長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-172.ユウナ姫(第一稿)

 ササたちはドゥナンバラのツカサの案内でウラブダギ(宇良部岳)に登っていた。
 サンアイ村から坂道を下ってタバル川に出て、丸木橋を渡って密林の中に入った。密林の中にある沼を右に見ながら進んで、沼の先をしばらく行くとアラタドゥと呼ばれる分岐点に出た。右に行くとドゥナンバラ村に行き、左に行くとダティグ村に行く。ササたちは右に曲がって、ドゥナンバラ村を目指した。
 ドゥナンバラ村はユウナ姫が造った一番古い村だった。ユウナ(オオハマボウ)の木に囲まれた広場の周りに、サンアイ村と同じような造りの家が建ち並んでいた。
 クマラパの娘、ラッパの案内で、ドゥナンバラのツカサと会った。クマラパもツカサも再会を喜んでいた。もう六十を過ぎているとクマラパは言ったが、とても、そんな年齢(とし)には見えなかった。狩俣(かずまた)のマズマラーのような力強さはなく、優しそうな人だった。
 ツカサはササたちを歓迎して、ユウナ姫様があなたたちを待っていると言って、さっそく、ウラブダギへと案内した。
「ここは昔、ユウナバルと呼ばれていたらしいわ」とツカサは歩きながら言った。
「夏になるとユウナの花だらけになるのよ。辺り一面が黄色くなって、とても綺麗なのよ」
「どうして、ユウナがドゥナンになったのですか」とササは素朴な疑問を聞いた。
「いつ頃からドゥナンになったのか、わからないんだけど、風のせいじゃないかしら。この島は年中、海から風が吹いているの。風が強くて、よく聞こえない『ゆ』が『どぅ』に変化したんじゃないかしら。よくわからないけどね」
 『ゆうな』が『どうな』になって、『どぅなん』になったのかと、ササたちは一応、納得した。
 ウラブダギはこの島で一番高い山と言っても、大した高さはないので、すぐに山頂に着いた。途中、大きな蝶々が優雅に飛んでいて、ササたちを歓迎してくれた。夜になれば、アヤミハビル(ヨナグニサン)という大きな蛾も見られるとラッパは言った。
 山頂の近くに大きな岩があって、そこがユウナ姫のウタキだった。男たちには山頂で待っていてもらって、女たちはツカサに従って、お祈りを捧げた。
 ユウナ姫はササたちにお礼を言って、母(イリウムトゥ姫)がこの島にスサノオを連れて来てくれたと言った。
「母から御先祖様のスサノオ様の事は聞いていたけど、こんな遠くの島にやって来るなんて思ってもいなかったので、腰を抜かすほどに驚いたわ」と言ってユウナ姫は笑った。
 美しい声をしていて、姿を見たら、きっと美人だろうとササは思った。
「ユウナ姫様がこの島にいらした時、やはり、この島にも南の国から来た人たちが暮らしていたのですか」とササは聞いた。
「驚いた事に、誰も住んでいなかったのよ」とユウナ姫は言った。
「えっ!」とササたちは驚いた。
「この島に来る前、クン島(西表島)のウミンチュたちから、三十年くらい前に、ユウナ島に火の雨が降って、住んでいた島人(しまんちゅ)たちは全滅したと聞いていたの。でも、火の雨が降るなんて信じられなかったわ。この島に来て、あちこちに黒焦げになった木があって、火の雨が降って、みんな焼けてしまったらしいとわかったの。火の雨と関係があるのかわからなかったけど、軽い石もあちこちに落ちていたわ。わたしたちは島中を巡って、生き残った人たちを探したけど、見つからなかったの。それでも、不思議と虫や蝶々、蛇やネズミは生き残ったらしくて、山の中にいたわ。わたしたちはこの島に十人で来たんだけど、子孫を増やすには、もっと連れて来なければ無理だと思ったわ。それで、クン島から十組の若者たちを連れて来て、ユウナバル村を造ったのよ。