長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-110.鳥居禅尼(第一稿)

 八月の一日、ササたちは熊野新宮(しんぐう)の神倉山(かみくらやま)に来ていた。
 ササたちが大原から京都に戻ると、南蛮(なんばん)から使者が来たとの噂で持ち切りだった。四年前に若狭(わかさ)(福井県)に来て、台風にやられた南蛮人だと言っていたので、旧港(ジゥガン)(パレンバン)の使者たちに違いなかった。シーハイイェン(施海燕)とツァイシーヤオ(蔡希瑶)が来たんだわとササたちは、旧港の使者たちの宿舎となっているお寺に飛んで行った。
 シーハイイェンとツァイシーヤオとの再会を喜んだササたちは、二人を高橋殿の屋敷に連れて行って、歓迎の酒盛りを始めた。
 五日後に、琉球の使者たちも京都に到着して、ササたちは行列に加わった。琉球の使者たちの宿舎はいつもの等持寺(とうじじ)で、等持寺に落ち着くと、佐敷ヌルは副使のクルシから、硫黄(いおう)の採れる島の事を聞いた。
硫黄島は永良部島(いらぶじま)(口永良部島)から坊津(ぼうのつ)に行く途中にある島じゃよ。その時の航路にもよるが、煙を上げている島が見えるはずじゃ。昔は鬼界島(きかいがしま)と言って、鬼が棲んでいる島だと思われていたようじゃ。流刑地(るけいち)になって、重罪人をその島に流した事もある。奄美大島の隣りにも鬼界島があって、そこは壇ノ浦の合戦の時、安徳天皇が逃げたという伝説のある島じゃよ」
「クルシ様は奄美大島の隣りの鬼界島に行った事はありますか」と佐敷ヌルは聞いた。
「一度だけ行った事がある。天皇の子孫だか知らんが、横柄な奴らが多くてな、二度と行きたくない島じゃった」
「今頃、山北王(さんほくおう)が横柄な奴らを攻めているでしょう」とササが言った。
「あの島は簡単には攻め落とせんじゃろうな。海岸は岩場が多くて、上陸する場所は限られている。ほとんど平らな島で、中央に高台があって、そこにグスクがある。グスクから島の周りはよく見えて、敵が近づいて来るのがわかるんじゃ。待ち構えていて、上陸する前にやられるじゃろう」
奄美大島に平家の落ち武者が住み着いた所があるようですけど、知っていますか」と佐敷ヌルは聞いた。
「浦上(うらがみ)じゃろう」とクルシは知っていた。
「右近(うこん)殿と呼ばれている男がいた。噂ではもう亡くなって、倅の代になっているようじゃ。平家の大将だった平清盛(たいらのきよもり)の孫が壇ノ浦の合戦から逃げて来て、浦上に住み着いたという。右近殿は悪い奴ではないんじゃが、寄るたびに、今帰仁(なきじん)に行けと勧めるんでな、だんだんと寄らなくなってしまった。浦上とは反対側の東の方に戸口(とぅぐち)という浦があって、そこにも左馬頭(さまのかみ)殿というのがいる。そこも鬼界島に行った時に一度だけ行った。トカラの宝島から奄美大島に行き、わざわざ、奄美大島の東側に出るのは面倒なので、その後は行ってはおらんな。それと、加計呂麻島(かけろまじま)の諸鈍(しゅどぅん)にも小松殿というのがおるのう。小松殿は博学でな、倭寇(わこう)たちにも慕われておる。小松殿に会ってから、琉球に行く者も多いはずじゃ」
「クルシ殿は寄って行かないのですか」
「わしらが諸鈍に行った時は、今の小松殿ではなくて、先代の小松殿だったんじゃよ。先代はおっとりとした男で、それほど取り柄もなく、わざわざ会いに行くほどの男ではなかったんじゃ。今の小松殿なら会ってみたいとは思うが、あの辺りは島が多くてな、潮の流れも変わるし、風待ちをしなければならなくなるかもしれん。面倒なので、いつも素通りしてしまうんじゃよ」
 クルシが絵地図を持っていたので、佐敷ヌルたちは、硫黄島、喜界島、奄美大島の浦上と戸口、加計呂麻島の諸鈍の位置を教わった。
 等持寺に、高橋殿がシーハイイェンとツァイシーヤオを連れてやって来て、ササたちは将軍様の御所に移った。
 佐敷ヌルは豪華な御所に驚き、侍女に案内されて行った広い部屋に、驚く程の書物があるのに驚いた。漢字ばかりの書物が多くて、読む事はできないが、ひらがな混じりの書物もあった。『平家物語』はひらがな混じりで、何とか読めそうだった。ただ、十二巻もある長い物語なので、滞在中に読めるかどうか自信がなかった。
 御所に移ってから三日後、将軍様伊勢の神宮参詣か行なわれ、佐敷ヌルとササたちは御台所様(みだいどころさま)に従って、お伊勢参りに出掛けた。シーハイイェンたちも師匠のシュミンジュンを連れて一行に加わった。
 将軍様のお供をするサムレーたちの多さに、佐敷ヌルは驚いた。武装したサムレーが大勢従い、まるで、戦にでも行くようで、中山王(ちゅうさんおう)の久高島参詣とは桁違いな規模だった。将軍様が一緒だと、高橋殿も自重しているのか、あまりお酒も飲まなかったので、ササたちも助かった。
 佐敷ヌルはササと一緒に、外宮(げくう)で玉依姫(たまよりひめ)の息子のホアカリに挨拶をして、小俣(おまた)神社で、ホアカリの姉のトヨウケヒメに挨拶をした。月読(つきよみ)神社で月の神様に挨拶した時、去年、サスカサをここに連れて来ればよかったとササは思った。代々、月の神様を祀ってきたサスカサなら、月の神様とお話ができたかもしれなかった。
 内宮(ないくう)をお参りした時、「龍神(りゅうじん)様が封じ込まれているわ」と佐敷ヌルは言った。その事はササも古い神様から聞いて知っていた。
「その龍神様は琉球と関係あるみたい」と佐敷ヌルは言った。
「龍神様の声が聞こえたの?」とササは聞いた。
 佐敷ヌルは首を振った。
「感じたの。よくわからないけど、南の方から来た神様みたい」
 それ以上の事は佐敷ヌルにもわからないようだった。
「どうして、龍神様は封じ込まれてしまったの?」と高橋殿が佐敷ヌルに聞いた。
安徳天皇様が封じ込まれてしまったように、何か重大な事が隠されているんでしょうね」
「封印を解いたら天変地異が起こるのね」
「きっと、恐ろしい事が起こるのよ」
 伊勢から帰って来ると、住心院(じゅうしんいん)の御精進屋(ごしょうじんや)に入って心身を清め、熊野へと向かった。御台所様の熊野参詣の噂を聞いたサタルーたちが住心院までやって来て、荷物持ちでもいいから連れて行ってくれと頼んだ。サハチの息子とウニタキの息子なら連れて行かないわけにはいかないと高橋殿は笑って、一緒に行く事になった。
 七月二十一日の夜中に京都を発って、夜が明ける頃に船津に着いて、船に乗り込んで淀川を下った。去年は酔い潰れてしまったササたちも、今年は景色を充分に楽しんだ。
「酒は飲むものだ。飲まれるものじゃねえ」と大口をたたいていたサタルーも簡単に酔い潰れ、酒なんてあまり飲んだ事のないウニタルとシングルーは、おいしいと言って飲み過ぎて、何度も吐いていた。
 シーハイイェンとツァイシーヤオも酔い潰れたが、さすがに、シュミンジュンは酔い潰れる事はなく、楽しそうにお酒を飲んでいた。
 佐敷ヌルは、まともに高橋殿に付き合っていたらかなわないと悟ったのか、景色を眺めて感じた事を笛を吹いて表現していた。佐敷ヌルの笛の調べを聞きながらの風流な船旅だった。
 去年と同じように、天王寺(てんのうじ)と住吉大社をお参りして、藤代(ふじしろ)の鈴木庄司に歓迎され、二十六日に田辺に着いた。土地の有力者たちの出迎えは、うっとうしかったが、シーハイイェンたちとサタルーたちがいるので、去年より賑やかで楽しい旅だった。
 シーハイイェンたちもサタルーたちも高橋殿のお酒好きには参っていた。ウニタルとシングルーは毎日、二日酔いで、頭が痛いと唸りながら、フラフラした足取りで歩いていた。
 シンシンのガーラダマに憑(つ)いて来たアキシノによって、小松の中将様(ちゅうじょうさま)(平維盛)が上陸した場所を知り、熊野権別当(ごんのべっとう)だった湛増(たんぞう)の屋敷跡にも行った。屋敷跡の近くにある新熊野(いまくまの)神社は、源氏に付くべきか、平家に付くべきかを占うために、湛増が闘鶏(とうけい)をしたとの伝説が残っていた。占いは源氏と出て、湛増熊野水軍を率いて壇ノ浦に向かい、源氏の勝利を導いたのだった。
湛増なら、わたしも知っているわ」と御台所様が言った。
熊野水軍の大将で、源氏に味方したんでしょう」
「そうなんです。湛増のお陰で、壇ノ浦で源氏が勝ったのです」とササが言うと、
「ここで白い鶏(にわとり)と赤い鶏が戦ったのね。もし赤い鶏が勝っていたら、壇ノ浦で平家が勝っていたのかしら」と御台所様は首を傾げた。
「白い鶏が勝つって決まっていたのですよ」と高橋殿が言った。
「えっ?」と御台所様が驚いた顔をして高橋殿を見た。ササと佐敷ヌルも高橋殿の言った事には驚いた。
湛増はずっと平家の味方だったのです。でも、平家が都落ちして苦戦しているのを見て、生き残るには源氏に寝返らなければならないと思ったのです。湛増がそう決めても、平家に恩を感じている者たちも多くいて、寝返るのは容易な事ではなかったのです。それで、神様に手伝ってもらったのです。神様のお告げとなれば、皆、従わなければなりませんからね」
「それも兵法(ひょうほう)の一つじゃ」と中条兵庫助(ちゅうじょうひょうごのすけ)が言った。
 そうだったのかと御台所様もササも佐敷ヌルも納得して、大きな戦の時は、神様の力を借りるのも兵法なのだという事を知った。
 小松の中将様は湛増の屋敷に五日間滞在して、精進してから山伏姿になって、熊野に向かった。中将様の一行にはアキシノの他にも女たちが二十人もいて、武装したサムレーが三十人、総勢五十人もいたという。
 佐敷ヌルもササも驚いたが、安須森(あしむい)の村(しま)を全滅させたのだから、それくらいはいただろうと納得した。
 全員が熊野参詣をしたわけではなく、中将様とアキシノの他八人だけで、あとの者たちは船で那智に向かった。田辺から中辺路(なかへち)を通って本宮(ほんぐう)に向かい、本宮から船で新宮に向かい、新宮から那智に行って、色川左衛門佐(いろかわさえもんのすけ)に会うまで、誰かに会ったという事もなく、怪しまれる事もなかったという。
鳥居禅尼(とりいぜんに)様には会わなかったのですか」とササがアキシノに聞いた。
鳥居禅尼様って誰ですか」
「新宮の十郎様のお姉さんですよ」
「えっ、そんな人が熊野にいたのですか」
「熊野の別当の奥さんだったはずです。それに、湛増様の奥さんは鳥居禅尼様の娘さんだったはずです」
「そんな人がいたなんて知りませんでした。中将様は知っていたのでしょうか」
「大原で、聞けばよかったわね」と佐敷ヌルが言った。
 中将様は悩みながら、この道を歩いたのだろうと考えながら佐敷ヌルは中辺路を歩いていた。
 ササから話には聞いていたが、実際に来てみると熊野は凄い所だった。熊野の山々全体が大きなウタキのようで、霊気がみなぎっていた。今更ながら、佐敷ヌルはスサノオという神様の偉大さを思い知っていた。
 去年と同じように、高原谷(たかはらだに)の石王兵衛(いしおうひょうえ)に歓迎された。石王兵衛は高橋殿が来るのを待っていて、完成した面(おもて)を見せると、舞ってくれと頼んだ。
 佐敷ヌルが笛を吹いて、高橋殿が面を掛けて舞った。ササが見た所、去年の翁(おきな)の面とまったく同じではないかと思っていたが、全然違った。不思議な事に、高橋殿の舞に合わせて、面の表情が微妙に変わるのだった。木でできてる面が、まるで生きているようだった。これが名人芸と言われるものだろうかとササは感動していた。
 石王兵衛も今回は満足して、子供のように喜んでいた。夜遅くまで酒盛りをして、翌朝、ササたちが起きると、石王兵衛はすでに面を打っていた。昨夜、話していた『玉藻前(たまものまえ)』という美女の面を打ち始めていた。去年と同じように熱中してしまうと、周りの声も聞こえない。ササたちはお礼を言って石王兵衛と別れた。
 本宮に着くと神様に挨拶をして、湯の峰に登って湯垢離(ゆごり)をして旅の疲れを取り、夜になってから、本宮大社の神様たちにお祈りを捧げた。そして、昨日、熊野川を舟で下って新宮に着いて、新宮孫十に歓迎され、速玉大社(はやたまたいしゃ)をお参りして、今朝、神倉山に登ったのだった。
「中将様もここに来たの?」とササがアキシノに聞くと、
「来ました」とアキシノは答えた。
「京都の六波羅(ろくはら)のお屋敷の近くに新熊野(いまくまの)神社があります。あの神社は後白河法皇(ごしらかわほうおう)のために、中将様のお父様が建てたものです。中将様は子供の頃から新熊野神社によく行かれて、スサノオの神様は馴染み深い神様でした。速玉大社をお参りした時、このお山の事を聞いて、熊野の発祥の地ならば行かなければならないとやって参りました」
 佐敷ヌル、ササ、シンシンがお祈りをするとユンヌ姫の声が聞こえてきた。
「待ちくたびれて、お祖父(じい)様は京都に帰ってしまったわ。でも、鳥居禅尼はちゃんと見つけたから大丈夫よ」
「ありがとう」とササはユンヌ姫にお礼を言った。
鳥居禅尼と申します」と落ち着いた声が聞こえた。
