長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-156.南の島を探しに(第一稿)

 十五夜の宴(うたげ)の翌日、台風が来た。それほど大きな台風ではなかったが海は荒れて、大里(うふざとぅ)ヌルとフカマヌルは久高島(くだかじま)に帰れなかった。
 大里ヌルは二階堂右馬助(にかいどううまのすけ)と一緒にどこかに行ってしまい、二日後に島添大里(しましいうふざとぅ)グスクに戻って来て、右馬助を連れて久高島に帰って行った。
「右馬助は大里ヌルに骨抜きにされるな」とウニタキはニヤニヤ笑ったあと、「羽地按司(はにじあじ)が亡くなった」と言った。
 羽地按司は体調を崩して二か月近く寝込んでいて、急に苦しみ出したと思ったら、そのまま亡くなってしまったらしい。六十一歳だった。湧川大主(わくがーうふぬし)の義弟の若按司が跡を継いだ。義弟といっても湧川大主の妻はすでに亡くなっているので、強いつながりがあるわけではない。若按司の妻は恩納按司(うんなあじ)と金武按司(きんあじ)の姉なので、二人を利用すれば寝返らせる事もできるかもしれなかった。
 八月の末、旅芸人たちがキラマ(慶良間)の島に行った。ササたち、シーハイイェンたち、スヒターたち、リェンリーたちも一緒に行った。もうすぐササたちは南の島を探しに行くので、シーハイイェンたちとのお別れの旅でもあった。
 キラマの島から帰って来たササから、アミーのお腹が大きくなっていると聞いてサハチは驚いた。相手は誰だと聞いても教えてくれなかったという。相手が修行者だったら放ってはおけないと思い、サハチはウニタキに相談した。
「修行者の男とそんな仲になるなんて、アミーを見損なったよ」とサハチが言うと、
「相手は修行者じゃない」とウニタキは言った。
 困ったような顔をしているウニタキを見て、
「まさか‥‥‥」とサハチは言った。
 ウニタキはうなづいて、「俺なんだ」と白状した。
「お前、アミーとそんな仲になっていたのか」
 ウニタキは首を振った。
「アミーは子供が欲しかったんだよ。自分の跡を継ぐ娘がな。たまたま、俺が選ばれてしまったんだ。正月にシタルーの死を知らせに行った時だ。俺は二人を連れて帰るつもりだった。ユーナは女子(いなぐ)サムレーに戻して、アミーは配下にしようと思っていたんだ。ユーナは喜んで帰ると言ったが、アミーは島に残ると言った。それでも俺は諦めずにアミーを口説いた。アミーを今帰仁(なきじん)の『まるずや』に入れて、山北王(さんほくおう)の離間策に使おうと思っていたんだ。アミーは俺を隠れ家に連れて行った。快適なガマ(洞窟)だったよ。そこで、酒を飲みながら『三星党(みちぶしとー)』に入ってくれって頼んだんだ。そしたら、アミーが子供が欲しいって言い出して、あとは成り行きで抱いてしまったんだよ」
「成り行きで抱いたのか」
「アミーはいい女だ。アミーから言い寄られたら、お前だって抱いただろう」
 確かに、ウニタキの言う通りだった。アミーに言い寄られて断る勇気はサハチにもなかった。
 サハチは溜め息をついて、
「これからどうするつもりなんだ」と聞いた。
「アミーのお腹の子供の父親が、修行者たちではないという事をはっきりさせておかなければならないだろう」
「父親は俺なんだが、島の者たちに知られたらうまくない。いつの日か、チルーの耳に入ってしまうだろう」
「お前、正月に島に行った時、一人だったのか」
「いや、配下の者を二人連れて行った。与論島(ゆんぬじま)に連れて行ったウクシラーとサティだ」
「二人のうちのどっちかを父親にしたらどうだ?」とサハチは言った。
