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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-99.ミナミの海(第一稿)

 慈恩禅師(じおんぜんじ)と別れて、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクに帰るとサスカサが待っていた。
 ナツと話をしていたサスカサは、サハチを見ると急に目をつり上げて、「あたしよりも年下の娘を側室に迎えるなんて許せない」と鬼のような顔をして騒いだ。
 その顔は母親のマチルギにそっくりだと思いながら、山南王(さんなんおう)から贈られたから仕方がないんだとサハチは説明した。何を言ってもサスカサの怒りは治まらず、「絶対に許せない」と言って飛び出して行った。
「サスカサの気持ちになってみれば当然の事ですよ。あたしだって、サスカサに認めてもらうまで時間が掛かったもの」
「そうだったのか」とサハチは聞いた。
 サスカサの気持ちなんて、今まで考えてもいなかった。
「あたしが側室になった時、サスカサはヌルの修行中でいなかったわ。サスカサになって戻って来た時も、口に出して言わなかったけど、あたしを憎んでいるようだったのですよ。時が解決してくれて、今では仲良しになれましたけど、サスカサもまだ若かったし、心の中で葛藤(かっとう)があって、それを乗り越えて来たのだと思いますよ。メイユーの時はすんなりと認めて、佐敷ヌルさんと一緒に婚礼の儀式をやっていました。その姿を見て、サスカサも大人になったなと思ったのです。でも、今回のハルはサスカサよりも年下です。受け入れるのには時間が掛かると思いますよ」
 サハチはサスカサに会いに行ったが、サスカサは一言も口を利いてはくれなかった。
 次の日、ササたちが久高島に行こうとサスカサを誘いに来た。サスカサはハルの事をササに告げた。ササも驚いて、佐敷ヌルの屋敷にいるハルに会いに行った。
 佐敷ヌルがハルにササたちを紹介した。
「従妹(いとこ)のササよ。馬天(ばてぃん)ヌルの娘さん。右にいるのが明国から来たシンシンで、左にいるのが朝鮮(チョソン)から来たナナ、朝鮮から来たけど、朝鮮人(こーれーんちゅ)じゃないのよ。ヤマトゥンチュよ。後ろにいる三人はジャワから来た人たちよ」
 ササがスヒターとシャニーとラーマを紹介した。
 噂には聞いていたが、外国から来た娘たちを目の当たりにして、ハルは声が出ないほどに驚いていた。
 ササはハルを誘って外に出た。決闘でも始まるのかと、みんながぞろぞろとあとを追うと、二人は物見櫓(ものみやぐら)に登って行った。二人はしばらくの間、上で話をしていた。
 ササが物見櫓から飛び降りると、ハルも負けじと飛び降りた。二人とも見事に着地して笑い合った。
「大丈夫よ」とササはサスカサに言って笑った。
 サグルーの屋敷から、奥間(うくま)のサタルーが出て来て、
「ササ、帰って来たのか」と近づいて来た。
「どうして、サタルーがここにいるの?」とササは驚いた顔で聞いた。
「お前に会いたくなってな」とサタルーは笑ってから、「ナナさん、お久し振りです」とナナに挨拶をした。
「何を言っているのよ。ナナに会いたくて来たんでしょ」
「ササったら何を言っているの」とナナが顔を赤らめた。
「これから久高島に行くのよ。帰って来るまで待っていてね」
「久高島か、いいな。俺も一緒に行くよ。女だけだと心配だからな」
 ササは笑いながら、「いいわ。あたしたちの護衛を頼むわね」と言った。
 兄の出現で、話が中断してしまった。サスカサには何が大丈夫なのかわからなかった。ハルと何を話したのか、ササに聞いた。
「あんたのお父さんの事が好きかって、聞いたのよ。そしたら、あの娘(こ)、はっきりと好きだって言ったわ。嘘をついている目じゃなかったから大丈夫よ」