馬(んま)や牛、鶏(にわとぅい)も連れて来て増やしたわ。わたしは従兄(いとこ)のインヒコと結ばれて、五人の子供を産んだの。三女は生まれてすぐに亡くなってしまったけど、長女はわたしの跡を継いで、次女はクブラ村のツカサになったわ。二人の息子は村造りに貢献してくれたのよ。わたしたちがこの島に来て、五年目の夏だったわ。タオという男が丸木舟(くいふに)に乗って、この島にやって来たの。言葉が通じなくて困ったけど、身振り手振りで話をして、タオが以前、この島に住んでいた事がわかったのよ。タオが八歳の時、火の雨が降ったらしいわ。島は火の海になって、海に逃げた人たちのほとんどが黒潮(くるす)に流されて、遭難してしまって、西方(いりかた)にある大島(うふしま)にたどり着いたのはタオと父親、あと数人しかいなかったらしいわ」
「西方の大島というのは、ターカウ(台湾)の事ですか」とササは聞いた。
「そうよ。晴れた日には西の彼方に大きな島が見えるのよ」
「どうして、西に逃げたのですか。東(あがり)に行けばクン島やイシャナギ島(石垣島)があるのに」と安須森(あしむい)ヌルが聞いた。
「大島はタオたちの故郷だったようだわ。とっさの事で、皆、故郷を目指して逃げたようなの。それに、タオたちが住んでいたのは、この島の西にあるクブラだったのよ。その時は火の雨というのがどんなものなのか、わたしにはわからなかったけど、一千年の間に、何回か火の雨が降っているのよ。海の中にある火山が噴火していたんだわ。この島を全滅したほどの大きな噴火はなかったけど、海の中から火が飛び出して来るのよ。その前後には大きな地震もあるわ。火の雨の正体は真っ赤に燃えた軽石だったのよ。噴火のあと、海に浮いていた軽石はあちこちの島の浜辺に流されて来たわ」
 話を聞いていたササたちは驚いていた。海の中の火山が噴火するなんて思ってもみない事だった。
「タオはもっと早くに戻って来たかったようだけど、父親が許さなかったらしいわ。お前には黒潮は越えられない。死にに行くようなものだと言われたみたい。父親が亡くなって、タオはウミンチュたちから黒潮の事を詳しく聞いて、体も鍛えて、この島までやって来たらしいわ。タオは懐かしそうに島を巡って、昔、呼ばれていた地名を教えてくれたわ。火の雨で亡くなった人たちのためにも、当時の地名を残した方がいいだろうと思って、今、呼ばれている地名のほとんどはタオたちの御先祖様が付けた地名なのよ。このお山もそうだわ。タオは一旦、大島に戻って、家族たちと仲間を連れてやって来たわ。家族の中には幼い子供たちもいて、よく黒潮を乗り越えてやって来たと感心したわ。タオたちはクブラの村を再興したのよ。あとでわかったんだけど、タオの母親と幼い姉弟(きょうだい)はおうちの中にいて、焼け死んでしまったらしいわ。タオは母親と姉弟を弔うためにも、この島に戻って来たかったのよ。わたしの次女はクブラ村に行って、タオの孫息子と結ばれたわ。クブラ姫になってクブラダギ(久部良岳)に祀られているわ。クブラ姫の次女がダンヌ姫になって、ダンヌ村を造ったのよ。四代目のダンヌ姫の次女がサンバル村を造ったわ。サンバル村は六十年ほど前、ダンア村に移動して、五十年近く前、ブシキ村と一つになってサンアイ村ができたのよ。アディク村は従妹のメイヤが造って、ユシキ村はわたしの孫娘が造ったわ。どちらもなまってしまって、アディク村はダティグ村に、ユシキ村はブシキ村と呼ばれるようになったの。ナウンニ村は四代目のユシキ姫の次女が造った村だわ。わたしの子孫たちとタオの子孫たちで、この島を造ってきたのよ」
「三百年前に、大津波は来ませんでしたか」と安須森ヌルが聞いた。