琉球で生まれた十郎の子が、按司(あじ)というお殿様になって活躍したと聞いて喜んでおります。わたしがお役に立つのでしたら、知っている事はお話しいたします」
 佐敷ヌルはお礼を言ってから、小松の中将様の事を聞いた。
「見栄えのいい殿御でしたから、勿論、存じております。初めて会ったのは二十歳をいくらか過ぎた頃でした。噂通りの美男子で、巫女(みこ)たちが大騒ぎしておりましたので、よく覚えております」
「中将様は父親と一緒にいらしたのですか」
「そうです。その年の二月に法皇様(後白河法皇)がいらっしゃって、三月に小松殿(維盛の父)の御一行がいらっしゃいました。中将様だけでなく弟様方も御一緒でした。小松殿は大分具合が悪いようでした。子供たちが交替で面倒を看ておりました。小松殿は父親の福原殿(平清盛)と法皇様の間に挟まれて、随分と苦労なさったようです。その心労が祟ったのか、小松殿は熊野から帰るとお亡くなりなりました。小松殿が亡くなると、法皇様と福原殿の対立は激しくなって、平家は滅亡への道をたどる事になるのです」
「壇ノ浦の合戦の前に、中将様が熊野に来た事を御存じですか」
「田辺の湛増から知らせを受けたので、知っております」
「えっ、湛増様が鳥居禅尼様に知らせたのですか」
「当時、湛増は悩んでおりました。今まで通りに平家に付いているか、寝返って源氏に付くか、悩んでいたのです。長年、平家に仕えておりましたから裏切るのは辛い事でしょう。しかし、平家が敗れてしまえば、一族郎党は田辺におれなくなってしまいます。湛増は中将様の事をわたしに告げて、わたしの反応を見たのでしょう」
鳥居禅尼様は、中将様を捕まえようとなさったのですか」
「いいえ。助けなさいと湛増に言いました。熊野の神様は、助けを求めた者を決して見捨てはいたしません。敵味方、貴賤(きせん)、男女を問わず、皆を救うのが熊野の神様なのです。わたしは密かに、中将様を守りましたが、会う事はしませんでした。中将様は本宮をお参りして、新宮、那智と行き、色川殿の助けで、冬まで色川村に隠れてから琉球に行きました」
「色川村の事まで御存じだったのですか」と驚いた声でアキシノが聞いた。
「あなたは中将様と御一緒に来られた厳島(いつくしま)神社の内侍(ないし)ですね」
「アキシノと申します。わたしの事まで御存じだったなんて、驚きました」
「熊野の山伏たちは各地におります。どこで何が起こっているのか、すべて、わたしの耳に入るようになっておりました」
湛増様から知らせがなくても、中将様が来られた事がわかっていたのですか」と佐敷ヌルは聞いた。
「わかっておりました。湛増がもし、わたしに知らせず、中将様を匿(かくま)っていたら、湛増は追放されていたかもしれません。湛増はわたしの娘の婿殿ですからね、わたしの説得で寝返ってくれました。中将様は琉球に行って、成功したのでしょうか。その事がずっと気になっておりました」
「十郎様の息子が琉球の中部の按司になったように、中将様は北部の按司になりました」とササが答えた。
「そうでしたか。逃げてよかったのですね」
「十郎様を京都に送ったのは鳥居禅尼様だと聞きましたが、京都の事も詳しく知っていたのですか」とササが聞いた。
法皇様は毎年のように熊野に御幸(ごこう)なさっておりました。京都の事はよくわかりましたよ。勿論、京都にも熊野の山伏は大勢いますが、御所での事はわかりません。御所での事を知るのは、法皇様と一緒にいらした女房様から知る事が多いですね。女房様たちは、普段は言えない不満や愚痴をわたしにしゃべって、すっきりして都に帰って行かれます。わたしが出家しているので安心して、何でもしゃべるようです。それに、中将様がお父様と一緒にいらっしゃった前の年、法皇様の妹の八条院様が法皇様と御一緒にいらっしゃいました。八条院様がいらっしゃったのは二度目で、最初に来られた時はまだ十三歳の時でした。お母様の美福門院(びふくもんいん)様と御一緒に来られたのです。久し振りに見た八条院様はお母様に面影がよく似ておりました。美福門院様も鳥羽法皇様と御一緒に、何度も熊野に来ておりました。三十年振りの再会を喜んで、八条院様と色々とお話をいたしました。八条院様は鷹揚(おうよう)なお方で、細かい事にはまったくこだわらない面白いお方でございました。そのお人柄を慕って、八条院様の周りには大勢の者たちが集まっておりました。その中には、平家を快く思っていない者たちもいました。わたしは十郎を八条院様のもとへ送ろうと考えて、八条院様に相談したのです。八条院様は快く引き受けて下さいました。それで、十郎は八条院様の蔵人(くろうど)になれたのです」
「その時、三条宮(さんじょうみや)様(以仁王)が『平家打倒』の令旨(りょうじ)を出す事を知っていたのですか」
「いえ。その頃はまだ、福原殿と法皇様もそれほど険悪な状態になってはおりませんでした。十郎が京都に行った年の暮れには、高倉天皇様に嫁いだ福原殿の娘さんが、皇子を産みます。のちの安徳天皇様です。福原殿も法皇様も共にお喜びになりました。その翌年、福原殿の娘の白河殿(平盛子)がお亡くなりになります。摂関家(せっかんけ)に嫁いだ白河殿は莫大な荘園を持っておりましたが、法皇様によって没収されてしまったのです。さらに、小松殿が亡くなると、その所領も法皇様は没収してしまうのです。怒った福原殿は京都を攻めて、法皇様を幽閉してしまいます。その時、福原殿は三条宮様の荘園を没収してしまいます。そして、翌年、福原殿は自分の孫を天皇にしてしまいます。あまりの横暴に、八条院様も怒ったのでしょう。三条宮様の『平家打倒』に賛同して、十郎に令旨を持たせて旅立たせたのです」
「三条宮様は八条院様の息子さんだったのですか」
「いいえ。三条宮様の父親後白河法皇様で、八条院様の甥でございます。幼い頃に出家なさいましたが、師と仰いだ法親王(ほうしんのう)様がお亡くなりになったので還俗(げんぞく)して、八条院様の猶子(ゆうし)となられたのです。八条院様は生涯、独身を通しましたから、三条宮様の兄の二条天皇様もお育てになり、ほかにも何人か、母親代わりとして育てております。八条院様は父親鳥羽法皇様と母親の美福門院様から莫大な荘園を相続しており、殿上人(てんじょうびと)たちに一目置かれた存在だったのです。八条院様を天皇に即位させるというお話も、何度か持ち上がったようです」
八条院様の力というのは凄かったのですね」
「そうです。あの時、八条院様が熊野にいらっしゃらなかったら、こんなにもうまくは行かなかったでしょう。八条院様はその時、四十二歳でした。母親の美福門院様は四十四歳でお亡くなりになっております。もうすぐ、母親が亡くなった四十四歳になるので、今のうちに熊野参詣をしようと思い立って、兄の法皇様と一緒に来たと言っておりました。きっと、熊野の神様が八条院様を呼んでくださったものと信じております。三条宮様の令旨を持った十郎は各地の源氏だけでなく、各地にある八条院様の荘園も巡って、在地の武士たちも動かしたのです。在地の武士たちが源氏の旗のもとに集結したので、勝利を得る事ができたのです。それに、八条院様のお陰で、八条院様の姉の上西門院(じょうさいもんいん)様も動いてくれました。かつて、上西門院様に仕えていた真言僧の文覚(もんがく)が、伊豆の佐殿(すけどの)(頼朝)を説得して、蜂起させたのです。佐殿はとても慎重な男で、三条宮様の令旨だけでは動かなかったのです。上西門院様も加わっているのなら、法皇様の『平家打倒』の院宣(いんぜん)も出るに違いないと思って、ようやく立ち上がったのです。佐殿は伊豆に流される前、上西門院様に仕えておりました。平治(へいじ)の乱の時、佐殿が殺されずに流罪で済んだのも、池禅尼(いけのぜんに)様と上西門院様のお陰だったのです」
「建春門院(けんしゅんもんいん)を連れて来たぞ」とスサノオの声がした。
「京都に探しに行っていたのですか」とササが聞いた。
「そうじゃ。丹鶴姫(たんかくひめ)(鳥居禅尼)が会いたいと言ったのでな」
 スサノオが言った通り、鳥居禅尼は建春門院との再会を喜んでいた。
「突然、亡くなってしまうんですもの。驚きましたよ」と鳥居禅尼は建春門院に言っていた。
「わたしだって驚きました。まだ若かったのに、亡くなるなんて思ってもいませんでした」
 建春門院は後白河法皇の妃(きさき)で、高倉天皇の母親だった。上西門院に女房として仕えていて、後白河法皇に見初められた。姉の時子は平清盛の正妻だったため、後白河法皇平清盛を結ぶ役目も果たしていた。後白河法皇と一緒に何度も熊野参詣に来ていて、鳥居禅尼と仲よくなっていた。来年、また会おうと約束して別れたのに、建春門院は突然、病死してしまったのだった。
 懐かしそうに思い出話をしている鳥居禅尼と建春門院に、佐敷ヌルは声を掛けた。
「失礼いたします。建春門院様にお聞きしたいのですが、小松の中将様を御存じでしたか」
「あら、ごめんなさいね。お客様を放っておいてしまったわ」と言ったのは建春門院だった。
「勿論、存じておりますよ。わたしが亡くなった年の三月に、法皇様の五十歳を祝う式典が盛大に行なわれました。小松の中将様、その頃はまだ少将でしたが、見事な舞を披露なさいました。あまりの美しさに、『桜梅少将(おうばいしょうしょう)』と呼ばれるようになったのです。桜梅少将様の奥方様は、わたしの御所に仕えていた新大納言(しんだいなごん)です。新大納言は十五歳だった桜梅少将様に嫁いで、跡継ぎの六代を産んでおります」
「あなたの突然の死は、とても大きかったのよ」と鳥居禅尼が建春門院に言って、二人はまた話し始めた。
 ササがスサノオとユンヌ姫に声を掛けたが返事はなかった。ササと佐敷ヌルは鳥居禅尼と建春門院にお礼を言って、お祈りを終えた。
 次の日、新宮孫十の船に乗って、那智に行って、那智の滝をお参りした。
 次の日は、小松の中将様が入水(じゅすい)したように見せかけたという山成島(やまなりじま)に行った。山成島は小さな無人島で、その周りにも小さな島がいくつもあった。
「中将様はこの海に大切な家宝の太刀を沈めたのです」とアキシノが言った。
「中将様の太刀はその後、見つかったのですか」とササが孫十に聞くと、太地(たいじ)の飛鳥(あすか)神社に、海から拾った太刀が奉納されているという。
 近くだというので飛鳥神社まで行って、その太刀を見たが、かなりぼろぼろで、アキシノに聞いても、中将様の太刀かどうかはわからなかった。
 また船に乗って太地の岬を越えて南側に出て、太田川をさかのぼって行った。途中から山道を歩いて、小松の中将様が冬まで隠れていたという色川村に着いた。
 色川村は山に囲まれた小さな村で、中将様を神様として祀る神社があり、中将様の子孫だと名乗る色川左兵衛尉(さひょうえのじょう)がいた。左兵衛尉は村人たちを集めて、御台所様と高橋殿を大歓迎で迎えた。
「あの女たちから中将様の子供が産まれたのね」とアキシノが怒ったような口調で言った。
 シンシンもササも佐敷ヌルも聞かなかった振りをした。
 色川左兵衛尉は遠くからよく来てくれたと喜んでくれたが、小松の中将様が琉球に行った事は知らなかった。村に伝わる伝説では、この村に隠れていた中将様は、源氏の追っ手が来たと聞いて、さらに山奥の龍神(りゅうじん)村に逃げて行ったという。中将様が琉球に逃げて、殿様になったと教えても、まさかと言って信じてくれなかった。
 孫十にお礼を言って別れ、ササたちは左兵衛尉のお世話になって、村に泊まった。この村から大雲取(おおぐもとり)越えをして本宮に行けるという。
 左兵衛尉の屋敷に若い山伏がいて、ササたちの話を真剣な顔をして聞いていた。
「すると、源氏の新宮の十郎が平家の追っ手から逃げるために琉球に行って、平家の小松の中将が源氏の追っ手から逃げるために琉球に行ったという事ですね」と山伏の福寿坊(ふくじゅぼう)が言った。
「そうです。源氏は滅ぼされてしまいましたが、平家は今も残っています」
「源氏は滅びましたか」と言って、福寿坊は唸った。
「我が国では平家が滅んだあと、鎌倉の源氏の世の中となり、源氏の政権を奪って、平家の北条の天下となり、北条を滅ぼして、今は源氏の足利の世の中となっております」
「平家と源氏が交替で、ヤマトゥを治めていたのですか」と佐敷ヌルが聞いた。
「ヤマトゥ? ヤマトゥとは随分と古風な事を言いますね」
琉球では、この国をヤマトゥと呼んでいます」
「面白いですね。わしは歴史に詳しくはないが、ヤマトゥと呼ばれていたのはかなり昔の事でしょう。その頃から琉球とヤマトゥは交易していたという事ですか」
スサノオ様がタカラガイを求めて琉球に来ています」とササが言った。
スサノオ? スサノオといったら熊野の神様じゃないですか。スサノオ琉球に?」
 話を聞いていた左兵衛尉が笑った。福寿坊は笑わずに唸って、「実に面白い」と言った。
 次の日、福寿坊の案内で、大雲取越えをして本宮に出た。福寿坊は琉球に行ってみたいと言って、京都まで付いて来た。

