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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-88.与論島(第一稿)

尚巴志伝 第二部

 伊平屋島(いひゃじま)と与論島(ゆんぬじま)に兵を送り出した次の日の午後、ヤマトゥへ行く交易船の準備を終えたサハチは龍天閣(りゅうてぃんかく)の三階にいる思紹(ししょう)を訪ねた。
 思紹はウニタキが送ってよこした与論島の絵図を見ていた。イーカチから習ったのか、ウニタキが描いた絵図はかなりうまくなっていた。


 三か月前の二月十日に首里(すい)を発ったウニタキは、十二日に辺戸岬(ふぃるみさき)の近くにある奥(うく)というウミンチュの村(しま)に着いた。連れて来た三人の配下の内の一人、ウクシラーは奥生まれのウミンチュで、久し振りの帰郷を喜び、ウニタキたちはウクシラーの家族に歓迎された。
 風待ちをして、与論島に渡ったのは十五日だった。ウクシラーの兄は何度も与論島に渡っていて島の事に詳しく、与論島で鮫皮を作っているサミガー親方(うやかた)を知っていた。
 サミガー親方は、ウニタキが勝連(かちりん)にいた頃、馬天浜(ばてぃんはま)のサミガー大主(うふぬし)のもとに連れて行き、鮫皮作りの修行をさせた男だった。一年間、修行を積んで帰って来たその男を与論島に送ってサミガー親方を名乗らせ、勝連のために鮫皮を作らせたのはウニタキだった。与論島が山北王(さんほくおう)に奪われた時、殺されてしまったのではないかと心配したが、生きていると聞いてウニタキは天に感謝をした。サミガー親方がいれば、与論島の状況も詳しくわかり、与論ヌルともすぐに会えるだろう。
 ウクシラーの兄の小舟(さぶに)に乗って、ウニタキたちはサミガー親方がいる瀬利覚(りっちゃく)(立長)の砂浜に着いた。ウクシラーの兄に連れられて鮫皮の作業場に行き、ウニタキは二十年振りにサミガー親方と再会した。ウニタキはすぐにわかったが、相手はわからないようだった。ウニタキが名乗ると、サミガー親方は驚いた顔をして、ウニタキをじっと見つめた。
「本当に若様(うめーぐゎー)なのですか」とサミガー親方が聞いた。
 ウニタキは笑ってうなづき、「親方の名はタクで、フニという可愛い娘がいただろう」と言った。
「若様‥‥‥」と言って急に涙ぐみ、「生きていらっしゃったのですか」と言って涙を拭いた。
「妻と娘は亡くなったが、俺だけは生き延びたんだ。そして、今はもう若様ではない。ただのウミンチュだ。ウニタキと呼んでくれ」
 ウニタキはウクシラーの兄にお礼を言い、三人の配下の者に島の様子を見てこいと言った。ウクシラーの兄が案内すると言って三人を連れて行った。ウニタキはサミガー親方と積もる話を語り合った。
 十五年前の夏、突然、山北王の兵が攻めて来て、与論按司(ゆんぬあじ)の一族が殺された時は悲惨だったという。
按司様(あじぬめー)も若按司様(わかあじぬめー)も、若按司様の子供たちもみんな殺され、重臣たちも殺されました。山北王の兵はヤマトゥンチュの船を装って来て、上陸すると刀を抜いて、グスクに攻め込んだのです」とサミガー親方は言って、当時を思い出したのか苦しそうな顔付きで首を振った。
「親方が無事でよかった。グスクは簡単に落ちてしまったのか」
「余りにも突然だったため、グスクを守る兵も少なく、ほとんど反撃もしないうちに落ちてしまいました。当時の按司様は二代目で、戦(いくさ)なんて知らずに、この平和な島で育ちました。勝連は中山王(ちゅうさんおう)と強く結びついていましたから、与論島に攻めて来る者などいないと安心していたのでしょう。あっけないくらい簡単にグスクは落ちてしまいました。ただ、按司が来る前からこの島に住んでいた大里(うぷざとぅ)の一族がいるんですが、その者たちが反撃をして、山北王の兵を苦しめました」
「大里の一族というのは琉球から来たのか」
「そうです。グスクの近くに朝戸(あしとぅ)という集落がありますが、その一族が住んでいます。勝連から按司が来た時に、一族のお頭だったニッチェーは按司を助けて重臣となりました。当時のニッチェーから四代目のニッチェーが山北王の兵と戦ったのです。残念ながら戦死してしまいましたが、山北王の兵たちもかなりの犠牲が出たはずです。サムレー大将だったニッチェーと弓矢の名手だった妹のインジュルキは伝説となって語り継がれています」
「今はどうなんだ。ちゃんと守りを固めているのか」
「今の按司様はここに来るとすぐにグスクを石垣で囲って強化しました。勝連の兵が取り戻しにやって来ると思っていたのでしょう。しかし、勝連の兵が攻めて来る事もなく、あれから十年以上が経っています。今では山北王は永良部島(いらぶじま)、徳之島(とぅくぬしま)も支配下に置き、奄美大島(あまみうふしま)を攻めています。山北王を恐れて、誰もここには攻めて来ないと安心しているのではないのでしょうか」
「そうか」とウニタキはうなづき、「子供たちは皆、元気か」と聞いた。
「はい、元気です。長男も次男も海に潜るのが好きで、立派に跡を継いでくれるでしょう」
「娘はもう嫁いだのか」
「はい、二人とも嫁ぎました」
「この島から出て行ったのか」
「いえ、次女はカマンタ(エイ)捕りに嫁いだのでこの浜にいます。長女は‥‥‥」と言って、親方は口ごもった。
「フニちゃんがどうかしたのか」
「実はグスクの中にいるのです」
「えっ、按司の倅に嫁いだのか」
「そうではなくて、無理やり、按司の側室にされたのです。わしがこの島から出て行かないように人質として連れて行かれたのです」
「そうだったのか。フニちゃんが側室になったのか」
「当時はフニも悲しんでおりましたが、今では二人の子供もできて、何とか楽しくやっているようです」
「そうか。時々、会ってはいるのか」
「はい。わしらがグスクに行く事もありますし、フニが子供を連れてやって来る事もあります」
按司もフニの事を信用しているのだな」
「側室になってからもう十年以上も経ちますからね」
「そうか。俺も会ってみたいものだ」
「ところで、若様はどうして、この島にいらしたのです」とサミガー親方は聞いた。
 ウニタキは本当の事を話していいものか迷った。与論按司の側室となった娘によって、サミガー親方は与論按司とつながっているのかもしれなかった。
 妻と娘を殺されて、生きているのがいやになって、死のうとしたが死にきれずにウミンチュに助けられた。その後はウミンチュとして暮らしていたが、ちょっとした騒ぎを起こしてしまい、仲間と一緒に逃げて来たとウニタキは説明した。
「すまんが、ほとぼりが冷めるまで、しばらく、ここに置いてくれ」
「勝連には戻らなかったのですか」とサミガー親方は聞いた。
「帰れないと思ったんだよ。俺の妻は中山王の孫娘だった。妻と娘を殺され、自分一人だけが生きて帰ったら、中山王から責められるだろう。兄貴たちも俺を責めるに違いない。そんな所に帰っても、俺の生きる道はないと思ったんだよ」
「そうでしたか‥‥‥わかりました。ほとぼりが冷めるまで、お世話いたします」