「イシャナギ島は大津波にやられたようだけど、この島は大丈夫だったわ。ナンタ浜に大波が来たけど、あの湿地帯には誰も住んでいないし、ウミンチュたちは異変に気づいて、高い所に避難したから被害はなかったのよ」
「ミャーク(宮古島)を襲った倭寇(わこう)の佐田大人(さーたうふんど)は、この島に来なかったのですか」とナナが聞いた。
「ターカウ(台湾の高雄)に行くお船はこの島に来るけど、ターカウからミャークに向かうお船はこの島には来ないのよ。ターカウはこの島より、かなり南方(ふぇーかた)にあるらしいわ。ターカウから船出したお船はパティローマ(波照間島)に寄って、そこから黒島(ふしま)に寄って、多良間島(たらま)に寄って、ミャークに帰るはずよ」
「この島からミャークに行くのは難しいという事ですか」とササは聞いた。
「この島では西風(うてぃぶち)は滅多に吹かないの。九月頃、戌亥(いんい)(北西)の風が吹くので、その風に乗ってパティローマまで行って、南風(ぱいかじ)の吹く夏まで待ってから、北上してミャークに行く事になるわ」
 九月まで帰れないなんて大変な事だった。ターカウに行ったら、ここには戻って来られない。この島にいるうちに、この島の事をもっと知らなければならないとササは思った。
 ユウナ姫と別れて、ウラブダギを下りたササたちがダティグ村に行こうとしたら、今晩はこの村に泊まって行ってねとツカサに言われた。
「あなたたちが来るって聞いて、六人のツカサが集まって相談したのよ。各村々で歓迎の宴(うたげ)を開いて一泊してもらい、そのあとはあなたたちが好きな村に滞在してもらおうってね」
 ツカサたちが決めたのなら従わなければならなかった。六つの村を見るのに六日も掛かるけど、この島でのんびりするのもいいだろうとササは思った。
 広場の近くに、ササたちのために新築した家が四軒建っていた。その事もツカサたちで決めたようだった。ササたちが家の中で休んでいると、若ツカサのラッパが娘のフーと一緒に、お握りを持ってやって来た。フーは十七歳で、父親はアコーダティ勢頭の長男のマフニだという。マフニはアコーダティ勢頭の跡を継いで、今頃はトンド(マニラ)に行っているはずだった。
「お父さんはよく来るの?」と聞いたら、フーは首を振って、「三年前に会いました」と言った。
 クマラパたちの家にお握りを持って行ったナーシルが、「誰もいないわ」と言って戻って来た。
「父はみんなを連れて、母のおうちにいましたよ」とラッパが言った。
「早々と酒盛りを始めているに違いないわ」とナナが言った。
「お酒は今晩、飲めるわ。それより、この村に古いウタキはありませんか」とササはラッパに聞いた。
「この村はユウナ姫様が造った村なので、それよりも古いウタキはありません。でも、何だかよくわからないけど、ウタキのような所はあります」
 お握りで腹拵えをして、ササたちはラッパの案内で、村の南側にある小高い丘に登った。密林を抜けると急に視界が開けて海が見えた。
 キャーキャー騒ぎながら若ヌルたちが駈け出した。
「崖だから気を付けて!」とラッパが叫んだ。
 フーは若ヌルたちと一緒にいた。若ヌルたちのお姉さんという感じだった。
 高い崖から下を見下ろすと奇妙な岩が海の中に立っていた。
「トゥンガン(立神岩)と言って、南の国から来た人たちが、神様として崇めていたのかもしれないって祖母が言っていたわ」とラッパが言った。
 そう言われてみれば、どことなく神々しさが感じられた。
 崖から離れて岩場だらけの所を通って、密林を抜けると、また海岸に出た。そこは奇妙な岩場だった。平たい岩が幾重にも重なっているように見えた。岩場の上に上がると眺めがよくて気持ちよかった。
「ここはサンニヌ台といいます」とラッパが言った。
