んでから、ウニタキの配下になったのだった。ナツと一緒に稽古をした者は島添大里にはカナビーしかいない。侍女として、ここにいた時も、側室として戻って来てからも、ナツは剣術の事など口にも出さないし、腕を披露する事もなかった。サハチでさえ、ナツの強さをまったく知らなかった。
 ナツが稽古着を着て戻って来た。稽古着姿のナツを見るのは妹のマカマドゥと仲よく稽古に励んでいる時以来だった。あの時の稽古着をずっと大事に持っていたのだろうか。
 カナビーが竹の棒をナツに渡した。
 サハチの合図で試合は始まった。
 一瞬のうちに勝負は決まってしまうだろうと思ったが、意外な展開となった。
 ナツは思っていた以上に身が軽く、メイユーが打つ竹はすべてかわされた。同じように、ナツが打つ竹もメイユーに当たる事はなかった。メイユーが回転しながら打つ竹や足払いもナツは見事によけていた。時には宙返りや相手の頭上を飛び越す技を見て、女子サムレーは呆気に取られた顔で、二人の素早い動きを見守っていた。
「それまで!」とサハチが叫んだ。
 ナツとメイユーの動きが止まった。
 ナツの持つ竹の棒がメイユーの目のわずか手前で止まり、メイユーの棒の先がナツの首のわずか手前で止まっていた。続けていれば、メイユーの目は潰れ、ナツは首の急所を刺されていただろう
 二人は竹の棒を下げるとお互いを見つめて頭を下げた。
 女子サムレーたちが二人に喝采を送った。
「わたしの思った通り、あなたは強かった」とメイユーは言って笑った。
「あなたも思っていた通りに強かったわ」とナツが言って、二人は両手を握り合って笑っていた。
 女子サムレーたちも二人を囲んで、「二人とも凄いわ」と讃えていた。
 サハチもナツの強さに呆れていた。あれだけ強かったら、ウニタキも手放したくなかったに違いない。それなのに、ナツの思いを優先して、危険な仕事はさせなかった。サハチはウニタキに感謝をした。

 

 

 

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