長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-203.大物主(第一稿)

 大粟(おおあわ)神社から八倉比売(やくらひめ)神社に戻って、アイラ姫から父親のサルヒコの事を聞こうと思ったのに、アイラ姫はユンヌ姫と一緒に琉球に行ってしまっていた。幸いにトヨウケ姫がアキシノと一緒に残っていたので、ササはトヨウケ姫からサルヒコの事を聞いた。
「父を祀った神社はいっぱいあるわ。阿波(あわ)の大麻山(おおあさやま)も、讃岐(さぬき)の金毘羅山(こんぴらさん)も父を祀っているのよ」とトヨウケ姫は言った。
「アイラ姫様が大麻山にサルヒコ様を祀ったと聞きましたが、金毘羅山にも祀ったのですか」
「金毘羅山は父が四国を平定した時に拠点にした場所なの。そこに神社ができて、役小角(えんのおづぬ)が金毘羅大権現(こんぴらだいごんげん)として、父を祀ったのよ」
役行者(えんのぎょうじゃ)様が‥‥‥そこに行けば、サルヒコ様に会えますか」
「多分、いないでしょう。いるとすれば、三輪山(みわやま)じゃないかしら」
三輪山も四国にあるのですか」
「四国じゃないわ。大和(やまと)の国(奈良県)よ。祖父(スサノオ)と父が三輪山の麓(ふもと)に都を造って、父はそこの御所にいて、畿内の国々をまとめていたのよ。亡くなったあと、三輪山に祀られたわ。父に会いたいの?」
「はい。一度も会っていないので、御挨拶したいのです」
「ちょっと気難しい人よ。でも、ササなら大丈夫ね。会ってくれると思うわ。三輪山に行くのなら住之江(すみのえ)の港から上陸すれば、一日で行けるわよ」
「住之江の港?」
「今、住吉大社(すみよしたいしゃ)がある所よ。あそこは重要な拠点だったから、祖父を祀る住吉大社ができたのよ」
 住吉大社なら熊野に行く時にお参りしていた。宮司(ぐうじ)であり武将でもある津守摂津守(つもりせっつのかみ)が歓迎してくれたのをササは思い出した。
 御台所(みだいどころ)様(将軍義持の妻、日野栄子)と高橋殿に相談すると、兵庫に行って同じ道を帰るよりも、そっちの方が面白いと言って賛成してくれた。
 ササたちが勝瑞(しょうずい)の船着き場から船に乗って住吉大社に向かったのは九月の五日だった。いつの間にか九月になってしまい、ずっと南の島を旅していたササたちには、寒さが身に堪える季節になっていた。
 熊野詣での時は何も考えずにお参りをした住吉大社も、ここにスサノオの拠点があったと聞いて、ササも興味を持ってお参りをした。
 宮司の話だと、ここだけでなく、重要な港には必ず住吉神社があって、博多とここをつないでいるという。対馬壱岐島(いきのしま)にも住吉神社はあった。カヤの国(朝鮮半島にあった国)から手に入れた鉄を運ぶ時、拠点となった港に、航海の無事を祈るための住吉神社が建てられたのだろうとササは思った。
 豪華な料理を御馳走になり、神宮寺(じんぐうじ)の宿坊(しゅくぼう)に泊まって、翌朝、三輪山に向かった。途中、河内(かわち)の守護所がある高屋(羽曳野市)の城下に寄って、守護代の遊佐河内守(ゆさかわちのかみ)に歓迎されて、昼食を御馳走になったのはいいけど、護衛の兵まで付けてくれた。余計なお世話だが、御台所様が一緒にいるので仕方のない事だった。
 三輪山に着いたのは日暮れ近くになっていた。大和の国の奈良は南都と呼ばれ、昔、ヤマトゥの都だったはずだが、のどかな田園風景が続いていた。
「奈良の都はもっと北の方にあるわ。ここは大昔の都だった所よ」と高橋殿は笑った。
 御台所様も楽しそうに笑っていた。
 三輪山は富士山を小さくしたような形のいい山で、古くから神聖な山としてあがめられていた事がよくわかった。大三輪(おおみわ)神社(大神神社)の周辺には建物が建ち並んでいて賑やかだった。薄暗くなって来たので、参拝は明日にして、遊佐河内守が付けてくれた侍(さむらい)、水走助三郎(みずはいすけさぶろう)の案内で、ササたちは大きなお寺の宿坊に入った。高橋殿が一緒だと、泊まる所と食事の心配はしなくてもいいので助かっていた。
 そのお寺は平等寺という大三輪神社の別当寺(べっとうじ)で、奈良の都にある興福寺(こうふくじ)の末寺(まつじ)だという。興福寺は武力も持っていて、大和の国の守護も務めているという。お坊さんが国を治めていると聞いてササは驚いた。
「先代の将軍様でも大和の国に守護として武将を送り込む事はできなかったのよ」と高橋殿は言った。
興福寺にも山伏がいっぱいいるのですか」とササは聞いた。
「ここは山伏がいっぱいいるけど、興福寺には僧兵がいっぱいいるのよ。最近はないけど、昔は気に入らない事があると、春日大社(かすがたいしゃ)の御神木(ごしんぼく)を奉じて京都まで行進して強訴(ごうそ)したのよ。相手が神様だから神罰を恐れて、手が出せないのよ」
武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)ですね」とササは聞いた。
 以前、高橋殿の屋敷で見た増阿弥(ぞうあみ)の田楽(でんがく)をササは思い出していた。
「そうよ。僧兵というのは弁慶みたいな人たちよ」
 その夜の歓迎の宴では奈良の銘酒『菩提泉(ぼだいせん)』が出て来て、高橋殿は勿論の事、ササたちも、そのおいしいお酒を充分に堪能した。ササが『菩提泉』を琉球のお土産にしたいと言ったら、御台所様が将軍様に頼んであげると言ってくれた。
 翌日、平等寺の先達(せんだつ)山伏に連れられて、ササたちは大三輪神社に向かった。大三輪神社の神様は『三輪大明神(みわだいみょうじん)』あるいは『大物主大神(おおものぬしのおおかみ)』と呼ばれていて、どちらもサルヒコ様の別名のようだった。
 鳥居をくぐって参道に入ると、まっすぐ続いている参道の向こうに三輪山が見えた。参道には山伏、僧侶、神官、巫女(みこ)たちが行き交い、ササたちと同じように山伏に連れられた参詣客もいた。お寺や神社もいくつもあって、参詣客が一休みするお茶屋もあった。
 山門をくぐって境内に入ると正面に大きな拝殿があった。特に強い霊気は感じないが、心地よい神気が漂っていた。立派な拝殿の後ろに本堂はなく、三輪山御神体として祀っていた。
 ササたちは拝殿からお祈りをした。サルヒコ様の声は聞こえてこなかった。
 奥の宮はありますかとササは先達山伏に聞いた。奥の宮は三輪山の山頂にあるが登る事はできないという。先達山伏がどこかに行って宮司を連れて来た。御台所様と高橋殿の御威光(ごいこう)で、奥の宮には登れないが、拝殿の裏にある三つ鳥居に案内してくれた。
 三つの鳥居がくっついた不思議な鳥居があって、そこから先は神様の領域なので入れないという。拝殿ができる前は、ここでお祈りを捧げたが、拝殿ができてからは特別な人以外はここには入れないと宮司は言った。
 三つ鳥居の向こうには大きな杉の木が何本も立っていて、霊気がみなぎっていた。ササたちは三つ鳥居の前でお祈りを捧げた。
「ササというのはどいつじゃ?」という神様の低い声が聞こえた。
「わたしです」とササは答えた。
「話はトヨウケ姫から聞いた。琉球から来たそうじゃのう。アマン姫は元気にしておるかね?」
「はい。お元気です。アマン姫様を御存じなのですか」
「わしが親父(スサノオ)と一緒に九州に行った時、まだ六歳じゃった。わしらと一緒に九州平定の旅をしたんじゃよ。九州を平定して、わしらが九州を去った年に、アマン姫は琉球に行ったんじゃ。それ以後、会ってはおらん。十五の可愛い娘じゃった」
「そうだったのですか。アマン姫様は御先祖様として、琉球で大切に祀られております」
「そうか。それはよかった。スクナヒコも大切に祀られておるのだな?」
「スクナヒコ? スクナヒコ様とはどなたですか」
「なに? スクナヒコを知らんのか」
 神様は少し怒ったような口調だった。
「左端にいる娘はスクナヒコの子孫ではないのか」と神様は言った。
 ササは驚いて、神様から見て左端を見た。タミーがいた。
「あなた、スクナヒコ様を御存じなの?」とササはタミーに聞いた。
須久名森(すくなむい)の神様だと思います」とタミーは言った。
「えっ、須久名森? あそこに古いウタキがあるの?」
「わたしの伯母は須久名森のヌルでした」
「その娘が身に付けている勾玉(まがたま)は、わしがスクナヒコに贈ったものじゃよ」と神様は言った。
「ええっ!」とタミーが驚いて声を上げた。
 ササたちも驚いてタミーを見ていた。
「これは伯母が身に付けていたガーラダマ(勾玉)です。でも、伯母はわたしが二歳の時に亡くなってしまったので、ほとんど覚えていません。母も十歳の時に亡くなってしまって、わたしは大叔父に育てられました。わたしがヌルになった時、大叔父は伯母がヌルだった事を話してくれました。そして、わたしがヤマトゥに行く時、伯母の形見だと言って、このガーラダマをわたしの首に掛けてくれたのです。このガーラダマがそんなに古い物だったなんて、初めて知りました」
「スクナヒコは琉球では忘れ去られてしまったのか。情けない事じゃな」と神様は言った。
「タミーと一緒に、わたしが復活させます」とササは言った。
「スクナヒコ様がどんなお方だったのか教えて下さい」
「奴のためじゃ。話してやろう。奴は豊玉彦(とよたまひこ)の船乗りとして琉球とヤマトゥを行ったり来たりしていたんじゃよ。わしが初めて奴と出会ったのは、当時、琉球に行く船が出ていた鹿児島じゃった。小柄な男だったが、賢い奴でな、わしは軍師としてスクナヒコを迎えたんじゃよ。わしはスクナヒコと一緒に四国を平定してから、ここに来て、親父と一緒に三輪山の麓に都を造ったんじゃよ。当時は奈良の盆地は湖になっていて、湿地帯も多かったんじゃ。稲作に適した土地だったんじゃよ。都ができてからも、わしらはここに落ち着く事なく、北へと向かって越(こし)の国(福井県、石川県、富山県新潟県)も平定した。ここに都が造れたのも、四国や越の国を平定できたのも、わしらだけでは無理じゃった。スクナヒコが一緒にいてくれたからできたんじゃ。奴は立派な軍師じゃった。決して忘れてはならない英雄なんじゃよ」
 そんな人がいたなんて全然知らなかった。
「勿論、豊玉姫(とよたまひめ)様もスクナヒコ様の事を御存じなのですね」とササは聞いた。
「当然じゃ。スクナヒコは豊玉姫様を送って、一緒に琉球に帰って行ったんじゃ」
 豊玉姫様はどうして教えてくれなかったのだろうと思ったが、以前、ユンヌ姫様がササに忘れ去られた神様の事を教えて怒られたと言ったのを思い出した。教えられるのではなく、自分で見つけなければならないのだった。
琉球に帰ったら須久名森に行って、スクナヒコ様を探して、お祀りいたします」とササは約束してから、「サルヒコ様は大物主大神様と呼ばれていますが、大物主というのはどういう意味なのですか」とサルヒコに聞いた。
 琉球には『大主(うふぬし)』という尊敬すべき人に付ける称号がある。それと関係あるのかしらとササは思っていた。
「当時は天皇という言葉はなかったんじゃよ。国の指導者を国主(くにぬし)といい、いくつもの国をまとめている者を大国主(おおくにぬし)と呼んだんじゃ。当時、ヤマトゥの国には三人の大国主がいた。九州をまとめていた日向(ひむか)(宮崎県)の大国主、中国地方と四国をまとめていた出雲(いづも)(島根県)の大国主、木の国(和歌山県)から越の国までをまとめていた奈良の大国主の三人じゃ。その三人のうちの一人が、すべての国を治める大物主になるんじゃよ。親父は出雲の大国主として大物主になり、わしは奈良の大国主として二代目の大物主になった。わしが亡くなったあと、出雲にいたホアカリが奈良に来て、三代目の大物主になった。ホアカリが亡くなったあと、日向にいた九州の大国主だった玉依姫(たまよりひめ)が大物主になったんじゃよ」
「えっ、玉依姫様は豊(とよ)の国(大分県)にいたんじゃないのですか」
「親父が亡くなったあと、九州で戦が始まったんじゃよ。何とか平定する事はできたんじゃが、豊の国にいたのでは睨みがきかんので、玉依姫は日向の国に移ったんじゃ。日向の国には隼人(はやと)と呼ばれる南の島から来た人たちが住んでいた。豊玉姫様の娘の玉依姫は快く迎えられて、国主になったんじゃよ」
玉依姫様はここには来なかったのですか」
「来ていない。わしも呼びたかったんじゃが、九州を離れる事はできなかったんじゃろう。わしが亡くなってから五十年後、アイラ姫の孫娘がここにやって来て、大物主を継いでいる」
「えっ、アイラ姫様の孫娘が大物主になったのですか」
「そうじゃ。豊姫(とよひめ)じゃよ」
「えっ、豊姫様はアイラ姫様の孫娘だったのですか」
「そうじゃ。アイラ姫の娘が豊の国のミケヒコの孫に嫁いで、豊姫が生まれたんじゃよ。豊姫は玉依姫の跡継ぎになって、九州の大国主になったんじゃ。そして、わしの曾孫(ひまご)のアシナカヒコに嫁いで来た。玉依姫が亡くなって、ヤマトゥの国が分裂するのを防ぐために、豊姫は奈良に嫁いで来たんじゃよ。豊姫の墓は近くにある。行ってみるがいい。それとな、生駒山(いこまやま)に伊古麻津姫(いこまつひめ)という古い神様がおられる。わしも何度か助けられたんじゃが、詳しい事はわからんのじゃ。お前ならわかるかもしれんな」
「一つ聞きたい事があるのですが、玉依姫様は母親違いの妹ですよね。どうして、玉依姫様と結ばれたのですか」
「そんな事はわしにはわからん。好きになっちまったんだから仕方のない事じゃろう」
「当時は許されたのですか」
「今のように夫婦というものもなかったんじゃよ。同じ腹から生まれた兄妹が結ばれるのはうまくないが、腹が違えば何の問題もなかったんじゃ。玉依姫は実にいい女じゃった。いつも一緒にいたいと願っていたんじゃが、アイラ姫が生まれる前に別れて、その後、会う事はなかったんじゃ。お互いに亡くなってからはよく会っているがのう。実はお前の事は玉依姫からよく聞いていたんじゃよ」