「子供が生まれたあと、そいつを島に連れて行って、父親だと名乗らせるんだ」
「しかしなあ、俺の子だぞ。父親だと名乗れないのは辛い」
「それなら名乗り出ればいい」
 参ったなあといった顔をしてウニタキは首を振った。
 その翌日、具志頭按司(ぐしちゃんあじ)のイハチの妻、チミーが男の子を産んだ。イハチの長男はマハチと名付けられ、跡継ぎが生まれてよかったと具志頭の人たちに祝福された。
 九月になって、ササたちはビンダキ(弁ヶ岳)に行って、ビンダキ姫の神様にイシャナギ島(石垣島)のウムトゥ姫を呼んでほしいと頼んだ。母親のビンダキ姫は呼んでくれたが、ウムトゥ姫は来なかった。
「蚊(がじゃん)の退治で忙しいのかもしれないわね」とビンダキ姫は言った。
「蚊の退治?」とササは聞いた。
「イシャナギ島では蚊に刺されると熱病に罹って、大勢の島人(しまんちゅ)が亡くなったって、この前に来た時に言っていたわ」
 ウムトゥ姫が来てくれないので、ミャーク(宮古島)に行くサシバを頼りに行かなければならなかった。一緒に行ってくれるユンヌ姫とアキシヌに活躍してもらうしかなかった。
 ヤマトゥから帰って来たユンヌ姫はヤマトゥの様子をササたちに教えてくれた。
 御台所様(みだいどころさま)(将軍義持の妻、日野栄子)は去年の十月に女の子を無事に産んで、健やかに育っている。将軍様は二日前に伊勢参詣に出掛けたけど御台所様は行かなかった。高橋殿は行ったという。
「タミーはどうしているの?」とササは聞いた。
「お祖母(ばあ)様(豊玉姫)のお墓に行ったけど、伯母様(玉依姫)はいなかったわ。京都に着いて、船岡山に行ったけど、お祖父(じい)様(スサノオ)もいなかったの。次の日もハマと一緒に行ったけど、お祖父様はいなかったわ。それから毎日、タミーとハマは船岡山に通ったのよ。雨の日も休まずにね。一か月が経った頃、高橋殿が気の毒がって、等持寺(とうじじ)にいた二人を高橋殿の屋敷に移したのよ」
「タミーは一か月も船岡山に通ったの?」
「一か月どころじゃないわ。七月の初めに京都に着いて、お祖父様の声が聞こえたのは八月の半ば過ぎだったわ」
スサノオの神様はどこに行っていたの?」
「出雲(いづも)に帰っているんだと思って探したんだけどいなかったのよ。出雲の奥さんの稲田姫(いなだひめ)様に聞いたら六月に出掛けたきり、どこに行ったのか帰って来ないって言っていたわ。やっと帰って来たお祖父様に聞いたら、久米島(くみじま)にいたっていうから驚いたわ。サハチの一節切(ひとよぎり)を聞いて久米島に行って、それからずっと久米島にいたのよ」
「えっ!」とササは驚いて、「久米島で何をしていたの?」と聞いた。
「クミ姫とその三人の娘たちと一緒にお酒を飲んでいたんですって。お祖父様は言わなかったけど、もしかしたら、クイシヌも一緒にいたんじゃないかしら」
「まったく、何をやっているのよ」とササは言って、十五夜の宴の時、スサノオの神様の声を聞いたのを思い出した。あの時、帰って行ったんだわと思った。
スサノオの神様の声を聞いてから、タミーはどうしたの?」
「タミーがお祖父様の声を聞く事ができるってわかって、高橋殿はタミーとハマを御所に連れて行って、御台所様と会わせたの。二人は恐縮して顔も上げられなかったけど、御台所様は二人から琉球の話やササの事を聞いて喜んでいたわ。その後は高橋殿の屋敷に滞在して、京都見物を楽しんでいたわ。八月の末に、戦(いくさ)が起こるってタミーは高橋殿に言ったの。高橋殿は驚いて、タミーから話を聞いて、将軍様の伊勢参詣が決まったのよ。伊勢にいる北畠(きたばたけ)という武将が反乱を起こす気配があるので、それを偵察するために将軍様は兵を率いて出掛けたのよ。高橋殿もタミーとハマを連れて一緒に行ったわ」
