長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-113.親父の悪夢(第二稿)

 山南王(さんなんおう)のシタルーは夢を見ていた。
 子供の頃、八重瀬(えーじ)グスクの庭で、兄弟が揃って遊んでいる夢だった。その年、上の姉が中山王の若按司(武寧)に嫁いで行った。下の姉はヌルになるための修行を始めた。あの頃、親父(汪英紫)は八重瀬グスクの石垣の改築をしていた。まだ三十代の若さで、大きな野望に燃えていた。今、思えば、八重瀬グスクも親父が造ったグスクだった。
 八重瀬グスクが完成すると、玉グスクを攻めるために新(あら)グスクを築き始めた。シタルーは毎日、新グスクの普請場(ふしんば)に行って、グスク造りの基本を学んだ。島添大里(しましいうふざとぅ)グスクを奪い取ると、親父は大改築をした。石垣を高くして守りを固め、一の曲輪(くるわ)の屋敷は建て直している。二階建ての瓦葺(かわらぶ)きの立派な屋敷が完成した時、親父は嬉しそうに笑っていた。満足そうに屋敷を見上げていた親父が、急に鬼のように怖い顔をしてシタルーを見た。
「わしが造った島添大里グスクはいつ取り戻すんじゃ?」
 シタルーは真っ青な顔をして、「必ず、取り戻します」と言って、目が覚めた。
「大丈夫でございますか」と側室のマクムが心配そうな顔でシタルーを見ていた。
「ああ、大丈夫じゃ」とシタルーは言ったが、目の下にはクマができ、急に年を取ったかのようにやつれていた。
「最近、眠れないのではありませんか」
 シタルーは力なく笑って、「お前の所なら眠れると思ったんだがな」と言った。
 シタルーか親父の夢を見たのは、去年の春の事だった。二度ばかり夢に現れた親父は、島添大里グスクの石垣を修繕しろと言った。修繕しろと言われても、サハチのものとなったグスクの石垣を直せるわけがなかった。ところが、その年の夏、三王が同盟を結ぶ事になり、親父の夢が気になっていたシタルーは、サハチのもとに石屋を送って、島添大里グスクの石垣を修繕させた。
 その後、親父が夢に出て来る事はなく、シタルーも安心した。
 七月に大きな台風が来て、糸満(いちまん)がやられた。復興も一段落した九月の末、親父がまた夢に現れるようになった。今度は島添大里グスクを奪い返せと言った。シタルーは島添大里グスクよりも首里(すい)グスクを奪い取らなければならないと言ったが、親父は島添大里グスクの方が先だ。島添大里グスクを奪い取って、東方(あがりかた)の按司たちを従えてから首里グスクを奪い取れという。
 初めの頃は五日おきくらいに現れていたのが、三日おきになり、最近は毎晩のように夢に現れ、寝不足が続いていた。
 座波(ざーわ)ヌルに相談して、妹の島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌルに八重瀬にある親父と母親のお墓にお祈りをしてもらったが、効き目はなかった。
 以前、マクムの所で休んだ時、夢に親父は現れず、久し振りにゆっくり休む事ができた。今回も期待したのだったが、親父は鬼のような顔をして現れた。
 前回の夢の時、親父の願いを聞いたら夢に出て来なくなった。今回も親父の言う通りにしたら、出て来なくなるのかもしれないとシタルーは思い、島添大里グスクを奪い取る事を本気で考えてみようと思った。
 まだ夜中だが、シタルーは御内原(うーちばる)から出て、自分の執務室に向かった。
 親父は八重瀬グスクに抜け穴を造った。もしもの時に逃げるためと、グスクを敵に奪われたあとに奪い返すためだった。親父が亡くなって、兄のタブチと家督争いを始めた時、八重瀬グスクは中山王の兵に囲まれた。抜け穴を使えば簡単に落とせると思っていたのに、すでに抜け穴は塞がれていた。いつ塞いだのかわからないが、タブチも親父に似て、油断のならない奴だとシタルーはその時に思った。
 シタルーは大(うふ)グスク按司になった時、親父を真似して大グスクに抜け穴を造った。今帰仁合戦(なきじんがっせん)の時、留守を守っていた弟のヤフスが糸数按司(いちかじあじ)に大グスクを奪われた。その時、抜け穴を使って、簡単に奪い返す事ができた。
 完成した後(のち)、武寧(ぶねい)から奪い取るために、首里グスクにも抜け穴を造ったが、それはサハチに見つかり、サハチに利用されてしまった。
 首里グスクをサハチに奪われたあと、サハチがどうして抜け穴の事に気づいたのか腑に落ちなかったシタルーは、久し振りに大グスクに行って抜け穴を調べた。抜け穴は完全に塞がれていた。今の大グスク按司が抜け穴の事を知っているはずがない。サハチが塞いだに違いなかった。サハチが大グスクの抜け穴を知っていた事に驚き、サハチが首里グスクのウタキを調べて、抜け穴を見つけたに違いないと納得した。サハチの凄さを思い知らされ、サハチの動きをもっとよく調べるべきだったと後悔した。
 親父は島添大里グスクに抜け穴は造らなかった。シタルーがどうしてかと聞くと、ただ笑うだけで答えなかったが、あの時から島尻大里グスクを奪い取って、山南王になる事を考えていたのかもしれない。
 島添大里グスクに抜け穴があったら、奪い取るのは簡単だが、抜け穴がないとなると奪い取るのは難しい。親父が八重瀬グスクを奪い取った時のように、一瞬のうちに攻め落とさないと、首里からの援軍に挟み撃ちされて、全滅してしまうだろう。
 親父が八重瀬グスクを落としたのは、シタルーが八歳の時だった。絶世の美女を送り込んで、按司と若按司を対立させて、若按司の手引きでグスク内に潜入し、按司も若按司も殺して奪い取ったという。その手はサハチには使えない。別の方法を考えなければならなかった。
 もし、島添大里グスクを奪い取れたとしても、その後の事も考えておかなくてはならなかった。まず、中山王(ちゅうさんおう)が攻めて来る。サハチの妹婿の玉グスク按司、知念(ちにん)の若按司も攻めて来るだろう。サハチの弟の佐敷大親(さしきうふや)、平田大親、与那原大親(ゆなばるうふや)、手登根大親(てぃりくんうふや)も攻めて来るだろう。大グスク按司、兼(かに)グスク按司(ンマムイ)、八重瀬按司、米須按司(くみしあじ)、玻名(はな)グスク按司、具志頭按司(ぐしちゃんあじ)も攻めて来るかもしれない。南部で大戦(うふいくさ)か始まる事になる。山北王(さんほくおう)を味方に付けなければ負けてしまうかもしれない。サハチの倅に嫁いだ山北王の娘は救い出さなければならなかった。
 山北王の娘は保栄茂(ぶいむ)グスクにもいた。その娘を中山王に殺させて、山北王を呼び寄せるか‥‥‥
 山北王が出て来れば勝ち目はある。中山王の兵を挟み撃ちにして、首里グスクの下にあるガマに潜入できれば、首里グスクも奪い取れる。
 首里グスクを奪い取るための第一段階として島添大里グスクを奪い取ればいいんだとシタルーは結論を出して、綿密な作戦を立てる事に熱中した。

