長い一日が終わった翌日、戦(いくさ)が始まった。
ウニタキ(三星大親)の報告によると、タブチ(先代八重瀬按司)はシタルー(山南王)の側室や子供たちを島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクから出して、タルムイ(豊見グスク按司)に味方したい重臣たちや豊見(とぅゆみ)グスク出身のサムレーたちも出て行かせたという。
重臣で出て行ったのは、『賀数大親(かかじうふや)』と『兼(かに)グスク大親』だった。二人とも本拠地が糸満川(いちまんがー)(報得川(むくいりがー))以北にあるので、タブチ側に付いたら本拠地を失ってしまうからだった。サムレーたちの総大将を務めていた『波平大主(はんじゃうふぬし)』も五十人の部下を引き連れて豊見グスクに行った。シタルーの護衛を務めていた二人のサムレーは波平大主の部下だった。部下を殺したタブチのもとにはいられないと王妃のもとへと行った。波平大主の兄は重臣の『波平大親(はんじゃうふや)』で、兄弟で敵味方に分かれる形になった。
シタルーの娘の『マアサ』も自分が育てた十人の女子(いなぐ)サムレーを連れて豊見グスクに向かった。マアサの母親は王妃ではなく、側室だった。重臣の国吉大親(くにしうふや)の妹で、母は二人の弟と一人の妹を連れて国吉グスクに帰って行った。『チヌムイ』が父親を殺した事を知ったマアサは驚いた。父親かチヌムイの母親を殺していた事を知って、さらに驚き、頭の中は混乱していた。父の敵(かたき)としてチヌムイを討たなければならないと思いながらも、チヌムイと共に修行を積んだ楽しい日々を忘れる事はできなかった。母のもとではなく豊見グスクに行ったのは、王妃がマアサを理解してくれたからだった。マアサが女子サムレーを作りたいと言った時、父はあまりいい顔をしなかったが、王妃は賛成してマアサを助けてくれた。マアサは『王妃を守る』ために女子サムレーを率いて、王妃のもとへと行った。それだけでなく、兄たちがチヌムイをどうするのかも気になっていた。
シタルーの側室で残ったのは、二年前にハルのお返しとして、サハチ(中山王世子、島添大里按司)がシタルーに贈った『マフニ』だけだった。シタルーとの間に子供はなく、ウニタキの配下なので、グスク内の様子を探るために残っていた。もう一人、ウニタキの配下の『マクム』がいたが、娘を連れて豊見グスクに行った。豊見グスク内の様子を探るためだった。マフニと同じ頃にタブチがシタルーに贈った『カニー』は八重瀬(えーじ)に帰り、シタルーがタブチに贈った『ミユー』は、タブチを助けなさいとタブチの正妻のカヤに言われて島尻大里グスクに入った。
戦が始まったのは『八重瀬グスク』だった。八重瀬グスクは兼グスク按司(ジャナムイ)と長嶺按司(ながんみあじ)、瀬長按司(しながあじ)(山南王妃の弟)が率いる三百人の兵に囲まれた。
総大将の兼グスク按司は『チヌムイを引き渡せ』と交渉したが、八重瀬按司になった『エータルー』は拒絶した。実際、チヌムイと若ヌルは八重瀬グスク内にはいなかったが、エータルーは匿(かくま)っている振りをした。タルムイの兵を分散させるには、八重瀬グスクに釘付けにしなければならなかった。
兼グスク按司は総攻撃を命じた。弓矢の撃ち合いで始まったが、守りを固めているグスクに近づく事はできず、一時(いっとき)(二時間)ほどで攻撃は中止され、兼グスク按司は長期戦の覚悟をして、陣地作りを始めた。
すでに城下の人たちはグスク内に避難していて、兼グスク按司はグスクの近くにある重臣の屋敷を本陣として、長嶺按司、瀬長按司と今後の対策を練った。
タルムイは保栄茂按司(ぶいむあじ)(グルムイ)、小禄按司(うるくあじ)と一緒に、三百の兵を引き連れて島尻大里グスクに向かった。糸満川に架かった橋を渡ると右側に『照屋(てぃら)グスク』、左側に『大(うふ)グスク』が見える。
