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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-44.中山王の龍舟(第二稿)

 サグルーたちの噂も落ち着いてきた閏(うるう)三月の下旬、侍女のマーミから、ウニタキのビンダキ(弁ヶ岳)の拠点が完成したので、ヂャンサンフォンと修理亮(しゅりのすけ)を連れて来てくれと告げられた。
「ヂャン師匠と修理亮を連れて行くのか」とサハチが聞くと、
「新築祝いの宴(うたげ)を催すそうです。ファイチ殿も呼んであると申しておりました」とマーミは答えた。
「そうか。山の上に作ったのか」
「山の上には見張り小屋があるだけです。新しい拠点は山裾にございます」
 サハチは馬に乗ってヂャンサンフォンの屋敷を訪ねた。修理亮が庭で木剣を振っていた。ヂャンサンフォンは屋敷の中で彫刻を彫っていた。ヤマトゥ旅でヒューガから教わって、道教の神様を彫っているという。首里(すい)の楼閣が完成したら、守り神として安置するように思紹(ししょう)から頼まれたらしい。
 兼(かに)グスク按司の阿波根(あーぐん)グスクから帰って来た二人は島添大里(しましいうふざとぅ)の武術道場で若い者たちを鍛え、時には首里の武術道場にも通っていた。その合間に修理亮は自分の修行に励み、ヂャンサンフォンは彫刻に励んでいた。
 サハチはヂャンサンフォンと修理亮を連れてビンダキに向かった。山裾で馬を下りて細い山道を登るとすぐに山頂に出た。山頂に小さな小屋が建っていた。小屋の中から若い猟師が出て来て、サハチたちに頭を下げた。
 山頂からの眺めは最高だった。運玉森(うんたまむい)が見え、その向こうに須久名森(すくなむい)も見えた。反対に目をやれば、首里グスクもよく見えた。
 サハチたちは若い猟師と一緒に山を下り、馬に乗って猟師のあとに従った。新しい拠点はビンダキの西側の森の中にあった。浮島にある商品を保管しておく蔵のような大きな建物だった。
 建物の中は薄暗く、酒の匂いが充満していた。
「酒蔵(さかぐら)か」とヂャンサンフォンが言った。
 広々とした土間に、酒の入った瓶(かめ)がずらりと並んでいる。それでも半分以上は何も置いてない土間が広がっていた。
 サハチが瓶の中を覗いていると、「どうだ、凄いだろう」とウニタキの声が聞こえた。
 振り返るとウニタキがファイチと一緒に立っていた。
「お前、酒屋でも始めるつもりなのか」とサハチはウニタキに聞いた。
「そのつもりだ」とウニタキは笑った。
「これはメイリンが持って来た酒なんだ。メイリンは売れると思って持って来たんだが、ヤマトゥの商人たちは明国の酒はあまり欲しがらない。強すぎるからな。売れ残った酒を俺が引き取る事にしたんだ。この酒を遊女屋(じゅりぬやー)に卸したり、『よろずや』や『まるずや』でも売ろうと思っている」
「お前が商売をするのか」
「以前と違って、盗賊働きもできなくなっているからな。酒でも売って稼がないと、みんなを食わせていけんのだよ」
 ヒューガが海賊だった頃は、敵である山南王(さんなんおう)、中山王(ちゅうさんおう)、山北王(さんほくおう)の城下を荒らし回っていた。ウニタキも配下の者たちを率いて、盗賊となって敵の城下を荒らし、その戦利品を『よろずや』と『まるずや』で売っていた。今はなるべく敵を刺激しないようにしているので、ウニタキも盗賊の真似はできなかった。今、『よろずや』と『まるずや』では、不要になった物をお客から買い取り、それを修繕して売っていた。時には、交易の売れ残り品や傷物(きずもの)も処分していた。