 


 その頃、サハチは進貢船(しんくんしん)の準備で忙しかった。三人の官生(かんしょう)を送る事になって、ようやく、その三人が決まったのだった。前回のファイテとジルークは島添大里のソウゲン禅師の推薦だったので、今回は首里のナンセン禅師の推薦する三人に決まった。
 北谷(ちゃたん)ジルー、城間(ぐすくま)ジルムイ、前田(めーだ)チナシーの三人で、ジルーは北谷大親の息子、ジルムイは城間大親の孫、チナシーは前田大親の息子だった。勿論、三人とも秀才だが、ただそれだけではなかった。北谷ジルーは船が好きで、自分で小舟(さぶに)も造って、帆の形などを研究しているという。サハチは塩飽(しわく)の船大工の与之助を思い出して、あんな風になってくれればいいと願った。城間ジルムイは書物を読むのが好きで、ヤマトゥの書物も明国の書物も読んでしまうという。前田チナシーは手先が器用で、笛や三弦(サンシェン)、農具や漁網も作った事があり、前田家伝来の棒術も得意だという。北谷ジルーは十五歳、城間ジルムイと前田チナシーは十六歳だった。
 北谷大親の父親は北谷の出身で、察度(さとぅ)の側室になった北谷按司の娘の護衛として浦添(うらしい)に来た。北谷大親は浦添で生まれてサムレーになり、進貢船のサムレーとして何度も明国に行った。明国から帰って来たら、中山王が入れ替わっていて、そのまま思紹(ししょう)に仕えた。今は船から降りて、交易担当の安謝大親(あじゃうふや)の下で働いていた。城間大親と前田大親は先代の中山王に仕えていたが、ナーサによって思紹に仕えた重臣だった。
 十一月十八日、今年三度目の進貢船が出帆して行った。正使は八重瀬按司のタブチで、副使は南風原大親(ふぇーばるうふや)、サムレー大将は五番組の外間親方(ふかまうやかた)、従者として米須按司、玻名グスク按司、ナーグスク大主(うふぬし)、山グスク大主が去年と同じように同行した。
 それから四日後の事だった。ウニタキが島添大里グスクにやって来た。
「ハルがいるぞ」とサハチは言ったが、ウニタキは厳しい顔をして、サハチの前に座り込んだ。
「シタルーが動いたぞ」とウニタキは言った。
「長嶺(ながんみ)グスクに武装した四百の兵が集結している」
「なに!」とサハチは驚き、
「シタルーは本気で、ここを攻めるつもりなのか」とウニタキに聞いた。
「親父の悪夢に負けたのだろう。毎晩、悪夢にうなされて眠れず、ひどい顔付きになっていたそうだ。このグスクを攻める事に決めて、作戦を練り始めたら、親父も夢に現れなくなったようだ」
「長嶺グスクからここまで、一時(いっとき)(二時間)もあれば着くぞ。しかし、四百の兵では、このグスクは落とせんだろう。首里から攻めて来れば挟み撃ちに遭って全滅だ」
「そのくらいの事はシタルーだって承知だろう。何か秘策があるに違いない」
「ハルと二人の侍女に御門(うじょう)を開けさせるというのか」
「その手しかないだろう。しばらく、どこかに閉じ込めておいた方がいいぞ」
「ハルを信じないわけではないが仕方がないな。とにかく、守りを固めなくてはならん。城下の者たちも避難させなくてはならんぞ」
「いつ攻めて来るかだ」とウニタキは腕を組み、
「ンマムイの兼グスクで待ち伏せする事もできるぞ」と言った。
「今、島添大里には二百の兵しかいない。外に出す余裕はない」
 二隻の進貢船とヤマトゥに行った交易船に三百人のサムレーが乗って行ったため、島添大里の百人のサムレーが補充人員として首里に行っていた。以前、島添大里のサムレーはグスクと与那原の港を守っていたが、与那原にグスクができたため、与那原の港は与那原大親に任せる事になり、首里に行くようになったのだった。
「どんな秘策があるのかわからないが、二百の兵で、このグスクを守った方がいいだろう」とサハチは言って、佐敷ヌルの屋敷にいるハルと二人の侍女を呼んだ。
