長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-118.マグルーの恋(第一稿)

 キラマ(慶良間)の島から帰って来たら梅雨に入ったようだった。
 サハチはヤマトゥに行く交易船と朝鮮(チョソン)に行く勝連船(かちりんぶに)の準備で忙しくなっていた。早いもので、今年で五度目だった。最初の年は朝鮮とは交易をしたが、ヤマトゥとはしていない。それでも、将軍様と会う事ができて、交易をする事に決まった。将軍様との交易で、琉球に来る商人たちからは手に入らない高級品も手に入る事になって、それらを永楽帝(えいらくてい)に贈って喜ばれていた。朝鮮との交易で手に入る綿布(めんぷ)も、ヤマトゥの商人やメイユーたちに喜ばれていた。
 将軍様は明国の使者を追い返して、明国との交易をやめてしまった。琉球を頼りにしている将軍様のためにも毎年、明国の商品と南蛮(なんばん)(東南アジア)の商品をヤマトゥに送らなければならなかった。
 帰る準備でシンゴも忙しく、マツとトラは毎日、海に潜ってカマンタ(エイ)捕りをしていた。旅芸人たちが早く帰って来ないかと首を長くして待ちながら、馬天浜(ばてぃんはま)でウミンチュたちを相手に酒盛りをしているようだった。
 四月二十一日、雨降りの中、佐敷グスクのお祭りが行なわれた。毎年、雨に降られるので、舞台に屋根を付けたが、お客の集まりは悪かった。
 ササとシンシンとナナは頭を抱え、鍋をたたきながら『ナンマイダー』と叫び、念仏踊りをしながら城下を巡った。何事だと城下の者たちは驚き、子供たちが面白がって、真似して付いて来た。
 『ナンマイダー』の声が佐敷中に響き渡って、空も驚いたのか雨もやみ、大勢の人たちがササたちのあとに従って佐敷グスクに集まって来た。お祭りの準備をしていたユリ、ハル、シビーは大喜びをして、一緒に念仏踊りを踊って、佐敷のお祭りは念仏踊りで始まった。
 お芝居は『酒呑童子(しゅてんどうじ)』だった。二年前に島添大里(しましいうふざとぅ)で初演され、去年は平田で演じられた。鬼退治の話で、佐敷ヌルはユリ、ハル、シビーの三人に任せて、『小松の中将(くまちぬちゅうじょう)様』の台本造りに専念していた。旅芸人たちが戻って来るに違いないとマツとトラは期待していたが、旅芸人たちは帰って来なかった。
 佐敷のお祭りの七日後、去年の十月に行った進貢船(しんくんしん)と十一月に行った進貢船が一緒に帰って来た。浮島はお祭り騒ぎで、二隻の進貢船を迎え、首里(すい)の会同館(かいどうかん)で帰国祝いの宴が盛大に行なわれた。二隻の船が同時に帰って来ると会同館も賑やかだった。『宇久真(うくま)』の遊女(じゅり)だけでなく、『喜羅摩(きらま)』の遊女も呼んで、無事に帰国した者たちの相手をさせた。
 二人の正使、タブチ(八重瀬按司)とタキ(島尻大親)は応天府(おうてんふ)(南京)で出会ったという。先に行ったタキが役目を済ませて応天府を去ろうとした時、タブチたちが応天府の会同館に来た。タブチに誘われて富楽院(フーレユェン)の『桃香楼(タオシャンロウ)』に行って、一緒に飲んだらしい。
「驚きましたよ」とタキはタブチを見ながらサハチに言った。
「噂には聞いていましたが、その変わりようには本当に驚きました。今帰仁合戦(なきじんがっせん)の時の猛勇の面影はすっかり消えて、立派な使者になっていました。わたしも色々と勉強させていただきました」
 今帰仁合戦の時、タキは伯父の小禄按司(うるくあじ)に従って今帰仁まで行き、タブチの活躍を実際に見ていた。父の宇座按司(うーじゃあじ)が山南王(さんなんおう)の正使になって、タキも父と一緒に島尻大里(しまじりうふざとぅ)の城下に移った。先代の山南王が亡くなった時、タブチは島尻大里グスクにやって来て、父親の跡を継ぐと言った。重臣たちも賛成して、タキもそれが当然だろうと思った。しかし、弟のシタルーが攻めて来て、結局、タブチはシタルーに負けて八重瀬(えーじ)に帰って行った。その後、タキはタブチと会ってはいない。