 サミガー親方に連れられてウニタキは与論ヌルに会いに行った。与論ヌルの名は与論按司の娘に譲って、今は麦屋(いんじゃ)ヌルと名乗っているという。
 東側の方に切り立った崖がずっと続いていて、与論グスクは崖の上にあった。麦屋ヌルはグスクの向こう側にある麦屋の集落にいるらしい。与論島はほとんど平らで、山というものはなかったが、なぜか坂道が多かった。崖が途切れる所まで行き、右に曲がってグスクの方に向かった。グスクの回りには家々が建ち並び、その集落の東側に麦屋の集落があった。
「グスクの周りには按司の家臣たちが住んでいます。麦屋に住んでいる者たちは、古くからこの島に住んでいる者が多く、麦屋ヌルは先代の麦屋ヌルに頼まれて跡を継ぐ事になったのです」
 麦屋ヌルの家は回りの家と変わらない粗末な家だった。声を掛けたが返事はなく、麦屋ヌルはいなかった。近所の者に聞くと、浜辺だろうと言った。近くの浜辺に行ってみると麦屋ヌルは子供たちと遊んでいた。
「麦屋ヌルは子供たちに読み書きを教えているのです」とサミガー親方は言った。
 よく見ると子供たちは棒きれを持って砂に字を書いていた。麦屋ヌルはウニタキたちに気づくと軽く頭を下げて、子供たちに、ひと休みしましょうと言って近づいて来た。
 子供たちがわーいと言いながら海の方に走って行った。
「親方、何か御用ですか」と言いながら麦屋ヌルはウニタキを見た。
 ウニタキも麦屋ヌルを見ながら、十一歳の頃の面影が残っていると思った。当時も可愛かったが、今も美人だった。ただ、家族を殺されたせいか、暗い影が漂っていた。
「お久し振りです、マトゥイ」とウニタキは言った。
「えっ」と麦屋ヌルは驚いた顔で、ウニタキを見た。両親と兄が亡くなってから、マトゥイと呼ばれる事は一度もなかった。
 麦屋ヌルはウニタキの顔をじっと見つめて、「ウニタキなの?」と聞いた。
 ウニタキは笑ってうなづいた。
「本当なの? 生きていたのね」と言いながら、麦屋ヌルの目から涙が急に溢れ出した。
 麦屋ヌルは子供たちを帰して、ウニタキを家に連れて行くと、どうして生きているの、今まで何をしていたのと質問攻めにした。話が長くなりそうだと思ったサミガー親方は先に帰って行った。
 ウニタキはサミガー親方に説明したのと同じ事を麦屋ヌルに言った。麦屋ヌルを信用したいが、今はまだ本当の事は言えなかった。
 ウニタキがウミンチュだと知って麦屋ヌルは驚いた。自分を助けに来てくれたのに違いないと思っていた麦屋ヌルはがっかりした。
「ちょっとした騒ぎって、人を殺(あや)めてしまったの?」と麦屋ヌルは聞いた。
「いや、殺してはいないよ」
「そう‥‥‥」と言って麦屋ヌルはウニタキを見て、軽く笑った。
 ウニタキが生きていたのは嬉しいが、以前のウニタキではなかった。妻と娘を殺されて、立ち直る事ができなかったようだと麦屋ヌルは思った。
 暗くなる前に、ウニタキは麦屋ヌルと別れた。あまり長居をすると噂になってしまい、与論按司に怪しまれてしまう。
 次の日、麦屋ヌルはサミガー親方の作業場にウニタキを訪ねて来た。ウニタキは麦屋ヌルを浜辺に誘って、歩きながら昔の思い出を話した。
「あたしもよく覚えているわ。勝連に行ったのはあの時が最初で最後になりそうね。あの時、会った人たちはほとんど亡くなってしまったのね」
「勝連は呪われているって噂になっていたよ。今は中山王の一族が按司になったようだ」
「そうなの‥‥‥あなたの噂も流れて来たのよ。中山王の孫娘があなたのお嫁さんになったって聞いた時は、あたし、ちょっと嫉妬したのよ。あなたが今帰仁(なきじん)の合戦で活躍したって聞いた時は、あたし、嬉しかったわ。あなたがいれば勝連も安泰だと思ったんだけど、あなたは山賊に襲われて亡くなってしまった‥‥‥あたし、ずっと悲しんでいたのよ。きっと、あなたがいなくなったから、山北王はこの島に攻めて来たんだわ」
「もう昔の事さ。今の俺は勝連とは関係ない。ただのウミンチュに過ぎないんだ」
「でも、あなたにもあたしにも勝連の血は流れているわ」
「血なんて関係ないよ。俺には高麗(こーれー)の血も流れている」
 麦屋ヌルは黙ってウニタキを見つめ、やがて海に視線を移した。
「お前だってわかるだろう。家族を失って、たった一人、生き残った者の気持ちは」
「わかるわ。あたしも死のうと思ったわ。でも、神様に止められたの。あたしはこの島のために生きていかなければならないってね」
「この島のために?」
「あたしはこの島で生まれて、この島で育ったの。ほかに行く所はないわ。この島のために生きていくしかないのよ」
「家族の敵(かたき)を討ちたいと思った事はないのか」
「あなたはどうなの? 家族の敵は討たないの?」
「討ちたかったさ。でも、相手は高麗の山賊で、さんざ暴れ回って高麗に帰っちまったんだ。怒りをぶつける相手はいなくなっちまったんだよ」
「あたしの敵は山北王よ。一体、どうやって、敵を討つの?」
「与論按司だって敵だろう」
「敵よ。でも、あの時、父や兄は戦死したけど、捕まった母や妹の家族を殺せと命じたのは湧川大主(わくがーうふぬし)だったのよ。若いけど残忍な男だったわ。山北王の弟だからって威張っていて、叔父の与論按司も湧川大主には逆らえなかったわ。与論按司なんかより、湧川大主を殺さなければ、家族たちは浮かばれないわ」
「湧川大主か‥‥‥名前は聞いた事があるが、そんなひどい男なのか」
「あなたの顔を見た時、あなたがこの島を取り戻しに来てくれたんだと思ったのよ」と言って麦屋ヌルは力なく笑った。
「俺にそんな力なんてないよ」
「そうよね。あなたも苦しんで来たんですものね」
 ウニタキたちはサミガー親方の作業場で働きながら、目立たないように行動して与論島の内情を探っていた。
 交易が行なわれる港は北西にあるアガサ泊(とぅまい)(茶花)で、夏になると琉球に向かうヤマトゥ船が何隻も入って来るという。
 与論グスクの石垣は二重になっていて、一の曲輪(くるわ)に按司の屋敷があり、二の曲輪にはサムレーたちの屋敷とヌルの屋敷があり、お祭りの時、二の曲輪は開放されるらしい。与論按司は四十半ばの年配の穏やかな人で、威張る事もなく島人(しまんちゅ)たちとも仲よくやっている。子供は五人いて、長女は与論ヌル、長男は若按司、次女は重臣の倅に嫁ぎ、十八歳の次男と十五歳の三女がいる。若按司の妻は永良部按司(いらぶあじ)の娘で、幼い子供が三人いた。
 与論按司の兵力は百人前後で、三つの組に分かれていて、一組はグスクを守り、一組はアガサ泊を守り、一組は非番で、それを四日交替でやっていた。二の曲輪内に的場があって、弓矢の稽古は怠りなくやっているらしい。
 ウニタキたちが与論島に来て、二か月が過ぎた。初めの頃、喧嘩をして琉球から逃げて来たウミンチュがサミガー親方のお世話になっているという噂が流れた。そんな噂もいつしか消えて、ウニタキたちは島人たちと楽しく過ごしていた。サミガー親方の所にいるウミンチュたちは出入りが激しく、夏になればカマンタを捕るために各地からやって来ていた。そういうウミンチュがちょっと早くやって来ただけの事なので、島人たちもそれほど気にしてはいなかった。勿論、与論按司もウミンチュの事など一々気にも留めなかった。
