六月五日、今年最初の『進貢船(しんくんしん)』が出帆した。南部の戦(いくさ)騒ぎで半年も遅れた船出だった。
正使はサングルミー(与座大親)、副使は久米村(くみむら)の唐人(とーんちゅ)の韓完義(ハンワンイー)で、クグルー(泰期の三男)と馬天浜(ばてぃんはま)のシタルーが従者として乗り、各按司の家臣たちも従者として乗っていた。戦で活躍した褒美(ほうび)に、いつもより倍の商品を手に入れた按司たちは、泉州の『来遠駅(らいえんえき)』で上手い取り引きをして来ようと張り切っていた。
島添大里(しましいうふざとぅ)の従者はサハチ(中山王世子、島添大里按司)の五男の『マグルー』とウニタキ(三星大親)の長男の『ウニタル』だった。二人とも唐旅(とーたび)から帰って来たら婚礼を挙げる事になっている。マグルーの花嫁はンマムイ(兼グスク按司)の長女の『マウミ』、ウニタルの花嫁はサハチの次女の『マチルー』だった。
長男のサグルーが『山グスク』に行って、三男のイハチが『具志頭(ぐしちゃん)グスク』に行ったので、島添大里グスクにいるのはマグルーだけだった。マグルーが明国(みんこく)(中国)に行くとサハチが島添大里グスクを守らなければならなくなるが、シタルー(先代山南王)がいなくなった今、大丈夫だろうと送り出したのだった。
サムレー大将は首里(すい)十番組の苗代之子(なーしるぬしぃ)(マガーチ)で、浦添(うらしい)一番組のサムレーも一緒に行った。浦添のサムレーたちを率いていたのは『飯篠修理亮(いいざさしゅりのすけ)』だった。
「しばらく浦添に落ち着いていたので、旅がしたくなりました」と言って修理亮は笑った。
「ヤマトゥ(日本)は明国との交易をやめてしまった。明国に行った事があれば、ヤマトゥに帰った時に、何かと役に立つだろう。俺は何を見ても驚いたが、ヤマトゥンチュ(日本人)の修理亮が見ても驚く事がいっぱいあるだろう。見聞を広めて来い」とサハチは修理亮を送り出した。
いつも強気の浦添ヌルのカナが心配そうな顔をして見送っていた。
進貢船が旅立った二日後、サハチはウニタキ(懐機)、ファイチと一緒にちょっとした旅に出た。三人で旅をするのは五年前のヤマトゥ旅以来で、行き先は『久米島(くみじま)』だった。
七年前に明国に行く時、久米島には寄ったが、港の周辺を見ただけだった。旅の目的は『タブチ(先々代八重瀬按司)』たちの様子を見に行くのとタブチの奥さんを送り届ける事だが、ついでに、島内を散策するつもりだった。
一緒に行くのは安須森(あしむい)ヌル(先代佐敷ヌル)とササ(運玉森ヌル)たちだった。ササたちを連れて行くつもりはなかったが、ササが感づいて、一緒に行くと言い出した。
「久米島には『アマン姫様』の曽孫(ひまご)の『クミ姫様』がいらっしゃるのよ。挨拶に行かなければならないわ」とササは言った。
『アマン姫』の娘に『真玉添(まだんすい)姫』がいて、真玉添姫の娘に『ビンダキ姫』がいる。ビンダキ姫には三人の娘がいて、長女は母親の跡を継ぎ、次女は『イシャナギ島(石垣島)』に行って『ウムトゥ姫』になり、三女は『久米島』に行って『クミ姫』になったという。
ササは首里の『ビンダキ(弁ヶ岳)』のウタキ(御嶽)で、『ビンダキ姫の神様』の声を聞いて、その事を知ったという。『イシャナギ島』に行く前に、『久米島』にはどうしても行かなければならないと言った。
『久米島』には死んだはずの『タブチ』と『チヌムイ』がいるので、若ヌルたちは連れて行けなかった。彼女たちを信じないわけではないが、ついうっかりとしゃべってしまう危険があった。ササは若ヌルたちをサスカサ(島添大里ヌル)に預ける事にした。サスカサは安須森若ヌルも預かっていたので、五人の若ヌルの面倒を見なければならない。さらに、島添大里グスクの留守も、ナツと一緒に守らなければならなかった。