 好きか嫌いかの問題じゃないけどとサスカサは思った。
「幼い頃に両親を亡くして、座波(ざーわ)ヌルに育てられたって言っていたわ。十三の時に粟島(あわじま)(粟国島)に行って武芸のお稽古に励んだらしいわ。そして、ある日、突然、山南王から、島添大里按司の所にお嫁に行けって言われて、二人の侍女を連れてやって来たのよ。あの娘には断る事はできないわ。不安な気持ちで島添大里に来たけど、来てよかったって言っていたわ。ここには強い女子(いなぐ)がいっぱいいて、修行の励みになるし、佐敷ヌルと一緒に、お祭りの準備をやるのも楽しいって言っていた。ヤマトゥの話が聞きたいって言ってたから、久高島から帰ったら、お酒を飲みながら、あの娘に旅の話をしてあげましょ」
 サスカサはうなづいて、ササたちと一緒に久高島に向かった。
 サタルーは荷物持ちをやらされた。ササはフカマヌルへのお土産を馬の背に積んで来たのだが、その荷物をサタルーに背負わせた。サタルーは任せておけと引き受けた。奥さんがいるのに、ナナと楽しそうに話をしているサタルーを見ながら、お父さんに似たのかしらとサスカサは思っていた。
 サスカサは久高島のフボーヌムイで、御先祖様の大里(うふざとぅ)ヌル(サスカサ)の神様に、舜天(しゅんてぃん)の父親、新宮の十郎の事を話した。
「あの人は、平家を倒さなければならないといつも言っていました。願いがかなったのですね。本当によかった」と大里ヌルは涙声で言って、ササとサスカサに感謝した。
 今の大里ヌルにも挨拶をして、フカマヌルに旅の話を聞かせた。スヒターたちも久高島に来て喜んでいた。神人(かみんちゅ)のラーマは、フボーヌムイにはジャワの神様もいると言った。遠い昔、ジャワから久高島にやって来た人がいたようだ。
 サタルーは女たちに囲まれて、始終、ニコニコして楽しそうだった。気持ちが素直というか、ナナが好きなのが見え見えで、ナナもサタルーが好きなようで、あんな女らしいナナを見たのは初めてだった。
 サスカサがサタルーに会ったのは一昨日(おととい)の事だった。ササたちと別れて、島添大里グスクに帰り、佐敷ヌルに挨拶をしに行ったら、そこにハルがいた。話を聞いて、父に対する怒りで頭の中が真っ白になり、自分の屋敷の前で、呆然と立ち尽くしていたら、門番が来て、奥間のサタルーという人が訪ねて来たと言った。
 サタルーの名は兄のサグルーから聞いていた。サスカサはサタルーを連れて、サグルーの屋敷に行った。妻のマカトゥダルがサグルーを呼びに行き、サグルーはすぐに現れた。サグルーはサタルーとの再会を喜んでいた。サスカサはサタルーを兄だと認めたが、母と出会う前に、父が二人も子供を儲けたなんて許せないと、さらに父に対する怒りが募った。
 久高島から帰るとサスカサはハルを連れて、佐敷グスクの東曲輪(あがりくるわ)のササの屋敷に行った。一緒にお酒を飲みながら、ササたちはハルに旅の話を聞かせた。ハルは目を丸くしてササたちの話に何度も驚き、興味深そうに話を聞いていた。ハルは素直で可愛い娘なので、友達として付き合うのなら問題ないが、父親の側室になるなんて、やはり許せなかった。
按司様(あじぬめー)はやがて、王様(うしゅがなしめー)になるわ。王様になったら次々に側室が贈られて来るのよ。みんな、サスカサよりも若い娘たちよ。そんなの一々怒っていたら、どうしようもないわ。大きな心を持って見守りなさい」
 そうササに言われ、頭ではわかっていても、心では許せなかった。
 翌日、ハルと一緒に島添大里グスクに帰ると、サタルーは奥間に帰ったとサグルーから聞いた。
「楽しい思い出ができたと喜んでいたよ」とサグルーは言った。