 女子(いなぐ)サムレーと一緒に来たハルはサハチとウニタキを見て、一体、何だろうという顔付きで、二人の前に座った。
「山南王から何か知らせがあったか」とサハチはハルに聞いた。
 ハルは首を振って、「こちらに来てから、山南王から知らせをもらった事は一度もありません」と言った。
 侍女たちに聞いても、同じ答えだった。
「山南王が今、長嶺グスクに四百の兵を集めている。ここに攻めて来るかもしれん」
「えっ!」とハルは驚き、「山南王は本当にこのグスクを奪い返そうとしているのですか」と聞いた。
「そうらしい。アミーから何か言って来たか」
 ハルは首を振った。
 突然、「按司様(あじぬめー)」と言って、女子サムレーがサハチの前に座って、頭を下げた。
「どうしたのだ?」とサハチは女子サムレーに聞いた。
 女子サムレーは顔を上げると、「わたしなんです」と言った。目から涙が流れていた。
 部屋の外にいた女子サムレーのシジマが、「ユーナ、どうしたの?」と近づいて来た。
「わたしが間者(かんじゃ)なのです。山南王の命令で、ここの女子サムレーになりました」
「ええっ!」とシジマは信じられないといった顔で、ユーナを見ていた。
「お前は刺客(しかく)なのか」とサハチはユーナに聞いた。
「違います。グスク内の様子を山南王に知らせていただけです」
「どうやって?」
「おうちに祖母がいます。祖母のもとに時々、行商人(ぎょうしょうにん)が来るのです。いつもはわたしの留守中に来るのですが、今朝早くに来て、わたしに山南王の命令を伝えました」
「その命令とは?」とウニタキが身を乗り出して聞いた。
「皆が寝静まった深夜に、東曲輪(あがりくるわ)の御門を開けろというものです」
「シタルーは夜襲を掛けるつもりか」とウニタキは言って、サハチを見た。
「総攻撃の前に、刺客の攻撃があります」とユーナは言った。
「まず、刺客を潜入させて、按司様を殺します。その後、総攻撃を掛けて、このグスクを奪い取るつもりです」
「刺客を使うとは、首里の時と同じ作戦だな」とサハチは言った。
「夜襲となると敵は火矢を使うぞ」とウニタキが言った。
 サハチはうなづき、火矢で攻撃された佐敷グスクを思い出していた。
「わたしはアミーの妹です」とユーナは言った。
「えっ!」とハルが驚いた。
「姉は今回、この作戦には加わらないと思います。姉は按司様の事を命の恩人だと思っています」
「お前はどうして、間者になったのだ?」とサハチは聞いた。
「わたしの父は、若い頃の山南王の護衛を務めておりました。わたしも姉も幼い頃から父に剣術を学び、山南王を守るのが務めだと信じて生きてきたのでございます。わたしたちの母は病弱で、わたしが十五の時に亡くなってしまいましたが、母の遺言も、『山南王を守れ』だったのです。姉は山南王のために、中山王の側室になって、見事にお役目を果たしました。今度はわたしの番だと、祖母と一緒にここに来たのです。浦添から逃げて来たという事にしました。城下の娘たちと一緒に東曲輪に通って、剣術の稽古に励み、二年後、女子サムレーになれました。山南王のために、ここに来たのですけど、ここにいる間に、わたしの気持ちは変わってしまったのです。女子サムレーの人たちと付き合い、佐敷ヌル様やユリ様と一緒にお芝居のお稽古をしているうちに、わたしは間者である事に後ろめたさを感じるようになりました。でも、本当の事を打ち明ける勇気はありませんでした。本当の事を言ったら、もうここにはいられなくなってしまう。それが恐ろしかったのです。でも、今回の事はわたしにはできません。隊長に本当の事を言おうと思いましたが、なかなか言い出せませんでした。そんな時、ハル様が呼ばれました。もしかしたら、山南王の事ではないかと思って、一緒に付いて来たのです」
 ユーナはそう言うと泣き崩れた。
「人は誰でもやり直しはできる」とウニタキが言った。

