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長編歴史小説 尚巴志伝

第一部は尚巴志の誕生から中山王武寧を倒すまで。第二部はその後の尚巴志の活躍です。お楽しみください。

2-59.開京の将軍(第一稿)

尚巴志伝 第二部

 ファイチは開京(ケギョン)(開城市)でヘグム(奚琴)を手に入れる事ができた。ナナだけでなく浦瀬小次郎も一緒に来てくれた。開京には宿屋もちゃんとあって、食事も酒も提供してくれた。サハチたちは宿屋に滞在しながら、五日間を開京で過ごした。
 都を囲んでいる城壁は二重になっていて、外側は高麗(こうらい)時代の古い城壁で、内側は朝鮮(チョソン)時代に築かれた新しい城壁だった。古い城壁と新しい城壁の間には家々がびっしりと建ち並び、大きな寺院もあり、寺院には高楼もあって、大通りの両側には二階建ての瓦屋根の屋敷も並んでいた。漢城府(ハンソンブ)よりもずっと都らしさが感じられた。新しい城壁の南側に立派な門があったが、閉ざされていて中には入れなかった。門の上にある楼閣には守備兵がいて、城壁の中に宮殿があるという。
 ほとんどの者たちが漢城府に移って廃墟と化しているのだろうとサハチは思っていたが、かなりの人たちが暮らしていた。初代の王が都を漢城府に移す時、財産や土地を所有している両班(ヤンバン)たちは猛反対した。何とか説得して都を移したが、旧都を破壊する事はできなかったらしい。役職に就いていない両班たちの多くは開京に住んだままで、上王(サンワン)となった先代の王様も仁徳宮(インドックン)という宮殿で気楽に暮らしているという。
 母親の生まれ故郷に来たウニタキは感激していた。母親が見ていたであろう景色を瞼に焼き付けようとしているのか、黙って辺りを見回していた。噂では、高麗の王様が暮らしていた宮殿は無残にも焼け落ちているという。他にも宮殿はいくつかあるようで、上王がいる仁徳宮もその一つらしい。
 開京に楽器を作っている工房があった。元々は寺院に所属していたが、独立して芸人たちのために作っているという。楽器を売ってくれと言うと親方らしい男は渋い顔をして断ったが、ウニタキが三弦(サンシェン)を披露すると、興味深そうに三弦を見ていた。朝鮮には三弦はないらしい。三弦と交換するならいいと親方は言った。
 ウニタキが断るだろうと思ったが、ウニタキはそれでいいとうなづいた。ウニタキの三弦とヘグムを交換し、さらにヂャンサンフォンがテグムという大きな横笛を買い、サハチは明国の使者たちが行列の時に吹いていたスオナ(チャルメラ)によく似たテピョンソという笛を手に入れた。
 支払いは銭ではなく、布だった。朝鮮では布が銭の代わりに使われているという。小次郎が立て替えてくれた。
「三弦を手放して大丈夫なのか」とサハチがウニタキに聞くと、「あれは安物だ」と笑った。
「旅の途中で壊れるかもしれないので安物を持って来たんだ。しかし、旅はまだ長い。三弦がないと心細いな」
 サハチは笑って、「それじゃあ、こいつの稽古をしろよ」とテピョンソを渡した。
「それは俺が吹くために手に入れたんじゃないんだ。来年、ヤマトゥに行く使者たちの行列に使うつもりだ。琉球に帰って、それと同じ物を作らせて、稽古をさせるんだ。まだ吹き方もわからんが、お前が身に付けて、みんなに教えてくれ」
「暇つぶしになりそうだな」とウニタキはテピョンソを受け取り、吹いてみた。
 音は鳴らなかった。
「あれ、難しいな」と言って、もう一度吹いてみると、情けないおならのような音がして、皆が笑った。
「頑張れよ」とサハチはウニタキの肩をたたいた。
 ンマムイが妓楼(ぎろう)(遊女屋)を知っているというので行ってみたが、すでになく、草茫々で空き家になっていた。
「どうせこんな事だろうと思ったよ」とウニタキが笑った。
「可愛い妓女(キニョ)がいたのになあ。どこに行ってしまったんだろう」
 ンマムイが嘆いていると、「俺の知っている妓楼に行こう」と小次郎が言った。
「一流の妓楼です。ただし、今晩ではありません。一流の妓楼は行けばすぐに上がれるというわけではないのです。明日か明後日の晩になると思いますが、楽しみにしていて下さい」
「あたしも連れてって」とナナが言った。「一流の妓楼という所を見ておきたいわ」
 小次郎は苦笑しながらうなづいた。
 それから二日後の夕方、サハチたちは妓楼に繰り出した。川のほとりに建つ妓楼はけばけばしくなく落ち着いた雰囲気で、立派な庭園もあり、見るからに高級そうな妓楼だった。
「取り引きをしている妓楼なんです」と小次郎がサハチに言った。
「丈太郎さんから皆さんを連れて行ってくれと頼まれていたのです」
「何だ。そうだったのか」
「開京一、いえ朝鮮一の妓楼でしょう。両班(ヤンバン)でもしかるべき者の紹介がなければ、ここには入れません。勿論、妓女も一流です。富山浦(プサンポ)の遊女屋のように、簡単に床入りはできません。妓女をものにするにはそれなりの散財をしなければならないのです」
「明国の富楽院(フーレユェン)と同じだな」とウニタキが言って、「朝鮮の一流の妓女を拝めるとは嬉しいねえ」とンマムイを肘でつついた。
 サハチたちが庭園に咲く綺麗な花を眺めながら屋敷に近づくと、美しい妓女たちがぞろぞろと現れた。着ているのはチマチョゴリだが、色が鮮やかで、形も洗練されているように見えた。複雑に結い上げた髪には美しい髪飾りが光り、手にはヤマトゥの扇子を持っていた。七、八人現れたが、美人ばかりで目移りがした。
 艶(あで)やかな妓女たちに案内された部屋には先客がいた。両班の格好をした貫禄のある男だった。豪華な料理が並べられた長卓の向こう側で腕を組んで座っている。
 部屋を間違えたのではないかとサハチが小次郎を見ると、「お屋形様です」と小声で言った。
「えっ!」とサハチは驚いて、もう一度、男を見た。
 男は笑って、「久し振りじゃのう」と片手を挙げた。
「サイムンタルー殿」と言って、サハチは男のそばまで行った。
 あまりにも突然の出現に、サハチはサイムンタルー(左衛門太郎)の顔を見つめるだけで言葉が出て来なかった。何年振りの再会なのだろうか。十年以上は経っている。その十年間でサイムンタルーの顔付きはすっかり変わっていた。お屋形様としての貫禄が充分に備わって、父親のサンルーザにそっくりになっていた。