「ユウナ姫様がこの島に来て三十年くらい経った頃、ドゥナンバル村で争い事が起こったようです。ユウナ姫様の従妹(いとこ)のメイヤ姫様が何かと威張って、クルマタの女たちが反発したのです。ドゥナンバラ村はユウナ姫様の子供たちと、従妹のメイヤ姫様の子供たちと、クルマタの女たちが産んだ子供たちで成り立っていました。メイヤ姫様はイリウムトゥ姫様のお兄さんの娘です。ユウナ姫様と同じように二代目のウムトゥ姫様の孫なのです。誇りがあったのかもしれません。でも、みんなで力を合わせて作った村に、上下関係は必要ありません。村を統治するツカサ以外は皆、平等だというように、ここで決めたそうです。三人の根人(にっちゅ)が話し合った所なので、三根(さんに)の台と呼ばれるようになったのです。その時は納得したメイヤ姫様でしたが、結局は村から出て行って、ダティグ村を造って、自分がツカサになりました。以後、この島は神人(かみんちゅ)であるツカサ以外は、皆、平等という事を守っています」
「皆、平等ですか‥‥‥」と安須森ヌルが呟いた。
 琉球は皆、平等とは言えなかった。力を持った按司がいて、領地を増やすために戦(いくさ)をして、戦をするために領内の人たちから兵糧(ひょうろう)を集めている。商人たちは銭を稼ぐ事に熱中して、貧しい者たちは益々、貧しくなっていく。兄は琉球を統一して、戦のない平和な国にすると言っているが、それは皆が平等な国ではないだろう。皆が平等に暮らしているこの島は、夢のような島だと安須森ヌルは思った。
 サンニヌ台から下を覗くと、ここにも海の中に奇妙な大きな岩(軍艦岩)があった。
「あれは何?」とササがラッパに聞くと、
「ウプイチ(大きな石)」と言って笑った。
 帰りは密林の中に入らずに草原を通った。馬たちがのどかに草を食べていた。
 村の広場で、歓迎の宴が行なわれた。サンアイ村に負けるものかというように豪華な料理とヤマトゥのお酒が出できて、村の若者たちの歌や踊りが披露された。クマラパが孫娘のフーと武当拳(ウーダンけん)の模範試合をして、村人たちを喜ばせた。
 ササたちはクマラパが武当拳を身に付けている事に驚き、その強さにも驚いていた。クマラパは七十歳の半ばなのに身が軽く、その軽快な動きはヂャンサンフォンとよく似ていた。もしかしたら、ヂャンサンフォンのように百歳以上も生きるのかもしれないとササたちは思った。
 若ヌルたちが騒いでいるので、何事かと見ると大きな蛾が飛んでいた。アヤミハビルだった。その大きさと羽根の美しさにササたちは呆然として、飛んでいるアヤミハビルを見ていた。
 宴が終わったあと、ササと安須森ヌルはツカサに呼ばれた。サンアイ村の時と同じで、これもツカサたちが決めた事だろうかと思った。
「ラッパからあなたたちの事を聞いて驚いたわ」とツカサは言った。
「あなたたちはナーシルの従姉(いとこ)で、琉球の王様の娘だっていうじゃない。わたしが琉球に行った時、苗代大親(なーしるうふや)様のお兄さんは、佐敷按司を隠居して旅に出たって聞いたけど、その旅に出た人が王様になったって本当なの?」
「本当です。父は隠居して、近くの島で一千人の兵を育て、中山王(ちゅうさんおう)を倒して王様になったのです」と安須森ヌルが言った。
「凄いわね」とツカサは目を丸くして驚いていた。
「わたしが琉球に行った時、中山王は丘の上に建つ首里天閣(すいてぃんかく)という凄い御殿(うどぅん)に住んでいたわ。あんなに高い建物を見た事がないから、わたしたちは驚いて言葉も出なかったわ。わたしたちは中山王に歓迎されて、首里天閣に登ったのよ。いい眺めだったわ。中山王の跡継ぎがいる浦添(うらしい)グスクも凄いグスクだったわ。高い石垣に囲まれていて、絶対に攻め落とす事なんてできないだろうと思ったわ。あなたたちのお父様はあのグスクを攻め落としたの?」
