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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-69.座ったままの王様(第二稿)

 今年の丸太引きのお祭りは華やかだった。
 首里(すい)は赤(あかー)、島添大里(しましいうふざとぅ)は水色(みじいる)、佐敷は白(しるー)、久米村(くみむら)は黄色(きーるー)、若狭町(わかさまち)は黒(くるー)、今年から加わった浦添(うらしい)は緑色(おーるー)と決め、守護神たちは決められた色の着物と袴を着け、丸太の上に乗って飛び跳ねた。首里はササ(馬天若ヌル)、島添大里はサスカサ(島添大里ヌル)、佐敷はナナ(シンゴの姪)、久米村はシンシン(明国の娘)、若狭町はシズ(ウニタキの配下)、浦添はカナ(浦添ヌル)が守護神を務めた。丸太を引く若者たちはそれぞれの色の鉢巻きを頭に巻き、先導役はそれぞれの色の旗を振った。お祭り奉行の佐敷ヌルとユリは黄金色(くがにいる)の衣装に身を包み、白馬に乗って佐敷ヌルは先頭を進み、ユリは最後尾を進んだ。
 天気にも恵まれて、大勢の見物人たちが道の両側で応援する中、丸太は勢いよく首里への坂を登って行った。首里の大通りに入った時、首里浦添、佐敷、若狭町が並ぶような格好で首里グスクを目指した。丸太の上ではササ、カナ、ナナ、シズが掛け声を掛けながら飛び跳ねていた。首里若狭町の丸太がぶつかり、ササとシズがはね飛ばされた。二人は無事に着地したが、その隙に、浦添が飛び出して優勝した。二位が佐敷、三位が首里だった。
 浦添を参加させるように頼んだのはカナだった。浦添ヌルとなって浦添に行ったカナは、寂れてしまった浦添を見てがっかりし、何とかして人々を城下に呼び戻さなくてはならないと思った。丸太引きで優勝して、人々を呼び戻そうと思い、サムレーたちと猛特訓したのだった。
 丸太を引いていたのは首里浦添がサムレーたちで、島添大里はサムレーと城下の若者が参加し、佐敷はサムレーと『対馬館』に滞在しているヤマトゥンチュ、それにウミンチュも加わっている。若狭町は交易に来た倭寇(わこう)の荒くれ者たちが中心となり、久米村は久米村に住む若者たちだった。久米村の若者たちはハーリーには精を出すが、丸太引きには積極的ではなく、最下位になった。シンシンは悔しがって、若者たちに檄を飛ばしていた。
 思紹(ししょう)がいなくなって、サハチは忙しかった。様々な事の最終決定を出さなければならず、午前中は北の御殿(にしぬうどぅん)で政務に励んでいた。今の時期はヤマトゥンチュとの交易で忙しく、大きな問題が起こるとサハチが現場まで行って解決しなければならなかった。さらに、今年は三回、進貢船(しんくんしん)を送り、ヤマトゥや朝鮮(チョソン)にも使者を送るので、例年よりもずっと忙しかった。進貢船に乗せる人員の配備や積み荷の仕分けなど、やる事が山積みになっていた。ファイチも忙しいらしく、打ち合わせのために度々、久米村からやって来ていた。
 今回、思紹の身代わりはいなかった。ウニタキが思紹に似ている男を捜してこようと言ったが思紹は断った。前回のように殺されたら哀れじゃ。わしの代わりはあれで充分じゃと言った。
 あれというのはヒューガが彫った木像だった。その木像は思紹の着物を着て、碁盤の前に座っていた。知らない者が見れば、本物と見間違うほどよく似ていた。
 いつも同じ所に座っている思紹を眺めながら、簡単な気持ちで明国行きを許したのは失敗だったとサハチは後悔していた。
 丸太引きのお祭りの次の日、サハチは首里グスクの西曲輪(いりくるわ)で京都での行列の下見をした。
 朝鮮で手に入れたテピョンソ(チャルメラ)は奥間大親(うくまうふや)(ヤキチ)の紹介で、腕のいい木地屋(きじや)に作ってもらった。テピョンソを吹くのは四人で、サムレーの中からやってみたいという者を選び、サハチが暇を見て教えていた。太鼓の二人もサムレーから選び、横笛の四人は女子(いなぐ)サムレーから選んだ。稽古の時は佐敷ヌルとユリに立ち会ってもらい、何とか人様に聴かせられる腕になっていた。
