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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-36.笛の調べ(第二稿)

 台風の復興対策に付きっきりだったサハチが、久し振りに首里(すい)に顔を出すと、ジルムイの嫁のユミのお腹が大きくなっていた。
 島添大里(しましいうふざとぅ)グスクにいるサグルーの嫁のマカトゥダルは、女子(いなぐ)サムレーたちと一緒に馬天浜(ばてぃんはま)の再建を手伝っていて、そんな兆候はまったくない。マウシの嫁のマカマドゥもササと一緒に馬天浜に来ていて、そんな兆候はなかった。一緒に婚礼を挙げた三組のうちで、最初に子供に恵まれたのがジルムイたちだったとは、まったく以外な事だった。
 サハチは慌てて、ジルムイ夫婦を首里のサハチの屋敷に移し、侍女を二人付けて、ユミの世話を命じた。マチルギの留守中に出産に失敗するような事があってはならなかった。
 ユミの懐妊を知ったサハチの母の王妃は、侍女二人だけでは心もとないと御内原(うーちばる)に連れてくるように命じ、ユミは首里グスク内の御内原に移った。
 大変に事になってしまったとユミは戸惑ったが、王妃の命令に逆らうわけにはいかない。御内原には王様の側室が何人もいると聞いている。そんな所に入ったら、心細くて泣きたくなるに違いない。おうちに帰りたいと思いながら侍女に連れられて入った御内原は、想像していた場所とはまったく違っていた。
 きらびやかに着飾った側室たちが、侍女たちに囲まれて、綺麗な花を眺めたり、お琴を弾いたりして優雅に暮らしていると思っていたのに、そんな優雅さはどこにもなかった。皆、質素な着物を着ていて、側室たちは王妃と一緒に機(はた)織りをしていた。侍女たちも混ざっているようで、ユミには誰が側室なのかわからなかった。皆、楽しそうに笑っていて、和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気が漂っている。子供もいるだろうと思っていたのに、子供の姿はなく、女たちばかりだった。ユミは王妃によって皆に紹介され、機織りに加わった。
 夕方になると機織りをやめて、皆、稽古着に着替えると剣術の稽古が始まった。側室たちも稽古に加わっているのには驚いた。ユミも体調を気にしながら稽古に加わった。
 ユミが御内原に入ったので、サハチは安心して島添大里に帰り、復興現場の馬天浜に向かった。
 馬天浜には浮島から運ばれた材木が山に積まれてあった。浮島から国場(くくば)川をさかのぼって船で運ばれた材木は南風原(ふぇーばる)で降ろされて、陸路で運ばれた。佐敷按司だった頃は、材木を集めるのに苦労したが、今ではすぐに集める事ができた。材木さえあれば、ウミンチュたちの家が再建されるのも一月もあれば充分だろう。
 問題はヤマトゥンチュの船乗りたちが半年間、寝泊まりする屋敷だった。今までは広い部屋に雑魚寝(ざこね)をしていたが、毎年、来てもらっているのだから、もっとくつろげる屋敷にしたいと思った。父の思紹(ししょう)と叔父のサミガー大主(うふぬし)に相談して、二階建ての屋敷を作る事に決まった。一階は以前のように、開放的な広い部屋にして、二階には小さな部屋をいくつも作る事にした。年が明ければ、ヤマトゥの船が来るので、それまでに完成させなくてはならない。サハチは首里の楼閣作りを一時中断させて、大工たちに『対馬館』と名付けるその屋敷を半年間で完成させるように頼んだ。
 佐敷や島添大里、首里からも手の空いている者たちが応援に来ていて、再建が順調に進んでいるのを見てサハチは安心した。メイユー、リェンリー、ユンロンも手伝いに来てくれた。
 サハチは夕方までウミンチュたちの家作りを手伝い、メイユーと一緒に佐敷グスクに向かった。リェンリーとユンロンはどこに行ったのか、いつの間にかいなくなっていた。
「リェンリーは伊是名親方(いぢぃなうやかた)(マウー)の所に行ったわ。ユンロンは慶良間之子(きらまぬしぃ)(サンダー)の所よ」とメイユーは言った。
「リェンリーが伊是名親方が好きなのは知っているが、ユンロンは慶良間之子が好きなのか」
 メイユーはうなづいた。
「あの娘(こ)が初めて島添大里グスクに行った時、慶良間之子が兵たちを鍛えていたの。その姿を見て、好きになったみたい。まだ言葉がよくわからないので、声も掛けられなかったけど、ここに来て、一緒に片付けをして、少し話をしたみたい」
「ユンロンと慶良間之子か‥‥‥」とサハチはつぶやき、何となくいやな予感がした。
 苗代大親(なーしるうふや)の次男のサンダーの妻は島添大里で大役(うふやく)を務めている屋比久大親(やびくうふや)の娘だった。二人の仲が噂にでもなれば、苗代大親は怒るだろうし、屋比久大親も怒るだろう。何とかしなければと思うが、こうして、メイユーと一緒にいるサハチが人の事をとやかく言える立場ではなかった。