浦添グスクは焼け落ちて、首里天閣のあった所に首里グスクができて、新しい都もできました。是非、琉球にいらしてください。そして、正確に言うと、安須森ヌルは中山王の娘ですけど、わたしは姪です。わたしの母は中山王の妹の馬天(ばてぃん)ヌルです」
「えっ、馬天ヌル‥‥‥」と言ってツカサは昔を思い出していた。
「馬天浜で会ったわ。赤ちゃんを連れていたけど、あの時の赤ちゃんがあなたなのね?」
 ササはうなづいた。赤ん坊の時に会っていたなんて驚きだった。ササはツカサの顔をじっと見つめたが、思い出せなかった。
「わたしはユミに頼まれて、ナーシルが生まれた事を苗代大親様に伝えたのよ。苗代大親様は喜んで、ナーシルの守り刀にしてくれって言って、短刀をくれたのよ。今もナーシルが持っているはずだわ」
「父が隠居して、兄が佐敷按司になりましたが、兄には会わなかったのですか」と安須森ヌルが聞いた。
「残念ながら会っていないわ。佐敷按司様は奥さんと一緒に旅に出ているって馬天ヌル様が言ったわよ」
 夫婦揃っての毎年、恒例の旅だわと安須森ヌルは思った。きっと、首里天閣を見に行ったのだろう。もし、兄がドゥナンバラ村のツカサと会っていたら、ナーシルの事もわかったかもしれない。そしたら、もっと早く、南の島に行く船を出したかもしれなかった。でも、あの頃の安須森ヌルは豊玉姫(とよたまひめ)の事も、琉球の古い歴史の事も知らなかった。この島に来たとしても、神様の事は何もわからなかったに違いない。やはり、今、この島に来た事が重要なんだと思った。
 ツカサと別れて家に戻ると、ジルーたちの家が賑やかだった。昨夜(ゆうべ)のサンアイ村でもそうだった。村の娘たちが訪ねて来ていて、ジルー、ゲンザ、マグジ、ガンジューは鼻の下を伸ばして、でれでれとしていた。ササは男たちに文句を言ったが、一番、怒っていたのはミッチェだった。ミッチェの剣幕に驚いて、ガンジューは俯いたまま何も言えなかった。それなのに、懲りずにまた村の娘たちと楽しそうに酒を飲んでいるようだ。
 ササたちが怒鳴り込んでやろうと顔を出したら、一緒にいたのはミッチェ、サユイ、タマミガ、ミーカナ、アヤー、ナーシル、それに玻名(はな)グスクヌルもいた。
「見張っているのよ」とミッチェが言って、
「村の娘たちは、この様子を見て帰って行ったわ」とタマミガが笑った。
 ササたちも加わって、酒盛りの続きをした。
 次の日、ササたちはナーシルの案内でダティグ村に行った。
 ダティグ村を造ったのはユウナ姫の従妹のメイヤ姫で、メイヤの夫はユウナ姫の弟のトゥイヒコだった。トゥイヒコは姉とメイヤ姫が対立するのを見かねて、新しい村を造ろうと言い出した。東崎(あんあいさてぃ)の近くに新しい村を造って、アディクの木がいっぱいあったので、アディク村と名付けた。アディクの木は堅くて、島人の誰もが持っている槍(やり)の柄になり、実も食べられた。いつしか、アディク村はダティグ村となまってしまった。ただ、木のアディクはダティグとは言わず、アディガと呼ぶらしい。
 東崎から続くダティグチディと呼ばれる高台の裾野にダティグ村はあった。村の造りはどこも似ていて、広場を中心に家々が建ち並んでいた。ササたちはダティグのツカサに歓迎された。
 若ツカサのアックはナンタ浜にササたちの出迎えに来て、一緒にサンアイ村に行ったが、昨日、ササたちがドゥナンバラ村に行く時、分岐点のアラタドゥで別れて、ダティグ村に帰っていた。アックにはユナパという十七歳の娘がいた。名前を聞いて、すぐに与那覇勢頭(ゆなぱしず)の娘だとわかった。ドゥナンバラ村のフーと同い年なので、琉球との交易をやめた与那覇勢頭がターカウに行く時、マフニも一緒に乗って来たようだ。