糸満川の河口は『糸満の港』になっていて、『糸満グスク』、『兼グスク』、『照屋グスク』の三つは、交易のための蔵から発展したグスクで、山南王(さんなんおう)の重臣たちが管理していた。
『大グスク』は古くからの『神聖なウタキ(御嶽)』だった。シタルーの父、『汪英紫(おーえーじ)』が『山南王』になった時に禁を破って、山の頂上に『見張り小屋』を建てたのが始まりで、やがて『グスク』が築かれた。糸満川を利用して八重瀬グスクまで物資が運ばれていたので、それを見張るためだった。シタルーとタブチが対立すると、タブチの船を通さないように見張りが置かれた。島尻大里グスクに入ったタブチと豊見グスクのタルムイが対立したため、『大グスク』はタブチ側の最前線を守るグスクとなり、タブチは百人の兵を配置に付けていた。
まだ戦の準備が整っていないのか、大グスクからも照屋グスクからも攻撃はなかった。タルムイの軍勢は警戒しながら島尻大里グスクに向かった。
敵が攻めて来たと城下は大騒ぎになった。昨日のうちに逃げた人も多いが、もう少し様子を見ようと残っている人も多かった。
タルムイは進軍をやめて、城下の様子を見守った。なるべく多くの人たちをグスク内に追い込んだ方がこの先、有利だった。
一時(いっとき)(二時間)ほど待って城下が静かになったのを見届けると、タルムイは大通りを通ってグスクに向かった。弓矢の射程圏外で止まると兵を横に展開した。タルムイに従っていた『豊見グスクヌル』と『座波(ざーわ)ヌル』が馬に乗ったまま進み出た。
大御門(うふうじょー)(正門)の上にある櫓(やぐら)の上からも、石垣の上からも、弓矢を持った兵が二人を見ていたが狙ってはいなかった。敵とはいえ、祟(たた)りを恐れてヌルを殺そうとする者はいなかった。
大御門が少し開いて、馬に乗った『島尻大里ヌル』が現れた。島尻大里ヌルは静かに二人のヌルに近づくと、しばらく話をしていた。
島尻大里ヌルが二人にうなづいて引き下がった。豊見グスクヌルと座波ヌルもタルムイのもとに戻った。
しばらくして、シタルーの遺体が乗った『華麗なお輿(こし)』が現れた。お輿を担いでいた四人の兵は先程、ヌルたちが会っていた辺りにお輿を置くと、慌てて引き返した。馬から下りた豊見グスクヌルと座波ヌルがお輿を確認した。
お輿のすだれを上げるとお香の匂いが漂ってきた。『白装束のシタルー』が首をうなだれて座っていた。その哀れな姿を見て、豊見グスクヌルも座波ヌルも涙が溢れてきた。でも、こんな所で泣いている場合ではなかった。二人は涙を拭いて、頑張りましょうとお互いの手を握って励まし合った。二人は立ち上がると両手を合わせてお輿の中の山南王に頭を下げ、グスクに向かって頭を下げ、振り返るとタルムイに合図を送った。四人の兵がやって来て、お輿を担いだ。
お輿を先頭にして、タルムイの兵は引き上げて行った。
その頃、首里(すい)グスクにはタブチからの書状と山南王妃からの書状が届いていた。
タブチの言い分は、敵討ちをしたチヌムイの責任を負って、斬られる覚悟で島尻大里グスクに行ったが、重臣たちに説得されて、『山南王』になる決心をした。チヌムイを助けるには『山南王』になるしかなかった。突然の事で戸惑いはあるが、立派な『山南王』になって、南部地方を栄えさせるつもりだと言い、中山王(ちゅうさんおう)に今までの事を感謝して、今後も応援を頼むと書いてあったが、今回の戦には介入しないて欲しいと言ってきた。
山南王妃の言い分は、『山南王』を殺した者が、『山南王』になる事は神様が許さないだろう。『山南王』の嫡男であるタルムイが『山南王』を継ぐのが正統なので、応援してほしいが、今回は介入しないでくれと書いてあった。