 

 

 

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目次 第二部

尚巴志伝 第二部

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このイラストはは和々様よりお借りしました。



  1. 山田のウニウシ(第二稿)   護佐丸、尚巴志を頼って首里に行く。
  2. 胸のときめき(第二稿)   護佐丸、島添大里で恋をする。
  3. 恋の季節(第二稿)   サグルーとササ、山田で魂を抜かれる。
  4. キラマの休日(第二稿)   尚巴志夫婦、毎年恒例の旅で慶良間の島に行く。
  5. ナーサの遊女屋(第二稿)   中山王の家臣たちの懇親の宴。
  6. 宇座の古酒(第二稿)   尚巴志、宇座の御隠居の倅と古酒を飲む。
  7. 首里の初春(第二稿)  中山王となった思紹の初めての正月。
  8. 遙かなる船路(第二稿)  尚巴志、ウニタキ、懐機、明国に行く。
  9. 泉州の来遠駅(第二稿)   明国に着いた尚巴志たちは来遠駅に落ち着く。
  10. 麗しき三姉妹(第二稿)   尚巴志たち、福州に行きメイファンと再会する。
  11. 裏切り者の末路(第二稿)   尚巴志たち、メイファンの敵討ちを助ける。
  12. 島影に隠れた海賊船(第二稿)   尚巴志たち、明の海賊船に乗る。
  13. 首里のお祭り(第二稿)   護佐丸、ササたちと祭りの警備をする。
  14. 富楽院の桃の花(第二稿)   尚巴志たち、明国の都、応天府に着く。
  15. 応天府の夢に酔う(第二稿)   尚巴志たち、最高級の妓楼で夢を見る。
  16. 真武神の奇跡(第二稿)   討伐軍を破って皇帝になった永楽帝
  17. 武当山の仙人(第二稿)   尚巴志たち、武当山で張三豊と出会う。
  18. 霞と拳とシンシンと(第二稿)   尚巴志とウニタキ、張三豊に武術を習う。
  19. 刺客の背景(第二稿)   馬天ノロ、刺客の正体を探る。
  20. 龍虎山の天師(第二稿)   尚巴志たち、道教の本山、龍虎山に行く。
  21. 西湖のほとりの幽霊屋敷(第二稿)   尚巴志たち、三姉妹と再会する。
  22. 清ら海、清ら島(第二稿)  三姉妹と張三豊が琉球に来る。
  23. 今帰仁の天使館(第二稿)   旅に出た張三豊たちが帰って来る。
  24. 山北王の祝宴(第二稿)   攀安知、志慶真の長老から今帰仁の歴史を聴く。
  25. 三つの御婚礼(第二稿)   サグルー、尚忠、護佐丸、妻を迎える。
  26. マチルギの御褒美(第二稿)   尚巴志、妻のマチルギにしぼられる。
  27. 廃墟と化した二百年の都(第二稿)   尚巴志、ウニタキと浦添に行く。
  28. 久高島参詣(第二稿)  思紹王、女たちを連れて久高島へ行く。
  29. 丸太引きとハーリー(第二稿)   尚巴志、豊見グスクでハーリーを見る。
  30. 浜辺の酒盛り(第二稿)   尚巴志、ヤマトゥに行くマチルギたちを見送る。
  31. 女たちの船出(第二稿)   マチルギたち、長い船旅を楽しみ博多に着く。
  32. 落雷(第二稿)   尚巴志、雷鳴を聞きながらマジムン退治を思い出す。
  33. 女の闘い(第二稿)   三姉妹の船が来て、メイユーとナツが会う。
  34. 対馬の海(第二稿)   マチルギ、対馬島でイトとユキに会う。
  35. 龍の爪(第二稿)   尚巴志、ウニタキ、懐機、朝鮮旅の計画を練る。
  36. 笛の調べ(第二稿)   久し振りに佐敷グスクから笛の音が流れる。
  37. 初孫誕生(第二稿)   尚忠の長男、尚志達、生まれる。
  38. マチルギの帰還(第二稿)   女たちがヤマトゥから無事に帰国する。
  39. 娘からの贈り物(第二稿)   尚巴志、マチルギから旅の話を聞く。
  40. ササの強敵(第二稿)   馬天ノロ、日代(ティーダシル)の石を探し始める。
  41. 眠りから覚めたガーラダマ(第二稿)   ササ、読谷山で古い勾玉を見つける。
  42. 兄弟弟子(第二稿)   尚巴志、兼グスク按司武当拳の試合をする。
  43. 表舞台に出たサグルー(第二稿)   サグルー、尚巴志の代理を見事に務める。
  44. 中山王の龍舟(第二稿)   ウニタキの新しい隠れ家が完成する。
  45. 佐敷のお祭り(第二稿)   尚巴志の一節切と佐敷ヌルの横笛に大喝采。
  46. 博多の呑碧楼(第二稿)   朝鮮旅に出た尚巴志たち、博多に着く。
  47. 瀬戸内の水軍(第二稿)   尚巴志村上水軍と塩飽水軍の頭領と会う。
  48. 七重の塔と祇園祭り(第二稿)   尚巴志たち、京都に着く。
  49. 幽玄なる天女の舞(第二稿)   尚巴志が一節切を吹くと美女が舞う。
  50. 天空の邂逅(第二稿)   尚巴志たち、七重の塔に登って感激する。
  51. 鞍馬山(第二稿)   尚巴志たち、鞍馬山で武術修行。
  52. 唐人行列(第二稿)   尚巴志、増阿弥の芸に感動する。
  53. 対馬の娘(第二稿)   尚巴志、イトと再会、ユキとミナミに会う。
  54. 無人島とアワビ(第二稿)   尚巴志、昔の顔なじみと再会する。
  55. 富山浦の遊女屋(第二稿)   尚巴志たち、富山浦(釜山)に渡る。
  56. 渋川道鎮と宗讃岐守(第二稿)   尚巴志九州探題対馬守護に会う。
  57. 漢城府(第二稿)   尚巴志たち、朝鮮の都に到着する。
  58. サダンのヘグム(第二稿)   尚巴志たち、ナナの案内で都見物。
  59. 開京の将軍(第二稿)   尚巴志たち、高麗の都に行く。
  60. 李芸とアガシ(第二稿)   尚巴志、李芸と会う。
  61. 英祖の宝刀(第二稿)   佐敷ノロ、神様の声を聞いて宝刀を探す。
  62. 具志頭按司(第二稿)   佐敷ノロ、お祭りでお芝居を上演する。
  63. 対馬慕情(第二稿)   尚巴志、家族を連れて舟旅に出る。
  64. 旧港から来た娘(第二稿)   尚巴志、旧港の施二姐と会う。
  65. 龍天閣(第二稿)  尚巴志、旧港の船を連れて琉球に帰る。
  66. 雲に隠れた初日の出(第二稿)   尚巴志、上間グスクの警固を強化する。
  67. 勝連の呪い(第二稿)   尚巴志の義兄サムが勝連按司になる。
  68. 思紹の旅立ち(第二稿)   思紹、張三豊と一緒に明国に行く。
  69. 座ったままの王様(第二稿)   佐敷大親とジクー禅師、ヤマトゥに行く。
  70. 二人の官生(第二稿)   尚巴志、明国に送る留学生を決める。
  71. ンマムイが行く(第二稿)   兼グスク按司、家族を連れて今帰仁に行く。
  72. ヤンバルの夏(第二稿)   兼グスク按司、家族を連れてヤンバルを巡る。
  73. 奥間の出会い(第二稿)   兼グスク按司、奥間で隠し事を聞いて驚く。
  74. 刺客の襲撃(第二稿)   兼グスク按司、ヤンバルの山中で襲われる。
  75. 三か月の側室(第二稿)   メイユー、尚巴志の側室になる。
  76. 百浦添御殿の唐破風(第二稿)   首里グスク正殿の改築が完成する。
  77. 武当山の奇跡(第二稿)   思紹、武当山で張三豊の凄さを知る。
  78. イハチの縁談(第二稿)   米須按司と玻名グスク按司が東方に寝返る。
  79. 山南王と山北王の同盟(第二稿)   山北王の娘が山南王の三男に嫁いで来る。
  80. ササと御台所様(第二稿)   ササ、伊勢神宮で神様の声を聞く。
  81. 玉依姫(第二稿)   ササ、豊玉姫のお墓で玉依姫の声を聞く。
  82. 伊平屋島と伊是名島(第二稿)   伊平屋島の親戚たちが逃げてくる。
  83. 伊平屋島のグスク(第二稿)   サグルーと尚忠と護佐丸、伊平屋島に行く。
  84. 豊玉姫(第二稿)   ヒューガの師匠、慈恩禅師が琉球に来る。
  85. 五年目の春(第二稿)   尚巴志、龍天閣で今年の計画を練る。
  86. 久高島の大里ヌル(第二稿)   ササ、神様から願い事を頼まれる。
  87. サグルーの長男誕生(第二稿)   兼グスク按司の新しいグスクが完成する。
  88. 与論島(第二稿)   ウニタキ、与論島に行き、与論ヌルと再会する。
  89. ユンヌのお祭り(第二稿)   尚巴志、ササたちと与論島に行く。
  90. 伊是名島攻防戦(第二稿)   伊是名島で中山王と山北王の戦が始まる。
  91. 三王同盟(第二稿)   中山王と山北王の同盟が決まり、山南王も加わる。
  92. ハルが来た(第二稿)   山南王から尚巴志に側室が贈られる。
  93. 鉄炮(第二稿)   三姉妹がアラビアの商品と鉄炮を持って来る。
  94. 熊野へ(第二稿)   ササ、将軍様の奥方と一緒に熊野詣でに出掛ける。
  95. 新宮の十郎(第二稿)   サスカサ、神倉山で十郎の話を聞く。
  96. 奄美大島のクユー一族(第二稿)   本部のテーラー、奄美大島を攻める。
  97. 大聖寺(第二稿)   首里に最初のお寺が完成する。
  98. ジャワの船(第二稿)   ヤマトゥに行った交易船がジャワの船を連れて来る。
  99. ミナミの海(第二稿)   早田左衛門太郎が、イトとユキとミナミを連れて来る。
  100. 華麗なる御婚礼(第二稿)   チューマチ、山北王の娘マナビーを妻に迎える。
  101. 悲しみの連鎖(第一稿)   玉グスク按司から始まって、続けて五人が亡くなる。
  102. 安須森(第一稿)   佐敷ヌル、ササたちを連れて安須森に行く。
  103. 送別の宴(第一稿)   尚巴志、早田左衛門太郎たちを連れて慶良間の島に行く。
  104. アキシノ(第一稿)   ヤマトゥ旅に出た佐敷ヌルとササたち、厳島神社に行く。
  105. 小松の中将(第一稿)   大原寂光院で高橋殿が平維盛と華麗に舞う。
  106. ヤンバルのウタキ巡り(第一稿)   馬天ヌルたち、今帰仁に行く。
  107. 屋嘉比のお婆(第一稿)   馬天ヌル、安須森で神様にお礼を言われる。
  108. 舜天(第一稿)   馬天ヌル、浦添ヌルを連れて喜舎場森に行く。
  109. ヌルたちのお祈り(第一稿)   馬天ヌルたち、南部のウタキを巡る。
  110. 鳥居禅尼(第一稿)   佐敷ヌル、熊野で平維盛の足跡をたどる。



主要登場人物

 

第一部 目次

目次 第一部

尚巴志伝 第一部 月代の石

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このイラストはは和々様よりお借りしました。

 

