長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-151.久米島(第一稿)

 六月五日、今年最初の進貢船(しんくんしん)が出帆した。南部の戦騒ぎで半年も遅れた船出だった。
 正使はサングルミー(与座大親)、副使は久米村(くみむら)の唐人(とーんちゅ)の韓完義(ハンワンイー)で、クグルーと馬天浜(ばてぃんはま)のシタルーが従者として乗り、各按司の家臣たちも従者として乗っていた。戦で活躍した褒美に、いつもより倍の商品を手に入れた按司たちは、泉州の来遠駅(らいえんえき)で上手い取り引きをして来ようと張り切っていた。
 島添大里(しましいうふざとぅ)の従者はマグルーとウニタキの長男のウニタルだった。二人とも唐旅から帰って来たら婚礼を挙げる事になっている。マグルーの花嫁はンマムイの長女のマウミ、ウニタルの花嫁はサハチの次女、マチルーだった。
 長男のサグルーが山グスクに行き、三男のイハチが具志頭(ぐしちゃん)グスクに行ったので、島添大里グスクにいるのはマグルーだけだった。マグルーが明国に行くとサハチが島添大里グスクを守らなければならなくなるが、シタルー(先代山南王)がいなくなった今、大丈夫だろうと送り出したのだった。
 サムレー大将は首里(すい)十番組の苗代之子(なーしるぬしぃ)(マガーチ)で、浦添(うらしい)一番組のサムレーも一緒に行った。浦添のサムレーたちを率いていたのは飯篠修理亮(いいざさしゅりのすけ)だった。
「しばらく浦添に落ち着いていたので、旅がしたくなりました」と言って修理亮は笑った。
「ヤマトゥは明国との交易をやめてしまった。明国に行った事があれば、ヤマトゥに帰った時に、何かと役に立つだろう。俺は何を見ても驚いたが、ヤマトゥンチュの修理亮が見ても驚く事がいっぱいあるだろう。見聞を広めて来い」とサハチは修理亮を送り出した。
 いつも強気の浦添ヌルのカナが心配そうな顔をして見送っていた。
 進貢船が旅立った二日後、サハチはウニタキ、ファイチと一緒にちょっとした旅に出た。三人で旅をするのは五年前のヤマトゥ旅以来で、行き先は久米島(くみじま)だった。
 七年前に明国に行く時、久米島には寄ったが、港の周辺を見ただけだった。旅の目的はタブチたちの様子を見に行くのとタブチの奥さんを送り届ける事だが、ついでに、島内を散策するつもりだった。
 一緒に行くのは安須森(あしむい)ヌルとササたちだった。ササたちを連れて行くつもりはなかったが、ササが感づいて、一緒に行くと言い出した。
久米島にはアマン姫様の曽孫(ひまご)のクミ姫様がいらっしゃるのよ。挨拶に行かなければならないわ」とササは言った。
 アマン姫の娘に真玉添(まだんすい)姫がいて、真玉添姫の娘にビンダキ姫がいる。ビンダキ姫には三人の娘がいて、長女は母親の跡を継いで、ビンダキヌルとなり、次女はイシャナギ島(石垣島)に行って、ウムトゥヌル(ウムトゥ姫)になり、三女は久米島に行って、ニシタキヌル(クミ姫)になったという。
 ササは首里のビンダキ(弁ヶ岳)のウタキで、ビンダキ姫の神様の声を聞いて、その事を知ったという。イシャナギ島に行く前に、久米島にはどうしても行かなければならないと言った。
 久米島には死んだはずのタブチがいるので、若ヌルたちは連れて行けなかった。彼女たちを信じないわけではないが、ついうっかりとしゃべってしまう危険があった。ササは若ヌルたちをサスカサに預ける事にした。サスカサは安須森若ヌルも預かっていたので、五人の若ヌルの面倒を見なければならなかった。さらに、島添大里グスクの留守も、ナツと一緒に守らなければならなかった。
 ヒューガの船に乗り込んだサハチ、ウニタキ、ファイチは久し振りの旅にウキウキしていた。
琉球に来る時、密貿易船に乗って来たのですが、久米島にも密貿易船が何隻か泊まっていました」とファイチが言った。
久米島に密貿易船?」とサハチは不可解に思って、「久米島で何を仕入れるんだ?」と聞いた。