 そう言ってサルヒコは笑っていた。
 ササはサルヒコに御礼を言って別れた。
 先達山伏の案内で、昔、ヤマトゥの都があったという所に行ったが、稲刈りが終わった田んぼが広がっているだけだった。
「一千年余り前に、ここに大和の国の都があったと伝えられております。初代の天皇は神武(じんむ)天皇で、ここに立派な御所が建てられたそうです」と先達山伏は説明した。
神武天皇というのはスサノオの神様の事ですか」とササが聞いたら、先達山伏は、「まさか」と言って笑った。
スサノオは熊野の神様じゃろう。大峯山蔵王権現(ざおうごんげん)様もスサノオかもしれんが、神武天皇ではあるまい」
 そう言ったが少し考えてから、「神武という字は『神』と武勇の『武』じゃ。勇ましい神様と言ったら、スサノオという事になるのう」と言った。
 先達山伏は納得したように一人でうなづき、「もしかしたら、スサノオの神様の事かもしれんのう」とササを見て笑った。
 都の跡地の西側に大きな池があって、その中に樹木に覆われた大きなお墓があった。
 豊姫様のお墓は箸墓古墳(はしはかこふん)と呼ばれていた。『日本書紀』という古い書物に、豊姫とは何の関係もない伝説が載っていて、いつしか箸墓古墳と呼ばれるようになったという。
 豊姫様のお墓は前方後円墳と呼ばれていて、このお墓ができてから、このお墓を真似した大きなお墓が各地にできるようになったという。
 若ヌルたちが、「凄い」と言って騒いでいた。ササたちは池の手前にひざまづいてお祈りを捧げた。神様の声は聞こえなかった。
「お留守かしら?」とササはお墓を見つめてから、空を見上げた。
「ちょっと待って」とアキシノの声がした。
「トヨウケ姫様が探しに行っているわ」
 ササはうなづいて、お祈りを続けた。
 ササが豊姫様の事を知ったのは池間島(いきゃま)のウパルズ様の話からだった。その後、パティローマ島(波照間島)に行って、パティローマ姫から豊姫様が九州から奈良に嫁いだと聞いた。豊姫様は玉依姫様の弟、ミケヒコ様の曾孫と聞いていたので、ミケヒコ様を知らないササにとって、あまり馴染みはなかった。しかし、アイラ姫の孫娘だと聞いて、会いたくなっていた。
「連れて来たわよ」とトヨウケ姫の声が聞こえた。
「あなたの事は曾祖母様(ひいおばあさま)(玉依姫)から聞いているわ。会いに来てくれたのね。ヌナカワ姫が遊びに来たので、ちょっと、お山の上でお話をしていたの」と豊姫が言った。
「ヌナカワ姫様って、翡翠(ひすい)の国のお姫様ですか」とササは聞いた。
「そうよ。曾祖父様(ひいおじいさま)と結ばれて、二人の子供を産んだのよ」
「曾祖父様ってサルヒコ様の事ですか」
「そうよ。越の国を平定するために北に行った時、翡翠の国でヌナカワ姫と出会って、曾祖父様は一目惚れしたんですって」
瀬織津姫(せおりつひめ)様と仲良しだったヌナカワ姫様の子孫よ」とトヨウケ姫が言った。
翡翠の国の首長は代々、ヌナカワ姫を名乗っていたのよ」
「今もヌナカワ姫様はいらっしゃるのですか」
「今はもういないわ。勾玉が廃れてしまって、翡翠の国も消滅してしまったの。ヌナカワ姫の子孫は奴奈川神社(ぬなかわじんじゃ)の宮司を務めているわ」
「お祖母様(アイラ姫)は琉球に行ったそうね」と豊姫が言った。
「従妹(いとこ)のユンヌ姫様と一緒に行きました」とササは答えてから、「広田神社の浜の南宮で豊姫様が奉納した『宝珠(ほうじゅ)』を拝見いたしました」と言った。
「懐かしいわ」と豊姫は笑った。
「あの年は本当に大変だったわよ。大物主だった夫が筑紫(つくし)(福岡県)の香椎宮(かしいのみや)で、急に亡くなってしまったのよ」
「えっ?」とササだけでなく、何人かが言った。
「最初から話さないとわからないわね」と言って、豊姫は玉依姫が亡くなった時の事から話してくれた。
「曾祖母様は偉大な人だったわ。曾祖母様が亡くなって、わたしは九州の大国主を継いだわ。大物主はホアカリ様の息子の奈良の大国主が継ぐ事に決まったんだけど、大物主を継ぐ前に亡くなってしまったの。それで、誰が大物主になるのかが問題になったのよ。奈良はホアカリ様の孫、アシナカヒコ様が大国主を継いで、出雲はイタケル様の曾孫、タケヒコ様が大国主を継いでいたわ。各国から長老たちが集まって相談したんだけど、なかなか決まらなかったわ。誰が継いだとしても内乱が始まりそうな雰囲気だったの。そして、決まったのが、九州の大国主のわたしが奈良の大国主のアシナカヒコ様に嫁いで、二人で協力してヤマトゥの国をまとめるという事だったの。わたしは奈良に嫁いで、アシナカヒコ様が大物主になったわ。わたしは奈良の人たちに歓迎されたけど、都に落ち着く暇もなく、わたしたちは各国に挨拶回りをしなければならなかったのよ」
「九州の大国主が奈良に来てしまって、九州は大丈夫だったのですか」とササは聞いた。
「豊の国にはわたしの父がいて、日向の国には妹のソラツ姫がいたから大丈夫だろうと思ったのよ。わたしたちは角鹿(つぬが)(敦賀)の笥飯宮(けひのみや)に行って、木の国(和歌山県)の德勒津宮(ところつのみや)に行って、吉備(きび)(岡山県)の高島宮(たかしまのみや)に行って、国主たちに挨拶をしたわ。出雲の杵築宮(きづきのみや)に行って、出雲の大国主に挨拶をして、穴門(あなと)(長門)の豊浦宮(とよらのみや)に行った時、九州で問題が起きたのよ。南部にいる隼人たちが反乱を起こしたの。阿蘇津姫(あそつひめ)様の子孫たちで、山の中で暮らしている人たちなの。『熊襲(くまそ)』って呼ばれていたわ。海で暮らしている隼人たちはヤマトゥの国作りに協力してくれたけど、熊襲たちは反抗的だったの。それでも、曾祖母様が日向の国にいた時は、従ってくれていたのよ。曾祖母様が亡くなって、跡を継いだわたしが奈良に行ってしまったので、また騒ぎ出したのよ。わたしが説得するって言ったんだけど、夫は攻め滅ぼすって言い張って戦支度を始めたの。わたしは熊襲退治よりも、カヤの国を攻めているシラの国(後の新羅)を退治すべきよと言ったけど、聞いてはくれなかったわ。筑紫の香椎宮に移って、戦の準備が整うと夫は兵を率いて松峡宮(まつおのみや)に向かったの。わたしは連れて行ってもらえなかったわ。お前が行けば静まるだろうが一時的な事だ。また騒ぎ出すに違いない。一気に滅ぼすと言って出陣したんだけど、負けてしまったのよ。夫は大怪我をして帰って来たけど、傷が悪化して亡くなってしまったの。大変な事になってしまって、このまま帰るわけには行かなくなってしまったの。せっかくまとまり掛けていたのに、大物主の戦死が知れ渡ったらヤマトゥの国は分裂してしまうわ。わたしは神様に祈って、シラの国を攻める事に決めたのよ。神様の御加護があって、航海も無事で、戦にも勝ったわ。筑紫に帰って、わたしは息子を産んだの。奈良に帰る時、夫の息子たちが攻めて来たけど、それも何とか倒したわ。奈良の都に帰って、わたしは大物主を継いだのよ」
「夫の息子たちって、豊姫様が嫁いだ時、別に奥さんがいたのですか」
「いたわ。わたしが嫁いだ時、夫は四十歳に近かったのよ。二人の息子がいて、わたしが息子を産んだのを知って、わたしたちを亡き者にしようと攻めて来たのよ。シラ国攻めが成功したお陰で、わたしは大物主になる事を認められて、ヤマトゥの国も分裂する事はなかったわ。わたしを守ってくれた瀬織津姫様に感謝して、広田神社を創建したのよ」
 お墓の東側にあったという都の様子を聞いて、ササたちは豊姫と別れた。
 平等寺に帰って昼食を食べ、午後は三輪山の東側にある長谷寺(はせでら)をお参りした。このお寺にも大勢の山伏たちがいた。高橋殿は先代の将軍様足利義満)と一緒に来た事があると言った。
 翌日、生駒山に向かい、途中、南都の興福寺に寄った。大和の国の守護を務めているだけあって、興福寺は大きなお寺だった。噂に聞く僧兵も大勢いた。頭巾をかぶって腰に刀を差し、薙刀(なぎなた)や槍を杖(つえ)代わりに突いていた。先代の将軍様興福寺にはよく来ていたらしく、先代の将軍様が利用した宿坊に案内されて、昼食を御馳走になった。
「北山殿(足利義満)と一緒にここに来て、一乗院で世阿弥(ぜあみ)様の猿楽(さるがく)を観たのを思い出したわ」と高橋殿が言った。
「わたしが側室になったばかりの頃よ。もう二十年も前の事ね」
 昼食の後、興福寺別当を務めている春日大社をお参りした。春日大社の神様は藤原氏の神様で、御台所様の実家の日野家藤原氏なので、お参りができてよかったと御台所様は喜んでいた。
「ここの神様は俺の故郷の神様ですよ」と飯篠修理亮(いいざさしゅりのすけ)が言った。
香取神宮のフツヌシの神様と鹿島神宮タケミカヅチの神様です。どちらも武芸の神様です」
「えっ、藤原氏の神様って、武芸の神様だったの?」と御台所様が驚いた。
「それに、関東の神様がどうして、藤原氏の神様なの?」
 修理亮は首を傾げたが、案内してくれた興福寺の山伏が答えてくれた。
藤原氏の御先祖様の中臣鎌足(なかとみのかまたり)様は常陸(ひたち)の国(茨城県)で生まれたようです。詳しい事はわかりませんが、父親が鹿島神宮の神官だったとも伝えられています。鎌足様の息子の不比等(ふひと)様が、春日山に鹿島の神様をお祀りしたのが春日大社の始まりのようです」
香取神宮の大宮司大中臣氏で、鹿島神宮の大宮司を務める鹿島氏も中臣姓だったと聞いた事があります」と修理亮が言った。
 香取と鹿島の神様の事は以前、ホアカリ様から聞いた事があった。ホアカリ様は浅間大神(あさまのおおかみ)と関係ありそうだと言っていた。もしかしたら、瀬織津姫様の孫たちだろうかとササは思った。
「あなた、故郷に帰りたくなったんじゃないの?」とカナが聞いた。
 修理亮は笑いながら首を振って、「まだ帰れんよ」とカナに言った。
 興福寺門前町には商人たちの大きな屋敷が並んでいた。興福寺の山伏の案内で、ササたちは奈良の街中を通り越して西へと向かった。途中でちょっとした峠を越えたがあとは平坦な道で、一時(いっとき)半(三時間)で生駒山の東麓にある生駒神社(往馬坐伊古麻都比古神社)に着いた。
 鳥居をくぐって石段を登り、山門をくぐって、さらに石段を登ると拝殿が見えた。どこからか巫女を連れた宮司が現れて、ササたちを出迎えた。興福寺から知らせが入ったとみえて、宮司は御台所様と高橋殿がいる事を知っていた。宮司の案内で拝殿に行き、本殿の方を見るといくつものお堂が並んでいた。
「当社は七座の神様を祀っております」と宮司が言った。
「創建当初は生駒山の神様であられる伊古麻津彦(いこまつひこ)様と伊古麻津姫様を祀っておりましたが、東大寺が建てられた頃、神功皇后(じんぐうこうごう)様、神功皇后様の夫の仲哀(ちゅうあい)天皇様、お二人の息子の応神(おうじん)天皇様、それと、神功皇后様の御両親様の五座の神様が加わったようでございます」
 中央におられるのが伊古麻津姫様かと聞いたら、伊古麻津姫様は一番右端で、中央におられるのは仲哀天皇様だと宮司は言った。
 一体、誰が伊古麻津姫様を隅の方に追いやってしまったのだろうとササは少し腹を立てていた。
 お祈りを捧げると、すぐに神様の声が聞こえた。
「阿波の叔母様(阿波津姫)からササの事を聞いて待っていたのよ」
「伊古麻津姫様ですか」とササは聞いた。
「そうよ。母は武庫津姫(むこつひめ)、祖母は瀬織津姫よ。祖母が突然、現れたのでびっくりしたわ。祖母が元気になったのはササのお陰だってね、ありがとう」
 神様に御礼を言われて何と答えたらいいのかわからず、ササは別のことを聞いた。
「伊古麻津姫様はどうして、生駒山にいらっしゃったのですか」
「当時はね、生駒山は半島のように突き出ていて、東側も西側も海だったのよ。武庫山からお舟で来られたのよ。三輪山の近くまでお舟で行けたわ。伊勢に叔母の伊勢津姫様がいたので、わたしは伊勢までの陸路を開いたのよ。母のいる武庫山から伊勢まで行くのは木の国(和歌山県)を一回りしなければならないので遠いのよ。陸路も険しい山道だけど、お舟で行くよりも早く着けたわ。伊勢まで行けば、祖母のいる富士山も近いしね」
「サルヒコ様たちがここに来る前から、伊古麻津姫様の御子孫たちがこの辺りに住んでいたのですね」
「そうよ。サルヒコが来た時、わたしの子孫のトミヒコはサルヒコに従ったのよ。トミヒコの妹がサルヒコに嫁いで、うまくやっていたわ。でも、サルヒコが亡くなるとトミヒコは妹が産んだウマシマジに大物主を継がせようとして、出雲から来たホアカリを倒そうとしたのよ。ホアカリは同族の豊玉姫の孫だから喜んで迎えなさいと言ったんだけど、言う事を聞かなかったわ。神罰が下ってトミヒコは亡くなったのよ。ウマシマジは伯父に反対して、岩屋に閉じ込められていたから助け出されて、ホアカリに仕えたわ。尾張(おわり)(愛知県)と美濃(みの)(岐阜県)を平定したのはウマシマジだったのよ。お陰でわたしの子孫たちは尾張や美濃にもいるわ」
 聞きたい事があったような気がしたが、日も暮れてきたので、伊古麻津姫と別れて、ササたちは神宮寺に行って宿坊に納まった。
 次の日は役行者が開いたという山の中にある千光寺を参詣した。遊佐河内守の家臣の水走助三郎は生駒山の西麓にある枚岡(ひらおか)神社の宮司の息子だった。生駒山の事なら任せておけと言って案内してくれた。覚林坊(かくりんぼう)も千光寺には行った事があると言っていた。
 九月九日の重陽(ちょうよう)の節句で、境内には菊の花が飾られ、菊酒も振る舞われていた。いい時に来たわねと皆で喜び、綺麗な菊の花を眺めながら、菊酒を御馳走になった。
 生駒山役行者が開いた修験(しゅげん)の山で、空海も修行を積んでいたらしい。山伏たちも集まって来て、重陽節句を祝っていた。
 琉球の交易船が兵庫に着いたとアキシノが知らせてくれたので、ササたちは京都に帰る事にした。