「タミーが戦を予言したの?」
「そうよ。タミーは先に起こる事がわかるようね。それだけじゃなくて、面倒見もいいわ。お祖父様の声を聞くまでの一か月半、タミーは色々な神様に声を掛けられて、それに一々応えていたのよ。船岡山は流行り病(やまい)で亡くなった人たちが葬られていたから、そういう人たちがタミーに声を掛けてきたの。タミーは親身になって話を聞いてやっていたわ。あの山で殺された源氏の武将も出て来たようだけど、タミーは恐れることなく話を聞いていたわ。ハマもしぶとかったわね。神様の声が聞こえないのに、毎日、タミーにつき合ってお祈りを捧げていたのよ。一か月が過ぎた頃、ハマにも神様の声が聞こえるようになって、あたしの声も聞こえるようになったわ」
「ハマも神人(かみんちゅ)になれたのね」とササは喜んだ。
 美里之子(んざとぅぬしぃ)の娘だったハマはササより一つ年上で、父親が越来按司(ぐいくあじ)になった時、ヌルになるための修行を始めた。すでに十七歳になっていた。越来ヌルの指導のもと修行を積んでヌルになったが、神様の声を聞いた事はなかった。十九歳から修行を始めたタミーが神様の声を聞いたと聞いて、ハマはタミーと行動を共にして神人になれたのだった。
「ヤマトゥの戦は大きな戦なの?」
「今の所はまだ起きていないわ。でも、大きな戦になるかもしれないって高橋殿は警戒しているみたい」
「そう。無事に治まってくれるといいわね」
 九月八日の朝、ササたちを乗せた愛洲次郎(あいすじるー)の船はサシバを追って、ミャークを目指して浮島を船出した。ササと一緒に行ったのはシンシン、ナナ、ササの弟子のチチーとウミとミミとマサキ、安須森(あしむい)ヌルと若ヌルのマユ、玻名(はな)グスクヌル、与那原(ゆなばる)の女子サムレーのミーカナとアヤー、愛洲次郎とその家臣たち、そして、ユンヌ姫とアキシノだった。
 玻名グスクヌルはシヌクシヌルになる決心を固めていて、安須森ヌルと一緒に行った。南の島から帰ってきたら、セーファウタキで就任の儀式を行なう予定だった。
 ササたちを見送ったサハチは遭難しないかと心配していたが顔には出さず、ユンヌ姫に、「迷ったら無理をしないで戻って来てくれ」と頼んだ。
「任せてちょうだい」とユンヌ姫は調子よく言った。
「心配しないで下さい」と別の声が言った。
 アキシノの神様のようだった。
「必ず、無事に帰れるように見守っています」
 アキシノは山北王の御先祖様だった。山北王の御先祖様に守ってもらうのは気が引けたが、マチルギの御先祖様でもある事に気づいて、
「よろしくお願いします」とサハチはアキシノを頼った。
 サシバは南西へと飛んで行き、愛洲次郎の船は東風(くち)を受けながらサシバを追って行った。
 船は順調に進んで行ったが、正午(ひる)頃になると、どこを見回しても島影は見えなくなった。今、どの辺りにいるのかわからず、このまま進んでいいのだろうかと不安がよぎった。愛洲次郎が大丈夫だというので、ササは次郎を信じた。
「ジルー、伊勢の北畠って武将を知っている?」とササは次郎に聞いた。
「北畠殿は多気(たげ)の御所様と呼ばれていて、愛洲家も北畠殿に従っています」
「北畠殿が戦を始めるみたいよ」
「やはり、そうですか。南北朝の戦が終わった時、北朝天皇のあとは南朝天皇が即位するという約束だったのに、二年前、北朝天皇が続けて即位したのです。北畠殿が黙ってはいないだろうと思っていましたが、やはり、兵を挙げましたか」
