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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-50.天空の邂逅(第一稿)

尚巴志伝 第二部

 夜が明ける頃まで飲んでいた。最初にウメが酔い潰れ、次にファイチ、タケ、ウニタキと酔い潰れた。サハチは何とか頑張っていたが、次第に呂律(ろれつ)が回らなくなり、いつ、酔い潰れたのか覚えていない。
 目が覚めたら別の部屋に寝ていて、隣りには高橋殿が眠っていた。お互いに下着姿だった。しかも、その下着はサハチが着ていた下着ではなく、上等な薄い絹でできていた。
 いつ、着替えたのだろうか‥‥‥
 そんな事よりも、高橋殿を抱いたのだろうか‥‥‥
 サハチは何も覚えていなかった。
 枕元に水の入った瓶子(へいし)があったので、茶碗に注いで飲み干した。
「お目覚めですか」と高橋殿が言った。
 振り返ると、恥ずかしそうな顔をした高橋殿が下着の襟を合わせるようにして、サハチを見ていた。
「ここはどこですか」とサハチは聞いた。
「わたしのお部屋です」
「何も覚えていません。わたしは自分でここに来たのでしょうか」
「わたしを送って来てくれたのです。昨夜(ゆうべ)は楽しかったわ。ありがとう。わたしの本当の名前は龍と申します。子供の頃、遙か南の海に龍が棲んでいるという龍宮(りゅうきゅう)という国があると聞いて憧れた事がございます。でも、いつしか忘れておりました。何年か前に博多に琉球の船が来たと聞きましたが、その時は別に興味もわきませんでした。でも、北山殿(きたやまどの)(足利義満)がお亡くなりになって状況が変わってしまったのです」
 高橋殿はそこで笑うと、「今日は北山第(きたやまてい)を御案内いたします。琉球の都造りにお役立て下さい」と言って、部屋から出て行った。
 サハチは高橋殿が言った事を考えていた。
 琉球リュウは龍だったのか‥‥‥
 琉球には龍が棲んでいるのか‥‥‥
 北山殿が亡くなって状況が変わったとは、どういう事なのか‥‥‥
 しばらくして、お女中が顔を出し、行水(ぎょうずい)をする部屋に連れて行かれ、水を浴びてさっぱりした。着替えも用意してあった。新しい下着とヤマトゥのサムレーが着ている直垂(ひたたれ)と烏帽子(えぼし)だった。サハチが着替えて出て行くと、お女中が待っていて、最初に案内された客殿に連れて行かれた。廊下はまるで迷路のようになっていて、高橋殿の部屋がどこにあったのか、さっぱりわからなかった。
 客殿ではウニタキとファイチが碁を打っていた。二人とも着替えたとみえて、サハチと同じ格好をしていた。
「いつまで寝ているんだ。もう正午(ひる)に近いぞ」とウニタキがサハチを見て言った。
「何を言っている。先に寝ちまったくせに。俺は明け方まで高橋殿に付き合っていたんだぞ」
「まったく、酒が強いな。ああいうのを『ウワバミ』と言うそうだ」
「ウワバミ?」
「大きな蛇の事らしい。何でも飲み込んでしまうので、大酒飲みの事をウワバミと言うんだそうだ。対御方(たいのおんかた)が教えてくれた」
「対御方?」
「タケ殿の事だ。タケと言うのは嘘の名前で、本当の名前は典子(のりこ)なんだが、対御方と呼ばれているようだ。高橋殿と同じように北山殿の側室だったらしい」
「おまえ、タケ殿と一緒だったのか」
「目が覚めたら一緒に寝ていた。何も覚えていないんだ。ファイチもそうだ。目が覚めたら隣りにウメ殿がいたという。ウメというのも嘘の名前で、本当の名前は平方蓉(ひらかたよう)と言うんだそうだ」
「俺も何も覚えていないんだ」とサハチは言った。
「本当は偽名のまま一緒に酒を飲んで、それで終わりのはずだったらしい。お前が宴(うたげ)の前に高橋殿に会ったお陰で、予定がすっかり変わったようだ。お前は高橋殿に気に入られたようだな」
「一節切(ひとよぎり)のお陰だ」とサハチは言って、マチルギを思い出した。
 高橋殿が琉球に興味を持ったのはマチルギのお陰だった。そして、一節切をくれたのもマチルギだった。このまま話がうまく行けば、何もかもマチルギのお陰と言ってよかった。
 お女中が用意してくれた食事を食べ、高橋殿、対御方、平方蓉の三人と一緒に、サハチたちは北山第に向かった。特に護衛の者はいなかった。いつも、こんなにも気楽に外に出て行くのだろうかと不思議に思った。
 桜の馬場に沿って北に進むと、立派な門があり、武装した門番に高橋殿が何事かを言うと門が開いた。
 高橋殿の御威光は大したものだと感心しながら、サハチたちは北山第の中に入った。手入れの行き届いた広い庭園の中を進むと、右側に大きな御殿が見えてきた。
「ミカドがいらした時は、あの御殿に御滞在なされました」と高橋殿は言った。
「ミカドとは?」とサハチは聞いた。
天皇の事でございます」
天皇がここにいらしたのですか」
「北山殿がお亡くなりになるすぐ前の事でございました。ミカドは大層ここがお気に入りになられて二十日間も御滞在なされました。会所(かいしょ)では道阿弥(どうあみ)の猿楽(さるがく)を御覧になられております」
 高橋殿は笑って、「道阿弥はわたしの父親なのでございますよ」と言った。
「あの舞は親譲りの芸だったのですね」とサハチが聞くと、
「天女の舞と申します」と高橋殿は言った。
 まさしく、天女の舞だとサハチは思った。高橋殿の舞に比べたら、博多で見た天女の舞は、天に昇れない天女たちの舞のように見えた。
「わたしは舞台で舞いたかったのですけれど、父は許してくれませんでした。女には猿楽はできないって言いました。わたしは女だけの猿楽座を作ってやるって言って、父と喧嘩して飛び出したのです。とりあえずは叔母がやっていた傾城屋(けいせいや)(遊女屋)に行って、舞を披露していたんですけど、そこで運命の出会いがあったのです。北山殿と出会って、側室になりました。北山殿も女の猿楽座を作るのは面白いって同意してくれたのですけれど、忙しいお人ですから、結局、未だに実現していません。でも、いつかは作るつもりです。わたしの夢なのですよ」
「きっと、その夢は実現しますよ」とサハチは言った。
 高橋殿はサハチを見つめて笑うとうなづいた。
 それは綺麗な池の中に建っていた。まるで、この世のものとは思えない素晴らしい建物だった。三階建てで、二階と三階が黄金色に輝き、それが池に映っていて、美しさを倍増していた。
「あれが噂の金閣か!」とウニタキが呆然とした顔で金閣を見ながら叫んだ。
 ファイチは言葉も出ないようだった。口を半ば開けてポカンとした顔で金閣を見つめていた。
「あの御殿は北山殿、そのものを現しているのですよ」と高橋殿が言った。
「一階の寝殿造りはお公家さんを現しております。二階の武家造りは武士です。そして、三階は禅宗の寺院造りで、御出家なされた北山殿です。北山殿が公家や武士の上にいるという意味なのでございます。屋根の上にいるのは鳳凰(ほうおう)と呼ばれる霊鳥で、天下を治める者のもとに現れると伝えられております」