 

目次 第二部

尚巴志伝 第二部

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このイラストはは和々様よりお借りしました。



  1. 山田のウニウシ(第二稿)   護佐丸、尚巴志を頼って首里に行く。
  2. 胸のときめき(第二稿)   護佐丸、島添大里で恋をする。
  3. 恋の季節(第二稿)   サグルーとササ、山田で魂を抜かれる。
  4. キラマの休日(第二稿)   尚巴志夫婦、毎年恒例の旅で慶良間の島に行く。
  5. ナーサの遊女屋(第二稿)   中山王の家臣たちの懇親の宴。
  6. 宇座の古酒(第二稿)   尚巴志、宇座の御隠居の倅と古酒を飲む。
  7. 首里の初春(第三稿)  中山王となった思紹の初めての正月。
  8. 遙かなる船路(第二稿)  尚巴志、ウニタキ、懐機、明国に行く。
  9. 泉州の来遠駅(第二稿)   明国に着いた尚巴志たちは来遠駅に落ち着く。
  10. 麗しき三姉妹(第二稿)   尚巴志たち、福州に行きメイファンと再会する。
  11. 裏切り者の末路(第二稿)   尚巴志たち、メイファンの敵討ちを助ける。
  12. 島影に隠れた海賊船(第二稿)   尚巴志たち、明の海賊船に乗る。
  13. 首里のお祭り(第二稿)   護佐丸、ササたちと祭りの警備をする。
  14. 富楽院の桃の花(第二稿)   尚巴志たち、明国の都、応天府に着く。
  15. 応天府の夢に酔う(第二稿)   尚巴志たち、最高級の妓楼で夢を見る。
  16. 真武神の奇跡(第二稿)   討伐軍を破って皇帝になった永楽帝
  17. 武当山の仙人(第二稿)   尚巴志たち、武当山で張三豊と出会う。
  18. 霞と拳とシンシンと(第二稿)   尚巴志とウニタキ、張三豊に武術を習う。
  19. 刺客の背景(第二稿)   馬天ノロ、刺客の正体を探る。
  20. 龍虎山の天師(第二稿)   尚巴志たち、道教の本山、龍虎山に行く。
  21. 西湖のほとりの幽霊屋敷(第二稿)   尚巴志たち、三姉妹と再会する。
  22. 清ら海、清ら島(第二稿)  三姉妹と張三豊が琉球に来る。
  23. 今帰仁の天使館(第二稿)   旅に出た張三豊たちが帰って来る。
  24. 山北王の祝宴(第二稿)   攀安知、志慶真の長老から今帰仁の歴史を聴く。
  25. 三つの御婚礼(第二稿)   サグルー、尚忠、護佐丸、妻を迎える。
  26. マチルギの御褒美(第二稿)   尚巴志、妻のマチルギにしぼられる。
  27. 廃墟と化した二百年の都(第二稿)   尚巴志、ウニタキと浦添に行く。
  28. 久高島参詣(第二稿)  思紹王、女たちを連れて久高島へ行く。
  29. 丸太引きとハーリー(第二稿)   尚巴志、豊見グスクでハーリーを見る。
  30. 浜辺の酒盛り(第二稿)   尚巴志、ヤマトゥに行くマチルギたちを見送る。
  31. 女たちの船出(第二稿)   マチルギたち、長い船旅を楽しみ博多に着く。
  32. 落雷(第二稿)   尚巴志、雷鳴を聞きながらマジムン退治を思い出す。
  33. 女の闘い(第二稿)   三姉妹の船が来て、メイユーとナツが会う。
  34. 対馬の海(第二稿)   マチルギ、対馬島でイトとユキに会う。
  35. 龍の爪(第二稿)   尚巴志、ウニタキ、懐機、朝鮮旅の計画を練る。
  36. 笛の調べ(第二稿)   久し振りに佐敷グスクから笛の音が流れる。
  37. 初孫誕生(第二稿)   尚忠の長男、尚志達、生まれる。
  38. マチルギの帰還(第二稿)   女たちがヤマトゥから無事に帰国する。
  39. 娘からの贈り物(第二稿)   尚巴志、マチルギから旅の話を聞く。
  40. ササの強敵(第二稿)   馬天ノロ、日代(ティーダシル)の石を探し始める。
  41. 眠りから覚めたガーラダマ(第二稿)   ササ、読谷山で古い勾玉を見つける。
  42. 兄弟弟子(第二稿)   尚巴志、兼グスク按司武当拳の試合をする。
  43. 表舞台に出たサグルー(第二稿)   サグルー、尚巴志の代理を見事に務める。
  44. 中山王の龍舟(第二稿)   ウニタキの新しい隠れ家が完成する。
  45. 佐敷のお祭り(第二稿)   尚巴志の一節切と佐敷ヌルの横笛に大喝采
  46. 博多の呑碧楼(第二稿)   朝鮮旅に出た尚巴志たち、博多に着く。
  47. 瀬戸内の水軍(第二稿)   尚巴志村上水軍と塩飽水軍の頭領と会う。
  48. 七重の塔と祇園祭り(第二稿)   尚巴志たち、京都に着く。
  49. 幽玄なる天女の舞(第二稿)   尚巴志が一節切を吹くと美女が舞う。
  50. 天空の邂逅(第二稿)   尚巴志たち、七重の塔に登って感激する。
  51. 鞍馬山(第二稿)   尚巴志たち、鞍馬山で武術修行。
  52. 唐人行列(第二稿)   尚巴志、増阿弥の芸に感動する。
  53. 対馬の娘(第二稿)   尚巴志、イトと再会、ユキとミナミに会う。
  54. 無人島とアワビ(第二稿)   尚巴志、昔の顔なじみと再会する。
  55. 富山浦の遊女屋(第二稿)   尚巴志たち、富山浦(釜山)に渡る。
  56. 渋川道鎮と宗讃岐守(第二稿)   尚巴志九州探題対馬守護に会う。
  57. 漢城府(第二稿)   尚巴志たち、朝鮮の都に到着する。
  58. サダンのヘグム(第二稿)   尚巴志たち、ナナの案内で都見物。
  59. 開京の将軍(第二稿)   尚巴志たち、高麗の都に行く。
  60. 李芸とアガシ(第二稿)   尚巴志、李芸と会う。
  61. 英祖の宝刀(第二稿)   佐敷ノロ、神様の声を聞いて宝刀を探す。
  62. 具志頭按司(第二稿)   佐敷ノロ、お祭りでお芝居を上演する。
  63. 対馬慕情(第二稿)   尚巴志、家族を連れて舟旅に出る。
  64. 旧港から来た娘(第二稿)   尚巴志、旧港の施二姐と会う。
  65. 龍天閣(第二稿)  尚巴志、旧港の船を連れて琉球に帰る。
  66. 雲に隠れた初日の出(第二稿)   尚巴志、上間グスクの警固を強化する。
  67. 勝連の呪い(第二稿)   尚巴志の義兄サムが勝連按司になる。
  68. 思紹の旅立ち(第二稿)   思紹、張三豊と一緒に明国に行く。
  69. 座ったままの王様(第二稿)   佐敷大親とジクー禅師、ヤマトゥに行く。
  70. 二人の官生(第二稿)   尚巴志、明国に送る留学生を決める。
  71. ンマムイが行く(第二稿)   兼グスク按司、家族を連れて今帰仁に行く。
  72. ヤンバルの夏(第二稿)   兼グスク按司、家族を連れてヤンバルを巡る。
  73. 奥間の出会い(第二稿)   兼グスク按司、奥間で隠し事を聞いて驚く。
  74. 刺客の襲撃(第二稿)   兼グスク按司、ヤンバルの山中で襲われる。
  75. 三か月の側室(第二稿)   メイユー、尚巴志の側室になる。
  76. 百浦添御殿の唐破風(第二稿)   首里グスク正殿の改築が完成する。
  77. 武当山の奇跡(第二稿)   思紹、武当山で張三豊の凄さを知る。
  78. イハチの縁談(第二稿)   米須按司と玻名グスク按司が東方に寝返る。
  79. 山南王と山北王の同盟(第二稿)   山北王の娘が山南王の三男に嫁いで来る。
  80. ササと御台所様(第二稿)   ササ、伊勢神宮で神様の声を聞く。
  81. 玉依姫(第二稿)   ササ、豊玉姫のお墓で玉依姫の声を聞く。
  82. 伊平屋島と伊是名島(第二稿)   伊平屋島の親戚たちが逃げてくる。
  83. 伊平屋島のグスク(第二稿)   サグルーと尚忠と護佐丸、伊平屋島に行く。
  84. 豊玉姫(第二稿)   ヒューガの師匠、慈恩禅師が琉球に来る。
  85. 五年目の春(第二稿)   尚巴志、龍天閣で今年の計画を練る。
  86. 久高島の大里ヌル(第二稿)   ササ、神様から願い事を頼まれる。
  87. サグルーの長男誕生(第二稿)   兼グスク按司の新しいグスクが完成する。
  88. 与論島(第二稿)   ウニタキ、与論島に行き、与論ヌルと再会する。
  89. ユンヌのお祭り(第二稿)   尚巴志、ササたちと与論島に行く。
  90. 伊是名島攻防戦(第二稿)   伊是名島で中山王と山北王の戦が始まる。
  91. 三王同盟(第二稿)   中山王と山北王の同盟が決まり、山南王も加わる。
  92. ハルが来た(第二稿)   山南王から尚巴志に側室が贈られる。
  93. 鉄炮(第二稿)   三姉妹がアラビアの商品と鉄炮を持って来る。
  94. 熊野へ(第二稿)   ササ、将軍様の奥方と一緒に熊野詣でに出掛ける。
  95. 新宮の十郎(第二稿)   サスカサ、神倉山で十郎の話を聞く。
  96. 奄美大島のクユー一族(第二稿)   本部のテーラー奄美大島を攻める。
  97. 大聖寺(第二稿)   首里に最初のお寺が完成する。
  98. ジャワの船(第二稿)   ヤマトゥに行った交易船がジャワの船を連れて来る。
  99. ミナミの海(第二稿)   早田左衛門太郎が、イトとユキとミナミを連れて来る。
  100. 華麗なる御婚礼(第二稿)   チューマチ、山北王の娘マナビーを妻に迎える。
  101. 悲しみの連鎖(第二稿)   玉グスク按司から始まって、続けて五人が亡くなる。
  102. 安須森(第二稿)   佐敷ノロ、ササたちを連れて安須森に行く。
  103. 送別の宴(第二稿)   尚巴志、早田左衛門太郎たちを連れて慶良間の島に行く。
  104. アキシノ(第二稿)   ヤマトゥ旅に出た佐敷ノロとササたち、厳島神社に行く。
  105. 小松の中将(第二稿)   大原寂光院で高橋殿が平維盛と華麗に舞う。
  106. ヤンバルのウタキ巡り(第二稿)   馬天ノロたち、今帰仁に行く。
  107. 屋嘉比のお婆(第二稿)   馬天ノロ、安須森で神様にお礼を言われる。
  108. 舜天(第二稿)   馬天ノロ浦添ノロを連れて喜舎場森に行く。
  109. ヌルたちのお祈り(第二稿)   馬天ノロたち、南部のウタキを巡る。
  110. 鳥居禅尼(第二稿)   佐敷ノロ、熊野で平維盛の足跡をたどる。
  111. 寝返った海賊(第二稿)   三姉妹が来て、大きな台風も来る。
  112. 十五夜(第二稿)   サスカサ、島添大里グスクで中秋の名月を祝う。
  113. 親父の悪夢(第二稿)   山南王、悪夢にうなされて、出陣を決意する。
  114. 報恩寺(第二稿)   ヤマトゥの交易船が旧港の船を連れて帰国する。
  115. マツとトラ(第二稿)   尚巴志対馬の旧友を連れて首里に行く。
  116. 念仏踊り(第二稿)   辰阿弥が首里のお祭りで念仏踊りを踊る。
  117. スサノオ(第二稿)   懐機の娘が佐敷大親の長男に嫁ぐ。
  118. マグルーの恋(第二稿)   ヤマトゥ旅に出たマグルーを待っている娘。
  119. 桜井宮(第二稿)   馬天ノロ、各地のノロたちを連れて安須森に行く。
  120. 鬼界島(第二稿)   山北王の弟、湧川大主、喜界島を攻める。
  121. 盂蘭盆会(第二稿)   三姉妹、パレンバン、ジャワの船が琉球にやって来る。
  122. チヌムイ(第二稿)   山南王、汪応祖、死す。
  123. タブチの決意(第二稿)   弟の死を知ったタブチは隠居する。
  124. 察度の御神刀(第二稿)   タブチ、山南王になる。
  125. 五人の御隠居(第二稿)   汪応祖の死を知った思紹、戦評定を開く。
  126. タブチとタルムイ(第二稿)   八重瀬グスクで戦が始まる。
  127. 王妃の思惑(第二稿)   汪応祖の葬儀のあと、戦が再開する。
  128. 照屋大親(第二稿)   山南王の進貢船が帰って来る。
  129. タブチの反撃(第二稿)   タブチ、豊見グスクを攻める。
  130. 喜屋武グスク(第二稿)   尚巴志、チヌムイとミカに会う。
  131. エータルーの決断(第二稿)   タブチの長男、けじめをつける。
  132. 二人の山南王(第二稿)   島尻大里グスク、他魯毎軍に包囲される。
  133. 裏の裏(第二稿)   尚巴志、具志頭グスクを開城させる。
  134. 玻名グスク(第二稿)   尚巴志、玻名グスクを攻める。
  135. 忘れ去られた聖地(第二稿)   尚巴志とササ、古いウタキを巡る。
  136. 小渡ヌル(第二稿)   尚巴志、小渡ヌルと出会う。
  137. 山南志(第二稿)   宅間之子、山南の歴史書「山南志」を完成させる。
  138. ササと若ヌル(第二稿)   ササ、4人の若ヌルの師匠になる。
  139. 山北王の出陣(第二稿)   中山王と山北王が山南王の戦に介入する。
  140. 愛洲のジルー(第二稿)   ササのマレビト神が馬天浜にやって来る。
  141. 落城(第二稿)   護佐丸、玻名グスク攻めで活躍する。
  142. 米須の若按司(第二稿)   島添大里のお祭りの後、尚巴志は米須に行く。
  143. 山グスク(第二稿)   米須グスクを落とした尚巴志、山グスクに行く。
  144. 無残、島尻大里(第二稿)   他魯毎、島尻大里グスクに総攻撃を掛ける。
  145. 他魯毎(第二稿)   他魯毎、山南王に就任する。
  146. 若按司の死(第二稿)   ササ、宮古島の事を調べる。
  147. 久高ヌル(第二稿)   一月遅れの久高島参詣。
  148. 山北王が惚れたヌル(第二稿)   攀安知、古宇利島に行く。
  149. シヌクシヌル(第二稿)   ササ、斎場御嶽で運玉森ヌルに就任する。
  150. 慈恩寺(第二稿)   武術道場の慈恩寺が完成する。
  151. 久米島(第二稿)   尚巴志、ウニタキ、懐機、久米島に行く。
  152. クイシヌ(第二稿)   尚巴志、ニシタキ山頂で一節切を吹く。
  153. 神懸り(第二稿)   玻名グスクヌル、安須森で神懸りする。
  154. 武装船(第二稿)   ウニタキ、山北王の軍師と酒を飲む。
  155. 大里ヌルの十五夜(第二稿)   久高島大里ヌル、島添大里グスクに来る。
  156. 南の島を探しに(第二稿)   ササと安須森ヌル、愛洲次郎の船で宮古島に行く。
  157. ミャーク(第二稿)   ササたち、与那覇勢頭と目黒盛豊見親と会う。
  158. 漲水のウプンマ(第二稿)   ササたち、漲水のウプンマと一緒に狩俣に戻る。
  159. 池間島のウパルズ様(第二稿)   クマラパ、ウバルズ様に怒られる。
  160. 上比屋のムマニャーズ(第二稿)   ササたち、平家の子孫と会う。
  161. 保良のマムヤ(第二稿)   ササと安須森ヌル、アラウスの古いウタキに入る。
  162. 伊良部島のトゥム(第二稿)   高腰グスクの熊野権現で神様たちと酒盛り。
  163. スタタンのボウ(第二稿)   ササたち、来間島に寄って多良間島に行く。
  164. 平久保按司(第二稿)   アホウドリに歓迎されたササたち、平久保按司と会う。
  165. ウムトゥ姫とマッサビ(第二稿)   ササたち、ノーラ姫とウムトゥ姫に会う。
  166. 神々の饗宴(第二稿)   於茂登岳の山頂で、神様たちと酒盛り。
  167. 化身(第二稿)   名蔵の白石御嶽と水瀬御嶽で神様と会う。
  168. ヤキー退治(第二稿)   ササたち屋良部岳に登り、山頂で雷雨に遭う。
  169. タキドゥン島(第二稿)   タキドゥンの話を聞いて驚くササたち。
  170. ユーツンの滝(第二稿)   クンダギに登って、イリウムトゥ姫と会う。
  171. ドゥナン島(第二稿)   ササたち、クン島からドゥナン島へ向かう。
  172. ユウナ姫(第二稿)   ウラブダギに登ったササたち、ドゥナン島の村を巡る。
  173. 苗代大親の肩の荷(第二稿)   尚巴志、苗代大親の隠し事を知って笑う。
  174. さらばヂャンサンフォン(第二稿)   会同館で三姉妹たちの送別の宴が開催。
  175. トゥイの旅立ち(第二稿)   前山南王妃、ナーサと一緒に奥間に行く。
  176. 今帰仁での再会(第二稿)   前山南王妃、今帰仁に行って姪と会う。
  177. アミーの娘(第二稿)   尚巴志、ウニタキからトゥイの事を聞く。
  178. 婿入り川(第二稿)   山北王の若按司が山南王の婿になる。
  179. クブラ村の南遊斎(第二稿)   ササたち、ダンヌ村からクブラ村に行く。
  180. 仕合わせ(第二稿)   ササと愛洲次郎、二人だけの時を過ごす。
  181. ターカウ(第二稿)   ササたち、黒潮を越えて台湾に行く。
  182. 伝説の女海賊(第二稿)   ササたち、高雄で女海賊の活躍を聞く。
  183. 龍と鳳凰(第二稿)   唐人町の宮殿にお世話になるササたち。
  184. トンド(第二稿)   ササたち、トンド王国に着く。
  185. 山北王の進貢(第二稿)  リュウイン、山北王の使者として明国に行く。
  186. 二つの婚礼(第二稿)   マグルーとマウミ、ウニタルとマチルーが結ばれる。
  187. 若夫婦たちの旅(第二稿)   ウニタル夫婦とマグルー夫婦、旅に出る。
  188. サハチの名は尚巴志(第二稿)   今帰仁のお祭りからウニタキが帰って来る。
  189. トンドの新春(第二稿)   ササたち、新年の祝宴で二日酔い。
  190. パティローマ(第二稿)   ササたち、波照間島に行く。
  191. キキャ姫の遊戯(第二稿)   湧川大主、喜界島を攻める。
  192. 尚巴志の進貢(第二稿)   サハチ、尚巴志の名前で進貢船を送る。
  193. ササの帰国(第一稿)   南の島の人たちを連れて、ササたち帰国する。
  194. 玉グスク(第一稿)   ササ、豊玉姫から瀬織津姫の事を聞く。
  195. サミガー大主の小刀(第一稿)   タキドゥン按司の話を聞いて驚く尚巴志
  196. 奥間のミワ(第一稿)   ササたち、愛洲次郎の船でヤマトゥに行く。
  197. リーポー姫(第一稿)   他魯毎冊封するための冊封使琉球に来る。
  198. 他魯毎の冊封(第一稿)   諭祭の儀式と冊封の儀式が無事に終わる。
  199. 満月(第一稿)   ササたち、阿蘇山に登り、那智から天川の弁才天社に行く。
  200. 瀬織津姫(第一稿)   富士山麓の湖畔で、神様たちと酒盛り。
  201. 真名井御前(第一稿)   六甲山で武庫津姫、真名井御前の声を聞く。
  202. 八倉姫と大冝津姫(第一稿)   阿波に渡り、八倉比売神社と大粟神社に行く。
  203. 大物主(第一稿)   ササたち、三輪山に行き、サルヒコ、豊姫と会う。



