長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-153.神懸り(第一稿)

 久米島(くみじま)から帰って来たサハチは、クイシヌと出会ったあとの出来事が、夢だったのか現実だったのかわからなかった。ウニタキに連れられてクイシヌの屋敷に行って、クイシヌの顔を見た途端に、頭の中は真っ白になった。どうやって、ニシタキの山頂まで行ったのか覚えていない。まるで、一瞬のうちに山頂まで飛んで行ったようだ。あの夜、スサノオの神様が来たと言ったら、安須森(あしむい)ヌルもササも、まさかと言って笑った。
 サハチがニシタキから下りて、みんなの前に顔を出したのは二日後の夕方だった。サハチがクイシヌと一緒にいた事はみんな知っていて、心配はしていなかった。二日目の夜もスサノオの神様とユンヌ姫が現れて、クミ姫の娘のアラカキ姫、アーラ姫、ウフタキ姫も現れて、一緒に酒盛りをした。昼間はクイシヌに武当拳(ウーダンけん)を教えていたような記憶があるがはっきりしない。
 久米島を去る前にもう一度、クイシヌに会いたかったが、クイシヌはニシタケに籠もったまま出ては来なかった。新垣(あらかき)ヌルと別れを惜しんでいるファイチ、堂(どう)ヌルと別れを悲しんでいるウニタキを眺めながら、本当にクイシヌに会ったのだろうかとサハチは不思議な気分だった。それにしても、あの時、神様たちと一緒に飲んだ酒は、二晩も飲んでいたのに空にならなかった。今思えば不思議な事だった。
 ナツが子供と女たちを連れて津堅島(ちきんじま)に行って来ると言い出した。首里(すい)の女たちが久高島(くだかじま)に行くように、ここの女たちも気分転換をした方がいいという。久米島に行った時、ナツとサスカサに留守番を頼んだので、サハチはナツの言われるままに、女たちの津堅島行きを許した。
 サハチと安須森ヌルが留守番をして、ナツとサスカサ、ユリとハルとシビー、侍女五人と女子(いなぐ)サムレー十二人が子供たちを連れて、馬天浜(ばてぃんはま)のウミンチュの小舟(さぶに)に乗って津堅島に出掛けた。玻名(はな)グスクヌルも誘ったが、修行に励むと言って行かなかった。
 六月二十四日、手登根(てぃりくん)のお祭りが行なわれ、先代の山南王妃(さんなんおうひ)のトゥイがお忍びで、マアサたちと一緒にやって来た。手登根大親の妻ウミトゥクからの知らせで、サハチは手登根に行ってトゥイと会った。
 初めて見るトゥイは噂通りの美人だった。サハチよりも十歳近く年上のはずなのに、そんな年齢には見えなかった。以前、ウニタキが亡くなった先妻のウニョンに似ていると言っていたが、こんな美人だったら、マチルギを諦めたのもうなづけた。馬乗り袴(はかま)をはいていて、刀は差していないが、女子サムレーのような格好だった。
「初めまして」とサハチが挨拶をすると、
「噂は主人から色々と聞いていましたが、会うのは初めてですね」とトゥイは笑った。
「今、思えば不思議です。シタルーはどうして、あなたを隠していたのでしょう。十年ほど前に、婚礼に招待されて島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに行った事があります。その時もあなたに会ったという記憶はありません。どうしてでしょう?」
「次男の婚礼の時ですね。あの時は婚礼の儀式は身内だけで別の場所でやって、お祝いの宴(うたげ)に皆様方を招待いたしました。南部の按司たちを皆、招待した盛大な婚礼だったので、粗相(そそう)のないように、わたしは侍女たちの指図をしていて、表には出ませんでした」
「そうだったのですか。あの時、行き届いた手配りに皆、満足しておりました。あなたのお陰だったのですね」
「いいえ、侍女たちがよくやってくれたのです。わたしは浦添(うらしい)グスクの御内原(うーちばる)で育ちました。母が侍女たちを指図しているのを見て育ったのです。わたしは母の真似をしただけです」
「賢いお母さんだったのですね」