ヒューガ(日向大親)の船に乗り込んだサハチ、ウニタキ、ファイチは久し振りの旅にウキウキしていた。
「琉球(沖縄本島)に来る時、密貿易船に乗って来たのですが、久米島にも密貿易船が何隻か泊まっていました」とファイチが言った。
「久米島に密貿易船?」とサハチは不可解に思って、「久米島で何を仕入れるんだ?」と聞いた。
「『シビグァー(タカラガイ)』ですよ。明国の僻地に『雲南(ユンナン)』という所があります。そこではシビグァーが銭(じに)の代わりに使われているそうです。密貿易船はシビグァーを大量に積んで帰って、雲南に持って行って稼ごうとしたのです。久米島は古くから『シビグァーの産地』として、明国でも有名なようです」
「永楽帝(えいらくてい)がシビグァーを欲しがっているのも、そのためだったのか」とサハチは納得した。
「雲南は『大理(ダーリー)』という国だったのですが、洪武帝(こうぶてい)に滅ぼされたのです。雲南には『銀』が採れる山があるので、領内に組み入れたようです。採れた銀とシビグァーを交換しているのでしょう」
「『シビグァー』は今でも有力な商品というわけだな」
話を聞いていたササが、
「シビグァーは『シャム(タイ)の国』でも銭の代わりとして使われているのよ」と言った。
「なに、『シャムの国』でもか」とサハチは驚いた。
「武寧(ぶねい)(先代中山王)の頃、『シャム』の船が琉球に来て、大量の『シビグァー』を積んで帰ったって、安謝大親(あじゃうふや)が言っていたわ」
「『シャムの国』か。いつかは行かなくてはならんな」とサハチが言うと、
「『今帰仁(なきじん)攻め』が終わったら行こうぜ」とウニタキが楽しそうに言った。
「あたしたちも行くわ」とササが言って、ナナとシンシンを見た。
二人は嬉しそうにうなづいた。
断っても無駄だと思ったサハチは笑うだけで何も言わなかった。
ササたちが、ヒューガと話をしている安須森ヌルの所に行くと、
「昨夜(ゆうべ)、知らせが来たんだが、湧川大主(わくがーうふぬし)(攀安知の弟)の奥さんが亡くなって、『鬼界島(ききゃじま)(喜界島)攻め』は来年に延期になったようだ」とウニタキが言った。
「亡くなったか‥‥‥」とサハチは驚いた。
「病弱な人だったが、面倒見のいい人だったようだ。『鬼界島』で戦死した兵たちの家族たちにも一人一人きちんと挨拶に回っていたという。奥さんが亡くなった日、今帰仁の城下はシーンとなって、皆が悲しんでいたそうだ」
「そうか。会った事はないが、遠くから冥福(めいふく)を祈ろう」
サハチは北を向くと両手を合わせた。
天気はよかったが風に恵まれず、その日は『キラマ(慶良間)の島』に泊まった。サハチがまた来たので、マニウシたちは驚いた。サハチはマニウシに、長男の『外間親方(ふかまうやかた)(シラタル)』が今帰仁攻めが終わったら、この島に来て、マニウシの跡を継ぐと言った事を伝えた。
「なに、シラタルが跡を継ぐと言ったのか」とマニウシは驚いた。
「外間親方も『久高島(くだかじま)』の事を心配していて、今帰仁攻めが終わったら、久高島に帰ろうかと考えていたようです。親父が帰るのなら、俺がこの島に来て、親父の跡を継ぐと言いました」
「そうか。シラタルが来てくれるか」
マニウシは妻と一緒に喜んだ。
サハチは何も気づかなかったが、『ウニタキ』と『アミー』の様子が変だとファイチが言った。ファイチに言われて二人を見ると、確かに何となく変だった。
「アミーと何かあったのか」とサハチが聞くと、
