長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-103.送別の宴(第一稿)

 佐敷ヌルとササが安須森(あしむい)の山頂で、神様の声を聞いていた頃、馬天(ばてぃん)ヌルは首里(すい)グスクのキーヌウチで、麦屋(いんじゃ)ヌルとカミーと一緒にお祈りを捧げていた。突然、カミーが悲鳴のような大声を出したので、馬天ヌルも麦屋ヌルも腰を抜かすほどに驚いた。
 カミーは目を丸くして宙を見つめ、口をパクパク動かしていた。
「どうしたの? 大丈夫?」と馬天ヌルが言って、「何かに取り憑かれたのかしら」と麦屋ヌルがカミーの両肩をつかんで体を揺らせた。
「大丈夫です」とカミーは言った。
 馬天ヌルと麦屋ヌルを交互に見たが、視点は定まっていて、正気のようだった。
「あなた、声が出るの?」と馬天ヌルが驚いた顔でカミーを見つめた。
「耳も聞こえます」とカミーは言った。
「何が起こったの?」と麦屋ヌルが信じられないと言った顔で、カミーを見てから馬天ヌルを見た。
「神様のお陰かしら?」と馬天ヌルはお祈りしていたウタキを見つめた。
「佐敷ヌル様です」とカミーは言った。
「今、佐敷ヌル様が安須森の封印を解いてくださいました。あたしは新しい安須森ヌル様を助けるために生まれましたが、封印のお陰で、しゃべる事も聞く事もできませんでした。今、ようやく、しゃべる事も聞く事もできるようになりました。あたしはアフリヌル様の跡を継いで、安須森ヌルとなる佐敷ヌル様を助けなければなりません。馬天ヌル様、あたしにヌルの修行をさせてください」
「佐敷ヌルが安須森の封印を解いた?」
 カミーは馬天ヌルを見つめて、うなづいた。
 馬天ヌルもうなづき、佐敷ヌルならやるだろうと思った。
「あなたはアフリヌル様の孫娘だったの?」
「そうです。馬天ヌル様が辺戸(ふぃる)に来られた時、教えを受けなければならないと思いましたが、あたしはまだ六歳でした。まだ早いと思って諦めたのです。そして、十歳の時、慈恩禅師(じおんぜんじ)様と出会って、一緒に首里に来たのです」
「慈恩禅師様が首里に行く事がわかったのね?」
「慈恩禅師様が馬天ヌル様の所に連れて行ってくれるってわかったのです」
「そうだったの。あなたがアフリヌルを継ぐのね。そして、佐敷ヌルを助けるのね。わかったわ。あなたを立派なヌルにするわ」
 カミーは馬天ヌルに両手を合わせて感謝した。
 驚いた顔をして、成り行きを見ていた麦屋ヌルは、「信じられない事が起こるものなのね」と言って、「わたしにもお手伝いさせてください」と馬天ヌルに言った。
「あなたがここに来たのも、何か、お役目があると思うわ。それは、カミーと関係があるのかもしれない。わたしは付きっきりで指導できないから、カミーの事はあなたにお願いするわ」
「えっ、わたしでいいのですか」
「麦屋ヌル様、お願いします」とカミーは麦屋ヌルに頭を下げてから、嬉しそうに笑った。
「わかりました」と麦屋ヌルもカミーを見て笑った。


 佐敷ヌルたちが首里に帰って来たのは、梅雨も明けた五月の三日で、奥間(うくま)のサタルーも一緒だった。
 サタルーはウニタルとシングルーと一緒にヤマトゥに行く事になっていた。若い二人だけでは心配なので、誰を一緒に行かせようかと考えていた去年の暮れ、サタルーが現れた。お前、ヤマトゥに行かないかと言ったら、少し考えてから行くと言った。奥間の親父(長老のヤザイム)が健在なうちに行って来ようと言ったので、二人の事を頼んだのだった。