「母は高麗人(こーれーんちゅ)でしたが、わたしが生まれた時には琉球の言葉をしゃべっていました。母の父親は儒学者(じゅがくしゃ)だったそうで、母は漢字も書けました。父に頼んで、倭寇(わこう)にさらわれて来た高麗人たちも助けていたようです」
「御内原にいたナーサを知っていますか」とサハチが聞くとトゥイは驚いた顔をしてサハチを見た。
「ナーサを御存じなのですか」
 サハチはうなづいて、「今、首里で遊女屋(じゅりぬやー)をやっております」
「えっ、ナーサが遊女屋を? ナーサが遊女屋をやっているなんて信じられませんが、生きていたのですね。よかったわ」
「ちょっとした縁がありまして、ナーサが首里に遊女屋を開く時に援助したのです。ナーサの遊女屋は、重要なお客様の接待に非常に役に立っています」
「そうでしたか。ナーサは人を使うのがうまいですからね。わたしもナーサから色々な事を学びました。ナーサから学んだ事は嫁いでからも役に立ちました。話は変わりますが、わたしはあなた方御夫婦を羨ましいと思っていたのですよ。毎年、仲よく旅をなさっていて。わたしは一度も、主人と一緒に旅なんてできませんでした。もう王妃ではありませんので、気ままに旅をしたいと思っております」
首里にも行って下さい。妻のマチルギが歓迎するでしょう。ナーサにも会って下さい」
 お芝居が始まったので、「楽しんでいって下さい」とサハチは言ってトゥイと別れた。
 お芝居はシビーとハルの新作で「王妃様(うふぃー)」だった。勿論、トゥイを主役にしたお芝居で、それを観せるためにウミトゥクが呼んだのだった。
 サハチはササたちの所に行ってお芝居を観た。ササたちは昼間から酒を飲んでいて、サハチも加わった。
 サーター島のお姫様、チルーが小舟に乗ってマーシュ島の王様の次男シュタルに嫁いで行く場面から『王妃様』のお芝居は始まった。チルーが新しいグスクを島人(しまんちゅ)たちと一緒に築いたり、ハーリーの龍舟(りゅうぶに)に乗ったり、戦(いくさ)に出て勇ましく戦ったりと活躍して、歌あり踊りありの楽しいお芝居だった。観客たちは喜んでいたが、シュタルの敵役(かたきやく)の兄のターバチはすっかり悪者にされていた。ターバチには可哀想だが、チルーから見たら、ターバチは憎らしい義兄だったのだろうと改めて、サハチは感じていた。旅芸人たちのお芝居は『瓜太郎(ういたるー)』で子供たちが喜んでいた。
 お芝居が終わったあと、佐敷の若按司夫婦の歌と三弦(サンシェン)が披露され、最後は念仏踊りをみんなで踊ってお祭りは終わった。
 トゥイは馬に乗って、マアサたちに守られて帰って行った。トゥイを見送ったあと、
「お母さん、楽しそうだったわ」とウミトゥクがサハチに言った。
「王妃としての役目を終えて、ホッとしているのかしら」
「そうかもしれんな。他魯毎(たるむい)も戦を経験したので、立派な山南王になるだろう。クルーがまたヤマトゥに行ってしまったが、留守を頼むぞ」
「はい」とうなづいてから、「わたしもヤマトゥに行ってみたい」とウミトゥクは笑った。
「そうだな。子供がもう少し大きくなったら、女子サムレーとして行ってくるがいい」
「本当ですか」とウミトゥクは目を輝かせた。
「マチルギたちがヤマトゥに行く前は、女子(いなぐ)がヤマトゥに行くなんて考えられなかった。しかし、その後は毎年、女子たちもヤマトゥに行っている。旧港(ジゥガン)(パレンバン)やジャワからも女子が琉球に来ている。琉球の女子もどんどん異国に飛び出して、見聞を広めた方がいい。そうすれば、子供たちも親を真似して海に出て行くだろう。琉球は益々発展する事になる」
 ウミトゥクは嬉しそうな顔をしてうなづいた。
 サハチは翌日、首里に行って久米島の役人の交代を重臣たちと相談した。久米島の役人たちを伊平屋島(いひゃじま)に送り、新しい役人を久米島に送る事に決まった。新しい役人はタブチやナーグスク大主を知らない者たちを選んだ。