「何もない」とウニタキは言ったが、サハチは気になってアミーにも聞いてみた。
アミーはしばらく黙っていたが、「何もないわ」と笑った。
ウニタキがアミーを口説いて、ふられたのかもしれないとサハチは思った。
次の日の正午(ひる)頃、『久米島』に着いた。サハチは『一節切(ひとよぎり)』、ウニタキは『三弦(サンシェン)』、ファイチは『ヘグム(奚琴)』を持って来ていて、船の上で演奏をして船乗りたちに喜ばれた。安須森ヌルとササたちも負けるものかと『横笛』を吹いて、楽しい船旅となった。
島の西側、兼(かに)グスクの『大港(うふんなとぅ)』に着くと役人を乗せた小舟(さぶに)が近づいて来た。『翁長之子(うながぬしぃ)』と名乗った役人はヒューガを知っていて、サハチがいる事に驚いた。
「大げさな出迎えはいらない。ただ、隠居してこの島に来た者たちに会いに来ただけだ」とサハチは言った。
翁長之子は恐縮して、サハチたちが上陸すると、『兼グスク之比屋(ぬひや)』という長老のもとへ連れて行ってくれた。ヒューガは五日後に迎えに来ると言って帰って行った。
「進貢船の正使を務めていた八重瀬(えーじ)殿(タブチ)が隠居して、この島に来るなんて驚きました」と翁長之子は歩きながら言った。
「八重瀬殿の家族たちは『堂之比屋(どうぬひや)』殿に頼んで、ナーグスク大主(先々代伊敷按司)殿の家族たちは兼グスク之比屋殿に頼みました」
「この辺りを『兼グスク』と呼んでいるのは、『兼グスク』というグスクがあるのか」とサハチは翁長之子に聞いた。
「昔、あったようです。浦添から来た役人がグスクを築いて、大港を管理していたようです。その役人の子孫が兼グスク之比屋殿です」
「そのグスクを築いたのは、いつ頃の事なんだ?」
「今の兼グスク之比屋殿は七代目だと言っていますので、百年、いや、もっと前の事だと思います」
ここにグスクを築かせたのは『英祖(えいそ)』かもしれないとサハチは思った。
『兼グスク之比屋』は長老らしい立派な屋敷に住んでいた。長老と呼ばれる程の年齢ではなく、五十歳前後の男だった。サハチが中山王(ちゅうさんおう)の世子(せいし)(跡継ぎ)だと知ると一瞬驚いたようだったが、にこやかに笑って歓迎してくれた。
サハチが思っていた通り、『兼グスク』を築いたのは『英祖』の家臣だった。その頃、久米島には『宋(そう)の国』の商人たちがタカラガイやヤコウガイを求めてやって来ていて賑わっていたという。やがて、宋の国が元(げん)の国に滅ぼされると商人たちも来なくなった。そして、琉球が戦世(いくさゆ)になると、久米島にいた役人たちも忘れ去られてしまって、この島に土着したらしい。
サハチが久米島の歴史をもっと知りたいと言ったら、『北目之大主(にしみぬうふぬし)』を紹介しますと言った。北目之大主は先代の『北目之比屋(にしみぬひや)』で、隠居して、過去の事を色々と調べているという。
サハチたちは兼グスク之比屋の案内で、『ナーグスク大主』たちが住む屋敷に行った。思っていたよりも立派な屋敷で暮らしていたので、サハチは安心した。
ナーグスク大主は留守だったが、奥さんが出て来て、タブチの奥さんと再会を喜んだ。ナーグスク大主はお世話になっている村(しま)の人たちのために、野良(のら)仕事を手伝っているという。
「按司の息子に生まれたために按司になってしまったけど、若い頃から田畑で働きたかったと言っていました。按司だった頃はいつも難しい顔をしていましたが、この島に来てからは毎日、楽しそうに笑っています。毎晩のように村の人たちがやって来て、一緒にお酒を飲んで騒いでいますよ」
そう言って奥さんは楽しそうに笑った。
