長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

2-217.奥間炎上(第三稿)

 仲宗根泊(なかずにどぅまい)から三隻の船に乗って奥間(うくま)沖に来た諸喜田大主(しくーじゃうふぬし)が率いる兵たちは、小舟(さぶに)に乗って砂浜に上陸した。
 諸喜田大主は配下の仲尾之子(なこーぬしぃ)に奥間村を偵察するように命じて、全員が上陸するのを待った。
「何も知らせずに、突然、攻めるのか」と並里大主(なんじゃとぅうふぬし)が諸喜田大主に聞いた。
「いや。全員に逃げろと命じる」
「逃がすのか」と仲宗根大主(なかずにうふぬし)が驚いた顔をして諸喜田大主を見た。
「奥間の人たちを殺したら、わしらが恨まれる。村を焼き払って、皆殺しにしたという事にするんじゃ」
「山北王(さんほくおう)にばれたらどうするんじゃ。わしらの首が飛ぶぞ」
「山の中に逃げて行った者たちを見つけるのは難しかったと言えばいい」
 並里大主と仲宗根大主は諸喜田大主を見つめて、わかったと言うようにうなづいた。
 兵たち全員が上陸して整列をした。田んぼの向こうに見える奥間村を見ながら、奥間村を攻めるのかと兵たちは動揺していた。
 仲尾之子が戻って来て、
「村はもぬけの殻です。誰もいません」と諸喜田大主に報告した。
「なに、誰もいない?」
「わしらの動きを察知して、先手を取ったようじゃな」と並里大主が苦笑した。
「奥間ヌルは凄いヌルだと聞いている。神様のお告げがあったのかもしれんな」と仲宗根大主は言った。
「逃げたのなら手間が省ける。総攻撃をかけるぞ」と諸喜田大主は言って、兵たちに戦の準備を命じた。
 松明(たいまつ)を持った兵たちは誰もいない家々に火を付けて回った。百軒余りあった家は皆、煙を上げて燃え上がった。村の一番奥にある長老の屋敷だけを残して、すべての家が勢いよく燃えていた。
 火を付け終わった兵たちは村を見下ろす山の上に避難して、燃えている村を眺めた。兵たちの中に涙を流している者が何人かいた。
 仲宗根大主の目も潤んでいた。十二歳の時、祖母に連れられて奥間に来た時の事を思い出していた。三人の姉に囲まれて育ったため、仲宗根大主は気の弱い子供だった。それを心配した祖母が奥間ヌルに見てもらうために奥間に来たのだった。
 十歳の時にサムレー大将だった父が戦死して、仲宗根大主は父の跡を継がなければならなかったのに、姉たちと遊んでいて、武芸に興味を示さなかった。
 奥間ヌルは怖い顔付きをした老婆だった。見つめられただけで、恐ろしくて泣きそうになった。奥間ヌルに連れられて、八幡神社(はちまんじんじゃ)に行って一緒にお祈りをした。奥間ヌルは仲宗根大主の背中をたたいたりして、祖母に大丈夫と言ったが、仲宗根大主は早くおうちに帰りたいと思っただけだった。
 奥間ヌルと一緒にいた若ヌルは綺麗な人で、優しかった。
「自分に自信を持ちなさい。あなたなら、きっとやれるわよ」と言った。
 若ヌルの笑顔を見つめているうちに、本当に自分がやれるような気持ちになった。今帰仁(なきじん)に帰った仲宗根大主は、若ヌルの言葉を励みに武芸の修行に打ち込んだ。父親譲りの才能が目覚めて、仲宗根大主は見る見る強くなっていった。今の自分があるのは若ヌルのお陰だった。それなのに、奥間村を燃やしている自分が情けなかった。
 山の中に逃げた奥間の人たちは、燃えている村を見下ろしながら悔し涙を流していた。長老、奥間ヌル、サタルーたちは半数の者たちを連れて、辺土名(ふぃんとぅな)村に逃げていた。