 百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)の二階にいたサハチは佐敷ヌルたちを迎えて、佐敷ヌルから安須森の事を聞いた。朝盛法師(とももりほうし)によって、安須森のマジムン(悪霊)が封印されていたと聞いて驚いた。そして、その封印を解いたのが佐敷ヌルだと聞いて、改めて佐敷ヌルの凄さを知った。
「お前は凄いよ」とサハチが言うと、
「あたしは何もしてないのよ」と佐敷ヌルは手を振った。
「何もしなくても、佐敷ヌルがいるだけで凄い事が起こるなんて、まさに、神様じゃないか」
 佐敷ヌルが辺戸で神様扱いされた事を聞くとサハチは笑った。
「ササがトカラの宝島の神様で、マシュー(佐敷ヌル)が安須森の神様か。でも、封印が解かれたら、マジムンが出て来たんじゃないのか」
 サハチが心配すると、「大丈夫よ」とササが言った。
「恨みや怒りというのは、そんなにも持続できないのよ。二百年以上も前の事を怒ったってしょうがないでしょう。それよりも、新しい安須森ヌルの出現を神様たちは喜んでいたわ」
 ササの言う事ももっとものような気がするが、サハチには信じられず、「本当なのか」と念を押した。
「大丈夫」と佐敷ヌルも言った。
「もし、マジムンが現れたとしても、あたしとササ、馬天ヌル様にサスカサ、この四人が揃えば怖い物なしのはずよ」
「成程、豊玉姫(とよたまひめ)の四つのガーラダマが揃ったら、凄いシジ(霊力)になりそうだな。神様の事はお前たちに任せるよ」
 サハチはササたちが腰に下げている瓢箪(ちぶる)を見て、「お前たち、酒をぶらさげて安須森まで行って来たのか」と聞いた。
「旅にお酒は付き物よ」とササは笑った。
「行く時はお酒が入っていたけど、今は聖なるお水が入っているの。安須森の麓(ふもと)に流れるウッカー(大川)のお水なのよ。古くから神聖なお水としてヌルたちが汲んでいたらしいわ」
「ほう、そんな水があるのか」
「儀式に使うようだけど、お母さんに聞いてみるわ」
 次の日の朝早く、サハチはサイムンタルー、イトとユキとミナミ、サキとミヨ、ユリとマキクを連れて、ハーリーを見に行った。見に行ったといっても、豊見(とぅゆみ)グスクに行ったわけではなく、一般の者たちと一緒に川縁(かわべり)から眺めた。豊見グスクの物見台から見ればよく見えるが、サハチはシタルーを信用してはいなかった。
 久し振りに行ったハーリーは、物凄い人混みだった。国場(くくば)川の川沿いは、どこも人で埋まっていた。今年は天気に恵まれ、三人の王様の龍舟(りゅうぶに)が揃って出るというので、余計に人々が集まって来たようだ。豊見グスクには中山王(ちゅうさんおう)の代理として、佐敷大親(さしきうふや)(マサンルー)に行ってもらった。
 中山王の龍舟は一昨年(おととし)に優勝した慶良間之子(きらまぬしぃ)に任せたが、残念ながら二位に終わり、優勝したのは山南王(さんなんおう)だった。
 ハーリーを見たあと、サハチたちは浮島〈那覇〉に渡り、ヒューガの船に乗り込んで、キラマ(慶良間)の島に渡った。佐敷ヌルが娘のマユを連れて合流した。ササ、シンシン、ナナもいて、サタルーまで一緒にいた。
「お前も来たのか」とサハチが言うと、
「若い者たちを鍛えている島というのを見てみたかったんです」とサタルーは言った。
「本当は、ナナと一緒にいたいだけよ」とササが横から言って笑った。
「お前‥‥‥」と言って、サハチはサタルーとナナを見た。
 ナナの素振りからサタルーが好きな事がわかったが、サタルーは奥間ヌルとサハチの事を知っているので、文句も言えなかった。