 次の日には浮島のチージ(辻)に行って、豚(うゎー)の飼育場を視察した。世話をする役人たちの屋敷も完成していて、あとは豚が来るのを待つばかりだったので安心した。役人は宇座按司(うーじゃあじ)と相談して、長年、馬の世話をしてきた男を譲ってもらった。真面目な男で、久米村(くみむら)に行って通事と一緒に、唐人(とーんちゅ)たちから豚の事を聞き回っていた。役人の下に五人の若者を付けて豚の世話をさせるつもりだった。
 その後、サハチはジクー禅師のために造るお寺をどこに建てようかとあちこち歩き回った。大聖寺(だいしょうじ)と慈恩寺(じおんじ)は首里グスクの北にあり、報恩寺(ほうおんじ)はグスクの東にあった。どのお寺も城下からは見えなかった。今度のお寺は、首里に来た人たちにすぐにわかるように城下の入り口に建てようと思った。立派なお寺を見れば、首里は今以上に都らしくなるだろう。そして、いつの日か城下が広がって、この辺りにも家々が建ち並ぶ事を願った。
 ジクー禅師はまだお寺はいらないと言うが、毎年、正使を務めてヤマトゥに行っているので、感謝の気持ちを込めて立派なお寺を建てなければならなかった。ジクー寺はヤマトゥとの交易の拠点にして、ヤマトゥの情報を集めたり、ヤマトゥに行く使者を育てたりしようと考えていた。
 七月七日、去年に引き続いて、ヌルたちの安須森参詣(あしむいさんけい)が行なわれた。南部のヌルたちが浮島の『那覇館(なーふぁかん)』に勢揃いして、ヒューガの船に乗って北へと向かった。久高島からは久高ヌルと大里(うふざとぅ)ヌルが参加して、フカマヌルは留守番だった。
 初めて久高島を出た大里ヌルは前日に首里に来て、その賑わいに目を丸くした。こんなにも大勢の人を見たのは初めてだった。首里グスクの高い石垣に驚き、龍天閣(りゅうてぃんかく)に登って景色を眺め、まるで夢の世界にいるようだと感激していた。
 安須森ヌルもサスカサも安須森に行ってしまい、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクで留守番をしていたサハチはナツとお茶を飲みながら、玻名グスクヌル(マフー)の事を話していた。
「マフーは敵討ちに夢中になっていますよ。敵って按司様(あじぬめー)の事でしょ? 放っておいていいんですか」とナツが心配そうな顔をしてサハチに聞いた。
「安須森ヌルに考えがあるんだろう」とサハチは言いながらも、玻名グスクヌルがサハチを睨む目が気になっていた。
「それにしたって危険ですよ。ササもわざわざ連れて来なくてもいいのに」
「危険な奴は近くに置いて見張っていた方がいいだろう。どこにいるのかわからなければ、返って危険だ。津堅島には行かなかったけど、安須森には行ったんだろう?」
「行ったようです」
「妹が久米島にいる事を知らせてやりたいが、まだ時期が早過ぎるな」
「いっその事、マフーも久米島に送ったらどうですか」
「もう少し様子を見よう。俺の寝首を掻こうとしたら捕まえて久米島に送ろう」
久米島で思い出したけど、クイシヌ様というヌルと一緒にお山に籠もったんだそうですね? クイシヌ様はとても美人だって安須森ヌル様が言っていましたよ」
「美人だけじゃない。久米島を守っているのがクイシヌ様なんだよ。あの島には按司はいないんだ。ヌルが島の人々を統治しているんだ。昔の状態を未だに維持しているんだよ」
「そんな偉いヌル様とお山に籠もって何をしていたんです?」
 ナツは疑いの眼差しでサハチを見ていた。
「よく覚えていないんだ」とサハチは言った。
「ほんとかしら? 山の中に三日もいたそうですけど、どこで眠ったのですか。山の中にガマ(洞窟)でもあったのですか」
「ガマ?」
 ガマと聞いて、サハチは思い出した。確かにガマがあった。そして、そのガマに古い神様がいたのだった。
「クメーだ」とサハチは言った。
「何ですか、クメーって?」
「ガマの中にいた神様がしきりに、クメー、クメーって言っていたんだよ。クイシヌ様も神様の言葉はわからなかったけど、クメーという国から来た人たちが、この島に米(くみ)を伝えたんじゃないかって言っていた」