 燃えている村を見ながら、
「どうして、こんな目に遭わなければならないんだ?」と奥間の人たちは泣きながら言っていた。
「大丈夫よ。必ず、戻れるから、少しの間、我慢してちょうだい」と奥間ヌルは目に涙を溜めて、かすれた声で言った。
 三百年近くも守ってきた村が燃えてしまうなんて考えてもいない事だった。こんな事になる前に、止める事はできなかったのだろうか。山北王のそばにウクとミサがいるけど、止める事はできなかったのか。山北王が夢中になっているクーイの若ヌルと親しくなって、奥間を守るように頼む事もできたが、それもしなかった。しかし、起きてしまった事を今になって悔やんでも仕方がなかった。
 奥間ヌルは、若者たちを指図して避難民たちの仮小屋を造っているサタルーを呼んだ。
「ひでえ事をしやがる」とサタルーは怒った顔をしてやって来た。
「あなたに重要な仕事を頼むわ」
「あいつらをやっつけるのですか」
「今頃、やっつけても村は戻らないわ」
 奥間ヌルはサタルーを連れて、奥間村を見つめている人たちから離れて海辺まで行った。皆が奥間の惨事を見ているので、浜辺には人影はなかった。
「重要な仕事って何です?」
「あなたのお父さんは山北王を倒す時期を待っているのよ」
「えっ!」とサタルーは驚いた顔をして奥間ヌルを見た。父はいつか、山北王を倒すだろうが、まだ、時期が早すぎるような気がした。
「奥間が燃えたのをきっかけにして、中山王が山北王を攻めて来るように仕向けなければならないの。あなたはこれから『赤丸党(あかまるとー)』の者たちを連れて、噂を流してちょうだい。『山北王の兵によって、奥間は焼かれて、半数以上の者たちが殺された』という噂よ」
「半数以上が殺された? 嘘の噂を流すのですか」
「そうよ。奥間は燃えたけど、みんな、逃げて助かったなんて噂が流れたら、もう、それで終わりよ。中山王はやって来ないわ。まず、国頭(くんじゃん)、羽地(はにじ)、名護(なぐ)の城下に噂を流すのよ。三人の按司たちを山北王から引き離して、中山王に寝返らせるのよ」
「奥間の噂でそんな事ができるのですか」
「できるわ。三人の按司たちは鬼界島(ききゃじま)(喜界島)攻めに不満を持っているけど、じっと我慢しているわ。奥間攻めはその我慢の限界を超える事になるのよ。今帰仁の城下、志慶真(しじま)村、恩納(うんな)の城下、金武(きん)の城下で流して、山田、伊波(いーふぁ)、安慶名(あぎなー)、勝連(かちりん)、越来(ぐいく)、北谷(ちゃたん)、中グスク、浦添(うらしい)、首里(すい)、島添大里(しましいうふざとぅ)まで行って、南部は島尻大里(しまじりうふざとぅ)と玉グスクくらいでいいわ。按司たちが奥間を助けろと叫べば、中山王は山北王を攻めるために兵を挙げる事になるのよ」
「そんなにうまく行きますかね?」とサタルーは首を傾げた。
「あなたは奥間の力をみくびっているわ。各地にいる奥間人(うくまんちゅ)が立ち上がれば、中山王は必ず動くのよ。奥間が燃えた事を決して、無駄にしてはならないわ。奥間を燃やした山北王は滅びなくてはならないのよ」
 サタルーは奥間ヌルを見つめて、力強くうなづいた。
「わかりました。奥間の底力を山北王に思い知らせてやりましょう」


 ヤマトゥから帰って来て、奄美大島(あまみうふしま)沖を南下していた愛洲(あいす)ジルーの船に乗っていたササは、奥間が燃えている情景を目にして、大変な事が起こったと騒いでいた。奥間の若ヌルのミワはそれを聞いて悲しんだ。