主要登場人物

 

第一部 目次

目次 第一部

尚巴志伝 第一部 月代の石

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このイラストはは和々様よりお借りしました。

 

  1. 誕生(最終決定稿)   尚巴志、佐敷苗代に生まれる。
  2. 馬天浜(最終決定稿)   サミガー大主とヤマトゥの山伏、クマヌ。
  3. 察度と泰期(最終決定稿)   浦添按司察度、過去を振り返る。
  4. 島添大里グスク(最終決定稿)   島添大里グスク、汪英紫に奪われる。
  5. 佐敷グスク(最終決定稿)   尚巴志の父、佐敷按司になる。
  6. 大グスク炎上(最終決定稿)   大グスク、汪英紫(島添大里按司)に奪われる。
  7. ヤマトゥ酒(最終決定稿)   早田三郎左衛門、馬天浜に来る。
  8. 浮島(最終決定稿)   尚巴志、早田左衛門太郎と旅に出る。
  9. 出会い(最終決定稿)   尚巴志、伊波按司の娘と剣術の試合をする。
  10. 今帰仁グスク(最終決定稿)   尚巴志、今帰仁に行く。
  11. 奥間(最終決定稿)   尚巴志、奥間村に滞在する。
  12. 恋の病(最終決定稿)   旅から帰った尚巴志、マチルギを想う。
  13. 伊平屋島(最終決定稿)   尚巴志、祖父の故郷に行く。
  14. ヤマトゥ旅(最終決定稿)   尚巴志、ヤマトゥへ旅立つ。
  15. 壱岐島(最終決定稿)   尚巴志、壱岐島で察度の噂を聞く。
  16. 博多(最終決定稿)   尚巴志、ヤマトゥの都を見て驚く。
  17. 対馬島(最終決定稿)   尚巴志、早田左衛門太郎の故郷に滞在する。
  18. 富山浦(最終決定稿)   尚巴志、高麗に行く。
  19. マチルギ(最終決定稿)   尚巴志の恋敵、ウニタキ現れる。
  20. 兵法(最終決定稿)   尚巴志、対馬で修行に励む。
  21. 再会(最終決定稿)   帰って来た尚巴志、マチルギと再会。
  22. ウニタキ(最終決定稿)   尚巴志、ウニタキと一緒に勝連グスクに行く。
  23. 名護の夜(最終決定稿)   尚巴志、マチルギと今帰仁に行く。
  24. 山田按司(最終決定稿)   尚巴志、マチルギの叔父、山田按司と会う。
  25. お輿入れ(最終決定稿)   マチルギ、尚巴志に嫁ぐ。
  26. 高麗の対馬奇襲(最終決定稿)   早田左衛門太郎の本拠地、高麗に攻められる。
  27. 豊見グスク(最終決定稿)   シタルー(汪応祖)、豊見グスクを築く。
  28. サスカサ(最終決定稿)   尚巴志とマチルギ、馬天ノロと旅に出る。
  29. 長男誕生(最終決定稿)   マチルギと馬天ノロ、神様になる。
  30. 出陣命令(最終決定稿)   察度、各按司に今帰仁征伐を命じる。
  31. 今帰仁合戦(最終決定稿)   中山王、山北王の今帰仁グスクを攻める。
  32. 次男誕生(最終決定稿)  尚巴志の次男(尚忠)と山田按司の次男(護佐丸)生まれる。
  33. 十年の計(最終決定稿)   尚巴志、佐敷按司(父)、鮫皮大主(祖父)と密談する。
  34. 東行法師(最終決定稿)   父が隠居して、尚巴志、佐敷按司となる。
  35. 首里天閣(最終決定稿)   察度、浦添按司を武寧に譲って隠居する。
  36. 浜川大親(最終決定稿)   ウニタキは妻子を殺され、シタルーは明に行く。
  37. 旅の収穫(最終決定稿)   奥間のサタルーと対馬のユキ。
  38. 久高島(最終決定稿) 尚巴志はマチルギに怒られ、ウニタキはチルーといい感じ。
  39. 運玉森(最終決定稿)   三好日向、尚巴志のために山賊になる。
  40. 山南王(最終決定稿)   承察度が亡くなり、若按司が山南王になる。
  41. 傾城(最終決定稿)   山南王、中山王の怒りを買って、汪英紫に攻められる。
  42. 予想外の使者(最終決定稿)   尚巴志夫婦、弟のマサンルー夫婦と旅をする。
  43. 玉グスクのお姫様(最終決定稿)   尚巴志、玉グスクと同盟を結ぶ。
  44. 察度の死(最終決定稿)   山北王のミンと奥間の長老も亡くなる。
  45. 馬天ヌル(最終決定稿)   馬天ノロ、御嶽巡りの旅に出る。
  46. 夢の島(最終決定稿)   早田左衛門太郎、慶良間の夢の島に行く。
  47. 佐敷ヌル(最終決定稿)  尚巴志の妹、マシューの気持ちとマカマドゥの決心。
  48. ハーリー(最終決定稿)   尚巴志夫婦と佐敷ノロ、ハーリーを見物。
  49. 宇座の御隠居(最終決定稿)   宇座の泰期が亡くなり、尚巴志夫婦は悲しむ。
  50. マジムン屋敷の美女(最終決定稿)  尚巴志、島添大里グスクに側室を入れる。
  51. シンゴとの再会(最終決定稿)   早田左衛門太郎、朝鮮に投降する。
  52. 不思議な唐人(最終決定稿)   尚巴志、懐機と出会う。
  53. 汪英紫、死す(最終決定稿)   懐機、旅から帰り、武術を披露する。
  54. 家督争い(最終決定稿)   達勃期と汪応祖が山南王の家督を争う。
  55. 大グスク攻め(最終決定稿)   尚巴志、大グスクを攻め落とす。
  56. 作戦開始(最終決定稿)   尚巴志、大グスクノロと再会する。
  57. シタルーの非情(最終決定稿)   達勃期、弟の汪応祖に敗れる。
  58. 奇襲攻撃(最終決定稿)   尚巴志、島添大里グスクを攻め落とす。
  59. 島添大里按司(最終決定稿)   尚巴志、島添大里按司になる。
  60. お祭り騒ぎ(最終決定稿)   尚巴志、城下の者たちと戦勝祝い。
  61. 同盟(最終決定稿)   尚巴志、山南王と同盟する。
  62. マレビト神(最終決定稿)   外間ノロと佐敷ノロにマレビト神が現れる。
  63. サミガー大主の死(最終決定稿)   神の声を聞いたウニタキ。
  64. シタルーの娘(最終決定稿)   山南王のお姫様の悩みと青い海
  65. 上間按司(最終決定稿)   明国の使者が二十年振りにやって来る。
  66. 奥間のサタルー(最終決定稿)   尚巴志、奥間ノロに魅了される。
  67. 望月ヌル(最終決定稿)   謎の爺さん、望月党を語る。
  68. 冊封使(最終決定稿)   首里の宮殿の儀式で、武寧と汪応祖、正式に王になる。
  69. ウニョンの母(最終決定稿)   ウニタキ、亡くなった妻の秘密を知る。 
  70. 久米村(最終決定稿)   尚巴志とウニタキ、懐機に呼ばれて久米村に行く。
  71. 勝連無残(最終決定稿)   勝連按司が奇病に倒れる。 
  72. 伊波按司(最終決定稿)   大きな台風が来て各地で被害が出る。
  73. ナーサの望み(最終決定稿)   ウニタキ、ナーサを味方に引き入れる。
  74. タブチの野望とシタルーの誤算(最終決定稿)  八重瀬按司、中山王と同盟する。
  75. 首里グスク完成(最終決定稿)   中山王と山南王の決戦が迫る。
  76. 首里のマジムン(最終決定稿)   尚巴志、首里グスクを奪い取る。 
  77. 浦添グスク炎上(最終決定稿)   浦添グスクは焼け落ち、亜蘭匏は消える。
  78. 南風原決戦(最終決定稿)   尚巴志、中山軍を壊滅させる。
  79. 包囲陣崩壊(最終決定稿)   達勃期は出直し、汪応祖は首里を攻める。
  80. 快進撃(最終決定稿)   尚巴志、中グスク、越来グスクを攻め落とす。
  81. 勝連グスクに雪が降る(最終決定稿)   尚巴志、勝連グスクを落とす。