 流れ者のウミンチュの噂はすぐに消えたが、奇妙な楽器を鳴らして歌を歌うウミンチュとしての噂が広まり、ウニタキは有名になっていた。
 長い滞在になるので、ウニタキは三弦(サンシェン)を持って来ていた。仕事が終わったあと、浜辺で三弦を弾いて歌うと島人たちが集まって来て、一緒に酒を飲み、歌ったり踊ったりして楽しんでいた。
 麦屋ヌルも噂を聞いてやって来て、ウニタキの歌に驚いた。胸がジーンと来るような素晴らしい歌をウニタキは歌っていた。麦屋ヌルは涙を流しながらウニタキの歌に感動したり、島人たちと一緒に踊ったりして楽しい時を過ごした。
 麦屋ヌルは子供たちを連れて、よく遊びに来た。まだ海水が冷たくて、カマンタ捕りはできないので、仕事もそれほど忙しくはなく、ウニタキは子供たちに歌を聴かせてやっていた。麦屋ヌルも楽しそうに笑っていて、明るさを取り戻せてよかったとウニタキは思った。
 二ヶ月間、サミガー親方と麦屋ヌルもそれとなく探ってみたが、二人とも与論按司とのつながりはないようだった。サミガー親方の娘が側室になっているとはいえ、サミガー親方は鮫皮作りに専念していて、必要以上に与論按司に近づく事はなかった。麦屋ヌルはグスク内で儀式がある時に与論ヌルを助けるためにグスクに行くが、それ以外は麦屋の集落から出る事は滅多になかった。麦屋ヌルはヌルとして、麦屋の者たちから尊敬されているようだった。
 そろそろ本当の事を話してもいいだろうとウニタキは思い、麦屋ヌルを訪ねた。麦屋ヌルは海の近くの岩場にあるウタキでお祈りをしていた。気配で気づいたのか、麦屋ヌルは振り返ってウニタキを見た。お祈りを終えて立ち上がると、「そろそろ、帰るのですか」と聞いた。
「いや、もう少しいるよ」とウニタキは答えた。
 麦屋ヌルは軽く笑って、岩場から砂浜の方に降りて行った。ウニタキはあとに従った。
「ここは遙か昔に麦屋に住んでいる人たちの御先祖様が上陸した所なの」
「そうか。南(ふぇー)から来たんだな」と言ってウニタキは海の向こうに見える辺戸岬を眺めた。
「神様から聞いた話では、真玉添(まだんすい)という所から逃げて来た人たちらしいわ」
「なに、真玉添だって?」
 真玉添の事はウニタキもササから聞いて知っていた。
「その人たちの他にも、大里(うふざとぅ)という所から来た人たちもいて、その人たちは朝戸に住んでいるわ」
 その事はサミガー親方からも聞いていた。大里というのは島添大里(しましいうふざとぅ)で、先代の山南王(さんなんおう)(汪英紫)に滅ぼされた島添大里の残党がこの島まで逃げて来たのだろうかとウニタキは考えていた。
「大里から来たというのは三十年位前の事か」とウニタキは聞いた。
「もっとずっと前よ。あれだけの集落になったんだから百年以上は前の事よ」
「そうか」
 百年前にも島添大里では争いが起こったのかもしれなかった。
「ありがとう」と麦屋ヌルが突然、お礼を言った。
 何のお礼だろうと怪訝(けげん)な顔をして、ウニタキは麦屋ヌルを見た。
「あなたの歌に感動したわ。まるで、神様の声のようだったわ。あんな素晴らしい歌を歌えるなんて凄いわ。きっと、あの悲しみを乗り越えた結果なのね。あたし、家族が亡くなってから、本当の笑顔は忘れてしまったの。心の底から笑った事はなかったわ。でも、あなたの歌に合わせて踊った時、何もかも忘れて、心の底から笑う事ができたの。よくわからないけど、あの時、あたし、生まれ変わったような気がするの。何か新しい生き方ができるような気がするわ。あなたは、あたしを助けに来てくれたんじゃないってがっかりしたけど、間違っていたわ。あなたはあたしを助けに来てくれたのよ」
 麦屋ヌルはもう一度、ウニタキにお礼を言った。
「俺の歌がお前の心を開いてくれたなんて驚きだよ。俺が三弦を始めてから十年になる。始めた頃はみんなに笑われたが続けていてよかった」
「三弦て明国の楽器なんでしょ。そんな高価な物をどうやって手に入れたの?」
「浮島にある唐人(とーんちゅ)の村で手に入れたんだよ」
「へえ、そうだったの」
「マトゥイ、馬天(ばてぃん)ヌルを覚えているか」とウニタキは麦屋ヌルに聞いた。
「馬天ヌル‥‥‥覚えているわ。凄いヌルだと思ったわ。あたしもあんなヌルになりたいと思ったの。馬天ヌルを知っているの?」
「馬天ヌルは中山王の妹なんだよ」
「えっ!」
 ウニタキは海を眺めながら、山賊に襲われて佐敷に逃げ、その後、何をやって来たのかを麦屋ヌルに話した。
「そうだったの。そんな事があったの。お兄さんに命を狙われたなんて‥‥‥お兄さんはあなたの活躍を妬んでいたのね」
「俺を妬んでいた奴らはみんな死んでしまったよ」
「それじゃあ、あなたは今、中山王に仕えているのね?」
「そうだ。勝連按司も今は中山王の身内なんだ。今回、この島に来たのは、この島を奪い取るためなんだよ」
 麦屋ヌルはウニタキをじっと見つめて、「やっぱり、そうだったのね」と言った。
「勝連按司がこの島を取り戻すのね?」
「そうしたいんだが、それはもう少し待ってくれ。中山王は五年後に山北王を倒すつもりだ」
「えっ、山北王を倒すの?」
「そうだ」とウニタキはうなづいた。
「敵(かたき)を討ってくれるのね」
「山北王を倒せば、この島は勝連のものになる。今、山北王は伊平屋島(いひゃじま)と伊是名島(いぢぃなじま)を攻め取ろうとしているんだ。伊平屋島伊是名島には中山王の親戚がいる。それを防ぐために与論島を奪い取って、与論島は返すから、伊平屋島伊是名島から手を引くように約束させるためなんだ」
「えっ、奪い取ったあとに、また返すの?」
「そういう事だ。できれば与論按司もその一族も生け捕りにしたい。殺してしまうと山北王もうなづかなくなるからな」
「そんな事できるかしら」
「できるように、お前に力を貸してもらいたいんだ」
「あたしに何ができるの?」
「お前はグスクに入れるだろう」
「入れるけど‥‥‥」
「裏門を開けて、俺を中に入れてくれ。そうすれば、あとは何とかする」
「味方の兵をグスク内に入れるのね」
「そういう事だ」
 麦屋ヌルはウニタキの顔を見つめ、「やっぱり、あなたはあたしが思っていた通りのウニタキだったのね」と言った。
「あなたとこうして会っているなんて、まるで、夢のようだわ」
 麦屋ヌルは嬉しそうに笑ってから、真顔に戻って、「兵はいつ攻めて来るの?」と聞いた。
「五月だ。梅雨が明けた頃だろう」
「五月九日にお祭りがあるわ」
「お祭り?」
「初代の今帰仁按司(なきじんあじ)が亡くなった日で、毎年、グスクを開放してお酒やお餅を配っているわ。歌や踊りもあって、島人(しまんちゅ)たちも楽しみにしているお祭りなのよ。ヤンバルの人たちも来るわ」
「グスクを開放するのか」
「二の曲輪を開放して、舞台もできるのよ」
「そいつは都合がいい」とウニタキはにやりと笑った。
「あなたの三弦も舞台で弾けばいいわ」
「飛び入りもいいのか」
「大歓迎よ」
 ウニタキはサミガー親方にも本当の事を話し、与論島の絵図と書状を持たせて、配下のサティを首里に送った。