「お前が朝鮮に来たと知らせを受けた時、わしは初めて琉球に行った時の事を思い出したんじゃ。一緒に琉球を旅して、各地のグスクを見て回った。その時、お前は中山王を倒すと言った。わしはそれを聞いて、馬鹿なガキじゃと思っておった。しかし、お前は自分が言った通り、見事に中山王を倒した。まったく、大したもんじゃよ。お前と一緒に酒が飲みたくなってな。こうして、やって来たわけじゃ」
 サハチも当時を思い出していた。でかい事を言い過ぎて、旅から帰ったあと、急に恥ずかしくなったのだった。
「今はどちらにいるのですか」とサハチはサイムンタルーに聞いた。
「北の方じゃ。黄海道(ファンヘド)という所の海を守っている。明国の山東(シャントン)半島と向き合っている所でな、明国に向かう倭寇(わこう)が必ず通って行く所なんじゃよ。そこで倭寇の取り締まりをしているんじゃ。まあ、夜は長い。酒を飲みながらゆっくりと話そう」
 みんなが席に着き、妓女たちも男たちの間に入った。ナナも男装して加わっていた。サハチは琉球から来た者たちをサイムンタルーに紹介した。
「みんなの事はシンゴからの手紙で知っている。ヂャンサンフォン殿は明国で有名な武芸者、ファイチ殿はサハチの軍師、ウニタキ殿は裏の組織でサハチを守っているそうじゃのう。ンマムイ殿は先代の中山王の倅だと聞いている。敵の倅まで連れて来るとは、相変わらず、お前は面白い男じゃのう」
 まず、再会を祝して乾杯したが、言葉が通じないので、美女たちがいても場は盛り上がらなかった。ナナと小次郎がしきりに通訳をしていた。妓女たちの事は二人に任せて、サハチはサイムンタルーに朝鮮に来てからの事を色々と聞いていた。
 十三年前の十二月、サイムンタルーは朝鮮の軍船に囲まれた。鉄炮(てっぽう)(大砲)を積んでいる軍船だった。戦っても負けると判断したサイムンタルーは投降の意を示して、長男の藤次郎を人質に差し出した。一旦、対馬に戻ったサイムンタルーは翌年の四月、八十人の家臣を引き連れて朝鮮に投降した。
 サハチがどうして投降したのですかと聞くと、
「時代の流れというものかのう」とサイムンタルーは言った。
「余りにも多くの者たちが亡くなった。わしらもそうじゃが朝鮮もそうじゃ。初代王の李成桂(イソンゲ)は高麗を倒した時、従わなかった多くの有能な武将を殺した。殺しすぎて、倭寇を退治する武将が足らなくなったらしい。そこで、投降して来た倭寇に官職を与えて俸禄(ほうろく)を出し、倭寇退治をさせようと考えたようじゃ。わしらに投降を勧めた敵の武将がいい奴だった事もある。奴とは未だに仲よく付き合っておるんじゃよ」
倭寇倭寇を退治させるなんて、実際にそんな事ができるのですか」
「退治と言っても殺すわけではない。投降を勧めたり、交易を勧めたりしているんじゃよ。朝鮮としては倭寇が減ればそれでいいんじゃ。どうしても言う事を聞かない奴らは殺す事もあるがのう」
「効果はあったのですか」
「ある程度はな。倭寇がなくなる事はあるまい。ただ、昔のように大船団でやって来る事はもうない。十隻や多くても二十隻程度じゃな。それに今、倭寇にさらわれた者たちを朝鮮に送り返し、その見返りとして大蔵経を求める事が流行っている。倭寇にさらわれた者がいなくなると困るんじゃよ。人買いを専門にやっている倭寇もいるようじゃ」
「敵対している対馬倭寇を倒しているとイトから聞きましたが、それは本当なのですか」
 サイムンタルーは笑った。
「わしもお前に負けられんからのう。対馬を統一しようと思っているんじゃよ」
対馬の守護の宗讃岐守(そうさぬきのかみ)と富山浦(プサンポ)で会いましたよ。奴を倒すのですか」
「いつかは倒さなくてはなるまいな」
「今、サイムンタルー殿が乗っている船には鉄砲を積んでいるのですか」
「ああ、積んでいるぞ。鉄砲というのは凄い物じゃよ。ただ、敵の船に命中させるのはかなり難しい。訓練を積めば身に付くんじゃが、火薬が貴重なので、充分な訓練ができんのじゃよ」
「サイムンタルー殿は火薬の作り方を知っているのですか」
「火薬の製造法は極秘事項になっているんじゃ。軍器寺(クンギシ)という役所で造っているんじゃが、火薬の製造法を知っている者はほんの数人じゃろう」
「火薬は明国で発明されて、その製造法は明国でも秘密にしているのに、朝鮮はどうして、火薬の作り方を知っているのですか」
「高麗の末期に崔茂宣(チェムソン)という男がいて、そいつが明国から来た商人から教わったと言うが、商人が火薬の作り方を知っているはずはない、試行錯誤を重ねたあげく、火薬の作り方を見つけ出したんじゃろう。今から三十年余り前の事じゃという。奴は火薬だけでなく、鉄炮も作り、それを船の上に乗せた。奴の鉄炮で、土寄浦一帯は焼け野原になってしまったんじゃ。崔茂宣は亡くなってしまったが、倅が跡を継いで、様々な武器を開発しているようじゃ。去年、いや、一昨年か、火薬を使った新しい武器を披露したんじゃが、その時、北山殿(足利義満)が朝鮮に送った使者もそれを見ていて、腰を抜かすほどに驚いたそうじゃ。日本にはまだ火薬はないからのう」
「そうだったのですか。琉球も火薬と鉄炮が欲しいですよ。それがあれば、琉球を統一するのも簡単です」
「それは言えるな」とサイムンタルーは笑って、肉料理をつまんだ。
 サハチも肉料理を食べてみた。胡椒(こしょう)が効いていてうまかった。小次郎はこの妓楼と取り引きをしていると言っていたが、胡椒やタカラガイを売っているようだった。妓女たちのノリゲ(着物に付ける装飾品)にタカラガイが光っているのをサハチは気づいていた。漢城府で流行っているタカラガイは開京でも流行っているようだ。
「崔茂宣の倅で思い出したんですけど、人質になった長男の藤次郎殿はどうして亡くなったのです?」
 サハチは以前から気になっていた事を聞いてみた。
「流行病(はやりやまい)にやられたんじゃよ。というのは表向きの事でな、実は殺されたんじゃ」
「えっ!」とサハチは驚いた。
 藤次郎は六郎次郎よりも八つ年上だった。サイムンタルーの跡継ぎとして、十六歳から船に乗って活躍し、人質になったのは十八歳の時だと聞いている。
「殺したのは倭寇に親父を殺された両班の倅だった。親の敵(かたき)を討つために、藤次郎をずっと付け狙っていたらしい。藤次郎はわしの家臣の源次郎と孫左衛門と一緒に人質になったんじゃ。わしがまだ対馬にいた時、漢城府に行き、李成桂と会って、官職を授かり、屋敷も賜わった。わしが投降して漢城府に行った時、これからの事をじっくりと語り合った。それから二か月後、藤次郎はあっけなく亡くなってしまったんじゃ」
 サイムンタルーは首を振って、酒を飲んだ。
