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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-79.山南王と山北王の同盟(第二稿)

尚巴志伝 第二部

 十月二十日、糸満(いちまん)の港に今帰仁(なきじん)から『油屋』の船と『材木屋』の船がやって来た。『油屋』の船には、花嫁の山北王(さんほくおう)の長女、マサキとンマムイの妻子が乗っていて、『材木屋』の船には大量の丸太が積んであった。
 迎えに来ていたサムレーたちに守られて、花嫁の一行は島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクまで花嫁行列を行なった。沿道にはヤンバルから来た花嫁を一目見ようと見物人が溢れていた。
 ンマムイは妻子を迎えると、ヤタルー師匠に護衛させて阿波根(あーぐん)グスクに向かわせ、ンマムイ自身は馬に跨がり、花嫁行列を追って島尻大里グスクに向かった。
 花嫁の護衛役として今帰仁から来たのは本部(むとぅぶ)のテーラーだった。最後尾で馬に乗っていたテーラーの横に馬を並べるとンマムイは声を掛けた。
「奥方と子供たちを無事にお連れしましたよ」とテーラーはンマムイを見て笑った。
 ンマムイはお礼を言ったあと、「謹慎は解けたようですね」と聞いた。
「マハニのお陰ですよ。マハニが頼んでくれたのです。南部に来たのは、先々代の中山王(ちゅうさんおう)(察度)の葬儀以来です。もう十五年も前の事になります。あの時は、浮島から上陸して浦添(うらしい)に行ったのですが、随分と変わった事でしょうな」
浦添は寂れましたよ」とンマムイは首を振った。
「中山王の都は浦添から首里(すい)に変わりました。まだ、今帰仁の城下には及びませんが、あと十年もしたら立派な都になるでしょう」
「そうですか。是非、首里に行ってみたいものですな」
「あとで御案内しますよ」
「頼むぞ。夏になるまで帰れんからな。あちこちに連れて行ってくれ」
「えっ、テーラー殿は夏までいるのですか」とンマムイは驚いた。
「陸路では帰れんだろう」とテーラーは苦笑した。
 確かにテーラーの言う通りだった。陸路で帰るには中山王の領内を通らなくてはならない。兵を引き連れて、長い道のりを無事に抜けられるはずはなかった。
 島尻大里グスクに着くと、花嫁の一行と護衛のテーラーたちは客殿に入って一休みした。婚礼の儀式が始まるのは申(さる)の刻(午後四時頃)からだった。ンマムイは一旦、阿波根グスクに帰った。
 山南王(さんなんおう)と山北王の婚礼にふさわしく、華やかな婚礼の儀式だった。招待されたのは山南王の長男の豊見(とぅゆみ)グスク按司次男のジャナムイ、娘婿の長嶺按司(ながんみあじ)、小禄按司(うるくあじ)、瀬長按司(しながあじ)、与座按司(ゆざあじ)、李仲按司(りーぢょんあじ)、伊敷按司(いしきあじ)、真壁按司(まかびあじ)、そして、山北王の代理の本部のテーラーと兼(かに)グスク按司のンマムイだった。参加者は皆、用意されていた明国の官服(かんぷく)を身に付けて婚礼の儀式に参加した。
 花嫁と花婿は明国風の豪華な衣装を身にまとい、島尻大里ヌル、豊見グスクヌル、李仲ヌルの三人のヌルたちは、まるで天女のような薄絹をまとって厳粛に儀式を執り行なった。
 儀式が終わると大広間に移動して、祝宴が開かれ、明国の料理と酒が振る舞われた。皆、御機嫌な顔をして、山南王と山北王が同盟したら、勢いに乗っている中山王の時代も、まもなく終わりになるだろうと豪語していた。城下の遊女屋(じゅりぬやー)の遊女(じゅり)も加わり、祝宴は夜遅くまで続いたが、ンマムイは早めに切り上げて阿波根グスクに帰った。
 山南王のシタルーはテーラーと一緒に酒を飲み、山北王の事などを聞いていた。
 テーラーは山南王とは初対面だと思っていたのに、山南王から、久し振りですなと言われて戸惑った。先々代の中山王の葬儀の時、山北王と一緒にお会いしたと言われ、当時、豊見グスク按司だった山南王の事を思い出した。