  1. 誕生(最終決定稿)   尚巴志、佐敷苗代に生まれる。
  2. 馬天浜(最終決定稿)   サミガー大主とヤマトゥの山伏、クマヌ。
  3. 察度と泰期(最終決定稿)   浦添按司察度、過去を振り返る。
  4. 島添大里グスク(最終決定稿)   島添大里グスク、汪英紫に奪われる。
  5. 佐敷グスク(最終決定稿)   尚巴志の父、佐敷按司になる。
  6. 大グスク炎上(最終決定稿)   大グスク、汪英紫(島添大里按司)に奪われる。
  7. ヤマトゥ酒(最終決定稿)   早田三郎左衛門、馬天浜に来る。
  8. 浮島(最終決定稿)   尚巴志、早田左衛門太郎と旅に出る。
  9. 出会い(最終決定稿)   尚巴志、伊波按司の娘と剣術の試合をする。
  10. 今帰仁グスク(最終決定稿)   尚巴志、今帰仁に行く。
  11. 奥間(最終決定稿)   尚巴志、奥間村に滞在する。
  12. 恋の病(最終決定稿)   旅から帰った尚巴志、マチルギを想う。
  13. 伊平屋島(最終決定稿)   尚巴志、祖父の故郷に行く。
  14. ヤマトゥ旅(最終決定稿)   尚巴志、ヤマトゥへ旅立つ。
  15. 壱岐島(最終決定稿)   尚巴志、壱岐島で察度の噂を聞く。
  16. 博多(最終決定稿)   尚巴志、ヤマトゥの都を見て驚く。
  17. 対馬島(最終決定稿)   尚巴志、早田左衛門太郎の故郷に滞在する。
  18. 富山浦(最終決定稿)   尚巴志、高麗に行く。
  19. マチルギ(最終決定稿)   尚巴志の恋敵、ウニタキ現れる。
  20. 兵法(最終決定稿)   尚巴志、対馬で修行に励む。
  21. 再会(最終決定稿)   帰って来た尚巴志、マチルギと再会。
  22. ウニタキ(最終決定稿)   尚巴志、ウニタキと一緒に勝連グスクに行く。
  23. 名護の夜(最終決定稿)   尚巴志、マチルギと今帰仁に行く。
  24. 山田按司(最終決定稿)   尚巴志、マチルギの叔父、山田按司と会う。
  25. お輿入れ(最終決定稿)   マチルギ、尚巴志に嫁ぐ。
  26. 高麗の対馬奇襲(最終決定稿)   早田左衛門太郎の本拠地、高麗に攻められる。
  27. 豊見グスク(最終決定稿)   シタルー(汪応祖)、豊見グスクを築く。
  28. サスカサ(最終決定稿)   尚巴志とマチルギ、馬天ノロと旅に出る。
  29. 長男誕生(最終決定稿)   マチルギと馬天ノロ、神様になる。
  30. 出陣命令(最終決定稿)   察度、各按司に今帰仁征伐を命じる。
  31. 今帰仁合戦(最終決定稿)   中山王、山北王の今帰仁グスクを攻める。
  32. 次男誕生(最終決定稿)  尚巴志の次男(尚忠)と山田按司の次男(護佐丸)生まれる。
  33. 十年の計(最終決定稿)   尚巴志、佐敷按司(父)、鮫皮大主(祖父)と密談する。
  34. 東行法師(最終決定稿)   父が隠居して、尚巴志、佐敷按司となる。
  35. 首里天閣(最終決定稿)   察度、浦添按司を武寧に譲って隠居する。
  36. 浜川大親(最終決定稿)   ウニタキは妻子を殺され、シタルーは明に行く。
  37. 旅の収穫(最終決定稿)   奥間のサタルーと対馬のユキ。
  38. 久高島(最終決定稿) 尚巴志はマチルギに怒られ、ウニタキはチルーといい感じ。
  39. 運玉森(最終決定稿)   三好日向、尚巴志のために山賊になる。
  40. 山南王(最終決定稿)   承察度が亡くなり、若按司が山南王になる。
  41. 傾城(最終決定稿)   山南王、中山王の怒りを買って、汪英紫に攻められる。
  42. 予想外の使者(最終決定稿)   尚巴志夫婦、弟のマサンルー夫婦と旅をする。
  43. 玉グスクのお姫様(最終決定稿)   尚巴志、玉グスクと同盟を結ぶ。
  44. 察度の死(最終決定稿)   山北王のミンと奥間の長老も亡くなる。
  45. 馬天ヌル(最終決定稿)   馬天ノロ、御嶽巡りの旅に出る。
  46. 夢の島(最終決定稿)   早田左衛門太郎、慶良間の夢の島に行く。
  47. 佐敷ヌル(最終決定稿)  尚巴志の妹、マシューの気持ちとマカマドゥの決心。
  48. ハーリー(最終決定稿)   尚巴志夫婦と佐敷ノロ、ハーリーを見物。
  49. 宇座の御隠居(最終決定稿)   宇座の泰期が亡くなり、尚巴志夫婦は悲しむ。
  50. マジムン屋敷の美女(最終決定稿)  尚巴志、島添大里グスクに側室を入れる。
  51. シンゴとの再会(最終決定稿)   早田左衛門太郎、朝鮮に投降する。
  52. 不思議な唐人(最終決定稿)   尚巴志、懐機と出会う。
  53. 汪英紫、死す(最終決定稿)   懐機、旅から帰り、武術を披露する。
  54. 家督争い(最終決定稿)   達勃期と汪応祖が山南王の家督を争う。
  55. 大グスク攻め(最終決定稿)   尚巴志、大グスクを攻め落とす。
  56. 作戦開始(最終決定稿)   尚巴志、大グスクノロと再会する。
  57. シタルーの非情(最終決定稿)   達勃期、弟の汪応祖に敗れる。
  58. 奇襲攻撃(最終決定稿)   尚巴志、島添大里グスクを攻め落とす。
  59. 島添大里按司(最終決定稿)   尚巴志、島添大里按司になる。
  60. お祭り騒ぎ(最終決定稿)   尚巴志、城下の者たちと戦勝祝い。
  61. 同盟(最終決定稿)   尚巴志、山南王と同盟する。
  62. マレビト神(最終決定稿)   外間ノロと佐敷ノロにマレビト神が現れる。
  63. サミガー大主の死(最終決定稿)   神の声を聞いたウニタキ。
  64. シタルーの娘(最終決定稿)   山南王のお姫様の悩みと青い海
  65. 上間按司(最終決定稿)   明国の使者が二十年振りにやって来る。
  66. 奥間のサタルー(最終決定稿)   尚巴志、奥間ノロに魅了される。
  67. 望月ヌル(最終決定稿)   謎の爺さん、望月党を語る。
  68. 冊封使(最終決定稿)   首里の宮殿の儀式で、武寧と汪応祖、正式に王になる。
  69. ウニョンの母(最終決定稿)   ウニタキ、亡くなった妻の秘密を知る。 
  70. 久米村(最終決定稿)   尚巴志とウニタキ、懐機に呼ばれて久米村に行く。
  71. 勝連無残(最終決定稿)   勝連按司が奇病に倒れる。 
  72. 伊波按司(最終決定稿)   大きな台風が来て各地で被害が出る。
  73. ナーサの望み(最終決定稿)   ウニタキ、ナーサを味方に引き入れる。
  74. タブチの野望とシタルーの誤算(最終決定稿)  八重瀬按司、中山王と同盟する。
  75. 首里グスク完成(最終決定稿)   中山王と山南王の決戦が迫る。
  76. 首里のマジムン(最終決定稿)   尚巴志、首里グスクを奪い取る。 
  77. 浦添グスク炎上(最終決定稿)   浦添グスクは焼け落ち、亜蘭匏は消える。
  78. 南風原決戦(最終決定稿)   尚巴志、中山軍を壊滅させる。
  79. 包囲陣崩壊(最終決定稿)   達勃期は出直し、汪応祖は首里を攻める。
  80. 快進撃(最終決定稿)   尚巴志、中グスク、越来グスクを攻め落とす。
  81. 勝連グスクに雪が降る(最終決定稿)   尚巴志、勝連グスクを落とす。

 

尚巴志伝 第二部 目次

 