「シビグァー(タカラガイ)ですよ。明国の僻地に雲南(ユンナン)という所があります。そこではシビグァーが銭(じに)の代わりに使われているそうです。密貿易船はシビグァーを大量に積んで帰って、雲南に持って行って稼ごうとしたのです。久米島は古くからシビグァーの産地として、明国でも有名なようです」
永楽帝(えいらくてい)がシビグァーを欲しがっているのも、そのためだったのか」とサハチは納得した。
雲南は大理(ダーリー)という国だったのですが、洪武帝(こうぶてい)に滅ぼされたのです。雲南には銀が採れる山があるので、領内に組み入れたようです。採れた銀とシビグァーを交換しているのでしょう」
「シビグァーは今でも有力な商品というわけだな」
 話を聞いていたササが、
「シビグァーはシャム(タイ)の国でも銭の代わりとして使われているのよ」と言った。
「なに、シャムの国でもか」とサハチは驚いた。
「武寧(ぶねい)の頃、シャムの船が琉球に来て、大量のシビグァーを積んで帰ったって、安謝大親(あじゃうふや)が言っていたわ」
「シャムの国か。いつかは行かなくてはならんな」とサハチが言うと、
今帰仁(なきじん)攻めが終わったら行こうぜ」とウニタキが楽しそうに言った。
「あたしたちも行くわ」とササが言って、ナナとシンシンを見た。
 二人は嬉しそうにうなづいた。
 断っても無駄だと思ったサハチは笑うだけで何も言わなかった。
 ササたちが、ヒューガと話をしている安須森ヌルの所に行くと、
「昨夜(ゆうべ)、知らせが来たんだが、湧川大主(わくがーうふぬし)の奥さんが亡くなって、鬼界島(ききゃじま)(喜界島)攻めは来年に延期になったようだ」とウニタキが言った。
「亡くなったか‥‥‥」
「病弱な人だったが、面倒見のいい人だったようだ。鬼界島で戦死した兵たちの家族たちにも一人一人きちんと挨拶に回っていたという。奥さんが亡くなった日、今帰仁の城下はシーンとなって、皆が悲しんでいたそうだ」
「そうか。会った事はないが、遠くから冥福(めいふく)を祈ろう」
 サハチは北を向くと両手を合わせた。
 天気はよかったが風に恵まれず、その日はキラマの島に泊まった。サハチがまた来たので、マニウシたちは驚いた。サハチはマニウシに、長男の外間親方(ふかまうやかた)が今帰仁攻めが終わったら、この島に来て、マニウシの跡を継ぐと言った事を伝えた。
「なに、シラタルが跡を継ぐと言ったのか」とマニウシは驚いた。
「外間親方も久高島の事を心配していて、今帰仁攻めが終わったら、久高島に帰ろうかと考えていたようです。親父が帰るのなら、俺がこの島に来て、親父の跡を継ぐと言いました」
「そうか。シラタルが来てくれるか」
 マニウシは妻と一緒に喜んだ。
 サハチは何も気づかなかったが、ウニタキとアニーの様子が変だとファイチが言った。ファイチに言われて二人を見ると、何となく変だった。
「アニーと何かあったのか」とサハチが聞くと、
「何もない」とウニタキは言ったが、サハチは気になってアミーにも聞いてみた。
 アミーはしばらく黙っていたが、「何もないわ」と笑った。
 ウニタキがアミーを口説いて、ふられたのかもしれないとサハチは思った。
 次の日の正午(ひる)頃、久米島に着いた。サハチは一節切(ひとよぎり)、ウニタキは三弦(サンシェン)、ファイチはヘグム(奚琴)を持って来ていて、船の上で演奏をして船乗りたちに喜ばれた。安須森ヌルとササたちも負けるものかと横笛を吹いて、楽しい船旅となった。
 島の西側、兼(かに)グスクの大港(うふんなとぅ)に着くと役人を乗せた小舟(さぶに)が近づいて来た。翁長之子(うながぬしぃ)と名乗った役人はヒューガを知っていて、サハチがいる事に驚いた。
「大げさな出迎えはいらない。ただ、隠居してこの島に来た者たちに会いに来ただけだ」とサハチは言った。
 翁長之子は恐縮して、サハチたちが上陸すると、兼グスク之比屋(ぬひや)という長老のもとへ連れて行ってくれた。ヒューガは五日後に迎えに来ると言って帰って行った。