 佐敷グスクには大勢の避難民がいて、炊き出しをやっていた。炊き出しを手伝っている者たちの中に、ヒューガの娘のユリがいた。初めて見たヒューガの娘は噂通りの美人で、可愛い女の子を連れていた。女の子の名はマキク、父親は南風原(ふぇーばる)決戦で戦死した武寧(ぶねい)の長男のカニムイだった。
 サハチが十六歳の春、サハチと一緒に奥間(うくま)に行ったヒューガはシホという娘と仲よくなって、ユリが生まれた。幼い頃から美人だったユリは側室になるために育てられ、十六歳の時にカニムイの側室として浦添(うらしい)グスクに入った。四年後、浦添グスクはウニタキによって焼き討ちに遭った。
 浦添グスクから救出されたあと、ユリは新里にある馬天ヌルの屋敷で、娘と一緒に暮らしていた。母親違いの妹、ササも時々、顔を出していたらしい。一人っ子だったササは、お姉さんができたと喜び、知らない土地に来て寂しかったユリも、突然の妹の出現に喜んでいた。
 ササのお陰で佐敷の人たちとも馴染み、隣りに住んでいる馬天ヌルの妹のマウシには大変お世話になっていた。お世話になったお返しにと、ユリは村の娘たちに読み書きを教えた。そのうち、村の娘たちと一緒に佐敷グスクの剣術の稽古にも通うようになった。剣術は奥間にいる時、側室になるための修行で、読み書き、笛や琴と一緒に習っていた。実戦での経験は勿論ないが、娘たちの上級程度の腕は持っていた。ヒューガの娘なので素質はあり、上達も早かった。佐敷に来て二年が過ぎた今では師範代を務め、ヤマトゥに行っている女子サムレー、ナグカマの代わりに臨時の女子サムレーも務めていた。
 サハチがメイユーと一緒に佐敷グスクへと続く坂道に来た時、笛の調べが聞こえてきた。
「誰かが笛を吹いているわ」とメイユーが言った。
 サハチはうなづいて耳を澄ました。
 グスクに近づくにつれて、笛の調べははっきりと聞こえてきた。
 三の曲輪内に避難民たちの仮小屋があり、その前で横笛を吹いていたのはユリだった。心が落ち着く綺麗な調べだった。サハチとメイユーは木陰にあった切り株に腰を下ろして、笛の調べに耳を傾けた。
 このグスクで笛の調べを聞くのは久し振りだった。弟のヤグルーの妻、ウミチルがここにいた頃は、笛の音(ね)が毎日のように聞こえていたが、ヤグルー夫婦が平田グスクに移ってからは聞く事もなくなった。サハチ自信も明国から帰って来てから、すっかり、笛の事は忘れてしまっていた。台風で何もかも失ってしまった避難民たちを勇気づける優しい笛の音だった。
 曲が終わると、サハチは拍手をしながらユリのそばに行ってお礼を言った。
按司様(あじぬめー)、聞いていらしたのですか」とユリは驚いた顔をしてサハチを見て、後ろにいるメイユーを見た。
 サハチはメイユーをユリに紹介して、「いい曲だったよ。今度、島添大里に来て、子供たちに聞かせてやってくれ」と言った。
按司様も笛をなさるとササから聞いております。是非、お聴かせ下さい」
 サハチは手を振った。
「ササの方が俺よりずっとうまいよ」
「ササはヤマトゥ旅に笛を持って行くと言っていました。きっと、今頃、ヤマトゥで吹いているかもしれません」
 サハチは笑って、「長い船旅は退屈する。笛を持って行けば、みんなも楽しめるだろう」とうなづいた。
 サハチがササに横笛を教えたのは五年くらい前の事だった。島添大里グスクの物見櫓(ものみやぐら)の上で笛を吹いていたら、突然、ササが現れて、教えてくれと言ったのだった。吹き方を教えたら、ササはすぐに上達した。独特の感性を持っていて、自然の音を感じたままに表現するのがとてもうまく、心に響く曲を吹いていた。最近は笛を吹いていないようだが、サハチは明国のお土産として横笛をササに贈った。ササは喜んで、久し振りに吹いてくれた。多分、その笛を持って行ったのだろう。
「わしは昔、按司様の笛を聞いた事がある」と避難民の一人が言った。日に焼けたウミンチュだった。
「もう十年以上も前じゃが、按司様の吹く笛は実によかった。グスクから聞こえてくる笛の音を聞きながら、わしはかみさんを口説いたんじゃ」
 避難民たちがどっと笑って、みんなから聞かせてくれとせがまれた。ユリもメイユーも言うので、サハチはユリから笛を借りて吹き始めた。意識したわけではないが、明国で耳にした異国の調べが混ざって独創的な曲になっていた。サハチは無心になって笛を吹いた。曲が終わると喝采がわき起こった。
「素晴らしい」とユリが笑った。
「お上手ですね」とメイユーも笑った。
 サハチはユリに笛を返し、避難民たちを励まして、預けてあった馬に乗って島添大里に向かった。メイユーは島添大里から歩いてきたというので、メイユーの馬も貸してもらった。
 島添大里グスクに帰ると、リェンリーとユンロンは先に帰っていたので安心した。三人は東曲輪(あがりくるわ)の佐敷ヌルの屋敷に泊まり、翌日、浮島に帰って行った。
 八月の初め、キラマの島から若者たちが百人やって来た。百人の若者たちは与那原大親(ゆなばるうふや)になったマタルーの家臣となり、与那原グスクを築く事になる。