「そのガマでクイシヌ様と仲よくやっていたんですね?」
「何を言っているんだ。朝までずっと神様たちと一緒に酒盛りをしていたんだ。酔っていたし、疲れ切って眠ってしまったよ。目が覚めたら日が暮れていて、また、神様と朝まで酒盛りをしていたんだ」
「神様って、その言葉のわからない神様と?」
「違うよ。スサノオの神様とその孫娘のユンヌ姫様と久米島の神様のクミ姫様だよ」
「ほんとかしら?」とナツがサハチを睨んだ時、救いの神が現れた。
 今帰仁(なきじん)に行っていたウニタキが帰って来たのだった。ナツはウニタキを迎えると、お茶の用意をすると言って部屋から出て行った。
今帰仁グスクでマジムン(悪霊)退治が行なわれたようだ」とウニタキは言った。
今帰仁にマジムンがいるのか」
「湧川大主(わくがーうふぬし)の奥さんが亡くなったのは、鬼界島(ききゃじま)(喜界島)で戦死した兵たちがマジムンになって湧川大主の奥さんに取り憑いて殺したという噂が流れたらしい。二回の攻撃で二百人余りの兵が亡くなっているようだ。戦死した兵の家族たちが湧川大主を恨んで、そんな噂を流したのだろう。噂を抑えるために、領内のヌルたちを集めて、グスク内にあるウタキでお祈りを捧げたようだ。先代の浦添(うらしい)ヌルだが、今帰仁にはいないようだぞ。奄美大島(あまみうふしま)に行ったらしい」
「どうして、奄美大島に行ったんだ?」
「詳しい事情はわからんが、今帰仁ヌルに追い出されたんじゃないのか。いつまでも敵討ちにこだわっているから、うっとうしくなったんだろう」
「そうか。しかし、また、なんで奄美大島なんかに行ったんだ?」
奄美大島按司の娘をヌルに育てるためらしい」
「成程ね。奄美大島で頭を冷やして、敵討ちを忘れてくれればいいんだがな」
「たった一人では敵討ちもできまい」
「兄貴のイシムイがいるだろう」とサハチが言うと、ウニタキは首を振った。
「どうやら、イシムイも諦めたようだぞ」
「なに、本当か」とサハチは驚いた。
「イシムイが一緒にいる娘の父親、我如古大主(がにくうふぬし)が亡くなったらしい。跡を継ぐ者がいなくて、イシムイが跡を継いだようだ。奴は察度の孫だからな、村の者たちも歓迎したようだ。配下の者たちも解散して故郷に帰して、刀も捨てて真っ当な暮らしに戻ったようだ」
「信じられんな」
「頼りにしていた摩文仁(まぶい)が戦死したのが応えたのだろう」
「我如古大主か‥‥‥我如古とはどこにあるんだ?」
浦添の北原(にしばる)の北にある。浦添の奥間(うくま)の近くだ。奥間にいる配下の者に見張らせている」
「そうか。奴も諦めたか」
「武寧(ぶねい)が死んでから、すでに八年が経っている。憎しみを持続させるのは難しいだろう。ところで、リンジョンチェンの奴がまだ運天泊(うんてぃんどぅまい)に来ていないぞ。湧川大主が気を揉んでいる」
「とうとう捕まったのかな」
「そうだといいんだが、一昨年(おととし)は七月の半ば過ぎに来たから安心はできん。湧川大主は鬼界島攻めでかなりの火薬を使っただろうから、火薬が来ないと困るだろう」
「火薬だけでなく、明国の商品が来なくなれば、ヤマトゥの商人たちとも取り引きができなくなるぞ」
「また進貢船(しんくんしん)を送るようになるかな」
「進貢船は壊れたのだろう」
「そうだ。島伝いに鬼界島くらいなら行けるだろうが、黒潮を乗り越える事はできまい。中山王に泣きついて来るかもしれんな」
「泣きついてきたら乗せて行ってやるさ。こっちもお寺を建てるのに、材木が必要だからな」
「材木と言えば、山北王(さんほくおう)が今、沖の郡島(うーちぬくーいじま)(古宇利島)にグスクを築いているようだ」
「沖の郡島にか。あんな島に按司を置くつもりなのか」
「俺もそう思ったんだが、噂によるとグスクというよりもヌルの屋敷を建てているようだ」
「ヌルの屋敷?」
「山北王は沖の郡島の若ヌルに惚れたようだ」とウニタキは笑った。
「俺たちも山北王の事を笑えんが、若ヌルのために立派な御殿(うどぅん)を建てているらしい」