「愛洲家も戦をするの?」
「愛洲家は伊勢の国の南端ですから、戦に巻き込まれないとは思いますが、援軍を送らなければなりません。それと、戦が始まると伊勢参りや熊野詣での人たちも減ってしまうので、稼げなくなってしまいます」
「あなたは帰らなくても大丈夫なの?」
「親父も兄貴も健在ですから大丈夫です。お土産をたんまりと積んで帰れば喜んでくれますよ」
「そう。あなたがいてくれて本当に助かったわ」
「見知らぬ島に行く事ができて、俺も心が弾んでいますよ」
 午後になって風が止まってしまった。ヤマトゥ船には艪(ろ)が付いているので漕ぐ事もできるが、旅に出たばかりで焦る事もないと酒盛りを始めた。旅に酒は付き物なので大量に積んで来ている。ほかにヤマトゥの商品、明国の商品、南蛮(なんばん)(東南アジア)の商品も積んでいて、南の島で交易もするつもりでいた。ミャークの人たちは壊れた鍋(なべ)や釜(かま)などの鉄屑(てつくず)も喜ぶと安謝大親(あじゃうふや)から聞いているので、それも積んでいる。ヤマトゥの刀はどこに持って行っても喜ばれるので、勿論、大量に積んであった。
 酒が飲めない若ヌルたちは笛の稽古に励んでいた。へたくそな笛がピーピー鳴っていたが、誰も文句は言わない。船乗りたちも笑いながら娘たちを見ていた。
 夕方に黒い雲が現れて、大雨が降ってきて雷も鳴り響いた。風も出て来て船は動いたが、波が高くなって船は大揺れした。船室に入った女たちは航海の神様に無事を祈った。若ヌルたちは真っ青な顔をして必死にお祈りを捧げた。
 半時(はんとき)(一時間)ほどで雨はやみ、波も静かになった。船室から出て空を見上げると、降るような星が出ていて、半月も浮かんでいた。
 星を見ていたマグジ(河合孫次郎)が、
「方角は大丈夫です」とササに言った。
「もう半分くらいは来たかしら?」
 マグジは首を振って、「まだ四分の一も来ていませんよ」と笑った。
「先は長いわね」とササは苦笑した。
 星を見ながら船は夜も走っていた。
 翌朝はいい天気だった。東から昇る朝日を眺めながら船が南西に向かっている事を確認した。
「夜の間、順調に進んだの?」とササがマグジに聞くと、マグジはうなづいた。
「もう半分は来ているはずです」
 ササは満足そうに笑って、
「御苦労様」とねぎらった。
 その日の船旅は快適だった。ピトゥ(イルカ)が現れて歓迎してくれた。船の周りを泳ぎ回っているピトゥを見ながら、若ヌルたちはキャーキャー騒いで喜んでいた。
 午後になって船の左側を飛んで行くサシバの群れが小さく見えた。船の進む方角が少しずれていると感じた次郎は方角を少し修正した。その日は暗くなったら船を泊めた。真っ直ぐ進めば夜のうちに着くだろうが、ミャークの周辺には珊瑚礁があるので危険だった。
 三日目の朝、ササはユンヌ姫とアキシノに、
「まだ島影は見えないかしら」と聞いた。
「ちょっと調べてくるわ」と二人は言って先に進んで行った。
 戻って来た二人の神様は、
「もうすぐよ。でも、南に進路を変えた方がいいわ。このまま進むと大きな珊瑚礁にぶつかって座礁しちゃうわ」と言った。
 首里グスクにあった記録にも、ミャークの北にはヤピシ(八重干瀬)という大きな珊瑚礁があるので危険だと書いてあった。
 ササは次郎に知らせて進路を変更させた。
 正午近くになって、小さな島が見えてきた。
「あの島の向こうに大きな島があるわ。きっと、ミャークよ」とユンヌ姫が言った。
「あの島とミャークの間にも珊瑚礁があるから気をつけてね」とアキシノが言った。