『龍天閣(りゅうてぃんかく)』にはサハチ、思紹(ししょう)(中山王)、苗代大親(なーしるうふや)(サムレー総大将)、ヒューガ(水軍大将)、ファイチ(中山王の軍師)が集まっていた。
「どちらも介入するなと言ってくるとは意外じゃな」と思紹は言った。
タブチはともかく、タルムイは援軍の依頼をしてくるだろうとサハチも思っていた。タルムイよりも母親の王妃が主導権を握っているようだった。
「やはり、タブチは死ぬ覚悟で行ったようですね」とサハチは言った。
「しかし、重臣たちはどうして、タブチを捕まえないで、山南王になるように勧めたのでしょう」
「タブチとタルムイを比較して、タブチの方が『山南王』にふさわしいと考えたのじゃろう。今のタブチなら、充分に『山南王』を務められる。タルムイではまだ頼りないと思ったのじゃろうな」
「タブチはシタルーの重臣たちと通じていたのでしょうか」
「その辺はわからんが、先代(汪英紫)が亡くなった時、重臣たちはタブチを支持して『山南王』にしようとした。その時の重臣たちはまだいるはずじゃ。それらの重臣たちにタブチは密かに、明国(みんこく)(中国)のお土産を贈っていたのかもしれんのう」
「重臣たちは皆、グスクを持っていて、非番の時はグスクにいますから、そんな時に密かに接触していたのかもしれませんね」
「タブチならそのくらいの事はやっていたじゃろう」
「それで、『山南王妃』ですが、どうして介入するなと言ってきたのでしょう。タルムイは中山王の娘婿なのに」
「中山王が介入すれば、山北王(さんほくおう)も出て来ると思ったのかもしれんな。まもなく北風(にしかじ)が吹く。船で乗り込んで来て、夏まで居座る事になる。中山王と山北王が介入して来たら、戦は大きくなって、被害も大きくなる。庶民たちが苦しむのを見たくなかったのかもしれんな」
「すると、『山南王妃』は山北王にも介入するなと言ったのじゃろうか」と苗代大親が言った。
「『本部(むとぅぶ)のテーラー(瀬底之子)』は今、どこにいるんじゃ?」と思紹がサハチに聞いた。
「どこにいるのか知りませんが、島尻大里の騒ぎを聞けば保栄茂(ぶいむ)グスクに行ったのではないでしょうか」
「テーラーが山南王妃の書状を持って、今頃、今帰仁(なきじん)に向かっているかもしれんな」
「山北王は動きますかね?」とサハチは誰にともなく聞いた。
「山南王妃に介入するなと言われても、娘婿の『保栄茂按司』を『山南王』にしようと考えるかもしれんな」と思紹が言った
「それはうまくないのう」とヒューガが言った。
思紹はうなづいて、「それだけは絶対に阻止しなくてはならない」と厳しい顔付きで言った。
「山北王の兵がやって来たら海上で防ぎますか」とヒューガが言ったが、
「それもうまくないのう」と思紹は言った。
「山北王と戦をするのはまだ早い。山北王が介入して来たら、わしらもタルムイに援軍を出さなくてはならない。そして、タルムイに『山南王』になってもらう」
「タブチを倒すのですか」とサハチは思紹に聞いた。
「山北王が出て来たらの話じゃ。今はまだ、様子を見ん事には、わしらがどう動くかは決められん」
「タブチを殺すのは惜しい」とサハチは言った。
「今だけの事を考えるな」と思紹は言った。
「三年後には『山北王』を攻める。その時、安心して北部に出陣できるような状況にしなければならんのじゃ」
「タブチが『山南王』になった場合、どうなるのか考えてみましょう」とファイチが言った。
「タブチが勝つという事は、タルムイたち兄弟は敗れるという事じゃな」と苗代大親は言って、絵地図を見た。
「豊見グスク、長嶺グスク、保栄茂グスク、阿波根(あーぐん)グスクはタブチに奪われ、タブチの配下の武将が入る事になる。東方(あがりかた)の按司たちはタブチとつながっているから、タブチが『山南王』になるのならと山南王の傘下(さんか)に入るかもしれんのう」
「うーむ」と思紹は唸った。
