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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-77.武当山の奇跡(第二稿)

 武当山(ウーダンシャン)の山の中で、思紹(ししょう)とクルー、ユンロン(芸蓉)はヂャンサンフォン(張三豊)の指導のもと、武当拳(ウーダンけん)の修行に励んでいた。
 琉球を船出してからすでに三か月余りが過ぎていた。
 三月十八日に浮島を出帆し、二十九日に温州(ウェンジョウ)に着いた。四月十六日にようやく上陸許可が下り、思紹とヂャンサンフォンは使者たちと別れて杭州(ハンジョウ)に向かった。温州から杭州まで十日余りも掛かり、思紹は明国は果てしもなく広いと感じていた。クルーは去年、明国に来ていた。正使のサングルミーの従者として順天府(じゅんてんふ)(北京)まで行っている。従者なので勝手な行動はできず、決められた場所しか行けなかったので、今回、使者たちと別れて、気ままな旅ができるのを喜んでいた。
 四月の末に、杭州の西湖(せいこ)のほとりに建つ優雅な屋敷でメイファンとメイリンに会った。旅の疲れを取って、城壁内の街を散策したりして、のんびり過ごしていたが、ヂャンサンフォンの正体がばれて大騒ぎになった。急遽、そこを離れる事になり、連れて行かれた所は海賊の拠点となっている島だった。
 周りにはいくつもの島が点在していて景色がよく、新鮮な魚介類はうまかった。三姉妹の配下の海賊たちに武芸を教えながら、その島で半月を過ごして武当山に向かったのだった。ユンロンと会ったのはその島で、父親と喧嘩をしたユンロンは一緒に付いてきた。
 武当山は遠かった。それでも寄って行く村々で、ヂャンサンフォンは村人たちに気軽に話しかけ、すぐに仲よくなって、村人たちと一緒に酒を飲んだり騒いだりするのは楽しかった。ヂャンサンフォンは病人や怪我人の治療もして、村人たちに感謝されていた。
 武当山の裾野にあるファイチ(懐機)の妹、ファイホン(懐虹)の家に着いたのは六月の半ばを過ぎていた。突然、現れたヂャンサンフォンを見て、「噂は本当だったのですね」とファイホンは驚いた。
 武当山ではヂャンサンフォンが帰って来るという噂で持ちきりだという。
「それにしても、よくここまで来られましたね」とファイホンは不思議がった。
「道々にはお師匠を迎えるために見張りの者たちが出ていると聞きましたが」
「わしがお山を下りたのは三十年近くも前の事じゃ。すでにわしの顔を知っている者も少なくなっておるのじゃろう。きっと、仙人のような爺さんを捜しているに違いない」
 ファイホンは楽しそうに笑った。
「きっと、そうですね。お師匠はわたしが出会った時から少しも変わっていません」
 ヂャンサンフォンとファイホンは笑っていたが、言葉がわからない思紹とクルーは何を笑っているのかわからなかった。ユンロンが二人の話を訳してくれたが、ユンロンの琉球言葉もまだ中途半端で、何となくわかったような感じだった。
「お山にはお師匠に一目会おうと大勢の道士が集まっています。それと、五龍宮(ウーロンゴン)ですが、よからぬ連中が集まって、何かをたくらんでいるようだとの噂があります」とファイホンはヂャンサンフォンに言った。
「よからぬ者とは何じゃ」
「噂では、先代の皇帝の名を名乗って、世直しをするとか言って騒いでいます」
「先代の皇帝? 亡くなったのではないのか」
「それが、どうも生きているようなのです。五龍宮にいるのが本物かどうかはわかりませんが、大勢の信者が集まって来ています」
「五龍宮にはルーチューユン(廬秋雲)がいたはずじゃが、奴はどうしたんじゃ」
「ルーチューユン様は南岩(ナンヤン)に隠棲なされました。ルーチューユン様がいなくなると、あとを任された道士がよからぬ者たちを呼び集めたのです」
「ルーチューユンはそいつを放っておいたのか」