 思紹が見ていた絵図はそれだった。
「うまく行きましたかね」とサハチは思紹に言った。
「そうじゃのう。計画通りに行けば、今頃はもう、与論グスクを奪い取ったかもしれんのう」
与論島に行ってみたいのですが、行ってもいいですか」
 思紹は顔を上げてサハチを見ると、ニヤッと笑って、「どうせ、すぐに山北王に返す事になるから、今のうちに行ってこい。いい島だぞ」と言った。
 サハチは思紹にお礼を言うと、部屋から飛び出して行った。北曲輪(にしくるわ)の厩(うまや)に行くと、ササ、シンシン、ナナの三人がいた。
「ねえ、どこに行くの?」とササが笑いながら聞いた。
与論島だ」
「あたしたちも行く」とササは言った。
「お前たちはヤマトゥ旅に行くんだろう」
与論島から乗り込むわ」
「平田大親(ひらたうふや)(ヤグルー)には言ってあるのか」
「奥方様(うなじゃら)(マチルギ)に言ってあるから大丈夫よ」
 サハチは笑って、「行くぞ」と言った。
 三人は喜んで馬に跨がり、サハチのあとに従った。

 

 

 

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目次 第二部

目次

尚巴志伝 第二部

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このイラストはは和々様よりお借りしました。



  1. 山田のウニウシ(第二稿)   護佐丸、尚巴志を頼って首里に行く。
  2. 胸のときめき(第二稿)   護佐丸、島添大里で恋をする。
  3. 恋の季節(第二稿)   サグルーとササ、山田で魂を抜かれる。
  4. キラマの休日(第二稿)   尚巴志夫婦、毎年恒例の旅で慶良間の島に行く。
  5. ナーサの遊女屋(第二稿)   中山王の家臣たちの懇親の宴。
  6. 宇座の古酒(第二稿)   尚巴志、宇座の御隠居の倅と古酒を飲む。
  7. 首里の初春(第二稿)  中山王となった思紹の初めての正月。
  8. 遙かなる船路(第二稿)  尚巴志、ウニタキ、懐機、明国に行く。
  9. 泉州の来遠駅(第二稿)   明国に着いた尚巴志たちは来遠駅に落ち着く。
  10. 麗しき三姉妹(第二稿)   尚巴志たち、福州に行きメイファンと再会する。
  11. 裏切り者の末路(第二稿)   尚巴志たち、メイファンの敵討ちを助ける。
  12. 島影に隠れた海賊船(第二稿)   尚巴志たち、明の海賊船に乗る。
  13. 首里のお祭り(第二稿)   護佐丸、ササたちと祭りの警備をする。
  14. 富楽院の桃の花(第二稿)   尚巴志たち、明国の都、応天府に着く。
  15. 応天府の夢に酔う(第二稿)   尚巴志たち、最高級の妓楼で夢を見る。
  16. 真武神の奇跡(第二稿)   討伐軍を破って皇帝になった永楽帝
  17. 武当山の仙人(第二稿)   尚巴志たち、武当山で張三豊と出会う。
  18. 霞と拳とシンシンと(第二稿)   尚巴志とウニタキ、張三豊に武術を習う。
  19. 刺客の背景(第二稿)   馬天ノロ、刺客の正体を探る。
  20. 龍虎山の天師(第二稿)   尚巴志たち、道教の本山、龍虎山に行く。
  21. 西湖のほとりの幽霊屋敷(第二稿)   尚巴志たち、三姉妹と再会する。
  22. 清ら海、清ら島(第二稿)  三姉妹と張三豊が琉球に来る。
  23. 今帰仁の天使館(第二稿)   旅に出た張三豊たちが帰って来る。
  24. 山北王の祝宴(第二稿)   攀安知、志慶真の長老から今帰仁の歴史を聴く。
  25. 三つの御婚礼(第二稿)   サグルー、尚忠、護佐丸、妻を迎える。
  26. マチルギの御褒美(第二稿)   尚巴志、妻のマチルギにしぼられる。
  27. 廃墟と化した二百年の都(第二稿)   尚巴志、ウニタキと浦添に行く。
  28. 久高島参詣(第二稿)  思紹王、女たちを連れて久高島へ行く。
  29. 丸太引きとハーリー(第二稿)   尚巴志、豊見グスクでハーリーを見る。
  30. 浜辺の酒盛り(第二稿)   尚巴志、ヤマトゥに行くマチルギたちを見送る。
  31. 女たちの船出(第二稿)   マチルギたち、長い船旅を楽しみ博多に着く。
  32. 落雷(第二稿)   尚巴志、雷鳴を聞きながらマジムン退治を思い出す。
  33. 女の闘い(第二稿)   三姉妹の船が来て、メイユーとナツが会う。
  34. 対馬の海(第二稿)   マチルギ、対馬島でイトとユキに会う。
  35. 龍の爪(第二稿)   尚巴志、ウニタキ、懐機、朝鮮旅の計画を練る。
  36. 笛の調べ(第二稿)   久し振りに佐敷グスクから笛の音が流れる。
  37. 初孫誕生(第二稿)   尚忠の長男、尚志達、生まれる。
  38. マチルギの帰還(第二稿)   女たちがヤマトゥから無事に帰国する。
  39. 娘からの贈り物(第二稿)   尚巴志、マチルギから旅の話を聞く。
  40. ササの強敵(第二稿)   馬天ノロ、日代(ティーダシル)の石を探し始める。
  41. 眠りから覚めたガーラダマ(第二稿)   ササ、読谷山で古い勾玉を見つける。
  42. 兄弟弟子(第二稿)   尚巴志、兼グスク按司武当拳の試合をする。
  43. 表舞台に出たサグルー(第二稿)   サグルー、尚巴志の代理を見事に務める。
  44. 中山王の龍舟(第二稿)   ウニタキの新しい隠れ家が完成する。
  45. 佐敷のお祭り(第二稿)   尚巴志の一節切と佐敷ヌルの横笛に大喝采。
  46. 博多の呑碧楼(第二稿)   朝鮮旅に出た尚巴志たち、博多に着く。
  47. 瀬戸内の水軍(第二稿)   尚巴志村上水軍と塩飽水軍の頭領と会う。
  48. 七重の塔と祇園祭り(第二稿)   尚巴志たち、京都に着く。
  49. 幽玄なる天女の舞(第二稿)   尚巴志が一節切を吹くと美女が舞う。
  50. 天空の邂逅(第二稿)   尚巴志たち、七重の塔に登って感激する。
  51. 鞍馬山(第二稿)   尚巴志たち、鞍馬山で武術修行。
  52. 唐人行列(第二稿)   尚巴志、増阿弥の芸に感動する。
  53. 対馬の娘(第二稿)   尚巴志、イトと再会、ユキとミナミに会う。
  54. 無人島とアワビ(第二稿)   尚巴志、昔の顔なじみと再会する。
  55. 富山浦の遊女屋(第二稿)   尚巴志たち、富山浦(釜山)に渡る。
  56. 渋川道鎮と宗讃岐守(第二稿)   尚巴志九州探題対馬守護に会う。
  57. 漢城府(第二稿)   尚巴志たち、朝鮮の都に到着する。
  58. サダンのヘグム(第二稿)   尚巴志たち、ナナの案内で都見物。
  59. 開京の将軍(第二稿)   尚巴志たち、高麗の都に行く。
  60. 李芸とアガシ(第二稿)   尚巴志、李芸と会う。
  61. 英祖の宝刀(第二稿)   佐敷ノロ、神様の声を聞いて宝刀を探す。
  62. 具志頭按司(第二稿)   佐敷ノロ、お祭りでお芝居を上演する。
  63. 対馬慕情(第二稿)   尚巴志、家族を連れて舟旅に出る。
  64. 旧港から来た娘(第二稿)   尚巴志、旧港の施二姐と会う。
  65. 龍天閣(第二稿)  尚巴志、旧港の船を連れて琉球に帰る。
  66. 雲に隠れた初日の出(第二稿)   尚巴志、上間グスクの警固を強化する。
  67. 勝連の呪い(第二稿)   尚巴志の義兄サムが勝連按司になる。
  68. 思紹の旅立ち(第二稿)   思紹、張三豊と一緒に明国に行く。
  69. 座ったままの王様(第二稿)   佐敷大親とジクー禅師、ヤマトゥに行く。
  70. 二人の官生(第二稿)   尚巴志、明国に送る留学生を決める。
  71. ンマムイが行く(第二稿)   兼グスク按司、家族を連れて今帰仁に行く。
  72. ヤンバルの夏(第二稿)   兼グスク按司、家族を連れてヤンバルを巡る。
  73. 奥間の出会い(第二稿)   兼グスク按司、奥間で隠し事を聞いて驚く。
  74. 刺客の襲撃(第二稿)   兼グスク按司、ヤンバルの山中で襲われる。
  75. 三か月の側室(第二稿)   メイユー、尚巴志の側室になる。
  76. 百浦添御殿の唐破風(第二稿)   首里グスク正殿の改築が完成する。
  77. 武当山の奇跡(第二稿)   思紹、武当山で張三豊の凄さを知る。
  78. イハチの縁談(第二稿)   米須按司と玻名グスク按司が東方に寝返る。
  79. 山南王と山北王の同盟(第一稿)   山北王の娘が山南王の三男に嫁いで来る。
  80. ササと御台所様(第一稿)   ササ、伊勢神宮で神様の声を聞く。
  81. 玉依姫(第一稿)   ササ、豊玉姫のお墓で玉依姫の声を聞く。
  82. 伊平屋島と伊是名島(第一稿)   伊平屋島の親戚たちが逃げてくる。
  83. 伊平屋島のグスク(第一稿)   サグルーと尚忠と護佐丸、伊平屋島に行く。
  84. 豊玉姫(第一稿)   ヒューガの師匠、慈恩禅師が琉球に来る。
  85. 五年目の春(第一稿)   尚巴志、龍天閣で今年の計画を練る。
  86. 久高島の大里ヌル(第一稿)   ササ、神様から願い事を頼まれる。
  87. サグルーの長男誕生(第一稿)   兼グスク按司の新しいグスクが完成する。
  88. 与論島(第一稿)   ウニタキ、与論島に行き、与論ヌルと再会する。



主要登場人物

 

第一部 目次

目次 第一部

目次

尚巴志伝 第一部 月代の石

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このイラストはは和々様よりお借りしました。

 