「進貢船の正使を務めていた八重瀬(えーじ)殿(タブチ)が隠居して、この島に来るなんて驚きました」と翁長之子は歩きながら言った。
「八重瀬殿の家族たちは堂之比屋(どうぬひや)殿に頼んで、ナーグスク大主殿の家族たちは兼グスク之比屋殿に頼みました」
「この辺りを兼グスクと呼んでいるのは、兼グスクというグスクがあるのか」とサハチは翁長之子に聞いた。
「昔、あったようです。浦添から来た役人がグスクを築いて、大港を管理していたようです。その役人の子孫が兼グスク之比屋です」
「そのグスクを築いたのは、いつ頃の事なんだ?」
「今の兼グスク之比屋は七代目だと言っていますので、百年、いや、もっと前の事だと思います」
 ここにグスクを築かせたのは英祖(えいそ)かもしれないとサハチは思った。
 兼グスク之比屋は長老らしい立派な屋敷に住んでいた。長老と呼ばれる程の年齢ではなく、五十歳前後の男だった。サハチが中山王(ちゅうさんおう)の世子(せいし)だと知ると一瞬驚いたようだったが、にこやかに笑って歓迎してくれた。
 サハチが思っていた通り、兼グスクを築いたのは英祖の家臣だった。その頃、久米島には宋(そう)の国の商人たちがタカラガイヤコウガイを求めてやって来ていて賑わっていたという。やがて、宋の国が元(げん)の国に滅ぼされると商人たちも来なくなった。そして、琉球が戦世(いくさゆ)になると、久米島にいた役人たちも忘れ去られてしまい、この島に土着したらしい。
 サハチが久米島の歴史をもっと知りたいと言ったら、北目之大主(にしみぬうふぬし)を紹介しますと言った。北目之大主は先代の北目之比屋(にしみぬひや)で、隠居して、過去の事を色々と調べているという。
 サハチたちは兼グスク之比屋の案内で、ナーグスク大主たちが住む屋敷に行った。思っていたよりも立派な屋敷で暮らしていたので、サハチは安心した。
 ナーグスク大主は留守だったが、奥さんが出て来て、タブチの奥さんと再会を喜んだ。ナーグスク大主はお世話になっている村(しま)の人たちのために、野良(のら)仕事を手伝っているという。
按司の息子に生まれたため、按司になってしまったけど、若い頃から田畑で働きたかったと言っていました。按司だった頃はいつも難しい顔をしていましたが、この島に来てからは毎日、楽しそうに笑っています。毎晩のように村の人たちがやって来て、一緒にお酒を飲んで騒いでいますよ」
 そう言って奥さんは楽しそうに笑った。
 安須森ヌルから玻名(はな)グスクの事を聞いたナーグスク按司の妻は、泣き叫びながら屋敷の中に入って行った。ナーグスク按司の妻は玻名グスク按司の妹で、父と二人の兄を失い、生まれ育った玻名グスクも失っていた。
 ナーグスク大主の奥さんも長男の伊敷按司(いしきあじ)が戦死したと聞いて悲しんだ。真壁按司(まかびあじ)の娘だった奥さんは、二人の兄、山グスク大主と真壁大主も失っていた。
 日が暮れないうちに、タブチに会いたかったので、また改めて来ると言って、サハチたちはナーグスク大主の屋敷をあとにして、兼グスク之比屋の案内で、北目之大主に会いに向かった。タブチのいる堂の村(しま)は北目(西銘)の村よりもさらに北にあるらしい。
 北目の村には四半時(しはんとき)(三十分)も掛からなかった。右側に山々が連なっているのが見え、「あの山がニシタキかしら?」とササが言った。
「手前にあるのが富祖古岳(ふーくたき)、その奥が大岳(うふたき)、右の方にある一番高い山がニシタキ(北岳)です」と兼グスク之比屋が説明して、「どの山も神聖な山ですので、ヌルの許可がなくては山には入れません」と言った。
「ニシタキにクミ姫様の神様がいらっしゃるのですね?」とササが聞いたら、兼グスク之比屋は首を傾げてから、
「クミ姫様かどうかは存じませんが、この島の神様はニシタキにいらっしゃいます。堂の村はニシタキの向こう側にあります」と言った。