 壁に細工(さいく)がしてあって、ウニタキが壁の一部を開くと、中に階段が現れた。階段を登って行くと広い部屋に出た。酒蔵の二階が隠し部屋になっていた。
「最初はビンダキの上に小さなグスクのようなものを建てるつもりだった。でも、運玉森のマジムン屋敷の代わりとなると、それではうまくない事に気づいたんだ。マジムン屋敷には配下の者たち全員が集まる事ができた。ここにもそういう建物を建てなくてはならんと思ったんだよ。しかし、こんな所にそんな大きな建物を建てたら目立ち過ぎる。目立たなくて大きな建物は何だと考えた末にできたのがこれだ」
「成程。酒蔵は隠れ蓑(みの)か」
「そういう事だ。これだけ広ければ、全員が集まれる。近くに湧き水が出ているので水にも困らない。最高の隠れ家だ」
 大広間の奥に小部屋があって、料理の載ったお膳が並び、宴の用意がしてあった。
「酒はたっぷりあるからな。遠慮せずに飲んでくれ」
 サハチたちはお膳を前に座り込み、祝杯を挙げた。
「こいつは上等な酒じゃな」とヂャンサンフォンが嬉しそうに笑った。
 サハチもウニタキも明国の旅で、明国の酒に慣れているので、うまい酒だとわかるが、修理亮は口をへの字に曲げて、「カー」と言って首を振った。
 ウニタキは笑いながら、「琉球には慣れたか」と修理亮に聞いた。
「はい、いい所です。ヒューガ殿が住み着いてしまったのもうなづけます」
「お前も住み着いたらどうだ」とサハチが言った。
「はい。それもいいのですが、慈恩(じおん)禅師を何とか探し出して、琉球に連れて来たいと思っています」
「そうだったな。ヒューガ殿の師匠をぜひとも連れて来てくれ」
「ヒューガさんの師匠は禅僧なのですか」とファイチが聞いた。
「各地を旅をしている禅僧で、剣術の名人でもあり、彫刻の名人でもあるそうだ」
「ヒューガさんの師匠のためにお寺を建てましょう」
「そうだな。首里に大きなお寺を建てよう」
「そろそろ、いいかしら」と女の声がした。
 隣りの部屋の板戸が開いて、着飾った女たちが現れた。
按司様(あじぬめー)」と嬉しそうに笑ったのは『宇久真(うくま)』の遊女(じゅり)のマユミだった。
「『宇久真』の女将(おかみ)(ナーサ)は、ここの酒を定期的に買ってくれると約束したんだ。そのお礼として遊女たちを呼んだんだよ」
 マユミは当然のようにサハチの前に座り込み、ウニタキと馴染みのユシヌはウニタキの前に、ヂャンサンフォンと馴染みのアキはヂャンサンフォンの前に座った。
「初めまして」と言いながら、ファイチの前にはウトゥワ、修理亮の前にはシジカが座った。女たちが加わって、宴も華やかになった。日が暮れると蝋燭(ラージュ)(ろうそく)をいくつも灯し、昼間のような明るさの中で祝宴は夜更けまで続いた。
 四月の初めに梅雨に入り、雨降りの日が続いた。雨の降る中、丸太引きのお祭りが行なわれた。
 去年、久高島参詣で戦死した者たちが出て、沈み込んでいるみんなの気分を変えようと急遽思い付いたお祭りだった。一度だけでやめるつもりでいたが、この先、お寺をいくつも建てるとなると丸太はいくらあっても必要なので、毎年の恒例行事にする事に決めたのだった。
 去年の暮れにヤンバルから運ばれた丸太は浮島にあり、丸太を運ぶ台車も新しく作らせた。お祭り奉行は例のごとく佐敷ヌルで、ユリと一緒にお祭りの準備を進めていた。去年と同様に五本の丸太を首里、島添大里、佐敷、久米村(くみむら)、若狭町(わかさまち)の若者たちが引っ張り、守護神は首里がササ、島添大里がサスカサ、佐敷がカナ、久米村はシンシン、若狭町は『よろずや』のシズだった。佐敷ヌルは守護神にはならず、白い馬に乗って、先導役を務めていた。