安須森ヌルから『玻名(はな)グスク』の事を聞いたナーグスク按司(ナーグスク大主の次男)の妻は、泣き叫びながら屋敷の中に入って行った。ナーグスク按司の妻は玻名グスク按司の妹で、父と二人の兄を失い、生まれ育った玻名グスクも失っていた。
ナーグスク大主の奥さんも長男の『伊敷按司(いしきあじ)』が戦死したと聞いて悲しんだ。真壁按司(まかびあじ)の娘だった奥さんは、二人の兄、山グスク大主(先々代真壁按司)と真壁大主(武術師範)も失っていた。
日が暮れないうちに、タブチに会いたかったので、また改めて来ると言って、サハチたちはナーグスク大主の屋敷をあとにして、兼グスク之比屋の案内で、『北目之大主』に会いに向かった。タブチのいる『堂の村(どうぬしま)』は北目(西銘)の村よりもさらに北にあるらしい。
北目の村には四半時(しはんとき)(三十分)も掛からなかった。右側に山々が連なっているのが見えて、「あの山が『ニシタキ』かしら?」とササが言った。
「手前にあるのが『富祖古岳(ふーくたき)』、その奥が『大岳(うふたき)』、右の方にある一番高い山が『ニシタキ(北岳、後の宇江城岳)』です」と兼グスク之比屋が説明して、「どの山も『神聖な山』ですので、ヌルの許可がなくては山には入れません」と言った。
「ニシタキに『クミ姫の神様』がいらっしゃるのですね?」とササが聞いたら、兼グスク之比屋は首を傾げてから、
「『クミ姫様』かどうかは存じませんが、この島の神様は『ニシタキ』にいらっしゃいます。堂の村はニシタキの向こう側にあります」と言った。
『古いウタキ』らしいこんもりとした森の裾野に『北目之大主』の屋敷はあった。その屋敷の隣りに『新垣(あらかき)ヌル』の屋敷があって、安須森ヌルとササたちは新垣ヌルに挨拶に行った。サハチたちは北目之大主に歓迎されて、久米島の歴史を聞いた。
「あまりにも昔の事なので、本当かどうかはわかりませんが、南の国(ふぇーぬくに)からこの島に『お米(んくみ)』が伝わって、それが琉球に伝わって、さらに北上して、奄美の島々に伝わって、ヤマトゥの国にも伝わったようです」と北目之大主はシワに囲まれた目を輝かせて言った。
「それで、『米の島(くみぬしま)』と呼ばれるようになったのですね」とサハチが言うと、北目之大主は首を振った。
「そうではないようです。お米の事を昔は『ユニ(ヨネ)』と言っていました。お米が『ユニ』と呼ばれていた頃も、この島は『クミシマ』と呼ばれていたようです。『クミ』にはお米とは別の意味があるようですが、今となってはわかりません。稲作を始めたのと同時に、貝の交易もして、この島は栄えて行きます。島で採れる『シビグァー』や『ヤクゲー(ヤコウガイ)』を求めて唐人(とーんちゅ)たちが大勢やって来て、唐の品々と交換していたのです。ヤマトゥからも貝殻を求めてやって来たようです。あちこちの海辺で、古い土器や古い銭(じに)が見つかっています」
「それほど栄えていたのに、王様とかは現れなかったのですか」とファイチが聞いた。
「王様も按司も現れません。昔からこの島はニシタキの『クイシヌ様』が治めております。『クイシヌ様』のお告げに従って、この島を守って参りました」
「この島の主(ぬし)になって、『シビグァー』を独り占めにしようとする悪い奴は来なかったのですか」とウニタキが聞いた。
「そんな輩(やから)もいたようですが、皆、『神罰』が下って退散しました」
「『神罰』とはどんな事が起こったのですか」とウニタキが興味深そうな顔をして聞いた。