「あの島だけど、古い神様がいるわ」とユンヌ姫が言った。
「行かなければならないわね」とササは安須森ヌルに言った。
「久高島みたいな島かしら?」とどことなく神秘的に見える島を見つめながら安須森ヌルが言った。
 珊瑚礁に気をつけながら島の近くまで行って、小舟(さぶに)を下ろして、ササ、シンシン、ナナ、安須森ヌル、ゲンザ(寺田源三郎)の五人が、小島に向かった。
 島の周りには奇妙な形をした岩がいくつも点在していた。南側の砂浜から上陸すると、小さなウタキがあったので、ササたちはひざまづいて挨拶をした。神様の声は聞こえたが、何を言っているのかわからなかった。
 ウミンチュのおかみさんらしい女が近づいて来て声を掛けたが、やはり、意味がわからなかった。
 初めて琉球に来た与那覇勢頭(ゆなぱしず)は言葉が通じなくて、琉球の言葉を学んでから察度(さとぅ)に会ったと聞いていたが、こんなにも言葉が通じないとは思ってもいなかった。何を言ってもお互いに首を傾げるばかりだった。やがて、人々が集まって来て、誰かが何かを思い出したように何事かを言うと、皆が賛成して誰かを呼びに行った。
 連れて来た五十年配の男は琉球の言葉をしゃべった。ガーラという名前で、二十年近く前まで、与那覇勢頭と一緒に琉球に行っていたという。
「与那覇勢頭様はお元気ですか」とササが聞くと、
「今でも船に乗っていて、ターカウ(高雄)まで行っています」とガーラは言った。
「ターカウとはどこです?」
「明国の近くにある大きな島(台湾)です。明国の人は小琉球と呼んでいます」
 ササは絵地図を思い出して、
「ドゥナン(与那国島)の西(いり)にある島ですね」と聞いた。
「そうです」
「何をしにターカウに行くのです?」
「取り引きですよ。ターカウは密貿易の拠点になっていて、各地から海賊たちがやって来て、取り引きをしています。賑やかな所ですよ」
 そんな所があったのかとササは驚き、安須森ヌルと顔を見合わせた。
「この島は神様の島だと聞きましたが、ヌルはいるのですか」と安須森ヌルが聞いた。
 先ほど集まって来た人たちの中に、ウプンマ(大母)と呼ばれるこの島のヌルがいた。ガーラの通訳で、古いウタキでお祈りを捧げたいと言ったが、よそ者をウタキに入れるわけにはいかないと断られた。
 島の名前を聞くと、大神島(うがんじま)だという。古くから神様の島として信仰されているらしい。ウプンマは、刀を腰に差しているササたちを警戒しているようだった。仕方がないのでウタキに入るのは諦めようと思っていたら、ユンヌ姫の声が聞こえた。
「この島の神様は航海の神様で、狩俣(かずまた)から来たのよ」
「狩俣ってどこ?」とササは聞いた。
「ミャークよ。対岸にあるわ」
 ササたちは対岸に見えるミャークを見た。ほとんど平らな島だった。
「途中に珊瑚礁がいっぱいあるからジルーの船では行けないわ。小舟で行った方がいいわよ」
「ありがとう」とササはユンヌ姫にお礼を言ってから首を傾げて、
「ユンヌ姫様はミャークの言葉がわかるの?」と聞いた。
「昔はここも琉球も同じ言葉をしゃべっていたの。でも、長い間、交流がなくなったので、言葉が変化してしまったのよ。古い神様の言葉はササにもわかるはずよ」
「そうなんだ」とササは納得して、ガーラに狩俣に行く事を告げた。
「狩俣にはマズマラーという女按司(うなじゃら)がいます。マズマラーはヌルでもあって、狩俣の按司でもあります」とガーラが言った。
「狩俣はヌルが統治しているのね」
「そうです。この島もそうですが、古くはどこの村(しま)でもヌルが統治していました。戦世(いくさゆ)になってから男の按司が現れたのです。マズマラーの甥にマブクイという船頭(しんどぅー)がいて、わたしと一緒に琉球に行っていますので、琉球の言葉がしゃべれます」