「お母さんは無事なの?」とササに聞いたが、ササにもそれはわからなかった。ササはタミーに聞いたが、タミーにもわからなかった。


 島添大里にいたウニタキが奥間炎上を知ったのは翌日の夜だった。ウニタキはすぐに島添大里グスクに行って、サハチに知らせた。
 サハチは安須森(あしむい)ヌルとサスカサと一緒に、楽しそうに酒を飲んでいた。
「酒の匂いを嗅いでやって来たな」とサハチはウニタキを見て笑った。
「のんきに酒盛りなんかしている場合じゃないぞ」とウニタキは言って仲間に加わった。
 酒を一杯飲んでから、
「奥間が焼け落ちたそうだ」とウニタキは言った。
「何を寝ぼけているんだ?」
「諸喜田大主が率いる兵百五十が奥間を攻めて、村を焼き払った。村人たちの安否はまだわからん」
 サハチ、安須森ヌル、サスカサは唖然(あぜん)とした顔でウニタキを見つめていた。
「奥間ヌルは大丈夫なの?」と安須森ヌルが聞いた。
「サタルー兄さんは大丈夫よね?」とサスカサが聞いた。
「明日になれば、詳しい事がわかるだろう」とウニタキは言った。
「どうして、山北王は奥間を攻めたの?」
「それもわからん」
「俺の噂が山北王まで届いたようだな」とサハチは苦笑した。
「奥間ヌルとサタルーがきっと村人たちを逃がしたに違いない。大丈夫だよ」とサハチは言ったが、サタルーが『赤丸党』と一緒に山北王の兵と戦って、戦死してはいないかと心配した。
「明日、キンタを連れて奥間に行って来る」とウニタキは言った。
「いや、その前に、三回目の戦評定(いくさひょうじょう)だ」とサハチは言った。
 翌日、サハチ、安須森ヌル、サスカサ、ウニタキは首里に向かった。
 首里の『まるずや』の裏にある屋敷に、いつもの十一人が顔を合わせた。ウニタキのもとへ新しい情報が入ってきて、ウニタキはまず、それを皆に話した。
「奥間ヌルの指示で、全員が避難したあと、諸喜田大主の兵の攻撃があって、家々はすべて焼け落ちたけど、亡くなった者はいないそうです」
 それを聞いて、皆がホッとした。
「山北王はどうして、奥間を攻めたんじゃ?」と思紹(ししょう)がウニタキに聞いた。
「その理由はまだわかりません。ただ、諸喜田大主の奥間攻めは秘密裏に進められたようです。兵たちはバラバラに今帰仁を出て、仲宗根泊から船に乗って奥間に向かっています。兵たちにも行き先を知らせてなかったようです」
「どうして、秘密にしたんじゃ?」
「奥間攻めに反対する者が多いと思ったからでしょう。側室のウクとミサは反対するでしょうし、与論按司(ゆんぬあじ)だった屋我大主(やがうふぬし)も反対するでしょう。城下にいる鍛冶屋(かんじゃー)たちも反対するでしょうし、研ぎ師のミヌキチも反対するでしょう」
「それらの反対を押し切ってでも、山北王は奥間を攻めたかったのか」
 ウニタキは首を傾げてから、
「実際に亡くなった者はいなかったのですが、半数以上の者たちが殺されたという噂が今帰仁に流れていて、大騒ぎになっているようです」と言った。
「村が全焼したと聞けば、そんな噂も流れるじゃろう。しかし、奥間が本当に攻められたとは驚いたのう。最初の集まりの時、奥間攻めは大義名分(たいぎめいぶん)にはならんと言ったが、何としてでも、奥間は取り戻さなくてはならん。何かいい方法はないものかのう」
「避難が長期化すれば病人が出て来る。年寄りや幼い子供は玻名(はな)グスクに移した方がいいのう」とヒューガが言った。
「この時期、船で奥間まで行くのは無理じゃろう」と思紹がヒューガに言った。
「無理でも行かなくてはなるまい」
「いや。まもなく、ヤマトゥに行った交易船が帰って来るはずです」とサハチが言った。