・尚巴志伝の年表

・第一部の主要登場人物

・尚巴志の略歴

・尚巴志の祖父、サミガー大主の略歴

・尚巴志の父、思紹の略歴

・馬天ヌル(馬天ノロ)の略歴

・中山王、察度の略歴

・中山王、武寧の略歴

・汪英紫の略歴

・山南王、汪応祖の略歴

・泰期の略歴

・クマヌの略歴

・三好日向の略歴

・早田左衛門太郎の略歴

・ウニタキの略歴

・懐機の略歴

・倭寇年表

第二部 主要登場人物

サハチ       1372-1439  尚巴志。島添大里按司
マチルギ      1373-    尚巴志の妻。伊波按司の娘。
サグルー      1390-    尚巴志の長男。
ジルムイ      1391-    尚巴志次男。尚忠。
ミチ        1393-    尚巴志の長女。島添大里ヌル、サスカサ。
イハチ       1394-    尚巴志の三男。妻は具志頭按司の娘。
チューマチ     1396-    尚巴志の四男。妻は山北王の娘。
思紹        1354-1421 中山王。尚巴志の父。
佐敷ヌル      1374-    尚巴志の妹、マシュー。シンゴと結ばれ娘を産む。
佐敷大親      1376-    尚巴志の弟、マサンルー。妻は奥間大親の娘。
平田大親      1378-    尚巴志の弟、ヤグルー。妻は玉グスク按司の娘。
与那原大親     1383-    尚巴志の弟、マタルー。妻はタブチの娘。
クルー       1388-    尚巴志の弟、妻は山南王シタルーの娘。
馬天ヌル      1357-    思紹の妹、尚巴志の叔母。
ササ        1391-    馬天若ヌル。父はヒューガ。母は馬天ヌル。
ヒューガ      1355-1470 三好日向。中山の水軍大将。
苗代大親      1360-    思紹の弟。サムレー総隊長。武術師範。
マカマドゥ     1392-    苗代大親の三女。マウシ(護佐丸)の妻。
クグルー      1386-    泰期の三男。苗代大親の娘婿。
サミガー大主    1356-    思紹の弟、ウミンター。
シビー       1395-    尚巴志の従妹。メイユーの弟子になる。
ウニタキ      1372-1433 三星大親。「三星党」の頭。
チルー       1368-    ウニタキの妻。尚巴志の母の妹。
イーカチ      1373-    「三星党」の副頭。絵画き。
ナツ        1381-    ウニタキの配下から尚巴志の側室になる。
シズ        1389-    ウニタキの配下。ササと一緒にヤマトゥに行く。
ヤールー      1385-    ウニタキの配下。サグルーを守っている。
ファイチ      1375-1453 懐機。明国の道士。尚巴志の客将。
サスカサ      1354-    ミチにサスカサを譲り、運玉森ヌルになる。
マウシ       1391-1458 真牛。山田按司次男尚巴志の甥。護佐丸。
マカトゥダル    1392-    護佐丸の妹。サグルーの妻。
マサルー      1364-    山田按司の家臣。
シラー       1391-    マサルーの次男
クマヌ       1346- 1412 中グスク按司。中山の重臣。
美里之子      1362-    越来按司。中山の重臣。思紹の義弟。
當山之子      1365-    美里之子の弟。浦添按司になる。
クサンルー     1387-    當山之子の長男。浦添按司
カナ        1391-    當山之子の長女。浦添ヌル。
サム        1372-    後見役から勝連按司になる。伊波按司の四男。
ユミ        1392-    サムの長女。ジルムイ(尚忠)の妻。
ナーサ       1352-    首里の遊女屋「宇久真」の女将。
マユミ       1389-    「宇久真」の遊女。
宇座按司      1355-    泰期の次男。父の跡を継いで明国への使者となる。
シタルー      1362-1413  山南王。汪応祖
タルムイ(太郎思) 1385-1429  豊見グスク按司汪応祖の長男。妻は尚巴志の妹。
豊見グスクヌル   1382-    山南王シタルーの娘。豊見グスク按司の姉。
座波ヌル      1382-    山南王シタルーの側室。
タブチ       1360-    八重瀬按司。山南王シタルーの兄。
サイムンタルー   1361-1429  早田左衛門太郎。対馬島倭寇の頭領。
早田六郎次郎    1387-    左衛門太郎の跡継ぎ。妻はユキ。
ユキ        1388-    六郎次郎の妻。尚巴志の娘。母はイト。
イト        1372-    対馬島の女船長。ユキの母。
シンゴ       1372-    早田新五郎。左衛門太郎の弟。
早田五郎左衛門   1349-    左衛門太郎の叔父。朝鮮国の富山浦に住む商人。
早田丈太郎     1371-    五郎左衛門の長男。漢城府の津島屋の主人。
浦瀬小次郎     1375-    五郎左衛門の娘婿。
早田ナナ      1388-    早田次郎左衛門の娘。
サングルミー    1371-    与座大親。中山の進貢船の正使。
メイファン     1379-    張美帆。明国の海賊の娘。
メイリン      1374-    張美玲。メイファンの姉。
スーヨン      1387-    張思永。メイリンの娘。
メイユー      1376-    張美玉。メイファンの姉。尚巴志の側室になる。
ラオファン     1338-    黄敬。三姉妹の武術の師匠。
リェンリー     1376-    黄怜麗。ラオファンの娘。
ジォンダオウェン  1364-    鄭道文。三姉妹の配下の海賊。
ユンロン      1387-    鄭芸蓉。ジォンダオウェンの娘。 
リュウジャジン   1362-    劉嘉景。三姉妹の配下の海賊。
リィェンファ    1377-    楊蓮華。富楽院の妓楼『桃香滝』の女将。
ヂュヤンジン    1375-    朱洋敬。懐機の友。宮廷に仕える役人。
永楽帝       1360-1424  明国の皇帝。
リュウイェンウェイ 1389-    劉媛維。富楽院の最高級妓楼『酔夢楼』の妓女。
ファイホン     1379-    懐虹。懐機の妹。
ヂャンサンフォン  1247-    張三豊。武当山の道士で、武当拳創始者
シンシン      1390-    范杏杏。張三豊の弟子。
フカマヌル     1372-    外間ノロ。久高島のノロ。尚巴志の腹違いの妹。
奥間大親      1357-    ヤキチ。奥間から来た尚巴志の護衛役。中山の重臣。
平安名大親     1348-    勝連の重臣。ウニタキの叔父。
勝連ヌル      1369-    ウニタキの姉。
伊波按司      1363-    マチルギの兄。
山田按司      1365-    マチルギの兄。
攀安知       1376-1416  山北王。
マナビー      1397-    攀安知の次女。チューマチの妻。
涌川大主      1377-    攀安知の弟。
勢理客ヌル     1356-    アオリヤエ。攀安知の叔母。
アタグ       1355-    山北王に仕えるヤマトゥの山伏。
本部のテーラー   1376-1416  攀安知の幼馴染み。サムレー大将。
兼グスク按司    1378-    ンマムイ。武寧の次男。妻は攀安知の妹。
マハニ       1379-    兼グスク按司の妻。山北王、攀安知の妹。
ヤタルー師匠    1359-    阿蘇弥太郎。ンマムイの武術の師匠。
慈恩禅師      1350-1448  禅僧であり武芸者。ヒューガの師匠。
飯篠修理亮     1387-1488 武芸者。長威斎。
二階堂右馬助    1390-    慈恩の弟子。
一文字屋孫三郎   1361-    次郎左衛門の弟。坊津の一文字屋主人。
みお        1394-    一文字屋孫三郎の三女。
村上又太郎     1386-    村上水軍の頭領の長男。上関を守っている。
村上あや      1392-    村上又太郎の妹。
塩飽三郎入道    1358-    塩飽水軍の頭領。
一文字屋次郎左衛門 1355-    京都の一文字屋の主人。
まり        1394-    一文字屋次郎左衛門の三女。
高橋殿       1376-    足利義満の側室。道阿弥の娘。
対御方       1379-    足利義満の側室。高橋殿に仕えている。
平方蓉       1383-    陳外郎の娘。高橋殿に仕えている。
足利義持      1386-1428  室町幕府第四代将軍。
日野栄子      1390-1431  足利義持の奥方。
勘解由小路殿    1350-1410  斯波道将。将軍様の補佐役。
斯波左兵衛督    1371-1418  勘解由小路殿の嫡男。将軍様の補佐役。
中条兵庫助     1359-    将軍様の武術指南役。慈恩禅師の弟子。
中条奈美      1380-    中条兵庫助の娘。夫が戦死し、高橋殿に仕える。
外郎       1360-    陳宗奇。薬師。外交使節の接待役。
魏天        1350-    将軍様に仕える明国の通事。
栄泉坊       1389-    東福寺を追い出された画僧。
増阿弥       1368-    奈良の田楽新座の太夫。
一徹平郎      1355-    北野天満宮の宮大工。
源五郎       1359-    腕はいいが変わり者の瓦職人。
新助        1379-    龍ばかり彫っている等持寺の大工。
渋川道鎮      1372-1446  九州探題。勘解由小路殿の娘婿。
宗讃岐守貞茂    1364-1418  対馬守護。
平道全       1376-    宗貞茂の家臣。
宗金        1380-    博多妙楽寺の僧。
李芸        1373-1445  倭寇にさらわれた母親を探している朝鮮の役人。
シーハイイェン   1390-    施海燕。旧港宣慰司、施進卿の次女。施二姐。
ツァイシーヤオ   1390-    蔡希瑶。シーハイイェンの親友。
シュミンジュン   1342-    徐鳴軍。シーハイイェンの師匠。張三豊の弟子。
ワカサ       1364-    旧港の通事。若狭出身の倭寇
奥間の長老     1348-    ヤザイム。奥間大主。
サタルー      1387-    奥間の長老の跡継ぎ。尚巴志の息子。
奥間ヌル      1374-    奥間村のノロ。尚巴志の娘ミワを産む。
米須按司      1357-    武寧の弟。若按司の妻はタブチの娘。
玻名グスク按司   1358-    タブチの義兄。
イサマ       1375-    伊平屋島の田名大主の長男。田名親方の兄。
我喜屋大主     1359-    田名大主の弟。イサマの叔父。
サミガー親方    1361-    与論島で鮫皮を作っている親方。
麦屋ヌル      1373-    先代の与論按司の娘。ウニタキの従妹。
ハル        1395-    山南王のシタルーから尚巴志に贈られた側室。
クムン       1373-    島尻大里から来た石屋。
スヒター      1391-   マジャパイト王国の女王クスマワルダニの娘。
辺戸ヌル      1360-   安須森の麓の辺戸村のヌル。
カミー       1402-    アフリヌルの孫娘。
屋嘉比のお婆    1320-    先々代の屋嘉比ヌル。

 

スサノオ            ヤマト国の大王。牛頭天王
豊玉姫             スサノオの妻。
玉依姫             スサノオ豊玉姫の娘。ヒミコ。アマテラス。
アマン姫            玉依姫の妹。アマミキヨ
ユンヌ姫            アマン姫の娘。

 

2-109.ヌルたちのお祈り(第一稿)