「タブチが『山南王』になるとシタルーの時よりも勢力が広がるという事か」
「タブチが『山南王』になれば、交易に力を入れて、今以上に栄えるでしょう」とサハチは言った。
「明国の役人たちとも親しくしているようじゃからのう。海船を何隻も賜わって、一年に何回も行くかもしれん。うまくないのう」
「東方の若按司や家臣たちはタブチと一緒に明国に行っています。タブチが『山南王』なら従ってもいいと思うかもしれません」
「うまくないのう」と思紹は言ってから、「山南王の『進貢船(しんくんしん)』はどうなっているんじゃ?」とファイチに聞いた。
「一隻は国場川(くくばがー)に泊まっていて、もう一隻は明国に行っています。来月あたり、帰って来ると思います」
「国場川の進貢船はタルムイが抑えているのか」
ファイチは首を傾げて、「調べてみます」と言った。
「タブチが『山南王』になると『今帰仁攻め』は難しくなりそうですね」とサハチは言った。
「東方にある島添大里(しましいうふざとぅ)グスクが狙われそうです」
「いや、南部を支配下に治めたタブチは野望を抱いて、首里グスクを狙うじゃろう。シタルーと同じように『山北王』と手を結んで、挟み撃ちを考えるかもしれん」
「山北王と手を結ぶとなると保栄茂按司の嫁さんは助け出さなくてはならんな」とヒューガが言った。
「タブチの事じゃから、その辺の事は抜かりなくやるじゃろう」と思紹は言った。
「今度は『タルムイ』が勝った場合を考えてみましょう」とファイチが言った。
「タルムイが勝てば、タルムイは島尻大里グスクに入って『山南王』になる」と苗代大親が言った。
「タブチに味方した米須按司(くみしあじ)、伊敷按司(いしきあじ)、真壁按司(まかびあじ)、具志頭按司(ぐしちゃんあじ)、玻名(はな)グスク按司、与座按司(ゆざあじ)は滅ぼされる。勿論、八重瀬按司(えーじあじ)もじゃ。それらのグスクにタルムイの配下が入る事になるが、タルムイの配下に按司が務まる人材はおるまい」
「人材以前に、タルムイの兄弟たちが、それらの按司たち全員を倒せるはずはない」とヒューガが言った。
「島尻大里グスクを包囲して置かないと、それらのグスクを攻める事はできない。島尻大里グスクを包囲するのに一千の兵がいる。そして、それらのグスクを倒すのには、さらに一千の兵が必要じゃろう」
「タルムイが勝つには、やはり、援軍が必要じゃな」と思紹は言って、「『山南王妃』は戦を知らんようじゃな」と笑った。
「それはタブチにも言えます」とファイチは言った。
「阿波根グスク、保栄茂グスクを落とさないと、豊見グスクは攻められません。阿波根グスクと保栄茂グスクを落として、豊見グスクを攻める事ができたとしても、長嶺グスクから妨害されます。シタルーの息子たちを倒すのは容易な事ではありません」
「長期戦になるという事じゃな」
「いっその事、三年間、続けてもらいましょう」とファイチが言って、皆を笑わせた。
「その辺の所は置いておいて、『タルムイ』が勝ったとしましょう。そうなると南部の状況はどうなるでしょう」とファイチは真顔に戻って聞いた。
「タブチたちがいなくなったら、という事じゃな」と苗代大親が言って話を続けた。
「『タルムイ』はまだ若いし、豊見グスクにいたので、父親の仕事を実際に見ていない。『山南王』になったとしても、何をしたらいいのかもわかるまい。そうなれば、当然、義父である兄貴を頼る事になる。東方の者たちも以前のごとく、中山王に従うじゃろう。山南王の勢力範囲は今と変わらんじゃろう」
「いや」とヒューガが言った。
「『タルムイ』に援軍を送って、中山王の兵が『八重瀬グスク』、『具志頭グスク』、『玻名グスク』、『米須グスク』、『伊敷グスク』、『真壁グスク』を落とせば、それらのグスクに中山王の配下を入れて、山南王の領地を狭める事ができる」
「それじゃ」と思紹は手を打った。