 今年のササは最初から丸太の上に乗って掛け声を掛けていた。他の者たちもササを真似して、皆が丸太の上に乗った。雨に濡れて滑る丸太の上は危険で、サスカサとカナが滑り落ちた。二人とも見事に着地して怪我はなかったが、丸太の上に乗るのは諦めた。ササとシンシンとシズの三人はヂャンサンフォンのもとで修行を積んだお陰か、身が軽く、丸太から落ちる事もなく首里までやって来た。丸太から落ちたサスカサだったが、地上を飛び跳ねながら丸太をうまく先導して、ササの丸太と首位争いを繰り広げた。結局はササが勝って、去年の雪辱を果たした。
 雨の降る中、大勢の者たちが応援に現れ、浮島から首里へと続く街道は見物人たちで溢れた。太鼓や法螺貝、指笛が鳴り響き、丸太引きのお祭りは大盛況のうちに終わった。
 カナはお祭りの三日前に久高島から帰って来た。ササからお祭りの事を聞いて、佐敷ヌルに頼んで参加したのだった。カナはまもなく浦添(うらしい)に行く事になる。浦添に行く前に、どうしてもお祭りに参加したかった。佐敷ヌルはカナの頼みを聞いて、佐敷の守護神に任命した。
 カナは運玉森ヌルと一緒に三か月間もフボーヌムイに籠もっていた。三か月間、神様から様々な事を教わった。そして、知念(ちにん)のセーファウタキ(斎場御嶽)で、厳かな儀式をして浦添ヌルになっていた。久高島に行く前とはすっかり変わって、一人前のヌルとしての貫禄も充分に備わっていた。
 丸太引きのお祭りの二日後、浮島で朝鮮(チョソン)に行く船の出帆の儀式が行なわれた。船は明国から賜わった進貢船(しんくんしん)だが、朝鮮とヤマトゥに行くので、進貢と書かれた旗ははずされた。
 馬天ヌル、佐敷ヌル、運玉森ヌル、浦添ヌルと四人のヌルによって航海の安全が祈願され、『ジャクニトゥミ』という神名(かみなー)が授けられた。
 積み荷はすでに完了し、梅雨が明ければ船出となる。正使は新川大親(あらかーうふや)、副使は本部大親(むとぅぶうふや)、サムレー大将は又吉親方(またゆしうやかた)、サムレー副大将は外間親方(ふかまうやかた)、火長(かちょう)(船長)はチェンヨンジャ(陳永嘉)、朝鮮の通事(通訳)は鮫皮職人だったチョル、ヤマトゥの通事はカンスケと決まっていた。
 新川大親は三年前に正使としてシャムに行っていた。官生(かんしょう)として明国に留学していた秀才だった。
 本部大親は去年、副使として明国に行っている。その時の正使は大(うふ)グスク大親だったので、随分と苦労したらしい。本部大親はヤンバルの出身で、二十歳の時に、兼グスク按司の花嫁の従者として浦添に来た。兼グスク按司の供をして明国に二度行き、物覚えがよく、明国の言葉もすぐに覚えた。その才能を買われ、従者として何度も明国に行き、副使を務めるまでになっていた。
 外間親方は五番組のサムレー大将で、五番組にはマウシがいた。マウシは来年、明国に行くつもりでいたが、急遽、朝鮮に行く事に決まり、少しがっかりした。ヤマトゥには行った事があるし、明国を見てみたかった。それでも、対馬で親しくなった娘を思い出し、その娘との再会を楽しみにしていた。
 カンスケはイトの弟で、マグサと一緒にサハチの家臣になっていた。博多で交易をするとなるとヤマトゥ言葉と琉球言葉がわかる者も必要だった。一人では大変なので、カンスケの仲間三人が、カンスケの助手として手伝ってくれる事になっていた。
 サハチと一緒に行くのはウニタキとファイチの他に、クルシ、ジクー禅師、ヂャンサンフォン、修理亮、クグルー、そして、ササ、シンシン、シズ、女子サムレー三人も行く事に決まった。