 六月の半ば、山南王(さんなんおう)のシタルーの娘が真壁(まかび)の若按司に嫁いで行った。先代の真壁按司が隠居して山グスク大主(うふぬし)となり、中山王(ちゅうさんおう)の船に乗って明国に行ったのを牽制(けんせい)するつもりだろう。
 サハチは招待されなかったが、山南王の支配下按司たちが真壁グスクに集まって祝福したという。花嫁の祖父となる山グスク大主も当然という顔をして出席して、孫の婚礼を祝ったらしい。
 その頃、ウタキ巡りをしている馬天(ばてぃん)ヌルたちは久高島(くだかじま)にいた。
 浮島の護国寺(ぐくくじ)で、英祖(えいそ)の父親と一緒にヤマトゥに行った山伏の事を聞いたあと、浦添(うらしい)ヌルのカナも連れて、馬天ヌルたちは小禄(うるく)ヌルと会い、豊見(とぅゆみ)グスクヌルと会い、座波(ざーわ)ヌルと会い、島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌルと会い、ヌルたちの案内でウタキを巡って、神様にお祈りを捧げた。
 先代の小禄ヌルは高齢になり、姪に跡を譲って隠居していた。
「中山王と山南王が同盟を結んで、本当によかった」と先代の小禄ヌルはほっとした顔をして馬天ヌルに言った。
 中山王と山南王が戦(いくさ)を始めたら、親子が対立して戦う事になったかもしれない。小禄按司は山南王に従い、若按司は中山王に従うという。若按司の妻は北谷按司(ちゃたんあじ)の妹で、按司の弟の安次嶺大親(あしんみうふや)と一緒に中山王を贔屓(ひいき)にしていた。按司も本音は中山王に従いたいが、小禄グスクの場所柄、山南王には逆らえないという。
 シタルー(山南王)の娘の豊見グスクヌルは大歓迎で馬天ヌルたちを迎え、一緒に行きたいと言って付いて来た。豊見グスクヌルは父親の本心を知っていて、同盟もそう長くは続かないだろうと思っていた。今のうちに、尊敬している馬天ヌルから色々な事を学ぼうと思った。馬天ヌルと一緒に、ヤンバルの奥間(うくま)ヌルがいるのを見て、ヤンバルのヌルからも慕われるなんて凄いと思っていた。
 豊見グスクヌルが一緒なので、座波ヌルも快く会ってくれた。先代の座波ヌルは二年前に亡くなり、若ヌルが跡を継いでいた。若ヌルには十歳と八歳の子供がいて、二人とも男の子だった。
「お父さんは山南王なのね?」と馬天ヌルが聞くと、座波ヌルは恥ずかしそうにうなづいた。
「出会った時、あの人、正体を隠していたんですよ。山南王に仕えていて、普請(ふしん)を担当している役人だって言ったのです。子供ができてから、正体を明かして、わたしは驚きましたよ」
 ハルの事を聞いたら、遠い親戚だという。シタルーが山南王になった時の戦(いくさ)で、ハルの父親は戦死して、その翌年、母親も病死してしまったので、先代が引き取って育てた。十三歳になった時、シタルーが新たに作る女子(いなぐ)サムレーになるために粟島(あわじま)(粟国島)に行ったという。
「あの子、暇さえあれば阿波根(あーぐん)グスクに行って、武芸者たちから武芸を習っていたんです。それで、女子サムレーになれるって、喜んで粟島に行ったんですよ。まさか、島添大里(しましいうふざとぅ)に側室として送られたなんて驚きました。どうして、ハルを側室にしたのか、あの人に聞いたら、島添大里グスクには強い女子がいっぱいいるから、ハルにぴったりだと言っていました。ハルは元気にしていますか」
「楽しくやっているようです。佐敷ヌルを手伝って、お祭りの準備などもしております」
「そうですか。陽気な子ですから、どこに行っても大丈夫だと思いますが、よろしくお願いします」
 座波ヌルと一緒にウタキを巡り、途中で別れて、島尻大里に行って、シタルーの妹の島尻大里ヌルと会った。
 島尻大里ヌルは変わっていた。顔付きが以前よりも優しくなって、穏やかな雰囲気が漂っていた。
 馬天ヌルが島尻大里ヌルのウミカナに初めて会ったのは、もう三十年も前の事だった。
 当時、十六歳だったウミカナは、父親汪英紫(おーえーじ))に命じられて大(うふ)グスク按司の側室になった。二年後、大グスクは汪英紫によって攻め落とされた。ウミカナは救い出されて、大グスク按司になったシタルーのために、大グスクヌルになった。
 島添大里按司だった父親が山南王になって、島尻大里グスクに移ると、島添大里按司になった兄のヤフスを守るために、島添大里ヌルになった。父親が亡くなると、兄のタブチとシタルーが家督を争って戦になった。島添大里グスクは敵兵に囲まれ、サハチが島添大里グスクを攻め落とした時に捕まった。
 馬天ヌルによって助けられて、島尻大里グスクに送られ、以後、山南王のシタルーを守るために島尻大里ヌルを務めている。戦ばかりやっていた父親を見て育ち、父親や兄たちのために、自分を犠牲にするのは当然の事と思い込んで生きて来たのだった。
「平和な世の中が一番です」と島尻大里ヌルは言って、軽く笑った。
 死を覚悟した事も何度もあった。大グスクに側室に入った時、兄のシタルーは必ず助けると言ったが、手違いがあれば殺されるかもしれなかった。島添大里グスクが敵兵に囲まれて、食糧が底を突いた時も死を覚悟した。落城寸前の所で、敵兵はいなくなって命拾いをしたが、それも一瞬の事で、佐敷按司に攻め落とされた。兄のヤフスは殺され、今度こそは生きてはいられないと覚悟を決めた。ところが、馬天ヌルに助けられた。馬天ヌルは『やるべき事をやりなさい』と言った。自分がやるべき事は、兄のシタルーを守る事だと信じて疑わなかった。
 五年前、母親が八重瀬(えーじ)グスクで亡くなった。ウミカナはシタルーの代理も兼ねて八重瀬グスクに行った。
 八重瀬グスクに来たのは久し振りだった。生まれたのは与座(ゆざ)グスクだったが、翌年、父が八重瀬按司になると八重瀬に移り、父が島添大里按司になった十三歳まで、八重瀬グスクで過ごしていた。その後は八重瀬按司のタブチとシタルーが対立したので、八重瀬に来る事はなかった。
 母親の葬儀を済ませたあと、ウミカナは子供の頃を思い出しながらグスクの周辺を散歩した。城下の村の外れに、それほど古くはないウタキがあって、年老いたヌルがお祈りを捧げていた。同じ光景を子供の頃にも見たような気がして、ウミカナはヌルに声を掛けた。
 ヌルは富盛(とぅむい)のヌルだったが、すでに引退していた。ウタキは四十年近く前に殺された八重瀬ヌルのお墓だという。
「可哀想に二十五の若さで亡くなってしまったんじゃよ」と老ヌルは言った。
 四十年近く前、八重瀬按司を滅ぼしたのはウミカナの父だった。二歳だったウミカナは当時の事情はまったく知らなかった。老ヌルから聞いて驚いた。
 父は八重瀬按司に絶世の美女を贈り、その美女は父親按司と息子の若按司を誘惑して、親子で争いを始めた隙を狙って、攻め滅ぼしたという。八重瀬按司の一族は皆殺しにされ、八重瀬岳(えーじだき)のガマ(洞窟)の中に葬られた。城下の者たちは何が起こったのかわからず、一夜にして、按司が入れ替わってしまった。老ヌルは八重瀬ヌルを心配したが、どうなったのかはわからなかった。無事に逃げてくれればいいと願ったが、ある夜、八重瀬ヌルが夢に出て来て、ガマの中の遺体を発見し、丁寧に弔ったという。
 ウミカナは父親のやった事を聞いて愕然(がくぜん)となった。父親が殺した大勢の者たちを弔わなければならないと思った。ふと、馬天ヌルの言葉を思い出した。
 『やるべき事をやりなさい』
 やるべき事とはこの事だったのかもしれないとウミカナは悟った。その後のウミカナは、父親に滅ぼされた八重瀬按司の一族、島添大里按司の一族、大グスク按司の一族、島尻大里按司の一族たちを弔ってきたのだった。
「馬天ヌル様の言った言葉の意味が、ようやくわかりました」とウミカナは晴れ晴れとした顔で言った。
「わたしもあなたを見習わなくてはいけないわね。今の中山王も大勢の兵たちを殺してしまったわ。南風原(ふぇーばる)で戦死した者たちを弔わなければならなかったのに、すっかり忘れていたわ。思い出させてくれて、ありがとう」
 麦屋(いんじゃ)ヌルは島尻大里ヌルの話を聞いて、気がつく事があった。今まで、両親を殺され、その敵(かたき)を討つ事ばかり考えてきたが、祖父が与論按司(ゆんぬあじ)になった時、滅ぼされた者たちがいたのだった。詳しい事はわからないが、殺された者たちは祖父を恨んでいるに違いなかった。与論島(ゆんぬじま)に戻ったら、それらの者たちも弔わなければならないと思った。
 島尻大里ヌルと別れた馬天ヌルたちは、真壁ヌル、米須(くみし)ヌルと会った。米須では若按司の息子とも会った。マルクという名の息子は、弓矢の稽古に励んでいた。母親はタブチの娘だという。クマヌの孫娘の嫁ぎ先には悪くないと馬天ヌルは思った。
 米須をあとにして、真栄平(めーでーら)ヌル、与座ヌルと会い、八重瀬に行って、ウミカナの姉の八重瀬ヌルと会った。八重瀬ヌルと一緒に、タブチの側室になった奥間のミミがいて、奥間ヌルとの再会を喜んでいた。
「ヌル様、どうしてこんな所にいらっしゃるのです?」