「『八重瀬グスク』、『具志頭グスク』、『玻名グスク』、『米須グスク』は是非とも奪い取りたいものじゃな」
「タブチを攻めるのですか」とサハチは聞いた。
「その時期が問題じゃな。『山南王妃』に援軍を頼むと言わせなければならん」と思紹は言った。
ウニタキ(三星大親)が現れた。
兼グスク按司、長嶺按司、瀬長按司が八重瀬グスクを攻めた事、タルムイが島尻大里に攻め寄せて、シタルーの遺体を引き取った事を伝えた。
「タルムイは遺体を引き取っただけで引き上げたのか」とサハチが聞いた。
「引き上げた。『親父の葬儀』をやってから、戦を始めるのだろう。それと、『テーラー』がタルムイの使者として今帰仁に向かいました」
「やはり、山北王にも介入するなと言うようじゃな」と思紹が言った。
「タブチも山北王に使者を送りました」とウニタキは言った。
「タブチが?」と皆が驚いて、「誰を送ったんだ?」とサハチは聞いた。
「米須の隣り村(じま)にいる『小渡(うる)ヌル』です」
誰もが小渡ヌルなんて知らなかった。
「何者じゃ?」と思紹が聞いた。
『小渡ヌル』は先々代の越来按司(ぐいくあじ)の娘で、母親が山北王(攀安知)の叔母だとウニタキは説明した。
「そんなヌルが米須にいたなんて知らなかった」とサハチが言った。
「俺も知らなくて、ここに来る前、馬天(ばてぃん)ヌルに聞いてみたんだ。馬天ヌルは知っていた。驚いた事に『小渡ヌル』はヂャンサンフォン(張三豊)殿の弟子なんだよ」
「何だって!」
サハチとファイチは顔を見合わせて驚いていた。
「それだけじゃない。『佐敷ヌルの弟子』でもあるんだ。俺たちが唐旅(とーたび)に出ていた頃、『小渡ヌル』は島添大里グスクの佐敷ヌルの屋敷に居候(いそうろう)して、剣術を習っていたそうだ。馬天ヌルもその話を聞いて驚き、佐敷ヌルに聞いたら、『小渡ヌル』の事を覚えていた。ただ、山北王とつながりがあるとは知らなかったようだ。その『小渡ヌル』だが母親と娘を連れて、『宇久真(うくま)』の女将と一緒に今帰仁に向かった」
「どうして、『ナーサ』を知っているんだ?」
「ヂャンサンフォン殿のもとで一緒に修行を積んだ仲だそうだ。馬天ヌルから聞いたんだが、娘と一緒に小舟(さぶに)に乗って、海に潜って魚を捕っているそうだ。面白そうなヌルだよ」
「タブチも山北王に介入しないように頼んだようじゃな」と苗代大親が言った。
「山北王の動きを探ってくれ」と思紹はウニタキに言った。
「山北王の動き次第で状況は変わってくる」
ウニタキはうなづいた。
「馬天ヌルは手登根(てぃりくん)から帰って来たばかりだったのですが、島尻大里からの避難民が首里にも大勢来たと言っていました」
「なに、島尻大里の避難民が首里に来たのか」とサハチは驚いた。
思紹は廊下で待機している女子サムレーを呼んで、避難民たちの世話をするように重臣たちに伝えろと命じた。
ウニタキが出て行こうとした時、マチルギが現れた。
「島添大里に『タブチ』から出陣要請が来たわよ」とマチルギがサハチに言った。
「何だって?」とサハチは驚いてマチルギを見た。
マチルギから渡された書状には、『東方の按司たちを率いて、長嶺グスクを攻めてくれ』と書いてあった。サハチは思紹に書状を渡して、
「中山王には介入するなと言って、俺には援軍を送れと言うのか」と言って皆の顔を見た。
「タブチは『東方』は山南王の領地だと思っているようじゃ」と苗代大親が言った。
「タブチは『山南王』になったようじゃな」と思紹が笑って、「何と読むんじゃ?」とファイチに書状を見せた。
書状の最後に『琉球山南王 達勃期』と書いてあった。
「タブチです。明国での名前です。以前は違う字でしたが、漢詩をやるようになって、そのように変えたようです」
みんなが書状を覗き込んで、「これでタブチと読むのか」と首を傾げた。