 あの時、豊見グスク按司は明国の留学から帰って来たばかりで、明国の話を色々と聞いたのだった。豊見グスク按司の話を聞いてテーラーも明国に行きたくなり、その翌年、山北王に頼んで、使者の護衛として明国に行き、その後も何度も明国に行った。明国の話で盛り上がり、二人は機嫌よく語り合っていた。
 途中から李仲按司も話に加わって来て、李仲按司は昔、今帰仁にいた事があると言ったが、テーラーは知らなかった。李仲按司が山北王の使者として明国に行ったのはテーラーが十五歳の時で、その頃のテーラーは今帰仁とは縁がなく、本部で暮らしていた。中山王の進貢船(しんくんしん)に便乗して使者を送っていた山北王は、今帰仁合戦のあと、使者を送れなくなってしまい、李仲按司今帰仁を去ったのだった。李仲按司琉球に来る前に旧港(ジゥガン)(パレンバン)に行った事もあり、テーラーは興味深く異国の話を聞いていた。
 他の按司たちと一緒にグスク内の客殿に泊まったテーラーは、翌日、城下にある屋敷に案内された。重臣が住むような立派な屋敷で、配下の十人のサムレーたちはすでに来ていて、お世話をするための侍女たちもいた。
「立派な屋敷を与えられましたが、俺たちはここで暮らして、来年の夏まで何をしていればいいのです?」と備瀬(びし)のサンルーがテーラーに聞いた。
「俺たちの仕事は山南の様子と、できれば中山の様子を調べる事だ。あちこち歩き回って色々と調べる事だよ」
「勝手に出歩いてもいいのですか」
「まあ、とにかく好きにやってみよう。何か文句を言われたら、その時、考えればいい」
「よその土地に行ったら、まず、遊女屋へ行けでしたね」とサンルーは笑った。
「そうじゃ。遊女屋に行けば様々な噂が耳に入る。今晩、行ってみるがいい」
「大将は行かないので?」
「わしは兼グスク按司に会って来るよ。昨夜(ゆうべ)、ろくに話もしないうちに、奴は引き上げてしまったからな。わしと酒を飲むより、かみさんに会いたかったようだ」
 サンルーは笑うと仲間たちの所へ行った。
 テーラーが荷物の整理をしていると島尻大里グスクから使いの者が来た。山南王がすぐに会いたいという。何事かと思いながら、テーラーは島尻大里グスクに向かった。
 山南王のシタルーはグスクの奥にある立派な屋敷で待っていた。グスク内は思っていた以上に広くて迷子になりそうだった。このグスクを攻める事はないとは思うが、滞在中にグスク内の様子も頭に入れておこうとテーラーは思った。
 シタルーは顔を曇らせて、テーラーを迎えた。何かよくない事が起こったようだと思ったが、自分が呼ばれた理由はわからなかった。シタルーは人払いをしたあと、「兼グスク按司に会ったか」と聞いた。
 テーラーは首を振った。
「今晩、会いに行こうと思っております」
「兼グスク按司の居場所は知っているのか」
「奴のかみさんから聞いています。島尻大里の北(にし)に一里(約四キロ)ばかり行った所にある阿波根グスクだと聞いております」
「そうだ。阿波根グスクが兼グスク按司のグスクだ。今朝、侍女に命じて、奴の忘れ物を届けさせた。そしたら、阿波根グスクには誰もいなかったと言ったんだ。信じられなかったので、サムレーたちを送って調べさせたが、やはり、もぬけの空になっていた」
「何ですって!」とテーラーは驚いた顔をしてシタルーの顔を見つめてから、「兼グスク按司はどこに行ったのです?」と聞いた。
「わからん」とシタルーは苦虫を噛み潰したような顔をして首を振った。
「誰もいないという事は家臣たちもいないという事ですか」
「そうだ。一夜にして、家臣もろとも消えたんだ」
「信じられない。一体、何が起こったのです?」
「多分、寝返ったのだろう」
「寝返る? ンマムイが中山王に寝返ったというのですか」
「多分な」
「そんな事は信じられません。奴のかみさんは山北王の妹なんですよ。どうして、敵である中山王に寝返るのです。ンマムイの奴め、マハニを無理やり連れて行ったに違いない。一体、奴は何を考えているんだ。こんな事になるのなら、マハニを連れて帰るんじゃなかった」