 クルシは琉球から朝鮮までの海の事なら何でも知っているので船長の補佐役を務めてもらい、ジクー禅師はヤマトゥでの使者役、ヂャンサンフォンはいてくれるだけで心強い、修理亮は一旦ヤマトゥに帰って慈恩禅師を探し、クグルーは朝鮮での道案内役だった。
 ササは船乗りたちから八幡(はちまん)ヌルと呼ばれて信頼されているし、危険な事を回避するためにササの能力が必要だった。ササ一人を連れて行くわけにもいかないので、仲のいいシンシンとシズ、女子(いなぐ)サムレー三人を連れて行く事に決めたのだった。クム、ハナ、アミーの三人の女子サムレーは実力で選ばれていた。各組の隊長を除き、最も強い三人だった。
 それと今回の朝鮮旅の主役となる武寧(ぶねい)の側室だったチータイ、サントゥク、ウカの三人の朝鮮の女たちが乗る。浦添グスクが焼け落ちたあと、久米村で質素に暮らしていた女たちは突然の帰国に大喜びをした。一番年長のチータイは琉球に来て二十年以上が経っていた。武寧の四女を産んだが、その娘は勝連(かちりん)に嫁ぎ、奇病に罹って亡くなっていた。サントゥクは子供に恵まれず。ウカには九歳になるイカという娘がいた。勿論、その娘も一緒に朝鮮に送る。
 それとは別にシンゴの船で、サハチの三男のイハチと浦添の若按司となるクサンルーもヤマトゥ旅に出る事になっていた。
 出帆の儀式の翌日、兼グスク按司がサハチを訪ねて来た。東曲輪(あがりくるわ)の物見櫓で別れて以来二か月振りだった。生き方を考え直すと言っていたが、見つかったのだろうかと思いながら待っていると、サハチの顔を見た途端、兼グスク按司は両手を付いて頭を下げ、
「師兄(シージォン)、俺も朝鮮に連れて行って下さい」と言った。
 サハチはポカンとした顔で兼グスク按司を見ていた。
「どうして、急に朝鮮に行きたくなったんだ」とサハチは聞いた。
「師匠も行くのでしょう。師匠と師兄が行くのなら、俺も行かなくてはなりません」
 そう言われてもサハチは返答に困った。
「それだけではありません。俺は二度、朝鮮に行き、博多にも寄っています。九州探題の渋川殿も知っておりますし、対馬の守護の宗(そう)殿も知っております。朝鮮の富山浦(プサンポ)を仕切っているいる早田(そうだ)殿も知っておりますし、名前は忘れましたがウィジョンブ(議政府)の役人も知っています」
「ウィジョンブの役人とは何だ」
「外国との交易を担当する役人です」
「成程、色々と詳しいようだな。富山浦の早田殿というのは『津島屋』の主人の五郎左衛門の事か」
「その通りです。師兄もご存じですか」
「ああ、かなり前だが、朝鮮に行った時、お世話になっている」
「お願いします。朝鮮の言葉もわかりますし、必ず、役に立つと思います」
「それは助かるんだが、今回、朝鮮の使者を出すのは中山王だぞ。お前、中山王の船に乗っても大丈夫なのか」
 兼グスク按司は黙って考えていた。
「阿波根グスクは島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクと豊見(とぅゆみ)グスクに挟まれた位置にありますが、俺は山南王(さんなんおう)の家臣ではありません。一応、同盟は結んでおりますが、今、山南王と中山王は戦をしているわけではありませんし、大丈夫だと思います」
「半年間も留守にする事になるぞ」
「師匠の阿蘇(あす)殿に任せておけば大丈夫です」
「そうか。俺の一存では決められんので、しばらく時間をくれ」
「師兄、よろしくお願いします」