「ルーチューユン様にも手に負えない状況になってしまったようです。ルーチューユン様のお弟子さんたちも追い出されてしまい、五龍宮はよからぬ者たちに占領されてしまったのです」
「よからぬ者たちというのは何人いるんじゃ」
「噂では二、三百はいるかと」
「一体、何をたくらんでいるんじゃ」
「わかりません」とファイホンは首を振った。
 次の日、ヂャンサンフォンに連れられて、思紹、クルー、ユンロンは武当山に登った。
 山中はサハチが登った時と変わらず、あちこちに破壊されたままの建物が放置されていた。中腹にある紫霄宮(ズーシャオゴン)の跡地には大勢の修行者が武術の稽古に励んでいたが、ヂャンサンフォンに気づく者はいなかった。ただ、思紹を見て、驚く者が何人かいて、ヂャンサンフォンはニヤニヤしながら、そんな様子を眺めていた。
 紫霄宮から曲がりくねった道を登って行くと南岩という所に着いた。あちこちに破壊された建物が無残な姿をさらしている中に小さな庵(いおり)があって、ルーチューユンが修行をしていた。ルーチューユンは髪も髭も真っ白で、まるで仙人のようだった。
 静座していたルーチューユンはヂャンサンフォンの突然の出現に驚き、目を見開いて、「師兄(シージォン)!」と叫び、かしこまって頭を下げた。しかし、頭を下げたのはヂャンサンフォンにではなく、思紹に対してだった。
 ヂャンサンフォンはニヤニヤしながら眺めていた。
 顔を上げたルーチューユンは、「お師匠」と言って、今度はヂャンサンフォンに頭を下げた。お師匠と呼ばれたヂャンサンフォンの方が、ルーチューユンよりもずっと年下に見えた。
 恐る恐る顔を上げたルーチューユンは思紹を見て、「師兄は生きていらっしゃったのですか」と聞いたが、思紹には何を言っているのかわからない。
 ヂャンサンフォンは笑って、「人違いじゃよ」と言った。「しかし、よく似ておるじゃろう」
 ルーチューユンの兄弟子に、ユングーヂェンレン(雲谷真人)という道士がいて、十七年前に亡くなったんだが、その道士に思紹はそっくりなんじゃとヂャンサンフォンは思紹に説明した。
 ヂャンサンフォンが思紹と初めて会った時、誰かに似ていると思ったが、その時は誰だか思い出せなかった。思紹が髪を剃った姿を見た時、弟子のユングーヂェンレンにそっくりだと思い出した。ユングーヂェンレンは全真道(ぜんしんどう)の道士で髪を剃っていた。思紹を武当山に連れて行ったら、ユングーヂェンレンが帰って来たと大騒ぎになるかもしれないとヂャンサンフォンは密かに楽しみにしていたのだった。
 破壊されて荒れ果てていた五龍宮を再興したのがユングーヂェンレンで、ユングーヂェンレンが亡くなった後、跡を継いだのがルーチューユンだった。
「お師匠、申しわけございません。五龍宮をならず者たちに奪われてしまって‥‥‥師兄がわたしを懲らしめるために現れたのかと思い、ぞっといたしました」
 ヂャンサンフォンはルーチューユンから五龍宮の事を詳しく聞いた。
 三年前に華山(ホワシャン)から来たリュフェイ(呂飛)という道士が五龍宮で修行を始めた。真面目に修行に励んでいたリュフェイはルーチューユンに認められて後継者となった。去年、ルーチューユンが南岩に隠棲すると、リュフェイは本性を現して仲間を呼び集め、五龍宮を占領して、世直しと称して信者を集めた。リュフェイは先代の皇帝、建文帝(けんぶんてい)だと名乗り、仲間には白蓮教(びゃくれんきょう)の者たちもいるという。
「本物なのか」とヂャンサンフォンが聞いた。
永楽帝(えいらくてい)に敗れた戦(いくさ)の事を詳しく知っていて、どうやって逃げたのかを話しましたが、多分、偽者でしょう。白蓮教の者というのも怪しい。ただ、信者の数は日を追って増えています。このまま増え続けると、このお山全体が奴らに乗っ取られるかもしれません」
 二人のやり取りをユンロンが訳して、思紹とクルーに話した。五龍宮という所で騒ぎが起こったという事は思紹たちにもわかったが、五龍宮がどこにあるのかユンロンは知らなかった。