「台風にやられて逃げて行った者もいたようです。雷に打たれて亡くなった者もいたようです。この島の東方(あがりかた)に『御願干瀬(うがんびし)(はての浜)』があって、そこは『シビグァーの産地』です。それを独占しようと近くの山にグスクを築いた『塩原按司(すはらあじ)』というのがいましたが、琉球から来た中山王の『察度(さとぅ)』の兵に滅ぼされました。その後は按司が現れる事もなく、平和に暮らしております」
「『クイシヌ様』というのはヌルですか」とサハチは聞いた。
「そうです。『ニシタキ』におられる『久米島の神様』にお仕えしています。昔はこの村(しま)にお屋敷があったそうですが、今は『堂の村』にお屋敷があります」
「『クイシヌ様』はいつからこの島にいるのですか」
「遙か昔からおられます」
「という事は代々、『クイシヌ様』を継いでいるという事ですね。娘さんが跡を継ぐのですか」
「実の娘とは限りません。選ばれた娘が跡を継ぐ事になります。『クイシヌ様』を継ぐには『高いシジ(霊力)』が必要です。神様の声が聞こえない者には務まりません。選ばれた娘は神様に導かれて『ニシタキ』に登ります。そして、厳しい修行の末に、『クイシヌ様』の跡を継ぐ事になります」
「今まで途絶えた事はないのですか」とファイチが聞いた。
「途絶えそうになった事はあったようです。でも、『クイシヌ様』がお亡くなりになったあと、『クイシヌ様』にお仕えしていたヌルが神懸(かみがか)りして、跡を継いだようです」
「『クイシヌ様』には夫はいるのですか」とウニタキが聞いた。
「神様に選ばれた男が夫になる事もあります。今の『クイシヌ様』は先代の『クイシヌ様』の娘です。今の『クイシヌ様』は四十歳を過ぎましたが、夫になる男は現れませんでした。跡を継ぐ若ヌルもいませんので、皆が心配していましたが、去年、琉球から来られた『李白法師(りーばいほうし)(タブチ)殿の娘さん』が跡継ぎになりそうです」
「なに、『ミカ(八重瀬若ヌル)』が『クイシヌ様』の跡継ぎなのか」とサハチは驚いた。
ウニタキとファイチも驚いていた。
「まだ正式には決まっておりませんが、『クイシヌ様』は『ミカ様』を大層可愛がっておられます」
ヌルとしてのミカをサハチは知らないが、ヂャンサンフォン(張三豊)のもとで修行をしているので、『シジ』も高いのかもしれなかった。
「『クイシヌ様』に会う事はできるのですか」とウニタキが聞いた。
「お山に入っていなければ会う事はできます。この島を治めているヌルですが、豪華な御殿(うどぅん)に暮らしているわけではありません。普通のヌルと同じような暮らしをしていますので、誰でも会う事はできます。琉球から来られたお方なら歓迎してくれるでしょう」
サハチたちは北目之大主にお礼を言って別れ、隣りの『新垣ヌル』の屋敷に行った。
安須森ヌルもササたちもいなかった。お婆が出て来て、ヌル様はお客様を連れて、『新垣森(あらかきむい)のウタキ』に行ったと言った。ウタキに男は入れないので、サハチたちは帰って来るのを待った。
しばらくして帰って来たササは、サハチを見ると、「凄い事がわかったのよ」と興奮した口調で言った。
「よほど重要な事らしいな」とウニタキが笑った。
「そうよ。すごく重要な事よ」
そう言ってササは深呼吸をしてから話を続けた。
「この裏にある古いウタキは、琉球から来られた『クミ姫様』がしばらく暮らしていた場所なのよ。でも、クミ姫様は一人じゃなかったの。お姉さんの『ウムトゥ姫様』も一緒にいたのよ。やがて、クミ姫様は『ニシタキ』に登って、ウムトゥ姫様は南にある『アーラタキ』に登ったの。でも、アーラタキはニシタキよりも低いので、お姉さんとしては我慢できなかったみたい。それで、ウムトゥ姫様は『イシャナギ島』に行ったのよ」
ササは興奮したままそう言うが、サハチたちには何が重要なのか、さっぱりわからなかった。