 交易船に乗って行くのは二百人だが、船を守るサムレーと船乗りたちは兵庫港に置いていく。京都まで行列をするのは半数の百人ほどだった。
 行列の先頭は馬に乗った久高親方(くだかうやかた)とサムレーが二人、そのあとに十人の楽隊が続き、その後ろにサムレーが十八人、馬に乗った正使と副使と通事(つうじ)、従者たちと続き、その後ろに六人のヌル、女子サムレーが十二人、荷物を運ぶ荷車、サムレーが三十人と続き、最後尾に馬に乗った佐敷大親(マサンルー)と美里之子(んざとぅぬしぃ)がいた。
 正使はジクー禅師、副使はクルシ、通事はカンスケだった。ヌルはササ、シンシン、ナナ、シズとユミーとクルーの二人が付いて行く事になった。女子サムレーは隊長が首里のトゥラで、首里から四人、島添大里から三人、佐敷、平田、浦添、与那原(ゆなばる)から各二人づつが選ばれ、十六人のうち、首里のチタとクニ、島添大里のサキ、平田のナミーが楽隊に入っていた。
 佐敷大親と一緒に行く美里之子は越来按司(ぐいくあじ)の次男だった。父と兄は越来に移ったが、祖父から続いている武術道場を継ぐため、祖父の名を継いで佐敷に残っていた。
 全員が揃って本番さながらの行進が始まった。見ているのはサハチとマチルギ、馬天ヌルと佐敷ヌル、サスカサと運玉森(うんたまむい)ヌルも二人の若ヌルを連れて来ていた。
「いいんじゃないの」と馬天ヌルも佐敷ヌルも言うが、何か物足りなさをサハチは感じていた。
「お前はどう思う」とサハチはマチルギに聞いた。
「あたしは唐人(とーんちゅ)の行列を見た事ないので、よくわからないけど、琉球らしさが足りないように思うわ」
琉球らしさか‥‥‥お揃いの衣装を身に付ければ琉球らしくなるんじゃないのか」
 衣装はマチルギが指示して、思紹の側室たちが作っていた。
「そうね。でも、旗は持たないの?」
「旗か」
「巴紋(ともえもん)の旗よ」
 サハチはうなづいて、旗を用意させて先頭のサムレーに持たせた。
「一つだけじゃなく、後ろのサムレーにも持たせたら」とマチルギが言うと、
「サムレーたちに棒を持たせたらどう?」と佐敷ヌルが言った。
 サハチは言われた通りにやってみた。サムレーたちは刀を腰に差して、弓矢を背負っているが、両手は手ぶらだったので、棒を持たせた方が行列が引き締まり、旗も先頭だけでなく、中程にもあった方が見栄えがよかった。
「太鼓の音が弱いな」とサハチは言った。
「道の両側に見物人が溢れて騒ぐと、太鼓の音が聞こえなくなってしまう。太鼓の音が聞こえないと行進も乱れてしまう。あと二人増やそう」
 太鼓は急に増やせないので、誰かを任命して稽古させなければならなかった。
「初回だからこんなもんでいいだろう。あとは京都の人たちの反応を見て直すしかない。マサンルーによく言っておこう」
 四月の初め、梅雨に入って雨降りの日が続いた。毎日が忙しく、サハチは島添大里になかなか帰れなかった。佐敷ヌルは佐敷のお祭りの準備のため佐敷に行き、島添大里の事はナツとマカトゥダルとサスカサに任せっきりだった。サハチが島添大里に帰れば小言ばかり言うナツだが、小奥方様(うなじゃらぐゎー)と呼ばれるのにふさわしく、家臣たちにも信頼されているので、サハチも助かっていた。
 四月十五日に浮島で、ヤマトゥと朝鮮に行く交易船の出帆の儀式が行なわれた。準備もほぼ整い、あとは梅雨が明けるのを待つだけとなった。
 四月二十一日、雨が降る中、佐敷のお祭りが行なわれた。集まって来た人たちも軒下で雨宿りをしながら、恨めしそうに雨を眺めていた。屋根のない舞台の上ではシラーとウハが雨に濡れながら少林拳(シャオリンけん)の演武をやっていた。
 シラーとウハは伊是名親方(いぢぃなうやかた)率いる四番組のサムレーだった。去年、明国に行って来たが、今年も十月に行く予定になっている。