  1. 誕生(最終決定稿)   尚巴志、佐敷苗代に生まれる。
  2. 馬天浜(最終決定稿)   サミガー大主とヤマトゥの山伏、クマヌ。
  3. 察度と泰期(最終決定稿)   浦添按司察度、過去を振り返る。
  4. 島添大里グスク(最終決定稿)   島添大里グスク、汪英紫に奪われる。
  5. 佐敷グスク(最終決定稿)   尚巴志の父、佐敷按司になる。
  6. 大グスク炎上(最終決定稿)   大グスク、汪英紫(島添大里按司)に奪われる。
  7. ヤマトゥ酒(最終決定稿)   早田三郎左衛門、馬天浜に来る。
  8. 浮島(最終決定稿)   尚巴志、早田左衛門太郎と旅に出る。
  9. 出会い(最終決定稿)   尚巴志、伊波按司の娘と剣術の試合をする。
  10. 今帰仁グスク(最終決定稿)   尚巴志、今帰仁に行く。
  11. 奥間(最終決定稿)   尚巴志、奥間村に滞在する。
  12. 恋の病(最終決定稿)   旅から帰った尚巴志、マチルギを想う。
  13. 伊平屋島(最終決定稿)   尚巴志、祖父の故郷に行く。
  14. ヤマトゥ旅(最終決定稿)   尚巴志、ヤマトゥへ旅立つ。
  15. 壱岐島(最終決定稿)   尚巴志、壱岐島で察度の噂を聞く。
  16. 博多(最終決定稿)   尚巴志、ヤマトゥの都を見て驚く。
  17. 対馬島(最終決定稿)   尚巴志、早田左衛門太郎の故郷に滞在する。
  18. 富山浦(最終決定稿)   尚巴志、高麗に行く。
  19. マチルギ(最終決定稿)   尚巴志の恋敵、ウニタキ現れる。
  20. 兵法(最終決定稿)   尚巴志、対馬で修行に励む。
  21. 再会(最終決定稿)   帰って来た尚巴志、マチルギと再会。
  22. ウニタキ(最終決定稿)   尚巴志、ウニタキと一緒に勝連グスクに行く。
  23. 名護の夜(最終決定稿)   尚巴志、マチルギと今帰仁に行く。
  24. 山田按司(最終決定稿)   尚巴志、マチルギの叔父、山田按司と会う。
  25. お輿入れ(最終決定稿)   マチルギ、尚巴志に嫁ぐ。
  26. 高麗の対馬奇襲(最終決定稿)   早田左衛門太郎の本拠地、高麗に攻められる。
  27. 豊見グスク(最終決定稿)   シタルー(汪応祖)、豊見グスクを築く。
  28. サスカサ(最終決定稿)   尚巴志とマチルギ、馬天ノロと旅に出る。
  29. 長男誕生(最終決定稿)   マチルギと馬天ノロ、神様になる。
  30. 出陣命令(最終決定稿)   察度、各按司に今帰仁征伐を命じる。
  31. 今帰仁合戦(最終決定稿)   中山王、山北王の今帰仁グスクを攻める。
  32. 次男誕生(最終決定稿)  尚巴志の次男(尚忠)と山田按司の次男(護佐丸)生まれる。
  33. 十年の計(最終決定稿)   尚巴志、佐敷按司(父)、鮫皮大主(祖父)と密談する。
  34. 東行法師(最終決定稿)   父が隠居して、尚巴志、佐敷按司となる。
  35. 首里天閣(最終決定稿)   察度、浦添按司を武寧に譲って隠居する。
  36. 浜川大親(最終決定稿)   ウニタキは妻子を殺され、シタルーは明に行く。
  37. 旅の収穫(最終決定稿)   奥間のサタルーと対馬のユキ。
  38. 久高島(最終決定稿) 尚巴志はマチルギに怒られ、ウニタキはチルーといい感じ。
  39. 運玉森(最終決定稿)   三好日向、尚巴志のために山賊になる。
  40. 山南王(最終決定稿)   承察度が亡くなり、若按司が山南王になる。
  41. 傾城(最終決定稿)   山南王、中山王の怒りを買って、汪英紫に攻められる。
  42. 予想外の使者(最終決定稿)   尚巴志夫婦、弟のマサンルー夫婦と旅をする。
  43. 玉グスクのお姫様(最終決定稿)   尚巴志、玉グスクと同盟を結ぶ。
  44. 察度の死(最終決定稿)   山北王のミンと奥間の長老も亡くなる。
  45. 馬天ヌル(最終決定稿)   馬天ノロ、御嶽巡りの旅に出る。
  46. 夢の島(最終決定稿)   早田左衛門太郎、慶良間の夢の島に行く。
  47. 佐敷ヌル(最終決定稿)  尚巴志の妹、マシューの気持ちとマカマドゥの決心。
  48. ハーリー(最終決定稿)   尚巴志夫婦と佐敷ノロ、ハーリーを見物。
  49. 宇座の御隠居(最終決定稿)   宇座の泰期が亡くなり、尚巴志夫婦は悲しむ。
  50. マジムン屋敷の美女(最終決定稿)  尚巴志、島添大里グスクに側室を入れる。
  51. シンゴとの再会(最終決定稿)   早田左衛門太郎、朝鮮に投降する。
  52. 不思議な唐人(最終決定稿)   尚巴志、懐機と出会う。
  53. 汪英紫、死す(最終決定稿)   懐機、旅から帰り、武術を披露する。
  54. 家督争い(最終決定稿)   達勃期と汪応祖が山南王の家督を争う。
  55. 大グスク攻め(最終決定稿)   尚巴志、大グスクを攻め落とす。
  56. 作戦開始(最終決定稿)   尚巴志、大グスクノロと再会する。
  57. シタルーの非情(最終決定稿)   達勃期、弟の汪応祖に敗れる。
  58. 奇襲攻撃(最終決定稿)   尚巴志、島添大里グスクを攻め落とす。
  59. 島添大里按司(最終決定稿)   尚巴志、島添大里按司になる。
  60. お祭り騒ぎ(最終決定稿)   尚巴志、城下の者たちと戦勝祝い。
  61. 同盟(最終決定稿)   尚巴志、山南王と同盟する。
  62. マレビト神(最終決定稿)   外間ノロと佐敷ノロにマレビト神が現れる。
  63. サミガー大主の死(最終決定稿)   神の声を聞いたウニタキ。
  64. シタルーの娘(最終決定稿)   山南王のお姫様の悩みと青い海
  65. 上間按司(最終決定稿)   明国の使者が二十年振りにやって来る。
  66. 奥間のサタルー(最終決定稿)   尚巴志、奥間ノロに魅了される。
  67. 望月ヌル(最終決定稿)   謎の爺さん、望月党を語る。
  68. 冊封使(最終決定稿)   首里の宮殿の儀式で、武寧と汪応祖、正式に王になる。
  69. ウニョンの母(最終決定稿)   ウニタキ、亡くなった妻の秘密を知る。 
  70. 久米村(最終決定稿)   尚巴志とウニタキ、懐機に呼ばれて久米村に行く。
  71. 勝連無残(最終決定稿)   勝連按司が奇病に倒れる。 
  72. 伊波按司(最終決定稿)   大きな台風が来て各地で被害が出る。
  73. ナーサの望み(最終決定稿)   ウニタキ、ナーサを味方に引き入れる。
  74. タブチの野望とシタルーの誤算(最終決定稿)  八重瀬按司、中山王と同盟する。
  75. 首里グスク完成(最終決定稿)   中山王と山南王の決戦が迫る。
  76. 首里のマジムン(最終決定稿)   尚巴志、首里グスクを奪い取る。 
  77. 浦添グスク炎上(最終決定稿)   浦添グスクは焼け落ち、亜蘭匏は消える。
  78. 南風原決戦(最終決定稿)   尚巴志、中山軍を壊滅させる。
  79. 包囲陣崩壊(最終決定稿)   達勃期は出直し、汪応祖は首里を攻める。
  80. 快進撃(最終決定稿)   尚巴志、中グスク、越来グスクを攻め落とす。
  81. 勝連グスクに雪が降る(最終決定稿)   尚巴志、勝連グスクを落とす。

 

尚巴志伝 第二部 目次

 