 


 何事もなかったかのように、その日の日が暮れた。島添大里グスクはいつものように、娘たちの剣術の稽古も終わって、静かになっていた。娘たちが帰ると、いつものように東曲輪の御門も閉められ、門の内側にある小さな小屋の中で、二人の門番が待機していた。
 深夜になり、辺りは静まり返って、下弦の月が東の空に登り始めた。佐敷ヌルの屋敷から出て来た人影が、門番小屋に近づいてから、かんぬきをはずして御門を開けた。しばらくして、人影がぞろぞろと入って来た。全員が東曲輪に入ると御門は閉められた。
 門が閉まったのと同時に、鋭い音が次々にして、悲鳴が起こり、何人かの人影が倒れた。
「しまった。罠だ」と誰かが叫んだ。
 弓矢の攻撃が終わると隠れていた人影が出て来て、刀の刃がきらめいた。
 あっと言う間に、侵入者は全滅した。倒れている敵の数を数えると二十人もいた。
 あちこちに篝火(かがりび)が焚かれて、急に明るくなった。敵の死体を一カ所に集め、筵(むしろ)をかぶせると、二百人の守備兵たちは、敵の攻撃に備えて配置についた。
 二十人の刺客は、チミーとマナビーの弓矢で十人がやられた。サグルーが二人を斬り、サムレー大将の慶良間之子(きらまぬしぃ)が二人を斬り、イハチが一人を斬った。サスカサが一人を倒し、女子サムレーのカナビー、ニシンジニー、アミー、ミイが一人づつ倒して全滅した。逃げて来た敵を倒そうと待ち構えていたチューマチとヤールーは出る幕がなかった。ウニタキの配下の者たちも見守っていたが出る幕はなかった。
 チミーとマナビーは三月に、ヂャンサンフォンのもとで修行を積んでいた。運玉森(うんたまむい)のガマ(洞窟)の中を歩かされ、暗闇でも目が見えるようになり、月明かりのもとでは百発百中の腕になっていた。
 サグルーがユーナを連れて一の曲輪の屋敷に行って、サハチに結果を報告した。サハチの部屋にはウニタキと奥間大親(うくまうふや)もいた。
「そうか、全滅したか」とサハチは満足そうにうなづいて、
「怪我人は出なかったか」とサグルーに聞いた。
「大丈夫です」
「みんな、よくやってくれた」とサハチは言ってから、ユーナを見た。
「お前のお陰で、助かった。お礼を言う。しかし、刺客が全滅したのに、お前が無事だと知られると、お前が裏切った事がばれてしまう。お前をここに置いておくわけにはいかないな」
「わたしは山南王に殺されるでしょう。いっその事、わたしも殺してください」
「馬鹿な事を言うな。お前は俺の命の恩人ではないか。お前が黙っていたら、俺は殺されていたかもしれんし、何人もの犠牲者が出ただろう」
 突然、窓から誰かが飛び込んで来た。廊下にいた女子サムレーが刀を抜いて、侵入者に向けた。
 侵入者は廊下にひざまづくと、サハチに頭を下げた。
「お姉さん」とユーナが言った。
「アミーか。久し振りだな」とサハチはアミーを見た。
 六年前、首里グスクで会った時は美しい着物を着た側室だったが、今回は黒づくめの格好で、背中に刀を背負っていた。
「妹を助けていただき、ありがとうございます」とアミーは言った。
 ハルが出て来て、アミーに近寄って、「お師匠」と呼んだ。
「ハル、元気そうね」とアミーはハルを見て軽く笑った。
「ハル、アミーを連れて来てくれ」とサハチはハルに言った。
 ハルはうなづいて、アミーを連れて部屋の中に入った。女子サムレーたちは刀を鞘(さや)に納めて、成り行きを見守った。
「お前は今回の作戦には参加しなかったのだな?」とサハチがアミーに聞いた。