 苗代大親(なーしるうふや)はサムレーたちの組替えで頭を悩ませていたが、結局、組替えは中止になった。思紹と相談してそのように決めたのだった。すでに、三番組から九番組まで明国に行ったが、それは半数の者たちだけだった。今、組替えをしたら行った者と行かない者がこんがらがってしまうので、残りの半分も行ったあとに組替えしたらいいと言われたようだった。それに、明国に行った者たちの中には船が苦手で、二度と船に乗りたくないという者もいるに違いない。そういう者たちを一番組と二番組に集めればいい。それと、佐敷や平田、浦添、与那原、上間(うぃーま)にいるサムレーたちも、やがては連れて行ってやれと頼まれたという。
首里だけでも大変なのに、全体のサムレーの面倒を見なけりゃならんとはまったく大変な事じゃ」と言って苗代大親は笑った。
 首里に九百人、島添大里に三百人、浦添に百五十人、佐敷、平田、与那原、上間に各百人、総勢一千七百五十人のサムレーたちの面倒を見るのは確かに大変な事だ。苗代大親だからできる事だった。その他に、ヒューガが率いている水軍の者たち二百人がいるが、その者たちまで明国に行きたいと言い出したら、さらに大変な事になりそうだった。
 みんなの願いが天に届いたのか、正午(ひる)近くになって雨はやみ、雲間から日が射してきた。綺麗なヤマトゥの着物を着た佐敷ヌルとユリの進行で、舞台が始まった。舞台の前に敷かれた筵(むしろ)の上に子供たちが大勢集まって来て座り込んだ。ナツとマカトゥダルとウニタキの妻のチルーもいた。
 いつものように娘たちの踊り、女子サムレーの模範試合があって、お芝居が始まった。今回は『瓜太郎(ういたるー)』だった。佐敷ヌルはサハチからヤマトゥ土産にもらった『御伽話集(おとぎばなししゅう)』を読んでいた。ひらがなで書かれた庶民向けの書物で、その中から『桃太郎』を選んだ。琉球には桃はないので瓜に変え、桃太郎と一緒に鬼(うに)ヶ島に行く猿は亀(かーみー)に変え、雉(きじ)はサシバに変えた。
 お爺さんはウミンチュで、小舟(さぶに)に乗って魚を釣りに行き、お婆さんは川に洗濯に行く。お婆さんは川に流れてきた瓜を拾って家に帰って来る。瓜を割ったら、瓜太郎が生まれ、瓜太郎はお爺さんとお婆さんの子供として育つ。ある日、村に鬼が攻めて来て、食糧や娘たちをさらって行く。瓜太郎は娘たちを助けるために鬼ヶ島に鬼退治に出掛ける。途中で出会った犬(いん)と亀とサシバに餅(むーちー)を与えて、一緒に鬼退治に行く。亀の背中に乗って鬼ヶ島に渡った瓜太郎たちは酒に酔った鬼たちを退治して娘たちを救い、鬼が溜め込んでいた財宝を持って村に帰って来る。喜ぶ村人たちに囲まれて、めでたしめでたしでお芝居は終わった。
 主役の瓜太郎を演じたのはササだった。首里のお祭りで『察度(さとぅ)』のお芝居に感激したササは、必死に稽古をして主役を勝ち取った。最近、おとなしくしていると思ったら、お芝居の稽古に熱中していたようだ。シンシンは大きな羽根を付けて飛び回るサシバを演じ、ナナは両手に刀を持って暴れる犬を演じた。亀を演じたのは女子サムレーのリンチーで、『浦島之子(うらしまぬしぃ)』で使った甲羅を背負い、見事な棒術で鬼と戦った。
 鬼は四人いて、背の高い女子サムレー四人が太い棍棒を振り回してササたちと戦った。やたらと飛び跳ねているシンシンはまるで本物の鳥のようで、観ている者たちは皆、口をポカンと開けて見とれていた。
 『瓜太郎』のお芝居は大成功で、お芝居が終わったあと拍手が鳴り止む事がなく、ササたちはもう一度、鬼との戦いを演じたという。そして、その噂は首里に届き、御内原(うーちばる)の女たちが是非見たいと騒ぎ、佐敷ヌルは佐敷の女子サムレーたちを引き連れて首里に行き、御内原で上演した。
 サハチも忙しくて佐敷には行けなかったので、御内原で観たが、ササ、シンシン、ナナの軽やかな身のこなしに、改めて凄いと感心していた。お芝居もうまいし、もしかしたら、高橋殿からお芝居のコツでも教わったのかなと思った。
 佐敷のお祭りの二日後、梅雨が明けた。そして、二日後、ヤマトゥと朝鮮に行く交易船が浮島から出帆した。その前日、馬天浜からシンゴとマグサの船が伊平屋島(いひゃじま)に向かっていた。シンゴの船に乗ってヤマトゥに行くのは浦添按司の次男のクジルーと中グスクの若按司だった。クジルーは去年、ヤマトゥに行ったクサンルーの弟で、中グスクの若按司はマチルギの弟のムタだった。中グスク按司のクマヌから、わしが元気なうちに若按司をヤマトゥに連れて行ってくれと頼まれたのだった。