 テーラーが帰ったあと、シタルーは拳(こぶし)を強く握りしめて、必死に怒りを抑えていた。
「サハチの仕業に違いない」とシタルーは一人つぶやいた。
 ヤンバルでの襲撃に失敗したのは、ンマムイとヤタルー師匠の腕を甘く見たためだと思っていた。しかし、昨夜の襲撃の失敗はンマムイだけの力ではない。サハチが絡んでいるのに違いなかった。
 昨夜、シタルーは刺客(しかく)を送ってンマムイたちを襲撃した。ンマムイが集めた武芸者とサムレーたちはシタルーが贈った祝い酒を飲んで酔い潰れ、十人の刺客たちはンマムイとマハニ、子供たちを殺せばよかった。簡単に終わるはずだった。ンマムイたちを殺したのは中山王の刺客だとテーラーに報告して、至急、今帰仁に戻ってもらう予定だった。
 ところが、刺客たちは待ち伏せに遭って、七人が殺され、三人がかろうじて逃げて来た。三人の報告によるとすでに、もぬけの空になっていたという。百人余りもの家臣たちやその家族を一晩で移動させるなんて芸当は、ンマムイ一人でできる事ではなかった。必ず、サハチが絡んでいるに違いない。
 しかし、なぜ、昨夜の襲撃がばれたのか、シタルーには理解できなかった。もしや、テーラーもこの事に絡んでいるのかもしれないと疑い、呼んでみたがテーラーは何も知らないようだった。
 今回の作戦がうまくいけば、粟島(あわじま)(粟国島)から兵を呼び寄せて、山北王の動きを見守っていればよかった。妹を殺された山北王がどう出るかわからないが、中山王の挟み撃ちが早まる事は確かだろう。山北王が動けば情勢は変わってくる。山北王の勢いを恐れ、寝返る者たちが続出するに違いない。
 タブチ、米須按司(くみしあじ)、玻名(はな)グスク按司が明国に行っていて、いないのも都合がいい。タブチの若按司に山南王にさせるからと言えば寝返るに違いない。タブチの若按司が寝返れば、その妹婿の米須の若按司も寝返るだろう。米須の若按司の妹婿の具志頭按司(ぐしちゃんあじ)も寝返る。義弟の糸数按司(いちかじあじ)も寝返らせて、東方(あがりかた)の按司たちを説得させる。
 山北王が陸路で南下すれば、山田按司、伊波按司(いーふぁあじ)、安慶名按司(あぎなーあじ)は籠城して動けなくなる。山北王が勝連(かちりん)グスクを攻めている時、山南王の兵は首里を攻め、タブチの若按司たちに島添大里(しましいうふざとぅ)を攻めさせる。首里グスクは簡単には落ちないだろうが、首里グスクの下には大きなガマ(洞窟)がある。ガマへの入り口はふさがれてしまったが、探せば他にもガマへ入る穴が見つかるかもしれない。ガマに入る事ができれば、首里グスクの落城は確実だった。
 また、山北王が海路で来た場合は、浮島は山北王に占領される。明国から帰って来た進貢船(しんくんしん)は山北王に奪われるだろう。山北王は浮島から首里に向かって首里グスクに攻撃を掛ける。それに加わって、ガマの入り口探しをすればいい。
 シタルーの計算では、首里グスクを包囲してから、二か月以内にはガマに侵入できると考えていた。中山王になれるのもまもなくだと夢を描いていたのに、すべてが台無しになってしまったのだった。
「くそったれ!」とシタルーは悪態をついて、卓上にあった書物を投げ付けた。
 その頃、新(あら)グスク内の屋敷ではンマムイたちが引っ越し祝いの宴を開いていた。
「まさか、婚礼の夜に襲って来るとは思わなかった」とンマムイは言って、ウニタキに酒を注いだ。
「あの夜が一番効果があるんだ」とウニタキは言った。
「お祝いの夜に、そんな馬鹿な真似はしないだろうと皆が安心している。現にシタルーは祝い酒を大量に贈って来た。いい気になって、あれを飲んでいたら、みんな、殺されていただろう。それに、婚礼が済んで何日か経ってしまうと、同盟が決まったのに、なんで今更、裏切り者を殺すんだと疑問を持つ者も現れてくる。婚礼の夜に殺せば、見せしめとして殺されたんだと誰もが思うだろう」
 花嫁行列を送り届けて、阿波根グスクに戻って来たンマムイは、「すぐに引っ越しだ」とウニタキから言われたのだった。婚礼のあとに引っ越しする事になっていたので、すでに準備は万全だったが、あまりにも急すぎた。怪しまれないように最低の人数だけを残して、他の者たちは皆、グスクの近くにあるガマを利用して東側に抜け、そこから新グスクへと向かって行った。