「まさしく、ヤマトゥの王様ですね」
「ヤマトゥ?」と言って高橋殿は笑った。
「どうして、琉球の人は日本をヤマトゥと呼ぶのでしょう。ヤマトゥと呼ばれていたのは遠い昔の事ですわ」
「さあ」とサハチは首を傾げてから、「日本だけではありません」と言った。
「明国の人たちを唐人(とーんちゅ)と呼んでいますし、朝鮮の人たちも未だに高麗人(こーれーんちゅ)と呼んでいます」
「人の事をンチュと言うのね。あなたは琉球ンチュね」
 高橋殿は楽しそうに笑った。
「そう言えば、日本でも明国の人たちを唐人(とうじん)と呼んでいるわ。他人(ひと)の事は言えませんね」
 金閣の中には入れないと高橋殿は言った。
「あそこからの眺めは最高なんだけど、入ったら駄目だって言われましたわ。でも、七重の塔は登ってもいいって言われましたの」
「えっ、七重の塔に登れるのですか」とサハチは高橋殿に聞いた。
 高橋殿はうなづき、「でも、疲れるわよ」と笑った。
 サハチはウニタキとファイチを見て、よかったなというようにうなづいた。
 来た道を門の近くまで戻り、石だけでできた奇妙な庭園の中を通って行くと、大きな門があって、そこを抜けると目の前に七重の塔が現れた。塔の左側には大きな寺院が建っていた。
 近くで見上げる七重の塔は圧倒されるほど大きかった。
「凄えなあ」とウニタキが言った。
「凄えとしか言いようがないな」とサハチは言った。
「これを見たら永楽帝(えいらくてい)もたまげるかもしれませんね」とファイチは言った。
「ああ、永楽帝も腰を抜かすかもしれん」とウニタキが言って笑った。
永楽帝って、明国の皇帝の事ですか」と高橋殿が聞いた。
「そうです。明国に行った時、お忍びの永楽帝と会ったのです」
 そう言うと高橋殿は驚いた顔して、サハチを見て、ファイチを見た。
「もしかして、ファイチ殿は明国の偉いお人なのですか」
「ファイチの父親は有名な道士で、若い頃の永楽帝の師匠だったのです。しかし、政変で殺されてしまいました。ファイチも命を狙われて琉球に逃げて来たのです。二年前に明国に行った時、永楽帝と会う事ができ、ファイチは永楽帝のもとで働く事もできたのですが、琉球を選んでくれました。あなたがわたしたち三人を選んだのは正解でした。ウニタキとファイチはわたしにとって重要な二人なのです」
「そうだったのですか。一緒にいらしたヂャンサンフォン殿というお方は武芸者のようですが、ファイチ殿と関係があるのですか」
「ヂャンサンフォン殿は有名な道士で、ファイチの師匠です。わたしやウニタキの師匠でもあります」
「そうでしたか。お蓉から父親も知っている有名な武芸者だと聞きましたが、そんなにも有名なお方だったのですね」
「信じられないかもしれませんが、ヂャンサンフォン殿は百六十年も生きている仙人のようなお方です」
「百六十年?」
「生まれたのは明国の前の元(げん)の国ができる前だそうです。百年ほど前に博多に来ていて、十年ほど住んでいたようです。ヤマトゥの言葉もまだ覚えています」
「そんな凄いお方だったのですか」
 高橋殿は驚いた顔をして、対御方と平方蓉を見た。二人も驚いているようだった。
永楽帝もヂャンサンフォン殿を探しています。その前の洪武帝(こうぶてい)も探していましたが、偉い人に会うのは面倒くさいと言って、わたしたちと一緒に琉球に来たというわけです」
「そうだったのですか」と高橋殿はうなづき、七重の塔を見上げて、「登りましょう」と言った。
 七重の塔の入り口の扉は開いていた。門番の僧侶が愛想笑いをしながら高橋殿を迎えた。高橋殿は、「ご苦労様」と門番に言って、サハチたちを中に入れた。
 中に入って驚いた。中心に驚くべき太さの柱があった。直径が六尺はありそうだ。天井に隙間が空いていて、その柱がずっと上まで続いているように見える。サハチが天井を見上げていると、
「北山殿よ」と高橋殿が言った。
 見ると僧侶を描いた絵が飾ってあった。ヤマトゥの王様はこんな人だったのかとサハチは思いながら、高橋殿を見ならって両手を合わせた。絵の両脇には綺麗な大きな壺が飾ってあった。
 高橋殿のあとに従って階段を登った。一階の天井の上は屋根を支えている柱が複雑に入り組んでいた。二階や三階に部屋はなく、屋根の修理のために回廊には出られるようになっていた。中央の太い柱と複雑な木組みを眺めながら、外壁に沿って作られた階段を登った。五階まで来て、下を覗くとかなりの高さがあった。下を見ると足がすくむので、上を見上げながら階段を登った。
 小太刀(こだち)をやっているという高橋殿と平方蓉が息切れもせずに登って行くのはわかるが、対御方も平気な顔をして登っているのが不思議だった。対御方も武芸の心得があるのだろうか。
 最上階の七階には部屋があった。その部屋は思っていたよりも広かった。中央に太い柱があり、一階と同じような僧侶の絵が飾ってあった。
相国寺(しょうこくじ)の開山の夢窓国師(むそうこくし)殿です」と高橋殿は言った。
 サハチは絵を眺めながら、琉球にもこんな肖像画が必要だなと思った。イーカチに思紹(ししょう)の絵を描いてもらって楼閣に飾ろうか。
 夢窓国師の絵の脇に、明国の椅子がいくつか並んでいた。北山殿がお客さんを招待した時に使ったようだ。
 部屋から回廊に出ると、まるで、空の中に立っているようだった。下にいた時は風を感じなかったが、かなりの風があり、塔が揺れているように感じられた。
 京都の街が眼下に広がり、遠くに連なる山々が見えた。金閣の方を見ると、豪華な屋敷がいくつも並んでいる向こう側の広い池の中に輝いていた。
「もう言葉が出て来ないよ」とウニタキが言った。
 ファイチも感動しているのか、無言のまま下界を見下ろしていた。
「こんなにも高い物を作る事ができるなんて、ヤマトゥの大工は凄い腕を持っているな」
 確かにウニタキの言う通りだった。こんな腕のある大工を琉球に連れて行きたいとサハチは思った。
 高橋殿から、花の御所や天皇の御所などの位置を教わったあと、
「ねえ、あなたの一節切(ひとよぎり)を聞かせて」と高橋殿が言った。
 サハチは刀の代わりに一節切を腰に差していた。刀は北山第に入る時に預けなければならないというので、三人とも持って来てはいなかった。武当拳(ウーダンけん)を習ったお陰で、刀がなくても気にならなかった。
「こんな所で吹く機会は一生に一度だぞ」とウニタキが言った。
 サハチは高橋殿にうなづいて、一節切を吹き始めた。
 流れる調べは、天空にいるためか、昨日の曲よりも神秘的になっていた。サハチは目を閉じて、高橋殿の舞を思い出しながら吹いていた。天女となった高橋殿は空を駆け巡りながら華麗に舞っている。薄い絹の衣は太陽の光を浴びて輝き、しなやかな裸体が透けて見えていた。高橋殿は長い衣をひるがえして空中で何度も旋回した。その姿が龍に変身した。龍になった高橋殿は体をくねらせて京都の上空を飛び回り、やがて、空の彼方へと飛んで行って見えなくなった。
 サハチは一節切を口から離して、目を開けた。高橋殿がサハチをじっと見つめていた。高橋殿が何かを言おうとして口を開きかけた時、「見事じゃ」と誰かが言った。