 交易船の総指揮官は佐敷大親だった。ヤマトゥの正使はジクー禅師、朝鮮の正使は本部大親(むとぅぶうふや)で、普通は正使が指揮を執るのだが、正使が二人いるため、佐敷大親が総合的な判断をして指揮を執る事にしたのだった。一つの船で京都に行ったり、富山浦(プサンポ)に行ったりするのは忙しいので、来年からは朝鮮の事は勝連(かちりん)のサムに任せようとサハチは考えていた。
 交易船には倭寇によって琉球に連れて来られた朝鮮人が十四人乗っていた。通事のチョルが妻と一緒に探し回って、朝鮮に帰りたいと言う者たちを集めたのだった。皆、朝鮮が高麗(こーれー)だった頃に連れ去られた者たちで、男が六人、女が八人だった。探してみると思っていた以上の高麗人がいたが、ほとんどの者は琉球に落ち着いていて、帰ってももう知人もいないだろうし、国が変わってしまったので帰るのが恐ろしいと言ったらしい。
 サハチは相変わらず忙しかったが、浮島にいたヤマトゥンチュたちもヤマトゥに引き上げ、それに、ササたちもいなくなって、何となく寂しくなったと感じられた。
 五月に入って、久し振りに島添大里に帰って来たサハチはナツとお茶を飲んでいた。
「三隻のお船がみんな出て行きましたね」とナツは言った。
「そうだな。六百人の者たちが今、琉球から出ている。寂しくなるわけだな」
「王様(うしゅがなしめー)とヂャン師匠は今、どこにいるのかしら」
「もう応天府(おうてんふ)(南京)に着いたかな。永楽帝(えいらくてい)は応天府に帰って来たのだろうか。順天府(じゅんてんふ)(北京)まで行くとなると大変だな」
「あの二人が使者たちと一緒に行動するとは思えませんよ。ササから聞いたけど、王様は武当山(ウーダンシャン)に行きたいって言っていたようですよ」
武当山か‥‥‥懐かしいな。もしかしたら、俺たちが修行した山の中で、親父も修行するかもしれないな」
「王様もヂャン師匠みたいに仙人になるのかしら」
 ナツが真面目な顔をして言ったのでサハチは笑った。
「親父が仙人になって百六十まで生きてくれたら俺としても助かるが、そう簡単には仙人にはなれまい」
 ナツが去ったあと、サハチは宗玄寺(そうげんじ)を建てる場所を考えた。できれば大通りに面して建てたいが、大通りに面した場所はすでに家々が建て込んでいて場所はなかった。グスクの北側にある会同館の近くに建てようかと首里の絵地図を睨んでいたら、珍しく、ウニタキがやって来た。
 旅芸人になるウニタキの配下の女たちは今、島添大里の佐敷ヌルの屋敷に泊まり込んで、女子サムレーたちと一緒に暮らし、稽古に励んでいた。女子サムレーたちも佐敷に負けないお芝居を演じようと歌や踊り、笛や太鼓の稽古に励んでいる。
「どうした、何かあったのか」とサハチはウニタキに聞いた。
「島添大里のお祭りの時、お前、舞台を観たのか」とウニタキは聞いた。
「ああ、観たが、それがどうかしたのか」
「お芝居が終わったあと、ミヨンは誰と一緒に三弦(サンシェン)を弾いたんだ」
「ファイテだろう」
「どうして、その事を黙っていたんだ」
「別に黙っていたわけじゃない。ファイテが三弦を弾いているのを見て驚いたが、家族ぐるみの付き合いをしていると聞いていたんで、お前が教えたのだろうと思ったんだ」
「確かに俺が教えたが、舞台で一緒に歌えとは言ってない」
「何で今頃になって、そんな事を聞くんだ。もう二か月以上も前の事だぞ」
「誰も俺に教えてくれなかったんだよ。旅芸人たちの様子を見ようと今、佐敷ヌルの屋敷に顔を出したら、みんなが一休みしてお茶を飲んでいたんだが、島添大里のお祭りの話になって、舞台の最後にミヨンがファイテと一緒に三弦を弾いていたって言ったんだ。ミヨンもチルーもそんな事は一言も言わなかった」
「お前がいなかったから、ファイテが代わりにやっただけだろう」
「俺もそう思いたいが、ミヨンも今年で十六になった。ファイテは隣りに住んでいるので頻繁に行き来しているが、お互いに気があるのかもしれんと疑いたくなってきたんだ」