「お前たちも若い者たちを鍛えてやれ」とサハチは言った。
 浮島を出て国場川の方を見ながら、この船に乗って、海からハーリーを見ればよかったとサハチは後悔した。晴れ渡った空の下、キラキラ輝いている海をヒューガの船は気持ちよく走った。キラマの島々が近づいて来ると、その美しさに、皆、歓声を上げて喜んだ。
「懐かしいのう」とサイムンタルーは感慨深げに言った。
 十六年前、サイムンタルーは米と武器を届けるためにキラマの島に行き、その美しさに感動した。そして、その翌年、朝鮮(チョソン)の水軍に囲まれて投降し、長い年月を朝鮮で過ごす事になった。サイムンタルーは景色を眺めながら、十六年の月日を思い出していた。
 十六年前と同じように、島では大勢の若い者たちが武芸の稽古に励んでいて、十六年前と同じように、マニウシ夫婦が迎えてくれた。お互いに年を取ったなと言い合いながら、再会を喜んだ。
 ミナミとマキクとマユは楽しそうに砂浜を走り回っていた。
 サハチたちは若い者たちを鍛えて一汗かいたあと、海に潜って魚を取り、星空の下で酒盛りを始めた。呑兵衛(のんべえ)になったササ、シンシン、ナナの三人も女たちに勧めて酒を飲んでいた。佐敷ヌルはこの島のヌルから質問攻めにされていた。
 島ヌルのタミーは佐敷の生まれで、佐敷ヌルに憧れて島添大里(しましいうふざとぅ)の女子(いなぐ)サムレーになり、その後、ヌルの修行をして、首里のヌルになった。三年前に、馬天ヌルに命じられて、この島に来たが、一人になってみるとわからない事が色々と出て来た。憧れの佐敷ヌルがやって来たので、タミーは様々な事を聞いては、うなづいていた。
 島には今、男の修行者が二百人、女の修行者が百人いた。つい最近、ここから五十人の男がサムレーとなり、女二十人が女子サムレーや侍女となって、チューマチのミーグスクに入り、同じように、五十人の男と二十人の女が、クルーの手登根(てぃりくん)グスクに入った。去年は百人の男女が『三星党(みちぶしとー)』に入って、ヤンバルに行って活躍している。
 武芸を教えているのは六人の男の師範と三人の女の師範で、師範たちは皆、ヂャンサンフォンのもとで一か月の修行を積んでいて、武当拳(ウーダンけん)も身に付けていた。武芸だけでなく、読み書きを教える師範や、娘たちに機織(はたお)りや裁縫を教える師範もいた。東行法師(とうぎょうほうし)になって若者を探し回る者もいて、若者たちを島に連れて来るための専用の船もあった。以前のように倭寇(わこう)が兵を集めているのではなく、中山王のために働きたい若者を集めていた。首里の女子サムレーの噂は地方まで広まっていて、女子サムレーに憧れる娘たちも多かった。
「あの時、奥間で生まれた子供が二人も、今ここにいるとは驚きじゃのう」とサイムンタルーはサタルーとユリを見ていた。
 サタルーとユリは同じ年に奥間で生まれ、去年の暮れ、島添大里グスクで久し振りに再会した。サタルーは若様として長老の屋敷で育てられ、ユリは側室になるために、親元を離れて、行儀作法や芸事を仕込まれた。同じ年頃の子供と遊ぶ事もなく、ユリはサタルーの存在も知らなかった。サタルーとユリを内緒で会わせたのはヒューガだった。サタルーの武術師範として度々、奥間に来ていたヒューガはユリとも会っていた。その場にサタルーもいて、何度かユリと会い、可愛い娘だと思っていたが、ユリは十六歳の時、側室として浦添(うらしい)に行ってしまった。奥間のために頑張ってくれと見送って以来、九年振りの再会だった。