「それは助かるわ」
 ササたちはガーラにお礼を言って、先ほど拝んだウタキで、無事にミャークに着いたお礼を告げた。
「ようこそ、いらっしゃいました」と神様の声が聞こえた。
 ササたちは驚いた。
「この島の神様なんですね?」とササは聞いた。
「そうです。琉球から神様を連れてやって来るなんて、あなたたちは何者なの?」
「ヌルです。琉球の南にミャークという島があると聞いてやって参りました」
「そういえば、琉球から来る人は久し振りね。三十年程前に久米島の兄弟がやって来て以来かしら」
「昔はもっと来ていたのですか」
「そうね。粗末な舟だったけど、今よりは往来はあったわね」
「そうだったのですか」
「あなたたちの目的は何なの?」
琉球の神様なんですけど、アマミキヨ様を御存じですか」
「名前は聞いているけど、随分と古い神様だわ」
アマミキヨ様がどこから来たのか調べているのです。ミャークにアマミキヨ様が来られた形跡はありませんか」
「あなたたち、そんな昔の事を調べるためにやって来たの?」
「そうです」とササが言ったら神様は笑った。
「ミャークを攻めるための偵察じゃないのね?」
「えっ?」とササは驚いた。
 そんな事を言われるなんて思ってもいなかった。
「ミャークを攻めるなんて、そんな事をするわけないじゃないですか。どんな人たちが暮らしているのか見に来ただけです。できれば、交易をしたいとは思っていますけど」
「三十年前、倭寇(わこう)がミャークにやって来て、多くの人が殺されたのよ。二度とあんな悲惨な事を起こしたくはないわ」
「三十年前というと、久米島から兄弟がやって来た頃ですね。その兄弟が倭寇と関係があったのですか」
「その兄弟は関係ないわ。ミャークで戦が起きたので伊良部島(いらうじま)に逃げて、今も無事でいるわ。兄はイシャナギ島に行ったわよ」
「イシャナギ島のウムトゥ姫様を御存じですか」
「勿論、知っているわ。ミャークに来た時はネノハ姫って呼ばれていたわ」
「ネノハ姫?」
「子(ね)(北)の方から来た姫よ。ネノハ姫はヤピシを見て喜んで、池間島(いきゃまじま)にしばらく住んでいたわ。ヤピシで採ったタカラガイ琉球に送っていたのよ」
「イシャナギ島に行ってからウムトゥ姫になったのですね」
「そうよ」
「イシャナギ島で熱病が流行っていると聞きましたが、本当なのですか」
「ヤキー(マラリア)という熱病よ。蚊に刺されるとヤキーになって、大勢の人が亡くなったらしいわ」
「そうでしたか。色々と教えていただいてありがとうございます」
「歓迎するわ」と神様は言って消えてしまった。
 ササたちがお祈りを済ませて立ち上がると、ウプンマが驚いた顔をしてササたちを見ていた。警戒している目付きから優しい眼差しに変わっていた。ウプンマはササたちに向かって両手を合わせて頭を下げた。ササたちも頭を下げて、小舟に乗ると狩俣に向かった。
 半時程で狩俣に着いたが、海岸は岩場が続いていて上陸できなかった。やっと砂浜に上陸して、森と森の間にあった小道を抜けると左側に狩俣の集落が見えた。
 驚いた事に集落は高い石垣で囲まれていた。
大神島の神様が三十年前に大きな戦があったって言っていたけど、今も戦があるのかしら?」と安須森ヌルが言った。
「村全体がグスクみたいね」とナナが言うと、
「明国の都はみんな高い石垣で囲まれているわ」とシンシンが言った。
「明国から来た人が作ったのかしら?」と言ってからササは、「あそこに御門(うじょう)があるわ」と指差した。