 その頃、対馬島ではマチルギとチルーが女子サムレーたちと一緒に、浅海湾(あそうわん)で船の操縦に熱中していた。
 馬天浜を襲った台風は北上して九州各地に大雨を降らせたが、対馬は大した影響もなく、被害が出る事もなかった。
 潮風に吹かれ、毎日、船の上にいるマチルギたちは真っ黒に日焼けしていた。時には、裸になって海に潜ってアワビを捕って御馳走になった。
 琉球にいた時、久高島の海で遊んだが、着物を着たままだった。琉球では女が裸になって海に入る習慣はない。対馬の女たちは裸になって海に潜っていた。初めは恥ずかしくて抵抗もあったが、船に乗っているのは女だけだし、周りを見ても人影はない。マチルギたちも勇気を出して、裸になって海に飛び込んだ。
 気持ちよかった。邪魔な着物がないので、自由に泳ぐ事ができ、まるで、魚になったような気分だった。女子サムレーの中には泳げない娘もいたが、イトとユキに教わって泳げるようになると、キャーキャー言って、アワビ捕りに熱中した。チルーも泳げなかったが、マチルギに教わって泳げるようになった。
「気持ちいいわ。琉球の海でも泳ぎたいわね」とチルーは言った。
「裸になって?」とマチルギが聞くと、
「やだー」と恥ずかしそうに笑った。
「でも、琉球の海で、裸になって泳いだら気持ちいいでしょうね。どこかの無人島に行って泳ぎましょうよ」
「そうね。みんなで船を出して、無人島に行きましょ」
 マチルギとチルーは顔を見合わせて笑うと、海の中に潜って行った。
 マチルギたちも船の上で、笛の調べを聞いていた。吹いているのは女子サムレーのチタだった。佐敷生まれのチタは父親が平田のサムレーになった時、平田に移り、平田大親の妻、ウミチルから笛と剣術を教わっていた。ヤマトゥに向かう船の上では、ササと競演して、みんなの心を和ませていた。
 イスケの船に乗って、対馬島一周の旅に出たヂャンサンフォンたちは対馬島南部の山の中で修行に励んでいた。
 小さな漁村に着いた時、馬天ヌルが奇妙な形をした山を指さして、「あの山には古いウタキがあるわ」と言った。
「行ってみよう」とみんなで細い山道を登って行くと、山の中腹の広い草原の片隅に小さな石の祠(ほこら)があった。かなり古いようで、風化が激しかった。馬天ヌルはササと一緒にお祈りを捧げた。
 お祈りのあと、「山の神様だわ」とササは言った。
「それだけではないわ。太陽(てぃーだ)の神様でもあるわ」と馬天ヌルは言った。
「船越にも太陽を祀るアマテル神社があった。対馬にも太陽信仰があるみたいね」
 馬天ヌルとササがお祈りしている時、修理亮(しゅりのすけ)とシンシンが岩壁に掘られた洞穴を見つけた。自然の洞窟ではなく、古い鉱山跡のようだった。イスケに聞いてみると、遙か昔に、この辺りで銀が採れたというのを聞いた事があるという。
 ヂャンサンフォンが洞穴の中に入って行った。洞穴の中は真っ暗である。皆が心配したが、シンシンが大丈夫よと言った。修理亮があとを追って行ったが、何も見えないと言って、すぐに戻って来た。
 しばらくして戻って来たヂャンサンフォンは、「丁度いい。ここで一か月、修行をする」と言って笑った。
 ヒューガと修理亮は勿論の事、ササとシズも喜んだ。
「あたしはみんなについて行けないわ」と馬天ヌルは首を振ったが、ヂャンサンフォンは、「大丈夫です」と馬天ヌルに言い、「あなたもやりなさい」とイスケに言った。