 佐敷ヌルの屋敷から出て来たユリを見ても、サタルーは気づかなかったが、「若様」と声を掛けられ、ユリの笑顔を見て思い出し、再会を喜んだのだった。
 ユリはユキと仲よく話をしていた。
「あんな綺麗な妹がいたなんて、知りませんでしたよ」とサタルーがユキを見ながらサハチに言った。
「ユキの母親が美人じゃったからのう」とサイムンタルーが言った。
「浦一番の美人を琉球から来た男に取られてしまい、浦の男どもがサハチに決闘を申し込んだ事もあったんじゃ。そして、ユキも浦一番の美人になった。その美人を射止めたのがわしの倅だったんじゃよ。二人が一緒になったのは、わしが朝鮮にいる時じゃった。二人を祝福してやる事もできなかったんじゃよ」
「お互いに孫娘と一緒に、この島に来るとは思っていなかったのう」とヒューガは笑った。
「確かにな、孫娘に姪っ子までいる。シンゴの奴と佐敷ヌルが結ばれるなんて、夢にも思っていなかったわ」
「あの時は驚きましたよ」とサハチも言った。
「佐敷ヌルが妊娠するなんて、まったく考えてもいませんでした」
「しかし、シンゴの奴が毎年必ず、琉球に来たのも佐敷ヌルのお陰じゃろう。わしの留守中、よく頑張ってくれたよ。シンゴだけじゃなく、イトもよくやってくれた。サキもたくましい女になっていたので驚いたよ」
「女船長ですからね、二人とも。大したもんですよ。マチルギも対馬に行った時、イトから船の操縦法を習ったんですよ」
「そうだってな、聞いたよ。マチルギが対馬に来たなんて、まったく信じられん事じゃった。お前がマチルギと出会って、剣術の試合をした時の事を思い出すと、今はまるで夢の中にいるようじゃのう」
「あの時、大口を叩いて、中山王を倒すと言いましたが、我ながら、それが実現したなんて、夢を見ているような気がします」
「しかし、お前が大口を叩かなかったら、何も始まらなかったかもしれんのう」とヒューガが言った。
「皆が、お前の大口を実現させるために動き出したんじゃ」
「佐敷按司殿は隠居して東行法師(とうぎょうほうし)になり、この島で若い者たちを鍛え、ヒューガ殿は海賊になった」
 そう言って、サイムンタルーは楽しそうに笑った。
「のんびり琉球に行っている暇などないと思っていたんじゃが、焦ってみても始まらんと思い直して、琉球に来たんじゃ。やはり、来てよかったわ。長い間、朝鮮にいて、忘れてしまっていた若い頃の事を色々と思い出した。それに、今、お前がやっている事も大いに参考になったぞ」
「何ですか」とサハチは聞いた。
「山北王(さんほくおう)攻めじゃよ。対馬の守護の宗讃岐守(そうさぬきのかみ)と山北王はよく似ている事に気づいたんじゃ。讃岐守は一族の者をあちこちに配置しているが、交易で儲けているのは讃岐守だけなんじゃ。琉球で手に入れた明国の商品で、一族の者たちを寝返らせる事ができるかもしれんと考えたんじゃよ。それに、お前の真似をして六郎次郎が裏の組織を作って、守護の動きを探っている。わしも対馬に帰ったら忙しくなりそうじゃ。来年も三隻の船で来るつもりじゃ。もっとも、一隻はお前の船じゃがのう。よろしく頼むぞ」
「こちらこそ。南蛮(なんばん)(東南アジア)の者たちが琉球に来そうなので、ヤマトゥの刀を大量にお願いします」
「ヤマトゥの戦(いくさ)も治まって来たからのう。以前よりは刀も手に入れやすくなっている。任せておけ」
 サタルーがナナたちの所に行ったあと、サイムンタルーはここだけの話なんじゃが、と小声で言った。
「実は、中グスクの久場(くば)ヌルと何だ、その‥‥‥」と言って、口ごもった。
 ヒューガがサイムンタルーを見てニヤニヤ笑った。
「久場ヌルがどうかしたのですか」とサハチは聞いて、ハッと気づいた。