 ルーチューユンと別れて、ヂャンサンフォンは先に進んだ。ルーチューユンは別れる時、思紹を見ながら、思紹に何かを言ったが、思紹には意味がわからなかった。
 山道を登りながら思紹は目に映る景色に心を奪われ、山の深さに感激していた。琉球にはこんなにも高い山はないし、奇妙な形をした岩々が雲間に霞んで見える風景は、この世のものとは思えなかった。それに、破壊されているとはいえ、こんな山奥に大きな建物がいくつも建っていた事が信じられなかった。そして、この山は仙人が棲むのにふさわしい霊気のようなものが強く感じられた。
 険しい道を進んで着いた所は朝天宮(チャオティェンゴン)という立派な建物で、そこにもヂャンサンフォンの弟子がいた。弟子のスンビーユン(孫碧雲)はヂャンサンフォンとの再会を、夢でも見ているかのように喜んでいた。
「もう会えないものと覚悟しておりました。三年前に来られた時もお姿を見せませんでしたし、今回も、お師匠がお山に来るとの噂は耳にしましたが、現れないだろうと思っておりました」
「すまなかったのう。あの時は永楽帝が送った役人どもがうろうろしていたんで、お山には登らなかったんじゃよ」
永楽帝はまだ諦めてはおりませんよ。未だにお師匠を捜しています。五日前に宦官(かんがん)がここに来ました。お師匠が武当山に来るという噂を杭州で聞いたそうです。しかし、五龍宮に先代の皇帝を名乗る者が現れて、慌てて帰って行ったようです」
永楽帝が奴らを始末してくれればいいんじゃがのう」
「お師匠が一声掛ければ、弟子たちが大勢集まって来て、奴らを追い出すのはわけない事ですよ」
 ヂャンサンフォンは苦笑した。
「お師匠、そろそろ、お山の再建を考えた方がいいのではないでしょうか。紫霄宮を再建すれば、各地に散ってしまった道士たちを呼び戻せます。みんなが戻って来れば、ならず者どもが入り込む隙もなくなるでしょう」
「再建と言っても、簡単な事ではないぞ」
永楽帝に頼みます」
「皇帝に頼むのか」
「お師匠はどうして、永楽帝と会わないのです。お師匠が会えば、永楽帝は必ず、再建してくれるでしょう」
「一度、宮廷とつながりを持つと、離れたくても離れられなくなるからじゃよ。それに、お山に立派な道観(ダオグァン)(道教寺院)はいらんとわしは考えている。修行を積むには粗末な小屋で充分じゃ」
 ヂャンサンフォンの考えを充分に知っているスンビーユンはそれ以上は何も言わなかった。
 次の日、朝早くから山頂に向かった。どこから現れたのか、あとを付いて来る者がいて、その数がだんだんと増えてきて、山頂に着いた頃には十数人になっていた。その十数人はヂャンサンフォンに挨拶をして、「生きている仙人に出会えて光栄です」と言って喜んでいた。この山で修行をしている道士たちだった。
 山頂には金堂(ジンタン)と呼ばれる銅でできたお堂があって、真武神(ジェンウーシェン)が祀ってあった。思紹もクルーもユンロンも山頂に立派なお堂があるのに驚き、真武神の神々しさに思わず両手を合わせていた。
 山頂からの眺めは素晴らしく、まさに天界を思わせた。思紹は美しい景色を眺めながら、明国に来て本当によかったと感激していた。
 山頂から下りる時、数十人の道士たちも付いて来た。ヂャンサンフォンは途中で、「走るぞ」と言って脇道にそれた。道士たちも追って来たが、ヂャンサンフォンは道とは思えない所を走り、道士たちの尾行をうまく撒いた。
 しばらく行くと川に出て、そこから山に登り、険しい道を進んで行くと眺めのいい草原に着いた。切り立った崖の近くに小屋があり、三年前、サハチたちが修行を積んだ場所だった。
 思紹、クルー、ユンロンの三人はサハチたちと同じように真っ暗闇の洞窟を歩かされ、断食をして呼吸法を教わった。呼吸法を取り入れた武当拳套路(タオルー)も教わった。断食のあと、思紹はまるで生まれ変わったようだと喜んだ。体が軽くなって、以前よりも自由に体が動かせるようになっていた。キラマの島で走り回っていた頃に戻ったようだった。