 高橋殿がびくっとして、部屋の中を覗いた。高橋殿は驚いた顔をして、「坊門(ぼうもん)殿!」と言った。
 サハチも部屋の中を見ると三人のサムレーがいた。二十代の若者と五十代と見える貫禄のあるサムレーが二人だった。階段を登るのに刀が邪魔になったのか、三人とも刀を左手で持っていた。
将軍様と勘解由小路(かでのこうじ)殿と中条兵庫助(ちゅうじょうひょうごのすけ)殿です」と高橋殿はサハチたちに説明した。
将軍様?」と言って、サハチは改めて若者(足利義持)を見た。あまりにも突然の事で、どう接していいのかわからなかった。
「お忍びじゃ。堅くならずともよい」と将軍様は言った。
「見事な一節切じゃ」と将軍様はサハチを見つめた。
 さわやかな感じの将軍様は、一階に飾ってあった北山殿の風貌とあまり似ていなかった。
「ありがとうございます」とサハチは頭を下げた。
「幽玄なる調べじゃったのう」と勘解由小路殿が言った。
「幽玄なる調べに合わせて舞う高橋殿の舞が見たいものじゃ」と中条兵庫助が笑った。
「それはいい考えじゃ」と将軍様も笑った。
「ところで、わしらを探していたそうじゃのう」と勘解由小路殿がサハチに聞いた。
琉球の話を聞かせてくれんか」と将軍様が言った。
 高橋殿が対御方と平方蓉に指示して、椅子を用意させた。
 将軍様を中央に、勘解由小路殿と中条兵庫助が左右に座り、それに向かい合う形で、サハチを中央にウニタキとファイチが左右に座った。高橋殿たちは脇に控えた。
琉球は明国と交易しているというが、毎年、やっておるのか」と将軍様が興味深そうな目をしてサハチに聞いた。
「毎年、交易をしております。今は一年に一回ですが、やがては、二回、三回と行くつもりでおります」
「進貢船(しんこうせん)というのは年に何回と決められておるのではないのか」
琉球は特別です。制限はございません」
「なぜじゃ」
永楽帝の許しを得て、琉球が明国の御用商人の務めを果たしております」
「この三人は永楽帝に会っております」と高橋殿が言った。
「わたしもついさっきお聞きして驚きました」
「なに、永楽帝に会っているのか」と勘解由小路殿が驚いた顔をして高橋殿を見ていた。
 高橋殿はうなづいて、ファイチと永楽帝の関係を説明した。
「今回と同じようにお忍びでした」とサハチは言った。
「そうか、永楽帝と直接に話し合ったのなら確かな事じゃな」
 勘解由小路殿がそう言って、将軍様にうなづいた。
琉球は南蛮(なんばん)(東南アジア)とも取り引きをしていると聞いたが、それも誠か」と将軍様が聞いた。
「毎年、旧港(ジゥガン)の船がやって参ります」
「ジゥガン?」
「ジゥガンとは旧港(きゅうこう)の事でございます」と平方蓉が言った。
「旧港と言えば、去年の夏、若狭に来た船じゃな」と勘解由小路殿が言った。
「珍しい鳥や獣を献上しておる。十一月に来た台風にやられて、今、船を造っているはずじゃ」
 旧港(パレンバン)の船がヤマトゥに向かったと聞いてはいたが、やはり、本当に来ていたのだった。しかし、若狭とは一体どこだろう。浮島の若狭町と関係あるのだろうかとサハチは思っていた。
「ところで、そなたたちがわしらに会いたがっていた理由はなんじゃ」と勘解由小路殿が言った。
 サハチはウニタキとファイチの顔を見てから、単刀直入に言った。
琉球と日本で、国と国の交易がしたいのです。将軍様琉球中山王との交易です」
 勘解由小路殿が将軍様を見た。微かだがニヤッと笑ったような気がした。
「毎年、来られるか」と将軍様が言った。
「来るつもりです」
「よし、その話に乗ろう」と勘解由小路殿が言った。
「ただし、一つ条件がある」
「条件とは?」
「国と国との対等な立場での交易として認めよう。ただし、琉球からの使者たちが将軍様に謁見(えっけん)する時は、上座に座るのは将軍様となるが、それでもよろしいかな」
 サハチはファイチに琉球言葉で相談した。ファイチは朝鮮に行っても同じ扱いを受けるだろうから、それは仕方がないだろうと言った。
「かしこまりました」とサハチは答えた。
 勘解由小路殿はホッとしたような顔で、満足そうにうなづいた。
「今年は下見のつもりで参りましたので、来年からは正式な使者を送る事にいたします」
「頼むぞ」と言って、将軍様は嬉しそうに笑った。
「これは内密な事なんじゃが」と勘解由小路殿が小声で言った。
「見ての通り、この豪華な北山第の普請(ふしん)には莫大な費用が掛かっておるんじゃ。北山殿は明国との交易で取り戻すつもりでいたんじゃが、途中で亡くなられてしまった。明国との交易は続けたいのじゃが、将軍様が北山殿のように、日本国王になるわけにはいかんのじゃ。北山殿が明国の皇帝から日本国王に任命されてからというもの、明国の家臣になってしまったと批判する者たちが大勢いるんじゃよ。我が国は元(げん)の大軍が攻めて来た時も、元の国を見事に追い返している。我が国は神に守られている神国じゃ。神国である我が国が、明国の臣下になるとは情けないと思っている者たちが大勢おるんじゃよ。今、明国の使者が兵庫に来ている。冊封(さくほう)のための使者だったら追い返そうと思っていたんじゃが、弔問(ちょうもん)の使者のようじゃ。あの使者のあとに付いて行って、もう一度、交易をしたら明国との交易はやめるつもりじゃ。将軍家の再建も琉球に掛かっておる。よろしくお願い申すぞ。それと、財政困難のため、返礼の使者はこちらからは送れないが、よろしいかな」
「かしこまりました」とサハチは頭を下げた。
琉球の話を色々と聞きたいが、何かと忙しくてな」と将軍様は笑うと、「頼むぞ」と言って立ち上がった。
 サハチたちも慌てて立ち上がった。
 三人は静かに階段を下りて行った。
 中条兵庫助が振り返って、「あとでそなたの屋敷に顔を出す」と高橋殿に言った。
「お待ち申しております」と高橋殿は将軍様たちを見送り、溜め息をつくと、「驚いたわ」と言った。
 その顔はまるで娘のように可愛い顔だった。
「高橋殿が仕組んだんじゃなかったのですか」とウニタキが聞いた。
「あなたたちの事は昨夜のうちに勘解由小路殿には知らせたんだけど、こんなにも早く、将軍様が現れるとは思ってもいなかったわ。あなたたちは丁度、いい時期に来たのよ。将軍様にとって、まさに天の助けだったのかもしれないわね」
 サハチたちはまた外に出て、景色を眺めた。
将軍様は三人だけで来たのか」とサハチはウニタキに聞いた。
「いや、十人はいただろう。下で待機している者たちと、上にもいたようだ」
「天井に仕掛けがあるのか」
「そうらしいな。これだけの物を建てた北山殿は、自分の身を守る事に関しても抜かりはないだろう」
「確かにな」
 七重の塔を下りると、偉そうな僧が待っていて、お寺の中に案内され、精進(しょうじん)料理という禅僧の食事を御馳走になった。将軍様の指図だという。
「若いのに気が利くな」とウニタキが言った。
「北山殿に翻弄(ほんろう)されて、苦労してきた御方ですからね」と高橋殿はしみじみと言った。
 サハチたちは心の中で将軍様にお礼を言った。