「八重瀬殿のお陰で、偉い役人も紹介してもらいました。本来なら、決して会う事もできない偉い役人と親しくしているので驚きました。山南王は若い頃、国子監(こくしかん)に留学していたのですが、知っていた役人は誰もいなくなってしまったと嘆いていました。海船(かいしん)を下賜(かし)してもらうのにも苦労しておりました。やはり、中山王の使者は違うと改めて思いました」
「これからも中山王の使者として、よろしくお願いします」とサハチはタキに言った。
「応天府では、永楽帝がヤマトゥを攻めるに違いないとの噂が流れていたぞ」とタブチがサハチに言った。
「えっ!」とサハチは驚いた。
「ヤマトゥが明国の使者を追い返したからですか」
「そのようじゃな」
「しかし、あれは一昨年(おととし)の事だろう。どうして、今頃になって、ヤマトゥを攻めるんだ?」
 タブチは首を傾げた。
永楽帝は二月の半ばに順天府(じゅんてんふ)(北京)に行ってしまったので、その後、ヤマトゥ攻めがどうなったのかはわからん。もし、ヤマトゥを攻める事に決まれば、百年余り前に、蒙古(もうこ)が攻めた時(元寇)のような大戦(うふいくさ)になるだろうと噂されておった」
「朝鮮も加わるのか」
「朝鮮軍は先鋒を務める事になろう」
「そんな大戦が起こったら、対馬は全滅してしまう」
 シンゴたちに知らせなければならないとサハチは思った。
「今、鄭和(ジェンフォ)の船団は帰って来ている。その船団をそっくりヤマトゥ攻めに向けるという事も考えられる。鄭和は今年の冬にまた西の方に旅に出るとの噂もあるので、鄭和が西に行けば、ヤマトゥ攻めは中止されるかもしれない」
「是非、中止してほしいものだ」とサハチは本心からそう思った。
 次の日、馬天浜に行って、シンゴ、マツ、トラと会い、永楽帝のヤマトゥ攻めの噂を話した。
「冗談じゃないぜ」とトラが怒った顔をして言った。
「どうして、将軍様は明国の使者を追い返したんだ?」とマツが聞いた。
将軍様永楽帝から日本国王に任命されるわけにはいかないからだよ」とサハチは説明した。
「北山殿(きたやまどの)(足利義満)は隠居していて、出家までしていた。永楽帝から日本国王に任命されて、明国と交易をしていたけど、将軍様日本国王に任命されるのはうまくないらしい。ヤマトゥの国は神国(しんこく)で、明国の臣下になるわけにはいかないと言っていた」
「誰がそんな事を言ったんだ?」とトラが聞いた。
「もう亡くなってしまったけど、勘解由小路殿(かでのこうじどの)(斯波道将)という将軍様の側近のお方だよ」
「お前、そんなお方と会ったのか」
 シンゴが笑って、
「サハチは将軍様とも会っているんだよ」と言った。
「ええっ?」とマツとトラは驚いて、サハチを見た。
将軍様と会った?」
「正式に会ったんじゃない。お忍びの将軍様と会ったんだ」
「それだけじゃないぞ」とシンゴは言った。
「ササは将軍様の奥方様と仲良しで、毎年、将軍様の御所にお世話になって、一緒に伊勢参詣や熊野参詣に行っているんだよ」
「なに、あの若ヌルのササがか‥‥‥」
 マツとトラは口をポカンと開けたのままサハチを見ていた。
「運がよかっただけだよ。そんな事より、対馬に帰ったら、永楽帝のヤマトゥ攻めをちゃんと調べた方がいいぞ。実際に攻めて来る事がわかったら、その前に琉球に逃げて来いよ。戦って勝てる相手じゃないぞ」
「わかった」とマツとトラは真面目な顔付きでうなづいた。
「イトたちを頼むぞ」とサハチはシンゴに言った。
「わかっている。女たちは真っ先に逃がすよ」