 ナツがお茶を持って来た。
久米島に行ったり、今帰仁に行ったりと御苦労様です」とナツはウニタキに言って笑った。
今帰仁も以前よりは近くなったよ」とウニタキは言った。
「中山王(ちゅうさんおう)と山北王が同盟を結んでから、行き来する者も増えて、道もちゃんとできてきた。以前よりもずっと楽になったよ」
「初めて今帰仁に行った時は苦労したな」とサハチが言うと、
「俺も道に迷った」とウニタキは笑った。
「ここに来る前に旅芸人の所に寄って来たんだが、ハルとシビーがまた新作のお芝居を作ったようだな」
「『王妃様』だ。先代の山南王妃も観に来て、喜んでいたようだ。今度はお師匠を書くと言って、今、山グスクにいるよ」
「なに、今度はヂャンサンフォン殿をお芝居にするのか」
「『武当山の仙人(ウーダンシャンぬしんにん)』だそうだ。そのうち、お前もお芝居になるかもしれんぞ」
「馬鹿を言うな。俺がお芝居になったら、裏の仕事ができなくなる」
今帰仁攻めが終わったら、裏の仕事もやめるんじゃないのか」
「落ち着くにはまだ早すぎる。今帰仁攻めが終わったら、シャム(タイ)に行くんだろう。旧港(ジゥガン)やジャワにも行ってみたいしな。引退するのはそのあとだ」
「ササは南の島を探しに行くって張り切っているし、あたしもヤマトゥに行ってみたいわ」とナツが言った。
「マカマドゥはまだ三歳だろう。もう少し大きくなってからだ」とサハチが言うと、
「そんな事を言ったら、いつ行けるかわからないわ。また、子供ができるかもしれないし」
「そう言えば、タチはまだ首里にいるのか」とウニタキが聞いた。
首里の御内原(うーちばる)には子供がいないから、女たちに可愛がられているようだ。マチルギもそうだが、親父の側室たちも手放したくはないようだ」
「いつまでも女たちの中で暮らしていたら、ろくな奴に育たないぞ。こっちに連れて来て、兄弟たちと一緒に遊ばせた方がいい」
「俺もそう思うんだがな」
「タチをこっちに連れて来て、代わりに女の子を首里に連れて行けばいいんじゃないか。女の子なら御内原にいれば花嫁修業になるだろう」
「それはいい考えだ。マチルギに言ってみよう」
 旅芸人を連れて南部を巡って、按司たちの様子を見てくると言ってウニタキは帰って行った。
 六日後、安須森参詣から帰って来たササたちは、サハチの言った通り、スサノオの神様は琉球に来ていたと言った。
按司様の一節切(ひとよぎり)を聴いて久米島に行ったスサノオの神様は、セーファウタキに行って豊玉姫(とよたまひめ)様と会って、安須森に寄って帰って行ったらしいわ」とササは言った。
「やっぱり、あれは夢ではなかったんだな」とサハチは言って、思い出したニシタキのガマにいた古い神様の事をササに話した。
「えっ、ニシタキにそんなガマがあったの?」とササは驚いた。
「クイシヌ様は連れて行ってくれなかったわ」
「ササがクミ姫様とウムトゥ姫様の事を聞いたから、それに関係あるウタキに連れて行ってくれたのよ。ササが古い神様の事を聞いたら連れて行ってくれたと思うわ」とシンシンが言った。
「そうね、残念だったわ。お米を持って来た古い神様はクメーという国から来たのね?」
「言葉が通じないので、クイシヌ様もよくわからないようだけど、米を作るには水が必要で、水をもたらせてくれるニシタキを神様として祀って、代々の首長をニシタキのガマの中に葬ったのではないかと言っていたよ」
「その人たちが島の名前をクメー島にして、それがなまってクミ島になったのね」
「多分、そうだろう」
「クメーってどこかしら?」
「南の島じゃないのか」
アマミキヨ様たちよりも先に来ているのよね?」
「ユンヌ姫様がそう言っていたな。そういえば、ユンヌ姫様に会ったけど、可愛いかったぞ」
「ユンヌ姫様が姿を現したの?」
「一緒に酒を飲んだんだ。スサノオの神様も一緒にな」
「あたしはまだ姿を拝んでいないわ」とササは悔しがった。
「南の島に行って、一番高い山の上で笛を吹いてみろ。スサノオの神様がやって来るかもしれない」