 

 

 

1/100 鹿苑寺 金閣寺   ペーパーナノ 京都 PN-113

目次 第二部

目次

尚巴志伝 第二部

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このイラストはは和々様よりお借りしました。



  1. 山田のウニウシ(第二稿)   護佐丸、尚巴志を頼って首里に行く。
  2. 胸のときめき(第二稿)   護佐丸、島添大里で恋をする。
  3. 恋の季節(第二稿)   サグルーとササ、山田で魂を抜かれる。
  4. キラマの休日(第二稿)   尚巴志夫婦、毎年恒例の旅で慶良間の島に行く。
  5. ナーサの遊女屋(第二稿)   中山王の家臣たちの懇親の宴。
  6. 宇座の古酒(第二稿)   尚巴志、宇座の御隠居の倅と古酒を飲む。
  7. 首里の初春(第二稿)  中山王となった思紹の初めての正月。
  8. 遙かなる船路(第二稿)  尚巴志、ウニタキ、懐機、明国に行く。
  9. 泉州の来遠駅(第二稿)   明国に着いた尚巴志たちは来遠駅に落ち着く。
  10. 麗しき三姉妹(第二稿)   尚巴志たち、福州に行きメイファンと再会する。
  11. 裏切り者の末路(第二稿)   尚巴志たち、メイファンの敵討ちを助ける。
  12. 島影に隠れた海賊船(第二稿)   尚巴志たち、明の海賊船に乗る。
  13. 首里のお祭り(第二稿)   護佐丸、ササたちと祭りの警備をする。
  14. 富楽院の桃の花(第二稿)   尚巴志たち、明国の都、応天府に着く。
  15. 応天府の夢に酔う(第二稿)   尚巴志たち、最高級の妓楼で夢を見る。
  16. 真武神の奇跡(第二稿)   討伐軍を破って皇帝になった永楽帝
  17. 武当山の仙人(第二稿)   尚巴志たち、武当山で張三豊と出会う。
  18. 霞と拳とシンシンと(第二稿)   尚巴志とウニタキ、張三豊に武術を習う。
  19. 刺客の背景(第二稿)   馬天ノロ、刺客の正体を探る。
  20. 龍虎山の天師(第二稿)   尚巴志たち、道教の本山、龍虎山に行く。
  21. 西湖のほとりの幽霊屋敷(第二稿)   尚巴志たち、三姉妹と再会する。
  22. 清ら海、清ら島(第二稿)  三姉妹と張三豊が琉球に来る。
  23. 今帰仁の天使館(第二稿)   旅に出た張三豊たちが帰って来る。
  24. 山北王の祝宴(第二稿)   攀安知、志慶真の長老から今帰仁の歴史を聴く。
  25. 三つの御婚礼(第二稿)   サグルー、尚忠、護佐丸、妻を迎える。
  26. マチルギの御褒美(第二稿)   尚巴志、妻のマチルギにしぼられる。
  27. 廃墟と化した二百年の都(第二稿)   尚巴志、ウニタキと浦添に行く。
  28. 久高島参詣(第二稿)  思紹王、女たちを連れて久高島へ行く。
  29. 丸太引きとハーリー(第二稿)   尚巴志、豊見グスクでハーリーを見る。
  30. 浜辺の酒盛り(第二稿)   尚巴志、ヤマトゥに行くマチルギたちを見送る。
  31. 女たちの船出(第二稿)   マチルギたち、長い船旅を楽しみ博多に着く。
  32. 落雷(第二稿)   尚巴志、雷鳴を聞きながらマジムン退治を思い出す。
  33. 女の闘い(第二稿)   三姉妹の船が来て、メイユーとナツが会う。
  34. 対馬の海(第二稿)   マチルギ、対馬島でイトとユキに会う。
  35. 龍の爪(第二稿)   尚巴志、ウニタキ、懐機、朝鮮旅の計画を練る。
  36. 笛の調べ(第二稿)   久し振りに佐敷グスクから笛の音が流れる。
  37. 初孫誕生(第二稿)   尚忠の長男、尚志達、生まれる。
  38. マチルギの帰還(第二稿)   女たちがヤマトゥから無事に帰国する。
  39. 娘からの贈り物(第二稿)   尚巴志、マチルギから旅の話を聞く。
  40. ササの強敵(第一稿)   馬天ノロ、日代(ティーダシル)の石を探し始める。
  41. 眠りから覚めたガーラダマ(第一稿)   ササ、読谷山で古い勾玉を見つける。
  42. 兄弟弟子(第一稿)   尚巴志、兼グスク按司武当拳の試合をする。
  43. 表舞台に出たサグルー(第一稿)   サグルー、尚巴志の代理を見事に務める。
  44. 中山王の龍舟(第一稿)   ウニタキの新しい隠れ家が完成する。
  45. 佐敷のお祭り(第一稿)   尚巴志の一節切と佐敷ヌルの横笛に大喝采。
  46. 博多の呑碧楼(第一稿)   朝鮮旅に出た尚巴志たち、博多に着く。
  47. 瀬戸内の水軍(第一稿)   尚巴志村上水軍と塩飽水軍の頭領と会う。
  48. 七重の塔と祇園祭り(第一稿)   尚巴志たち、京都に着く。
  49. 幽玄なる天女の舞(第一稿)   尚巴志が一節切を吹くと美女が舞う。
  50. 天空の邂逅(第一稿) 尚巴志たち、七重の塔に登って感激する。



主要登場人物

 

第一部 目次

目次 第一部

目次

尚巴志伝 第一部 月代の石

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このイラストはは和々様よりお借りしました。

 

  1. 誕生(最終決定稿)   尚巴志、佐敷苗代に生まれる。
  2. 馬天浜(最終決定稿)   サミガー大主とヤマトゥの山伏、クマヌ。
  3. 察度と泰期(最終決定稿)   浦添按司察度、過去を振り返る。
  4. 島添大里グスク(最終決定稿)   島添大里グスク、汪英紫に奪われる。
  5. 佐敷グスク(最終決定稿)   尚巴志の父、佐敷按司になる。
  6. 大グスク炎上(最終決定稿)   大グスク、汪英紫(島添大里按司)に奪われる。
  7. ヤマトゥ酒(最終決定稿)   早田三郎左衛門、馬天浜に来る。
  8. 浮島(最終決定稿)   尚巴志、早田左衛門太郎と旅に出る。
  9. 出会い(最終決定稿)   尚巴志、伊波按司の娘と剣術の試合をする。
  10. 今帰仁グスク(最終決定稿)   尚巴志、今帰仁に行く。
  11. 奥間(最終決定稿)   尚巴志、奥間村に滞在する。
  12. 恋の病(最終決定稿)   旅から帰った尚巴志、マチルギを想う。
  13. 伊平屋島(最終決定稿)   尚巴志、祖父の故郷に行く。
  14. ヤマトゥ旅(最終決定稿)   尚巴志、ヤマトゥへ旅立つ。
  15. 壱岐島(最終決定稿)   尚巴志、壱岐島で察度の噂を聞く。
  16. 博多(最終決定稿)   尚巴志、ヤマトゥの都を見て驚く。
  17. 対馬島(最終決定稿)   尚巴志、早田左衛門太郎の故郷に滞在する。
  18. 富山浦(最終決定稿)   尚巴志、高麗に行く。
  19. マチルギ(最終決定稿)   尚巴志の恋敵、ウニタキ現れる。
  20. 兵法(最終決定稿)   尚巴志、対馬で修行に励む。
  21. 再会(最終決定稿)   帰って来た尚巴志、マチルギと再会。
  22. ウニタキ(最終決定稿)   尚巴志、ウニタキと一緒に勝連グスクに行く。
  23. 名護の夜(最終決定稿)   尚巴志、マチルギと今帰仁に行く。
  24. 山田按司(最終決定稿)   尚巴志、マチルギの叔父、山田按司と会う。
  25. お輿入れ(最終決定稿)   マチルギ、尚巴志に嫁ぐ。
  26. 高麗の対馬奇襲(最終決定稿)   早田左衛門太郎の本拠地、高麗に攻められる。
  27. 豊見グスク(最終決定稿)   シタルー(汪応祖)、豊見グスクを築く。
  28. サスカサ(最終決定稿)   尚巴志とマチルギ、馬天ノロと旅に出る。
  29. 長男誕生(最終決定稿)   マチルギと馬天ノロ、神様になる。
  30. 出陣命令(最終決定稿)   察度、各按司に今帰仁征伐を命じる。
  31. 今帰仁合戦(最終決定稿)   中山王、山北王の今帰仁グスクを攻める。
  32. 次男誕生(最終決定稿)  尚巴志の次男(尚忠)と山田按司の次男(護佐丸)生まれる。
  33. 十年の計(最終決定稿)   尚巴志、佐敷按司(父)、鮫皮大主(祖父)と密談する。
  34. 東行法師(最終決定稿)   父が隠居して、尚巴志、佐敷按司となる。
  35. 首里天閣(最終決定稿)   察度、浦添按司を武寧に譲って隠居する。
  36. 浜川大親(最終決定稿)   ウニタキは妻子を殺され、シタルーは明に行く。
  37. 旅の収穫(最終決定稿)   奥間のサタルーと対馬のユキ。
  38. 久高島(最終決定稿) 尚巴志はマチルギに怒られ、ウニタキはチルーといい感じ。
  39. 運玉森(最終決定稿)   三好日向、尚巴志のために山賊になる。
  40. 山南王(最終決定稿)   承察度が亡くなり、若按司が山南王になる。
  41. 傾城(最終決定稿)   山南王、中山王の怒りを買って、汪英紫に攻められる。
  42. 予想外の使者(最終決定稿)   尚巴志夫婦、弟のマサンルー夫婦と旅をする。
  43. 玉グスクのお姫様(最終決定稿)   尚巴志、玉グスクと同盟を結ぶ。
  44. 察度の死(最終決定稿)   山北王のミンと奥間の長老も亡くなる。
  45. 馬天ヌル(最終決定稿)   馬天ノロ、御嶽巡りの旅に出る。
  46. 夢の島(最終決定稿)   早田左衛門太郎、慶良間の夢の島に行く。
  47. 佐敷ヌル(最終決定稿)  尚巴志の妹、マシューの気持ちとマカマドゥの決心。
  48. ハーリー(最終決定稿)   尚巴志夫婦と佐敷ノロ、ハーリーを見物。
  49. 宇座の御隠居(最終決定稿)   宇座の泰期が亡くなり、尚巴志夫婦は悲しむ。
  50. マジムン屋敷の美女(最終決定稿)  尚巴志、島添大里グスクに側室を入れる。
  51. シンゴとの再会(最終決定稿)   早田左衛門太郎、朝鮮に投降する。
  52. 不思議な唐人(最終決定稿)   尚巴志、懐機と出会う。
  53. 汪英紫、死す(最終決定稿)   懐機、旅から帰り、武術を披露する。
  54. 家督争い(最終決定稿)   達勃期と汪応祖が山南王の家督を争う。
  55. 大グスク攻め(最終決定稿)   尚巴志、大グスクを攻め落とす。
  56. 作戦開始(最終決定稿)   尚巴志、大グスクノロと再会する。
  57. シタルーの非情(最終決定稿)   達勃期、弟の汪応祖に敗れる。
  58. 奇襲攻撃(最終決定稿)   尚巴志、島添大里グスクを攻め落とす。
  59. 島添大里按司(最終決定稿)   尚巴志、島添大里按司になる。
  60. お祭り騒ぎ(最終決定稿)   尚巴志、城下の者たちと戦勝祝い。
  61. 同盟(最終決定稿)   尚巴志、山南王と同盟する。
  62. マレビト神(最終決定稿)   外間ノロと佐敷ノロにマレビト神が現れる。
  63. サミガー大主の死(最終決定稿)   神の声を聞いたウニタキ。
  64. シタルーの娘(最終決定稿)   山南王のお姫様の悩みと青い海
  65. 上間按司(最終決定稿)   明国の使者が二十年振りにやって来る。
  66. 奥間のサタルー(最終決定稿)   尚巴志、奥間ノロに魅了される。
  67. 望月ヌル(最終決定稿)   謎の爺さん、望月党を語る。
  68. 冊封使(最終決定稿)   首里の宮殿の儀式で、武寧と汪応祖、正式に王になる。
  69. ウニョンの母(最終決定稿)   ウニタキ、亡くなった妻の秘密を知る。 
  70. 久米村(最終決定稿)   尚巴志とウニタキ、懐機に呼ばれて久米村に行く。
  71. 勝連無残(最終決定稿)   勝連按司が奇病に倒れる。 
  72. 伊波按司(最終決定稿)   大きな台風が来て各地で被害が出る。
  73. ナーサの望み(最終決定稿)   ウニタキ、ナーサを味方に引き入れる。
  74. タブチの野望とシタルーの誤算(最終決定稿)  八重瀬按司、中山王と同盟する。
  75. 首里グスク完成(最終決定稿)   中山王と山南王の決戦が迫る。
  76. 首里のマジムン(最終決定稿)   尚巴志、首里グスクを奪い取る。 
  77. 浦添グスク炎上(最終決定稿)   浦添グスクは焼け落ち、亜蘭匏は消える。
  78. 南風原決戦(最終決定稿)   尚巴志、中山軍を壊滅させる。
  79. 包囲陣崩壊(最終決定稿)   達勃期は出直し、汪応祖は首里を攻める。
  80. 快進撃(最終決定稿)   尚巴志、中グスク、越来グスクを攻め落とす。
  81. 勝連グスクに雪が降る(最終決定稿)   尚巴志、勝連グスクを落とす。