 古いウタキらしいこんもりとした森の裾野に北目之大主の屋敷はあった。その屋敷の隣りに新垣(あらかき)ヌルの屋敷があり、安須森ヌルとササたちは新垣ヌルに挨拶に行った。サハチたちは北目之大主に歓迎されて、久米島の歴史を聞いた。
「あまりにも昔の事なので、本当かどうかはわかりませんが、南の国からこの島に米が伝わって、それが琉球に伝わって、さらに北上して、奄美の島々に伝わって、ヤマトゥの国にも伝わったようです」と北目之大主はシワに囲まれた目を輝かせて言った。
「それで、米(くみ)の島と呼ばれるようになったのですね」とサハチが言うと、北目之大主は首を振った。
「そうではないようです。米の事を昔はヨネと言っていました。米がヨネと呼ばれていた頃も、この島はクミ島と呼ばれていたようです。クミには米とは別の意味があるようですが、今となってはわかりません。稲作を始めたのと同時に、貝の交易もして、この島は栄えて行きます。島で採れるシビグァーやヤクゲー(ヤコウガイ)を求めて唐人(とーんちゅ)たちが大勢やって来て、唐の品々と交換していたのです。ヤマトゥからも貝殻を求めてやって来たようです。あちこちの海辺で、古い土器や古い銭が見つかっています」
「それほど栄えていたのに、王様とかは現れなかったのですか」とファイチが聞いた。
「王様も按司も現れません。昔からこの島はニシタキのクイシヌ様が治めております。クイシヌ様のお告げに従って、この島を守って参りました」
「この島の主(ぬし)になって、シビグァーを独り占めにしようとする悪い奴は来なかったのですか」とウニタキが聞いた。
「そんな輩(やから)もいたようですが、皆、神罰が下って退散しました」
神罰とはどんな事が起こったのですか」とウニタキが興味深そうな顔をして聞いた。
「台風にやられて逃げて行った者もいたようです。雷に打たれて亡くなった者もいたようです。この島の東方(あがりかた)に御願干瀬(うがんびし)(はての浜)があって、そこはシビグァーの産地です。それを独占しようと近くの山にグスクを築いた塩原按司(すはらあじ)というのがいましたが、琉球から来た中山王の察度(さとぅ)の兵に滅ぼされました。その後は按司が現れる事もなく、平和に暮らしております」
「クイシヌ様というのはヌルですか」とサハチは聞いた。
「そうです。ニシタキにおられる久米島の神様にお仕えしています。昔はこの村(しま)にお屋敷があったそうですが、今は堂の村にお屋敷があります」
「クイシヌ様はいつからこの島にいるのですか」
「遙か昔からおられます」
「という事は代々、クイシヌ様を継いでいるという事ですね。娘さんが跡を継ぐのですか」
「実の娘とは限りません。選ばれた娘が跡を継ぐ事になります。クイシヌ様を継ぐには高いシジ(霊力)が必要です。神様の声が聞こえない者には務まりません。選ばれた娘は神様に導かれてニシタキに登ります。そして、厳しい修行の末に跡を継ぐ事になります」
「今まで途絶えた事はないのですか」とファイチが聞いた。
「途絶えそうになった事はあったようです。でも、クイシヌ様がお亡くなりになったあと、クイシヌ様にお仕えしていたヌルが神懸(かみがか)りして、跡を継いだようです」
「クイシヌ様には夫はいるのですか」とウニタキが聞いた。
「神様に選ばれた男が夫になる事もあります。今のクイシヌ様は先代のクイシヌ様の娘です。今のクイシヌ様は四十歳を過ぎましたが、夫になる男は現れませんでした。跡を継ぐ若ヌルもいませんので、皆が心配していましたが、去年、琉球から来られた李白法師(りーばいほうし)殿(タブチ)の娘さんが跡継ぎになりそうです」
「なに、ミカがクイシヌ様の跡継ぎなのか」とサハチは驚いた。
 ウニタキとファイチも驚いていた。
「まだ正式には決まっておりませんが、クイシヌ様はミカ様を大層可愛がっておられます」
 ヌルとしてのミカをサハチは知らないが、ヂャンサンフォンのもとで修行をしているので、シジも高いのかもしれなかった。