 イスケは驚いた。村を守るために竹槍の稽古はした事があっても、刀なんて持った事もなかった。
「わたしが教えるのは基本の体作りです。きっと、役に立ちます」
 イスケはヂャンサンフォンを見て、うなづいた。
 一旦、山を下りて食糧を集め、次の日の早朝から修行が始まった。サハチたちが武当山(ウーダンシャン)でやったのと同じ修行で、断食と呼吸法と暗闇の洞窟巡りと武当拳(ウーダンけん)の套路(タオルー)(形の稽古)だった。
 朝日を浴びながら、ヒューガ、修理亮、馬天ヌル、ササ、シンシン、シズ、イスケが座り込んで、呼吸に専念している頃、土寄浦(つちよりうら)では、サイムンタルーの嫡男、早田六郎次郎が朝鮮(チョソン)に向かう船の準備をしていた。琉球で手に入れた南蛮の商品とヤマトゥの商品を積み、朝鮮で交易をするのだった。
 シタルーとクグルーも一緒に朝鮮に行く事になった。去年、ヤマトゥ旅に出たサンダーとクルー、一昨年のヤグルー、ジルムイ、マウシ、シラーは対馬に来る前に、一文字屋の船に乗って博多から京都まで行った。今年は北山殿(きたやまどの)(足利義満)が急死したため、瀬戸内海の海賊どもが暴れ出す危険があり、一文字屋としても、しばらく様子を見ると言って船を出していなかった。対馬にずっといても飽きるだろうから朝鮮の都を見てくればいいとシンゴに言われたのだった。
 ヤマトゥ旅に出るためにヤマトゥ言葉を学んできた二人だったが、朝鮮の言葉はまったく知らない。不安もあるが、知らない異国を見てみたいという興味は強く、期待に胸を膨らませて船に乗り込んだ。
 佐敷ヌルは、シンゴの妻、ウメと会っていた。船越まで来て、佐敷ヌルとフカマヌルを土寄浦まで連れて行ってくれたのがウメだった。艪(ろ)を漕ぎながら、「琉球で皆様のお世話になっているシンゴの妻のウメです」と名乗った時、佐敷ヌルは息が止まるかと思うくらいに驚いた。お屋形様のサイムンタルーがいない今、シンゴはお屋形様の代理だった。その妻がわざわざ船を漕いで迎えに来るなんて思ってもいない事だった。
 ウメは和田浦の生まれで、サハチがイトと一緒に和田浦にいた時、十四歳だった。イトとサワがヒューガから剣術を習っていた時、村の娘たちも何人か加わっていたが、その中の一人がウメだった。サハチたちが和田浦を去ったあともウメは一人で稽古を続け、シンゴの妻になって土寄浦に移ってからは、イトと一緒に娘たちに剣術を教えていたのだった。
 イトを尊敬していて、男たちがいなくなった土寄浦を女たちで守らなければならないと、イトが船越に移ってからも娘たちに剣術を教えていた。マチルギに娘たちの指導を頼んだのもウメで、マチルギは佐敷ヌルとフカマヌルを土寄浦に送ったのだった。
 佐敷ヌルとフカマヌルはウメと一緒に、娘たちに剣術を教えた。娘たちの中にシンゴの娘もいた。十七歳になるフミという娘で、ウメによく似ていた。そろそろお嫁に行かなくてはならないんだけど、なかなかいい相手がみつからないとウメはぼやいていた。
 ウメはいい人だった。ウメに隠し事をしているのは辛かった。本当の事を言ってしまおうかと何度も思ったが、口にする事はできなかった。佐敷ヌルは重苦しい胸のつかえに耐えながら、娘たちの指導をし、シタルーとクグルーが朝鮮に行ったあとは、若者たちの指導にも当たっていた。

 

 

 

 

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