 

尚巴志伝 第二部 目次

 

・尚巴志伝の年表

・第一部の主要登場人物

・尚巴志の略歴

・尚巴志の祖父、サミガー大主の略歴

・尚巴志の父、思紹の略歴

・馬天ヌル(馬天ノロ)の略歴

・中山王、察度の略歴

・中山王、武寧の略歴

・汪英紫の略歴

・山南王、汪応祖の略歴

・泰期の略歴

・クマヌの略歴

・三好日向の略歴

・早田左衛門太郎の略歴

・ウニタキの略歴

・懐機の略歴

・倭寇年表

第二部 主要登場人物

主要登場人物

サハチ       1372-1439  尚巴志。島添大里按司
マチルギ      1373-    尚巴志の妻。伊波按司の娘。
サグルー      1390-    尚巴志の長男。
ジルムイ      1391-    尚巴志の次男。尚忠。
ミチ        1393-    尚巴志の長女。島添大里ヌル、サスカサ。
イハチ       1394-    尚巴志の三男。
思紹        1354-1421 中山王。尚巴志の父。
佐敷ヌル      1374-    尚巴志の妹、マシュー。シンゴと結ばれ娘を産む。
佐敷大親      1376-    尚巴志の弟、マサンルー。妻は奥間大親の娘。
平田大親      1378-    尚巴志の弟、ヤグルー。妻は玉グスク按司の娘。
与那原大親     1383-    尚巴志の弟、マタルー。妻はタブチの娘。
馬天ヌル      1357-    思紹の妹、尚巴志の叔母。
ササ        1391-    馬天若ヌル。父はヒューガ。母は馬天ヌル。
ヒューガ      1355-1470 三好日向。中山の水軍大将。
苗代大親      1360-    思紹の弟。サムレー総隊長。武術師範。
マカマドゥ     1392-    苗代大親の三女。マウシ(護佐丸)の妻。
クグルー      1386-    泰期の三男。苗代大親の娘婿。
サミガー大主    1356-    思紹の弟、ウミンター。
ウニタキ      1372-1433 三星大親。「三星党」の頭。
チルー       1368-    ウニタキの妻。尚巴志の母の妹。
イーカチ      1373-    「三星党」の副頭。絵画き。
ナツ        1381-    ウニタキの配下から尚巴志の側室になる。
ファイチ      1375-1453 懐機。明国の道士。尚巴志の客将。
サスカサ      1354-    ミチにサスカサを譲り、運玉森ヌルになる。
マウシ       1391-1458 真牛。山田按司の次男。尚巴志の甥。護佐丸。
マカトゥダル    1392-    護佐丸の妹。サグルーの妻。
マサルー      1364-    山田按司の家臣。
シラー       1391-    マサルーの次男。
クマヌ       1346-    中グスク按司。中山の重臣。
美里之子      1362-    越来按司。中山の重臣。思紹の義弟。
當山之子      1365-    美里之子の弟。浦添按司になる。
クサンルー     1387-    當山之子の長男。浦添按司
カナ        1391-    當山之子の長女。浦添ヌル。
サム        1372-    勝連按司の後見役。伊波按司の四男。
ユミ        1392-    サムの長女。ジルムイ(尚忠)の妻。
ナーサ       1352-    首里の遊女屋「宇久真」の女将。
宇座按司      1355-    泰期の次男。父の跡を継いで明国への使者となる。
シタルー      1362-1413 山南王。汪応祖
タブチ       1360-1414 八重瀬按司。シタルーの兄。
サイムンタルー   1361-1429  早田左衛門太郎。対馬島倭寇の頭領。
早田六郎次郎    1387-    左衛門太郎の跡継ぎ。妻はユキ。
ユキ        1388-    六郎次郎の妻。尚巴志の娘。母はイト。
イト        1372-    対馬島の女船長。ユキの母。
シンゴ       1372-    早田新五郎。左衛門太郎の弟。
サングルミー    1371-    与座大親。中山の進貢船の正使。
メイファン     1379-    張美帆。明国の海賊の娘。
メイリン      1374-    張美玲。メイファンの姉。
メイユー      1376-    張美玉。メイファンの姉。
ラオファン     1338-    黄敬。三姉妹の武術の師匠。
リェンリー     1376-    黄怜麗。ラオファンの娘。
ジォンダオウェン  1364-    鄭道文。三姉妹の配下の海賊。
ユンロン      1387-    鄭芸蓉。ジォンダオウェンの娘。 
リュウジャジン   1362-    劉嘉景。三姉妹の配下の海賊。
リィェンファ    1377-    楊蓮華。富楽院の妓楼『桃香滝』の女将。
ヂュヤンジン    1375-    朱洋敬。懐機の友。宮廷に仕える役人。
永楽帝       1360-1424  明国の皇帝。
リュウイェンウェイ 1389-    劉媛維。富楽院の最高級妓楼『酔夢楼』の妓女。
ファイホン     1379-    懐虹。懐機の妹。
ヂャンサンフォン  1247-    張三豊。武当山の道士で、武当拳の創始者。
シンシン      1390-    范杏杏。張三豊の弟子。
フカマヌル     1372-    外間ノロ。久高島のノロ。尚巴志の腹違いの妹。
奥間大親      1357-    ヤキチ。奥間から来た尚巴志の護衛役。中山の重臣。
平安名大親     1348-    勝連の重臣。ウニタキの叔父。
勝連ヌル      1369-    ウニタキの姉。
伊波按司      1363-    マチルギの兄。
山田按司      1365-    マチルギの兄。
攀安知       1376-1416  山北王。
涌川大主      1377-    攀安知の弟。
勢理客ヌル     1356-    アオリヤエ。攀安知の叔母。
兼グスク按司    1378-    ンマムイ。武寧の次男。妻は攀安知の妹。
飯篠修理亮     1387-1488 武芸者。長威斎。
一文字屋孫三郎   1361-    次郎左衛門の弟。坊津の一文字屋主人。
みお        1394-    一文字屋孫三郎の三女。
村上又太郎     1386-    村上水軍の頭領の長男。上関を守っている。
村上あや      1392-    村上又太郎の妹。
塩飽三郎入道    1358-    塩飽水軍の頭領。
一文字屋次郎左衛門 1355-    京都の一文字屋の主人。
まり        1394-    一文字屋次郎左衛門の三女。
高橋殿       1376-    足利義満の側室。道阿弥の娘。
対御方       1379-    足利義満の側室。高橋殿に仕えている。
平方蓉       1383-    陳外郎の娘。高橋殿に仕えている。
足利義持      1386-1428  室町幕府第四代将軍。
勘解由小路殿    1350-1410  斯波道将。将軍様の補佐役。
中条兵庫助     1359-    将軍様の武術指南役。慈恩禅師の弟子。
外郎       1360-    陳宗奇。薬師。外交使節の接待役。
魏天        1350-    将軍様に仕える明国の通事。
栄泉坊       1389-    東福寺を追い出された画僧。