 クマヌの葬儀のあと、サイムンタルーはしばらく、中グスクから帰って来なかった。サイムンタルーなりにクマヌの事を偲んでいるのだろうと思っていたが、原因は久場ヌルのようだ。
「いい年をして、みっともない事なんじゃが、久場ヌルに惚れちまったらしいんじゃ」
 サイムンタルーは照れくさそうな顔をして、酒を飲んだ。
 サハチは思わず笑い出しそうになったのを、じっと我慢した。
「ヌルに惚れたら大変じゃぞ」とヒューガが言った。
「何もかも忘れて、ずっと一緒にいたいと思うんじゃ。わしもそうじゃった」
 サハチも奥間ヌルとの出会いを思い出し、その通りだと思ったが、口には出さなかった。奥間ヌルとの事は、ヒューガにも内緒にしておかなければならなかった。
「ウニタキが久高島のフカマヌルに惚れて、何もかも捨てて、フカマヌルと一緒にいたいと言って、久高島にずっといましたよ。そのお陰で、奴の三弦(サンシェン)は上達しましたがね」
「なに、ウニタキもヌルに惚れたのか」とサイムンタルーは驚いた顔してサハチに聞いた。
「丁度、マユと同い年の娘がいます」
「そうじゃったのか、奴がのう」
「よく帰って来られましたね」
「辛かったが、何とか、別れて来たんじゃよ。だが、今も会いに行きたい心境じゃ」
「慈恩禅師殿も越来(ぐいく)ヌルと仲よくなって、今、島添大里の城下で一緒に暮らしていますし、ヂャンサンフォン殿も運玉森(うんたまむい)ヌルと一緒に暮らしています」
「ヂャンサンフォン殿と運玉森ヌル、慈恩禅師殿と越来ヌルが仲がいいのを見て、羨ましく思っていたが、まさか、わしがヌルに惚れるなんて思ってもいなかったわ。まったく、出会った途端、夢でも見ているような気持ちになってしまったんじゃよ」
「わしの場合は出会った途端ではなかったな」とヒューガが言った。
「馬天ヌルが久高島に籠もって、帰って来た姿を見た時、急に惚れてしまったんじゃよ」
 今度、いつ来られるかわからんが、久場ヌルの事をそれとなく見守ってくれとサイムンタルーは言った。中グスクの様子を見て、落ち着いたら、久場ヌルを首里に呼ぼうかとサハチは考えていた。
 キラマの島から帰ったあと、首里でサイムンタルーたちの送別の宴が開かれ、その翌日には島添大里で送別の宴が開かれた。サハチは久場ヌルも呼んで、宴に参加させた。
 別れの前日、サハチはイトと一緒に物見櫓(ものみやぐら)に登って、景色を眺めながら別れを惜しんだ。
「いよいよお別れだな」
「楽しかったわ。来て本当によかった。ミナミにとっても、琉球は第二のふるさとになるでしょう。ミナミは女船長になって琉球に来るって言っていたわ」
「そうか。そいつは楽しみだな」
「二十五年前、あなたが対馬から琉球に帰る時、一緒に来ないかと言ってくれた。あたし、随分と迷ったのよ。あの頃は若かったし、言葉が通じない所に一人で行っても寂しいだけだって諦めたの。でも、琉球に来てみてわかったの。この島の人たちは皆、親切で、あたしが勇気を出して、あの時、来たとしても何とかやって行けたかもしれないってね。もし、あの時、あたしが来ていたらどうなっていたのかしら?」
「多少は違うかもしれないけど、そんなに変わらないんじゃないのか」とサハチは言った。
 イトは首を振った。
「あたしが琉球に来たら、あなたはマチルギさんと一緒にはならなかったわ。そうなれば、今のように女子サムレーはいないし、娘たちも剣術を習ったりはしなかったでしょう。そして、ウニタキさんにも出会わなかったはずよ」