「按司様(あじぬめー)、わからないの?」
サハチはウニタキとファイチを見てから首を傾げた。
「ウムトゥ姫様はここから『イシャナギ島』に行ったのよ。その跡をたどって行けば『イシャナギ島』に行けるのよ」
「そうかもしれんが、どうやって、たどって行くんだ?」とサハチは聞いた。
「それはまだわからないけど、ここから『イシャナギ島』に行ける事は確かだわ。一歩、前進したのよ」
「その『イシャナギ島』というのは『ミャーク(宮古島)』の近くにあるのか」
「近くのはずよ。島がいくつもあって、島伝いに行けるはずだわ」
「そろそろ行きましょう」とファイチが言った。
「そうだな」とサハチがうなづいた時、ファイチをじっと見つめている『新垣ヌル』に気づいた。
サハチはウニタキに『新垣ヌル』を見ろと目で合図をした。ウニタキは『新垣ヌル』を見て、そして、ファイチを見て笑った。
安須森ヌルが新垣ヌルにお礼を言って別れようとしたら、『新垣ヌル』も一緒に行くと言った。
「久し振りに『クイシヌ様』にご挨拶に行くわ」と言ったので、兼グスク之比屋は新垣ヌルに案内を頼んだ。
サハチたちは兼グスク之比屋にお礼を言って別れた。
富祖古岳、大岳を右に見ながら北上して、大岳からニシタキに連なる山々を右に見ながら東へと向かった。
ファイチは新垣ヌルと仲よく話をしながら歩いていた。
「ファイチは新垣ヌルの『マレビト神』だぞ」とウニタキがサハチに言った。
「間違いないな」とサハチは二人を見ながら笑った。
「年の頃は三十ちょっとといった所か。なかなかの美人(チュラー)だし、ファイチが羨ましいよ」
「しかし、ヌルに惚れられたらあとが怖いぞ。ファイチはこの島から帰れないかもしれないな」
「そいつはうまくないだろう」
「別れられなければ、一緒に琉球に連れて行くさ」
「それもまずいな。来月にメイファン(美帆)がやって来る。騒ぎになるぞ」
景色を見ながらのんびりと歩いたが、一時(いっとき)(二時間)も掛からないうちに『堂の村』に着いた。
新垣ヌルの案内で、『堂之比屋』の屋敷に向かい、堂之比屋の案内で、『タブチ』たちが暮らしている屋敷に向かった。
屋敷の庭に入って驚いた。大勢の子供たちがいて、『タブチ』から読み書きを教わっていた。『タブチ』は相変わらずの坊主頭で、サハチたちに気づくと目を丸くして驚き、嬉しそうな顔をして屋敷から庭に降りて来た。
「島添大里(しましいうふざとぅ)殿、よく来てくれたのう」
「奥さんをお連れしました」
「そうか。すまんのう」と言って、タブチは妻を見た。
「元気そうなので安心しました」と奥さんはタブチを見て嬉しそうに笑った。
「タブチ殿が読み書きのお師匠をしているとは驚きましたよ」とウニタキが言った。
「堂之比屋殿に頼まれてのう。わしの知っている事を子供たちに教えようと決めたんじゃ。いつの日か、この島から『進貢船の使者』になる者が出るかもしれん」
「期待していますよ。素晴らしい人材を育てて下さい」とサハチは言った。
今日はこれでおしまいじゃと言ってタブチは子供たちを帰した。
安須森ヌルとササたちは新垣ヌルと一緒に、ニシタキヌルの『クイシヌ様』に会いに行った。
サハチたちは屋敷に上がって、タブチに山南王(さんなんおう)の戦(いくさ)の結末を話した。長男のエータルー(先代八重瀬按司)の戦死を知ると、
「馬鹿な奴じゃ」とタブチは目を潤ませた。
「タブチ殿もチヌムイ(タブチの四男)も、エータルーと一緒に戦死した事になっています。もし、エータルーが戦死しなかったら、他魯毎(たるむい)(山南王)はチヌムイを探すために、ここまで兵を送ったかもしれません。エータルーの決断によって、追っ手が来る事はないでしょう。ただ、この島には山南王の進貢船が来ます。ナーグスク殿は見つかっても大丈夫でしょうが、タブチ殿が生きている事は絶対に隠さなくてはなりません」とサハチは言った。