 アックはアコーダティ勢頭の娘で、ユナパが与那覇勢頭の娘だとすると、アコーダティ勢頭は与那覇勢頭の義父という事になる。アコーダティ勢頭の長男、マフニと結ばれたラッパは、アコーダティ勢頭の義理の娘で、ラッパの父親はクマラパなので、マフニはクマラパの義理の息子でもあるわけだ。何だか複雑な家族関係だった。
 ササたちはユナパの案内でダティグチディに登った。眺めのいい所で、東側の海が見渡せた。ササたちが船の上から見たのは、ここに立っていた見張りのサムレーだった。眺めはいいが、風が強かった。人の声もよく聞き取れず、言葉がなまってしまうのも当然のように思えた。
 ダティグチディにメイヤ姫のウタキがあったのでお祈りを捧げた。
「いらっしゃい」とメイヤ姫の陽気な声が聞こえた。
「ユンヌ姫様と一緒にスサノオ様を送って琉球まで行って来たのよ。初めて琉球に行って来たわ。スサノオ様やユンヌ姫様を連れて来てくれて、本当にありがとう」
 威張っていたと聞いていたので、意地悪な神様かもしれないと思っていたが、ユンヌ姫と仲よくなったとすれば、いたずら好きだが、決して威張ったりはしないだろう。
「サンニヌ台の話を聞きました。メイヤ姫様が威張っていたので、三人の根人が相談して、皆、平等だと決めたと聞きましたが」
「あらやだ」と言ってメイヤ姫は笑った。
「それはわたしの事ではないわ。わたしの夫のトゥイヒコの事を相談したのよ。トゥイヒコはユウナ姫の弟だから、それをいい事に、見境もなく娘たちに言い寄っていたのよ。村を造り始めた頃は子孫を増やさなくてはならなかったので、トゥイヒコの女好きは咎められなかったけど、五十歳近くになるというのに、女好きは治まらず、若い娘たちに言い寄っていたの。その中には自分の娘もいたのよ。このまま放っておいたら大変な事になるので、根人たちが集まって、トゥイヒコの処置を相談したのよ。ユウナ姫はイシャナギ島に連れて行ってしまえばいいと言ったけど、それでは可哀想なので、わたしが新しい村を造って、トゥイヒコも連れて行く事で解決したのよ。そして、一緒に連れて行く女たちはトゥイヒコの血を引いていない女たちにしたの。トゥイヒコは年を取っても女たちに持てたわ。わたしが女たちにトゥイヒコには近づくなって言っていたから、威張っていたという事になってしまったのね」
「そんな事があったのですか」
 他人の話を鵜呑みにしてしまうと真実を見失ってしまう。気を付けなければならないとササは肝に銘じていた。
 歓迎の宴のあと、ダティグ村のツカサから琉球に行った時の話を聞いた。
 ツカサが琉球に行った時、南部で戦(いくさ)があったあとで、残党狩りをしているので南部には行くなと言われたという。その時の南部の戦というのは、島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)だった汪英紫(おーえーじ)が島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクを攻め落として、山南王(さんなんおう)になった時の戦だった。佐敷按司は戦には関わらなかったが、山賊になったヒューガと『三星党(みちぶしとー)』のウニタキが裏で活躍したと安須森ヌルはサハチから聞いていた。
「佐敷には行かなかったのですか」と安須森ヌルが聞いたら、
「帰る少し前に行ったわ」とツカサは言った。
登野城(とぅぬすく)の女按司(みどぅんあず)とタキドゥン島の若按司は馬天浜(ばてぃんはま)のサミガー大主(うふぬし)様の所で、鮫皮(さみがー)を作るために島の若者たちを修行させていたの。その若者たちを連れて帰らなければならなかったので、許可を得て行って来たのよ。王様が警護のサムレーを付けてくれたので、自由に動けなくて、うまく苗代大親様に会えるかどうか心配だったけど、サミガー大主様のお屋敷に馬天ヌル様がいたのよ。可愛い娘さんを連れてね。あの娘さんがあなただったのね」