 

2-49.幽玄なる天女の舞(第一稿)

尚巴志伝 第二部

 京の都に着いてから、早いもので十日が過ぎようとしていた。
 何とかして、勘解由小路(かでのこうじ)殿(斯波道将)に近づこうと色々とやってはみたが、どれもうまく行かなかった。
 サハチたちは五組に分かれて行動していた。ジクー禅師は一人で、勘解由小路殿と関係のある禅僧を探し、ウニタキ、ンマムイ、クサンルーは九州探題の渋川道鎮(どうちん)を探し、サハチと修理亮(しゅりのすけ)とイハチは中条(ちゅうじょう)兵庫を探し、ヂャンサンフォン(張三豊)とファイチ(懐機)は将軍様足利義持)に仕えている唐人を探し、ササ、シンシン、シズ、女子(いなぐ)サムレー三人は、まりとみおを連れて、将軍様のヌルを探しに行った。
 ジクー禅師は勘解由小路殿が師と仰ぐ禅師には会えなかったが、東福寺を追い出された栄泉坊(えいせんぼう)という若い画僧を連れて来た。絵を描くのが好きで東福寺の明兆(みんちょう)禅師の弟子になったが、絵を描いてばかりいて、決められた仕事をしないので追放されてしまったという。絵を描かせてみたらかなりの腕なので、役に立つだろうと連れて来たという。サハチは京都の寺院や神社を描いてくれと頼み、いい絵が描けたら琉球に連れて行くと言った。絵が描けるのなら、どこにでも行きますと栄泉坊は嬉しそうに笑った。
 ンマムイは渋川道鎮の居場所は見つけたが、会う事はできなかった。厳重に警護されたお寺を宿所にしていて、門番に説明しても信じてはもらえず、門前払いをされていた。ウニタキは忍び込む事はできると思ったが、危険を冒して忍び込んでも、渋川道鎮がンマムイなど知らないと言ったらどうしようもなかった。調子のいい事を言っているが、実際は一、二度、顔を合わせただけかもしれなかった。
 サハチたちも中条兵庫の屋敷を見つける事はできたが、中条兵庫は留守だった。将軍様と一緒に伊勢の神宮に行っていた。帰って来るのは二十二日の予定だという。
 ヂャンサンフォンとファイチは将軍様に仕えている唐人を見つけ出して会っていた。陳外郎(ちんういろう)という医者と魏天(ぎてん)という通事(つうじ)(通訳)だった。陳外郎は立派な屋敷に住んでいて、医者として将軍様に仕えているだけでなく、外国から来た使者たちの接待役も務めていた。今、朝鮮から使者が来ていて、兵庫港にも明からの使者がいるので忙しそうだったが、ヂャンサンフォンが名を名乗ると驚いて、大歓迎してくれた。
 陳外郎は子供の頃に父親に連れられて、明国から逃げて来たという。洪武帝(こうぶてい)に敗れた陳友諒(チェンヨウリャン)の一族だった。陳外郎は懐かしそうに、ヂャンサンフォンが話す明国の話を聞いていた。陳外郎の紹介で魏天とも会った。
 魏天は子供の頃に倭寇(わこう)にさらわれて壱岐島(いきのしま)に来た。長い間、壱岐島で暮らしていたが、突然、捕まって朝鮮に送られた。朝鮮で有名な文人のもとで奴婢(ぬひ)として働いていたが、日本語がわかるというので、朝鮮が日本に送る使者の従者に加わって日本に来た。久し振りに日本に戻って来た魏天は、博多で明から来ていた使者たちと出会う。魏天は明国の使者に、子供の頃に倭寇に連れ去られたと身の上を話し、明国の使者と一緒に明国に帰った。明国に帰ったものの、すでに身内の者たちは亡くなっていて帰る場所もなかった。途方にくれていたら、永楽帝(えいらくてい)から命令が下って、通事としてまた日本にやってきた。しかし、以前とはまったく待遇が違った。通事として将軍様に仕える事になり、立派な屋敷も与えられ、妻を迎える事もできたのだった。
 魏天は自分が留守にしていた四十年余りの出来事をヂャンサンフォンとファイチから聞いて、そんな事があったのかと驚いていた。陳外郎も魏天も将軍様が伊勢から帰って来たら、勘解由小路殿に話してみると言った。勘解由小路殿は伊勢には行っていないが、将軍様が重臣たちを引き連れて伊勢に行ったので、残された者たちで留守を守るのが大変らしい。
 ササはアマテラスがヌルだったんだから、将軍様のそばには必ずヌルがいるはずだと言って探していたが、ヌルはいなかった。ヌルはいなかったが、北山殿(きたやまどの)(足利義満)の側室だった高橋殿と呼ばれているお方が将軍様に影響力を持っているらしい事をつかんできた。
「噂では凄い美人らしいわよ」とササがニヤニヤしながらサハチを見た。
「北山殿の側室だったんだろう。もういい年なんじゃないのか」とサハチはササに聞いた。
「三十の半ばくらいらしいわ。でも美人だから十歳くらいは若く見えるって話よ。とても艶(あで)やかなんですって。でも、噂だけで、実際に見た人はいないみたい。今回も将軍様と一緒にお伊勢参りに行ったようだけど、綺麗な御輿(おこし)に乗っていて、顔を見る事はできなかったって言っていたわ」
「雲の上のお人なんだな」
「わしも噂しか知らんが、近江(おうみ)の猿楽座(さるがくざ)の太夫(たゆう)、道阿弥(どうあみ)の娘だとも、東洞院(ひがしのとういん)の傾城(けいせい)(遊女)だったとも言われておる」とジクー禅師が言った。
「北山殿に大層可愛がられて、北山殿の寺社参詣には必ず一緒に行かれたようじゃ。北山殿が生きておられた頃は北山第(きたやまてい)の西御所に住んでおられて『西御所殿』と呼ばれていたんじゃ。北山殿がお亡くなりになって、北野の高橋の屋敷に移られて、『高橋殿』と呼ばれるようになったんじゃよ」
「北野の高橋というのは、この近くじゃないのですか」とサハチはジクー禅師に聞いた。
「北山第と北野天満宮のちょうど中間あたりじゃな。北山殿は亡くなったが、将軍様も夫婦揃って、正月にはその屋敷に挨拶に出掛けるというから、将軍様の信任も厚いようじゃ」
「高橋殿に会えれば、将軍様にも会えそうね」とササは言った。
「確かにな。しかし、会う機会はあるまい」
「以前の格好に戻って、京都の街中をうろうろしていれば噂になるわ。北野天満宮のお庭で武当拳(ウーダンけん)のお稽古をやりましょうよ」
「確かに噂にはなるだろうが、雲の上のお人がそんな噂で動くだろうか」
「ここには海賊もいないし、以前の格好に戻りましょ」
 何もしないよりは増しだろうとササの意見に従って、サハチたちは以前の格好に戻った。女たちは女子サムレーの格好になり、サハチたちはカタカシラを結った。
 一文字屋次郎左衛門に『高橋殿』の事を聞いてみると知っていた。お得意様だという。ただし、高橋殿に会った事はない。高橋殿に仕えているお女中(じょちゅう)が、時々、店にやって来て、タカラガイや明国の筆や香炉(こうろ)などを買っていく。高橋殿は綺麗なタカラガイがお好きなようで、屋敷のあちこちに飾っておられるらしいと言った。
 琉球の格好で街中をうろうろしてみたが、さほどの効果はなかった。珍しそうに見られるだけで、噂になって人が集まって来るという事もない。毎朝の武当拳の稽古は見物人に囲まれるが、田舎から来た芸人でも見ているような感じだった。何となく、見世物になっているようで情けなかった。
 将軍様に近づく手立てはなかなか見つからなかったが、首里(すい)の都作りの参考になる事は色々と見つかった。まず、道を整備して、どこからでも首里に行けるようにしなければならない。そして、井戸ももっと増やした方がいい。京の都にはあちこちに井戸があって、人々の暮らしの役に立っていた。お寺を建てる事は以前から思っていたが、少なくとも十のお寺を建てて、『首里十刹(すいじっさつ)』と名付けようと決めた。大きなお寺には立派な庭園があった。池があって、様々な樹木が植えてあり、大きな石なども並べてある。そんな庭園も造らなければならない。それと、神社に見られる少し飛び出した唐破風(からはふ)と呼ばれる屋根は美しく、首里の百浦添御殿(むむうらしいうどぅん)の正面に作りたいと思った。それを作るにはヤマトゥの大工を連れて行かなければならない。ジクー禅師に頼んで、探してもらう事にした。