「クイシヌ様に会う事はできるのですか」とウニタキが聞いた。
「お山に入っていなければ会う事はできます。この島を治めているヌルですが、豪華な宮殿に暮らしているわけではありません。普通のヌルと同じような暮らしをしていますので、誰でも会う事はできます。琉球から来られたお方なら歓迎してくれるでしょう」
 サハチたちは北目之大主にお礼を言って別れ、隣りの新垣ヌルの屋敷に行った。
 安須森ヌルもササたちもいなかった。お婆が出て来て、ヌル様はお客様を連れて、新垣森(あらかきむい)のウタキに行ったと言った。ウタキに男は入れないので、サハチたちは帰って来るのを待った。
 しばらくして帰って来たササは、サハチを見ると、「凄い事がわかったのよ」と興奮した口調で言った。
「よほど重要な事らしいな」とウニタキが笑った。
「そうよ。すごく重要な事よ」
 そう言ってササは深呼吸をしてから話を続けた。
「この裏にある古いウタキは、琉球から来られたクミ姫様がしばらく暮らしていた場所なのよ。でも、クミ姫様は一人じゃなかったの。お姉さんのウムトゥ姫様も一緒にいたのよ。やがて、クミ姫様はニシタキに登って、ウムトゥ姫様は南にあるアーラタキに登ったの。でも、アーラタキはニシタキよりも低いので、お姉さんとしては我慢できなかったみたい。それで、ウムトゥ姫様はイシャナギ島に行ったのよ」
 ササは興奮したままそう言うが、サハチたちには何が重要なのかわからなかった。
按司様(あじぬめー)、わからないの?」
 サハチはウニタキとファイチを見てから首を傾げた。
「ウムトゥ姫様はここからイシャナギ島に行ったのよ。その跡をたどって行けばイシャナギ島に行けるのよ」
「そうかもしれんが、どうやって、たどって行くんだ?」とサハチは聞いた。
「それはまだわからないけど、ここからイシャナギ島に行ける事は確かだわ。一歩、前進したのよ」
「そのイシャナギ島というのはミャーク(宮古島)の近くにあるのか」
「近くのはずよ。島がいくつもあって、島伝いに行けるはずだわ」
「そろそろ行きましょう」とファイチが言った。
「そうだな」とサハチがうなづいた時、ファイチをじっと見つめている新垣ヌルに気づいた。
 サハチはウニタキに新垣ヌルを見ろと目で合図をした。ウニタキは新垣ヌルを見て、そして、ファイチを見て笑った。
 安須森ヌルが新垣ヌルにお礼を言って別れようとしたら、新垣ヌルも一緒に行くと言った。
「久し振りにクイシヌ様にご挨拶に行くわ」と言ったので、兼グスク之比屋は新垣ヌルに案内を頼んだ。
 サハチたちは兼グスク之比屋にお礼を言って別れた。
 富祖古岳、大岳を右に見ながら北上して、大岳からニシタキに連なる山々を右に見ながら東へと向かった。
 ファイチは新垣ヌルと仲よく話をしながら歩いていた。
「ファイチは新垣ヌルのマレビト神だぞ」とウニタキがサハチに言った。
「間違いないな」とサハチは二人を見ながら笑った。
「年の頃は三十ちょっとといった所か。なかなかの美人(チュラー)だし、ファイチが羨ましいよ」
「しかし、ヌルに惚れられたらあとが怖いぞ。ファイチはこの島から帰れないかもしれないな」
「そいつはうまくないだろう」
「別れられなければ、一緒に琉球に連れて行くさ」
「それもまずいな。来月にメイファンがやって来る。騒ぎになるぞ」
 景色を見ながらのんびり歩いたが、一時(いっとき)(二時間)も掛からないうちに堂の村に着いた。
 新垣ヌルの案内で、堂之比屋の屋敷に向かい、堂之比屋の案内で、タブチたちが暮らしている屋敷に向かった。
 屋敷の庭に入って驚いた。大勢の子供たちがいて、タブチから読み書きを教わっていた。タブチは相変わらずの坊主頭で、サハチたちに気づくと目を丸くして驚き、嬉しそうな顔をして屋敷から庭に降りて来た。
「島添大里(しましいうふざとぅ)殿、よく来てくれたのう」
「奥さんをお連れしました」
「そうか。すまんのう」と言って、タブチは妻を見た。
「元気そうなので安心しました」と奥さんはタブチを見て嬉しそうに笑った。