 サハチの部屋を出たあと、兼グスク按司は子供たちと遊んでから帰って行った。サハチは侍女のマーミにウニタキを呼んでくれと頼んだ。近くにいたのかウニタキはすぐに来た。
「ビンダキの隠れ家も完成したし、朝鮮旅の前に子供たちと一緒に過ごそうと思って屋敷に帰っていたんだ」とウニタキは言った。
「かみさんの機嫌を取っていたのか」とサハチは笑った。
 ウニタキは苦笑した。
「ところで、何かあったのか」
 サハチは兼グスク按司の事を説明した。
「面白そうな奴だな」とウニタキは言って、ニヤッと笑った。
「何となく、俺と境遇が似ているようだ。奴の母親は側室ではないが、浦添グスクに馴染めなかったんだろう。俺も勝連グスクには馴染めなかった。いつも、俺の居場所じゃないと思っていたんだ。浜川大親(はまかーうふや)になって、グスクから出た時はホッとしたもんだよ。奴も阿波根グスクに移った時はホッとしたのだろう。連れて行けばいいんじゃないのか。一緒に旅をすれば、奴の本心もわかるだろう」
「連れて行くのはいいが、山南王がどう出るかだな」
「山南王は兼グスク按司を攻めたりはしない。兼グスク按司は山南王にとって、山北王とのつなぎをする唯一の男だ。今は地盤固めをしているが、やがて、山北王と手を結ぶだろう。その時、なくてはならない存在が兼グスク按司だ。奴がフラフラしているのは今に始まったわけではない。どうしようもない奴だと思うに留まるだろう」
「そうだといいんだが、兼グスク按司が原因で、留守中に戦が始まったら大変な事になる」
「シタルーは馬鹿ではない。今、戦をしたら負ける事がわかっている。それよりも、シタルーは東方(あがりかた)を狙っているようだぞ」
「どういう事だ」
「今、玉グスクで石垣の修理をしているんだが、修理をしている石屋は山南王とつながっている。東方の情報を集めているようだ」
「玉グスク按司が山南王の石屋を使っているのか」
「そうではない。代々玉グスクの石垣を直していた石屋だ。しかし、その石屋の親方は山南王とつながっている」
「そうか。もし、このグスクや首里グスクの石垣を直す事になったら、山南王とつながっている石屋に頼む事になるのか」
「そう言う事だな。各地にいる石屋の親方のその親方が山南王とつながっているからな」
「何とかして、その親方を味方に引き入れなくてはならんな」
「そうだな。難しいがやらなくてはなるまい」
「それと、油屋も山北王から切り離したい」
「油屋か。こいつも難しいがやらなくてはならんな。朝鮮から帰って来たら調べてみる。さっきの話の続きだが、山南王は糸数按司(いちかじあじ)から東方を切り崩そうとたくらんでいるらしい。糸数按司の妻はシタルーの妻の妹だ。二人は義兄弟という関係にある。その関係を利用して味方に引き入れようと考えているようだ」
「糸数按司か‥‥‥周りの按司たちを敵に回すとは思えんが‥‥‥」
「糸数按司の長女なんだが、糸数按司が上間按司(うぃーまあじ)だった頃に、浦添の武将に嫁いで、その武将は南風原(ふぇーばる)で戦死し、子供を連れて実家に戻って来ている。今の中山王を恨んでいるようだ。娘のために中山王を裏切るとは思えんが、シタルーがうまい事を言えば寝返る可能性はある」
 サハチはうなづき、「糸数按司の動きを探ってくれ」とウニタキに頼んだ。
「去年、玉グスクに『まるずや』を開いたんだ。まるずやの者に酒を持たせて糸数グスクに出入りさせるよ」
「玉グスクに『まるずや』を出したのか」
「明国との交易のお陰で、玉グスクの城下も栄えてきて、銭も使えるようになってきたんだ。玉グスクや知念からわざわざ、島添大里の『まるずや』まで古着を買いに来ている者がいるって聞いたんでな、玉グスクに出す事にしたんだよ」