 年が明けて、永楽(えいらく)十年(一四一二年)となった。去年、三人の王様が同盟したお陰か、城下の人々も晴れやかな顔付きで、新しい年を迎えていた。タブチが明国から持って来た獅子舞が大通りを練り歩いて、子供たちがキャーキャー騒ぎながら楽しんでいた。
 例年のごとく新年の儀式が行なわれ、サハチは首里(すい)と島添大里を行ったり来たりと忙しかった。ハルも側室として儀式に参加し、ヌルとしてのサスカサの姿に驚いていた。相変わらず、佐敷ヌルの屋敷に入り浸りだが、ササとも仲よくなって、佐敷にも出掛けているようだった。最近は侍女たちを伴う事もなく、一人で行動していた。
 ジャワの三人娘は与那原(ゆなばる)に行って、ヂャンサンフォンの指導を受けていた。シンシンからヂャンサンフォンの凄さを聞いて、明国の武術をジャワの武術のプンチャックに取り入れようとしていた。ナナも一緒に加わった。
 正月の十八日、去年の九月に送った進貢船(しんくんしん)が帰って来た。これで、二月に進貢船が送れるとサハチはほっと胸を撫で下ろした。去年は十二月が閏月(うるうづき)で二回あったので、何とか間に合ったようだった。
 使者のサングルミー(与座大親(ゆざうふや))、副使の末吉大親(しーしうふや)、サムレー大将の田名親方(だなうやかた)、従者として行った重臣たちの息子たちが元気な姿で帰って来た。サングルミーは三弦(サンシェン)を三十丁も持って来てくれた。そして、永楽帝が造ったという永楽通宝(えいらくつうほう)という新しい銭も大量に持って来た。できたての銭は光り輝いていた。
 鄭和(ジェンフォ)と一緒に来た各国の使者たちはまだ応天府(おうてんふ)(南京)にいるのかと聞くと、遠くから来た使者たちは、鄭和の次の航海の時に帰るらしいとサングルミーは言った。
「いつもだと夏に帰って来ると、その冬には次の航海に出掛けていたのですが、今回は少し間を置くようです。三回も続けざまに行ったので、船も大分、傷んできたのでしょう。まだ、いつ行くとは決まっていないようですが、四度目の航海はさらに西の国を目指すようです」
「ムラカ(マラッカ)の王様が来たと聞いたが、その王様もまだ応天府にいるのか」
「いえ、永楽帝から進貢船を賜わって、その船に乗って帰ると聞いています。もう帰ったんじゃないでしょうか」
「そうか。今、ヤマトゥに行ったジャワの使者たちが『天使館』に滞在しているんだ。ファイチが話をつけて、次に来る時はヤマトゥまで行かずに琉球に来る事になったんだ」
「それはよかったですね。琉球も南蛮(なんばん)(東南アジア)にある港のように、中継貿易で栄えなければなりません」
「中継貿易?」
「そうです。たとえば、シュリーヴィジャヤ国の旧港(ジゥガン)(パレンバン)は天竺(ティェンジュ)(インド)やタージー(アラビア)から来る商人たちに唐(とう)の国の商品を売り、唐の国から来る商人に天竺やタージーの商品を売って栄えたのです。琉球も南蛮から来る者たちにヤマトゥの商品を売り、ヤマトゥから来る者たちに南蛮の商品を売れば、益々、栄える事でしょう」
「成程な、中継貿易か。ヤマトゥからは何もしなくても来るからいいが、南蛮の国々に、琉球に行けばヤマトゥの刀が手に入ると宣伝しなければならんな」
「明国に行く使者たちにも、応天府の会同館(かいどうかん)で宣伝させた方がいいですね」
「そうだな。そう言えば、礼部のヂュヤンジン殿は元気でしたか」
「忙しいと言って走り回っておりました。聞いた事もないような国から使者が来て、言葉がまったく通じない事もあると言って困った顔をしていましたよ。そして、跡継ぎが生まれたと言って喜んでおりました」
「なに、リィェンファ殿が子供を産んだのか。そいつはめでたい。よかったなあ」
「ヂュヤンジン殿から言われたのですが、なるべく泉州に着くようにしてほしいとの事です。永楽帝はさほど気にしていないようですが、琉球の船が入った港の役人から苦情が殺到すると言っておりました」