 ササはうなづいて、ツカサの顔を見つめたが、やはり思い出せなかった。
「馬天ヌル様のお陰で、苗代大親様に会えて、ユミとナーシルが元気だと教えてあげたのよ。一緒にドゥナン島(与那国島)まで行きたいって言ったけど、今は無理だって首を振ったわ」
 ツカサはアコーダティ勢頭との出会いも話してくれた。
 丸木舟でミャークからやって来たアコーダティ勢頭は英雄として迎えられて、ドゥナンバラ村にやって来た。当時はナックと呼ばれていた。
「何かを始める時、一番古いドゥナンバラ村が最初で、次がダティグ村、サンアイ村、ナウンニ村、ダンヌ村、そして、最後が二番目に古いクブラ村なの。今回は例外で、ナーシルが琉球に関係あるので、サンアイ村が最初になったのよ」とツカサは言った。
「ナックが来た時、ドゥナンバラ村の若ツカサのパンにはクマラパ様の息子がいたわ。それにナックよりも六つも年上だった。次の日、ナックはダティグ村に来たわ。わたしはナックの心をつかもうと着飾ってお持てなしをしたんだけど、何も起こらず、ナックはサンアイ村に行ってしまったの。サンアイ村のユミとナウンニ村のマヤは、まだ幼いので大丈夫だけど、ダンヌ村のレンは十六で、クブラ村のメイは十七で、その二人は強敵だったわ。ナックはレンかメイに取られてしまったかもしれないと悲しんでいたら、ナックがこの村に戻って来て、わたしはナックと結ばれたのよ。ナックが帰る夏まで、わたしたちは幸せに暮らしたわ。翌年も、その翌年もナックは来たけど、その後は来なくなってしまったの。クマラパ様に聞いたら、ナックはトンドの国に行っていて忙しいって言ったわ。琉球に行く時にミャークに行って再会したけど、昔の面影は消えてしまって、すっかり逞しい船頭(しんどぅー)(船長)になっていたわ」
 次の日、サンアイ村に戻って、隣り村のナウンニ村に行ったら、ムカラーがいた。ムカラーは子供たちと遊んでいて、その中の二人はムカラーの子供だった。
 母親は若ツカサのリーシャで、ムカラーはリーシャと子供たちに会いたくて、ササたちの案内役を志願したのだった。船頭になったマフニに信頼されて、トンドの国に行っているので、なかなかドゥナン島には来られなかった。ムカラーはミャークに妻はいなくて、リーシャが妻だと言っていた。できれば、リーシャと子供たちをミャークに連れて行きたいけど、リーシャはドゥナン島がいいと言う。ムカラーはリーシャの気持ちを尊重して、自分が通うと言ったが、思うようにはいかなかった。今は無理だが、あと何年かしたら、必ず、この島にやって来て、この島に住むと言っていた。
 ナウンニ村のツカサのマヤはダティグ村のツカサの次に琉球に行くはずだったが、子供が幼かったので最後でいいと遠慮した。
琉球には行けなかったけど、ターカウに行って、珍しい物をいっぱい見て驚いてきたわ」とマヤは楽しそうに笑った。
 リーシャの父親はユミの弟のロンだった。幼い頃から父親に武当拳を仕込まれたロンは、武当拳の名人だった。謙虚な人で、その強さをひけらかす事はなく、ナーシルと試合をしても負けているらしい。本当に強くなれば、試合をしなくても相手の強さがわかるはずだ。ナーシルもいつか、本当の強さを手にするだろうとマヤに言ったという。
 ロンはサンアイ村に住んでいるが、マヤと三人の子供がいるので、ナウンニ村によくやって来て、若者たちに武当拳の指導をしているという。マヤは他所(よそ)からやって来る船頭と結ばれて、贅沢な物を手に入れるよりも、村を守るために武当拳の名人を選んだのだった。
 ナウンニ村の歓迎の宴で見た武当拳の演武は、他の村よりも気合いが入っているように感じられた。