 島尻大里で婚礼が始まると、残っていた者たちも少しづつガマの中に入って行き、ンマムイが宴席を抜け出して戻って来た時には、数人のサムレーが残っているだけだった。ンマムイは八年間暮らした阿波根グスクに別れを告げて新天地を目指した。誰もいなくなった阿波根グスクで、刺客を待ち伏せしていたのはウニタキと配下の者たちだった。刺客全員を殺す事はできなかったが、ウニタキは深追いはさせずに引き上げてきた。
 八重瀬(えーじ)グスクの出城に過ぎない新グスクには城下の村というものはないが、それでもグスクの近くなら何かが起こった時に安全だろうと、八重瀬の城下に住んでいる者たちの次男、三男がやって来て住み着き、荒れ地を開墾して畑仕事に精を出していた。その小さな村に、ンマムイの家臣たちが暮らす仮小屋がいくつも建てられ、時の流れで忘れ去られていた新グスクが活気に満ちていた。
 村人たちは高貴なお方がやって来ると大騒ぎだった。村人たちから見れば、先代の中山王の息子は雲の上の人だった。しかも、その奥方は山北王の妹だという。村人たちはそんな高貴なお方とどう接したらいいのか悩み、恐れと喜びが混ざった複雑な気持ちで、ンマムイたちを迎えていた。
 新グスクが築かれたのは三十年余りも前だった。築いたのはシタルーの父親汪英紫(おーえーじ)で、当時、八重瀬按司だった汪英紫は東方を攻め取ろうと考え、新グスクを築いてシタルーに守らせた。その三年後、汪英紫は島添大里グスクを奪い取って、島添大里按司となり、五年後には大(うふ)グスクも奪い取って、シタルーを大グスク按司にした。その頃の汪英紫はまだ東方を攻め取ろうという考えを捨てず、新グスクはまだ機能していた。汪英紫が考えを変えたのは明国から帰って来てからだった。東方を攻める事はやめて、交易に力を入れるようになり、シタルーに豊見グスクを築かせた。新グスクの存在価値は失われ、八重瀬按司のタブチに任され、今に至っていた。
 汪英紫が造ったグスクだけあって、しっかりした造りのグスクだった。若き日のシタルー夫婦が暮らしていた屋敷も、大きくはないが阿波根グスクの屋敷と似たようなものだった。グスクからの眺めもいいし、このまま、ここで暮らすのも悪くはないとンマムイは思っていた。マハニもこれで安心して眠れるわと喜んでいた。
「でも、あたしの立場はどうなるの?」とマハニはンマムイとウニタキを見た。
 刺客から逃れるために中山王の庇護下に入ってしまったのだった。この先、兄の山北王が中山王を攻めたら、兄たちと敵味方に別れてしまう。敵になってしまったら、もう今帰仁へは帰れない。それが一番悲しかった。
「もともと、お前は中山王の倅だった俺に嫁いで来たんだから、もとに戻ったと思えばいいよ」とンマムイはわけのわからない事を言った。
「そうか、そうよね。山南王と同盟したとはいえ、兄は今のところ、中山王は攻めないわ。子供たちと平和に暮らせればそれでいいわ」
 わけのわからない事を言ったンマムイと、それで納得したマハニを見て、面白い夫婦だとウニタキは思っていた。この先、どうなるかわからないが、この二人なら何とか乗り越えて行けそうだった。
 荷物の片付けも終わった二日後、ンマムイは家族を連れて八重瀬グスクを訪ねた。新グスクから八重瀬グスクは半里(約二キロ)ほどの距離で、散歩に丁度よかった。孫たちを見て、ンマムイの母親は喜び、一緒に新グスクまで来た。
 剣術を習うために阿波根グスクに通っていたタブチの末っ子のチヌムイは、婚礼の翌日、阿波根グスクに行ったら知らないサムレーがいっぱいいて、恐ろしくなって帰って来た。兼グスク按司がどこかに消えたという噂も耳にして心配していたという。チヌムイも一緒に付いてきた。
 ウニタキからもらったお茶を飲みながら、
「どうして、阿波根からここに移って来たんだい?」と母はンマムイに聞いた。
 シタルーに襲われたとは言えなかった。シタルーは母の弟だった。