 サハチはウニタキと一緒に栄泉坊を連れて北山第の七重の塔を見に行った。こんなにも高い塔は無理だが、ヤマトゥ風の塔首里に作りたかった。サハチは栄泉坊に七重の塔を詳しく描くように頼んだ。
 塔を見上げながら、「登ってみたいな」とウニタキが言った。
「登れるか」とサハチが聞いた。
「登れる」と言ってウニタキは笑った。
「ファイチを誘って登ってみるか」とサハチは言ったが、「またササに感づかれそうだな」と笑った。
「博多の呑碧楼(どんぺきろう)のように簡単にはいかんぞ。見つかれば、逃げるのは難しい。関係していた一文字屋も潰されてしまうだろう」
「それはうまくないな」
琉球使者として来れば、将軍様が案内してくれるだろう」
「来年まで我慢するか」
「来年も来るつもりなのか」
「来られれば来たい」
 ウニタキはうなづき、「来られればいいな」と言った。
 一文字屋に帰るとみんなが驚いた顔をして、サハチとウニタキを待っていた。
「大変なのよ」とササが言った。
「何があったんだ」とサハチは皆の顔を見回した。
「『高橋殿』から招待されたのよ」
「えっ、何だって?」
「サハチ師兄(シージォン)とウニタキ師兄とファイチ師兄の三人が高橋殿に招待されたんですよ」とンマムイが言った。
「俺とウニタキとファイチ? 高橋殿は俺たちの名前を知っているのか」
「名前は知らないようだけど、島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)殿、三星大親(みちぶしうふや)殿、久米村長史(くみむらちょうし)のファイチ殿って言ってきたわ」
「どうして、そんな事を知っているんだ」
 ササも皆も首を傾げた。
「招待されたからには行った方がいい」とジクー禅師が言った。
「高橋殿は琉球の事を調べているようじゃ。もしかしたら、将軍様琉球と交易したいと思っているのかもしれない」
琉球の事を調べると言ったって、どうやって調べたのだろう。高橋殿というのは、そんなにも力を持っているのですか」
「ヤマトゥには山の民(たみ)とか川の民とかいう者たちがいる。高橋殿の出自は芸人じゃ。芸人たちは山の民とつながっている。北山殿の側室となって権力を得た高橋殿は山の民たちを使って、各地の情報を集めているのかもしれん。そういう組織を持っているから、将軍様も高橋殿を大切に扱っているのかもしれんのう。高橋殿を味方に付ければ、今後のヤマトゥとの交易にも損になる事はあるまい」
 サハチ、ウニタキ、ファイチの三人は高橋殿の屋敷に向かった。場所は以前に調べてあるので知っていた。高い塀に囲まれた広い屋敷を眺めながら、会ってみたいと思っていたが、招待されるなんて思ってもいない事だった。門番に名前を告げる前に門が開いた。綺麗な着物を着た二人の若い女が出迎えてくれた。一文字屋がお女中と呼んでいた使用人たちだろう。お女中の案内で、色々な花が咲いている綺麗な庭を通って、豪華な屋敷に案内された。
「日が暮れる頃、歓迎の宴(うたげ)を催しますので、それまでゆっくりしていて下さい」と言って、二人のお女中は去って行った。
 日が暮れるまで、まだ一時(いっとき)(二時間)近くはありそうだ。
 ウニタキが碁盤を見つけて、ファイチと勝負を始めた。サハチはそれを見ていたが、見ていてもつまらんと庭に下りて散策した。よくできた庭園だった。池の中に小さな島があって赤い橋が架かっていた。サハチは橋を渡って島に行ってみた。池の中を覗くと魚が泳いでいた。一尺近くもある綺麗な魚だった。
 池から離れて珍しい花や木を眺めながら、しばらく歩くと舞台があった。一流の芸人たちがここで芸を見せるのだろう。舞台の前にある屋敷には人影はなかった。高橋殿を囲んで、高貴な女たちが縁側に並んで舞台を眺めるに違いない。
 庭にあった手頃な石に腰を下ろすと、サハチは腰に差していた一節切(ひとよぎり)を口に当てて吹き始めた。
 笛の音には京都で感じた様々な思いが込められていた。
 ササがスサノオの神様から聞いた話によると、京都は六百年以上の歴史があるという。ササは何度も船岡山に行って、神様の声を聞いていた。六百年の間には、何度も戦(いくさ)があり、何度も疫病が流行り、何度も火災が起こり、何度も川の氾濫があり、何度も干魃(かんばつ)に見舞われたりして、多くの人々が亡くなっていた。災難が起こる度に人々は偉大なる神様スサノオに縋(すが)ってきた。スサノオは厄払いの神様となって祇園社(ぎおんしゃ)(八坂神社)や今宮神社に祀られ、武神となって八幡神社に祀られ、海の神様となって住吉神社に祀られ、京の都を守っている。サハチは無心になって、スサノオに捧げる曲を吹いていた。
 突然、舞台に女が現れたかと思うと、サハチの笛の音に合わせて踊り出した。美しい女は長い黒髪を振り乱しながら華麗に舞っていた。夢でも見ているのだろうかと思いながら、サハチは一節切を吹き続けた。
 スサノオが女の姿になって現れたのか。いや、スサノオではなくて、娘のアマテラスだろうか。アマテラスは伊勢の神宮に祀られているという。将軍様伊勢の神宮に行った。アマテラスは天皇家の御先祖様だった。将軍様はなぜ、伊勢の神宮に行ったのだろうか‥‥‥
 サハチは舞台で踊っている美女を見つめながら、一節切を吹いていた。美女の舞は見事だった。サハチの奏でる笛の音と完全に一つになっていた。いつしか、美女の舞とサハチの一節切は素晴らしい掛け合いをしていた。美女の舞が激しくなるとサハチの一節切も負けずと激しさを増し、サハチの一節切が優しい調べを奏でると美女の舞もしなやかで可憐な舞となった。美女はまるで天女のように、きらびやかに舞っていた。やがて、天女が上空に去って行くとサハチの笛の音も静かに消えて行った。
 サハチは一節切を口から離した。
 いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。舞台の中は薄暗く、人の気配はなかった。やはり、夢でも見ていたのだろうかとサハチは思った。
「素晴らしかったわ」と声がした。
 舞台の脇から美女が現れた。踊っていた美女だった。
 美女は美しい笑顔のままサハチに近づいて来た。
 サハチは思わず立ち上がって、美女を迎えた。
「あなた、誰?」と美女は聞いた。
 サハチが答えようとすると、
「誰でもいいわ。あなたの一節切、気に入ったわ」と笑った。
「とても幽玄(ゆうげん)だったわ」
「幽玄とは何ですか」とサハチは聞いた。
「幽玄とは、言葉では言えない素晴らしいものなのよ。芸事には必ず必要なものなの」
 美女はサハチを見つめながら近づいて来て、サハチの首の後ろに手を回すようにして抱き付いた。美女からはいい匂いが漂っていて、胸の鼓動が感じられた。サハチの唇に自分の唇を重ねると、「またあとで」と言って闇の中に消えて行った。
 サハチはあとを追ったが、美女の姿はどこにも見当たらなかった。空を見上げると、半分に欠けた月が笑っているように見下ろしていた。
 案内された屋敷に戻るとウニタキもファイチもいなかった。碁盤を見ると勝負の途中だった。人の気配がして顔を上げると、この屋敷に案内してくれたお女中がいて、「皆様、お待ちでございます」と言って、先に立って歩いて行った。
 サハチはお女中のあとに従った。所々に明かりの灯った廊下をいくつも曲がって、着いた広い部屋にウニタキとファイチはいた。庭の方を見ると舞台があった。サハチが先程までいた舞台だった。あの時、屋敷には誰もいなかった。丁度、入れ違いのようにウニタキとファイチはこの部屋に来たのだろうか。