 五月九日に梅雨が明けた。翌日、マツとトラの送別会を遊女屋(じゅりぬやー)『宇久真』で行ない、その翌日、シンゴ、マグサ、マツとトラの三隻の船は馬天浜から伊平屋島(いひゃじま)に向かった。サハチの五男のマグルーとヤグルー(平田大親)の長男のサングルーがヤマトゥ旅に出た。二人とも十六歳で、誰か一緒に行く者がいないかと探した所、シビーの兄のクレーが行ってくれる事になった。クレーは佐敷のサムレーで、美里之子(んざとぅぬしぃ)の武術道場で師範代を務めていた。
 うまい具合に旅芸人たちが馬天浜に来て、ほんのつかの間、マツとトラは舞姫たちとの再会を喜び、別れを惜しんで小舟(さぶに)に乗り込んだ。
「また来るからな。待っていろよ」と二人は舞姫たちに言っていたが、今度会えるのは、いつになるのかわからなかった。
 同じ日、浮島からヤマトゥに行く交易船も船出した。今回の総責任者はクルー(手登根大親(てぃりくんうふや))で、サムレー大将は首里七番組の宜野湾親方(ぎぬわんうやかた)と島添大里一番組の小谷之子(うくくぬしぃ)だった。苗代大親(なーしるうふや)はさっそく、首里以外のサムレーたちを船に乗せていた。島添大里の一番組のサムレーの半数がヤマトゥ旅に出掛けて行った。小谷之子は副隊長だったが、隊長の苗代之子(なーしるぬしぃ)(マガーチ)が首里の十番組の隊長になったので、隊長に昇格していた。正使はジクー禅師、副使はクルシ、ヌルはいつもの顔ぶれに浦添(うらしい)ヌルのカナが加わり、女子(いなぐ)サムレーの隊長は島添大里のカナビーだった。
 その船は四月の末に明から帰って来た船だったので、荷物の入れ替えと船の整備で大忙しだった。それに、初めてヤマトゥに行くので、クルシの活躍が必要だった。サハチは無事の帰国を祈って、交易船を見送った。
 勝連からも朝鮮に行く交易船が旅立って行った。それらの船は伊平屋島で落ち合い、薩摩の坊津(ぼうのつ)を目指した。
 ヤマトゥから来ていた商人たちも交易船のあとを追うように、次々に帰って行き、浮島も静かになった。
 五月の半ばに『小松の中将様』の台本が完成して、佐敷ヌルはユリ、ハル、シビーを連れて手登根(てぃりくん)グスクに行った。六月二十四日に手登根グスクでお祭りを行なう事に決まり、そのお祭りで『小松の中将様』を演じようと皆が張り切っていた。旅芸人たちも一緒にお芝居の稽古に励むために手登根に行った。手登根グスクは主人のクルーがヤマトゥに行っていて留守だが、急に賑やかになっていた。
 クルーの妻のウミトゥクは佐敷グスクの東曲輪(あがりくるわ)に住んでいた時、ずっと剣術の修行を続けていて、クルーやササたちから武当拳(ウーダンけん)も習っていた。手登根グスクに移ったウミトゥクは、近隣の娘たちを集めて剣術を教え始めた。
 佐敷グスクの女子サムレーのイリと剣術の修行を積んでいた娘のアキとユンとハニの三人が手登根に来てくれて、ウミトゥクを手伝った。アキとユンとハニの三人は女子サムレーになりたくて修行を続けていたが、誰かが辞めない限り補充はないので、なかなか女子サムレーにはなれなかった。マチルギの許しがあって、手登根の女子サムレーになる事ができたのだった。ほかの者たちはキラマの島から送るとマチルギは言ったが、ウミトゥクは断って、自分で育てると言った。
「キラマの島にも女子サムレーになりたくて待っている娘がいるのよ。四人を島から呼んで、あとの四人はあなたが育てなさい」とマチルギは言った。
 ウミトゥクはそれで納得して、うなづいた。
 ウミトゥクが娘たちを鍛え始めてから一年半近くが経ち、四人の娘が選ばれて女子サムレーになった。イリを隊長とした女子サムレー十二人がお芝居の稽古に励んでいた。
 サハチは子供たちを連れて、手登根グスクに行って、お芝居の稽古を見学した。クルーが造ったというセーファウタキへと向かう道も見て、感心した。人が歩けるだけの簡単な道だろうと思っていたが、荷車も通れる立派な道だった。南部に新しい道は必要ないだろうと思っていたサハチは、もう一度よく確認して、必要な道は拡張した方がいいと思った。