 サハチは長男のサグルーの事を考えていた。もし、サグルーが殺されたら、殺した奴は絶対に許せない。八つ裂きにしても物足りなかった。家族たちも皆殺しにするかもしれなかった。
「殺した奴は捕まえたのですか」とサハチは聞いた。
「源次郎が斬り捨てた。一緒にいたんじゃが、ちょっと目を離した隙に、藤次郎はやられたらしい。奴もそれなりの武芸は身に付けていたんじゃが、異国に来て浮かれていたのかもしれんな。事件は闇に葬られ、病死という事になったんじゃ。藤次郎が亡くなって、末の弟の左衛門五郎が新たな人質として対馬からやって来た。漢城府で暮らしていたんじゃが、三年前、全羅道(チョルラド)に倭寇退治に出掛け、嵐に遭って溺死してしまった。源次郎も一緒に船に乗っていて、亡くなってしまった。余りにも犠牲者が多すぎる」
 末の弟の左衛門五郎とはシンゴの下の弟だろうが、サハチには記憶はなかった。サイムンタルーの兄弟は、兄の次郎左衛門と弟の左衛門次郎が戦死し、末っ子の左衛門五郎も海で亡くなった。六人兄弟で三人が亡くなり、残っているのはサイムンタルーとシンゴ、五島にいる左衛門三郎だけになっていた。サイムンタルーが言うように、余りにも犠牲者が多すぎた。
 サハチはサイムンタルーの盃に酒を注いだ。今、気づいたが、それは朝鮮の酒だった。明国の酒に似た強い酒だった。開京にはお寺があった。そのお寺で造っている酒だろうかとサハチは思った。
 サイムンタルーは酒を飲んで、サハチを見て笑うと、「六郎次郎がお前の娘と一緒になると聞いた時には驚いたぞ」と言った。
「わしがユキを最後に見たのは、ユキが十歳の時じゃった。可愛い娘じゃったのう。イトに負けずに美人になるじゃろうと思った。六郎次郎より一つ年下で、嫁さんに丁度いいと思っていたんじゃよ。しかし、六郎次郎は船越にいる。出会う事もあるまいと思っていたんじゃが、運命というものかのう。二人が出会って結ばれるとは本当に喜ばしい事じゃと思ったぞ」
「俺も驚きましたよ」とサハチは言った。
「ミナミにも会ったのか」とサイムンタルーは聞いた。
 サハチはうなづき、「可愛い孫娘です」と言った。
「おう、そうか。会いたいのう」
対馬にはもう帰れないのですか」
「いや、何としても帰るつもりじゃ」
「帰れるんですか」
 サイムンタルーはうなづき、「策がある」と言って笑った。
「今度はお前の活躍を聞かせてくれ。わしが最後に琉球に行った時、サグルー(思紹)殿はキラマの島で兵を育てておった。そのあと、どうなったんじゃい」
 サハチは父が中山王になるまでのいきさつを簡単に説明した。
「なに、新しく造っていた首里(すい)グスクを奪い取って、浦添(うらしい)グスクを焼き討ちにしたのか」
「焼き討ちにするだけなので、大軍は必要ありません。ウニタキの配下の者たちで焼き討ちにしたのです」
「奇抜な作戦じゃのう」
「ファイチが考えた作戦です」
「ほう、そうか」とサイムンタルーはサハチを見ながら嬉しそうな顔をしてうなづいた。
「高麗の都だった開京で、お前とこうして酒を飲んでいるなんて、あの頃、想像もできなかった事じゃな」
「本当ですよ。サイムンタルー殿が朝鮮に投降したと聞いた時は、牢屋にでも閉じ込められて、首を刎ねられてしまうのではないかと心配しました」
 サイムンタルーは大笑いをして、真顔に戻ると、「まだまだ先があるな」と言った。
「お前はいつの日か、琉球を統一するじゃろう。わしも負けてはおれんぞ」
「サイムンタルー殿は、こちらでは林温(イムオン)将軍でしたね」
「そう呼ばれておる。日本には将軍様は一人しかおらんが、朝鮮には何人もおる。それでも、将軍と呼ばれるのは気分がいいもんじゃよ」
「この妓楼も将軍として、何度も利用しているのですか」
「まあな。どこの国の男も皆同じじゃ。美女がいれば、話もうまくまとまるという事じゃな」
「王様もここに来るのですか」
漢城府にはこんな妓楼はないからのう。気晴らしに来ているようじゃな」
 いつの間にか、ウニタキが三弦を弾いていた。ウニタキが持っていた三弦よりも一回り大きいようだった。この妓楼にあったのだろうか。サハチもサイムンタルーも話をやめてウニタキの歌に耳を傾けた。
 歌が終わると妓女たちが拍手を送った。やはり、言葉はわからなくても音楽はわかり合えるのだとサハチは思った。
「うまいもんじゃのう。何となく琉球が感じられる。キラマ(慶良間)の景色が目に浮かんだよ。琉球にもまた行きたくなって来た。そう言えば、シンゴの奴がお前の妹といい仲になったらしいのう。あんな美人をものにするとはシンゴを見直したよ。奴もよくやってくれるので助かっている」
「シンゴは毎年、琉球に来てくれます。本当に助かっていますよ」
 ウニタキがお前の一節切(ひとよぎり)を披露しろと言った。サハチはうなづいて、一節切を吹き始めた。
 サイムンタルーとの思い出をサハチは一節切の調べに乗せていた。琉球を一緒に旅をして、マチルギと出会った時もサイムンタルーはそばにいた。奥間(うくま)村で一緒に剣術の稽古に励み、対馬に来たサハチが琉球に帰る時には、サイムンタルーの船に乗って帰った。それから五年後、サイムンタルーは琉球に来て、イトがユキを産んだ事を教えてくれた。三年後に来た時はキラマにいる若者たちのために食糧を運んでくれた。そして、今、十三年振りに再会した。
 サハチの曲が終わると皆、シーンとしていた。涙を浮かべている妓女もいた。サイムンタルーも泣いていた。
 サイムンタルーは涙を拭うと、「何という奴じゃ」とサハチに言った。
 皆が拍手をして、様々な事をしゃべり出した。
「みんな、感動しています」とナナが涙を拭きながら言った。
「笛の調べを聞いて泣いたのは初めてじゃよ」とサイムンタルーは言った。
「なぜか、故郷が思い出されてのう。急に対馬に帰りたくなったわい」
 今度は妓女たちが琴を披露した。明国の音楽とも違う、朝鮮らしい曲だった。ヘグムを披露する妓女もいた。ファイチは真剣な顔をして聴いていた。テグムを披露する妓女もいた。今度はヂャンサンフォンが真剣な顔をして聴いていた。
 サハチたちは手振り身振りで妓女たちと会話をし、合奏をしたり、歌を歌ったりして夜が明けるまで、楽しい時を過ごした。
 サイムンタルーは一睡もせずに、馬に跨がると北へと帰って行った。どこにいたのか、三人の従者を従えていた。
「楽しい夜じゃった。お前に会えてよかったぞ」とサイムンタルーは笑って、うなづいた。
「今度はどこで出会うのか楽しみじゃのう」
「きっとまた意外な所かもしれませんね」とサハチも笑った。
 サハチはサイムンタルーの後ろ姿を見送った。