「山南王から頼まれましたが、わたしは断りました。でも、妹の事が心配で様子を見に来たのです」
「どうやって、このグスクに潜入したのだ。今、このグスクは警戒態勢に入っていて、どこからも潜入できないはずだ」
「刺客が来る前に、すでに入っていたのです」
「なに、刺客よりも先に潜入していたのか」
 アミーはうなづいて、上を見上げた。
「屋根の上から刺客たちが倒されるのを見ていました。そして、妹がこの屋敷に連れられて来るのを見て、姿を現す事にしたのです」
「そうか。刺客が全滅してしまい、お前も帰ったら、山南王に殺されるかもしれんな」
「お婆が危ないわ」とアミーが言った。
「大丈夫よ。グスク内にいるわ」とユーナが言った。
「二人を、いや、お婆も入れて、三人をキラマ(慶良間)の島に送ったらどうだ?」とウニタキがサハチに言った。
「向こうで、娘たちを鍛えてもらえばいい」
「そうだな。それがいいかもしれん」とサハチがうなづいた。
「わたしたちを助けてくれるのですか」とアミーは信じられないという顔をしてサハチに聞いた。
「お前は断ったんだろう。ユーナは命の恩人だし、助けるのは当然だ。ほとぼりが覚めるまで、キラマの島に隠れているか」
「ありがとうございます。わたしたちは死んだ事にしておいてください」
「ユーナが捕まって、それを助けようとして現れたアミーも、ユーナと一緒に殺された、という事にしておこう」とウニタキが言った。
「お師匠、よかったですね」とハルが嬉しそうに言った。
「今回の作戦を豊見(とぅゆみ)グスク按司は知っているのか」とサハチはアミーに聞いた。
 アミーは首を振った。
「豊見グスク按司に話せば反対されるので、内緒です。今回、山南王が率いているのは娘婿の長嶺按司次男の兼グスク按司、妹婿の瀬長(しなが)の若按司です」
「山南王自らが指揮を執っているのか」
「一瞬のうちに勝負を決めなくてはならないので、他人には任せられないのでしょう」
「もし、刺客が俺を殺すのに成功したとしても、このグスクから出る事はできないだろう。皆、殺されるはずだ。俺がいなくても、サグルーがこのグスクを守り抜くに違いない。山南王はどうやって、このグスクを攻め落とすつもりだったのだ?」
「刺客の目的は按司様だけではありません。若按司様もイハチ様も標的になっていました。按司様たちを殺したあと、刺客たちは皆、殺されるかもしれません。殺される前に、成功したという矢文(やぶみ)を放ちます。グスクの外に足の速い者が待機していて山南王に知らせます。知らせを受けた山南王は兵を率いてやって来て、まず、城下に火を放ちます。城下の者たちはグスクに逃げ込む事でしょう。その中に間者が紛れ込んで、御門を内側から開けて、兵たちを誘い込むのです。通常でしたら、その間者も目的を果たす事なく殺されるでしょうが、按司様や若按司様が殺されて混乱状態になっていれば成功するでしょう」
「成程。しかし、すでに城下の者たちがグスク内に避難していたらどうするんだ?」
「山南王はここの城下にも間者を置いています。多分、今晩は親戚の者たちが何人も泊まり込んでいる事でしょう」
 サハチは笑った。
「山南王の刺客はまだいるのか」とウニタキが聞いた。
「今回の作戦にほとんどの者が参加しています。残っているのは粟島(あわじま)(粟国島)で修行中の者たちだけです」
「当分の間は、シタルーもおとなしくしているだろう」とウニタキはサハチを見て笑った。