「そうか。四月に行った船が杭州から上陸したからな。来年は気を付けよう」
 その夜、首里の会同館で帰国祝いの宴が行なわれ、サングルミーが二胡(アフー)という楽器の演奏を披露した。流れるような調べが心地よく、サハチは明国を旅した時の事を思い出していた。サングルミーが楽器の演奏をするなんて以外だったが見事なものだった。演奏が終わると指笛が飛び、喝采が沸き起こった。
「二年前、首里のお祭りで、按司様の一節切(ひとよぎり)を聴いて感動しました。自分でも楽器がやりたくなって、明国で二胡を手に入れて始めたのです。笛はとても按司様にはかないませんし、三弦も三星大親(みちぶしうふや)(ウニタキ)殿にはかないません。二胡をやる者は琉球にはおりませんからね。下手(へた)でもわかるまいと思って始めたのですよ。ようやく、他人様(ひとさま)に聴かせられる腕になりました」
「いやあ、大したものですよ。今度、お祭りの時、城下の者たちにも聴かせてやって下さい」
 サングルミーは照れながらも、嬉しそうにうなづいた。
 マユミに言われて、サハチはサングルミーと合奏した。広々とした明国の大地を心地よい風が吹き抜けて行くような調べが流れた。皆、うっとりしながら聞き惚れた。
 十日後、馬天浜にサイムンタルー(早田左衛門太郎)かやって来た。サイムンタルーの船とシンゴの船とマグサの船と三隻の船がやって来た。
 サイムンタルーの船は朝鮮で新造した船で、サハチがヤマトゥに行った時に乗って行ったサンルーザ(早田三郎左衛門)の船を手本にして造ったという。進貢船を一回り小さくしたような船で、朝鮮の水軍もその船を真似して、同じような船が今、倭寇(わこう)の取り締まりをしているという。
 サイムンタルーの船に、イト、ユキ、ミナミの三人が乗っていた。サイムンタルーの妹のサキも娘のミヨを連れてやって来た。サワも一緒にいた。イトもユキも、サキもミヨも袴をはいて、刀を腰に差した女子(いなぐ)サムレーの格好で、ヤマトゥにも女子サムレーがいるのかと馬天浜のウミンチュたちは驚いていた。
 十六年振りに琉球に来たサイムンタルーだったが、主役の座はミナミに奪われた。九歳になったミナミはみんなの人気者になった。
 白い砂浜だと言って驚いている姿や、楽しそうに笑っているその顔は、まるで、ニライカナイからやって来た可愛い天女のようだとみんなから言われ、ミナミを見る者たちは皆、にこやかになっていた。
 そんなミナミを祖父となったサハチとサイムンタルーは目を細めて眺めていた。
「孫娘を連れて、琉球に来るなんて思ってもいなかったぞ」とサイムンタルーは笑った。
 サハチはイト、ユキ、ミナミを連れて来てくれたお礼を言った。
「お前が対馬に来て、イトと出会って、ユキが生まれた。ユキがわしの倅の六郎次郎と一緒になって、ミナミが生まれた。ミナミは琉球対馬の架け橋じゃ。どうしても、ミナミに琉球を見せたくてな、連れて来たんじゃよ」
 シンゴの船から降りて来たチューマチと越来(ぐいく)の若按司は目を輝かせて、「いい旅でした」と満足そうに言った。
「驚く事がいっぱいありました。行って来て、本当によかったです」と言ったチューマチに、
「驚く事はまだあるぞ。あとで教える」とサハチは言った。
 チューマチは首を傾げてから、「作戦はうまく行ったのですね」と聞いた。
与論島(ゆんぬじま)には『三つ巴』の旗はなくて、伊平屋島(いひゃじま)にはありました」
「おう、うまく行ったぞ。うまく行き過ぎたくらいだな」とサハチは笑った。
 知らせを聞いて、マチルギ、佐敷ヌルとユリが娘を連れて、ササとシンシン、マウシが首里からやって来た。佐敷ヌルとユリ、ササとシンシンは首里のお祭りの準備のために首里にいた。非番だったマウシもお祭りの準備を手伝っていて、ミナミが来たと聞いて飛んで来たのだった。