 

尚巴志伝 第二部 目次

 

・尚巴志伝の年表

・第一部の主要登場人物

・尚巴志の略歴

・尚巴志の祖父、サミガー大主の略歴

・尚巴志の父、思紹の略歴

・馬天ヌル(馬天ノロ)の略歴

・中山王、察度の略歴

・中山王、武寧の略歴

・汪英紫の略歴

・山南王、汪応祖の略歴

・泰期の略歴

・クマヌの略歴

・三好日向の略歴

・早田左衛門太郎の略歴

・ウニタキの略歴

・懐機の略歴

・倭寇年表

第二部 主要登場人物

サハチ       1372-1439  尚巴志。島添大里按司
マチルギ      1373-    尚巴志の妻。伊波按司の娘。
サグルー      1390-    尚巴志の長男。妻は護佐丸の妹、マカトゥダル。
ジルムイ      1391-    尚巴志の次男。後の尚忠。妻はサムの娘、ユミ。
ミチ        1393-    尚巴志の長女。島添大里ヌル、サスカサ。
イハチ       1394-    尚巴志の三男。妻は具志頭按司の娘、チミー。
チューマチ     1396-    尚巴志の四男。妻は山北王の娘、マナビー。
マグルー      1398-1453  尚巴志の五男。妻は兼グスク按司の娘、マウミ。
思紹        1354-1421 中山王。尚巴志の父。
佐敷ヌル      1374-    尚巴志の妹、マシュー。シンゴと結ばれ娘を産む。
佐敷大親      1376-    尚巴志の弟、マサンルー。妻は奥間大親の娘、キク。
平田大親      1378-    尚巴志の弟、ヤグルー。妻は玉グスク按司の娘。
与那原大親     1383-    尚巴志の弟、マタルー。妻はタブチの娘、マカミー。
クルー       1388-    尚巴志の弟、妻は山南王シタルーの娘、ウミトゥク。
馬天ヌル      1357-    思紹の妹、尚巴志の叔母。
ササ        1391-    馬天若ヌル。父はヒューガ。母は馬天ヌル。
ヒューガ      1355-1470 三好日向。中山の水軍大将。
苗代大親      1360-    思紹の弟。サムレー総隊長。武術師範。
マカマドゥ     1392-    苗代大親の三女。マウシ(護佐丸)の妻。
クグルー      1386-    泰期の三男。苗代大親の娘婿。
サミガー大主    1356-    思紹の弟、ウミンター。
シビー       1395-    尚巴志の従妹。メイユーの弟子になる。
ウニタキ      1372-1433 三星大親。「三星党」の頭。
チルー       1368-    ウニタキの妻。尚巴志の母の妹。
イーカチ      1373-    「三星党」の副頭。絵画き。
ナツ        1381-    ウニタキの配下から尚巴志の側室になる。
シズ        1389-    ウニタキの配下。ササと一緒にヤマトゥに行く。
ヤールー      1385-    ウニタキの配下。サグルーを守っている。
ファイチ      1375-1453 懐機。明国の道士。尚巴志の客将。
サスカサ      1354-    ミチにサスカサを譲り、運玉森ヌルになる。
マウシ       1391-1458 真牛。山田按司の次男。尚巴志の甥。護佐丸。
マカトゥダル    1392-    護佐丸の妹。サグルーの妻。
マサルー      1364-    山田按司の家臣。
シラー       1391-    マサルーの次男。
クマヌ       1346- 1412 中グスク按司。中山の重臣
美里之子      1362-    越来按司。中山の重臣。思紹の義弟。
當山之子      1365-    美里之子の弟。浦添按司になる。
クサンルー     1387-    當山之子の長男。浦添按司
カナ        1391-    當山之子の長女。浦添ヌル。
サム        1372-    後見役から勝連按司になる。伊波按司の四男。
ユミ        1392-    サムの長女。ジルムイ(尚忠)の妻。
ナーサ       1352-    首里の遊女屋「宇久真」の女将。
マユミ       1389-    「宇久真」の遊女。
宇座按司      1355-    泰期の次男。父の跡を継いで明国への使者となる。
シタルー      1362-1413  山南王。汪応祖
トゥイ       1363-    シタルーの正妻。山南王妃。察度の娘。
タルムイ(他魯毎) 1385-1429  豊見グスク按司。シタルーの長男。妻は尚巴志の妹。
豊見グスクヌル   1382-    シタルーの長女。タルムイの姉。
兼グスク按司    1389-    ジャナムイ。シタルーの次男。
保栄茂按司     1393-    グルムイ。シタルーの三男。妻は山北王の娘。
長嶺按司      1389-    シタルーの娘婿。
マアサ       1896-    シタルーの五女。
座波ヌル      1382-    山南王シタルーの側室。
島尻大里ヌル    1368-    ウミカナ。シタルーの妹。
タブチ       1360-    八重瀬按司。山南王シタルーの兄。
エータルー     1381-1413  タブチの長男。
エーグルー     1388-    タブチの三男。新グスク按司
チヌムイ      1395-    タブチの四男。
ミカ        1392-    八重瀬若ヌル。タブチの六女。チヌムイの姉。
八重瀬ヌル     1361-    タブチの妹。シタルーの姉。
サイムンタルー   1361-1429  早田左衛門太郎。対馬島倭寇の頭領。
早田六郎次郎    1387-    左衛門太郎の跡継ぎ。妻はユキ。
ユキ        1388-    六郎次郎の妻。尚巴志の娘。母はイト。
イト        1372-    対馬島の女船長。ユキの母。
シンゴ       1372-    早田新五郎。左衛門太郎の弟。
マツ        1372-    中島松太郎。早田左衛門太郎の家臣。
トラ        1372-    大石寅次郎。早田左衛門太郎の家臣。
早田五郎左衛門   1349-    左衛門太郎の叔父。朝鮮国の富山浦に住む商人。
早田丈太郎     1371-    五郎左衛門の長男。漢城府の津島屋の主人。
浦瀬小次郎     1375-    五郎左衛門の娘婿。
早田ナナ      1388-    早田次郎左衛門の娘。
早田左衛門次郎   1387-    六郎次郎の従兄弟。
早田小三郎     1391-    六郎次郎の義弟。
サングルミー    1371-    与座大親。中山の進貢船の正使。
メイファン     1379-    張美帆。明国の海賊の娘。
メイリン      1374-    張美玲。メイファンの姉。
スーヨン      1387-    張思永。メイリンの娘。
メイユー      1376-    張美玉。メイファンの姉。尚巴志の側室になる。
ラオファン     1338-    黄敬。三姉妹の武術の師匠。
リェンリー     1376-    黄怜麗。ラオファンの娘。
ジォンダオウェン  1364-    鄭道文。三姉妹の配下の海賊。
ユンロン      1387-    鄭芸蓉。ジォンダオウェンの娘。 
リュウジャジン   1362-    劉嘉景。三姉妹の配下の海賊。
リィェンファ    1377-    楊蓮華。富楽院の妓楼『桃香楼』の女将。
ヂュヤンジン    1375-    朱洋敬。懐機の友。宮廷に仕える役人。
永楽帝       1360-1424  明国の皇帝。
リュウイェンウェイ 1389-    劉媛維。富楽院の最高級妓楼『酔夢楼』の妓女。
ファイホン     1379-    懐虹。懐機の妹。
ヂャンサンフォン  1247-    張三豊。武当山の道士で、武当拳創始者
シンシン      1390-    范杏杏。張三豊の弟子。
フカマヌル     1372-    外間ノロ。久高島のノロ尚巴志の腹違いの妹。
大里ヌル      1387-    久高島のノロ。月の神様を祀る。
奥間大親      1357-    ヤキチ。奥間から来た尚巴志の護衛役。中山の重臣
平安名大親     1348-    勝連の重臣。ウニタキの叔父。
勝連ヌル      1369-    ウニタキの姉。
伊波按司      1363-    マチルギの兄。
山田按司      1365-    マチルギの兄。
攀安知       1376-1416  山北王。
マナビー      1397-    攀安知の次女。チューマチの妻。
涌川大主      1377-    攀安知の弟。
勢理客ヌル     1356-    アオリヤエ。攀安知の叔母。
アタグ       1355-    山北王に仕えるヤマトゥの山伏。
本部のテーラー   1376-1416  攀安知の幼馴染み。サムレー大将。
リュウイン     1359-    劉瑛。山北王の軍師。
油屋、ウクヌドー  1350-    奥堂。山北王に仕える博多筥崎八幡宮の油屋。
兼グスク按司    1378-    ンマムイ。武寧の次男。妻は攀安知の妹。
マハニ       1379-    兼グスク按司の妻。山北王、攀安知の妹。
マウミ       1399-    ンマムイの長女。
ヤタルー師匠    1359-    阿蘇弥太郎。ンマムイの武術の師匠。
慈恩禅師      1350-1448  禅僧であり武芸者。ヒューガの師匠。
飯篠修理亮     1387-1488 武芸者。長威斎。
二階堂右馬助    1390-    慈恩の弟子。
一文字屋孫三郎   1361-    次郎左衛門の弟。坊津の一文字屋主人。
みお        1394-    一文字屋孫三郎の三女。
村上又太郎     1386-    村上水軍の頭領の長男。上関を守っている。
村上あや      1392-    村上又太郎の妹。
塩飽三郎入道    1358-    塩飽水軍の頭領。
一文字屋次郎左衛門 1355-    京都の一文字屋の主人。
まり        1394-    一文字屋次郎左衛門の三女。
高橋殿       1376-    足利義満の側室。道阿弥の娘。
対御方       1379-    足利義満の側室。高橋殿に仕えている。
平方蓉       1383-    陳外郎の娘。高橋殿に仕えている。
足利義持      1386-1428  室町幕府第四代将軍。
日野栄子      1390-1431  足利義持の奥方。
勘解由小路殿    1350-1410  斯波道将。将軍様の補佐役。
斯波左兵衛督    1371-1418  勘解由小路殿の嫡男。将軍様の補佐役。
中条兵庫助     1359-    将軍様の武術指南役。慈恩禅師の弟子。
中条奈美      1380-    中条兵庫助の娘。夫が戦死し、高橋殿に仕える。
外郎       1360-    陳宗奇。薬師。外交使節の接待役。
魏天        1350-    将軍様に仕える明国の通事。
栄泉坊       1389-    東福寺を追い出された画僧。
増阿弥       1368-    奈良の田楽新座の太夫
一徹平郎      1355-    北野天満宮の宮大工。
源五郎       1359-    腕はいいが変わり者の瓦職人。
新助        1379-    龍ばかり彫っている等持寺の大工。
渋川道鎮      1372-1446  九州探題。勘解由小路殿の娘婿。
宗讃岐守貞茂    1364-1418  対馬守護。
平道全       1376-    宗貞茂の家臣。
宗金        1380-    博多妙楽寺の僧。
李芸        1373-1445  倭寇にさらわれた母親を探している朝鮮の役人。
シーハイイェン   1390-    施海燕。旧港宣慰司、施進卿の次女。施二姐。
ツァイシーヤオ   1390-    蔡希瑶。シーハイイェンの親友。
シュミンジュン   1342-    徐鳴軍。シーハイイェンの師匠。張三豊の弟子。
ワカサ       1364-    旧港の通事。若狭出身の倭寇
奥間の長老     1348-    ヤザイム。奥間大主。
サタルー      1387-    奥間の長老の跡継ぎ。尚巴志の息子。
奥間ヌル      1374-    奥間村のノロ尚巴志の娘ミワを産む。
奥間のサンルー   1382-    「赤丸党」の頭。クマヌの息子。
クジルー      1393-    サンルーの配下。マサンルーの息子。
米須按司      1357-1414  摩文仁大主。武寧の弟。若按司の妻はタブチの娘。
摩文仁按司     1383-1414  米須按司の次男。
玻名グスク按司   1358-1414  中座大主。タブチの義兄。
真壁按司      1353-1414  山グスク大主。玻名グスク按司の義兄。
伊敷按司      1363-    ナーグスク大主。真壁按司の義弟。
イサマ       1375-    伊平屋島の田名大主の長男。田名親方の兄。
我喜屋大主     1359-    田名大主の弟。イサマの叔父。
サミガー親方    1361-    与論島で鮫皮を作っている親方。
麦屋ヌル      1373-    先代の与論按司の娘。ウニタキの従妹。
ハル        1395-    山南王のシタルーから尚巴志に贈られた側室。
クムン       1373-    島尻大里から来た石屋。
スヒター      1391-   マジャパイト王国の女王クスマワルダニの娘。
辺戸ヌル      1360-   安須森の麓の辺戸村のヌル。
カミー       1402-    アフリヌルの孫娘。
屋嘉比のお婆    1320-    先々代の屋嘉比ヌル。
福寿坊       1387-    備前児島の山伏。
辰阿弥       1384-    時衆の武芸者。
ブラゲー大主    1353-    チヌムイの祖父。貝殻を扱うウミンチュの親方。
小渡ヌル      1380-    父は越来按司。母は山北王珉の妹。久高ヌルになる。
照屋大親      1351-    山南王の重臣。交易担当。
糸満大親      1367-    山南王の重臣
新垣大親      1360-1414  山南王の重臣。タブチの幼馴染み。
真栄里大親     1362-1414  山南王の重臣
波平大親      1366-    山南王の重臣
波平大主      1373-    波平大親の弟。サムレー大将。タルムイ側に付く。
国吉大親      1375-    山南王の重臣。妻は照屋大親の娘。
賀数大親      1368-    山南王の重臣。タルムイ側に付く。
兼グスク大親    1363-    山南王の重臣。タルムイ側に付く。
石屋のテハ     1375-    シタルーのために情報を集めていた。
大村渠ヌル     1366-    初代山南王の娘。前島尻大里ヌル。
慶留ヌル      1371-    シタルーの従妹。前島尻大里ヌル。
愛洲次郎      1390-    愛洲水軍の大将の次男。
寺田源三郎     1390-    愛洲次郎の家臣。
河合孫次郎     1390-    愛洲次郎の家臣。
堂之比屋      1362-    久米島堂村の長老。
堂ヌル       1384-    堂之比屋の娘。
新垣ヌル      1380-    久米島北目村のヌル。
大岳ヌル      1386-    久米島大岳のヌル。
具志川若ヌル    1397-    具志川ヌルの娘。
クイシヌ      1373-    久米島ニシタキのヌル。
クマラパ      1339-    狩俣按司マズマラーの夫。元の国の道士。
マズマラー     1357-    狩俣の女按司
タマミガ      1389-    クマラパとマズマラーの娘。
那覇勢頭     1360-    目黒盛の重臣。船長として琉球に行く。
目黒盛豊見親    1357-    ミャークの首長。
漲水のウブンマ   1379-    漲水ウタキのヌル。目黒盛の従妹。
アコーダティ勢頭  1356-    野崎按司重臣。船長としてトンド国に行く。
ムマニャーズ    1342-    上比屋の先代の女按司
ツキミガ      1390-    ムマニャーズの孫娘。
アラウスのウプンマ 1340-    戦死したアラウス按司の妹。
マムヤ       1339-    保良の女按司の末娘。先代の野城按司
チルカマ      1349-    クマラパの妹。先代の石原按司
阿嘉のトゥム    1365-    久米島からミャークに渡った兄弟の弟。伊良部島に住む。
スタタンのボウ   1360-    多良間島の女按司。クマラパの弟子。
ハリマ大殿     1359-    ボウの夫。ターカウの倭寇
平久保按司     1355-    石垣島按司。ターカウの倭寇
ブナシル      1360-    名蔵の女按司
ミッチェ      1387-    ブナシルの娘。父親は富崎按司
マッサビ      1369-    ウムトゥダギのフーツカサ。池間島出身。
サユイ       1391-    マッサビの娘。弓矢の名人。
阿嘉のグラー    1362-    マッサビの夫。久米島からミャークに渡った兄弟の兄。
ガンジュー     1386-    熊野の山伏、願成坊。
タキドゥン     1348-    島添大里按司の息子で、タキドゥン島の按司になる。
ユミ        1361-    ドゥナン島サンアイ村のツカサ。
ナーシル      1391-    ユミの娘。父は苗代大親

