長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部は山北王の攀安知を倒すまでの活躍です。お楽しみください。

尚巴志伝 第二部

2-148.山北王が惚れたヌル(改訂決定稿)

中山王(ちゅうさんおう)(思紹)が女たちを連れて久高島参詣(くだかじまさんけい)をしていた頃、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクでは山北王(さんほくおう)の代理として本部(むとぅぶ)のテーラー(瀬底之子)が、山南王(さんなんおう)の他魯毎(たるむい)…

2-147.久高ヌル(改訂決定稿)

戦後処理も片付いた四月の三日、一月遅れの『久高島参詣(くだかじまさんけい)』が行なわれた。 グスク内に閉じ込められている女たちにとって、久高島参詣は年に一度の楽しみだった。それが戦(いくさ)のために中止になってしまったので、思紹(ししょう)(中山…

2-146.若按司の死(改訂決定稿)

山南王(さんなんおう)に就任した他魯毎(たるむい)は豊見(とぅゆみ)グスクから島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに引っ越しを始めた。すぐ下の弟、兼(かに)グスク按司(ジャナムイ)が豊見グスクに移って、豊見グスク按司を名乗り、四男のシルムイが阿波根(…

2-145.他魯毎(改訂決定稿)

島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクが落城した翌日、大(うふ)グスク、与座(ゆざ)グスク、真壁(まかび)グスクが降伏して開城した。 長嶺按司(ながんみあじ)と瀬長按司(しながあじ)の兵に包囲されていた大グスクでは、サムレー大将の真壁之子(まかびぬしぃ)が…

2-144.無残、島尻大里(改訂決定稿)

三月十日の早朝、他魯毎(たるむい)(豊見グスクの山南王)の兵と山北王(さんほくおう)(攀安知)の兵によって島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクの総攻撃が行なわれた。 本部(むとぅぶ)のテーラー(瀬底之子)率いる山北王の兵二百人が大御門(うふうじょー)…

2-143.山グスク(改訂決定稿)

米須(くみし)グスクは予想外な展開で開城となった。 敵陣に突っ込んで行った米須按司の行動は不可解だったが、若按司の話から、ああなった経緯はわかった。 物見櫓(ものみやぐら)の上で若按司と喧嘩をした按司は、重臣たちを集めて戦評定(いくさひょうじょう…

2-142.米須の若按司(改訂決定稿)

南部での戦(いくさ)は続いていたが、二月二十八日、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクで例年通りのお祭り(うまちー)が行なわれた。いつもよりも厳重な警備の中でのお祭りだったが、天候に恵まれて、大勢の人たちが集まって来て、お祭りを楽しんだ。いつも…

2-141.落城(改訂決定稿)

首里(すい)グスクのお祭り(うまちー)から六日後の昼下がり、玻名(はな)グスクに一節切(ひとよぎり)の調べが流れていた。 吹いているのは勿論、サハチ(中山王世子、島添大里按司)である。高い櫓(やぐら)の上から海の方を見ながら吹いていた。 戦(いくさ)を…

2-140.愛洲のジルー(改訂決定稿)

シンゴ(早田新五郎)とマグサ(孫三郎)の船が馬天浜(ばてぃんはま)にやって来た。 知らせを聞いたサハチ(中山王世子、島添大里按司)は玻名(はな)グスクから馬天浜に向かった。 すでに、『対馬館(つしまかん)』で歓迎の宴(うたげ)が始まっていた。マチル…

2-139.山北王の出陣(改訂決定稿)

山北王(さんほくおう)(攀安知)の兵が南部に出陣する前、今帰仁(なきじん)に驚くべき知らせが届いていた。知らせたのは奄美按司(あまみあじ)の使者で、鬼界島(ききゃじま)(喜界島)の鬼界按司の兵が全滅して、以前のごとく、御所殿(ぐすどぅん)(阿多源八…

2-138.ササと若ヌル(改訂決定稿)

玻名(はな)グスクから引き上げたササは、八重瀬(えーじ)グスクに寄ってマタルー(八重瀬按司)の長女のチチーを連れて、兼(かに)グスクに寄ってンマムイ(兼グスク按司)の次女のマサキを連れて与那原(ゆなばる)グスクに帰った。チチーを八重瀬ヌルに、マサ…

2-137.山南志(改訂決定稿)

ウニタキ(三星大親)が今帰仁(なきじん)から帰って来たのは、年が改まる三日前だった。湧川大主(わくがーうふぬし)が鬼界島(ききゃじま)(喜界島)から帰って来たという。「今の所、戦(いくさ)の準備はしていないが、来年の正月の半ば頃には南部に兵を送る…

2-136.小渡ヌル(改訂決定稿)

シタルー(先代山南王)が亡くなってから二か月近くが経っていた。 タブチ(先々代八重瀬按司)はチヌムイを連れて琉球から去り、八重瀬(えーじ)グスクはタブチの娘婿のマタルー(中山王思紹の四男)が入って、八重瀬按司を継いだ。具志頭(ぐしちゃん)グスク…

2-135.忘れ去られた聖地(改訂決定稿)

具志頭(ぐしちゃん)グスクを出て、仕事に戻れとサタルーを追い返したあと、ササ(馬天若ヌル)たちを八重瀬(えーじ)グスクに連れて行こうかとサハチ(中山王世子、島添大里按司)が思っていたら、耳元でユンヌ姫の声が聞こえた。「面白い所に連れて行くわ」…

2-134.玻名グスク(改訂決定稿)

島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクの包囲陣が壊滅したあと、戦(いくさ)は膠着(こうちゃく)状態に入っていた。他魯毎(たるむい)(豊見グスクの山南王)は島尻大里グスクを攻める事をやめて、糸満(いちまん)の港を守るために、照屋(てぃら)グスクと国吉(くに…