 

 

 

ノリゲ―伝統韓服の風雅 (梨花女子大学コリア文化叢書 2)   チマチョゴリの胸から垂らす飾り 玉風飾りノリゲ(梅飾り彫り)

目次 第二部

目次

尚巴志伝 第二部

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このイラストはは和々様よりお借りしました。



  1. 山田のウニウシ(第二稿)   護佐丸、尚巴志を頼って首里に行く。
  2. 胸のときめき(第二稿)   護佐丸、島添大里で恋をする。
  3. 恋の季節(第二稿)   サグルーとササ、山田で魂を抜かれる。
  4. キラマの休日(第二稿)   尚巴志夫婦、毎年恒例の旅で慶良間の島に行く。
  5. ナーサの遊女屋(第二稿)   中山王の家臣たちの懇親の宴。
  6. 宇座の古酒(第二稿)   尚巴志、宇座の御隠居の倅と古酒を飲む。
  7. 首里の初春(第二稿)  中山王となった思紹の初めての正月。
  8. 遙かなる船路(第二稿)  尚巴志、ウニタキ、懐機、明国に行く。
  9. 泉州の来遠駅(第二稿)   明国に着いた尚巴志たちは来遠駅に落ち着く。
  10. 麗しき三姉妹(第二稿)   尚巴志たち、福州に行きメイファンと再会する。
  11. 裏切り者の末路(第二稿)   尚巴志たち、メイファンの敵討ちを助ける。
  12. 島影に隠れた海賊船(第二稿)   尚巴志たち、明の海賊船に乗る。
  13. 首里のお祭り(第二稿)   護佐丸、ササたちと祭りの警備をする。
  14. 富楽院の桃の花(第二稿)   尚巴志たち、明国の都、応天府に着く。
  15. 応天府の夢に酔う(第二稿)   尚巴志たち、最高級の妓楼で夢を見る。
  16. 真武神の奇跡(第二稿)   討伐軍を破って皇帝になった永楽帝
  17. 武当山の仙人(第二稿)   尚巴志たち、武当山で張三豊と出会う。
  18. 霞と拳とシンシンと(第二稿)   尚巴志とウニタキ、張三豊に武術を習う。
  19. 刺客の背景(第二稿)   馬天ノロ、刺客の正体を探る。
  20. 龍虎山の天師(第二稿)   尚巴志たち、道教の本山、龍虎山に行く。
  21. 西湖のほとりの幽霊屋敷(第二稿)   尚巴志たち、三姉妹と再会する。
  22. 清ら海、清ら島(第二稿)  三姉妹と張三豊が琉球に来る。
  23. 今帰仁の天使館(第二稿)   旅に出た張三豊たちが帰って来る。
  24. 山北王の祝宴(第二稿)   攀安知、志慶真の長老から今帰仁の歴史を聴く。
  25. 三つの御婚礼(第二稿)   サグルー、尚忠、護佐丸、妻を迎える。
  26. マチルギの御褒美(第二稿)   尚巴志、妻のマチルギにしぼられる。
  27. 廃墟と化した二百年の都(第二稿)   尚巴志、ウニタキと浦添に行く。
  28. 久高島参詣(第二稿)  思紹王、女たちを連れて久高島へ行く。
  29. 丸太引きとハーリー(第二稿)   尚巴志、豊見グスクでハーリーを見る。
  30. 浜辺の酒盛り(第二稿)   尚巴志、ヤマトゥに行くマチルギたちを見送る。
  31. 女たちの船出(第二稿)   マチルギたち、長い船旅を楽しみ博多に着く。
  32. 落雷(第二稿)   尚巴志、雷鳴を聞きながらマジムン退治を思い出す。
  33. 女の闘い(第二稿)   三姉妹の船が来て、メイユーとナツが会う。
  34. 対馬の海(第二稿)   マチルギ、対馬島でイトとユキに会う。
  35. 龍の爪(第二稿)   尚巴志、ウニタキ、懐機、朝鮮旅の計画を練る。
  36. 笛の調べ(第二稿)   久し振りに佐敷グスクから笛の音が流れる。
  37. 初孫誕生(第二稿)   尚忠の長男、尚志達、生まれる。
  38. マチルギの帰還(第二稿)   女たちがヤマトゥから無事に帰国する。
  39. 娘からの贈り物(第二稿)   尚巴志、マチルギから旅の話を聞く。
  40. ササの強敵(第二稿)   馬天ノロ、日代(ティーダシル)の石を探し始める。
  41. 眠りから覚めたガーラダマ(第二稿)   ササ、読谷山で古い勾玉を見つける。
  42. 兄弟弟子(第二稿)   尚巴志、兼グスク按司武当拳の試合をする。
  43. 表舞台に出たサグルー(第二稿)   サグルー、尚巴志の代理を見事に務める。
  44. 中山王の龍舟(第二稿)   ウニタキの新しい隠れ家が完成する。
  45. 佐敷のお祭り(第二稿)   尚巴志の一節切と佐敷ヌルの横笛に大喝采。
  46. 博多の呑碧楼(第二稿)   朝鮮旅に出た尚巴志たち、博多に着く。
  47. 瀬戸内の水軍(第二稿)   尚巴志村上水軍と塩飽水軍の頭領と会う。
  48. 七重の塔と祇園祭り(第二稿)   尚巴志たち、京都に着く。
  49. 幽玄なる天女の舞(第二稿)   尚巴志が一節切を吹くと美女が舞う。
  50. 天空の邂逅(第二稿)   尚巴志たち、七重の塔に登って感激する。
  51. 鞍馬山(第二稿)   尚巴志たち、鞍馬山で武術修行。
  52. 唐人行列(第一稿)   尚巴志、増阿弥の芸に感動する。
  53. 対馬の娘(第一稿)   尚巴志、イトと再会、ユキとミナミに会う。
  54. 無人島とアワビ(第一稿)   尚巴志、昔の顔なじみと再会する。
  55. 富山浦の遊女屋(第一稿)   尚巴志たち、富山浦(釜山)に渡る。
  56. 渋川道鎮と宗讃岐守(第一稿)   尚巴志九州探題対馬守護に会う。
  57. 漢城府(第一稿)   尚巴志たち、朝鮮の都に到着する。
  58. サダンのヘグム(第一稿)   尚巴志たち、ナナの案内で都見物。
  59. 開京の将軍(第一稿)   尚巴志たち、高麗の都に行く。



主要登場人物

 

第一部 目次

目次 第一部

目次

尚巴志伝 第一部 月代の石

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このイラストはは和々様よりお借りしました。

 

  1. 誕生(最終決定稿)   尚巴志、佐敷苗代に生まれる。
  2. 馬天浜(最終決定稿)   サミガー大主とヤマトゥの山伏、クマヌ。
  3. 察度と泰期(最終決定稿)   浦添按司察度、過去を振り返る。
  4. 島添大里グスク(最終決定稿)   島添大里グスク、汪英紫に奪われる。
  5. 佐敷グスク(最終決定稿)   尚巴志の父、佐敷按司になる。
  6. 大グスク炎上(最終決定稿)   大グスク、汪英紫(島添大里按司)に奪われる。
  7. ヤマトゥ酒(最終決定稿)   早田三郎左衛門、馬天浜に来る。