「それは無理よ。琉球熊野権現(くまぬごんげん)とヤマトゥの熊野はつながったので、スサノオの神様は来られるようになったけど、南の島とはつながっていないわ」
熊野権現で思い出した」とサハチは言った。
「クイシヌ様から聞いたんだけど、堂の村(しま)には昔、熊野権現堂があったらしい。それで、堂の村と呼ばれるようになったんだ」
熊野水軍久米島にも行ったのね?」
「貝殻を求めて行ったんだろう。スサノオの神様が久米島に行ったので、堂村と浮島の波之上権現もつながった。ミャークにも熊野権現があれば、ミャークともつながるだろう。それと、気づいた事があるんだけど、スサノオの神様は琉球の言葉をしゃべっていたぞ。ヤマトゥ言葉ではなかった」
 ササはハッとした顔をして、「確かにそうだわ」とうなづいた。
「今までどうして気づかなかったんだろう。スサノオの神様が琉球に来た一千年前は、琉球とヤマトゥの九州は同じ言葉をしゃべっていたんじゃないかしら。勿論、対馬もよ。でも何百年か経って、小松の中将(くまちぬちゅうじょう)様が琉球に来た時は言葉が通じなくなっていた。ヤマトゥに色々な人たちが入って来て、言葉が変わってしまったんじゃないかしら。京都の御所にいた時、偉いお公家(くげ)さんからヤマトゥの歴史を聞いたけど、仏教が入って来た時に、朝鮮(チョソン)から大勢の技術者も入って来たって言っていたわ。それに、ヤマトゥで使っている漢字も、大陸にあった漢という国から入って来たらしいわ」
「成程、昔は同じ言葉だったけど、変わってしまったんだな」
 ササはうなづいてから、「玻名グスクヌルが安須森で神懸(かみがか)りにあったのよ」と話題を変えた。
「安須森に登って、シヌクシヌルの神様に歓迎されたんだけど、お山から下りて、みんなで宴(うたげ)をやっていた時、突然、苦しそうな顔をして倒れたのよ」
「シヌクシヌルの神様というのは、どこの神様なんだ?」
「安須森ヌル様を助けていたヌルなのよ。安須森ヌル様を助けていたヌルは何人もいたんだけど、その中でも特別な三人が、シヌクシヌル、アフリヌル、シチャラヌルなの。玻名グスクヌルはアマン姫様からシヌクシヌルを継ぎなさいって言われたの。でも、敵討ちにこだわっていて迷っているのよ」
「アフリヌルはカミーが継ぐんだな?」
「そうよ。そして、シチャラヌルを継ぐのは奥間(うくま)ヌルよ」
「えっ!」とサハチは驚いた。
「奥間ヌルがシチャラヌルなのか」
「だって、シチャラヌルのガーラダマを持っているもの」
「すると、安須森が滅ぼされた時に、奥間に逃げた安須森ヌルの妹がシチャラヌルだったのか」
「そういう事よ。それで、玻名グスクヌルなんだけど、倒れたあと、急に立ち上がったと思ったら、酔っ払ったようにフラフラした足取りで村の外れの小高い丘の中ほどまで行ったのよ。そして、『ここよ』と地面を指差して、また倒れちゃったの。そこに何かが埋まっているに違いないと思って掘ってみたら、白骨が出て来たわ。そして、白骨の首の辺りに立派なガーラダマがあったのよ」
「安須森が滅ぼされた時に亡くなったシヌクシヌルだったのか」
 ササはうなづいた。
「骨を綺麗に洗って壺に入れて、また、そこに埋めて、ヌルたち全員でお祈りを捧げたわ」
「ガーラダマは玻名グスクヌルが身に付けたのか」
「付けたわ。玻名グスクヌルも覚悟を決めたようだったわ。次の日、安須森に登って、神様と長い間、お話ししていたのよ」
「そうか。敵討ちは諦めたか」
「敵討ちはやめたけど、ヂャンサンフォン様のもとで修行をするって行っているわ。これから山グスクに連れて行くのよ」
「お前たちも山グスクに行くのか。ハルとシビーも山グスクに行ったまま帰って来ないよ」
「そう言えば、次の新作はお師匠を書くっていっていたわね」
 ササたちはお茶を飲むと山グスクへと向かった。
 それから四日後、チューマチの妻、マナビーが首里グスクの御内原で娘を産んだ。母親に似て可愛い娘だった。チューマチの長女はチルギガニと名付けられた。