 門は閉ざされていて、たたいても何の返事もなかった。ササたちは諦めて石垣に沿って歩いた。しばらく行くと、先ほどよりも大きな御門が見え、門番が立っているのが見えた。
 ササたちが御門の方に行こうとしたら、ガジュマルの木陰にいた老人に声を掛けられた。白髪白髭の仙人のような老人がササたちを見ていた。
 腰に刀を差した女子(いなぐ)サムレーの格好は奇妙に見えるようだ。そして、一緒にいるゲンザは場違いなヤマトゥンチュのサムレーだった。
 声を掛けられても何を言っているのかわからず、ササは『琉球』と『マグクイ』を強調して言った。
琉球から来たのかね?」と老人は琉球の言葉をしゃべった。
 ササたちは驚いて、顔を見合わせた。
「あなたがマグクイ様ですか」とササが聞くと、老人は楽しそうに笑った。
「マグクイはこんな年寄りではないぞ」
「あなたも琉球に行った事があるのですか」と安須森ヌルが聞いた。
「昔の事じゃ。もう五十年も前の事じゃよ」
「そうだったのですか」
「そなたたちは琉球から何をしにミャークに来たんじゃ?」
「二十年前まで、ミャークの人たちは琉球に来ていました。でも、来なくなってしまったので、様子を見に来たのです」とササが言った。
「ほう。琉球からの使者か。しかし、琉球は女子を送って来たのか」
「わたしたちはヌルです。誰も行った事がないミャークに行くには、わたしたちでなければ無理なのです」
「ヌルか。そう言えば津堅島(ちきんじま)にもヌルがいたのう」
津堅島にいたのですか」
「そうじゃ。津堅島でカマンタ(エイ)捕りをしておったんじゃよ」
「えっ!」とササと安須森ヌルは驚いた。
「もしかしたら、サミガー大主(うふぬし)を知っているのではありませんか」と安須森ヌルが聞いた。
「おう、懐かしいのう。確か、馬天浜(ばてぃんはま)じゃったのう。サミガー大主とは何度か、一緒に酒を飲んだ事がある」
「ええっ!」と安須森ヌルとササは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「わたしとササはサミガー大主の孫です」
「何じゃと!」と老人は細い目を見開いて、安須森ヌルとササを見た。
「サミガー大主の孫娘がミャークにやって来たとは驚いた。サミガー大主は元気かね?」
「もう亡くなりました」
「そうか。そうじゃろうのう。あの頃、弓矢の稽古をしていた息子がいたが、その息子が跡を継いだんじゃな?」
「多分、それはわたしの父で、今は琉球の中山王(ちゅうさんおう)になっています」
「なに、サミガー大主の息子が中山王? 中山王は武寧(ぶねい)という察度の倅ではないのか」
「武寧を滅ぼして、父が中山王になったのです。武寧の頃よりも、今の琉球は栄えています。ミャークから使者が来れば大歓迎で迎えます」
「すると、中山王の娘が使者としてミャークに来たというわけか」
「娘と姪です」
 老人は改めて、安須森ヌルとササを見ると、
「よく来て下さった」と言って立ち上がった。
「そなたたちを歓迎する」
 老人は先に立って歩き、御門の所に行った。門番は老人に頭を下げると、どうぞというように両脇に寄った。ササたちは老人と一緒に石垣の中に入った。狭い通りを挟んだ両側に家々がびっしりと建ち並んでいたので、ササたちは驚いた。
「石垣を築いた三十年前は、畑もあったんじゃが、人が増え過ぎて、この有様じゃ。拡張しなければならんのかもしれんのう」と老人は言った。

  

 

 

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