  8. 浮島(最終決定稿)   尚巴志、早田左衛門太郎と旅に出る。
  9. 出会い(最終決定稿)   尚巴志、伊波按司の娘と剣術の試合をする。
  10. 今帰仁グスク(最終決定稿)   尚巴志、今帰仁に行く。
  11. 奥間(最終決定稿)   尚巴志、奥間村に滞在する。
  12. 恋の病(最終決定稿)   旅から帰った尚巴志、マチルギを想う。
  13. 伊平屋島(最終決定稿)   尚巴志、祖父の故郷に行く。
  14. ヤマトゥ旅(最終決定稿)   尚巴志、ヤマトゥへ旅立つ。
  15. 壱岐島(最終決定稿)   尚巴志、壱岐島で察度の噂を聞く。
  16. 博多(最終決定稿)   尚巴志、ヤマトゥの都を見て驚く。
  17. 対馬島(最終決定稿)   尚巴志、早田左衛門太郎の故郷に滞在する。
  18. 富山浦(最終決定稿)   尚巴志、高麗に行く。
  19. マチルギ(最終決定稿)   尚巴志の恋敵、ウニタキ現れる。
  20. 兵法(最終決定稿)   尚巴志、対馬で修行に励む。
  21. 再会(最終決定稿)   帰って来た尚巴志、マチルギと再会。
  22. ウニタキ(最終決定稿)   尚巴志、ウニタキと一緒に勝連グスクに行く。
  23. 名護の夜(最終決定稿)   尚巴志、マチルギと今帰仁に行く。
  24. 山田按司(最終決定稿)   尚巴志、マチルギの叔父、山田按司と会う。
  25. お輿入れ(最終決定稿)   マチルギ、尚巴志に嫁ぐ。
  26. 高麗の対馬奇襲(最終決定稿)   早田左衛門太郎の本拠地、高麗に攻められる。
  27. 豊見グスク(最終決定稿)   シタルー(汪応祖)、豊見グスクを築く。
  28. サスカサ(最終決定稿)   尚巴志とマチルギ、馬天ノロと旅に出る。
  29. 長男誕生(最終決定稿)   マチルギと馬天ノロ、神様になる。
  30. 出陣命令(最終決定稿)   察度、各按司に今帰仁征伐を命じる。
  31. 今帰仁合戦(最終決定稿)   中山王、山北王の今帰仁グスクを攻める。
  32. 次男誕生(最終決定稿)  尚巴志の次男(尚忠)と山田按司の次男(護佐丸)生まれる。
  33. 十年の計(最終決定稿)   尚巴志、佐敷按司(父)、鮫皮大主(祖父)と密談する。
  34. 東行法師(最終決定稿)   父が隠居して、尚巴志、佐敷按司となる。
  35. 首里天閣(最終決定稿)   察度、浦添按司を武寧に譲って隠居する。
  36. 浜川大親(最終決定稿)   ウニタキは妻子を殺され、シタルーは明に行く。
  37. 旅の収穫(最終決定稿)   奥間のサタルーと対馬のユキ。
  38. 久高島(最終決定稿) 尚巴志はマチルギに怒られ、ウニタキはチルーといい感じ。
  39. 運玉森(最終決定稿)   三好日向、尚巴志のために山賊になる。
  40. 山南王(最終決定稿)   承察度が亡くなり、若按司が山南王になる。
  41. 傾城(最終決定稿)   山南王、中山王の怒りを買って、汪英紫に攻められる。
  42. 予想外の使者(最終決定稿)   尚巴志夫婦、弟のマサンルー夫婦と旅をする。
  43. 玉グスクのお姫様(最終決定稿)   尚巴志、玉グスクと同盟を結ぶ。
  44. 察度の死(最終決定稿)   山北王のミンと奥間の長老も亡くなる。
  45. 馬天ヌル(最終決定稿)   馬天ノロ、御嶽巡りの旅に出る。
  46. 夢の島(最終決定稿)   早田左衛門太郎、慶良間の夢の島に行く。
  47. 佐敷ヌル(最終決定稿)  尚巴志の妹、マシューの気持ちとマカマドゥの決心。
  48. ハーリー(最終決定稿)   尚巴志夫婦と佐敷ノロ、ハーリーを見物。
  49. 宇座の御隠居(最終決定稿)   宇座の泰期が亡くなり、尚巴志夫婦は悲しむ。
  50. マジムン屋敷の美女(最終決定稿)  尚巴志、島添大里グスクに側室を入れる。
  51. シンゴとの再会(最終決定稿)   早田左衛門太郎、朝鮮に投降する。
  52. 不思議な唐人(最終決定稿)   尚巴志、懐機と出会う。
  53. 汪英紫、死す(最終決定稿)   懐機、旅から帰り、武術を披露する。
  54. 家督争い(最終決定稿)   達勃期と汪応祖が山南王の家督を争う。
  55. 大グスク攻め(最終決定稿)   尚巴志、大グスクを攻め落とす。
  56. 作戦開始(最終決定稿)   尚巴志、大グスクノロと再会する。
  57. シタルーの非情(最終決定稿)   達勃期、弟の汪応祖に敗れる。
  58. 奇襲攻撃(最終決定稿)   尚巴志、島添大里グスクを攻め落とす。
  59. 島添大里按司(最終決定稿)   尚巴志、島添大里按司になる。
  60. お祭り騒ぎ(最終決定稿)   尚巴志、城下の者たちと戦勝祝い。
  61. 同盟(最終決定稿)   尚巴志、山南王と同盟する。
  62. マレビト神(最終決定稿)   外間ノロと佐敷ノロにマレビト神が現れる。
  63. サミガー大主の死(最終決定稿)   神の声を聞いたウニタキ。
  64. シタルーの娘(最終決定稿)   山南王のお姫様の悩みと青い海
  65. 上間按司(最終決定稿)   明国の使者が二十年振りにやって来る。
  66. 奥間のサタルー(最終決定稿)   尚巴志、奥間ノロに魅了される。
  67. 望月ヌル(最終決定稿)   謎の爺さん、望月党を語る。
  68. 冊封使(最終決定稿)   首里の宮殿の儀式で、武寧と汪応祖、正式に王になる。
  69. ウニョンの母(最終決定稿)   ウニタキ、亡くなった妻の秘密を知る。 
  70. 久米村(最終決定稿)   尚巴志とウニタキ、懐機に呼ばれて久米村に行く。
  71. 勝連無残(最終決定稿)   勝連按司が奇病に倒れる。 
  72. 伊波按司(最終決定稿)   大きな台風が来て各地で被害が出る。
  73. ナーサの望み(最終決定稿)   ウニタキ、ナーサを味方に引き入れる。
  74. タブチの野望とシタルーの誤算(最終決定稿)  八重瀬按司、中山王と同盟する。
  75. 首里グスク完成(最終決定稿)   中山王と山南王の決戦が迫る。
  76. 首里のマジムン(最終決定稿)   尚巴志、首里グスクを奪い取る。 
  77. 浦添グスク炎上(最終決定稿)   浦添グスクは焼け落ち、亜蘭匏は消える。
  78. 南風原決戦(最終決定稿)   尚巴志、中山軍を壊滅させる。
  79. 包囲陣崩壊(最終決定稿)   達勃期は出直し、汪応祖は首里を攻める。
  80. 快進撃(最終決定稿)   尚巴志、中グスク、越来グスクを攻め落とす。
  81. 勝連グスクに雪が降る(最終決定稿)   尚巴志、勝連グスクを落とす。