 子供たちと一緒に歌を歌いながら島添大里グスクに帰ると、珍しく、ンマムイ(兼グスク按司)が来ていた。
 ナツと一緒にお茶を飲んでいたンマムイは、
「マグルーの事をナツさんから聞いていたんです」とサハチに言った。
「マグルー? マグルーはヤマトゥ旅に行ったぞ。マグルーに何か用なのか」とサハチは二人の間に座り込むと聞いた。
「マグルーのお嫁さんだけど、もう決めてあるのですか」とお茶の用意をしながらナツがサハチに聞いた。
「いや。まだ決めていないよ。誰かいい娘でもいるのか」
 ナツが笑って、ンマムイを見た。子供たちの所に行くと言ってナツは出て行った。
「師兄(シージォン)、マグルーが弓矢の稽古に夢中だったのを知っていますか」とンマムイは聞いた。
「イハチの嫁のチミーから弓矢を習っているというのは聞いていたが、夢中になっていたかどうかは知らんな。マグルーがどうかしたのか」
「うちのマウミとマグルーが、どうも恋仲になっているようなのです」
「えっ、何だって!」とサハチは驚いて、ンマムイを見た。
 ンマムイの長女、マウミは美人(ちゅらー)で有名だった。南部の按司たちが、マウミを嫁に迎えようと狙っているとも聞いていた。
「マグルーはマウミに会っていたのか」とサハチは聞いた。
 マウミは母親と一緒に、首里や島添大里のお祭りに来ているので、マグルーと会っていても不思議ではないが、二人が恋仲になっているなんて、サハチはまったく知らなかった。
「マグルーが初めて兼(かに)グスクに来たのは、兼グスクが完成して、しばらくしてからでした。グスクを見学したあと、マグルーはマウミと弓矢の試合をして負けたようです。その後、マグルーは弓矢の稽古に励んで、一年後にも試合をしますが負けます。そして、今年の四月、マグルーはマウミに勝ったようです。マウミは自分よりも強い男でないとお嫁には行かないと言っていました。そのマウミがマグルーに負けたのです。マグルーはヤマトゥ旅に出る前に、帰って来るまで待っていてくれとマウミに言ったようです。マウミはうなづいて、今は毎日、マグルーの無事の帰国を祈っています。俺も二人の事は知らなかったのです。マハニに言われて、マウミから話を聞きました」
「マグルーがマウミと試合をして勝ったのか‥‥‥」
 信じられないという顔でサハチは首を振った。
「二人を結ばせてやりたいのですが、師兄はどう思われますか」とンマムイは聞いた。
「お前の娘なら文句などあるわけがない。こっちから頼みたいくらいだ」とサハチは言った。
「師兄、ありがとうございます」
「マグルーがマウミを落としたか‥‥‥マグルーもいつの間にか、恋をする年頃になっていたんだな。それにしても、いい相手を選んでくれた。めでたいのう」
 マウミは十二歳の時に家族と一緒に母親の故郷の今帰仁に行った。その帰り道、マウミの人生を変える事件が起こった。刺客(しかく)の襲撃だった。恐ろしい経験だったが、マウミは逃げなかった。家族を守るために強くなろうと決心をして、武芸を習った。今帰仁には師と仰ぐ、従姉(いとこ)のマナビーがいた。マウミは今帰仁に滞在していた三か月余り、マナビーに師事して、馬術と弓矢の基本を徹底的に仕込まれた。
 今帰仁から阿波根(あーぐん)グスクに帰ったが、阿波根グスクも襲撃を受け、新(あら)グスクに移った。新グスクに来たヂャンサンフォンのもとで一か月の修行も積んだ。その時、一緒に修行を積んだ仲間に、サスカサとシビー、八重瀬の若ヌルとチヌムイがいた。
 父は大勢の武芸者を家臣にしていたので、マウミが師と仰ぐべき人は何人もいて、マウミは武芸の修行に熱中した。首里グスクのお祭りで、女子サムレーを見て憧れ、やがては女子サムレーを作って、自分が率いようと思った。