「そうか。東方の按司たちを疑いたくはないが、これからは味方の動きも知っておかなくてはならんな」
「そうさ。ちょっとした不満から裏切りは起こる。それを未然に防ぐには、味方の按司たちが何を考えているのかを知らなければならない。それと、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクの侍女から聞いたんだが、シタルーの三男は十七歳で、そろそろ嫁を迎える時期になっている。王妃が心配して、シタルーに相談したら、もう決めてあるから心配するなと言ったらしい。三男だから嫁は按司の娘でなくても構わんのだが、シタルーの事だから、子供たちを有効に使うはずだ。もしかしたら、山北王の娘を嫁に迎えるつもりでいるのかもしれん」
「山北王の娘に釣り合いの取れるのがいるのか」
「山北王の長女が十五歳だ。可愛い長女を嫁に出すなら周りにいる按司たちよりも山南王の息子の方がいいと思うのが親心だろう」
「十五か‥‥‥シタルーは来年辺りに山北王と同盟を結ぶつもりか」
「多分、そうなるだろう」
「来年から忙しくなりそうだな」
「もう旅にも出られなくなるだろう」
 サハチはうなづき、「ンマムイ(兼グスク按司)の事は一応、親父に相談するが、連れて行く事にするよ」と言った。
 四月十日、浦添グスクが完成し、小雨の降る中、浦添ヌル(カナ)によって、浦添按司の就任の儀式が厳かに執り行われた。サハチもマチルギと一緒に儀式に参加し、その後の祝宴にも顔を出して引き上げてきた。
「グスクの中は驚くほど広いのね」とマチルギが馬に揺られながら言った。
 幸いに雨はやんでいた。
「中山王のグスクだったからな。俺も一度だけ入った事があるが、立派な建物がいくつも建っていて、迷子にならないように必死になって、みんなのあとを付いて行ったんだ」
 マチルギはサハチの顔を見て笑い、「覚えているわ」と言った。
「東方の按司たちと一緒に行ったんだけど、誰も相手にしてくれなかったんでしょ」
「そうだったなあ」とサハチも当時を思い出して笑った。
「誰も相手にしてくれないので、独り言ばかり言っていた」
「あれだけ広ければ、今帰仁(なきじん)攻めの時に、ここに兵を集めればいいわ」とマチルギは言った。
 サハチはマチルギを見た。
 マチルギは笑った。
「それはいい考えだ」とサハチはうなづいた。
 察度が今帰仁を攻めた時、浦添グスクにおよそ一千の兵が集結したと聞いている。今の浦添グスクは建物も少なく、一千どころか三千の兵も収容できるだろう。察度の時は南部の兵が浦添に集結したが、今の状況では南部の兵が出陣するのは無理だった。東方の兵が出陣すれば、山南王に東方を奪われてしまう。山南王から東方を守るために、島添大里の兵も残して置かなくてはならない。山南王がいる限り、今帰仁攻めは難しい。山北王を倒すより先に、山南王を倒さなくてはならないのかとサハチは馬に揺られながら考えていた。
 翌日、浮島の造船所で中山王の龍舟(りゅうぶに)が完成した。見事なできばえだった。船首を飾る龍の彫刻はヒューガが彫ったという。ちょっととぼけた顔をしていて、どことなく思紹に似ているのがおかしかった。馬天ヌルによって進水の儀式が行なわれ、慶良間之子(きらまぬしぃ)配下のサムレーたちが龍舟に乗り込んで、訓練が始まった。
 空はどんよりと曇っているが雨はやみ、海は穏やかだった。生まれたての龍舟は気持ちよさそうに海の上を走って行った。

 

 

 

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