「そんな事より、『東方の按司』たちをどうしますか」とサハチは思紹に聞いた。
「さっきと同じように分析してみよう」と思紹は言った。
「まず、『東方の按司』たちが『長嶺グスク』を攻めたらどうなるでしょう?」とファイチが言った。
「タルムイ側が『八重瀬グスク』を攻め、タブチ側が『長嶺グスク』を攻める。八重瀬グスクを攻めている長嶺按司は焦るじゃろうな」とヒューガが言った。
「長嶺按司は長嶺グスクに戻るかな」とサハチが言うと、
「戻って来たら道を空けてグスクに入れて閉じ込めてしまえばいい」と苗代大親が言った。
「タブチの狙いはそれですかね」
「そうかもしれんな」と思紹が言った。
「阿波根グスクを攻めれば、兼グスクも引き上げるかもしれん。兼グスク按司も閉じ込めて、保栄茂按司も閉じ込めようとしているのかもしれん。みんなを閉じ込めてから、豊見グスクを攻めるつもりかもしれんのう」
「タブチは長期戦を狙っているのか」とサハチは言った。
「シタルーがたっぷりと『兵糧(ひょうろう)』を溜め込んで置いたのじゃろう」とヒューガが笑った。
「みんなを閉じ込めてしまえば、島尻大里を包囲する者はいなくなる。タブチは『山南王』としての仕事を進められる。有利な状況で、中山王、山北王とも交渉ができる」
「もし、長嶺按司や兼グスク按司がグスクに戻らなかったらどうなりますか」とファイチが聞いた。
「やつらは帰る場所を失うわけじゃから、早く戦のけりをつけようと焦るじゃろうな。兄弟が争いを始めるかもしれん。保栄茂按司が、タブチの甘い誘いに乗って、寝返るかもしれんな」
「甘い誘いとは、もしや、保栄茂按司に『山南王の座』を譲るとでも言うのですか」とサハチはヒューガに聞いた。
「『タブチ』はもはや、昔のタブチではない。明国に行って、色々な事を学んでいるじゃろう。わしは明国の事は知らんが、ヤマトゥ(日本)の鎌倉幕府は、最初だけは源氏の将軍が力を持っていたが、その後は将軍というのは名ばかりで、力を持っていたのは『執権(しっけん)』という北条(ほうじょう)氏じゃった。タブチも保栄茂按司を『山南王』として飾って、裏で操るつもりなのかもしれん。保栄茂按司を『山南王』にすれば、山北王とも『同盟』ができる。やがて、中山王を挟み撃ちにする事も可能じゃ」
「何と言う事を‥‥‥」とサハチは驚いていた。
思紹も驚いた顔でヒューガの話を聞いていた。
「それでは、『東方』がタブチの言う事を聞かなかった場合はどうなるでしょう」とファイチは言った。
「東方は中山王の領内じゃったと認識するじゃろうな」と苗代大親が言った。
「ついこの間までは、八重瀬も具志頭も玻名グスクも米須も東方じゃった」とヒューガが言った。
「東方の『八重瀬グスク』が攻められているのに、中山王は放って置くのかという理屈が成り立つ。現にタブチは『明国の正使』を務め、かなりの貢献をしていたからのう。理由はどうあれ、世間の人たちは、中山王はどうして八重瀬按司を助けないんだと思うじゃろう」
「八重瀬按司を助けるか‥‥‥」と思紹は独り言のように言った。
「『東方』の者たちの意見を聞いてみましょう」とサハチは言った。
「皆、婚姻でつながっているので、タブチを助けようと思う者もいるかもしれません。無理に引き留めたら抜け駆けをする者が現れるかもしれません。そうなったら『東方』は分裂してしまいます」
思紹はうなづいたが、「お前は動くなよ」と言った。
「お前は島添大里按司でもあるが、中山王の世子(せいし)(跡継ぎ)でもある。お前が参戦すると『中山王の介入』とみなされる。中山王が介入すれば、必ず、山北王が出て来る」
「わかりました。出陣するような事になったら、『サグルー』に行かせます」
「サグルーは今、いくつじゃ?」と思紹は聞いた。
「二十四です」
思紹はうなづいて、「よし、サグルーに行かせろ」と言った。