伊平屋島(いひゃじま)で待っていて、交易船に乗せてくればいい」
「宜名真(ぎなま)から伊平屋島に渡るのだな」とウニタキがサハチを見て、
「配下の者を行かせよう」と言った。
「今の時期、奥間に兵を送るのも難しいのう」と苗代大親(なーしるうふや)が言った。
今帰仁を攻めれば、奥間の兵は撤収するでしょう」とファイチが言った。
「それはそうじゃが、今帰仁を攻める大義名分がないから困っておるんじゃ」
「奥間と言えば鍛冶屋です。鍛冶屋を動かしたらどうでしょうか。按司たちは皆、鍛冶屋のお世話になっています。どこの按司も奥間を助けろと言ってくれば、奥間を助けるための出陣は大義名分になると思います」
「うーむ」と思紹は唸ったが、按司たちが鍛冶屋のために、奥間を助けろと言い出すとは思えなかった。
「親父に頼んで、鍛冶屋たちを動かします」とキンタ(奥間大親)が言った。
「ヌルたちも動かせないかしら」と安須森ヌルが言った。
「奥間とつながっているヌルはいないわよ」と馬天(ばてぃん)ヌルは言ったが、思い出したらしく、「屋嘉比(やはび)のお婆なら動きそうね」と言った。
「屋嘉比のお婆が、奥間を助けろって国頭按司に言えば、国頭按司は山北王から離反するわ」
「それは言える」とウニタキが言った。
「国頭按司は奥間の者たちの世話になっています。今頃は、奥間を燃やした山北王を怒っているはずです。奥間にはクミがいる。真喜屋之子(まぎゃーぬしぃ)を行かせて、国頭按司を寝返らせましょう」
「国頭按司を皮切りに名護と羽地も寝返らせるんじゃ」と思紹は言った。
「国頭若按司の妻は名護按司の姉です。それに、名護の長老の松堂(まちどー)の母親は奥間の側室です。他にも奥間とつながっている者がいるはずです。何としてでも名護と羽地も寝返らせます」
「その三人の按司たちが寝返って、山北王を倒すといえば、中部の按司たちも同意するじゃろう。頼むぞ」
 ウニタキはキンタを連れて、奥間に向かった。
 ウニタキを見送ったサハチはマチルギを見た。視線に気づいたマチルギは、
「奥間を助けるために山北王を倒すって、マナビーに言うの?」と聞いた。
「そうじゃない。山北王を倒すのは、琉球を統一するためだ」
「わかっているわ。わかっているけど、マナビーが可哀想よ」


 翌日の夕方、奥間に着いたウニタキとキンタは焼け跡になっている奥間村を見て愕然(がくぜん)となった。昨日の夜、雨が降ったので、くすぶっていた火も消えたようだった。呆然としているキンタを促して、二人は隠れながら様子を探った。
 村の奥にある長老の屋敷と奥間ヌルの屋敷と八幡神社は無事だった。長老の屋敷に数人の兵の姿があり、その裏山で何かをしている兵の姿が見えた。
「グスクを造っているみたいですね」とキンタが言った。
「兵たちは奥間に居座るつもりなのか」
 国頭の『まるずや』で聞いた情報によると、奥間の人たちは辺土名村に避難しているという。ウニタキたちは辺土名村に向かった。
 村はずれに避難小屋がいくつも並んでいた。炊き出しをしている広場に奥間ヌルがいた。
「ウニタキさん、来てくれたのですね」と奥間ヌルは嬉しそうに笑った。
「みんな、無事なんだな?」とウニタキは確認した。
「無事です。ここだけでなく、山の中の炭焼き小屋に避難している人たちもいます。国頭の『まるずや』さんが必要な物を運んでくれたので助かっています」
「そうか。辛いだろうが頑張ってくれ。奥間は必ず取り戻す。サタルーはどこにいるんだ?」
「サタルーは今、重要な任務に就いています」と言って奥間ヌルはその場から離れた。