「兼グスクにいる役人たちは、わしの事を知っているからのう。口止めしなくてはならんのう」
「タブチ殿が生きている事を知っているのは数人だけです。中山王の家臣たちも戦死したと思っています。役人たちには俺からも口止めしておきましょう」
「迷惑を掛けてすまんのう」
「『チヌムイ』はどうしています?」とウニタキが聞いた。
「村(しま)の若い者たちに武芸を教えているんじゃよ。『ミカ』はこの島のヌルの『クイシヌ様』に気に入られてのう。『クイシヌ様』にお仕えしているんじゃ」
「安須森ヌルになった佐敷ヌルたちが『クイシヌ様』に会いに行っています」とサハチは言った。
「『クイシヌ様』というのは凄いヌルらしい。島の者たちは神様のように尊敬しているようじゃ。妹の『八重瀬ヌル』もクイシヌ様に仕えているんじゃよ。それで、八重瀬グスクは今、どうなっているんじゃ?」
「マタルーが八重瀬按司になりました」
「なに、マタルーが八重瀬按司か」
「エーグルー(タブチの三男)は『新(あら)グスク按司』のままです」
「そうか。マタルーなら大丈夫じゃろう。ところで、山南王になった摩文仁(まぶい)(先々代米須按司)じゃが、『察度様の御神刀(ぐしんとう)』を持っていなかったか」
「察度様の御神刀?」
何の事だかサハチにはわからず、ウニタキを見たがウニタキも知らないようだった。
「わしの親父(汪英紫)が察度様からもらったという刀で、山南王の執務室に飾ってあるんじゃよ。親父はその刀のお陰で、『山南王』になったと妹の八重瀬ヌルから聞いて、わしはその刀を腰に差して、『山南王』になる決意を固めたんじゃ。しかし、わしは負け戦をして、大勢の兵を死なせてしまった。あとになってわかったんじゃが、その刀は察度様の孫である『他魯毎』を『山南王』にするために、わしを利用していたんじゃよ。親父が『山南王』になったのも、察度様の倅の『武寧』を守るためだったんじゃ。摩文仁が『山南王』になろうと決心したのも、その刀のせいのような気がするんじゃよ」
「『他魯毎』を『山南王』にするために、タブチ殿を利用したというのはどういう意味ですか」とファイチが聞いた。
「他魯毎はずっと豊見(とぅゆみ)グスクにいたので、『山南王』になるための修行をしておらんのじゃよ。急に『山南王』になっても何もわからず、重臣たちの言いなりになってしまうかもしれん。それで、『試練』を与えるために、わしに敵対させたんじゃよ。結果を見れば、他魯毎に敵対していた勢力は一掃された事になる。察度様の思い通りになったわけじゃ」
「いつも冷静だった摩文仁が、周りが見えなくなって『山南王』に執着したのも、『察度様の御神刀』のせいかもしれませんね」とサハチは言った。
「ちょっと待て、『摩文仁』だって察度様の息子だろう。どうして、息子よりも孫を選んだんだ?」とウニタキが聞いた。
「摩文仁(カジムイ)よりも『山南王妃(トゥイ)』の方が察度様にとっては可愛かったんじゃないですか」とファイチが言った。
「そうかもしれんな」とサハチも思った。
「山南王妃の母親は武寧と同じ高麗美人(こーれーちゅらー)だ。その高麗美人は、察度様の最初の奥さんが亡くなったあと、『王妃』になっている。察度様はその高麗美人に惚れていたのかもしれん。そして、山南王妃は母親によく似ていたのだろう」