 イトの言う通り、マチルギとウニタキがいなかったら、今のサハチはいないかもしれなかった。サハチとマチルギが一緒にならなかったら、マチルギはウニタキと一緒になっていたかもしれない。マチルギは望月党に殺され、ウニタキは生きていたとしても佐敷には来ないだろう。
「あの時、あたしは来なくてよかったのよ。ユキが生まれて、ユキが六郎次郎と結ばれて、ミナミが生まれた。そして、ようやく、ユキとミナミを連れて琉球に来た。琉球に来るのに二十五年も掛かったけど、それでよかったんだと思うわ」
 サハチはイトを見つめて、うなづいた。
対馬に帰ったら忙しくなりそうだわ」とイトは笑った。
「男たちが帰って来たからといって、あたしたちが船から降りたわけじゃないのよ。お屋形様(サイムンタルー)から、琉球の商品を積んで、対馬の浦々を回ってくれって頼まれたの。商売は男よりも女の方がうまく行くだろうってね」
「守護の一族を寝返らせるのか」
「そうよ。讃岐守を孤立させて、最後には滅ぼすのよ。対馬を統一するって、お屋形様は張り切っているわ」
「無理はするなよ」
「ヂャンサンフォン様から、武当拳を習ったから大丈夫よ」とイトは笑った。
「ミナミったら真剣な顔をして、武当拳のお稽古をしていたのよ。あの子、武芸の才能があるってヂャンサンフォン様が言っていたわ。先が楽しみだわ」
「あの呼吸法は本当に凄いよ。毎朝、静座と套路(タオルー)(形の稽古)をやっていれば、知らないうちに、体が自由に動かせるようになる。ミナミの年からやっていたら、最強の女になるだろう」
「最強の女だなんて、ミナミが怪物みたいじゃない」
「ミナミがどんな女に育って行くのか、楽しみだな。今度、会う時はいい女になっているだろう」
 次の日、サタルー、ウニタル、シングルーを乗せたサイムタルーの船は、シンゴとマグサの船と一緒に馬天浜をあとにした。勝連(かちりん)で、朝鮮に行く船と合流し、伊平屋島(いひゃじま)でヤマトゥに行く交易船と合流して、南風に乗って北上して行った。
 今回のヤマトゥ旅の責任者は与那原大親(ゆなばるうふや)(マタルー)で、正使はジクー禅師、副使はクルシ、サムレー大将は三番組の久高親方(くだかうやかた)だった。ヌルたちはササ、シンシン、ナナ、シズ、ユミ、クルーの六人に佐敷ヌルが加わり、女子サムレーの隊長は首里のマナミーが務めた。
 朝鮮に行く勝連船は、三姉妹が奪い取った船だった。進貢船(しんくんしん)を一回り小さくした大きさで、去年は二隻のヤマトゥ船で行ったが、今年はその一隻で間に合った。正使として本部大親(むとぅぶうふや)、副使は越来大親(ぐいくうふや)、通事はチョルとカンスケで、倭寇によって連れさられた高麗人(こーれーんちゅ)が八人乗っていた。チョル夫婦が探し回って見つけた人たちで、皆、年老いていて、故郷で死にたいと言ったのだった。
 五日後、馬天ヌルは麦屋ヌル、カミー、奥間大親(うくまうふや)を連れて、ヤンバルのウタキ巡りの旅に出掛けた。カミーがしゃべるようになったという噂を聞いて、運玉森ヌルも安須森に行ってみたくなり、ヂャンサンフォンと修行中のマチとサチを連れて首里に来て、馬天ヌルたちと一緒に旅立った。
 ヂャンサンフォンが一緒ならサハチも安心だった。そして、久し振りに見た運玉森ヌルは随分と若返ったように思えた。もう六十歳に近いはずなのに、どう見ても三十代にしか見えない。ヂャンサンフォンと一緒にいて、運玉森ヌルも仙人になったのだろうかとサハチは不思議に思った。

 

 

 

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