 ウニタキは連れて来た配下のアーカナとサティに炊き出しを手伝うように命じて、キンタと一緒に奥間ヌルのあとを追った。
 人影のない大きなガジュマルの木の下で立ち止まった奥間ヌルは、焼け跡になった奥間村を見ながら、
「あの悲劇を決して無駄にしてはなりません」と強い口調で言った。
「サタルーは今、奥間が焼かれて半数以上の人が亡くなったという噂を流しています」
「なに、今、今帰仁や羽地、国頭でも流れていた噂はサタルーが流していたのか」
 奥間ヌルはうなづいて、
「半数の者たちを山の中に隠しているのはそのためです」と言った。
「各地の按司たちを動かさなければなりません。按司たちが動けば、中山王も動きます」
「ほう、凄いな。まるで、軍師のようだ」
 奥間ヌルは笑った。
「神様の思し召しに従っただけです」
「国頭按司は動きそうだが、羽地、名護は動くだろうか」とウニタキが言うと、
「動きます」と奥間ヌルははっきりと言った。
「一昨年(おととし)に亡くなった先代の羽地按司は、名護按司の娘を妻に迎えましたが、若くして亡くなってしまいました。その妻は二人の娘を産みましたが、二人とも体が弱く、すでに亡くなっています。娘の一人は湧川大主(わくがーうふぬし)の妻になったミキです。妻が亡くなったあと、奥間から側室が贈られました。先代の羽地按司はその側室が気に入って、後妻に迎えます。そして生まれたのが、今の羽地按司です」
「なに、羽地按司の母親は奥間の娘だったのか」とウニタキは驚いた顔をして奥間ヌルを見ていた。
「羽地按司だけではありません。弟の饒平名大主(ゆぴなうふぬし)、名護按司の妻になった三女、山北王の若按司と一緒に南部に行った三男の古我知大主(ふがちうふぬし)、四女の羽地ヌルも、後妻になったシマの子供たちです。シマは今も健在です」
 ウニタキには羽地按司たちが奥間を焼かれて怒っている姿が想像できた。
「ついでに言うと、シマの父親は勝連の平安名大親(へんなうふや)です」
「何だって? 平安名大親が奥間に来ていたのか」
「わたしは知らないけど記録に残っています。平安名大親の母親は今帰仁按司だった千代松(ちゅーまち)の娘らしいわ。それで、今帰仁に来て、奥間まで来たんだと思うわ。この事は本人は知らないわ。ただ、勝連のサムレーと言ってあるだけです」
 平安名大親はウニタキの叔父だった。叔父が若い頃、奥間に来ていたなんて驚きだった。羽地按司の母親はウニタキの従姉(いとこ)という事になる。羽地按司が親戚だったなんて思いもよらない事だった。
「名護按司は羽地按司の義弟です。恩納按司(うんなあじ)の妻になった妹とその下の妹も母親は奥間の側室です。長老の松堂(まちどー)様の母親も奥間の側室です。そして、サムレーの総大将を務めている宇茂佐大主(うんさうふぬし)の母親も奥間の側室なのです」
 国頭と羽地が寝返れば、名護も寝返りそうだった。
「志慶真(しじま)村にもいるのか」とウニタキは聞いた。
「志慶真大主の叔父で、具足師(ぐすくし)のシルーの母親は奥間の側室です。シルーは奥間で修行していて、奥間の娘を妻に迎えています。奄美按司(あまみあじ)になった弟と若ヌルの母親が奥間の側室です」
「若ヌルの母親が奥間出身か‥‥‥島添大里にシジマという女子(いなぐ)サムレーがいるんだけど‥‥‥」
「知っているわ。島添大里に行った時に会いました」
 ウニタキはうなづいた。
「そのシジマが去年の暮れ、ハルたちと一緒にヤンバルまで旅をしたんだ。その時、屋嘉比のお婆と会って、昔の事を思い出して、神人(かみんちゅ)になったんだよ」