 クルーは修行に夢中になりながらも、ユンロンの事が気になって仕方がなかった。出会った時からクルーの事を見下して、あれをして、これをしてと命令口調で言い、生意気な女だと思っていたが、それはただ、琉球の言葉をよく知らないためで、一緒に旅をしているうちに可愛い女だと思うようになっていた。
 ユンロンも何事も真面目に取り組むクルーに少しづつ惹かれて行った。稽古が終わったあと、二人はお互いに言葉を教え合った。クルーは船乗りになって、色々な国に行ってみたいと思っているので、真剣に明国の言葉を教わっていた。
 稽古のあと、ヂャンサンフォンはテグム(竹の横笛)を吹いていた。毎日、稽古をしていたお陰で、ようやく思い通りの音が出せるようになっていた。ヂャンサンフォンの吹く幽玄な調べが山の中に静かに響き渡って行った。思紹は黙々と彫り物を彫っていた。武当山の山頂にいた真武神を彫っていた。
 あっという間に一か月が過ぎた。誰もここに来る事はなく、世間とはまったく切り離されて修行に集中できた。
 ヂャンサンフォンは悩んでいた。道士として修行を積むのに立派な道観など必要ないという考えは変わらないが、この武当山道教の山として維持して行くにはやはり道観は必要だった。せめて、破壊される前の状況に戻さない限り、リュフェイのような輩(やから)に占領されてしまう。会いたくはないが、永楽帝に会わなければならないかと思い始めていた。
 山を下りて、ファイホンの家に行くと、ファイホンは、「お山が大変です」と言った。
「また何か起こったのか」とヂャンサンフォンが聞くと、「お師匠がお山に来た事を知ったお弟子さんたちが大勢やって来たのです。それに、亡くなったはずのユングーヂェンレン様が生き返ってお師匠と一緒にお山に来たという噂もあって、ユングーヂェンレン様のお弟子さんたちもやって来ています」とファイホンは興奮して言った。
「お山に行ってみて下さい。あんなにも大勢の人が集まっているのを初めて見ました。集まって来た人たちはお山の悲惨な状況を見て、何とかしなければならないと思ったのでしょう。みんなで瓦礫(がれき)を片付けています」
「なに、瓦礫を片付けているのか」
「凄いですよ。人が大勢集まると瓦礫の山も嘘のように片付けられるんですね。紫霄宮の周辺の瓦礫はすっかり片付けられました」
「そんなにも大勢が集まっているのか」
「詳しい数はわかりませんが、数万人はいると思います」
「数万もか」とヂャンサンフォンは驚いた。
 ユンロンから話を聞いて、思紹とクルーも驚いた。ヂャンサンフォンに会うために数万人もの人が集まって来るなんて、今更ながらヂャンサンフォンの偉大さを思い知っていた。
「ところで、五龍宮のならず者たちはどうなったんじゃ」
「恐れをなして逃げ出したようです。改めて、リューグーチェン(劉古泉)様が五龍宮に入りました」
「なに、リューグーチェンが帰って来たのか」
「ヤンシャンチョン(楊善澄)様もジョウジェンテ(周真德)様も帰って来ています」
「そうか。懐かしいのう」
 その夜、ヂャンサンフォンの弟子が五人、ファイホンの家に訪ねて来た。ヂャンサンフォンは弟子たちと酒を酌み交わして、それぞれが何をしていたかを語り合った。五人の弟子たちは皆、思紹を見て、まさしく、師兄のユングーヂェンレン様だと言っていた。
 翌日、思紹たちはヂャンサンフォンに連れられて、参道ではない山の中を通って、紫霄宮の跡地まで行った。ファイホンが言っていた通り、凄い人出だった。人々をかき分けながら、かつて紫霄宮が建っていた石の高台に近づくと、先に帰っていたヂャンサンフォンの弟子たちが待っていた。
 ヂャンサンフォンと思紹たちは、弟子たちと一緒に石段を登って高台に上がった。高台から見下ろすと、辺り一面、人々で埋まっていた。その人々がヂャンサンフォンを見上げて、手を振り上げて歓声を上げた。歓声はいつまで経っても消えなかった。
「凄いわ」とユンロンが目を丸くして言った。
 思紹もクルーも驚き過ぎて声も出なかった。