 

スサノオ            ヤマト国の大王。牛頭天王
豊玉姫             スサノオの妻。
玉依姫             スサノオ豊玉姫の娘。ヒミコ。アマテラス。
アマン姫            玉依姫の妹。アマミキヨ
ユンヌ姫            アマン姫の娘。
アキシノ            厳島神社の内侍。初代今帰仁ヌル。
クミ姫             久米島の神様。ビンダキ姫の三女。
ウパルズ            池間島の神様。ウムトゥ姫の長女。
赤名姫             ウパルズの孫。ユンヌ姫と行動を共にする。
ウムトゥ姫           石垣島於茂登岳の神様。ビンダキ姫の次女。
ノーラ姫            石垣島の名蔵の神様。ウムトゥ姫の次女。
ヤラブ姫            ノーラ姫の三女。
ビシュヌ            クバントゥオンの神様。シィサスオンの神様でもある。
ラクシュミ           ビシュヌの妻。ミズシオンの神様。
サラスワティ          ヤラブダギの神様。弁才天
イリウムトゥ姫         二代目ウムトゥ姫の次女。クン島の神様。
ユウナ姫            イリウムトゥ姫の次女。ドゥナン島の神様。

 

2-202.八倉姫と大冝津姫(第一稿)

 高橋殿と御台所(みだいどころ)様(将軍義持の妻、日野栄子)のお陰で、浜の南宮の秘宝である宝珠をササたちは拝むことができた。
神功皇后(じんぐうこうごう)様が豊浦(とゆら)の津(下関市長府)で海中より得られた如意宝珠(にょいほうじゅ)でございます。神功皇后様はこの宝珠のお陰で、危険な目に遭っても、それを乗り越えて、戦(いくさ)にも勝ち続けたのでございます。三韓征伐(さんかんせいばつ)から凱旋(がいせん)なされた時、広田神社を創建なされて、大切な宝珠を奉納されました。それからずっと、広田神社の秘宝としてお守りしております」
 宮司(ぐうじ)はそう説明した。一千年余りもの間、守り通したなんて凄い事だとササは思った。
 宝珠は直径二寸(約六センチ)弱の球形で、真ん中に一寸程の剣のような物が見えた。宮司の説明によると、『剣珠(けんじゅ)』とも呼ばれていて、古くから歌や詩にも詠まれているという。
 ササたちはお祈りをして、宮司に御礼を言って、浜の南宮をあとにした。
 兵庫の港にはまだ琉球の船はなかった。細川家の船に乗って、ササたちは阿波(あわ)の国(徳島県)に向かった。
 淡路島の東側を通って、四国の島に着くと吉野川を遡(さかのぼ)って、賑やかな船着き場から上陸した。
「ここが阿波の国の都、勝瑞(しょうずい)(藍住町)です」と細川右馬助(うまのすけ)が自慢そうな顔で、ササたちに言った。
「阿波の守護所は秋月郷(阿波市)にあったんだけど、右馬助の伯父さんが五十年前に、ここに移したのよ」と高橋殿が言った。
 人々が行き交う大通りの両脇には家々が建ち並び、まるで京都のように栄えていた。大通りの突き当たりに、堀と土塁に囲まれた守護所があった。
 櫓門(やぐらもん)には武装した門番がいて、右馬助の顔を見ると驚いた顔をして、「若様」と言った。右馬助が高橋殿を紹介すると、さらに驚いた。別の門番が慌てて、どこかに行った。
 ササたちは守護所に入った。そこは塀に囲まれた広い庭で、厩(うまや)と侍(さむらい)の屋敷らしい建物が建っていた。右馬助に従って塀にある門を抜けると、そこには大きな屋敷がいくつも建っていた。
 守護所を守っている守護代の武田修理亮(しゅりのすけ)が現れて、ササたちは歓迎された。武田修理亮はササの噂を聞いていて、琉球のお姫様がやって来たと大喜びしたが、一緒にいるのが御台所様だと知ると、驚きの余り固まってしまった。
「お忍びだから内緒にしてね」と御台所様に言われて、武田修理亮は、「ははあ」と言って頭を下げた。
 ササたちは立派な客殿に案内されて、くつろいだ。
「先代の将軍様がここに来た時に利用した客殿よ」と高橋殿は言った。
「右馬助の伯父さんの細川常久(じょうきゅう)様(頼之)は、四国の四つの国の守護を務めていて、先代の将軍様が幼かった頃から管領(かんれい)という補佐役を務めて来た人なの。わたしが側室になった年に亡くなってしまったけど、北山殿(足利義満)から常久様の話はよく聞いたわ。北山殿が最も信頼していた人だったのよ」
 その夜、歓迎の宴(うたげ)が開かれて、豪華な料理を御馳走になった。新鮮な海産物はとてもおいしかった。若ヌルたちも高橋殿のお陰でお酒に慣れたとみえて、ニコニコしながらお酒を飲んで、おいしいと言いながら魚の刺身を食べていた。
 歓迎の宴に参加していた重臣たちの中に三好筑前守(ちくぜんのかみ)という武将がいた。父の事を聞きたかったがササは黙っていた。
 高橋殿が調べた所によると、南北朝(なんぼくちょう)の戦の時、南朝方の阿波守護だった小笠原氏の守護代として三好日向守(ひゅうがのかみ)という武将がいて活躍していたという。五十年前に讃岐(さぬき)の国(香川県)で白峰(しらみね)合戦という大きな戦があって、三好日向守は戦死した。
 三好家も南朝北朝に別れて争い、細川家の家臣になっている三好氏は、三好日向守を倒した三好氏だから、三好日向の名前は口にしない方がいいと言われた。それと、白峰合戦から十数年後、三好日向を名乗る天狗のような男が現れて、南朝方の山伏たちを率いて、北朝方の細川氏を悩ませていたらしい。その三好日向は五年くらい活躍していたが、忽然(こつぜん)と姿を消してしまったという。天狗のような三好日向は父に違いないとササは思った。
 翌日、一宮(いちのみや)城主の一宮長門守(ながとのかみ)の息子、又五郎の案内で、ササたちは八倉比売(やくらひめ)神社に向かった。
 昨夜、又五郎から一宮城の近くにある八倉比売神社に豊玉姫(とよたまひめ)様が祀られていると聞いたからだった。どうして、四国に豊玉姫様が祀られているのだろうと不思議に思ったが、ユンヌ姫に聞いたら、玉依姫(たまよりひめ)の娘の二代目豊玉姫だと教えてくれた。
「お祖母(ばあ)様(豊玉姫)が亡くなって、二代目の豊玉姫を名乗ったのよ。それまではアイラ姫って呼ばれていたわ。アイラ姫は弓矢の名人で、鉄の鏃(やじり)の付いた矢を阿波の国に持って来たのよ。ウミンチュ(漁師)たちやヤマンチュ(猟師)たちに喜ばれたわ。ウミンチュたちは鉄の鏃をトゥジャ(モリ)に付けて魚(いゆ)を捕って、ヤマンチュは鉄の弓矢で獲物を仕留めたのよ。アイラ姫は亡くなったあと矢の神山に祀られて、やがて、山の中腹に移されて、八倉比売神社になったのよ」
「八倉姫って、矢の倉の事ですか」
「そうよ。アイラ姫のお屋敷に矢の倉があって、矢が欲しい人たちが、海の幸や山の幸を持ってやって来ていたのよ。アイラ姫自身も弓矢を持って、山の中を駆け回っていたわ。剣山(つるぎざん)にも登って、山頂にお祖父(じい)様(スサノオ)とお祖母様を祀ったわ。お父様のサルヒコは大麻山(おおあさやま)に祀ったのよ」
大麻山ってどこにあるの?」
「守護所の北に見える山よ」
「お母様の玉依姫様はどこに祀ったの?」
「お母様は長生きしたから祀れなかったのよ。お母様が亡くなった二年後に、アイラ姫は亡くなったわ。八倉比売神社でアイラ姫が待っているわよ」
「アイラ姫様はあたしのお父さんの事を知っているかしら?」
「さあ、どうかしら?」とユンヌ姫は頼りない返事をした。
 守護代の武田修理亮が警護の兵を付けてくれたので、大げさな一行になっていた。吉野川を渡し舟で渡って、鮎喰川(あくいがわ)を左に見ながら一時(いっとき)(二時間)余り歩くと八倉比売神社に着いた。この辺りは国府と呼ばれる古い都があった所で、古いお寺や神社がいくつも建っていた。
 八倉比売神社はいくつもの鳥居をくぐって坂道を登り、石段を登った上にあった。神気の漂う森の中に古い神社が建っていた。侍たちと一緒に、腰に刀を差した女たちがぞろぞろとやって来たので、何事かと神官やら巫女(みこ)やら山伏やらが驚いた顔して、ササたち一行を見ていた。
 宮司も顔を出して、一宮又五郎を迎えた。宮司は女性で、六十歳を過ぎた老婆だった。琉球のお姫様が参拝に来られたと又五郎が伝えたら、驚いた顔をしてササたちを見た。
 宮司の案内で拝殿から参拝したが、アイラ姫の声は聞こえなかった。
「この神社に奥の宮はありますか」とササは宮司に聞いた。
「奥の宮は気延山(きのべやま)の山頂にございます。古くはこの神社も山頂にありましたが、七百年程前に山の麓(ふもと)に国府ができて、都として栄えた頃、山頂からこの地に遷座(せんざ)なさいました。当時は矢の神山と申しておりましたが、源義経(みなもとのよしつね)公が平家攻めの時に矢の神山に登って、一休みなさいましたので、気延山と呼ばれるようになったのでございます。そして、この神社は八倉姫様のお墓の上に建っているのでございます」
「えっ、お墓の上?」と言って若ヌルたちが騒いだ。
「古墳と呼ばれる古いお墓でございます。この辺りにはいくつもの古墳がございます。八倉姫様の御子孫たちの古墳でございましょう」
 ササたちは山伏の案内で、気延山に登った。四半時(しはんとき)(三十分)も掛からず、山頂に着いた。山頂には祭壇のような岩座(いわくら)があって、その近くに石の祠(ほこら)が祀ってあった。
 ササたちは祭壇の前に跪(ひざまず)いてお祈りをした。
「あなたがササなのね」と神様の声が聞こえた。
「噂は聞いているわ。よく来てくれたわね。歓迎するわよ」
「アイラ姫様ですか」とササは聞いた。
「そうよ。ホアカリの妹のアイラよ。南の島に行って来た兄から、ササの事は色々と聞いたわ。瀬織津姫(せおりつひめ)様まで探し出したなんて凄いわね。鮎喰川を遡って山奥に入って行くと、大粟山(おおあわやま)という山があるわ。その山に、大粟姫様という古い神様が祀ってあるの。剣山一帯に住んでいる人たちの御先祖様なんだけど、詳しい事はよくわからなかったのよ。今の地に八倉比売神社が建てられた頃、大粟山の中腹にも大粟神社が建てられて、大冝津姫(おおげつひめ)様が祀られたわ。大冝津姫様というのは大粟姫様の事なんだけど、詳しい事はよくわからなかったの。何度か、声は聞いた事があるんだけど、わたしの方から話しかけても返事はいただけなかったのよ。ササのお陰で、大粟姫様が瀬織津姫様の娘の阿波津姫(あわつひめ)様だってわかって、ようやく、謎が解けたわ。ありがとう」
「わたしが瀬織津姫様に出会えたのは、父と母が出会ったお陰なのです」とササは言った。
「わたしの祖母は大粟神社の巫女の娘だったのです。わたしと同じ、笹という名前です。御存じありませんか」
「残念ながら知らないわ。大粟神社で聞けばわかるんじゃないの?」
「はい。これから行こうと思っています。父の名は三好日向(みよしひゅうが)です」
「三好日向なら知っているわよ。小次郎の事でしょう」
「えっ、父を御存じなのですか」
 ササは驚いた。ヒューガを名乗る前の父の名前は確かに小次郎だった。
「あなたのお父さんが小次郎だったなんて驚いたわね。小次郎ならよく知っているわ。初めて会ったのは十二、三の頃だったわ。妙蓮坊(みょうれんぼう)という剣山の山伏と一緒に来て、わたしを彫った像を奉納したのよ。荒削りな神像だったけど気に入ってね、その後の小次郎を見守る事にしたのよ」
「父が十二、三の時に彫った神像があるのですか」
「八倉比売神社の観音堂の中にあるわ。一尺ほどの像だからすぐにわかるわよ」
「帰りに見てみます。父が三好日向として活躍した事も御存じなのですね?」