 ササとシンシンはユキとミヨとの再会を喜び、佐敷ヌルの娘のマユ、ユリの娘のマキクはミナミとすぐに仲良しになった。マチルギはイトとの再会を喜び、マウシは相変わらず、ミナミの家来になっていた。
 馬天浜の『対馬館』で歓迎の宴が開かれ、サハチはサイムンタルーから対馬の事を聞いた。
「わしが留守にしている間に、宗讃岐守(そうさぬきのかみ)は対馬勢力を広げておったわ」とサイムンタルーは言った。
「一族の者たちを各地に配置して、郡守(ぐんしゅ)を名乗らせている。しかし、対馬の浦々は海でつながっている。陸を支配したところで、対馬を統一する事はできんじゃろう。今回、浅海湾(あそうわん)内の浦々を巡ってみてわかったんじゃが、相変わらず、貧しい浦々がいくつもあった。まずは奴らに食わせなければならん。それで、今回は三隻でやって来たんじゃ。わしの顔を見て、昔のように倭寇(わこう)働きをしようという者も何人もいた。朝鮮に行けないのなら明国まで行こうと言っておった」
「行くのですか」とサハチは聞いた。
「行けば、以前より危険が伴う。しかし、行かなければならなくなるかもしれん」
 サイムンタルーは厳しい顔付きでそう言ったが、急に笑って、「琉球ではのんびりするつもりじゃ」と言った。
 サハチは今、浮島にジャワの船が来ている事を話した。
「何年か前に、倭寇に襲われたジャワの船が朝鮮の島に漂着した事があった」とサイムンタルーは言った。
倭寇に襲われた?」
「荷物を奪われ、乗っていた者たちも皆、殺されたようじゃ。誰の仕業だかわからなかったんじゃが、宗讃岐守がジャワの船を襲った倭寇から奪い取ったと言って、南蛮の珍しい品々を朝鮮王に献上したんじゃよ。多分、宗讃岐守の配下の者たちの仕業じゃろう」
「宗讃岐守も倭寇働きをしていたのですか」
「宗氏は今、主家である少弐氏(しょうにし)のために軍資金を集めている。対馬に腰を落ち着けて、朝鮮との交易に励んでいるのもそのためじゃ。倭寇の首領で、宗讃岐守の配下になった者もいる。また、九州にいる倭寇の首領で、少弐氏のために働いている者もいるじゃろう。そいつらがジャワの船を襲ったのに違いない」
琉球の船も危険ですね」とサハチは言った。
「いや、琉球の船は将軍様と取り引きをしている。襲えば、将軍様の怒りを買う事になる。安全とは言い切れんが、琉球の船だという目印をはっきりと付けておけば大丈夫じゃろう」
 『三つ巴紋』の旗と『八幡大菩薩』の旗は掲げてあるが、『龍』の旗も掲げた方がいいなとサハチは思った。
 サイムンタルーの話を聞いたあと、サハチはチューマチの所に行った。チューマチはマチルギに旅の話をしていた。
「例の話は話したのか」とサハチがマチルギに聞くと、「あなたが来るのを待っていたのよ」とマチルギは言った。
 サハチはうなづいて、「お前のお嫁さんが決まった」とチューマチに言った。
「えっ」とチューマチは驚いた顔をして、サハチとマチルギを見た。
「お前、もしかして、対馬で好きになった娘がいたのか」とサハチは聞いた。
「いえ、そんな‥‥‥」とチューマチは首を振って、「好きになった娘がいたんですけど、琉球には行けないって言われて‥‥‥結局、振られたんです」と笑った。
「そうか。すぐには忘れられないだろうが、気持ちの整理をして、花嫁を迎えろ。婚礼は来月だからな」
「はい」とチューマチはうなづいて、「やはり、按司の娘なんですか」と聞いた。
按司の娘には違いないが、王様の娘でもある。山北王の娘だ」
「ええっ!」とチューマチは目を見開き、口をポカンと開けて、サハチを見ていた。何が何だかわからないような顔付きだった。
「意外な展開になったんだよ」とサハチは山北王と同盟をした経緯(いきさつ)を話した。
「信じられない事が起こったのですね。三人の王様が同盟を結ぶなんて‥‥‥」