 

尚巴志伝 第二部 目次

 

・尚巴志伝の年表

・第一部の主要登場人物

・尚巴志の略歴

・尚巴志の祖父、サミガー大主の略歴

・尚巴志の父、思紹の略歴

・馬天ヌル(馬天ノロ)の略歴

・中山王、察度の略歴

・中山王、武寧の略歴

・汪英紫の略歴

・山南王、汪応祖の略歴

・泰期の略歴

・クマヌの略歴

・三好日向の略歴

・早田左衛門太郎の略歴

・ウニタキの略歴

・懐機の略歴

・倭寇年表

第二部 主要登場人物

主要登場人物

サハチ       1372-1439  尚巴志。島添大里按司
マチルギ      1373-    尚巴志の妻。伊波按司の娘。
サグルー      1390-    尚巴志の長男。
ジルムイ      1391-    尚巴志の次男。尚忠。
ミチ        1393-    尚巴志の長女。島添大里ヌル、サスカサ。
イハチ       1394-    尚巴志の三男。
思紹        1354-1421 中山王。尚巴志の父。
佐敷ヌル      1374-    尚巴志の妹、マシュー。シンゴと結ばれ娘を産む。
佐敷大親      1376-    尚巴志の弟、マサンルー。妻は奥間大親の娘。
平田大親      1378-    尚巴志の弟、ヤグルー。妻は玉グスク按司の娘。
与那原大親     1383-    尚巴志の弟、マタルー。妻はタブチの娘。
馬天ヌル      1357-    思紹の妹、尚巴志の叔母。
ササ        1391-    馬天若ヌル。父はヒューガ。母は馬天ヌル。
ヒューガ      1355-1470 三好日向。中山の水軍大将。
苗代大親      1360-    思紹の弟。サムレー総隊長。武術師範。
マカマドゥ     1392-    苗代大親の三女。マウシ(護佐丸)の妻。
クグルー      1386-    泰期の三男。苗代大親の娘婿。
サミガー大主    1356-    思紹の弟、ウミンター。
ウニタキ      1372-1433 三星大親。「三星党」の頭。
チルー       1368-    ウニタキの妻。尚巴志の母の妹。
イーカチ      1373-    「三星党」の副頭。絵画き。
ナツ        1381-    ウニタキの配下から尚巴志の側室になる。
ファイチ      1375-1453 懐機。明国の道士。尚巴志の客将。
サスカサ      1354-    ミチにサスカサを譲り、運玉森ヌルになる。
マウシ       1391-1458 真牛。山田按司の次男。尚巴志の甥。護佐丸。
マカトゥダル    1392-    護佐丸の妹。サグルーの妻。
マサルー      1364-    山田按司の家臣。
シラー       1391-    マサルーの次男。
クマヌ       1346-    中グスク按司。中山の重臣。
美里之子      1362-    越来按司。中山の重臣。思紹の義弟。
當山之子      1365-    美里之子の弟。浦添按司になる。
クサンルー     1387-    當山之子の長男。浦添按司
カナ        1391-    當山之子の長女。浦添ヌル。
サム        1372-    勝連按司の後見役。伊波按司の四男。
ユミ        1392-    サムの長女。ジルムイ(尚忠)の妻。
ナーサ       1352-    首里の遊女屋「宇久真」の女将。
宇座按司      1355-    泰期の次男。父の跡を継いで明国への使者となる。
シタルー      1362-1413 山南王。汪応祖
タブチ       1360-1414 八重瀬按司。シタルーの兄。
サイムンタルー   1361-1429  早田左衛門太郎。対馬島倭寇の頭領。
早田六郎次郎    1387-    左衛門太郎の跡継ぎ。妻はユキ。
ユキ        1388-    六郎次郎の妻。尚巴志の娘。母はイト。
イト        1372-    対馬島の女船長。ユキの母。
シンゴ       1372-    早田新五郎。左衛門太郎の弟。
早田五郎左衛門   1349-    左衛門太郎の叔父。朝鮮国の富山浦に住む商人。
早田丈太郎     1371-    五郎左衛門の長男。漢城府の津島屋の主人。
浦瀬小次郎     1375-    五郎左衛門の娘婿。
早田ナナ      1388-    早田次郎左衛門の娘。
サングルミー    1371-    与座大親。中山の進貢船の正使。
メイファン     1379-    張美帆。明国の海賊の娘。
メイリン      1374-    張美玲。メイファンの姉。
メイユー      1376-    張美玉。メイファンの姉。
ラオファン     1338-    黄敬。三姉妹の武術の師匠。
リェンリー     1376-    黄怜麗。ラオファンの娘。
ジォンダオウェン  1364-    鄭道文。三姉妹の配下の海賊。
ユンロン      1387-    鄭芸蓉。ジォンダオウェンの娘。 
リュウジャジン   1362-    劉嘉景。三姉妹の配下の海賊。
リィェンファ    1377-    楊蓮華。富楽院の妓楼『桃香滝』の女将。
ヂュヤンジン    1375-    朱洋敬。懐機の友。宮廷に仕える役人。
永楽帝       1360-1424  明国の皇帝。
リュウイェンウェイ 1389-    劉媛維。富楽院の最高級妓楼『酔夢楼』の妓女。
ファイホン     1379-    懐虹。懐機の妹。
ヂャンサンフォン  1247-    張三豊。武当山の道士で、武当拳の創始者。
シンシン      1390-    范杏杏。張三豊の弟子。
フカマヌル     1372-    外間ノロ。久高島のノロ。尚巴志の腹違いの妹。
奥間大親      1357-    ヤキチ。奥間から来た尚巴志の護衛役。中山の重臣。
平安名大親     1348-    勝連の重臣。ウニタキの叔父。
勝連ヌル      1369-    ウニタキの姉。
伊波按司      1363-    マチルギの兄。
山田按司      1365-    マチルギの兄。
攀安知       1376-1416  山北王。
涌川大主      1377-    攀安知の弟。
勢理客ヌル     1356-    アオリヤエ。攀安知の叔母。
兼グスク按司    1378-    ンマムイ。武寧の次男。妻は攀安知の妹。
飯篠修理亮     1387-1488 武芸者。長威斎。
一文字屋孫三郎   1361-    次郎左衛門の弟。坊津の一文字屋主人。
みお        1394-    一文字屋孫三郎の三女。
村上又太郎     1386-    村上水軍の頭領の長男。上関を守っている。
村上あや      1392-    村上又太郎の妹。
塩飽三郎入道    1358-    塩飽水軍の頭領。
一文字屋次郎左衛門 1355-    京都の一文字屋の主人。
まり        1394-    一文字屋次郎左衛門の三女。
高橋殿       1376-    足利義満の側室。道阿弥の娘。
対御方       1379-    足利義満の側室。高橋殿に仕えている。
平方蓉       1383-    陳外郎の娘。高橋殿に仕えている。
足利義持      1386-1428  室町幕府第四代将軍。
勘解由小路殿    1350-1410  斯波道将。将軍様の補佐役。
中条兵庫助     1359-    将軍様の武術指南役。慈恩禅師の弟子。
外郎       1360-    陳宗奇。薬師。外交使節の接待役。
魏天        1350-    将軍様に仕える明国の通事。
栄泉坊       1389-    東福寺を追い出された画僧。
増阿弥       1368-    奈良の田楽新座の太夫。
一徹平郎      1355-    北野天満宮の宮大工。
新助        1379-    龍ばかり彫っている等持寺の大工。
渋川道鎮      1372-1446  九州探題。勘解由小路殿の娘婿。
宗讃岐守貞茂    1364-1418  対馬守護。
平道全       1376-    宗貞茂の家臣。
宗金        1380-    博多妙楽寺の僧。