・尚巴志伝の年表

・第一部の主要登場人物

・尚巴志の略歴

・尚巴志の祖父、サミガー大主の略歴

・尚巴志の父、思紹の略歴

・馬天ヌル(馬天ノロ)の略歴

・中山王、察度の略歴

・中山王、武寧の略歴

・汪英紫の略歴

・山南王、汪応祖の略歴

・泰期の略歴

・クマヌの略歴

・三好日向の略歴

・早田左衛門太郎の略歴

・ウニタキの略歴

・懐機の略歴

・倭寇年表

第二部 主要登場人物

主要登場人物

サハチ       1372-1439  尚巴志。島添大里按司
マチルギ      1373-    尚巴志の妻。伊波按司の娘。
サグルー      1390-    尚巴志の長男。
ジルムイ      1391-    尚巴志次男。尚忠。
ミチ        1393-    尚巴志の長女。島添大里ヌル、サスカサ。
イハチ       1394-    尚巴志の三男。
チューマチ     1396-    尚巴志の四男。
思紹        1354-1421 中山王。尚巴志の父。
佐敷ヌル      1374-    尚巴志の妹、マシュー。シンゴと結ばれ娘を産む。
佐敷大親      1376-    尚巴志の弟、マサンルー。妻は奥間大親の娘。
平田大親      1378-    尚巴志の弟、ヤグルー。妻は玉グスク按司の娘。
与那原大親     1383-    尚巴志の弟、マタルー。妻はタブチの娘。
クルー       1388-    尚巴志の弟、妻は山南王シタルーの娘。
馬天ヌル      1357-    思紹の妹、尚巴志の叔母。
ササ        1391-    馬天若ヌル。父はヒューガ。母は馬天ヌル。
ヒューガ      1355-1470 三好日向。中山の水軍大将。
苗代大親      1360-    思紹の弟。サムレー総隊長。武術師範。
マカマドゥ     1392-    苗代大親の三女。マウシ(護佐丸)の妻。
クグルー      1386-    泰期の三男。苗代大親の娘婿。
サミガー大主    1356-    思紹の弟、ウミンター。
ウニタキ      1372-1433 三星大親。「三星党」の頭。
チルー       1368-    ウニタキの妻。尚巴志の母の妹。
イーカチ      1373-    「三星党」の副頭。絵画き。
ナツ        1381-    ウニタキの配下から尚巴志の側室になる。
シズ        1389-    ウニタキの配下。ササと一緒にヤマトゥに行く。
ヤールー      1385-    ウニタキの配下。サグルーを守っている。
ファイチ      1375-1453 懐機。明国の道士。尚巴志の客将。
サスカサ      1354-    ミチにサスカサを譲り、運玉森ヌルになる。
マウシ       1391-1458 真牛。山田按司次男尚巴志の甥。護佐丸。
マカトゥダル    1392-    護佐丸の妹。サグルーの妻。
マサルー      1364-    山田按司の家臣。
シラー       1391-    マサルーの次男
クマヌ       1346-    中グスク按司。中山の重臣。
美里之子      1362-    越来按司。中山の重臣。思紹の義弟。
當山之子      1365-    美里之子の弟。浦添按司になる。
クサンルー     1387-    當山之子の長男。浦添按司
カナ        1391-    當山之子の長女。浦添ヌル。
サム        1372-    後見役から勝連按司になる。伊波按司の四男。
ユミ        1392-    サムの長女。ジルムイ(尚忠)の妻。
ナーサ       1352-    首里の遊女屋「宇久真」の女将。
マユミ       1389-    「宇久真」の遊女。
宇座按司      1355-    泰期の次男。父の跡を継いで明国への使者となる。
シタルー      1362-1413  山南王。汪応祖
タルムイ(太郎思) 1385-1429  豊見グスク按司汪応祖の長男。妻は尚巴志の妹。
タブチ       1360-1414  八重瀬按司。シタルーの兄。
サイムンタルー   1361-1429  早田左衛門太郎。対馬島倭寇の頭領。
早田六郎次郎    1387-    左衛門太郎の跡継ぎ。妻はユキ。
ユキ        1388-    六郎次郎の妻。尚巴志の娘。母はイト。
イト        1372-    対馬島の女船長。ユキの母。
シンゴ       1372-    早田新五郎。左衛門太郎の弟。
早田五郎左衛門   1349-    左衛門太郎の叔父。朝鮮国の富山浦に住む商人。
早田丈太郎     1371-    五郎左衛門の長男。漢城府の津島屋の主人。
浦瀬小次郎     1375-    五郎左衛門の娘婿。
早田ナナ      1388-    早田次郎左衛門の娘。
サングルミー    1371-    与座大親。中山の進貢船の正使。
メイファン     1379-    張美帆。明国の海賊の娘。
メイリン      1374-    張美玲。メイファンの姉。
メイユー      1376-    張美玉。メイファンの姉。
ラオファン     1338-    黄敬。三姉妹の武術の師匠。
リェンリー     1376-    黄怜麗。ラオファンの娘。
ジォンダオウェン  1364-    鄭道文。三姉妹の配下の海賊。
ユンロン      1387-    鄭芸蓉。ジォンダオウェンの娘。 
リュウジャジン   1362-    劉嘉景。三姉妹の配下の海賊。
リィェンファ    1377-    楊蓮華。富楽院の妓楼『桃香滝』の女将。
ヂュヤンジン    1375-    朱洋敬。懐機の友。宮廷に仕える役人。
永楽帝       1360-1424  明国の皇帝。
リュウイェンウェイ 1389-    劉媛維。富楽院の最高級妓楼『酔夢楼』の妓女。
ファイホン     1379-    懐虹。懐機の妹。
ヂャンサンフォン  1247-    張三豊。武当山の道士で、武当拳の創始者。
シンシン      1390-    范杏杏。張三豊の弟子。
フカマヌル     1372-    外間ノロ。久高島のノロ。尚巴志の腹違いの妹。
奥間大親      1357-    ヤキチ。奥間から来た尚巴志の護衛役。中山の重臣。
平安名大親     1348-    勝連の重臣。ウニタキの叔父。
勝連ヌル      1369-    ウニタキの姉。
伊波按司      1363-    マチルギの兄。
山田按司      1365-    マチルギの兄。
攀安知       1376-1416  山北王。
涌川大主      1377-    攀安知の弟。
勢理客ヌル     1356-    アオリヤエ。攀安知の叔母。
アタグ       1355-    山北王に仕えるヤマトゥの山伏。
本部のテーラー   1376-1416  攀安知の幼馴染み。サムレー大将。
兼グスク按司    1378-    ンマムイ。武寧の次男。妻は攀安知の妹。
マハニ       1379-    兼グスク按司の妻。山北王、攀安知の妹。
ヤタルー師匠    1359-    阿蘇弥太郎。ンマムイの武術の師匠。
慈恩禅師      1350-1448  禅僧であり武芸者。ヒューガの師匠。
飯篠修理亮     1387-1488 武芸者。長威斎。
二階堂右馬助    1390-    慈恩の弟子。
一文字屋孫三郎   1361-    次郎左衛門の弟。坊津の一文字屋主人。
みお        1394-    一文字屋孫三郎の三女。
村上又太郎     1386-    村上水軍の頭領の長男。上関を守っている。
村上あや      1392-    村上又太郎の妹。
塩飽三郎入道    1358-    塩飽水軍の頭領。
一文字屋次郎左衛門 1355-    京都の一文字屋の主人。
まり        1394-    一文字屋次郎左衛門の三女。
高橋殿       1376-    足利義満の側室。道阿弥の娘。
対御方       1379-    足利義満の側室。高橋殿に仕えている。
平方蓉       1383-    陳外郎の娘。高橋殿に仕えている。
足利義持      1386-1428  室町幕府第四代将軍。
日野栄子      1390-1431  足利義持の奥方。
勘解由小路殿    1350-1410  斯波道将。将軍様の補佐役。
斯波左兵衛督    1371-1418  勘解由小路殿の嫡男。将軍様の補佐役。
中条兵庫助     1359-    将軍様の武術指南役。慈恩禅師の弟子。
中条奈美      1380-    中条兵庫助の娘。夫が戦死し、高橋殿に仕える。
外郎       1360-    陳宗奇。薬師。外交使節の接待役。
魏天        1350-    将軍様に仕える明国の通事。
栄泉坊       1389-    東福寺を追い出された画僧。
増阿弥       1368-    奈良の田楽新座の太夫。
一徹平郎      1355-    北野天満宮の宮大工。
源五郎       1359-    腕はいいが変わり者の瓦職人。
新助        1379-    龍ばかり彫っている等持寺の大工。
渋川道鎮      1372-1446  九州探題。勘解由小路殿の娘婿。
宗讃岐守貞茂    1364-1418  対馬守護。
平道全       1376-    宗貞茂の家臣。
宗金        1380-    博多妙楽寺の僧。
李芸        1373-1445  倭寇にさらわれた母親を探している朝鮮の役人。
シーハイイェン   1390-    施海燕。旧港宣慰司、施進卿の次女。施二姐。
ツァイシーヤオ   1390-    蔡希瑶。シーハイイェンの親友。
シュミンジュン   1342-    徐鳴軍。シーハイイェンの師匠。張三豊の弟子。
ワカサ       1364-    旧港の通事。若狭出身の倭寇
奥間の長老     1348-    ヤザイム。奥間大主。
奥間ヌル      1374-    奥間村のノロ。尚巴志の娘ミワを産む。
米須按司      1357-    武寧の弟。若按司の妻はタブチの娘。
玻名グスク按司   1358-    タブチの義兄。
イサマ       1375-    伊平屋島の田名大主の長男。田名親方の兄。
我喜屋大主     1359-    田名大主の弟。イサマの叔父。
サミガー親方    1361-    与論島で鮫皮を作っている親方。
麦屋ヌル      1373-    先代の与論按司の娘。ウニタキの従妹。

スサノオ            ヤマト国の大王。牛頭天王
豊玉姫             スサノオの妻。
玉依姫             スサノオ豊玉姫の娘。ヒミコ。アマテラス。
アマン姫            玉依姫の妹。アマミキヨ

 

2-87.サグルーの長男誕生(第一稿)