「タブチ殿が読み書きのお師匠をしているとは驚きましたよ」とウニタキが言った。
「堂之比屋殿に頼まれてのう。わしの知っている事を子供たちに教えようと決めたんじゃ。いつの日か、この島から進貢船の使者になる者が出るかもしれん」
「期待していますよ。素晴らしい人材を育てて下さい」とサハチは言った。
 今日はこれでおしまいじゃと言ってタブチは子供たちを帰した。
 安須森ヌルとササたちは新垣ヌルと一緒に、ニシタキヌルのクイシヌ様に会いに行った。
 サハチたちは屋敷に上がって、タブチに山南王(さんなんおう)の戦(いくさ)の結末を話した。長男のエータルーの戦死を知ると、
「馬鹿な奴じゃ」とタブチは目を潤ませた。
「タブチ殿もチヌムイも、エータルーと一緒に戦死した事になっています。もし、エータルーが戦死しなかったら、他魯毎(たるむい)はチヌムイを探すために、ここまで兵を送ったかもしれません。エータルーの決断によって、追っ手が来る事はないでしょう。ただ、この島には山南王の進貢船が来ます。ナーグスク殿は見つかっても大丈夫でしょうが、タブチ殿が生きている事は絶対に隠さなくてはなりません」とサハチは言った。
「兼グスクにいる役人たちは、わしの事を知っているからのう。口止めしなくてはならんのう」
「タブチ殿が生きている事を知っているのは数人だけです。中山王の家臣たちも戦死したと思っています。役人たちには俺からも口止めしておきましょう」
「迷惑を掛けてすまんのう」
「チヌムイはどうしています?」とウニタキが聞いた。
「村(しま)の若い者たちに武芸を教えているんじゃよ。ミカはこの島のヌルのクイシヌ様に気に入られてのう。クイシヌ様にお仕えしているんじゃ」
「安須森ヌルになった佐敷ヌルたちがクイシヌ様に会いに行っています」とサハチは言った。
「クイシヌ様というのは凄いヌルらしい。島の者たちは神様のように尊敬しているようじゃ。妹の八重瀬ヌルもクイシヌ様に仕えているんじゃよ。それで、八重瀬グスクは今、どうなっているんじゃ?」
「マタルーが八重瀬按司になりました」
「なに、マタルーが八重瀬按司か」
「エーグルーは新(あら)グスク按司のままです」
「そうか。マタルーなら大丈夫じゃろう。ところで、山南王になった摩文仁(まぶい)じゃが、察度の御神刀(ぐしんとう)を持っていなかったか」
「察度の御神刀?」
 何の事だかサハチにはわからず、ウニタキを見たがウニタキも知らないようだった。
「わしの親父が察度からもらったという刀で、山南王の執務室に飾ってあるんじゃよ。親父はその刀のお陰で、山南王になったと妹の八重瀬ヌルから聞いて、わしはその刀を腰に差して、山南王になる決意を固めたんじゃ。しかし、わしは負け戦をして、大勢の兵を死なせてしまった。あとになってわかったんじゃが、その刀は察度の孫である他魯毎を山南王にするために、わしを利用していたんじゃよ。親父が山南王になったのも、察度の倅の武寧を守るためだったんじゃ。摩文仁が山南王になろうと決心したのも、その刀のせいのような気がするんじゃよ」
他魯毎を山南王にするために、タブチ殿を利用したとはどういう意味ですか」とファイチが聞いた。
他魯毎はずっと豊見(とぅゆみ)グスクにいたので、山南王になるための修行をしておらんのじゃよ。急に山南王になっても何もわからず、重臣たちの言いなりになってしまうかもしれん。それで、試練を与えるために、わしに敵対させたんじゃよ。結果を見れば、他魯毎に敵対していた勢力は一掃された事になる。察度の思い通りになったわけじゃ」
「いつも冷静だった摩文仁が、周りが見えなくなって山南王に執着したのも、察度の御神刀のせいかもしれませんね」とサハチは言った。
「ちょっと待て、摩文仁だって察度の息子だろう。どうして、息子よりも孫を選んだんだ?」とウニタキが聞いた。
摩文仁よりも山南王妃の方が察度にとっては可愛かったんじゃないですか」とファイチが言った。