 

2-58.サダンのヘグム(第一稿)

尚巴志伝 第二部

 昨日はいなかったが、ハナにはナナという姉がいた。男の格好をして刀を背負い、二十歳を過ぎていると思えるが、お嫁に行かないで、商品の護衛を務めているという。そして、ヂャンサンフォンを師匠と呼んで、再会を喜んでいた。
「ここにも師匠の弟子がいたのか」とンマムイは驚き、ナナにサハチたちを紹介し、「みんな、師匠の弟子だよ」と言って、「俺が一番下っ端だ」と付け加えた。
 ナナは笑って、「皆さんたちが武芸の達人だというのは一目見てわかりましたよ」と言った。
 そう言うナナもかなりの腕だという事は、サハチたちにもわかっていた。
 ナナはサイムンタルー(左衛門太郎)の兄、次郎左衛門の娘だった。しかし、次郎左衛門がナナの母親の事を内緒にしたまま戦死してしまったので、その存在は誰も知らなかった。
 ナナの母親は富山浦(プサンポ)(釜山)に住んでいた対馬の漁師の娘で、次郎左衛門が戦死した時、ナナは七歳だった。次郎左衛門は自分がお屋形様になったら、ナナの母親を側室に迎えると約束したが、その前に戦死してしまった。ナナの母親は一人で娘を育てる決心をして、父親は海で亡くなったとだけナナに話していた。
 ナナが十四歳の時、母は病に罹って亡くなった。亡くなる前、ナナの母親は次郎左衛門がナナの父親だと打ち明けた。ナナの母親の両親は驚いた。ナナの母親が亡くなったあと、ナナの祖父は五郎左衛門を訪ねて、わけを話した。ナナの母親が大切に持っていた次郎左衛門の手紙と形見の品が決め手となって、ナナは五郎左衛門が育てる事になった。
 漁師の娘ではなく、武将の娘だと知ったナナは、父親の敵(かたき)を討たなければならないと思った。対馬で娘たちに剣術を教えていると聞いたナナは五郎左衛門に頼んで、対馬に渡った。祖父の三郎左衛門の屋敷にお世話になりながらイトから剣術を習ったのだった。
 イトの娘のユキと同い年で、すでにかなり強かったユキに負けるものかとナナは必死に稽古に励んだ。年頃になってもお嫁に行く事など考えず、ひたすら敵を討つ事だけに集中した。ユキたちが男たちに会うために無人島に行く時も一緒に行く事はなく、一人で稽古に励んでいた。
 ユキがお嫁に行く前、ナナはユキと試合をして引き分けた。ユキは船越に嫁ぎ、ナナは朝鮮(チョソン)に戻った。その年、五郎左衛門は漢城府(ハンソンブ)(ソウル)に『津島屋』を出した。ナナは丈太郎(じょうたろう)の娘として漢城府に来て、以後、警護の仕事をしている。去年、対馬に武術の達人が来た事を知ると教えを請うため対馬に渡り、ヂャンサンフォンの指導を受け、マチルギからも指導を受けていた。
「ナナさんの敵とは誰なんです」とンマムイが聞いた。
「朝鮮の初代の王様です」
「えっ、王様を討つつもりなのか」
 ンマムイは驚いた顔をしてサハチたちを見た。サハチたちも唖然とした顔でナナを見ていた。
「でも、去年、亡くなってしまいました。初代の王様は開京(ケギョン)(開城市)からここに来る事なく、咸州(ハムジュ)(咸興市)のお寺に隠居していました。そのお寺を襲撃しようと思っていたのですが、あたしが剣術の修行を積んで朝鮮に戻って来たら、漢城府に来ていて、新しくできた宮殿の中にいました。あの宮殿に侵入するのは不可能でした」
「本当に王様を狙っていたのか。無謀だな。殺されるぞ」
 ナナは可愛い顔をして笑った。
「敵討ちはもうやめたんだな」とウニタキが聞くと、ナナは首を振った。
「父の敵は死んじゃったけど、今の王様に恨みを持っている人たちは多いわ」
「今の王様を狙っているのか」
 ナナはまた首を振った。
「今、どうしようか考えているの。琉球にでも行ってみようかな。そう言えば今回、ササは来ているの?」
「富山浦まで来たけど、今頃は対馬に帰っただろう」
「あの娘(こ)、面白いわ。会いに行こうかしら」
 サハチたちはナナの案内で都見物に出掛けた。津島屋の裏口から出て、大通りと反対の方に向かうと川に出た。清渓川(チョンゲチョン)だという。川に沿って東に向かうと橋があった。橋の上から東の方を見ると、川岸に家々が建ち並んでいた。
「応天府(おうてんふ)の秦淮河(シンファイフェ)に似ているな」とファイチが言った。
 そう言われてみれば雰囲気は似ていた。しかし、応天府のような高い建物はどこにもなく、低い藁葺(わらぶ)きの屋根が並んでいるだけだった。
「妓楼(ぎろう)(遊女屋)はないのか」とンマムイがナナに聞いた。
 ナナは笑って、「あれが妓楼です」と川沿いに建つ建物を示した。
 その建物は他のものより少し大きいような気がするが、どう見ても妓楼には見えなかった。
「禁酒令があるから大っぴらに店を構えられないのです」
 そう言って、ナナは振り返って川の上流の方を指さした。
「この先で二つの川が合流するんですけど、左側の川に沿って行くと雅楽署(アアッソ)と呼ばれるお役所があって、そこに妓女(キニョ)が大勢います」
「役所に妓女がいるのか」とウニタキが驚いた。
「雅楽署には音楽を担当する者たちや歌や踊りを担当する妓女たちがいて、宮廷の儀式で活躍するのです。明国や日本の使者たちが来た時も歌や踊りを披露します」
「面白いな」とサハチは言って、「中に入れるのか」とナナに聞いた。
「お役所ですから用があれば入れますけど‥‥‥」と言ってからナナは一人で笑って、「大丈夫。入れます」とうなづいた。
「そんな所に入ってどうするんだ」とウニタキがサハチに聞いた。
琉球にも必要な役所だと思ったんだ」
「そういう事か。確かに必要かもしれんな」
「雅楽署のそばには図画署(トファソ)もあります」
「トファソ?」
「絵を描いているお役所です。色々な行事の様子を細かく描いたりしています。一番名誉あるお仕事は王様のお姿を描く事だそうです」
「そんな役所もあるのか」とサハチが言うと、
「イーカチにやらせればいい」とウニタキが言った。
「そうだな。栄泉坊もいるしな」
「見に行きましょ」とナナは言った。
「入れるのか」
「図画署の絵描きさんたちはお役所のお仕事だけでは食べていけないの。それで、怪しい絵を描いて両班(ヤンバン)たちに売っているのよ」
「怪しい絵というのはあれか」とンマムイがニヤニヤしながら聞いた。
「男と女が仲よくしている絵よ。それを売るお手伝いをあたしがしているの。これは内緒よ」
 橋を渡って、サハチたちは川に沿って上流へと向かった。土塀に囲まれた図画署があった。
 ナナが知り合いを呼んで、しばらく話をしていたが、結局、中に入る事はできなかった。
「あたし一人なら内緒で入れる事もできるけど、他の者たちは駄目だって。ごめんなさいね」
「仕方がない」とサハチは笑った。
「もし捕まって、琉球から来た事がばれたら、面倒な事になるかもしれない。危ない所には近づかない方がいいだろう」
 ナナは残念そうな顔をしてうなづいた。
「ここには何人くらいの絵画きがいるんだ?」
「二十人くらいじゃないかしら」
「そんなにもいるのか」
「下働きの女たちもいるわ。墨をすったり、絵の具を溶いたりしています」
「成程、そういう仕事もあるのか」
「雅楽署に行きますか。あそこも入れないとは思いますけど」
「近くなんだろう。行ってみよう」
 川に沿って進んで行くと広い通りに出て、通りの向こう側に雅楽署があり、音楽が聞こえてきた。聞こえて来る音楽は、琉球の新年の儀式の時に流れる音楽に似ていた。
 馬天ヌルが浦添(うらしい)に仕えていたヌルたちを探した時、冊封使(さっぷーし)が来た時に音楽を担当した者たちも集めて、新年の儀式の時に演奏させていた。朝鮮の音楽も明国の音楽を真似しているようだった。ファイチに聞いてみると、「明国の宮廷音楽、雅楽(ヤーユエ)と同じです」と言った。
「ここには何人くらいいるんだ」とサハチはナナに聞いた。
「結構いますよ。楽器を演奏する人たちに、踊りを担当する妓女たち、それに、楽器を作る人たちもいます」
「楽器もここで作っているのか」
「そうですよ。日本には楽器を専門に作っている職人さんたちがいるけど、朝鮮にはそういう職人たちは皆、お役所に所属しているの。お役人が着る着物を作るお役所や紙を作るお役所もあります」
「ほう、何でも役所で作っているんだな」とウニタキが感心して、「武器を作っている役所もあるのか」とナナに聞いた。
「あります。倭寇(わこう)退治に活躍した鉄炮(てっぽう)(大砲)を作ったのもお役所の工房です。刀や槍も作っていますが、日本の物には及びません。高麗(こうらい)の時代には、お寺にも職人さんがいっぱいいて、お寺で必要な物はすべて、お寺で作っていたようです」
 サハチたちは雅楽署から離れて、広い通りを東の方に進んだ。
「ここは恵民庫局(ヒェミンゴグ)というお役所で、お医者さんがいて、庶民たちを診てくれます」
「ほう、そんな役所もあるのか」
「でも、ほとんどの人たちはここに来るよりもムーダンを頼りにしているみたい」
「ムーダン?」とサハチは聞いた。
琉球のヌルのような人たちです。神様とお話ができる人です。おまじないをして病を追い払うのです」
「朝鮮にもヌルがいるのか」
「国のためにお祈りするムーダンたちがいるお役所もあるんですよ」
「今度はその役所に向かうのか」とウニタキが聞いた。
「違います。ムーダンのお役所に行っても中には入れないし、ここからは遠すぎます。サダンと呼ばれている芸人さんたちを紹介します」
「そいつは面白そうだ」
「その人たちもお寺に所属していた芸人さんなんです。お寺が土地を奪われて食べていけなくなって、お寺を追い出されてしまったのです」
「王様はお寺の土地を奪い取って、その土地を家臣たちに分け与えたのか」とヂャンサンフォンがナナに聞いた。
「いいえ。王様の土地になっていると思います。この都の土地も王様のものなんです。勝手に家を建てる事はできません。家を建てるには王様の許可が必要なんです」