尚巴志伝 第二部

 三月十五日、勝連(かちりん)グスクでサムの息子、若按司のジルーと勝連ヌルの妹の娘、マーシの婚礼が行なわれた。サハチとマチルギ、馬天(ばてぃん)ヌル、ジルムイ夫婦が四歳になったジタルーを連れて勝連に行き、新婚夫婦を祝福した。新婚夫婦に男の子が生まれれば、勝連の血を引く若按司となるので、家臣たちも城下の者たちも喜んでいた。
 マーシの父親は武寧(ぶねい)の長男のカニムイだった。十歳の時、浦添(うらしい)グスクが焼き討ちに遭い、二人の兄と一人の弟が殺された。三人の妹がいたが、生き別れとなって、今、どうしているのかわからない。マーシは母と侍女とサムレーたちに守られて勝連に逃げて来た。
 マーシは浦添グスクの御内原(うーちばる)で生まれ、大勢の侍女たちに囲まれて、お姫様として育った。やがては父が中山王(ちゅうさんおう)となって、母は王妃になり、長女のマーシは浦添ヌルになるか、中山王と同盟を結んでいるどこかの若按司のもとに嫁ぐはずだった。
 浦添グスクが焼け落ちても、首里(すい)に新しいグスクが完成した。必ず、首里から迎えが来るに違いないと勝連で待っていたのに、父親も祖父も戦死して、首里グスクは奪われたと知らされた。平和だった日々が、あの日、浦添グスクが焼け落ちると共に消え去った。
 勝連グスクにも父を殺した新しい中山王の家臣が後見役としてやって来た。マーシと母は悲しみに暮れながら城下の屋敷で心細く暮らしていた。
 去年の二月、若按司が突然、病死してしまった。城下の者たちは勝連の呪いはまだ解けていないと騒いだ。マーシは勝連の呪いなんて知らなかった。話を聞いてみると、五年前の六月、奇病に罹って勝連按司と若按司夫婦が亡くなった。七月には、勝連按司を継いだ弟が若按司と一緒に、やはり奇病で亡くなった。そして、その跡を継いだ弟は翌年の二月、首里南風原(ふぇーばる)で戦死した。一族の者が次々に亡くなって、最後に残った若按司までが亡くなってしまった。勝連の呪いはまだ解けていないという。
 マーシは心配になって伯母の勝連ヌルに呪いの事を聞いた。もう呪いはないと伯母ははっきりと言った。恐ろしいマジムン(悪霊)は退治したので大丈夫、若按司が亡くなったのは呪いとは関係ない、ただの病(やまい)だと言った。マーシはホッと安心したが、とんでもない話が舞い込んできた。
 首里から来ている後見役の息子と一緒になってくれと大叔父の平安名大親(へんなうふや)から言われた。父と兄の敵(かたき)である中山王の家臣の息子に嫁ぐなんて考えられない事だった。マーシは耳をふさいで断った。
 マーシは母に説得された。あなたがお嫁に行かないと勝連の血は滅んでしまうと言われた。
「百年以上も代々続いて来た勝連按司の一族は滅んでしまうのよ。一族のために、あなたが男の子を産んで、その子を按司にしなければならないの。あなたは按司の母親として、勝連を守っていかなければならないのよ」
 按司の母親として勝連を守っていくという言葉にマーシの心は動かされた。勝連に来てから、何の望みもなく生きて来た。勝連に来たのは、一族を守るためだったのかもしれないと思ったマーシはお嫁に行く事を決心した。
 後見役は勝連按司になり、マーシの婚約相手は若按司となった。そして一年が過ぎ、婚礼の日を迎えたのだった。
 婚礼の日までの一年間で、マーシはジルーと仲よくなっていた。婚約が決まって、初めてジルーに会いに行った時、後見役の屋敷の庭では、娘たちが剣術の稽古に励んでいた。マーシは驚いて、木剣を振っている娘たちを見ていた。
 娘たちがどうして剣術の稽古をしているのかマーシにはわからなかった。浦添にはそんな娘はいなかった。
 娘たちに剣術を教えている女武芸者が、「あなたも一緒にやりますか」とマーシに声を掛けて来た。
 マーシはうなづいた。剣術を習って強くなれば、今まで諦めていた父や兄の敵(かたき)が討てるかもしれないと思った。
 マーサは初めて木剣を手にして、女武芸者に教わりながら木剣を振って汗を流した。
 娘たちは皆、家臣たちの娘で、マーシと同じくらいの年の子もいて、すぐに仲よくなった。娘たちの話から、女武芸者が後見役の奥方だと知って驚いた。奥方の方も突然現れた娘が息子の婚約者だと知って驚き、ジルーに会わせてくれた。
 ジルーは城下のはずれにある読み書きの師匠のクーシの屋敷に住み込んで勉学に励んでいた。今までもクーシから読み書きを習っていたが、急遽、若按司になったため、一人前の若按司になるために読み書きだけでなく、様々な事を教わっていた。
 マーシが初めて見たジルーは弓矢の稽古をしていた。勝連按司は代々弓矢の名手で、勝連按司になった後見役も今、弓矢の稽古に励んでいるという。母親にマーシを紹介されたジルーは驚いた顔をしてマーシを見て、「よろしくお願いします」と言って笑った。
 さわやかな笑顔だとマーシは思った。敵の息子を一目見てやろう。いやな奴でも勝連のためにじっと我慢しなければならないと思ってやって来たのだが、驚きの連続で、そんな事は忘れ、マーシは素直な気持ちで、「こちらこそ、よろしくお願いします」と言っていた。
 マーシは毎日、ジルーの母親のマチルーのもとに通って、娘たちと一緒に剣術を習い、時々、クーシの屋敷に顔を出して、ジルーと色々な事を話して過ごした。
 ジルーは若按司になる事に戸惑ったという。父は後見役に過ぎず、若按司按司になったら勝連を離れて首里に戻る。ジルーは船乗りになって、明国やヤマトゥに行こうと心に決めていたという。でも、若按司になったからには、この勝連の地を繁栄させなければならない。もっと交易に力を入れて、首里に負けない都にしなければならないと力を込めて言った。ジルーの話を聞きながら、マーシは過ぎた事は忘れて、ジルーと一緒に勝連のために生きようと思うようになっていった。
 婚礼の日、ジルーとマーシは仲睦まじく、祝福してくれる城下の者たちに挨拶をして回った。サハチとマチルギも、中グスク按司のクマヌも、いいお嫁さんをもらったなと喜んだ。
 勝連の婚礼から五日後の二十日、首里で丸太引きのお祭りがあり、シンシンが活を入れたお陰か、今年は久米村(くみむら)が優勝した。
 二十四日には、去年の十月に明国に行った進貢船(しんくんしん)が帰って来た。副使を務めたタブチ(八重瀬按司)は立派に役目を果たし、米須按司(くみしあじ)と玻名(はな)グスク按司も満足した顔付きで帰って来た。山南王(さんなんおう)は山北王(さんほくおう)と同盟を結んだが、米須、玻名グスク、八重瀬(えーじ)は攻めなかったと言うとホッとした顔で笑った。
 会同館(かいどうかん)で帰国祝いの宴が開かれ、タブチが明国から持ち帰った獅子舞(しーしまい)が披露された。明国の正月はあちこちで獅子が舞っているという。二人が一組になって獅子を演じ、大きな口を開けたり閉じたりしながら舞っている。笛と太鼓の音に合わせて、雄と雌の二匹の獅子が体をくねらせて舞い、尻尾を動かしたり、時にはひっくり返ったりして、見事なものだった。
「あれと同じ物をいくつも作って、来年の正月は大通りで舞わせればいい」とタブチは言った。
 サハチはタブチにお礼を言い、「来年は都らしい正月になりそうだ」と喜んだ。
 新(あら)グスクを貸してくれたお礼も言って、タブチから旅の様子を聞いた。永楽帝(えいらくてい)は去年の十一月に順天府(じゅんてんふ)(北京)から応天府(おうてんふ)(南京)に戻って来た。今、杭州(ハンジョウ)から順天府へ向かう大運河を造っていて、それが完成すれば船に乗ったまま、順天府まで行けるだろうという。歩いて一か月も掛かる距離を運河を掘ってつなげるなんて、とても考えられない事だとサハチは思った。タブチもその話を聞いた時に驚いたが、永楽帝がすべてを掘るわけではなく、元(げん)の時代に造られた運河を浚渫(しゅんせつ)して、再び使用できるようにするとの事だった。
 シンシンはシラーとの再会を喜んで泣いていた。シンシンがヤマトゥ旅に出る時に別れ、帰って来たら、シラーは明国に行っていた。一年近く会っていなかった二人は、改めて相手の存在の大きさを知り、別れる前よりも相手を大切に思うようになっていた。
 タブチが帰って来た事により、イハチと具志頭按司(ぐしちゃんあじ)の娘との縁談は急速に進み、婚礼は四月十二日と決まった。すでに二人の新居は島添大里(しましいうふざとぅ)グスクの東曲輪(あがりくるわ)に完成していた。
 四月五日、首里の御内原でサグルーの長男が誕生した。待望の息子は祖父であるサハチの名前をもらってサハチと名付けられた。自分と同じ名前の孫を抱きながら、お前のために、何としてでも琉球を統一しなければならないとサハチは改めて肝に銘じていた。
 十日には今年二度めの進貢船が出帆した。正使は本部大親(むとぅぶうふや)でサムレー大将は又吉親方(またゆしうやかた)だった。クグルーと馬天浜のシタルーの二人が従者として行った。二人とも二度目の唐旅(とーたび)だった。
 その二日後、イハチの婚礼が島添大里グスクで行なわれ、具志頭から花嫁のチミーが嫁いできた。花嫁の先導役はタブチが務めて、島添大里グスクまで連れて来た。島添大里では久し振りの婚礼だったので、花嫁行列を見るために沿道は人々で埋まり、城下の者たちに大歓迎されて花嫁は東曲輪に入った。東曲輪で一休みした花嫁は二の曲輪に移って婚礼の儀式を行なった。佐敷ヌルとサスカサによって、家臣たちが居並ぶ中、厳かに儀式は行なわれ、イハチとチミーは夫婦となった。