「そうかもしれん」とサハチも思った。
「山南王妃の母親は武寧と同じ高麗美人(こーれーちゅらー)だ。その高麗美人は、察度の最初の妻が亡くなったあと、王妃になっている。察度はその高麗美人に惚れていたのかもしれん。そして、山南王妃は母親によく似ていたのだろう」
 堂之比屋が酒と料理を持ってやって来た。酒はヤマトゥの酒だった。久米島は中山王と交易をしている。米やシビグァーなどを持って行って、ヤマトゥの品々や明国の品々と交換していた。ヤマトゥの酒もそうやって手に入れたのだろう。サハチたちは遠慮なく御馳走になった。
「ウシャ(喜屋武按司)はどうしているんですか」とサハチはタブチに聞いた。
「ウシャはカマンタ(エイ)捕りをやっているんじゃよ」
「えっ!」とサハチは驚いた。
「この島に来た当初は退屈だと嘆いていたんじゃが、海に出て、カマンタ捕りをしているウミンチュと出会ってな。今は夢中になって海に潜っているんじゃ。ナーグスクの倅も一緒にやっておるんじゃよ。そのウミンチュは若い頃、馬天浜でカマンタ捕りをやっていたらしい。今でも、捕ったカマンタは馬天浜に持って行くそうじゃ」
「久し振りに俺たちも潜るか」とウニタキが楽しそうに言った。
「おや、これは豚(うゎー)の肉(しし)ではありませんか」とファイチが言った。
「この島では古くから豚を飼っているんじゃよ」とタブチが言った。
「えっ!」とサハチは驚いて、料理に手を出した。確かに豚の肉だった。
「どうして、豚を飼っているんですか」とサハチは堂之比屋に聞いた。
 タブチの奥さんと話をしていた堂之比屋は振り向いてサハチたちを見た。
久米島は古くから唐人と取り引きをしておりましたので、唐人が持って来た豚を飼育するようになったのです。いつも、豚の肉を食べているわけではありませんが、お祝い事の時はいただいております。今回は突然の事でしたので、塩漬けの豚の肉を使いました」
久米島で豚の飼育をしていたとは驚きました」とファイチは言って、うまそうに豚の肉を食べた。
 安須森ヌルたちが帰って来て、急に賑やかになった。ミカとチヌムイとミカの母親も一緒に来た。三人は近くの家で暮らしているという。少し遅れて、八重瀬ヌルも顔を出した。
 日に焼けて真っ黒な顔をしたウシャも帰って来て、サハチたちを見て驚いた。
 タブチがウシャとチヌムイ、ミカと母親、八重瀬ヌルにエータルーの戦死を知らせ、皆は驚き、悲しんだ。
「明日、ニシタキ(北岳)に登る事になったわ」と安須森ヌルがサハチに言った。
「そうか。俺たちは島を散策するよ。ミカも元気そうだな」
「弓矢を持って山の中を走り回っているみたい。ヌルというよりも猟師(やまんちゅ)みたいよ。でも、クイシヌ様にとても気に入られているわ。明日はミカも一緒に行くのよ」
「そうか。クイシヌ様というのはどんな人なんだ?」
「あたしと同じ位の年齢(とぅし)で、ヌルとしてのシジは相当なものよ。でも、偉そうな素振りはまったくないし、気さくに村(しま)の人たちと接しているわ。細かい事にはこだわらないみたいで、屋敷の中はいつも散らかっていて、村の女たちが掃除をしていたみたい。今は八重瀬ヌルが掃除や食事の面倒を見ているわ」
「今までは食事の面倒も村の女たちがやっていたのか」
「そうらしいわ。村の女たちが野良仕事が忙しくて食事を持って来ないと何も食べないでいるみたい。二、三日は何も食べなくても平気な顔をしているんですって」
「面白そうなヌルだな」
 サハチがそう言うと安須森ヌルはサハチを見つめた。
「お兄さん、気をつけた方がいいわ。クイシヌ様に魂(まぶい)を奪われるかもしれないわ」
「馬鹿な事を言うな」
「だって、お兄さんが惚れそうな人よ」
「なに、お前もヌルに惚れるのか」とウニタキが笑った。
「ファイチの奴、新垣ヌルに魂を奪われたようだぞ」
 ファイチはでれっとした顔で、新垣ヌルと楽しそうに話をしながら酒を飲んでいた。
「あんなファイチさんを見るのは初めてだわ」と安須森ヌルが呆れた顔をした。