「ミヨンがファイチの息子と仲よくなるんならいいじゃないか」
「まあ、相手に文句はないのだが‥‥‥」
「ミヨンをお嫁にやりたくはないんだな」
 ウニタキは答えなかった。サハチは話題を変えて、山北王の事を聞いた。
「今年も奄美大島(あまみうふしま)に兵を送ったようだ」とウニタキは言った。
「また湧川大主(わくがーうふぬし)が行ったのか」
「いや、羽地按司(はにじあじ)の次男を奄美按司(あまみあじ)に任命して、叔父の本部大主(むとぅぶうふぬし)を付けて送った。兵は百五十人だ。進貢船とヤマトゥ船の二隻で行ったらしい。進貢船は冬になったら戻って来るが、五十人の兵とヤマトゥ船はそのまま奄美に残るのだろう」
「そうか。今年、奄美大島を平定したら、来年は宝島か」
「いや、奄美大島の東方(あがりかた)にある鬼界島(ききゃじま)(喜界島)だろう」
「鬼界島? そんな島があったのか」
「ヤマトゥに行く時、奄美大島の西方(いりかた)を通るので気がつかないが、東方にあるんだよ。クルシの話だと、古くからヤマトゥとつながりがある島らしい」
「そうか。そっちに行ってくれると助かる。山北王が宝島を攻めたら、助けに行かなければならんからな」
「ササの出番だな」とウニタキは笑った。
「ササが犬と亀とサシバを連れて鬼退治に行くだろう」
 次の日、サハチはマチルギと一緒に、佐敷ヌルとクルーの妻のウミトゥク、女子サムレー五人を連れて豊見(とぅゆみ)グスクに行った。二年前と同じように開放されたグスクでは子供たちが駆け回り、サハチたちは山南王のシタルーに歓迎された。
 ンマムイも家族を連れて来ていた。ンマムイに会うのも三月半ばのヂャンサンフォンの送別の宴以来だった。
「師兄(シージォン)」と呼んで寄って来て、仮小屋まで案内すると家族を紹介してくれた。サハチもマチルギを紹介した。マチルギとンマムイが会うのは初めてだった。ンマムイの奥さんは赤ん坊を抱いていた。ンマムイがヤマトゥ旅に出ている間に生まれたようだった。
 ンマムイのお陰で、二年前よりは居心地は悪くなかった。小禄按司(うるくあじ)は体調を崩したとかで来ていなくて、息子の若按司が来ていた。若按司といっても四十歳を過ぎていて、父親によく似ていた。武寧(ぶねい)の弟の瀬長按司(しながあじ)は冷たい目付きでサハチを見ていたが、同じ弟の米須按司(くみしあじ)はそうでもなかった。
「タブチはまた明国に行っているらしいのう。向こうで会う約束をしたんじゃが、今年は無理のようじゃ。あの広い大陸を見ると、こんな小さな島で争っているのが馬鹿らしくなってくる。ンマムイの奴もすっかり手なづけたようじゃな。兄貴でさえ持てあましていたあいつを手なづけるとは、そなたは大した男じゃのう。まあ、タブチに比べたらンマムイなんぞ大した事ないか」
 そう言って米須按司は笑った。
「ヂャンサンフォン殿のお陰ですよ。ヂャンサンフォン殿がいなければ、二年前、ンマムイに襲撃されていたでしょう」
「ンマムイに襲撃されたとしても、それなりの準備をして乗り込んで来たんじゃろう」
「本当は来たくはなかったのですが、山南王とは古い付き合いなので裏切れませんでした」
「古い付き合い? そう言えば、山南王は昔、大(うふ)グスクにいたんじゃったな。あの頃、佐敷按司は潰されると思っていたが、中山王になるとは、まるで、夢でも見ているようじゃ。世の中、先の事はわからんもんじゃのう」
 豊見グスク按司夫婦が挨拶に来たので、サハチは米須按司から離れて、マチルギのもとに戻った。
「今年はお兄さんが来たのね」と豊見グスク按司の妻のマチルーが言った。
「親父は留守番だよ」とサハチは言った。
 マチルーは笑って、「お師匠、お久し振りです」とマチルギに挨拶をして、姉の佐敷ヌルとの再会を喜んでいた。
 ウミトゥクは兄の豊見グスク按司との再会を喜んでいた。
 ハーリーは中山王が優勝し、慶良間之子(きらまぬしぃ)が去年の雪辱を果たした。苗代大親とウニタキがサハチたちの警護に当たっていたが、何事もなく島添大里グスクに帰れた。

 

 

 

桃太郎の誕生 (角川ソフィア文庫)   桃太郎の運命