「この土地が王様のものなのか」とンマムイが驚いた顔で周りを見回した。
「城壁で囲まれている中はすべて王様の土地なんです」
「ここに古くから住んでいた者たちもいたじゃろう。そいつらも王様の許可を得て、住んでいるのか」
「古くから住んでいた者たちは揚州(ヤンジュ)に移されたようです」
「ほう、朝鮮の王様というのは凄い力を持っているんじゃのう」
「城壁を造る時は国中から人を集めて、その数は二十万人もいたと聞いています。富山浦からも大勢の人がここまで連れて来られて、二か月近くも働かされたそうです」
「二十万?」とンマムイは驚いたが、サハチにはその数が見当もつかなかった。
 橋を渡って川沿いに沿って、細い道を進んで行った。この辺りに来ると家もまばらで、森や荒れ地が広がっている。川のほとりに粗末な小屋がいくつも建っているのが見えた。賑やかな鉦(かね)や太鼓の音も聞こえてきた。
「あの小屋も王様の許可を得て建てたのか」とンマムイがナナに聞いた。
 ナナは笑って首を振った。
「無許可です。役人に見つかったら追い出されます。でも、許可が下りるまで、道ばたに小屋掛けして待っている人は大勢います。それらの人たちを一々追い出していたら切りがありません。役人たちも見て見ぬ振りをするしかないのです。もっともサダンの人たちは許可を求めてはいません。そのうち、どこかに旅に出ます」
 大きな木の後ろから突然、男が現れた。刀を左手に持っていた。日本刀のようだった。男はナナと何かを話し、サハチたちを見るとニヤッと笑い、先に立って小屋と小屋の間を抜けて行った。そこは小屋に囲まれた広場になっていて、芸人たちが稽古に励んでいた。
 鉦や太鼓に合わせて踊っている者、綱渡りをしている者、宙返りをしている者、剣術の稽古をしている者たちが動きを止めて、サハチたちを見た。踊りを踊っていた女がナナを見て、駆け寄ってきた。
 女はナナと親しそうに話をして、サハチたちを見て笑った。ナナと同い年くらいの娘だった。稽古をしていた者たちも集まって来て、サハチたちを見ていた。サハチたちを案内した男がみんなに何かを話したあと、ナナに何かを話した。
 ナナがサハチたちを見て、「ごめんなさい」と謝った。
「あなたたちを琉球から来た武芸者たちって言ったら、どうしても教えを請いたいって言うのよ。どうします?」
「師匠、教えてやりましょうよ」とンマムイがヂャンサンフォンに言った。
 ヂャンサンフォンはサハチを見てから、「いいじゃろう」とうなづいた。ナナが親方らしい男に何かを言った。親方はうなづき、仲間の中から五人の男を選んだ。五人とも自信があったのだろうが、サハチたちの敵ではなかった。五人ともサハチたちに簡単に負け、ナナの言葉を信じたようだった。試合のあと、サハチたちは親方に歓迎された。
 ここには三十人近くの芸人たちがいた。ナナの話だと高麗の都だった開京から来た芸人たちらしい。漢城府に来たのは五月頃で、それからずっとここに滞在して、両班から頼まれると芸を披露しに出掛けているという。
 ナナと親しい娘はユンという名で、両班の屋敷で踊りを披露した時、そこの息子に見初められて、しつこく付きまとわれていた。適当にあしらっていたのだが、息子は諦めず、ならず者たちを使ってユンをさらおうとした。ユンも武芸の心得はあったが、相手が多すぎた。さらわれようとした時、たまたま通りかかったナナに助けられた。両班の息子の仕返しが気になって、ナナは度々、ユンに会いに行き、芸人たちとも仲よくなったのだった。
 芸人たちは料理と酒も用意してくれたが、言葉が通じないので、どうしても場がしらけてしまう。ユンが気を利かして楽器を弾き始めた。サハチの知らない楽器だった。人の泣き声のように聞こえる哀調を帯びた調べが流れた。
「ヘグムという楽器です」とナナが言った。
「懐かしい」とファイチが言った。
「明国では奚琴(シーチン)と言います。わたしの母が昔、弾いていました。すっかり忘れていましたが、今、はっきりと思い出しました」
 ファイチは目を閉じて、ユンが弾くヘグムを聴いていた。子供の頃、母は子守歌代わりに奚琴を弾いてくれた。でも、いつの日からか、母は奚琴を弾かなくなった。どうしてなのか、わからなかったが、ユンの弾く曲を聴いているうちに思い出した。ファイチが十歳の時、姉の懐永(ファイヨン)が北平(ベイピン)(北京)に嫁いで行った。その時、母は懐永に奚琴を贈ったのだった。妹の懐虹(ファイホン)の話だと、懐永は北平で無事に暮らしているという。なぜか、急に姉に会いたくなってきた。
 ユンの演奏が終わるとサハチは腰から一節切(ひとよぎり)を取り出して、袋から出して吹き始めた。目を閉じて何も考えずに、その時に感じたままを吹いた。富山浦から漢城府までの長い旅が思い出され、風の音や雨の音、川のせせらぎ、鳥の鳴き声や虫の声などが、知らずに表現されていた。その調べは、終わりのない旅を続けている芸人たちの心を振るわせ、感動させた。
 サハチが一節切を口から離すと、しばらくして拍手が起こり、芸人たちが何事かをしゃべり始めた。
「みんな、素晴らしいと言っています」とナナが言った。
 サハチはみんなにお礼を言い、音楽というのは言葉が通じなくてもわかり合える素晴らしいものだと改めて思っていた。
 そのあと、ユンのヘグムとサハチの一節切で合奏をした。最初は悲しい調べだったが、やがて明るい調子になり、手拍子が始まると、踊り出す者たちも現れた。娘たちに誘われて、ウニタキ、ファイチ、ンマムイも一緒になって踊った。
 楽しい一時を過ごし、サハチたちは芸人たちと別れた。芸人たちはまた遊びに来てくれと言った。
「三弦(サンシェン)を持ってくればよかった」とウニタキは悔しがった。
「百六十年も生きて来て、わしは音楽には縁がなかった。今更ながら、何か楽器をやっていればよかったと思う」とヂャンサンフォンがしみじみと言った。
「師匠、今からでも間に合いますよ。俺も笛を始めたばかりです」とンマムイが言った。
「お前も吹けばよかったのに」とサハチがンマムイに言うと、ンマムイは首を振った。
「俺のはまだ人には聴かせられませんよ。しかし、師兄(シージォン)は凄い。師兄の一節切を聴きながら泣いている者もいましたよ。俺も早く師兄のようにうまくなりたいですよ」
 サハチは笑って、「うまくならなくてもいいんだよ。自分を表現できれば、それでいいんだ」とンマムイの肩をたたいた。
「ササも笛がお上手でしたね。あたしも笛を習おうかしら」とナナは言った。
「俺もヘグムがやりたくなったよ」とファイチも言った。
「ヘグムの音は心に染みる。ファイチのためにもヘグムを手に入れたいな」とサハチは言った。
 ナナは首を傾げて、「手に入れるのは難しいと思いますよ」と言った。
「芸人たちはどうやって楽器を手に入れているんだ」とウニタキはナナに聞いた。
「お寺に属していた芸人たちはお寺で作った楽器を使っています。でも、お寺がなくなってしまったので、これからどうするのかわかりません」
「お寺で楽器を作っていた職人たちはどうなったんだ」
「腕のいい職人なら雅楽署に入ったと思います。ほかの職人たちはノビ(奴婢)として宮廷に入ったのかもしれません」
「しかし、お寺はかなりあったんじゃろう。お寺にいたノビたちをすべて宮廷には入れられまい」
「そうですよね。芸人たちのように放浪しているのかしら」
 広い通りに出るとナナは右に曲がった。
「今度はどこに行くのです」とサハチはナナに聞いた。
「ちょっと遠いのですけど、成均館(ソンギュングァン)の隣りに泮村(パンチョン)という村があります。そこは芸人たちの村なのです。楽器の事がわかるかもしれません」
「芸人たちの村があるのか」
「住んでいる人たちが全員、芸人じゃないけど芸人たちが多いのです。泮村は成均館で学んでいる人たちの面倒を見ている村で、成均館で使用される物はすべて、泮村で用意します。泮村に住んでいるのは全員がノビで、宮廷の儀式の時に芸を披露する芸人たちも住んでいて、成均館のために働いています」
「成均館というのは、明国の国子監(こくしかん)のようなものか」とヂャンサンフォンが聞いた。
 ナナは首を傾げた。
「わかりませんけど、難しい書物を学んでいて、偉いお役人を育てている所です」
「ここにも国子監があるのか、琉球にも必要だな」とサハチは言った。
 広い通りを左に曲がり、しばらく行くと清渓川に出た。橋を渡って、しばらく行くと大通りに出た。大通りを突っ切って北に向かって四半時(しはんどき)(三十分)ほど歩くと成均館に着いた。途中、左側に石垣に囲まれた新しい宮殿(昌徳宮)があった。
 今の王様(李芳遠)が咸州のお寺にいた初代の王様(李成桂)を漢城府に呼ぶために立派な宮殿を建てたという。その宮殿を建てる時、お寺を追い出された大勢の僧たちも人足として強制的に働かされたらしい。初代の王様が亡くなったあとは、明国の使者や日本の使者が来た時に接待の場として使っている。琉球使者たちも多分、この宮殿で接待されるのだろうとナナは言った。
 成均館は土塀で囲まれていて中には入れないが、門から覗くと揃いの着物を着た若者たちが書物を抱えて歩いているのが見えた。
「こっちよ」とナナが言って、あとに付いて行くと成均館の隣りに活気に溢れた村があった。
 不思議な村だった。芸人たちの村というよりも職人たちの村のようだった。村全体が工房のようで、あらゆる物を作っていた。成均館の若者たちに牛肉を食べさせるために、牛の解体までしているのには驚いた。楽器を作っている人もいて、ヘグムが手に入らないかとナナが聞くと、その職人は少し考えてから、開京に行けば手に入るかもしれないと言ったらしい。
「あした、あたしは開京に行く事になっているの。一緒に行きましょう」とナナは言った。
「それはいい」とンマムイが喜び、サハチたちは高麗の都だった開京に行く事に決まった。

 

 

 

踊る崔承喜