「シタルーのために今帰仁まで行って来たというのに、どうして、阿波根から逃げなくてはならなくなったんだい?」
「俺がフラフラしているせいで、身に危険が迫ってきたのです」
「シタルーがお前を殺そうとしたのかい?」
 ンマムイは笑ってごまかした。
 母親も軽く笑って、お茶を飲んだ。
 昔話をしているとナーサの事が話題になり、首里にいると言ったら、母は驚いた顔をした。
「あの時、亡くなってしまったと思っていたよ。生きているなら、どうしても会いたい」
「ウニョンの事、ナーサから聞きました」とンマムイが言うと母は遠くを見るような目をして、「ウニョン」とつぶやいた。
「そう、知ってしまったのね。誰にも知られずに、あの世まで持って行こうと思っていたのよ」
「ナーサを恨んでいるのですか」
「若かった頃は恨んでいたよ。ウニョンは可愛い娘だった。あの子はずっと、あたしが母親だと思っていたのよ‥‥‥娘のそばにいて、母親だと名乗れないナーサの方がずっと苦しいんだって気づいたのは、あの子が亡くなったあとだった。ナーサはいつも、あたしのそばにいた。十五の時に浦添に嫁いで、浦添グスクが焼け落ちるまで、三十年以上も一緒にいたのよ。もう身内みたいなものだわ。ナーサはあたしのお姉さんなのよ」
 ンマムイは母を首里に連れて行く事にした。母を馬に乗せ、ンマムイが手綱を引いて首里へと向かった。
「どうして、山南王ではなく、八重瀬按司を頼ったのですか」とンマムイは母に聞いた。
「八重瀬に母親がいたからよ。息子たちが争いを始めたので、随分と苦労したようだったわ。三年前に亡くなったけど、安らかな死に顔だったわよ」
「そうだったのですか」
 首里に着いて、グスクの高い石垣を左に見ながら進んだ。ンマムイは六年前、冊封使(さっぷーし)が来て、このグスクで冊封の儀式を行なった日の事を思い出していた。五月の暑い日だった。明国の官服を着て汗びっしょりになっていた。その時、母は綺麗な着物を着て、王妃として父と並んでいたのだった。
「今の中山王を恨んでいますか」とンマムイは母に聞いた。
 母は笑って首を振った。
浦添グスクが焼け落ちて、家臣たちに連れられて八重瀬グスクに行った頃は恨みましたよ。どうして、こんな目に遭わなければならないんだって、今の中山王を恨みました。でもね、時が経ってくると夢を見ていたような気になりましたよ。あなたのお祖父(じい)さんは最初は与座按司(ゆざあじ)でした。八重瀬按司を倒して、八重瀬按司になり、島添大里按司を倒して、島添大里按司になり、山南王を倒して山南王になりました。滅ぼされた者たちの事なんて考えた事もなかったけど、自分が同じ目に遭って、滅ぼされた者たちの気持ちもわかるようになりました。みんな、父を恨んでいたんだなってね。もう一人のあなたのお祖父さんもそうです。浦添按司を倒して、浦添按司になりました。永遠に続くものなんてこの世にはないのです。今の中山王もきっと誰かに滅ぼされるでしょう」
 首里の大通りに出た。人々が賑やかに行き交っていた。
「これが新しい都なのね」と母が言った。
首里天閣(すいてぃんかく)があった所なんでしょ。あの頃は木が鬱蒼(うっそう)と茂っていたわ」
首里天閣に来た事があったのですか」
「ナーサにつれて来てもらったのよ」
「そうでしたか」
 遊女屋『宇久真(うくま)』に着いた。あまりにも立派な遊女屋なので、母は驚いていた。
「一流の遊女屋です」とンマムイは言った。
 昼間なので店は開いていない。入り口で声を掛けると仲居が出て来て、ンマムイが女将に会いたいと言うとすぐに引っ込んだ。
 ナーサはすぐに現れて、ンマムイを見ながら、「昼間っから遊びに‥‥‥」と言って口をつぐみ、ンマムイの隣りにいる母をじっと見つめた。
「王妃様(うーふぃー)‥‥‥」と言ったナーサの目は潤んでいた。
 母も「ナーサ」と言ったままナーサをじっと見つめ、目からは涙がこぼれ落ちていた。
「無事だったのね」と二人とも涙を拭って笑い合った。
 ンマムイはナーサに母親を預けて、その場から去った。

 

 

 

春雨 11年古酒 43度 720ML