 新グスクにいた時、具志頭(ぐしちゃん)グスクの奥方様(うなじゃら)(ナカー)が弓矢の名人だと聞いて、具志頭まで通って指導をお願いした。マウミは兼グスクに移るまで、四か月間、ナカーの娘のチミーと一緒に稽古に励んだ。チミーはまだ十七歳なのに、神業とも思える凄い腕を持っていた。
 南風原(ふぇーばる)に兼グスクが完成して、新グスクから移り、馬場で馬術の稽古をしていた時、マグルーがやって来た。マグルーとは首里のお祭りや島添大里のお祭りで何度か会って、話をした事があるが、マウミは別に興味もなかった。
 お嫁に行くなんて考えた事もなく、ひたすら、武芸の稽古に励んでいた。それでも、持って生まれた美貌に惹かれて、縁談話はいくつもあった。マウミは自分よりも弱い男にはお嫁に行かないと宣言して、言い寄って来る男たちと弓矢の試合をして、打ち負かして来た。
 マウミはマグルーも簡単に打ち負かし、マグルーはうなだれて帰って行った。その後、マウミはマグルーの事は忘れた。去年の二月、従姉のマナビーが今帰仁から島添大里に嫁いで来て、ミーグスクに入った。マウミはマナビーとの再会を喜んだ。
 五月にマグルーが兼グスクにやって来て、試合を申し込んだ。マウミはマグルーと試合をした。マウミは勝ったが、マグルーの上達振りに驚いた。いつかはマグルーに負けてしまうかもしれないとマウミは焦り、久し振りに本気になって修行に励んだ。
 ある時、マウミがマナビーに会いにミーグスクに行ったら、マグルーがミーグスクの的場で弓矢の稽古をしていた。
「マナビー姉さんが、マグルーさんに教えていたの?」とマウミが聞いたら、
「あたしが教えたのは馬術よ。弓矢はチミー姉さんが教えているのよ」とマナビーは言った。
 チミーが島添大里に嫁いだのは、兼グスクが完成する半月ほど前の事だった。マウミが師と仰いでいるマナビーとチミーの二人が島添大里に嫁いで行くなんて不思議な事だった。
「マグルーはあなたに勝つために必死だわ。寝ても覚めても、あなたの事しか考えていないわよ。本気であなたが好きなのよ。恋っていうものね。あたしには経験がないけど、人を好きになるって素晴らしい事だと思うわ。あなたはどう思っているの、マグルーの事?」
 弓を構えているマグルーを見ながら、「何とも思っていないわ」とマウミは言ったが、胸の中に何か熱い物を感じていた。
「あたし、マグルーを応援しているのよ」とマナビーは言った。
「えっ?」とマウミは驚いてマナビーを見た。
「だって、マグルーとあなたが一緒になれば、あたしたち、姉妹になるのよ。あなたも島添大里に来て、一緒に暮らす事になるのよ。考えただけでも楽しいわ」
 今まで考えた事もなかったけど、マナビーの言う通りだった。島添大里にはマナビーとチミーだけでなく、佐敷ヌルもサスカサもいる。こんな凄い所にお嫁に来られたら素晴らしい事に違いなかった。
 マナビーに言われたからではないが、マウミは少しづつ、マグルーの事を意識し始めるようになっていった。マウミは馬に乗って、度々、ミーグスクを訪ねた。マグルーがいる時は一緒に稽古をしたり、稽古のあとに話をしたりして楽しい時を過ごした。マグルーがいない時は、マナビーが呼んでくれた。マグルーは汗びっしょりになって飛んできた。そんなマグルーを見ながら笑って、お互いの事を話し合うのが楽しかった。
 今年の四月、マウミはマグルーと弓矢の試合をして負けた。悔しかったが、自分よりも強い男がマグルーだったのは嬉しかった。マグルーは来月、ヤマトゥ旅に出るけど、帰って来るまで待っていてくれと言った。マウミは、待っていると答えた。会えなくなって、マウミはマグルーの面影を思い出しながら、マグルーを好きになっていた自分に気づいていた。
 ンマムイが帰ったあと、サハチは東曲輪(あがりくるわ)に行って、チミーと会った。