 


 南風原(ふぇーばる)の黄金森(くがにむい)で下弦の月を眺めながら、山南王のシタルーは、まだかまだかと島添大里からのいい知らせを待っていた。
 夜もかなり更けた頃、ようやく、知らせを持った男がやって来たが、その顔色は悪かった。
「刺客は失敗に終わったものと思われます」と男は言った。
「なに?」とシタルーは信じられないと言った顔で男を見た。
「失敗に終わったじゃと?」
「成功したという矢文はありませんでした。誰一人としてグスクの外には現れません」
「どういう事じゃ?」
「グスク内が静まり返った深夜に、東曲輪の御門が開きました。刺客たちがグスク内に入ると御門は閉じられ、中で争っているような物音が聞こえましたが、すぐに治まり、また、静まり返りました。うまく行ったかと思っていたら、突然、篝火が焚かれて、グスク内が明るくなって、守備兵が配置に付きました。物見櫓の上にも見張りの兵が現れました。これは失敗に終わったに違いないと思いましたが、四半時(しはんとき)(三十分)ほど待ってみました。誰も戻っては来ないし、約束の矢文も来ませんでした」
「くそっ、どうして失敗に終わったんじゃ?」
「もしかしたら、ユーナが裏切ったのではないかと‥‥‥」
「ユーナに限って、そんな事はない。アミーとユーナの姉妹はわしの子供たちと一緒に育ったんじゃ。わしの娘みたいなものじゃ。わしを裏切るような事はしない。刺客の中に裏切り者がいたに違いない」
 首里から敵兵がこちらに向かって来るとの知らせが入った。
 シタルーは月を見上げると、悔しそうな顔をして、「撤収じゃ」と叫んだ。

 

 

 

夢判断 上 (新潮文庫 フ 7-1)   悪夢障害 (幻冬舎新書)