 翌日、ササたちは、昔、ダンア村があったというトグル浜に行った。この浜にムラカミという倭寇がやって来た。船を修理するためにしばらく滞在して、ムラカミはユミの母親と結ばれて、ユミが生まれた。そのムラカミがあやの祖父だとしたら、この島にあやの親戚がいる事になる。あやに知らせたら、船を出して会いに来るかもしれないとササは思って、一人で笑った。
 昔、サンバル村があった場所は牧場になっていて、馬と牛が放牧されていた。その牧場の先にダンヌ村があった。
 ダンヌ村のツカサのレンはウプラタス按司の娘だった。野崎按司(ぬざきあず)と結ばれて、娘のユッカが生まれ、ユッカは与那覇勢頭の息子のトゥクと結ばれて、娘のジーナを生んでいる。ジーナは十七歳で、ドゥナンバラ村のフーとダティグ村のユナパと同い年だった。
 レンは琉球に行った時の事を話してくれた。
「その年の琉球旅が最後だったのよ。最後だってわかっていたわけじゃないけど、その年はヌルたちが多く乗っていたわ。ウムトゥダギのフーツカサのマッサビもいたのよ。わたしよりも十歳も年下なのにヌルとしての貫禄があって、凄い神人(かみんちゅ)だと思ったわ。マッサビはミャークの上比屋(ういぴやー)のリーミガといつも一緒にいたわ。二人は同い年で、とても仲良しだったの。イシャナギ島では登野城の女按司、新城(あらすく)の女按司、名蔵(のーら)の女按司がいて、クン島からクンダギのツカサ、ミャークからは百名(ぴゃんな)のウプンマがいたわ。わたしは同年配の登野城の女按司と百名のウプンマと一緒にいる事が多かったの。琉球に行って驚いたんだけど、中山王が亡くなって、息子が跡を継いでいたのよ。わたしは初めて琉球に行ったので、何を見ても驚いてばかりいたけど、何度も行っていた登野城の女按司は、何となく様子がおかしいって言っていたわ。わたしは登野城の女按司に連れられて、馬天浜に行ったのよ。ユミからの言づてもあったので、馬天ヌル様を探したんだけど、旅に出ていて留守だったの。馬天ヌル様には会えなかったけど、苗代大親様には会えて、ユミとナーシルの事を伝えたわ。苗代大親様はナーシルに会いたいと言ったわ。今は無理だけど、いつの日か必ず会いに行くと約束してくれたのよ」
 ササは南の島に船出する前、叔父の苗代大親と会った時、叔父が何かを言いたそうな顔をしていたのを思い出した。あの時、ナーシルの事を告白しようと思ったのかもしれない。でも、叔父は、気をつけて行ってこいと言って笑っただけだった。本心は、叔父も一緒に行きたかったのかもしれないと思った。
「あの時、馬天浜で一人で遊んでいる女の子がいたわ。マッサビ様が女の子に声を掛けたら、『遠い国から来たのですね』と女の子が言ったので、あたしたちは驚いたわ。女の子は海の方をじっと見つめて、『高い山が見えるわ。綺麗な滝もあるわ』と言ったのよ。マッサビ様は笑って、この娘(こ)、今に凄いヌルになるわねって言ったわ。もしかしたら、その女の子はあなたではなかったの?」
 そう言ってレンはササを見た。
 ササの脳裏に当時の情景がはっきりと思い出された。当時、六歳だったササは旅に出てしまった母を思いながら浜辺で貝殻を拾っていた。寂しくて泣きたくなった時、見た事もない女の人たちが近づいて来て声を掛けて来た。
 マッサビがいた。ブナシルもいた。上比屋のリーミガもいた。百名のウプンマもいた。クンダギのツカサもいた。そして、目の前にいるレンもいた。ササは十八年前に、それらの人たちに会っていたのだった。
 マッサビから南の島の話を聞いた。幼いササは行ってみたいと思った。すっかり忘れていたが、心の奥に残っていた記憶が、ササを南の島へと誘(いざな)ったのかもしれなかった。

 

 

 

国泉 どなん クバ巻 43度 600ml  [泡盛/沖縄県]