 ヂャンサンフォンの弟子たちが静かにするように合図をして、ようやく静まった。
 ヂャンサンフォンが人々に対して何かを言った。思紹には何を言っているのかわからなかったが、体が震えるほどに感動していた。今まで、これほど集まった人々を見た事はなかった。ヂャンサンフォンに会うためだけに、これだけの人が集まっていた。凄い事だった。その凄い出来事の中に、自分がいる事が信じられなかった。
 ヂャンサンフォンの演説が終わるとまた凄い歓声が起こった。思紹はヂャンサンフォンに言われて、右手を振り上げた。するとまた歓声が沸き上がった。
 のちに、この日の事は、『武当山の奇跡』と呼ばれ、永楽帝の耳にも入った。ヂャンサンフォンがまだ生きている事を知った永楽帝は、ヂャンサンフォンのために武当山の道観を再建する事を決心する。二年後の永楽十年、三十万人を動員して、十二年掛かりで武当山の道観を大修築した。破壊される以前の姿以上に立派なたたずまいとなった武当山道教の聖地となって、ヂャンサンフォンの伝説と共に栄えて行く事になる。
「引き上げるぞ」とヂャンサンフォンが言った。
 高台の後ろの方に引き下がり、後ろ側にある石段を下りて山の中に入った。
 そのまま一行は武当山から離れて、北へと向かった。
「どこに行くのですか」と思紹が聞くと、
「華山じゃ」とヂャンサンフォンは言った。
「そこも道教の山なんじゃよ。武当山よりも高くて険しい山じゃ。リュフェイが華山から来たと聞いて、久し振りに行ってみたくなったんじゃよ」
 ヂャンサンフォンが気楽に言うので、華山は近くにあるのかと思っていたら、十二日も掛かって、ようやく華山に着いた。明国は広い。広すぎると思紹はいやになるほど実感していた。
 華山は凄い山だった。奇妙な形をした岩があちこちにあって、洞窟もあちこちにあった。ヂャンサンフォンに連れられて、思紹たちは十日間も山の中を歩き回っていた。歩くというよりは走っていたという方が正しいかもしれない。武当山での一か月の修行のお陰で、体が軽くなり、呼吸が乱れる事もなく、険しい山の中を、まるで平地を走るかのように飛び回っていた。その姿を見た者がいたとしたら、仙人たちが遊び回っていると勘違いしたかもしれなかった。
 華山の山中にも立派な道観があって、そこにいた老師に、ヂャンサンフォンがリュフェイの事を聞いた。リュフェイは子供の頃から華山で修行していて、真面目な男だったのだが、その真面目さが仇(あだ)となって、悪い奴にだまされてしまった。世直しをしなければならないと言って、華山から出て行ったという。
 老師が心配していたので、武当山にしばらくいたようだが、旅に出て行ったとヂャンサンフォンは知らせた。
 華山を発ち、二十日も掛けて応天府(おうてんふ)(南京)に着いた。琉球使者たちは順天府まで行って永楽帝に謁見(えっけん)し、すでに応天府に戻って来ていた。
 思紹たちはファイチの親友のヂュヤンジン(朱洋敬)の屋敷にお世話になり、富楽院(フーレユェン)に行って妓楼『桃香楼(タオシャンロウ)』で遊んだ。ヂャンサンフォンはテグムを吹いて妓女(ジーニュ)たちから喜ばれ、思紹もサハチから笛を習ってくればよかったと後悔した。
 応天府に三日滞在して都見物をして、使者たちと一緒に温州へと向かった。途中、杭州でユンロンと別れた。クルーは別れが辛そうだった。
「来年は必ず、琉球に行くわ」とユンロンはクルーに言った。
「俺もまた明国に来る」とクルーはユンロンに言った。
 手を振って別れたあと、「いい娘だな」と思紹が言った。
 クルーが寂しそうな顔をしてうなづくと、
「ウミトゥクを泣かせるんじゃないぞ」と思紹は言った。
 クルーはハッとなって、妻のウミトゥクを思い出した。
「お土産を買うのを忘れた」とクルーは言った。
「わしもじゃ。温州で何か探そう」と思紹は笑った。

 

 

 

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