「何をやっていたんだ」とウニタキが聞いた。
「一節切を吹いていたんだが、聞こえなかったか」とサハチは聞いた。
囲碁をやっている時は聞こえたが、ここに来たら聞こえなくなった」とウニタキは言った。
 二人の前にはお膳があって、二人は酒を飲んでいた。
 サハチが座ると、お女中がお膳を持って現れた。サハチも酒を飲んだ。当然の事だが上等な酒だった。綺麗に並べられた料理も上等だ。豪華な屋敷で豪勢に暮らしている高橋殿とは一体、どんな女なのだろう。舞台で舞った美女も高橋殿が贔屓(ひいき)にしている芸能一座の舞姫に違いない。「またあとで」と言ったが、高橋殿はあの舞姫をサハチたちに披露するために呼んだのかもしれない。
「俺たち三人が呼ばれた理由は何なんだ」とウニタキが聞いた。
 サハチは首を傾げてから、「俺たち三人が高橋殿と同年配だったからじゃないのか」と言った。
「高橋殿は三十の半ばだと言っていたな。確かに同年配だが、同年配の者を集めて、一緒に酒でも飲もうというのか」
「歓迎の宴を開いてくれるというのだから、きっとそうでしょう」とファイチは言った。
琉球の話を聞きながら酒が飲みたいだけか」とサハチが言うと、
「もしかしたら、何か欲しい物でもあるんじゃないのか」とウニタキが言った。
「シビグァー(タカラガイ)が欲しいのかもしれない。ヤマトゥの女子(いなぐ)たちの間で流行っているのかもしれない」
「まさか」とウニタキとファイチが同時に言った時、着飾った女が二人、しずしずと現れた。二人とも美人だった。年上の方が高橋殿なのかもしれない。
「もう少しお待ちになって下さい」と年上の女が言った。
 若い方の女がファイチに明の言葉で何事かを言った。ファイチは驚き、明の言葉で女に話しかけた。
 明の言葉ができる女が、この屋敷にいるなんて驚きだった。高橋殿は何もかも持っているに違いない。
「陳外郎殿の娘さんでした」とファイチが言った。
「ウメという名で、母親はヤマトゥンチュです。サムレーに嫁いだけど戦死してしまって、高橋殿にお仕えしているとの事です」
「わたくしはタケと申します。わたくしの主人も亡くなってしまい、時折、高橋殿をお訪ねしております。今回、珍しいお客様がいらしたとの事で、お呼ばれいたしました」
 タケが二十代の後半、ウメが二十代の半ばに見えた。
「高橋殿とはどんなお方ですか」とウニタキがタケに聞いた。
「本当のお名前はマツと申します。お酒がお好きで、かなり強いです。お伊勢参りで気疲れしたので、今夜はゆっくりとお酒を楽しもうとおっしゃっておりました」
「高橋殿は小太刀(こだち)の名人でもあります」とウメが言った。
将軍様の御指南役の中条兵庫助(ちゅうじょうひょうごのすけ)殿も驚く程の腕を持っています」
「そういうお前もかなりの腕のようだな」とウニタキがウメに言うと、
「高橋殿にはかないませんよ」と言って笑った。
 高橋殿の話をしながら酒を飲んでいると、ようやく、主人が現れた。その顔を見て、サハチは驚いた。サハチの一節切に合わせて舞台で踊っていた美女だった。
「お待たせいたしました」と言って高橋殿はサハチの正面に座った。
「先程は失礼いたしました」
 そう言ってサハチに笑うと、ウニタキとファイチを見て、「今宵はお楽しみ下さい」と言った。
 高橋殿があんなにも見事な舞を舞うなんて信じられなかった。一流の芸人と言ってもいい舞だった。そして、あの柔らかい身のこなしは確かに小太刀の名人に違いない。ササは三十代の半ばだと言っていたが、どう見ても三十前だった。
 お女中たちがお膳を運んできて、サハチたちのお膳を交換し、三人の女たちの前にもお膳を並べた。お膳を挟んで、サハチの前に高橋殿、ウニタキの前にタケ、ファイチの前にウメが座った。
「遠い所からよくいらしてくれました。大歓迎いたします」
 高橋殿がそう言って、みんなで乾杯をした。
「わたしたちの名をどうしてご存じなのですか」とサハチは高橋殿に聞いた。
 高橋殿は美しい笑顔を見せて、「あなたの奥方様のお陰で、琉球の事を色々と調べさせていただきました」と言った。
「マチルギのお陰?」
「去年の六月、あなたの奥方様は博多にいらっしゃいました。琉球から来た女たちが博多をうろうろしていると噂になって、その噂がわたしのもとに届いたのは丁度、北山殿の四十九日の法会の頃でした。その時は何かと忙しくて、ただ、様子を探るようにと指示を出しただけでした。そして、七月の半ば頃、あなたの奥方様は対馬に行かれました。その頃になるとわたしも余裕ができて、琉球の事を調べました。九州探題の渋川殿やウメのお父上からも話を聞きました。琉球が明国と交易をしている事をわたしは初めて知りました。明国の商品を求めて、九州の松浦党(まつらとう)の者たちが琉球に行っている事も知りました。わたしは琉球の事をもっと知ろうと思って、配下の者を琉球に送る事にしたのです」
「えっ、配下の者が琉球に行ったのですか」とサハチは驚いた顔で高橋殿を見つめた。
「あなたの奥方様と一緒に琉球に行ったのです。熊野の山伏が一緒に乗っていたはずですが、ご存じではありませんか」
 対馬から山伏を連れて来たとシンゴから話は聞いていた。シンゴの船に乗ってヤマトゥンチュが琉球に来るのは珍しい事ではなかった。山伏や僧侶、サムレーなどがやって来る。シンゴから話は聞くが、特に重要な人物以外は一々会ってはいなかった。その山伏は半年間、琉球を旅して周り、今回、シンゴの船に乗ってヤマトゥに帰っていた。シンゴの船に乗っていたイハチとクサンルーが、その山伏からヤマトゥ言葉を教わったと言っていたが、気にも止めなかった。
「その山伏がわたしたちの事を調べたのですね」
 高橋殿はうなづいた。
「あなたが琉球中山王の跡継ぎだという事もわかりました。あなたたち三人が一緒に明国に行った事もわかりました。今回も三人は一緒に来ています。あなたたち三人が琉球の重要人物に違いないと思って、御招待したのでございます」
「招待の目的は何ですか」とサハチは聞いた。
「その前に、あなたたちが京都に来た目的をお教え下さい。今回、あなたたちは朝鮮との交易に来たはずです。前回とは違って、大きな船でやって来たと聞いております。その大きな船は博多港に入って、九州探題と交易をしているようですが、あなたたちは別行動をとって京都までやって来られました。どうしてでしょうか」
琉球と日本、国と国との交易をしたいと願っております」
「国と国というのは、琉球中山王と将軍様の取り引きの事ですね」
「そういう事になります」
 高橋殿は少し考えるような仕草をしてから、サハチを見てうなづいた。
「あなたたちのお力になれるように努力してみましょう」
「ありがとうございます」とサハチはお礼を言った。
「お腹がへりました」と高橋殿は笑って、「皆さんも召し上がって下さい」と言った。
 サハチたちはおいしい料理をつまみながら、上等な酒を飲み、高橋殿が話すお伊勢参りの話を聞いていた。
 どうして、伊勢の神宮に行っていたのですかとサハチが聞くと、
将軍様は時々、京都を離れたくなるのですよ。わたしもそうですけどね」と笑った。
 サハチは父の思紹(ししょう)を思い出した。どこの王様も自分の居場所から逃げ出したいようだと思った。
 タケが言ったように、高橋殿は酒が強かった。いくら飲んでも酔ったような様子はなく、サハチたちから琉球の話を聞いては楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

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