「マグルーが弓矢を教えてくれと行って来たのは、わたしがここに嫁いで来て、すぐの頃です。わたしには弟がいないので、姉さんと呼ばれて頼りにされると嬉しくなって教える事にしたのです。武術道場の的場は昼間はサムレーたちが使うので、早朝、そこでお稽古をして、あとは馬天浜の的場でお稽古させました」
「馬天浜の的場?」
「昔、按司様(あじぬめー)がお稽古していたと聞いています」
「あの的場がまだあったのか」
「サミガー大主(うふぬし)様(ウミンター)の息子さんが時々、お稽古をなさっているようです」
「そうか。シタルーだな」
 チミーは首を傾げて、話を続けた。
「小舟(さぶに)の上から的を狙わせたりもしました。マグルーは指を血だらけにしながらも頑張っていました。サムレー大将になるためだと言っていましたが、あとになって、好きな女子(いなぐ)に勝つためだとわかりました。その娘が兼グスク按司の娘のマウミだと知って驚きました。マウミはわたしの弟子のような娘なんです」
「なに、チミーはマウミを知っていたのか」
「マウミが新グスクにいた頃、マウミは具志頭グスクに通って、母とわたしの指導を受けていたのです」
「そうだったのか」
「マウミは美人ですからね。マグルーが必死になるのもよくわかりましたよ」
「それじゃあ。マウミもマグルーもお前の弟子という事になるな」
「ミーグスクのマナビーもマウミとマグルーの師匠です。マウミとマグルーはミーグスクでよく会っていました」
「二人がミーグスクで会っていたのか」
「マウミとマナビーは従姉妹(いとこ)同士ですからね。マウミは馬に乗ってよく遊びに来ていました。そして、マグルーはあそこの的場でお稽古をしていたのです」
「成程な。ミーグスクで会っていたとは知らなかった」
 サハチがミーグスクに行くと言ったら、チミーも付いて来た。ミーグスクにマウミが来ていて、的場の近くにある東屋(あずまや)でマナビーと話をしていた。サハチの顔を見ると二人は驚いて立ち上がって頭を下げた。
「お前の親父が、お前の事で話に来たぞ」とサハチはマウミに言った。
 マナビーが屋敷の方に案内しようとしたが、サハチは断って、東屋の縁台に腰を下ろした。
「父が何を言って来たのですか」とマウミは聞いた。
「大事な娘に虫が付いたようだとな。でも、娘もその虫が好きなようだから、何とかしてやりたいと言ってきたんだよ」
「そんな、虫だなんて‥‥‥」とマウミは言って俯いた。
「二人の話を聞いて、わしは昔の事を思い出したよ」とサハチは笑った。
「わしもマチルギに負けた時、悔しかった。一月後に試合をやる約束をしたんだが、急にヤマトゥ旅に出る事になってしまって、試合はできなかった。ヤマトゥに行く前、わしはマチルギに待っていてくれと頼んで旅に出たんだ」
「えっ、マグルーさんと同じです」とマウミが驚いた顔をして言った。
「わしもマチルギも、そんな昔の事を子供たちには話していない。偶然、同じ事が起こったのだろう」
「奥方様は待っていたのですね」とマナビーが聞いた。
 サハチはうなづいて、
「マチルギは佐敷に来ていて、娘たちに剣術を教えていたんだよ。本当に驚いた」と笑った。
 もっと詳しく聞かせてくださいと三人にせがまれ、サハチはマチルギとの出会いから話して聞かせた。
 首里に行ってマチルギに相談すると、マナビーとチミーからマグルーとマウミの仲は聞いていて、この先どうなるか、二人に任せてみようと見守っていたという。
「マグルーがうまくやったのね」とマチルギは驚き、
「マグルーはあなたに一番似ているのかしら」とサハチを見ながら笑って、
「マウミは素晴らしい娘さんだわ。マグルーはいいお嫁さんを見つけてくれたわね」と大喜びをした。

 

 

 

新訳 弓と禅 付・「武士道的な弓道」講演録 ビギナーズ 日本の思想 (角川ソフィア文庫)   弓具の雑学事典