2-133.裏の裏(改訂決定稿)

島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクが他魯毎(たるむい)(豊見グスクの山南王)の兵に包囲された日の翌朝、信じられない事が起きていた。 グスク内に閉じ込められているはずの按司たちが兵を率いて、昨日の早朝と同じように攻めて来たのだった。他魯毎の兵た…

2-132.二人の山南王(改訂決定稿)

八重瀬(えーじ)グスクが炎上している頃、島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクでは山南王(さんなんおう)の就任の儀式が盛大に行なわれていた。 山南王になった摩文仁大主(まぶいうふぬし)(先代米須按司)は、シタルー(先代山南王)が冊封使(さっぷーし)から…

2-131.エータルーの決断(改訂決定稿)

サハチ(中山王世子、島添大里按司)はウニタキ(三星大親)と一緒に喜屋武(きゃん)グスク(後の具志川グスク)に行って、琉球を去るタブチ(先代八重瀬按司)たちを見送った。 喜屋武グスクは海に飛び出た岬の上にあって、思っていたよりも小さなグスクだっ…

2-130.喜屋武グスク(改訂決定稿)

タブチ(先代八重瀬按司)の豊見(とぅゆみ)グスク攻めの二日後、島添大里(しましいうふざとぅ)グスクにンマムイ(兼グスク按司)が訪ねて来た。一緒に連れて来たのはチヌムイと八重瀬(えーじ)若ヌルのミカだった。チヌムイもミカもウミンチュ(漁師)の格好…

2-129.タブチの反撃(改訂決定稿)

照屋大親(てぃらうふや)と糸満大親(いちまんうふや)の裏切りで、進貢船(しんくんしん)をタルムイ(豊見グスク按司)に奪われた事を知ったタブチ(先代八重瀬按司)は物凄い剣幕で腹を立てた。「なぜじゃ。なぜ、あの二人が寝返ったのじゃ?」「照屋大親も糸…

2-128.照屋大親(改訂決定稿)

長嶺按司(ながんみあじ)は長嶺グスクに閉じ込められた。 兵の半数近くが下痢に悩まされ、長嶺按司自身も悩まされていた。水のような下痢で我慢する事はできず、本陣となった屋敷に籠もって厠(かわや)通いが続いていた。こんな状態では戦(いくさ)はできん。出…

2-127.王妃の思惑(改訂決定稿)

島添大里(しましいうふざとぅ)グスクに集まった東方(あがりかた)の按司たちは、今度こそ、タブチ(先代八重瀬按司)に山南王(さんなんおう)になってもらおうと声を揃えて言った。その中にンマムイ(兼グスク按司)もいた。「お前が何で、ここにいるんだ?」…

2-126.タブチとタルムイ(改訂決定稿)

長い一日が終わった翌日、戦(いくさ)が始まった。 ウニタキ(三星大親)の報告によると、タブチ(先代八重瀬按司)はシタルー(山南王)の側室や子供たちを島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクから出して、タルムイ(豊見グスク按司)に味方したい重臣たちや…

2-125.五人の御隠居(改訂決定稿)

島添大里(しましいうふざとぅ)グスクから豊見(とぅゆみ)グスクに帰ったタルムイは母親(山南王妃)が来ていたので驚いた。「母上、どうしたのです。父上が見つかったのですか」「あなたが戻るのを待っていたのですよ。島添大里グスクに何をしに行ったのです…

2-124.察度の御神刀(改訂決定稿)

夜が明ける前の早朝、華麗なお輿(こし)が島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスクに向かっていた。四人の男が担いでいるお輿に従っているのは、頭を丸めた貫禄のあるサムレーとヌルだけで、二人とも馬に乗っていた。「姉のために作ったお輿が、弟のために役に立…

2-123.タブチの決意(改訂決定稿)

日が暮れてからブラゲー大主(うふぬし)を連れて、八重瀬(えーじ)グスクに来たミカ(美加)とチヌムイ(角思)を見て、タブチ(八重瀬按司)は首を傾げた。 ブラゲー大主が訪ねて来るのは久し振りだった。ブラゲー大主は中山王(ちゅうさんおう)のために貝殻を…

2-122.チヌムイ(改訂決定稿)

馬天浜(ばてぃんはま)のお祭り(うまちー)も終わって、三姉妹たちも、旧港(ジゥガン)(パレンバン)のシーハイイェン(施海燕)たちも、ジャワ(インドネシア)のスヒターたちも帰って行った。浮島(那覇)は閑散としていて、ヤマトゥ(日本)の商人たちが来…

2-121.盂蘭盆会(改訂決定稿)

湧川大主(わくがーうふぬし)が武装船に乗って鬼界島(ききゃじま)(喜界島)に向かっていた七月十五日、首里(すい)の大聖寺(だいしょうじ)で『盂蘭盆会(うらぼんえ)』という法会(ほうえ)が行なわれた。 『盂蘭盆会』というのは、七月十五日に御先祖様の精霊(…

2-120.鬼界島(改訂決定稿)

明国(みんこく)の海賊、リンジョンシェン(林正賢)から手に入れた鉄炮(大砲)を積んだ武装船に乗った湧川大主(わくがーうふぬし)は、意気揚々と鬼界島(ききゃじま)(喜界島)に向かっていた。 去年、前与論按司(ゆんぬあじ)の父子を鬼界按司(ききゃあじ)と…

2-119.桜井宮(改訂決定稿)

手登根(てぃりくん)グスクのお祭り(うまちー)で、佐敷ヌルの新作のお芝居『小松の中将様(くまちぬちゅうじょうさま)』が上演された。 手登根の女子(いなぐ)サムレーも旅芸人も『小松の中将様』を上演したが、台本が違っていた。 最初に演じられた女子サムレ…