「そういうわけだから、断るわけにはいかないんだ。噂では、その娘はかなりの美人らしいぞ。お前たちが住む事になるグスクも今、造っている」
「えっ、グスクに住むのですか」
「グスクといっても島添大里グスクの出城だがな」
「俺がグスクに住むなんて考えてもいませんでした。兄貴たちがグスクを持っていないのに、俺がグスクを持ってもいいのですか」
「その事は皆、納得済みだから心配するな。ジルムイもイハチもグスクはいらない。サムレー大将として船に乗ると言っている」
「俺もサムレー大将になりたかった」とチューマチは言った。
「サムレー大将にはなれんが、従者として明国やヤマトゥに行ける。従者を何度か務めれば、副使や正使にもなれるぞ」
「俺が正使ですか」と言って、チューマチは楽しそうに笑った。
「あなたのお嫁さんになる娘だけど、馬術と弓矢の名手らしいわよ」とマチルギが言った。
「ンマムイの奥さんに聞いたのか」とサハチがマチルギに聞くと、マチルギはうなづいた。
「山南王の息子に嫁いだ長女はおとなしい娘だったけど、次女のマナビーは男勝りで、子供の頃からお父さんと一緒に狩りに行っていたらしいわ。あなたも馬術と弓矢のお稽古に励んだ方がいいわ。お嫁さんに負けたらみっともないわよ」
 チューマチは剣術の稽古には励んでいるが、馬術と弓矢は自信がなかった。
「負けないように頑張ります」とチューマチは答えた。
 次の日、島添大里グスクで歓迎の宴が開かれ、サイムンタルー、イトとユキとミナミ、サキとミヨ、サワは、サハチが用意しておいた城下の屋敷に移った。
 島添大里グスクの高い石垣を見たサイムンタルーは、「よくこんなグスクを攻め落としたのう」と感心した。
 イトとユキもサハチから話は聞いていたが、実際に目にして、凄い城だと驚いていた。
 歓迎の宴にはハルもサスカサも参加した。サスカサはユキをお姉さんと呼んで、再会を喜んだ。ヤマトゥにも側室がいたのかとハルは驚いていた。サスカサはハルと普通に話をしていたが、相変わらず、サハチとは口を利かなかった。ミナミはサハチの娘たちと一緒に遊んでいた。
 次の日は、サハチが案内して首里に行った。首里グスクに入って北曲輪(にしくるわ)にいる孔雀(くじゃく)に驚き、西曲輪(いりくるわ)の龍天閣(りゅうてぃんかく)に驚き、広い庭の奥に建つ百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)を見て、まるで、龍宮(りゅうぐう)のようだと驚いていた。皆、呆然とした顔付きで、言葉もでないようだった。
「乙姫様がいらっしゃるのね」とミナミが言った。
 龍天閣の三階で、サイムンタルーは思紹(ししょう)とヒューガに再会した。サイムンタルーが最後に思紹と会ったのはキラマ(慶良間)の島だった。あの時、若い者たちを鍛えていた思紹が、今は中山王(ちゅうさんおう)になっている。現実とはいえ、あの頃の事を思うと、まったく信じられない事だった。
 ヒューガとは一緒に琉球に来て、一緒に琉球内を旅をした。その後、ヒューガは琉球に腰を落ち着け、思紹が中山王になるのを助けてきた。久し振りに見るヒューガは、すっかり琉球人(りゅうきゅうんちゅ)になりきって、水軍の大将という貫禄があった。
 思紹は酒を用意させ、酒盛りが始まった。サイムンタルーと思紹とヒューガは、昔の事を懐かしそうに話しては笑っていた。
 龍天閣からの景色を楽しんだあと、サハチは女たちを連れて、百浦添御殿とヌルたちと女子サムレーたちがいる南の御殿(ふぇーぬうどぅん)を案内した。マチルギはみんなを御内原(うーちばる)に連れて行って、女同士で歓迎の宴をやると言った。サハチはあとの事をマチルギに任せて、龍天閣の酒盛りに加わった。

 

 

 

アジアのなかの琉球王国 (歴史文化ライブラリー)   琉球王国 -東アジアのコーナーストーン (講談社選書メチエ)