「戦で家族を失った小次郎は伯母を頼って大粟神社に来たのよ。家族の敵(かたき)を討つために妙蓮坊から武芸を習っていたわ。小次郎の敵は大西城の城主、三好孫二郎だったの。小次郎が十六歳の時、師匠の妙蓮坊が亡くなってしまって、小次郎は武者修行の旅に出たわ。当時、南朝(なんちょう)の国と言われていた九州を巡って、山伏たちがいる各地の修験(しゅげん)の山々を登って、熊野に行く途中で、慈恩禅師(じおんぜんじ)と出会うのよ。慈恩禅師と一緒に旅をしながら武芸の修行に励んで、阿波に帰って来たのは二十一歳の夏だったわ。五年間、留守にしていた間に、状況もすっかり変わってしまっていたの。阿波だけじゃなくて、讃岐も伊予(愛媛県)も土佐(高知県)も四国全土が細川氏によって平定されていたのよ。それでも、山奥には細川氏に反抗していた武士たちがいたの。小次郎はそんな武士たちと一緒に細川氏と戦っていたわ。その時、祖父が名乗っていた日向を名乗ったのよ。五年間、小次郎は細川氏と戦っていたけど、最後まで抵抗していた祖谷山(いややま)の菅生(すげおい)氏が細川氏に降参すると、小次郎も敵討ちを諦めて阿波から姿を消したのよ。対馬(つしま)に渡って、平和に暮らしていると思っていたけど、琉球に行ったのは知らなかったわ」
「父は敵討ちを諦めたのですか」
「慈恩禅師の教えがわかったのよ。慈恩禅師も若い頃、敵討ちをしたわ。敵討ちの虚しさを身をもって体験している慈恩禅師の気持ちがわかったんじゃないかしら。それに、敵だった三好孫二郎も小次郎が討つ前に亡くなってしまったしね」
「そうでしたか‥‥‥アイラ姫様がこの島にいらした時、この島はどんな風だったのですか」
「わたしが来た時、この島は東側が粟(あわ)の国、西側が魚(いを)の国と呼ばれていたわ。当時は海がこの山の近くまで来ていて、わたしはここを拠点にして、兄がいた出雲(いづも)の国から鉄を手に入れていたのよ。粟と魚、それと山で採れたカモシカや猪の肉や毛皮を鉄と交換していたの」
「阿波津姫様の御子孫の人たちが暮らしていたのですね」
「そうなのよ。当時、山の事をムイ(森)って呼んでいたの。琉球と同じねって思ったんだけど、瀬織津姫様が琉球から来たんだったら当然だったのよね。その頃、そんな事にはまったく気づかなかったわ」
「アイラ姫様も琉球に行った事があるのですか」
「一度だけ、姉と一緒に行ったのよ。久し振りに行ってみようと思っているわ」
「歓迎いたします。是非、お越しになって下さい」
 ササはお祈りを終えて、アイラ姫と別れた。
 若ヌルたちもアイラ姫の声を聞く事ができたが、ウニチルとミワにはまだ聞こえなかった。二人は修行が足らないのねと悔しがっていた。
 ササたちは山を下りて八倉比売神社に戻り、観音堂にあるアイラ姫の神像を見た。
 父が彫ったという神像は荒削りで、一見しただけだと何だかよくわからない像だった。でも、じっと見ていると弓矢を構えている観音様のように見えた。
「わかりますか」と宮司がササに聞いた。
 ササはうなづいた。
「わたしにはこの像のよさがわかりませんでした。母にはわかったようです。ここに安置したのは母でした。今ではわたしにも、この像の素晴らしさはわかります。弓矢を構えている観音様なんて、ここにしかないでしょう」
 宮司はアイラ姫の神像を見ながら優しい笑みを浮かべていた。
 宮司と別れ、ササたちは一宮城に向かった。鮎喰川を渡し舟で渡って、一宮の城下に着いた。城は山の上にあって、普段暮らしている屋形が山の麓(ふもと)にあった。若様が琉球のお姫様を連れて来たと大騒ぎになり、又五郎の父、一宮長門守に歓迎された。長門守は一宮城の城主で、武将でもあり、一宮神社の宮司も務めていた。一宮神社は大粟神社を勧請(かんじょう)した神社で、大冝津姫を祀っていた。
 ササたちは昼食を御馳走になり、一宮神社に参拝してから大粟神社に向かった。
 高橋殿が長門守から聞いた話によると、大粟神社の宮司長門守の弟の備前守(びぜんのかみ)が務めていて、以前の宮司は隠居させられてしまったという。備前守は巫女だった宮司の娘を妻に迎えて宮司になり、本当なら宮司を継ぐはずだった息子は神官として備前守に仕えている。先代の宮司は神社から追い出されて、悲嘆に暮れながら六年前に亡くなった。あとを追うように宮司の妻も亡くなっていた。
 ササは驚いた。父は自分を知っている者はいないだろうと言っていたが、まさか、大粟神社の宮司まで変えられてしまったなんて思ってもいなかった。
「どうするの? 大粟神社まで行っても、お祖母(ばあ)様の事はわからないかもしれないわよ」
「ここまで来たのだから行ってみます。お祖母様の事はわからなくても、阿波津姫様には会えると思います」
「そうね」と高橋殿はうなづいた。
 大粟神社は思っていたよりも遠かった。鮎喰川に沿った道をどんどんと山奥に入って行った。川に沿った道なので、それほど険しい場所はなく、天川(てんかわ)の弁才天社に行った一行にとって、何でもない道のりだったが、日暮れ近くになって、ようやく到着した。
 大粟神社は鮎喰川と上角谷川(うえつのだにがわ)に挟まれた位置にある大粟山の中腹にあった。鳥居をくぐって参道を登って行くと、強い霊気の漂った森の中に古い神社があった。
 守護の息子の細川右馬助と一宮城主の息子の一宮又五郎が、男装した女たちを連れて、ぞろぞろとやって来たので、村人たちが大勢集まって来た。
 又五郎が叔父の宮司にササの事を説明すると驚いた顔をしてササを見た。
琉球のお姫様がこんな山奥までいらっしゃるとは驚きじゃ。どうして、大粟神社を訪ねて参ったのですか」
瀬織津姫様を御存じでしょうか」
 宮司は首を傾げた。
「古い神様です。その神様は琉球から日本に来ました。この神社に祀られている大冝津姫様は瀬織津姫様の娘さんです。それで挨拶に参ったのです」
「大冝津姫様が琉球に関係あるなんて初めて知りました。古い神様の事はよくわからんが、遠い所からよくいらしてくれました。歓迎いたします」
 細川右馬助が宮司に耳元で何かを言うと、宮司は驚いた顔をして御台所様を見て、それから高橋殿を見た。ササを見た時以上に驚いて、宮司は慌てて神官を呼ぶと何かを命じ、神官も驚いた顔をしてどこかに行った。
 ササたちは拝殿から神様を拝み、宮司の案内で山の裾野にある大通寺(だいつうじ)という大きなお寺に行った。大通寺には山伏たちが何人もいて、立派な袈裟(けさ)を着けた住職が挨拶に出て来て、ササたちは立派な宿坊に案内された。
「先代の将軍様もここまで来た事はないけど、阿波守護の細川常長(じょうちょう)(義之)様は時々、お参りに来ているみたい。その時、宿泊するのがこの宿坊らしいわ」と高橋殿が言った。
 ササは覚林坊(かくりんぼう)に、追い出された宮司の事を知っている者を探すように頼んだ。話を聞いていた飯篠修理亮(いいざさしゅりのすけ)も一緒に行ってくれた。
 突然の事だったのに、御台所様のために奔走(ほんそう)したとみえて、宮司は山の幸の御馳走でもてなしてくれた。宮司と住職は御台所様と高橋殿の機嫌を取るのに夢中で、ササたちの事は後回しだった。お陰で、ササ、シンシン、ナナ、カナの四人は宴席を抜け出す事ができ、池のほとりにある弁財天堂の前で覚林坊と修理亮が連れて来た老夫婦と会った。
 覚林坊が老夫婦にササを紹介すると、
「小次郎さんの娘さんなのですね」と老婦人が言った。
「父を知っているのですか」とササが聞くと、
「従姉(いとこ)です」と言った。
 ウメと名乗った老婦人は、隠居させられた宮司の姉だった。夫はヒューガと一緒に戦っていた久保孫七という男で、今は猟師をしていた。
「小次郎さんは八歳の時に妙蓮坊という山伏に連れられて大粟神社にやって来ました。家族が皆、殺されたと聞いて、わたしは驚きました」とウメが言った。
「どうして、父だけが助かったのですか」
「妙蓮坊様と一緒に山の中で武芸の修行をしていたそうです。でも、あとで聞いたら、当時の小次郎さんはまだ八歳で、武芸よりも彫物(ほりもの)に興味があったようで、妙蓮坊様から彫物を教わっていたようです。小次郎さんも夢中になってしまって、夕方になってお城に戻ると、敵に攻め取られてしまっていたのです」
「父はお城に住んでいたのですか」
「小次郎さんは田尾城(三好市山城町)という山の中のお城の城下で生まれました。四歳の時に小次郎さんのお祖父(じい)さんが大西城(三好市池田町)を奪い取って、大西城を任されたのです。細川氏が阿波に来る前は、小笠原氏が阿波の守護を務めていました。守護所は三好郷の岩倉城(美馬市)にあって、小次郎さんのお祖父さんは小笠原氏を助けて、守護代になったのです。南北朝の戦が始まって、北朝によって阿波守護に任命された細川氏が阿波に攻めて来ます。小笠原氏は細川氏に対抗するために南朝方となって細川氏と戦うのです。小笠原氏は守護所の岩倉城も奪われてしまって、山の中の田尾城を拠点にします。大西城には小笠原氏の一族がいましたが、細川氏に寝返ってしまいます。小次郎さんのお父さんは大西城を奪い取ったのですが、四年後、讃岐に出陣して戦死してしまいます。その時に、北朝に寝返っていた三好孫二郎に大西城を攻められて、留守を守っていた者たちは皆、戦死してしまったのです。小次郎さんのお母さん、お兄さんとお姉さん、二人の妹も皆、亡くなってしまいます。妙蓮坊様と小次郎さんが山からお城に戻った時、お城は敵兵に囲まれていて、家族の安否はわかりませんでした。妙蓮坊様は小次郎さんを大粟神社に連れて来てから、家族を救い出すために大西城に戻ります。大西城の裏には吉野川が流れていて、その河原に戦死した者たちの遺体が捨ててあって、その中に小次郎さんの家族たちの遺体もあったのです。幼い子供たちも皆、無残に殺されていたそうです。妙蓮坊様は家族の遺体を舟に積んで運び、途中で荼毘(だび)に付したそうです」
「祖母の事は御存じですか」
 ウメは首を振った。
「叔母が嫁いだのはわたしが生まれる前で、わたしが十歳の時に、叔母は亡くなりました。わたしは一度も会っていないのです。母から聞いた話では、岩倉城を奪われて田尾城に移った小笠原氏が、剣山の山伏たちを味方に付けるために、大粟神社の巫女の娘を守護代の三好日向守の息子に嫁がせたと言っていました。大冝津姫様は剣山の山伏たちの神様だったのです。小次郎さんのお祖父さんとお父さんが戦死した讃岐の白峰合戦のあと、一宮神社の宮司で、一宮城の城主でもある一宮民部大輔(みんぶたいふ)(長宗)が寝返ってしまい、剣山の山伏たちも敵味方に分かれて争うようになってしまいます。小次郎さんが阿波に帰って来て、剣山の山伏たちを率いて反抗しますが、時の勢いには勝てず、皆、細川氏に降伏してしまいます。大粟神社も降伏して、領地は安堵されたのですが、小次郎さんが阿波から去って十一年後、突然、一宮の兵が攻めて来て、宮司だった弟は無理やり隠居させられたのです」
「ウメさんは大丈夫だったのですか」
「わたしは司(つかさ)の巫女を務めていましたが、わたしも隠居させられました」
「司の巫女とは何ですか」
「大粟神社に限らず、ほとんどの神社は昔から巫女が中心になって神事をつかさどってきました。宮司は女性だったのです。戦の世の中になって、神社も領地を守るために武器を持った神人(じにん)を抱えるようになります。それらを指揮する指導者が必要になって、男の宮司が生まれるのです。司の巫女というのは、神事をつかさどる巫女の事です」
 話を聞いて、琉球按司とヌルの関係によく似ているとササは思った。
「当時、わたしは孫七さんと一緒に村に住んでいたので、弟夫婦を引き取ったのです。弟は小次郎さんと同い年でした。代々続いていた宮司職を奪われた衝撃で、五十五歳で亡くなってしまいました。小次郎さんはお元気なのでしょうか」