堂之比屋が酒と料理を持ってやって来た。酒はヤマトゥの酒だった。久米島は中山王と交易をしている。米やシビグァーなどを持って行って、ヤマトゥの品々や明国の品々と交換していた。ヤマトゥの酒もそうやって手に入れたのだろう。サハチたちは遠慮なく御馳走になった。
「ウシャ(タブチの次男、喜屋武按司)はどうしているのですか」とサハチはタブチに聞いた。
「ウシャは『カマンタ(エイ)捕り』をやっているんじゃよ」
「えっ!」とサハチは驚いた。
「この島に来た当初は退屈だと嘆いていたんじゃが、海に出て、カマンタ捕りをしているウミンチュ(漁師)と出会ってな。今は夢中になって海に潜っているんじゃ。ナーグスクの倅も一緒にやっておるんじゃよ。そのウミンチュは若い頃、『馬天浜』でカマンタ捕りをやっていたらしい。今でも、捕ったカマンタは馬天浜に持って行くそうじゃ」
「久し振りに俺たちも潜るか」とウニタキが楽しそうに言った。
「おや、これは『豚の肉(うゎーぬしし)』ではありませんか」とファイチが料理をつまんで言った。
「この島では古くから『豚』を飼っているんじゃよ」とタブチが言った。
「えっ!」とサハチは驚いて、料理に手を出した。確かに豚の肉だった。
「どうして、『豚』を飼っているのですか」とサハチは堂之比屋に聞いた。
タブチの奥さんと話をしていた堂之比屋は振り向いてサハチたちを見た。
「久米島は古くから唐人と取り引きをしておりましたので、唐人が持って来た『豚』を飼育するようになったのです。いつも、豚の肉を食べているわけではありませんが、お祝い事の時はいただいております。今回は突然の事でしたので、塩漬け(すーちかー)の豚の肉を使いました」
「久米島で『豚』の飼育をしていたとは驚きました」とファイチは言って、うまそうに豚の肉を食べた。
安須森ヌルたちが帰って来て、急に賑やかになった。『ミカ』と『チヌムイ』とミカの母親も一緒に来た。三人は近くの家で暮らしているという。少し遅れて、八重瀬ヌルも顔を出した。
日に焼けて真っ黒な顔をしたウシャも帰って来て、サハチたちを見て驚いた。
タブチがウシャとチヌムイ、ミカと母親、八重瀬ヌルにエータルーの戦死を知らせて、皆は驚き、悲しんだ。
「明日、『ニシタキ(北岳)』に登る事になったわ」と安須森ヌルがサハチに言った。
「そうか。俺たちは島を散策するよ。ミカも元気そうだな」
「弓矢を持って山の中を走り回っているみたい。ヌルというよりも猟師(やまんちゅ)みたいよ。でも、『クイシヌ様』にとても気に入られているわ。明日はミカも一緒に行くのよ」
「そうか。『クイシヌ様』というのはどんな人なんだ?」
「あたしと同じ位の年齢(とぅし)で、ヌルとしての『シジ』は相当なものよ。でも、偉そうな素振りはまったくないし、気さくに村(しま)の人たちと接しているわ。細かい事にはこだわらないみたいで、屋敷の中はいつも散らかっていて、村の人たちが掃除をしていたみたい。今は八重瀬ヌルが掃除や食事の面倒を見ているわ」
「今までは食事の面倒も村の人たちがやっていたのか」
「そうらしいわ。村の人たちが野良仕事が忙しくて、食事を持って来ないと何も食べないでいるみたい。二、三日は何も食べなくても平気な顔をしているんですって」
「面白そうなヌルだな」
サハチがそう言うと安須森ヌルはサハチを見つめた。
「お兄さん、気をつけた方がいいわ。『クイシヌ様』に魂(まぶい)を奪われるかもしれないわ」
「馬鹿な事を言うな」
「だって、お兄さんが惚れそうな人よ」
「なに、お前もヌルに惚れるのか」とウニタキが笑った。
「ファイチの奴、『新垣ヌル』に魂を奪われたようだぞ」
ファイチはでれっとした顔で、新垣ヌルと楽しそうに話をしながら酒を飲んでいた。
「あんなファイチさんを見るのは初めてだわ」と安須森ヌルが呆れた顔をした。