「馬天ヌル様が奥間に来てね、それからずっと一緒にウタキ巡りの旅をしているのよ」
「そうだったのですか。驚きましたよ」
「どう、元気でやっている?」
「ええ、楽しくやっております。按司様(あじぬめー)は毎年、明国にいらっしゃって、珍しいお土産を持って来てくれます」とミミは楽しそうに笑った。
 八重瀬の城下は活気に満ちて賑わっていた。八重瀬按司のタブチが毎年、明国に行って交易をしているお陰だった。『唐物屋(とーむんや)』という明国の品々を売る店もあった。
 八重瀬から玻名(はな)グスク、具志頭(ぐしちゃん)、糸数(いちかじ)を巡って玉グスクに着いた。馬天ヌルたちは、玉グスク按司の奥方、マナミーに歓迎された。
「叔母様、お久し振りです」
「そうね。本当に久し振りだわ。見違えてしまうわね。マナミーが奥方様(うなじゃら)になったなんてねえ」
「叔母様は相変わらず、若いですね。昔とちっとも変わらないわ」
「そんな事ないのよ。気持ちは若いんだけど、体が付いて行かないのよ」
 麦屋ヌルが馬天ヌルを見ながら首を振った。
「一緒に旅をしてわかりました。馬天ヌル様は若いですよ。山の中のウタキに行った時なんて、わたしが息切れしても、馬天ヌル様はさっさと行ってしまうわ」
「本当ですよ」と奥間ヌルも言った。
「あら、そうかしら。きっと、ヂャンサンフォン様のお陰ね。あなたたちもヂャンサンフォン様のもとで修行をするといいわ」
「妹のウミタルもヂャンサンフォン様のもとで修行を積んで、今は女子サムレーたちを鍛えているのですよ」とマナミーが言った。
「そうですってね。佐敷ヌルから聞いたわ」
 馬天ヌルは一緒にいるヌルたちをマナミーに紹介して、玉グスクヌルを呼んでもらった。
 玉グスクヌルはマナミーの義姉で、マナミーの長女は若ヌルになっていた。
「二百年くらい前の話なんだけど、玉グスク按司の息子でヤマトゥに行ったきり、帰って来ない人がいるんだけど知らない?」と馬天ヌルは聞いたが、玉グスクヌルは驚いた顔をして、首を振った。
「二百年も前の事なんて、わかりませんよ。何年か前に佐敷ヌル様が来て、英祖様の宝刀を探していたけど、それと関係があるのですか」
「宝刀とは関係ないけど、英祖様とは関係あるわ。その人が英祖様のお父様かもしれないのよ」
「英祖様は、玉グスク按司と同じ御先祖様を持つ天孫氏(てぃんすんし)だと、先代から伺っておりますが、英祖様のお父様が玉グスク按司の息子だったなんて聞いた事がありません」
 馬天ヌルたちは玉グスクヌルと一緒に、歴代の玉グスクヌルのお墓に行って、神様に聞いてみた。豊玉姫(とよたまひめ)様のお陰か、神様たちは進んで話をしてくれ、二百年前にヤマトゥに行ったきり帰って来ない者がいた事がわかった。でも、それは玉グスク按司の息子ではなく、玉グスク按司の三男の志喜屋大主(しちゃうふぬし)の次男だった。
「その人、伊祖(いーじゅ)ヌルに嘘をついたようね」と馬天ヌルが言うと、
「それは違います」とカナは言った。
「伊祖ヌル様は玉グスク生まれのグルーという名前しか知らなかったのです。伊祖ヌルが妊娠したあと、父親の伊祖按司が玉グスクに人をやって調べさせて、玉グスク按司の息子だったと伊祖ヌルに言ったようです。きっと、玉グスク按司の三男の次男だったなんて言えなかったのでしょう。玉グスク按司の息子だったら、何も隠す必要はありません。三男の次男だったので隠してしまって、父親ティーダ(太陽)だったという事にしたのだと思います」
「そうかもしれないわね」と馬天ヌルも納得した。
 その夜は玉グスク按司のお世話になって、次の日、垣花(かきぬはな)に行った。垣花で若按司の息子、マグサンルーと会った。
 マグサンルーは来年、従者として明国に行くと言って、叔父のクーチから教わった明国の言葉を必死になって覚えていた。使者になるために、クーチは今、四度目の唐旅(とーたび)に出ている。マグサンルーも悪くはないと馬天ヌルは思った。
 米須のマルクも垣花のマグサンルーも甲乙つけがたかった。あとは政治的な問題だった。東方(あがりかた)には玉グスクと知念(ちにん)に、サハチの妹がいる。山南王を押さえつけるには、米須に中グスクの娘を送った方がいいような気がした。
 垣花から志喜屋(しちゃ)に行って、志喜屋ヌルと会ったが、豊玉姫のガーラダマを預かっていた先代は亡くなっていた。前回のウタキ巡りの旅の時、馬天ヌルが志喜屋に来て、お礼を言った翌年に亡くなったという。跡を継いだ先代の姪が馬天ヌルたちを歓迎してくれた。志喜屋ヌルと一緒にウタキを巡り、神様の話から、志喜屋大主の次男でヤマトゥに行ったきり帰って来ない者がいた事が確認された。
 知念に行って、若按司の妻のマカマドゥに歓迎され、知念ヌルと一緒に古いウタキを巡った。久手堅(くでぃきん)ヌルと一緒にセーファウタキに行って、豊玉姫とアマン姫に挨拶をして、翌日、久高島に渡ったのだった。
 佐敷ヌルから話に聞いていたセーファウタキは凄いウタキだった。ここに来られただけでも、馬天ヌルと一緒に旅をしてよかったと奥間ヌルは感激した。麦屋ヌルも豊見グスクヌルも東松田(あがりまちだ)の若ヌルもカミーも凄いウタキだと感動していた。
 カナは三年前、運玉森(うんたまむい)ヌルに連れられてセーファウタキに来て、ここで儀式を行なって、浦添ヌルになった。その時、運玉森ヌルも豊玉姫の事は知らなかった。このウタキが豊玉姫を祀っている事を探り出したのはササだった。今更ながら、カナはササの凄さを思い知っていた。
 久高島でフカマヌルのお世話になり、大里(うふざとぅ)ヌルとも会って、フボーヌムイでお祈りを捧げた。フカマヌルがサハチの妹だと知ると、奥間ヌルは密かに、あたしの妹でもあるわけねと思った。十歳になる可愛い娘がいて、カミーと仲よく遊んでいた。二人を見ながら、娘のミワも連れて来ればよかったと後悔した。
 久高島をあとにした一行は平田、手登根(てぃりくん)、佐敷、大(うふ)グスクとウタキ巡りをして、島添大里グスクに行った。奥間ヌルは馬天ヌルに紹介されて、サハチの弟の佐敷大親(さしきうふや)、平田大親、手登根大親と会った。あともう一人、弟が与那原(ゆなばる)にいて、今、ヤマトゥ旅に出ているという。立派な弟が随分いたのねと奥間ヌルは驚いた。
 島添大里グスクではサハチの娘のサスカサと会い、ユリとも再会した。ユリが無事なのは、奥間に来たヒューガから聞いていたが、会うのは十年振りだった。
「去年の末、サタルー様と再会して、今度は奥間ヌル様に会えるなんて、まるで、夢のようです。奥間からはるばるやって来たのですね」
「馬天ヌル様のお陰で、楽しい旅ができたわ。セーファウタキで、豊玉姫様にお会いして、わたしも天孫氏だってわかったのよ」
天孫氏?」
豊玉姫様の子孫だっていう事よ。わたしは奥間生まれだから、ヤマトゥの血を引いているものと思っていたんだけど、安須森(あしむい)がヤマトゥのサムレーに滅ぼされた時、奥間まで逃げて来たヌルがいたらしいの。そのヌルが奥間大主(うくまうふぬし)と結ばれて、三人の娘を産んだらしいわ。その娘たちの血を引く女たちが奥間にも何人もいて、わたしの母親も天孫氏だったって豊玉姫様は言ったのよ」
「そうなんですか」とユリには何の事だか、さっぱりわからなかったが、奥間ヌルが喜んでいるのだから、きっと素晴らしい事なのだろうと一緒になって喜んだ。
 サハチは島添大里グスクにいなかった。今、首里(すい)グスクの北曲輪(にしくるわ)の石垣を普請中なので、首里にいる事が多いという。奥間ヌルはサハチの側室のナツと会った。もう一人の側室のハルは佐敷ヌルの屋敷で、ユリとシビーと一緒にお芝居の事を考えていた。
 ナツには六歳の息子がいると聞いて、わたしの方が先だわと心の中で喜んだ。その心の中を覗こうとしているかのように、ナツは奥間ヌルをじっと見つめて、
按司様(あじぬめー)がいつもお世話になって、ありがとうございます」と言った。
「お世話だなんて、そんな‥‥‥按司様のお世話になっているのはわたし共、奥間の者たちです。按司様のお陰で、毎年、たくさんの鉄が奥間にやって来て、皆、喜んでおります」
 ナツは女の勘で、サハチと奥間ヌルの関係を見破っていた。しかし、奥間の者たちはサハチを必要としているし、サハチも奥間の者たちの力を必要としている。お互いに結び付きを強めるためには仕方がない事なんだと悟った。
按司様にはもう一人、側室がおります」とナツは言った。
「来月、旧港(ジゥガン)(パレンバン)からやって来ます。唐人(とーんちゅ)です」
「えっ、唐人の側室がいるのですか」
「明国に行った時に、お世話になったようです。それに、ヤマトゥにも側室ではありませんが、按司様の娘を産んだ人がいて、今年の正月に琉球にやって来ました。先月、帰ったばかりです」
「そうなのですか」と言いながら、あの『龍』は意外にも、女たらしだわと奥間ヌルは思っていた。
 サスカサの案内で、島添大里の古いウタキを巡ってお祈りして、六年前に決戦が行なわれた南風原の戦場跡に向かい、大勢の戦死者たちを弔ってから、首里へと帰った。