「父は今、琉球の中山王(ちゅうざんおう)の水軍の大将として活躍しています」
「小次郎さんが水軍の大将ですか‥‥‥まさか、小次郎さんの娘さんと会えるなんて、夢でも見ているような気分です。きっと、大冝津姫様が会わせてくれたのでしょう。本当にありがたい事です」
 ウメはササを見つめながら泣いていた。
 ササは孫七から父、三好日向の活躍を聞いた。
「日向殿はわしより一つ年下でしたが、凄い人でした。わしは日向殿の弟子になって武芸を学んで、共に細川を倒すために戦ったのです。敵の虚を突いて、敵の食糧や武器を奪ったりしていましたが、幕府を後ろ盾にした細川氏を倒すのは容易な事ではありません。日向殿が阿波に帰って来て四年目の事でした。以前、阿波、讃岐、伊予、土佐の守護を兼ねていて、幕府の管領(かんれい)を務めていた細川常久が幕府から追われて四国に逃げて来たのです。当時、阿波の守護は細川伊予守(正氏)でした。細川同士で戦を始めたのです。幕府を追われたとはいえ、常久に従う者は多く、伊予守は南朝方と手を結んで戦いました。わしらも常久相手に戦ったのですが、常久の勢いを止める事はできず、伊予守も祖谷山に逃げ込みました。祖谷山の武士たちも寝返る者が多くなって、日向殿の敵(かたき)だった三好孫二郎が岩倉城で亡くなってしまうと、日向殿も阿波の国を去る事になりました。わしは日向殿を見送ったあと、大粟神社に行って、ウメに日向殿が去った事を伝えました。わしは以前からウメの事が好きだったので、その事を打ち明け、ウメもうなづいてくれたのです」
 いつの日か、ウメの子孫が大粟神社に戻れる事を祈って、ササは孫七とウメと別れた。
 翌朝、ササはウメと一緒に神宮寺(じんぐうじ)の裏にある祖母のお墓に行った。森の中に草が刈られた一画があって、石が置いてあるだけのお墓があった。大きな石が一つと小さな石が四つあった。
 石の前にしゃがむとウメは両手を合わせて、「小次郎さんの娘のササさんですよ」と言った。
「小次郎の娘?」と驚いたような神様の声が聞こえた。
琉球という南の島から来たのですよ。小次郎さんは琉球で元気で暮らしているらしいわ」
琉球? 小次郎は無事に生きているのね?」
「ササと申します。お祖母様ですね。父は元気です」とササは言った。
 ウメが驚いた顔をしてササを見て、「あなた、叔母の声が聞こえるの?」と聞いた。
 ササは笑ってうなづいた。
琉球にはヌルという巫女のような人たちがいます。わたしの母はヌルで、わたしもヌルなのです。神様の声を聞く事ができます」
「そうだったの。わたしは生前、叔母とは会っていませんが、神様になられた叔母とはよく話をしていたのです。でも、そんな事を言っても信じてはもらえないだろうと思って黙っていたのです。あなたが神様の声を聞く事ができるなんて驚いたわ」
「小次郎はどうして、琉球に行ったのですか」と祖母が聞いた。
「戦の世の中にうんざりして、平和な南の島に来たと言っていました。そこで、わたしの母と出会って、わたしは生まれました」
琉球は戦のない平和な島なのですね」
「いいえ。琉球にも戦はあります。父は中山王を助けて、戦で活躍しました。わたしの母は中山王の妹で、父は水軍の大将です」
「小次郎が大将ですか‥‥‥会いたいわ」
「あたしが連れて行くわ」とユンヌ姫の声がした。
「今のは誰?」とウメがササに聞いた。
琉球から一緒に来たユンヌ姫様です」
「あなた、神様と一緒なの?」とウメは驚いていた。
「お祖母様を連れて行けるの?」とササはユンヌ姫に聞いた。
「阿波津姫様の子孫なら、瀬織津姫様の子孫でしょ。瀬織津姫様の子孫という事は、あたしたちと同族よ。お祖父様が造った道を通れるはずよ」
 ササにはよくわからないが、「それじゃあ、お願いするわ。父に会わせて、そして、また、こちらに戻してね」と頼んだ。
「任せてちょうだい」
「お祖母様、ユンヌ姫様と一緒に琉球に行って下さい」とササは言った。
「子供たちも連れて行ってもいいかしら?」
「大丈夫です」
「ありがとう」
「行ってくるわ」とユンヌ姫の声が聞こえた。
 ウメが叔母に語り掛けたが返事はなかった。
「叔母さん、琉球に行ったみたい」と言ってウメは笑った。
 ウメは祖母から聞いた話をササに話してくれた。
 ササの祖母の笹は、ウメの母親である姉のツタと一緒に巫女になるために育てられた。十八の春、田尾城にいた阿波の守護代、三好日向守から縁談があった。両親はあんな遠くに嫁ぐのは反対したが、笹は大冝津姫様の声を聞いて、嫁ぐ決心をした。笹は剣山の山伏たちに守られて、二日掛かりで山道を通って田尾城に嫁いだ。
 嫁いだその日に戦があって、笹は連れて来た山伏たちを指揮して戦った。敵を追い散らして戦に勝利して、笹は田尾城の城主、阿波守護の小笠原宮内大輔(くないたいふ)(頼清)に歓迎されて、三好日向守の長男、太郎に嫁いだ。初めて見る太郎は大冝津姫様から聞いた通り、好感の持てる男で、笹は嫁いで来てよかったと大冝津姫様に感謝した。
 翌年、長男の小太郎が生まれ、二年後に長女、その二年後には次男の小次郎が生まれた。戦は頻繁にあったが、笹は幸せな日々を送っていた。
 嫁いで八年目、義父と夫の活躍で、大西城を奪い取り、義父は大西城主になった。笹は家族を連れて大西城に移った。
 大西城は百年以上前に、阿波守護に任命された小笠原氏が阿波に来て最初に築いた城だった。守護所が岩倉城に移ったあと、小笠原一族が守っていたが、南北朝の戦が始まってから、大西城の小笠原阿波守(義盛)は北朝に寝返ってしまう。
 敵対していた小笠原阿波守が亡くなり、息子の代になった所を襲撃して、大西城を奪い取ったのだった。大西城を奪い取った事で南朝方の士気も上がった。そして、四年後、義父と夫は讃岐に出陣し、岩倉城の留守を守っていた三好孫二郎の奇襲に遭う。内通した者がいたらしく、敵はあっという間になだれ込んできた。笹も必死に戦うが、子供たちは殺され、笹も戦死した。
「内通した者はわかったのですか」とササはウメに聞いた。
「留守を任されていた貞光丹波守(さだみつたんばのかみ)らしいわ」
「えっ、留守を守っていた武将が裏切ったのですか」
「貞光氏も兄弟が敵味方になって戦っていたの。弟は小笠原阿波守に仕えていて、阿波守と一緒に北朝方になったわ。弟は戦で活躍して、細川氏に仕えるようになって、城を任されるようになったらしいの。弟の出世をうらやんで寝返ったのかも知れないわね。でも、戦死したみたい。敵に斬られたのか、裏切り者として味方に斬られたのかわからないけど」
「そうですか‥‥‥ところで、祖父のお墓はここにはないのですか」
「讃岐で戦死したから遺体の回収はできなかったのよ。ひどい負け戦で、あのあと、一宮城の小笠原民部大輔も細川氏に降参したわ。戦死したあなたの祖父と曾祖父のお墓は田尾城にあるらしいわ」
「田尾城というのは阿波の国の西の方にあるのですね?」
「そうよ。伊予との国境の近くの山の中よ。小笠原宮内大輔は讃岐の合戦で戦死しないで、田尾城に戻って来たけど、多くの戦死者を出して、戦う気力もなくなって細川氏に降参したらしいわ。今は孫の代になっていると思うけど、詳しい事はわからないわ」
 ウメと別れて大通寺に戻り、朝食を御馳走になったあと、備前守の娘で巫女を務めているフサの案内で、ササたちは奥の宮がある大粟山の山頂に登った。
 樹木に覆われた山頂には、苔(こけ)むした石の祠と祭壇のような岩座があった。
 ササたちはお祈りをした。
「母が突然、現れたので驚いたわよ」と神様の声が聞こえた。
「阿波津姫様ですね」とササは聞いた。
「その名前で呼ばれるのは久し振りだわ。伊予の国では伊予津姫と呼ばれたし、御島(みしま)(大三島)では御島津姫って呼ばれたわ。やがて、大冝津姫と呼ばれるようになって、今では阿波津姫と呼ぶのは、母だけだわ。長い間、富士山に籠もっていた母を外に出してくれたのは、あなただったのね。母を動かすなんて凄いわ。母がスサノオと一緒に現れて、あなたの事を楽しそうに話してくれたわ。母の笑顔を見たのは本当に久し振りだったわ」
「わたしが瀬織津姫様に出会えたのは、父と母が出会ったお陰なのです」とササはアイラ姫に言った事と同じ事を阿波津姫にも言った。
「わたしの祖母は大粟神社の巫女の娘だったのです。わたしと同じ、笹という名前です。御存じありませんか」
「母が琉球から来た子孫だって、あなたの事を言っていたけど、わたしにはよく理解できなかったのよ。どうして、琉球にわたしたちの子孫がいるのだろうって不思議に思ったわ。母の生まれ島だから、わたしも琉球に行った事はあるけど、わたしたちの子孫が琉球に行って、子孫を増やしたのかしらって思っていたの。そうだったの。あなたのお婆さんがわたしの子孫だったのね。でも、笹という名前だけではわからないわ」
「わたしの父は三好日向と名乗って、剣山の山伏たちと一緒に細川氏と戦っていたそうです」
「三好日向‥‥‥思い出したわ。三好日向のお母さんが笹だったのね。お嫁に行く時に、わたしに相談した娘だわ。阿波の守護代だった三好日向守の息子に嫁いで、大西城で家族と一緒に戦死してしまったのよね。息子の小次郎だけが助かって、大粟神社に来たわ。敵を討つんだって言って、剣術の修行に励んでいたわ。彫物も上手で、わたしの像も彫ってくれたのよ。神宮寺にあるわよ」
「えっ、ここにも父が彫った神像があるのですか」
「わたしが剣を振り上げている姿よ。わたしたちの時代に剣なんてなかったけど、雰囲気がわたしによく似ていて気に入っているのよ」
「阿波津姫様も戦なんてしたのですか」
琉球から運んできた貝殻は貴重品だったから、それを奪おうとする悪人はいたわ。戦というほどではないけど、わたしも悪人たちと戦って追い払ったのよ」
「どうして、こんな山の中を拠点にしたのですか」
「最初は吉野川のほとりに拠点を造ったんだけど、あの川は暴れ川で、どうしようもなかったわ。それで鮎喰川に移したのよ。山で採れた木の実や藻塩(もしお)漬けの肉や毛皮をここに集めて舟に乗せて、途中で集めた粟も乗せて海に出て、淡路島に沿って北上して、姉がいる武庫山(むこやま)(六甲山)まで運んだのよ。拠点はここだけじゃないのよ。南部の和奈佐(わなさ)(海陽町)という港も拠点にして、琉球に行く舟を出していたのよ」
「そこから琉球に行ったのですか」
「そうよ。瀬戸内海にある御島(みしま)も拠点にして、瀬戸内海の島々と貝の交易をしたのよ。御島は神様の島になって、わたしの娘の伊予津姫が祀られているわ」
「御島というのは大三島の事ですか」
「今はそう呼ばれているわ」
 村上あやから聞いた事があったのをササは思い出した。厳島(いつくしま)神社のある島から鞆(とも)の浦に向かう途中、いくつもある島の中の一つだった。帰りに寄る事ができるかもしれないと思った。
「伊予津姫様は瀬戸内海の島々と貝の交易をしていたのですね」
「そうよ。わたしの跡を立派に継いでくれたわ。弓矢が得意で、賢い娘なんだけど、お酒好きが玉に瑕(きず)だったわ」
「伊予津姫様はお酒好きだったのですか」
「そう。可愛いから誰も文句は言わなかったけど、『酔ひ(えい)姫』って呼ばれていたわ」
 ササは笑った。お酒好きと聞いて、仲良くなれそうな気がした。帰りに大三島に寄って行こうと決めた。
大三島の何という神社に行けば、伊予津姫様に会えますか」
「大山祇(おおやまづみ)神社よ。その裏にある女神山(安神山)に祀られているんだけど、その山には誰も入れないわ。女神山の裾野に『入り日の滝』があるわ。そこに行けば会えるわよ」
 神様の声を聞いた事がない巫女のフサは目を丸くして、大冝津姫と話をしているササをじっと見つめていた。