 イハチもチミーも相手を見るのはこの時が初めてで、イハチはチミーを想像していたよりも可愛い娘だと満足し、チミーはイハチを見て、何となく頼りない男だと少し不満に思っていた。それでも、女子(いなぐ)サムレーたちを束ねている佐敷ヌルはかなり強いとの噂だし、イハチの母親はチミーの母親が尊敬している師匠だった。そんな強い女がいる所にお嫁に来られたのだからよかったと思っていた。
 儀式が終わると東曲輪が開放されて、城下の者たちに酒や餅が振る舞われ、新郎新婦は挨拶をして回った。
「頼もしいお嫁さんが来たわね」とマチルギは嬉しそうだった。
「女子サムレーたちの弓矢の指導を頼んだらいい」とサハチは言った。
「そうね。首里に連れて行こうかしら」
「おいおい、新婚さんの邪魔をするなよ」
「冗談よ」とマチルギは笑った。
 イハチの婚礼が終わったあと、梅雨に入ったようで雨降りの日が続いた。サハチは忙しい日々を送っていた。進貢船の準備とヤマトゥ旅の準備、それに伊平屋島(いひゃじま)と与論島(ゆんぬじま)の問題もあり、思紹(ししょう)がいるにも関わらず、休む間もないほど忙しかった。
 佐敷グスクのお祭りは幸いに雨は降らなかった。お芝居の演目は『舜天(しゅんてぃん)』だった。ササが久高島の神様から、舜天の誤解を解いてくれと頼まれ、みんなの誤解を解くのは、お芝居にして見せればいいと佐敷ヌルと相談して筋書きを考えたのだった。
 神様が心配するほど、『舜天』の名は知られてはいなかった。一部のヌルが知っている程度だったが、間違ったまま後世に伝えられたら可哀想なので、今のうちに訂正しておいた方がよかった。
 ササは舜天の父親のシングーの十郎の事を中グスク按司のクマヌに聞いていた。熊野の山伏だったクマヌは新宮(しんぐう)の十郎を知っていた。鎌倉に幕府を開いた源頼朝(みなもとのよりとも)の叔父に当たる人で、頼朝によって殺されたという。その人が琉球に来たかどうかはクマヌは知らなかった。戦に敗れたあと、二十年間、熊野の山中に隠れていたようだから、琉球に行く気になれば、熊野水軍の船に乗って来られるかもしれないと言った。
 舜天の父親の事はまだよくわからないので、お芝居には出さずに、舜天が陰陽師(おんようじ)の理有法師(りゆうほうし)を倒す話を中心にまとめた。
 ヤマトゥから理有法師がやって来て、妖術を使って真玉添(まだんすい)のヌルたちを倒す。妖術に掛かったヌルたちは理有法師の思い通りになって酒の相手をさせられる。真玉添に腰を落ち着けた理有法師は近くの村々を襲って、食べ物を盗んだり、娘をさらったりとやりたい放題の事をしている。浦添按司の舜天は理有法師を倒そうとするが、妖術にはかなわない。どうしたものかと悩んでいると天の助けか、理有法師を追って来た朝盛法師(とももりほうし)が浦添に来る。舜天は朝盛法師と一緒に理有法師を倒して、めでたしめでたしでお芝居は終わった。
 島添大里グスクのお祭りで演じた『酒呑童子(しゅてんどうじ)』の鬼退治の話と似ている話になってしまったが、観客たちは喜んでくれた。旅芸人たちの『浦島之子(うらしまぬしぃ)』も評判はよかった。
 佐敷のお祭りが終わると佐敷ヌルとユリは与那原(ゆなばる)に行って、ヂャンサンフォンの指導を受けた。新年の儀式からずっとお祭りの準備で忙しかった二人は、次の与那原のお祭りまでは間があるので、その間を利用して、ヂャンサンフォンから武当拳(ウーダンけん)を学ぼうと決めたのだった。
 ササやサハチからヂャンサンフォンのもとで一ヶ月間、修行を積めば体が軽くなって、以前よりも自由に体が動かせるようになると聞いていて、早く教えを受けたかったのだが、ヂャンサンフォンは一昨年はサハチと一緒にヤマトゥに行き、去年は思紹と一緒に明国に行ってしまい、教えを受けられなかった。今年こそは念願がかなえられると佐敷ヌルとユリは娘をナツに預けて与那原グスクへと飛んでいった。佐敷ヌルがメイユーから預かっているシビーも一緒に行った。シビーは去年の十一月に新グスクに行って、一か月の修行を受けていて、今回が二度目だった。
 その頃、ンマムイの新しいグスクも南風原に完成し、兼(かに)グスクと名付けられた。ンマムイたちの引っ越しが終わった四月の末に、新しいグスクで完成祝いの宴が開かれた。兼グスクができた事で山南王に対する守りが強化された。ンマムイたちが出た新グスクにはタブチの三男のエーグルーが入った。
 今年のハーリーはまだ梅雨が明けていなかった。雨が降る中、行なわれたが、相変わらず大勢の人が集まって賑わったという。中山王の龍舟(りゅうぶに)の代わりに山北王の龍舟が参加して、見事に優勝していた。本部(むとぅぶ)のテーラーは明国で本場のハーリーを見た事があり、出るからには勝たなくてはならんと必死になって、サムレーたちを鍛えたようだった。
 その事を知らせに来たウニタキの配下のシチルーは、山北王の娘を嫁にもらった山南王の三男が、完成した保栄茂(ぶいむ)グスクに入り保栄茂按司を名乗ったと言った。
 シチルーは『三星党(みちぶしとー)』の四天王の一人で、以前は島尻大里(しまじりうふざとぅ)の『よろずや』の主人だった。初代の主人はカマンタ(エイ)捕りの名人だったキラマで、キラマの跡を継いで、山南王の情報を集めていた。イーカチが絵師になって抜けたので、シチルーは四天王に昇格した。イーカチが担当していた島添大里と佐敷を受け持つ事になって、敵の間者(かんじゃ)の侵入を防いでいた。
 ウニタキの配下の四天王はシチルーの他に、チュージ、アカ-、タキチがいて、チュージが首里、アカ-が島尻大里、タキチが今帰仁(なきじん)を拠点にして活躍していた。それぞれ二十人の配下を率いて情報を集め、時には敵の間者の始末もしている。集まって来た各地の情報の中から重要な情報をサハチに伝えるのはウニタキの役目だが、ウニタキが留守なので、シチルーが来たようだった。
今帰仁から来て保栄茂グスクに入った兵たちの大将は知名大主(ちなうふぬし)といって、永良部按司(いらぶあじ)の三男で、母親は察度(さとぅ)の娘のようです」とシチルーは言った。
「察度の娘が永良部按司に嫁いでいたのか」とサハチは驚いた。
「俺も驚きましたが、山南王の奥さんの姉のようです。知名大主はシタルーの甥に当たるというわけです」
「シタルーと永良部按司がつながっていたとは知らなかった。本部のテーラーも保栄茂グスクに入ったのか」
「いいえ、入ってはいません。テーラーは梅雨が明けたら今帰仁に帰ると思います」
 テーラーが今帰仁に帰ったあと、伊平屋島を攻めて来たら面倒な事になりそうだとサハチは思った。
「ところで、慈恩禅師(じおんぜんじ)殿が今、どこにいるか知っているか」とサハチは聞いた。
 首里の城下に屋敷を用意したのだが、久高島参詣から帰って来ると与那原グスクに行ってしまった。ヂャンサンフォンの指導を受けるという。運玉森(うんたまむい)ヌルがいるので、ヂャンサンフォンが与那原に住み、ヂャンサンフォンが与那原にいるので慈恩禅師まで与那原にいる。思紹も時々、お忍びで与那原に出掛けているらしい。マジムンたちがいた運玉森は武芸者たちの聖地になりそうだった。
 佐敷グスクのお祭りには、慈恩禅師もヂャンサンフォンと一緒にやって来た。二、三日前、ンマムイが来て、慈恩禅師が一人で旅に出たらしいと言った。サハチが驚いて詳しく聞くと、ヂャンサンフォンは今、佐敷ヌルとユリとシビーと右馬助(うまのすけ)の指導に当たっていて、慈恩禅師はフラッと旅に出て行った。どこに行ったのか誰も知らなかったという。旅慣れた慈恩禅師の事だから無事に帰って来るとは思うが、どこにいるのかわからないのは心配だった。
「慈恩禅師殿は今、越来(ぐいく)グスクにおります」とシチルーは言った。
「越来グスク?」
 意外な答えに戸惑ったが、越来按司も美里之子(んざとぅぬしぃ)と呼ばれた武芸者だった。前回の旅の時、武芸の話で盛り上がり、気が合ったのかもしれないと思った。
 それから四日後、五十人の兵を乗せた船が二隻、小雨の降る中、伊平屋島に向かった。梅雨が明けるのを待ってはいられなかった。山北王の兵たちより先に着かなければならない。伊是名親方(いぢぃなうやかた)率いる五十人は伊是名島を守り、田名親方(だなうやかた)率いる五十人は伊平屋島にいるムジルが率いる九十人の兵と合流する。武器や食糧もたっぷりと積んであった。それとは別にヒューガが率いる水軍も三隻が伊平屋島に向かい、敵の出方によっては海戦にも備えた。
 同じ日、勝連からは五十人の兵を乗せた船が二隻、与論島に向かった。苗代之子(なーしるぬしぃ)(マガーチ)を大将にした与論島攻めの兵百人は、新たに集められた者たちで、首里の十番組になる。その中にはジルムイ、マウシ、シラーも入っていた。マウシは今、明国に行っているが、帰って来たら合流する。今まで別の組にいて一緒に行動できなかったジルムイとシラーは、一緒になれた事を喜び、絶対に与論島を奪い取ろうと気合いを入れた。

 

 

 

手造りシーサー 大立 素焼 (雌雄セット)