「えっ、シジマが神人に? 二十歳を過ぎている娘が突然、神人になるなんて、そんな事があるの?」
「志慶真のウトゥタル様って知っているか」
「知っているわ。志慶真ヌルで、伝説になっている美人(ちゅらー)でしょう」
「シジマは親泊(うやどぅまい)のウトゥタル様のお墓で、ウトゥタル様の声を聞いたんだ。シジマは初代の今帰仁ヌルのアキシノ様の直系の子孫だそうだ。勿論、ウトゥタル様の子孫でもある。今の志慶真ヌルは偽者だから志慶真ヌルを継げと言われたんだよ。ただ、まだその時期ではないから、絶対に志慶真村に近づいてはならないと言われたようだ」
「屋嘉比のお婆はシジマの事を知っていたのですか」
「幼い頃のシジマに会っていたようだ」
 志慶真村の娘を旅のお坊さんに託したという話を屋嘉比のお婆から聞いたのを奥間ヌルは思い出した。その娘がシジマだったに違いなかった。
「シジマが志慶真ヌルになれば、志慶真村は寝返るわ。難なく志慶真曲輪(しじまくるわ)は手に入るわね」
 ウニタキはうなづいて、「側室に関する古い記録は今、持っているのか」と聞いた。
「勿論、持って来たわ」
 奥間ヌルの仮小屋に行って、ウニタキとキンタは記録を見せてもらった。
 古い記録はヤマトゥの年号を使っていて、いつの頃なのか、よくわからなかった。どこの按司に誰を送って、その娘が産んだ子供の名前が書いてあった。
 洪武(こうぶ)六年(一三七三年)に中グスク按司に側室を贈って、その側室は中グスクヌルになったアヤを産んでいた。洪武六年はウニタキが生まれた翌年だった。中グスクヌルのアヤは久場(くば)ヌルの事だろう。
 その翌年には勝連按司に側室を贈っている。祖父が亡くなって、親父が勝連按司になった年だろう。その側室が産んだのはマミー、勝連ヌルと書いてあった。ウニタキの姉だった。幼い頃、一緒に遊んだ事を思い出した。そして、マミーの母親が笑顔の美しい人だった事も思い出した。マミーの母親が奥間から贈られた側室だったなんて、今まで知らなかった。
 同じ年に国頭按司にも贈られていて、その側室は見里大主(んざとぅうふぬし)を産んでいた。国頭按司の弟だろう。
 越来按司(ぐいくあじ)、中グスク按司にも贈られているが、とちらも滅んでしまっているので調べる必要はなかった。
 伊波按司(いーふぁあじ)と山田按司にも贈られているが、側室が産んだ子共はまだ若かった。伊波按司と山田按司は奥間との関係がなくても、今帰仁攻撃に賛成するだろう。安慶名按司(あぎなーあじ)も勝連按司のサムも同じだった。皆、祖父の敵討ちがしたいのに違いない。
 北谷按司(ちゃたんあじ)に贈られた側室は息子を産んでいるが、その息子は戦死していた。その次の北谷按司にも贈られているが、子供はまだ幼かった。
「北谷に贈った二人の側室はまだ北谷にいるのか」とウニタキは奥間ヌルに聞いた。
「二人ともいます。そういえば、今の北谷按司に贈るのを忘れていたわ。先代が戦死した時、まだ十七だったのです。側室を贈るのは早いかなと思って、やめたのよ」
「先代も先々代の按司も亡くなっているのに、二人の側室は残っているのか」
南風原(ふぇーばる)で按司と一緒に多くの兵が戦死して、北谷は大変だったらしいわ。新しい按司はまだ十七だし、二人とも、そんな按司を放ったまま奥間に帰る事はできなかったのよ」
「そうか‥‥‥」
 その二人の側室をうまく利用すれば、北谷按司今帰仁攻めに賛成するような気がした。
 ウニタキとキンタも炊き出しを食べて仮小屋に泊まった。夜は思っていたよりも寒くて、何とかしないと病人が出ると思った。