 その頃、座波ヌルの屋敷では、山南王のシタルーが座波ヌルと一緒に酒を飲みながら、今後の事を考えていた。
「ようやく、新しい進貢船(しんくんしん)を下賜(かし)してもらい、来年は二度、進貢船を送れる」とシタルーは言った。
「中山王を倒す事ばかり考えていて、交易に関して、中山王にすっかり遅れを取ってしまった。三人の王が同盟して、それぞれ、やりたい事をやっている。わしもしばらくは領内をまとめる事に力を入れる事としよう」
「それがいいですよ。攻めるだけでなく、時にはじっと待つ事も必要です」
「今はじっと待つ時期か」
「そうです。数日前に馬天ヌル様が見えました」
「また、ウタキ巡りをしているそうじゃな。ウタキを拝むのがヌルの仕事だが、そんな事をして何が面白いのじゃろう。わしにはわからんよ」
「豊見グスクヌルも一緒にいましたよ」
「そうらしいな。あいつは以前から、馬天ヌルを尊敬していた。一緒に旅をするのもいいじゃろう」
「ウタキを巡るには、その土地のヌルに会わなければなりません。馬天ヌル様は各地のヌルたちに慕われております。馬天ヌル様はヤンバルの奥間ヌル、読谷山(ゆんたんじゃ)の東松田の若ヌル、なぜか、十歳くらいのヤンバルの娘も連れていました。各地のヌルたちが皆、馬天ヌル様に従うようになったらどうなると思います?」
「ヌルたちを従えたからといって、どうもなるまい」
「そうかしら? あなたは明国に留学して、進歩的なお考えをお持ちで、ヌルたちの力を信じないようだけど、各地の按司たちは何か重要な事が起こった時には、必ずヌルに相談します。戦が起こった時も当然、ヌルに伺いを立てます。ヌルが中山王に従えと言ったら、按司たちは従うのです」
「そうか。そこまで考えなかった」
「あなたの娘の豊見グスクヌルは、馬天ヌル様に敵対する事はないでしょう」
「豊見グスクヌルだけではない。妹の島尻大里ヌルも馬天ヌルを尊敬している。わしは中山王を相手に戦ができんという事か」
「そういう事です」
「馬天ヌルを何とかしなくてはならんな」とシタルーは言った。
「馬天ヌル様は大きな力に守られています」
「倒す事はできんというのか」
「無理です。倒せたとしても、あなたの周りに災いが起こるでしょう。今はじっと待っている時なのです」
「待っていて、何が変わるというのじゃ。馬天ヌルの天命が尽きるのか。それとも、中山王の天命が尽きるか。中山王が亡くなっても、サハチがいる。やはり、サハチを倒さなければならんのか。タルムイ(豊見グスク按司)のためにも、サハチは倒さなくてはならん」
「タルムイのためには、島添大里按司はいた方がいいわ。タルムイを守ってくれるでしょう」
「わしはタルムイを中山王にしてやりたかったんじゃ。そのためにあんな立派なグスクも築いた。苦労して造った首里グスクをサハチに奪われちまった。何もしませんと言った顔をしながら、島添大里グスクを奪い取り、首里グスクも奪い取った。思い出しただけでも腹が立ってくる」
 シタルーは苦虫をかみ殺したような顔で酒を飲み干した。座波ヌルは酒を注いでやり、
「ハルは島添大里で楽しく過ごしているそうですよ」と笑った。
「ふん」とシタルーは鼻を鳴らした。
「ハルで安心させて、刺客(しかく)を送るつもりじゃったのに、お前に言われて中止した。あの時、実行していたら、どうなっていたじゃろう」
「失敗していたでしょう。そして、ここに中山王の刺客が現れて、あなたもわたしも殺されたかもしれません」
「サハチが俺を殺すのか。あいつにはできんじゃろう。兄貴を殺そうとした時も、お前はやめさせた」
「八重瀬按司様は放っておいても、あなたよりも先に亡くなります」
「そうかな。兄貴もしぶといからな。兄貴と米須按司と玻名グスク按司、この三人が亡くなれば、南部も平定しやすくなる」
「それまで、じっと待つのです」と座波ヌルは言って、酒を一口なめた。

 

 

 

沖縄二高女看護隊 チーコの青春   天明三年浅間大焼 鎌原村大変日記