 翌朝、アーカナとサティは伊平屋島(いひゃじま)に行くために宜名真(ぎなま)に向かった。ウニタキとキンタはもう一度、奥間村にいる敵の様子を探った。
 長老の屋敷に数人の兵と諸喜田大主がいて、他の兵たちは裏山で、整地作業をしていた。グスクを築いて、長居するようだった。配下の報告通り、残っているのは諸喜田大主の兵五十人だけだった。
 五十人だけなら、ウニタキの配下と『赤丸党』だけで倒せるかもしれない。諸喜田大主をここで戦死させれば、山北王の兵力は弱まるだろう。
 ウニタキとキンタが辺土名に戻ると、みんなが騒いでいた。何事だと海を見ると、沖に進貢船(しんくんしん)とヤマトゥ船と見慣れない船がいた。ヤマトゥから帰って来た交易船に違いなかった。
 小舟(さぶに)が浜辺に着いて、ササたちが降りて来た。ミワが母親の姿を見つけて駆け寄った。
「お母さん、無事だったのね、よかった‥‥‥」
「お母さんは大丈夫よ」と言って、抱き付いているミワを離して、奥間ヌルはミワの顔を見た。
 旅に出る前とミワの顔付きはすっかり変わっていた。
「あなた、一体、どうしたの?」
「えっ?」とミワは驚いた顔をしている母を見た。
「まるで、神様みたいよ」と母は言った。
「もう一人前のヌルですよ」とササが奥間ヌルに言った。
 奥間ヌルはササを見て、お礼を言った。
「ミワが一生懸命努力したお陰ですよ」
「よく来てくれた」とウニタキがササに言った。
 ササはうなづいて、
「具合の悪い人たちは首里に連れて行くわ」と言った。
「また来ましたよ」と愛洲ジルーが言った。
「大歓迎だよ」とウニタキは笑って、「もう一隻は誰の船だ?」と聞いた。
「あれは朝鮮(チョソン)の船です。李芸(イイエ)という人が倭寇(わこう)に連れ去られた朝鮮人を探しに来たのです」
「なに、李芸が来た?」
「李芸殿を御存じなのですか」
「ああ、朝鮮で会った事があるんだ。倭寇にさらわれた母親を探していると言っていたが、とうとう琉球まで来たか」
 ウニタキは朝鮮の船を眺めながら、
「シンゴたちも一緒に来たんだな?」と聞いた。
伊平屋島まで一緒で馬天浜(ばてぃんはま)に向かいました。朝鮮に行った船も一緒で勝連に向かいました」
「そうか。交易船にシンゴたち、李芸の船も来たんじゃ忙しくなるな」
 具合の悪そうな年寄りと幼い子供たちを小舟に乗せて、交易船とジルーの船に運び、食糧や食器、衣類や布団など必要な物を船から降ろした。荷物を降ろしている時、ナナがウニタキにこっそりと聞いた。
「サタルーさんは無事なのですか」
 ウニタキは笑って、
「サタルーは奥間のために、とても重要な仕事をしてるよ」と言った。
 ナナは真剣な顔をしてうなづいた。
「中山王に今の状況を知らせてくれ」とウニタキはキンタに言って愛洲ジルーの船に乗せ、近づいて来る交易船に気づいて、途中から戻って来たアーカナとサティと一緒に奥間に残った。


 運天泊(うんてぃんどぅまい)にいる湧川大主(わくがーうふぬし)は割目之子(わるみぬしぃ)から奥間の炎上を聞いて、
「兄貴がとうとう、やっちまったか」と頭を抱えて嘆いた。
今帰仁も羽地も名護も、噂を聞いて大騒ぎをしております」
「何とかして静めなければ大変な事になる。とにかく、奥間に行って、どんな状況なのか見て来てくれ」
 割目之子はうなづいて、飛び出して行った。

 

 

 

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